ラベル 伝統 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 伝統 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年8月16日日曜日

日本人はなぜ故郷へ帰るのか――お盆が守ってきた「見えない国土」


まとめ
  • お盆は、先祖を供養するだけでなく、自分がどこから来て、何を次の世代へ渡すのかを確かめる「霊性の文化」である。
  • 空き家、墓じまい、祭りの衰退は、家や行事だけでなく、土地と記憶を結ぶ「見えない国土」を失わせている。
  • 伝統は昔の形を固定することではない。形を変えても、先祖、故郷、祈りへの敬意を受け渡すことが重要である。

8月になると、日本中で人が動き始める。都市で働く人が故郷へ帰り、離れて暮らす家族が集まり、墓を掃除し、仏壇に手を合わせる。高速道路は渋滞し、新幹線や飛行機は混雑する。報道では毎年、これを「お盆の帰省ラッシュ」と呼ぶ。

だが、お盆に起きていることを、単なる休暇中の大移動として片づけてよいのだろうか。なぜ日本人は、暑さと混雑に耐えてまで故郷へ帰るのか。なぜ、普段は信仰を強く意識していない人まで、墓前では静かに手を合わせるのか。なぜ、迎え火や送り火、盆踊りといった習慣が、形を変えながらも残ってきたのか。

そこには、日本人が長い時間をかけて守ってきた、地図には描かれない国土がある。それは山や川、道路や建物だけではない。先祖と子孫、家族と故郷、地域と国家を結ぶ、記憶と責任のつながりである。

そして、そのつながりを支えてきたものこそ、日本の「霊性の文化」である。

ここでいう霊性とは、特定の宗派の教義や、超自然的な現象を無条件に信じることではない。目に見えるものだけで人間や社会を理解しようとせず、死者、先祖、自然、土地、歴史といった、自分を超える存在とのつながりを感じ取る感覚である。お盆とは、亡くなった人を供養するだけの行事ではない。自分がどこから来て、何を受け取り、次の世代へ何を渡すのかを、生きている者が確かめる時間なのである。

1️⃣お盆は死者のためだけの行事ではない

多くの人は、お盆を先祖供養の行事と理解している。墓参りをし、仏壇に花や供物を供え、迎え火で先祖を迎え、送り火で見送る。時期や形式は地域や宗派によって異なるが、亡くなった家族を迎え、供養するという考え方は、我が国で広く受け継がれてきた。

しかし、お盆が働きかけている相手は、死者だけではない。むしろ、そこで問われているのは、生きている私たちの方である。墓前に立てば、自分が突然この世に現れた存在ではないことに気づく。父母がいて、祖父母がいて、そのさらに前にも数え切れないほどの人々がいた。その誰か一人が欠けても、今の自分は存在しない。

名字も、言葉も、生活習慣も、家族の記憶も、地域の風景も、すべて誰かから受け取ったものである。自分の人生は自分のものだが、自分だけで完結しているわけではない。現代社会では、個人の自由や自己決定が重んじられる。それ自体は大切である。だが、人間を家族や地域から切り離された存在としてのみ捉えれば、自由はやがて孤立へ変わる。自分が満足できればそれでよいという考えが広がれば、過去から受け取ったものも、未来へ渡すべきものも見えなくなる。

お盆は、そうした現代人の時間感覚を静かに正す。墓に刻まれた名前を見る。古い家の柱に触れる。幼い頃に遊んだ道を歩く。親戚から、自分が生まれる前の家族の話を聞く。その一つ一つが、自分は長い時間の流れの途中にいるのだと教えてくれる。

この感覚こそが、霊性の文化の核心である。

霊性の文化は、生者と死者を完全に切り離さない。死者を恐ろしいものとして遠ざけるのでも、過去の存在として忘れ去るのでもない。亡くなった家族は、目には見えなくなっても、家の記憶や言葉、習慣、価値観の中に残り続ける。お盆は、その存在を年に1度、あらためて身近に迎える時間である。

古い写真を家族で見ていると、そこに写る人物の名前が分からなくなっていることがある。親や祖父母が生きているうちに聞いておかなければ、その人物が誰で、どこで暮らし、どのような人生を送ったのかは、やがて誰にも分からなくなる。記憶は、物のように自動的には残らない。誰かが聞き、覚え、語り継がなければ消えてしまう。

だからこそ、お盆に家族が集まることには意味がある。一緒に食事をし、昔の話を聞き、亡くなった人の癖や失敗談まで語り合う。その何げない会話が、家族の歴史を次の世代へ渡している。

先祖供養とは、過去を美化することではない。亡くなった人を完全な人物として扱うことでもない。良い面も悪い面も含めて、自分につながる人々が確かに生きていたことを認める行為である。同時に、自分もいつか、後の世代から思い出される側になると知る行為でもある。

お盆が死者を迎える行事であると同時に、生きる者の姿勢を正す行事でもある理由は、そこにある。

2️⃣故郷を失った国は「見えない国土」を失う

故郷という言葉を聞くと、多くの人は、生まれ育った町や村を思い浮かべる。山があり、川があり、学校があり、商店街があり、子供の頃に遊んだ公園がある。故郷は確かに、地理的な場所である。しかし、それだけではない。

町並みが残っていても、知っている人がいなくなり、祭りが消え、墓が荒れ、家族の記憶が途絶えれば、そこは同じ場所であっても、かつての故郷とは違うものになる。反対に、建物が建て替えられ、町の風景が変わっても、家族の記憶や地域の行事が受け継がれていれば、故郷は残り続ける。

故郷とは、土地と記憶が結びついた場所なのだ。

現在の日本では、その結びつきが弱まりつつある。総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告 2025年結果」によると、2025年の東京圏は、日本人移動者で11万2738人、外国人移動者で1万796人の転入超過となった。合計すれば12万3534人であり、東京圏への人口集中は今も続いている。なお、この統計は人口移動の結果を示すものであり、進学や就職など個々の移動理由を直接集計したものではない。

都市へ移ること自体が悪いわけではない。若者には学ぶ自由も、職業を選ぶ自由もある。地方に十分な進学先や仕事がなければ、外へ出ることは当然の選択でもある。問題は、故郷を離れることではない。離れた後に、故郷との関係まで切れてしまうことである。

実家を継ぐ人がいなくなり、家が空き家になる。墓を管理する人がいなくなり、改葬や墓じまいが行われる。祭りや盆踊りの参加者が減り、道具の維持や行事の運営も難しくなる。総務省統計局の「2023年住宅・土地統計調査」確報集計では、全国の空き家は900万2千戸、空き家率は13.8%となった。いずれも過去最高であり、およそ7戸に1戸が空き家という状況である。

ただし、この空き家には、賃貸用や売却用の住宅、別荘なども含まれている。900万2千戸のすべてが、管理されずに荒廃した家という意味ではない。それでも地方を歩けば、かつて家族が暮らした家が閉ざされ、庭木だけが伸び、郵便受けにチラシがたまっている光景に出会う。家は物理的には残っていても、そこにあった暮らしの記憶は少しずつ薄れていく。

地域の伝統行事も、同じ危機に直面している。文化庁の「地域文化財総合活用推進事業」は、地域の伝統行事が住民の連携や助け合いを支え、地域コミュニティの維持・形成に重要な役割を果たしている一方、少子高齢化などによって消滅の危機が急速に進んでいると説明している。

文化庁は、個々の祭りを直接運営したり、存廃を決定したりする機関ではない。地方公共団体が策定する計画に基づき、用具の修理、記録作成、後継者養成などに取り組む事業者を、予算の範囲内で支援する立場にある。

祭りは、観光客を呼ぶための催しにすぎないのではない。準備を通じて住民が顔を合わせ、世代を超えて技術や作法を教え、困ったときに助け合える関係をつくる。祭りがなくなるということは、地域の飾りが1つ消えることではない。人と人を結んできた仕組みが失われることでもある。

そして、祭りやお盆が失われることは、霊性の文化が失われることでもある。

我が国の地域社会は、祭り、墓地、鎮守の森、寺社、盆踊りといった場を通じて、目に見える生活と、目には見えない記憶や祈りを結んできた。そこでは、人間だけが地域の主人ではない。先祖がいて、土地の神々がいて、山や川があり、過去から受け継がれた秩序がある。人間はその中に生かされ、一定期間を預かり、次の世代へ渡す存在である。

家がなくなる。墓がなくなる。祭りがなくなる。古い地名や家族の物語が忘れられる。それぞれは小さな変化に見える。しかし、それが全国で積み重なれば、日本は「見えない国土」を失っていく。

山や川、領土や領海が消えるわけではない。地図上の日本は残る。だが、その土地を自分たちが受け継ぎ、守り、次の世代へ渡そうとする感覚は薄れていく。国家は、法律と行政機構だけで成り立つものではない。国民が、自分の家族、自分の故郷、自分の歴史と我が国を、どこかでつながったものとして感じているからこそ、国家は内側から支えられる。

故郷を持たない人は日本を愛せない、という意味ではない。生まれた土地に住み続けなければならないという話でもない。大切なのは、自分より前から続いてきたものを受け取り、自分より後に続く人へ渡す責任を持てるかどうかである。

故郷は、その責任を最も具体的に教える場所なのだ。

3️⃣伝統は保存するものではなく、受け渡すものである

では、人口が減り、家族の形が変わる中で、お盆や故郷の文化をどのように守ればよいのか。すべてを昔の姿へ戻すことはできない。かつての大家族をそのまま復活させることも、都市へ出た人々を無理に帰郷させることもできない。墓を守れない家庭に、精神論だけで負担を押しつけても問題は解決しない。

必要なのは、昔の形を固定することではない。形を変えながら、意味を残すことである。

これは、日本文化が古くから行ってきたことである。神社や寺は修復され、時には建て替えられながら存続してきた。祭りも、時代に応じて日程や運営方法、使う道具を変えてきた。

変えることによって守る。

古いものをそのまま凍結するのではなく、本質を保ちながら新しく生まれ変わらせる。そこには、日本の「常若」の知恵がある。

霊性の文化も、形を固定することで守られるのではない。大切なのは、昔と全く同じ作法を繰り返すことではなく、人は先祖や土地、自然、過去の記憶とつながっているという感覚を失わないことである。形式だけが残っても、その意味が忘れられれば、伝統は空洞化する。逆に、形式が変わっても、その奥にある敬意と責任が受け継がれていれば、伝統は生き続ける。

お盆や家族の継承も同じである。毎年帰省できないなら、帰れる年に家族の歴史を聞いておけばよい。祖父母や両親の話を録音し、古い写真に写っている人物の名前を書き残す。家系図を作り、家族が暮らした場所を地図に記録する。

墓を従来の形で維持できない場合でも、先祖の記憶まで捨てる必要はない。墓を自宅に近い場所へ移す。永代供養へ切り替える。命日やお盆に家族で故人を思い出す。それぞれの事情に合った形で、つながりを残せばよい。

重要なのは、立派な墓石を守ることだけではない。誰がそこに眠り、どのような人生を送り、自分たちに何を残したのかを忘れないことである。

地域の祭りについても、昔と同じ人数、同じ方法だけで運営することに固執すれば、かえって消滅を早める場合がある。地元に住む人だけでなく、地域外で暮らす出身者、新しく移住した人、祭りや伝統文化に関心を持つ若者も参加できるようにする。準備作業を細分化し、短時間でも加われる仕組みをつくる。道具や所作を映像で記録し、次の担い手が学べるようにする。

地方公共団体や地域団体が主体となり、国は必要な制度と予算で支える。誰が決め、誰が実施し、誰が支援するのかを曖昧にせず、それぞれが責任を果たすことが重要である。

お盆の形式も、家庭によって変わってよい。迎え火をたけない住宅なら、家族で先祖の写真を見るだけでもよい。仏壇がない家なら、食卓で亡くなった家族の思い出を話してもよい。遠方の親族とは、オンラインで顔を合わせてもよい。

形式が変わることを恐れる必要はない。本当に恐れるべきなのは、先祖や故郷を思い出すこと自体をやめてしまうことである。

伝統とは、過去へ戻ることではない。過去から受け取ったものを、現在の条件に合う形へ整え、未来へ送り出すことである。

伝統は、保存するものではない。受け渡すものなのだ。

これは、国家についても同じである。自分の世代さえ快適ならよい。自分が生きている間だけ制度が維持されればよい。そうした考えが広がれば、国は戦争や革命によらずとも、静かに衰えていく。

道路や橋の修繕は先送りされる。森林や農地は荒れる。防衛やエネルギーの備えは、費用がかかるという理由で後回しにされる。祭りや文化財は、採算が取れないという理由で消えていく。本来、道路、治水設備、エネルギー供給網、防衛力、文化財、農地や森林は、将来の国民生活と国力を支える国家的な資産である。目先の収支だけで整備や維持を怠れば、供給力は痩せ、災害や有事への耐久力も低下する。

未来の世代への責任を失った社会では、目の前の効率と損得だけが基準になる。お盆は、それとは逆の時間感覚を日本人に与えてきた。自分より前に生きた人を思い、自分より後に生きる人を考える。過去と未来の間に、現在の自分を置く。

墓前で手を合わせる行為は小さく見える。だが、そこには、自分一人の人生を超えた時間への敬意がある。自分は受け取るだけの存在ではなく、次へ渡す側でもあるという自覚がある。

国土を守るとは、国境線だけを守ることではない。その土地に積み重なった家族の歴史、地域の記憶、祈り、祭り、暮らしを守ることである。そこに暮らす人々が過去と未来のつながりを失えば、地図上の領土が残っていても、国家の内側は空洞化する。

お盆が守ってきたものは、実は極めて大きい。それは、日本人が自分を孤立した個人ではなく、長い歴史の中に生きる一人として捉える感覚であり、目には見えないものへの敬意を忘れない霊性の文化なのである。

結論 帰る場所がある国は強い

日本人がお盆に故郷へ帰るのは、単に休暇を過ごすためではない。家族に会うためであり、先祖に手を合わせるためであり、自分がどこから来たのかを確かめるためである。

人は、未来だけを見て生きることはできない。過去とのつながりを失えば、自分が何者なのか分からなくなる。自分が何者か分からない人々の集まりは、国家としても進む方向を失う。

故郷とは、ただ懐かしい場所ではない。先祖から受け取ったものを蓄え、次の世代へ引き渡す場所である。たとえそこに住み続けなくても、故郷を忘れず、家族の記憶を受け継ぐ限り、その土地とのつながりは消えない。

空き家が増え、墓じまいが進み、祭りの担い手が減っている。だからこそ、昔の形をすべて復元するのではなく、今の時代に合った形で、つながりを結び直さなければならない。古い写真に名前を書き残すことでもよい。祖父母の話を録音することでもよい。子供を連れて墓参りへ行くことでもよい。地域の盆踊りに一晩参加することでもよい。

小さな行動に見えても、それは過去と未来をつなぐ行為である。

お盆が守ってきたのは、墓や仏壇だけではない。日本人が、家族、地域、故郷、そして我が国を、過去から未来へ受け渡していく責任である。そして、生者と死者、自然と人間、土地と歴史を切り離さず、目には見えないつながりに敬意を払う霊性の文化である。

これこそが、地図には描かれない「見えない国土」なのだ。

帰る場所がある人は強い。自分がどこから来たのかを知る国民も強い。

そして、帰る場所と、そこに宿る記憶や祈りを次の世代へ残そうとする国は、もっと強いのである。

【関連記事】

飛鳥・藤原が世界遺産に――日本は大陸の模倣ではなく、ここで「日本」になった 2026年7月27日
自然への畏れ、祖先への敬意、政治と祈りが結びつき、我が国の国家と霊性文化が形づくられた原点をたどる。

トランプが分断したのではない――安倍晋三の警告とカーク暗殺が示す米国再生への道 2026年7月21日
祖先への敬意、祭り、共同体の相互扶助など、日本に残る霊性文化が社会の分断を越える縦軸になり得ることを論じる。

世界が再び室蘭を必要とした理由――日本の「霊性」と常若のものづくり 2026年7月19日
先人から受け取った技と責任を、更新しながら次代へ渡す「常若」の思想を、室蘭のものづくりから読み解く。

米国建国250年、自由の国が見失った「魂」――日本は霊性の文化を眠らせるな 2026年7月4日
自然への畏れ、祖先への敬意、祭り、共同体に宿る日本の霊性文化を、文明を支える「見えない国力」として捉え直す。

国家の力は“目に見えない背骨”に宿る――日本を千年支えてきた、日本語・霊性文化・皇室・国柄の正体 2025年11月29日
日本語、皇室、自然観、家族、共同体倫理、霊性文化が、制度だけでは見えない我が国の連続性を支えてきたことを論じる。

2016年3月9日水曜日

【国連女子差別撤廃委】日本の国柄・伝統を無視し、「男系継承は女性差別」と勧告しようとした裏でやはりあの国が暗躍していた…―【私の論評】反日国連に日本が大金を拠出すのは不条理(゚д゚)!


16日、ジュネーブの国連欧州本部で開かれた国連女性差別撤廃の対日審査会合
国連女子差別撤廃委員会が、母方の系統に天皇を持つ女系の女子にも皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきだとの勧告をしようとしていたことは、同委がいかに対象国の国柄や歴史・伝統に無理解な存在であるかを改めて示したものだ。勧告の理由は、女性だから皇位継承権を与えられないのは差別であるという単純かつ皮相的なもので、125代の現天皇陛下まで一度の例外もなく男系継承が続いてきた事実、日本国の根幹をなす皇室制度への尊重はみられない。

「男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みを踏まえつつ、安定的な皇位継承の維持について引き続き検討していきたい」

安倍晋三首相も2月4日の衆院予算委員会でこう述べている。にもかかわらず、一方的に勧告に皇室典範改正要求が盛り込まれていたら、日本国の象徴であり、事実上の国家元首である天皇のあり方について、国連の重大な内政干渉を許すことになりかねない危うい場面だった。

そもそも、女子差別撤廃委の各委員が締約国に関して深い知識を持っているわけではない。委員がもっぱら情報源としているのが非政府組織(NGO)だがその情報は偏っており、例えば慰安婦問題をめぐっても委員の中には、元慰安婦が家族から業者に売られた事例も知らず、全員が「日本軍によって強制的に連行された」と信じ込んでいる者もいる。

「日本に関する見解をとりまとめた委員は中国の人だ。いろいろな思惑があってやっているのだろう」

政府高官はこう指摘する。皇室典範の件だけではなく、女子差別撤廃委の委員それぞれが出身国の思惑や国益を背景に政治的に動いている部分もある。今回、同委は慰安婦問題に関する「最終的かつ不可逆的な解決」を決めた日韓合意を批判したが、政府内にはこれも日韓の分断が狙いだとの分析もある。

いずれにしろ今回、最終見解案に突如、皇室典範改正の文言が入ってきたことは日本政府に衝撃を与えた。委員会内での議論は非公開のため経緯は不明だが、政府には国連の場で仕掛けられる「歴史戦」に一層、強力に対応していくことが求められる。(田北真樹子、阿比留瑠比)

【私の論評】反日国連に日本が大金を拠出すのは不条理(゚д゚)!


皇室典範
国連女子差別撤廃委員会が日本に関してまとめた最終見解案に皇位継承権が男系男子の皇族だけにあるのは女性への差別だとして、皇室典範の改正を求める勧告を盛り込んでいたことが8日、分かりました。日本側は駐ジュネーブ代表部を通じて強く抗議し、削除を要請していました。7日に発表された最終見解からは皇室典範に関する記述は消えていました。

日本側に提示された最終見解案は「委員会は既存の差別的な規定に関するこれまでの勧告に対応がされていないことを遺憾に思う」と前置きし、「特に懸念を有している」として「皇室典範に男系男子の皇族のみに皇位継承権が継承されるとの規定を有している」と挙げた。その上で、母方の系統に天皇を持つ女系の女子にも「皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきだ」と勧告していました。

日本側は4日にジュネーブ代表部公使が女子差別撤廃委副委員長と会い、皇位継承制度の歴史的背景などを説明して「女子差別を目的とするものではない」と反論し削除を求めたていました。副委員長は内容に関する変更はできないが、日本側の申し入れを担当する委員と共有するなどと応じたそうです。7日の最終見解で皇室典範に関する記述が削除されたことについて、委員会側から日本政府への事前連絡はなかったそうです。

皇位の男系継承は「女性差別」とはそもそも全く無関係です。天皇になるのは「権利」ではなく「義務」です。「女性だから天皇になれないのは差別」などには当たりません。国連女子差別撤廃委員会は一体何を勘違いしているのでしょうか。

皇位の男系継承というのは、女性を排除するものではありません。皇室は太古の昔から、民間から妃を受け入れてきましたが、民間の男子を受け入れたことは一度も先例がありません。ゆえに、男子が生まれない宮家は途絶えてきました。女性を排除するのではなく、男性を排除してきたのが「皇位の男系継承」です。

 それにローマ教皇はどうなるのでしょか、ユダヤ教のラビはどうなるのでしょうか、アメリカ大統領は現在に至るまで女性はいません。このような矛盾は放置しておいて、日本の皇位継承権に関して、提言をしようとするなど、おこがましいにも程があります。

日本の国体の根本について、つい最近できた国連ごときにとやかく言われる筋合いは全くありません。しかし、国連は日本人を敵に回して何か得るものがあるのでしょうか。天皇の何たるかも知らない連中が「勧告」など、おこがましいにも程があります。

この国連女子差別撤廃委員会は、とんでもない組織であり、上の記事にもあるように、慰安婦問題に関してもトンデモ歴史観で糾弾する馬鹿者が大勢います。

それについて、以下に掲載します。
国連女子差別撤廃委員会、政府、慰安婦問題説明へ
国連女子差別撤廃委員会は16日(日本時間同日午後)、ジュネーブの国連欧州本部で対日審査を行った。対日審査は2009年7月に行われて以来。日本政府代表の杉山晋輔外務審議官は会合で、慰安婦問題について「日本政府が発見した資料には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を確認できるものはなかった」と説明した。 
 その上で、強制連行に関する日本側の証言者、吉田清治氏についても言及し「日本軍の命令で大勢の女性狩りをしたという事実を捏造して発表した」と指摘。「朝日新聞の報道が国際社会にも大きく影響したが、朝日新聞は誤りを認め謝罪した」と述べた。 
 また杉山氏は会合の冒頭発言で、昨年末の日韓合意で慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決されることが確認されたことに触れ、「現在両国それぞれが合意の内容を誠実に実行に移すべく取り組んでいるところだ」と強調。「日本政府としては20世紀において戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を胸に刻み続け、21世紀こそ女性の人権が傷つけられることのない世紀とするためリードしていく考えだ」と表明した。 
 また、慰安婦問題は日本が女子差別撤廃条約を締約した1985年以前のことで、同条約は締結以前に生じた問題については遡って適用されないことから「慰安婦問題を同条約の実施状況の報告で取り上げるのは適切ではないということが、日本政府の基本的な考え方だ」などと指摘した。 
 今回の対日審査に先立ち、委員会は日本政府に対し慰安婦の強制的連行を示す証拠はないとする公式声明についての「コメント」を求めたほか、中国や東ティモールなどの元慰安婦への補償や加害者の訴追意思、歴史教科書に慰安婦問題を再び記述する考えの有無について質問していた。 
 日本政府は慰安婦問題について「日本政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる『強制連行』は確認できなかった」などとする内容を先月末、委員会からの質問への回答として提出している。
この記事にあるように、 日本が女子差別撤廃条約を締約した1985年以前のことで、同条約は締結以前に生じた問題については遡って適用されないことと決められています。

であれば、慰安婦問題など問題にすること自体が、間違いです。それとともに、母方の系統に天皇を持つ女系の女子にも皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきということも非常に問題です。

なぜなら、女子に皇位継承がないように取り決められたのは、それこそ1000年以上も前のことで、それを今更差別であるとする事自体が、異常です。このような指摘は、まさに問題外と断じてしかるべきでしょう。

国連女子差別撤廃委員会の実施すべき仕事は、1985以降の女子差別の実体を調査し、それを是正することです。

にもかかわらず、皇室典範を問題にしたり、ありもしない慰安婦問題をさらに蒸し返したりということで、これは、歴史の修正であり、そうして何のために修正するかといえば、当然のことながら政治利用のためです。

特にこれらの国々は、日本と異なり歴史があまりにも短く、伝統や文化も継承しておらず、そもそも、為政者たちの統治の正当性が曖昧です。これらの国々の為政者や国家元首など、日本から見れば、馬の骨にすぎず、それらがなぜ統治しているのか、その正当性については甚だ疑問です。

日本では天皇陛下という国家元首が存在し、為政者たちが陛下から認証を受けるという形式で、現在でも任命されています。ところが、中国、韓国・北朝鮮などは歴史も短く天皇陛下のような存在はなく、国家元首や為政者たちの統治の正当性は日本から比較するとはるかに脆弱です。

そのため、彼らは常自分たちの統治の正当性を訴えなければなりません。今回の一連の動きは、その一環であると考えるべきです。

それと、このブログでも以前掲載しましたが、そもそも国連という組織自体が設立当初から今に至るまで、反日的であるということを忘れるべきではありません。

その記事のリンクを以下に掲載します。
【痛快!テキサス親父】左派による洗脳が解けていない国連委 日本の主張を否定する専門家とは誰なんだ?―【私の論評】国連は元々反日!慰安婦問題をより複雑化させたのは日本国内の戦後利得者ども(゚д゚)!
トニー・マラーノ氏

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事では、そもそも国連とは英語で"United Nations"であり、これは第二次世界大戦の「連合国」という意味であることを掲載しました。以下にそれに関する部分のみ掲載します。

"
第二次世界大戦の『連合国』と『国際連合』が英語では同じというのが、まさに実態を表しています。

安保理の常任理事国5か国(米、英、仏、露、中)は第二次世界大戦の戦勝国で国連憲章が改正されない限り恒久的にその地位にあり、拒否権も与えられています。

日本やドイツが常任理事国入りするためには、国連憲章の改正が必要で、5常任理事国すべてが賛成しなければならないのです。そうして、国連憲章には敵国条項があり、日本は敵国であるという条項が今でも生きています。

そんな、国連の事務総長が反日的な発言をするというのは、ある意味当然といえば当然です。

世界は今も第二次世界大戦の戦勝国のルールで動いている。日本がいかに世界平和に貢献しようとどんなに多く国連分担金を納めようと(世界2位、下表)常任理事国入りを目指そうと、中国が反対するから無理です。

国連分担金の多い国
順位国名分担率(%)分担金額
(百万未満四捨五入)
1アメリカ合衆国(米国)22.0006億1,850万
2日本10.8332億7,610万
3ドイツ7.1411億8,200万
4フランス5.5931億4,250万
5英国5.1791億3,200万
6中華人民共和国(中国)5.1481億3,120万
7イタリア4.4481億1,330万
8カナダ2.9847,600万
9スペイン2.9737,580万
10ブラジル2.9347,480万

(単位:%、米ドル 出典:外務省 「2011-13年 国連通常予算分担率・分担金」(2013年))
日本の常任理事国入りを認めると、日本を許す、反日を解除しなればならなくなり、中国共産党の正当性が崩壊してしまうことになります。「5常任理事国すべての賛成が必要」という国連憲章も、改正するには5常任理事国すべての賛成が必要です。だから、中国が自滅するまでは、ほとんど不可能です。
"
このような状況ですから、ブログ冒頭の記事に書かれてあるようなことも、中国、韓国、北朝鮮の特亜三国が、自分たちの統治の正当性を強化し、本来自分たちに向けられてしかるべき国民の憤怒のマグマの行き先を日本に向けるため、日本を貶めるため政治利用している、とみるべきです。

そうして、なぜこのような特亜三国の政治利用を国連が許容するかといえば、そもそも国連は反日組織だからです。

こんな理不尽なことをされて、国連に大金を出すのは不条理です。しかし、私と同じようなことを思った人と団体も存在しました。それについて以下に記します。

有識者らでつくる保守系民間団体「慰安婦の真実国民運動」(加瀬英明代表)は8日、安倍晋三首相と岸田文雄外相宛てに、国連女子差別撤廃委員会の日本に関する最終見解に強く反論すべきだとする要望書を提出しました。記者会見した同委員会幹事の藤岡信勝拓殖大客員教授は「怒り心頭だ。日本がいかに足蹴にされているか」と語り、同委員会を厳しく批判しました。


要望書では政府に対し、最終見解への反論手続きを進めるほか、慰安婦を「性奴隷」と認定した国連人権委員会の「クマラスワミ報告書」(1996年)の内容の再調査・撤回を国連に要求することを求めました。

さらに、慰安婦問題に関する国際社会の誤解を解くべく、首相が記者会見を開いて説明するよう要望しました。

藤岡氏は8日の記者会見で、日本政府が2月の対日審査で説明した事実関係が最終見解にあまり反映されていないことを批判し、「(国連は)まともな国際機関としての意味をなさない。日本たたきの道具にしかならない国際機関に日本が大金を出すのは不条理だ」と訴えました。

また、ジャーナリストの西村幸祐氏は「非常にいい加減な最終見解だが、日本が反証していくための材料にもなる。今後、政府や民間の情報発信が重要になる」と述べました。

これからも、特亜三国は、自分たちの正当性を強化するため、日本を貶めるという行動にでることでしょう。そうして、これは中国が自滅するまで、続きます。中国が自滅すれば、北朝鮮や、韓国も鳴りを潜めることになるでしょうが、中国が存在する限りは、特亜三国は絶対にこのようなことを止めません、というより止められません。

このような状況を打破するためにも、日本は国連に対する拠出金を大幅減しても良いのではないでしょうか。こんなことをすると、国連での日本の存在感が薄れるなどという人もいるかもしれませんが、存在感が薄れるどころか、国連は、日本を貶めています。

金を払っても、この有様ですから、拠出金をかなり減額することのほうが、はるかに存在感を増すことができるのではないかと思います。

日本叩きの道具国連に日本が大金を出すのは不条理以外の何ものでもありません。

【関連記事】

【痛快!テキサス親父】左派による洗脳が解けていない国連委 日本の主張を否定する専門家とは誰なんだ?―【私の論評】国連は元々反日!慰安婦問題をより複雑化させたのは日本国内の戦後利得者ども(゚д゚)!






【関連図書】

歴史問題をぶった切る《最終解明版》 占領支配者が謀った《国魂(くにみたま)占領》の罠 (Knock‐the‐knowing)
倉山 満 藤岡 信勝 竹内 睦泰
ヒカルランド (2015-03-25)
売り上げランキング: 141,030

皇室典範
皇室典範
posted with amazlet at 16.03.09
同朋舎編集部
同朋舎
売り上げランキング: 1,144,285

帝國憲法 皇室典範 義解
帝國憲法 皇室典範 義解
posted with amazlet at 16.03.09
Kindleアーカイブ (2014-10-28)
売り上げランキング: 31,195

クールジャパン540億円赤字の本当の理由――日本人が気付かなかった「世界が憧れる日本の魂」

  まとめ クールジャパン機構の赤字は、日本文化に魅力がなかったからではない。日本人自身が、世界を惹きつける「日本の本当の価値」を理解していなかったことに本質がある。 アニメ、和食、ジブリが世界で評価される理由は、表面的な技術や商品力だけではない。その根底には、自然や生命を尊ぶ日...