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2020年7月3日金曜日

専門家会議廃止めぐる「誤解」…助言の役割無視する報道も 政権の重い責任は変わらず ―【私の論評】意思決定等の基本原則を知らずにモノを考えるのは、時間の無駄、人生の無駄(゚д゚)!

高橋洋一 日本の解き方

西村経済再生相

西村康稔経済再生相が、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下「専門家会議」)を廃止し、新たな組織に衣替えすると発表した。その背景や力学は何か、今後のコロナ対策に影響が出る可能性はどうか。

 政府の新型インフルエンザ等対策会議には、特別措置法に基づく新型コロナウイルス感染症対策本部が1月30日に設置された。本部長は総理大臣、副本部長は官房長官、厚生労働大臣、措置法事務担当大臣(西村大臣)、本部員はその他の国務大臣だ。ここがコロナ対策の意思決定機関だ。

 専門家会議は、新型コロナウイルス感染症対策本部の下、医学的な見地から対策本部に助言するために、2月14日に設置された。構成員については、座長は脇田隆字・国立感染症研究所所長、副座長は尾身茂・独立行政法人地域医療機能推進機構理事長、その他構成員は医学関係者が10人ほどいる。

 構成員は一応決まっているが、座長は、必要に応じその他関係者の出席を求めることができるので、メンバー限定というわけではない。この専門家会議の役割はあくまで本部に助言することであり、意思決定機関ではない。

 一部のマスコミ報道は、対策本部が意思決定機関、専門家会議は助言機関という役割分担を明確に書かずに、専門家会議があたかも意思決定機関であるかのように書いてきた。「専門家会議は議事録で発言者が特定されていない」「対策本部は専門家会議の助言内容そのままでなく、一部書き換えている」などと批判しているのもその証拠だ。

 助言機関では、発言者の特定はそれほど意味はない。むしろ特定の発言者が個別業種の休業を助言した場合、関係業界から突き上げをくらうなどの不利益を被ることもある。マスコミは取材したいからといって、発言者が特定されていないことを一方的に批判するのは筋違いだ。

コロナ対策専門家会議
また、専門家会議は助言機関に過ぎないので、対策本部の決定事項と一言一句同じになるはずがない。極端に言えば、意思決定権者は助言を無視しても構わない。ただし、意思決定にはそれなりの責任が伴うだけだ。

 一部マスコミが専門家会議をあたかも意思決定機関のように報道し、その誤解の上で、コロナ対策を一部野党が批判するという「共同作業」のやり口も見え透いている。

 そもそも専門家会議は、メンバー限定ではないので、廃止し衣替えとせずに、メンバーを適宜入れ替えて運営する手もあったはずだ。

 西村経済再生相は専門家会議を「廃止」と言わずに、もう少し狡猾(こうかつ)に対応するべきだった。専門家会議の位置づけは、対策本部の一存でどうにでもできるので、廃止という手順が間違っているとは思わないが、一部マスコミの術中にはまった感がある。

 そもそも助言者を選ぶのは、意思決定権者なので、衣替えがあっても今後のコロナ対策に影響があるとも思えない。安倍晋三政権のコロナ対策の責任が大きいことにも変わりはない。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】意思決定等の基本原則を知らずにモノを考えるのは、時間の無駄、人生の無駄(゚д゚)!

ドラッカー氏の意思決定に関する原則に関しては、このブログにも何度か掲載してきました。この意思決定の原則を知らない人は、専門家会議の意味や意義などについて何も理解していないのかもしれません。

経営学の大家ドラッカーは意思決定について以下のように語っています。
成果をあげる者は、意図的に意見の不一致をつくりあげる。そのようにして、もっともらしいが間違っている意見や、不完全な意見によってだまされることを防ぐ。(ドラッカー名著集(1)『経営者の条件』)
ドラッカーは、意思決定の過程では意見の不一致が必要だといいます。理由は三つあります。
ドラッカーの意思決定に関する原理・原則のマインド・マップです
クリックすると拡大してします

第一に、組織の囚人になることを防ぐためです。組織では、あらゆる者が、あらゆる決定から何かを得ようとします。特別のものを欲し、善意の下に、都合のよい決定を得ようとするのです。

そのようなことでは、小さな利害だけで決定が行なわれることになります。問題の理解抜きでのそのような決定の仕方は、きわめて危険です。

政権の幹部が政局などだけを中心に、コロナ対策を考えていては大変なことになります。だから、そのようなことにならないために、経験内で多くの人がコロナ対策に関与するのです。それだけでも、偏ることがあるので、専門家会議を設けて、これも異なる見方をする専門家複数で協議をしてもらい、政局などの利害だけで決定が行われることを防ぐのです。

感染症の専門家が同時に意思決定を行うのも間違いです。これは、会社などの組織を例にとってみればわかります。普通の会社では、財務部長や経理部長が、営業部長が意思決定を行うということはありません。会社の最高意思決定機関は、取締役会です。

専門家会議がコロナ対策の意思決定を行うということは、会社で言えば、財務部長や経理部長、営業部長が会社の意思決定を行うのに等しいです。部長クラスは、決められた会社の方針に従い、それぞれ専門の立場から、専門分野に関係する部分を専門家の分野から方法を選ぶことくらいです。会社の方針は定められません。

しかし、これと同じようなことをして大失敗したのが、財務省であり日銀です。財務も金融政策も本来は政府がその方針を定め、その方針に従い、財務省や日銀が専門家的な立場から、方法を選ぶというのが、正しいあり方です。

財務省は国税庁という実動部隊等と、企画をする部隊が一体となっている、不思議な組織です。会社で言えば営業部と、財務部が一緒になったような異様な組織です。企業ではありえない組織です。このまま、この組織を放置しておけば、さらに腐敗するのは目に見えています。

本来の正しいあり方から逸脱したため、日本経済の実情とは関係なし、財務省は緊縮財政を、日銀は金融引き締めを繰り返し、平成年間のほとんどの期間日本はデフレでした。

コロナ対策も、専門家会議が意思決定するか実質それに近いことをしていたら、とんでもないことになったかもしれません。

第二に、選択肢、つまり代案を得るためです。決定には、常に間違う危険が伴います。

最初から間違っていることもあれば、状況の変化によって間違うこともあります。決定のプロセスにおいて他の選択肢を考えてあれば、次に頼るべきものとして、十分に考えたもの、検討ずみのもの、理解ずみのものを持つことができます。

逆に、全員一致で決めていたのでは、その決められたものしか案がないことになります。時の政権が決めたとすれば、そうなりがちです。それ以外にも代替案を得るためにも、専門家会議が必要なのです。専門家会議があるからこそ、政府は常に複数代替案を持ちながら、ことにあたることができたのです。

逆に、専門家会議と、政府の意見が何から何まで、同じであれば、専門家会議を設置した意味はありません。

第三に、想像力を刺激するためです。理論づけられ、検討し尽くされ、かつ裏づけられている反対意見こそ、想像力にとって最も効果的な刺激剤となります。すばらしい案も生まれます。

明らかに間違った結論に達している者は、自分とは違う現実を見て、違う問題に気づいているに違いないと考えなければなりません。

もし、彼の意見が知的かつ合理的であるとするならば、彼はどのような現実を見ているのかを考えなければならないです。意見の不一致こそが宝の山です。意見の不一致が問題への理解をもたらしてくれます。

いかなる問題であれ、意見の不一致が皆無などということは、奇跡です。いわんや、四六時中奇跡を起こしているなどありえないと心得るべきです。それでは、社長が一人いればよいことになります。政府なら、総理大臣が一人いればよいことになります。

後で不祥事となった行動の多くが、ろくに議論もされずに決められていることは偶然ではないのです。
成果をあげる者は、何よりも問題の理解に関心をもつ。(『経営者の条件)
問題の理解をするためにも、専門家会議は必要だったのです。そうして、専門家会議があるからこそ、政府も刺激を受け、様々な案を考えることができたのです。

そうして、結果が全てです。米国は、本日は1日で50万人を超える感染者を出しています。これには、米国の特殊事情もあるでしょうが、どう考えてみても、米国の対策は失敗したとしか言えません。 日本は、成功したと言って良いです。

そうして、専門家会議は、責任負う組織ではありません。日本のコロナ感染対策が成功しようが、失敗しようが、専門家会議自体は責任を持つものではありません。責任はあくまで政府にあります。

新型コロナウイルス対策を話し合う政府の専門家会議について、西村経済再生担当大臣は記者会見で、廃止したうえで、メンバーを拡充するなどして、政府内に「新型コロナウイルス感染症対策分科会」として改めて設置する考えを明らかにしています。

この分科会も、従来の専門家会議と同じ役割を果たすのです。第二波、第三波の到来を恐る人もいるようですが、第一波の到来により、かなりの新たな知見が得られています。油断してはいけないですが、それにしても、私自身は第二波、三波が、第一波をおおきく上回ることはないと思います。

このような意思決定の本質を知っていれば、上の記事で高橋洋一が語っているように、「安倍晋三政権のコロナ対策の責任が大きいことにも変わりはない」ことなど理解できそうですが、マスコミなどは違うようです。

安倍総理は、今ままでもこれからも、日本政府のコロナ対策の最高責任者
とにかく、物を知らなさ過ぎです。意思決定でも、コミュニケーションにもマネジメントには、原則があります、それもあらゆる組織に当てはまる基本原則があります。日本の政治家や、ジャーナリストには、この原則を知らずに、その時々の目の前のことを浅く、軽く考えて、直感的に判断をする人があまり多いようです。これは、はっきり言います。時間と、人生の無駄です。

マネジメントや、経済、軍事に関しても、先達は様々なこと考え、その上で原理・原則としてまとめています。そうして、社会に起きているほとんどの現象が、その原理・原則に当てはまるものです。当てはまらないものは、ほんのわずかです。それも知らずに、何でも最初から自分で考え、原理・原則から離れた、自分だけの考えで、人に意見したりするのは、本人にとっても、意見された人にとっても、時間と人生の無駄です。

原理原則に当てはまらないことを見出した人で、自分の頭で考えて、それを解決できれば、それは、おそらくノーベル賞を受賞できるかもしれません。そこまでいかなくても、本格的な研究の端緒となり、新たな学問や、科学の誕生になるかもしれません。ある事象や、出来事について、自分の頭だけで考えるということはそういうことです。

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