2015年3月1日日曜日

少年犯罪 いま少年法の理念が揺らいでいる―【私の論評】殺人・婦女暴行は少年法適用外、その他は犯罪を犯せば、成人がその犯罪を犯したときとほぼ同程度の量刑をその保護者に科すくらいがちょうど良い(゚д゚)!

少年犯罪 いま少年法の理念が揺らいでいる



少年法の第1条は、「この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする」としている。

一方、刑事訴訟法第1条は、「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」としている。

成人事件対象の刑事訴訟法では、「事案の真相を明らか」「刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する」という目的に対し、少年法では、「少年の健全な育成を期す」「非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」のが目的となっている。

「事案の真相を明らか」という刑事訴訟法の目的が、少年法にないことは、いわゆる前科がつき、レッテルが張られることによって更生の妨げになることを防ぐ意図である。少年法第61条 は「・・・氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」とし、いわゆる推知報道・実名報道を禁止している。

また、「刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する」とする刑事訴訟法の目的に対し、少年法では、「少年の健全な育成を期す」「非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」となっているのは、少年法の目的が、刑罰を科すことでなく、「育成」「矯正」「環境の調整」と少年の更生であることを表している。

少年事件は、すべて、まず家庭裁判所に送致され、家庭裁判所の調査の結果、刑事処分が相当であると判断し、検察官に事件を送致(逆送)された場合のみ、刑事訴訟手続きに組み入れられる。

なお、平成12年の法改正により、従来16歳以上に限定されていた刑事処分の可能年齢が撤廃されたため、犯行時14歳以上の少年であれば、逆送できることになった。また、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件で、犯行時16歳以上の少年は、逆送されることが原則となった。なお、犯行時18歳未満であった少年が重罪を犯した場合には、死刑相当の場合には無期刑とし、無期刑相当の場合でも10年以上15年以下の懲役または禁錮とする。

以上のように、少年法は、少年の更生に期待した丁寧な手続きが定められている。



今、少年の更生を期待した少年法の理念や趣旨が、揺らいできている。

少年法の理想は理解できるが、それが適当であると言い難い事件が、続いている。つまようじ事件や名大生事件、そして今、世間の注目を集める川崎の少年刺殺事件などの事件に直面した時に、本当にこのままでいいのか? もっと厳罰化するべきではないか? といった意見が強まってくるのである。

しかし、特定の事件に限らず、少年法の規定全体が甘いという世論も根強い。これは被害者の立場にたって考えると、加害者である少年が少年法によって守られ過ぎているのではないかとの批判でもある。しかし、この批判は、少年法の理念や趣旨には、著しく反するものである。

さらに、ここにきて選挙権が付与される年齢を18歳に引き下げる、公職選挙法改正案が成立する見込みとなり、民法などとともに少年法の適用年齢も見直すべきとの意見もある。なお、国連で採択された「子どもの権利条約」は、子どもを18歳未満と定義している。

一方、日弁連は2月26日、少年法は現在のまま「20歳未満」を適用対象とすべきだという意見書を法務大臣に提出。18歳や19歳の若者の事件が通常の刑事手続きで扱われるようになれば、「犯罪の背景・要因となった若者の資質や環境上の問題点に関する調査・分析」や、少年が立ち直るための「手当がなされないまま手続きが終わることにある」と危惧している。

筆者は、少年法の適用範囲を18歳未満にするのには賛成だが、丁寧な手続きなしに起訴猶予になってしまえば、再犯の危険も高まり、本人のためにも社会の為にも良くないとも考える。悩ましいところである。

少年法の理念や趣旨、適用範囲は岐路に立たされているのである。国民的な議論が望まれる。

近江直樹(フリーライター)

この記事の詳細はこちらから(゚д゚)!

【私の論評】殺人・婦女暴行は少年法適用外、その他は犯罪を犯せば、成人がその犯罪を犯したときとほぼ同程度の量刑をその保護者に科すくらいがちょうど良い(゚д゚)!

上の記事、現状の少年法に関する議論に関しては、偏りなく掲載されているとは思います。そのため、現状を理解するためには、良い記事だと思い掲載しました。

それにしても、川崎の中1殺害事件に関しては、逮捕後いろいろな事実が明るみにでていて、この犯罪はかなり残虐なものであることが、改めて理解できます。

これに関しては、KAZUYA氏が動画でも以下のように述べています。



KAZUYA氏は、このようなことをするのだから、そもそも更生の余地はないと明確に述べています。私も、そう思います。

その前の日の動画では以下のように語っています。


この動画では、最初には、情状酌量の余地なし、途中では容疑者らを「人間のクズ」とはっきり言い放っています。最後には最も重い刑を希望します。としています。

この動画のKAZUYA氏の見解は、他の多くの人々にも共通するものだと思います。私はも、これに近い見解です。

常々思っていることですが、制限行為能力者の犯した犯罪についての法の裁きが不平等過ぎています。 法律的に一個の人格として認められてないので少々減刑されるのは理解できますが、その分責任者に対する処罰も必要かと考えます。

精神鑑定後にようやく判明する場合や親が認知し得る状況に無いなど、難しい議論になるのは承知していますが、「やられ損」を少しでも無くす意味でも必要な論点かと思います。

加害者当人に「責任能力」が無いと云うのであれば、当然の事、保護責任者が其の「責」を負うべきでしょう。また、責任能力が無いのなら「一人前の権利」もないということです。

私自身は、殺人と婦女暴行に関して、少年法適用外とするのが最も良いと思います。これ以外の犯罪に関しては、親などの保護者の責任をもっと重くすべきと思います。

そうしてその延長線上で、学校内のいじめに関しても、もっと単純に対処すべきと思います。

これについては、以前このブログに掲載したことがあります。その記事のURLを以下に掲載します。
ドイツの教師 校外で煙草吸う生徒目撃しても注意しない理由―【私の論評】何でも学校の管轄とするのはあまりにも無責任!!学校は治外法権ではなく、責任ある社会人の子供が行くところと心得よ!!

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事の元記事のURLを以下に掲載します。

ドイツの教師 校外で煙草吸う生徒目撃しても注意しない理由
これも、詳細はこの記事をご覧いただくものとして、この記事の一部分のみを引用して以下にコピペさせていただきます。

「ドイツでは校門から一歩出れば学校の管轄外。煙草を吸っている生徒を目撃しても教師は注意しません」 
 というのは日独ハーフで「生きる力をつけるドイツ流子育てのすすめ」の著者、サンドラ・ヘフェリンさん。ドイツで義務教育を過ごしたサンドラさんは、1度も体罰を受けたことも目撃したこともないという。 
「ドイツでは遅くとも1980年代前半には、体罰が法律で完全に禁止されていました。基本、子供の生活態度の管理をする担当は学校ではない、というのがドイツの共通したスタンスです」 
 サンドラさんによると、ドイツで「問題行為」(授業中に騒ぐなどの行為。髪の毛を染めるような身だしなみや学校外で起こした問題ではない)を起こした生徒には、まず「口頭」で注意される。その「注意」が3回たまると、校長から生徒の家に「問題行動を起こしたことへの注意」が書面で送られる。そしてこの書面が3通たまったら退学、という。
「ドイツでは教師の家庭訪問もありません。学校と家庭は厳格に区別されています」(サンドラさん)
要するに悪質ないじめなどをした子供には、三回注意されるとそれで親に一通手紙がいき、その手紙が三通たまると自動的に退学ということです。

学校特に、義務教育の範囲の学校は、教育をする場であって、「いじめをしない」という程度の躾の範囲のことは、本来学校や教師には全く責任はなく親などの保護者としての責任があるということです。学校や、教師が責任を持つべきは教育に関することのみです。無論、これができない学校や、教師は批判されて当然ですか、基本的な躾は全く関係ないです。

これを徹底するべきです。わかりやすくすれば、子供が、犯罪を犯せば、成人がその犯罪を犯したときとほぼ同程度の量刑をその保護者に科すくらいがちょうど良いと思います。

そうなれば、まだ自立していない自分の子供が犯罪を犯した場合、自分がその責任を追わなければならないということで、いわゆる子を持つ親の考え方は、相当変わると思います。

子供が、かなり重い犯罪を犯してしまった場合、重い罰金刑に処せられたり、場合によっては、刑務所に長期間勾留されるということが想定されるようになれば、親ももっと子供に対して責任を持つようになります。それに、子供がどうしても親の言うことを聴かないという場合には、少年刑務所やその他の更生施設などに親が希望し入れることも可能という形にすれば良いと思います。

私は自身は、親が子供の行動に対して責任を持つのは当たり前のことであり、今の日本はそうなっていないということが、そもそも、異常事態だと思います。

過去にもこのような凄惨な少年による殺人事件があった

もし、もっと親が責任を取らなければならないようになっていたとしたら、川崎の中1殺害事件のようなことは起こらなかった可能性が高いと思います。

不良息子や、娘がいたとしたら、殺人や婦女暴行などの致命的な犯罪を起こす前に、親が重い罰金刑などを何度もくらったり、場合によっては、何度も刑務所に入れらたりということになり、あるいはそうなりかけるということになり、親としても、何とかしなけばならないということで、何らかの実行動に出るようになると思います。

殺人、婦女暴行に関しては、少年法適応外、それ以外の犯罪に対しては、まずは学校の中では、ドイツ並に親の責任を問うようにする。学校外でも、子供おかした犯罪は、親の責任を厳しく問う形にすれば、いじめや、少年犯罪はかなり阻止できると思います。

これは、少年に限らす、精神障害者の犯罪でも同じことです。保護者が重い責任を問われるということになれば、保護にもまともに取り組むようになると思います。最近の川崎中1殺しの事件報道をみていると、子供が被害にあうことを想定した報道がほとんどで、自分の子供が犯罪を犯したらという観点がほとんどありません。

これは、全くバランスを欠いています。ある居酒屋の親父が言っていました。「もし自分の子供がこのような犯罪を犯した、子供を殺して自分も死ぬ」と語っていました。私は、このような判断がまともで常識的なものだと思います。この居酒屋の親父は子供に対して真摯に向き合っているからこそ、このような発言をするのだと思います。

このような親であれば、子供が大きな犯罪を犯す前に何とか阻止できると思います。このような事件を見て、ただただ、自分の子供が被害者になる可能性ばかり思い浮かべ、加害者になる可能性を思い浮かべない親はそもそも、バランスを欠いていると思います。

現在の少年法のような理念や、趣旨だけでは、犯罪被害にあった人たちが、やられ損ということになるだけで、世の中は混乱するだけです。このことを利用して、意図して意識して、日本社会を混乱させようと企むものも出てくる可能性が高いです。これを阻止するためにも、日本でも、いたずらに問題を複雑化させることなく、方向性としては、保護者責任ということを徹底すべきです。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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