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2026年8月16日日曜日

日本人はなぜ故郷へ帰るのか――お盆が守ってきた「見えない国土」


まとめ
  • お盆は、先祖を供養するだけでなく、自分がどこから来て、何を次の世代へ渡すのかを確かめる「霊性の文化」である。
  • 空き家、墓じまい、祭りの衰退は、家や行事だけでなく、土地と記憶を結ぶ「見えない国土」を失わせている。
  • 伝統は昔の形を固定することではない。形を変えても、先祖、故郷、祈りへの敬意を受け渡すことが重要である。

8月になると、日本中で人が動き始める。都市で働く人が故郷へ帰り、離れて暮らす家族が集まり、墓を掃除し、仏壇に手を合わせる。高速道路は渋滞し、新幹線や飛行機は混雑する。報道では毎年、これを「お盆の帰省ラッシュ」と呼ぶ。

だが、お盆に起きていることを、単なる休暇中の大移動として片づけてよいのだろうか。なぜ日本人は、暑さと混雑に耐えてまで故郷へ帰るのか。なぜ、普段は信仰を強く意識していない人まで、墓前では静かに手を合わせるのか。なぜ、迎え火や送り火、盆踊りといった習慣が、形を変えながらも残ってきたのか。

そこには、日本人が長い時間をかけて守ってきた、地図には描かれない国土がある。それは山や川、道路や建物だけではない。先祖と子孫、家族と故郷、地域と国家を結ぶ、記憶と責任のつながりである。

そして、そのつながりを支えてきたものこそ、日本の「霊性の文化」である。

ここでいう霊性とは、特定の宗派の教義や、超自然的な現象を無条件に信じることではない。目に見えるものだけで人間や社会を理解しようとせず、死者、先祖、自然、土地、歴史といった、自分を超える存在とのつながりを感じ取る感覚である。お盆とは、亡くなった人を供養するだけの行事ではない。自分がどこから来て、何を受け取り、次の世代へ何を渡すのかを、生きている者が確かめる時間なのである。

1️⃣お盆は死者のためだけの行事ではない

多くの人は、お盆を先祖供養の行事と理解している。墓参りをし、仏壇に花や供物を供え、迎え火で先祖を迎え、送り火で見送る。時期や形式は地域や宗派によって異なるが、亡くなった家族を迎え、供養するという考え方は、我が国で広く受け継がれてきた。

しかし、お盆が働きかけている相手は、死者だけではない。むしろ、そこで問われているのは、生きている私たちの方である。墓前に立てば、自分が突然この世に現れた存在ではないことに気づく。父母がいて、祖父母がいて、そのさらに前にも数え切れないほどの人々がいた。その誰か一人が欠けても、今の自分は存在しない。

名字も、言葉も、生活習慣も、家族の記憶も、地域の風景も、すべて誰かから受け取ったものである。自分の人生は自分のものだが、自分だけで完結しているわけではない。現代社会では、個人の自由や自己決定が重んじられる。それ自体は大切である。だが、人間を家族や地域から切り離された存在としてのみ捉えれば、自由はやがて孤立へ変わる。自分が満足できればそれでよいという考えが広がれば、過去から受け取ったものも、未来へ渡すべきものも見えなくなる。

お盆は、そうした現代人の時間感覚を静かに正す。墓に刻まれた名前を見る。古い家の柱に触れる。幼い頃に遊んだ道を歩く。親戚から、自分が生まれる前の家族の話を聞く。その一つ一つが、自分は長い時間の流れの途中にいるのだと教えてくれる。

この感覚こそが、霊性の文化の核心である。

霊性の文化は、生者と死者を完全に切り離さない。死者を恐ろしいものとして遠ざけるのでも、過去の存在として忘れ去るのでもない。亡くなった家族は、目には見えなくなっても、家の記憶や言葉、習慣、価値観の中に残り続ける。お盆は、その存在を年に1度、あらためて身近に迎える時間である。

古い写真を家族で見ていると、そこに写る人物の名前が分からなくなっていることがある。親や祖父母が生きているうちに聞いておかなければ、その人物が誰で、どこで暮らし、どのような人生を送ったのかは、やがて誰にも分からなくなる。記憶は、物のように自動的には残らない。誰かが聞き、覚え、語り継がなければ消えてしまう。

だからこそ、お盆に家族が集まることには意味がある。一緒に食事をし、昔の話を聞き、亡くなった人の癖や失敗談まで語り合う。その何げない会話が、家族の歴史を次の世代へ渡している。

先祖供養とは、過去を美化することではない。亡くなった人を完全な人物として扱うことでもない。良い面も悪い面も含めて、自分につながる人々が確かに生きていたことを認める行為である。同時に、自分もいつか、後の世代から思い出される側になると知る行為でもある。

お盆が死者を迎える行事であると同時に、生きる者の姿勢を正す行事でもある理由は、そこにある。

2️⃣故郷を失った国は「見えない国土」を失う

故郷という言葉を聞くと、多くの人は、生まれ育った町や村を思い浮かべる。山があり、川があり、学校があり、商店街があり、子供の頃に遊んだ公園がある。故郷は確かに、地理的な場所である。しかし、それだけではない。

町並みが残っていても、知っている人がいなくなり、祭りが消え、墓が荒れ、家族の記憶が途絶えれば、そこは同じ場所であっても、かつての故郷とは違うものになる。反対に、建物が建て替えられ、町の風景が変わっても、家族の記憶や地域の行事が受け継がれていれば、故郷は残り続ける。

故郷とは、土地と記憶が結びついた場所なのだ。

現在の日本では、その結びつきが弱まりつつある。総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告 2025年結果」によると、2025年の東京圏は、日本人移動者で11万2738人、外国人移動者で1万796人の転入超過となった。合計すれば12万3534人であり、東京圏への人口集中は今も続いている。なお、この統計は人口移動の結果を示すものであり、進学や就職など個々の移動理由を直接集計したものではない。

都市へ移ること自体が悪いわけではない。若者には学ぶ自由も、職業を選ぶ自由もある。地方に十分な進学先や仕事がなければ、外へ出ることは当然の選択でもある。問題は、故郷を離れることではない。離れた後に、故郷との関係まで切れてしまうことである。

実家を継ぐ人がいなくなり、家が空き家になる。墓を管理する人がいなくなり、改葬や墓じまいが行われる。祭りや盆踊りの参加者が減り、道具の維持や行事の運営も難しくなる。総務省統計局の「2023年住宅・土地統計調査」確報集計では、全国の空き家は900万2千戸、空き家率は13.8%となった。いずれも過去最高であり、およそ7戸に1戸が空き家という状況である。

ただし、この空き家には、賃貸用や売却用の住宅、別荘なども含まれている。900万2千戸のすべてが、管理されずに荒廃した家という意味ではない。それでも地方を歩けば、かつて家族が暮らした家が閉ざされ、庭木だけが伸び、郵便受けにチラシがたまっている光景に出会う。家は物理的には残っていても、そこにあった暮らしの記憶は少しずつ薄れていく。

地域の伝統行事も、同じ危機に直面している。文化庁の「地域文化財総合活用推進事業」は、地域の伝統行事が住民の連携や助け合いを支え、地域コミュニティの維持・形成に重要な役割を果たしている一方、少子高齢化などによって消滅の危機が急速に進んでいると説明している。

文化庁は、個々の祭りを直接運営したり、存廃を決定したりする機関ではない。地方公共団体が策定する計画に基づき、用具の修理、記録作成、後継者養成などに取り組む事業者を、予算の範囲内で支援する立場にある。

祭りは、観光客を呼ぶための催しにすぎないのではない。準備を通じて住民が顔を合わせ、世代を超えて技術や作法を教え、困ったときに助け合える関係をつくる。祭りがなくなるということは、地域の飾りが1つ消えることではない。人と人を結んできた仕組みが失われることでもある。

そして、祭りやお盆が失われることは、霊性の文化が失われることでもある。

我が国の地域社会は、祭り、墓地、鎮守の森、寺社、盆踊りといった場を通じて、目に見える生活と、目には見えない記憶や祈りを結んできた。そこでは、人間だけが地域の主人ではない。先祖がいて、土地の神々がいて、山や川があり、過去から受け継がれた秩序がある。人間はその中に生かされ、一定期間を預かり、次の世代へ渡す存在である。

家がなくなる。墓がなくなる。祭りがなくなる。古い地名や家族の物語が忘れられる。それぞれは小さな変化に見える。しかし、それが全国で積み重なれば、日本は「見えない国土」を失っていく。

山や川、領土や領海が消えるわけではない。地図上の日本は残る。だが、その土地を自分たちが受け継ぎ、守り、次の世代へ渡そうとする感覚は薄れていく。国家は、法律と行政機構だけで成り立つものではない。国民が、自分の家族、自分の故郷、自分の歴史と我が国を、どこかでつながったものとして感じているからこそ、国家は内側から支えられる。

故郷を持たない人は日本を愛せない、という意味ではない。生まれた土地に住み続けなければならないという話でもない。大切なのは、自分より前から続いてきたものを受け取り、自分より後に続く人へ渡す責任を持てるかどうかである。

故郷は、その責任を最も具体的に教える場所なのだ。

3️⃣伝統は保存するものではなく、受け渡すものである

では、人口が減り、家族の形が変わる中で、お盆や故郷の文化をどのように守ればよいのか。すべてを昔の姿へ戻すことはできない。かつての大家族をそのまま復活させることも、都市へ出た人々を無理に帰郷させることもできない。墓を守れない家庭に、精神論だけで負担を押しつけても問題は解決しない。

必要なのは、昔の形を固定することではない。形を変えながら、意味を残すことである。

これは、日本文化が古くから行ってきたことである。神社や寺は修復され、時には建て替えられながら存続してきた。祭りも、時代に応じて日程や運営方法、使う道具を変えてきた。

変えることによって守る。

古いものをそのまま凍結するのではなく、本質を保ちながら新しく生まれ変わらせる。そこには、日本の「常若」の知恵がある。

霊性の文化も、形を固定することで守られるのではない。大切なのは、昔と全く同じ作法を繰り返すことではなく、人は先祖や土地、自然、過去の記憶とつながっているという感覚を失わないことである。形式だけが残っても、その意味が忘れられれば、伝統は空洞化する。逆に、形式が変わっても、その奥にある敬意と責任が受け継がれていれば、伝統は生き続ける。

お盆や家族の継承も同じである。毎年帰省できないなら、帰れる年に家族の歴史を聞いておけばよい。祖父母や両親の話を録音し、古い写真に写っている人物の名前を書き残す。家系図を作り、家族が暮らした場所を地図に記録する。

墓を従来の形で維持できない場合でも、先祖の記憶まで捨てる必要はない。墓を自宅に近い場所へ移す。永代供養へ切り替える。命日やお盆に家族で故人を思い出す。それぞれの事情に合った形で、つながりを残せばよい。

重要なのは、立派な墓石を守ることだけではない。誰がそこに眠り、どのような人生を送り、自分たちに何を残したのかを忘れないことである。

地域の祭りについても、昔と同じ人数、同じ方法だけで運営することに固執すれば、かえって消滅を早める場合がある。地元に住む人だけでなく、地域外で暮らす出身者、新しく移住した人、祭りや伝統文化に関心を持つ若者も参加できるようにする。準備作業を細分化し、短時間でも加われる仕組みをつくる。道具や所作を映像で記録し、次の担い手が学べるようにする。

地方公共団体や地域団体が主体となり、国は必要な制度と予算で支える。誰が決め、誰が実施し、誰が支援するのかを曖昧にせず、それぞれが責任を果たすことが重要である。

お盆の形式も、家庭によって変わってよい。迎え火をたけない住宅なら、家族で先祖の写真を見るだけでもよい。仏壇がない家なら、食卓で亡くなった家族の思い出を話してもよい。遠方の親族とは、オンラインで顔を合わせてもよい。

形式が変わることを恐れる必要はない。本当に恐れるべきなのは、先祖や故郷を思い出すこと自体をやめてしまうことである。

伝統とは、過去へ戻ることではない。過去から受け取ったものを、現在の条件に合う形へ整え、未来へ送り出すことである。

伝統は、保存するものではない。受け渡すものなのだ。

これは、国家についても同じである。自分の世代さえ快適ならよい。自分が生きている間だけ制度が維持されればよい。そうした考えが広がれば、国は戦争や革命によらずとも、静かに衰えていく。

道路や橋の修繕は先送りされる。森林や農地は荒れる。防衛やエネルギーの備えは、費用がかかるという理由で後回しにされる。祭りや文化財は、採算が取れないという理由で消えていく。本来、道路、治水設備、エネルギー供給網、防衛力、文化財、農地や森林は、将来の国民生活と国力を支える国家的な資産である。目先の収支だけで整備や維持を怠れば、供給力は痩せ、災害や有事への耐久力も低下する。

未来の世代への責任を失った社会では、目の前の効率と損得だけが基準になる。お盆は、それとは逆の時間感覚を日本人に与えてきた。自分より前に生きた人を思い、自分より後に生きる人を考える。過去と未来の間に、現在の自分を置く。

墓前で手を合わせる行為は小さく見える。だが、そこには、自分一人の人生を超えた時間への敬意がある。自分は受け取るだけの存在ではなく、次へ渡す側でもあるという自覚がある。

国土を守るとは、国境線だけを守ることではない。その土地に積み重なった家族の歴史、地域の記憶、祈り、祭り、暮らしを守ることである。そこに暮らす人々が過去と未来のつながりを失えば、地図上の領土が残っていても、国家の内側は空洞化する。

お盆が守ってきたものは、実は極めて大きい。それは、日本人が自分を孤立した個人ではなく、長い歴史の中に生きる一人として捉える感覚であり、目には見えないものへの敬意を忘れない霊性の文化なのである。

結論 帰る場所がある国は強い

日本人がお盆に故郷へ帰るのは、単に休暇を過ごすためではない。家族に会うためであり、先祖に手を合わせるためであり、自分がどこから来たのかを確かめるためである。

人は、未来だけを見て生きることはできない。過去とのつながりを失えば、自分が何者なのか分からなくなる。自分が何者か分からない人々の集まりは、国家としても進む方向を失う。

故郷とは、ただ懐かしい場所ではない。先祖から受け取ったものを蓄え、次の世代へ引き渡す場所である。たとえそこに住み続けなくても、故郷を忘れず、家族の記憶を受け継ぐ限り、その土地とのつながりは消えない。

空き家が増え、墓じまいが進み、祭りの担い手が減っている。だからこそ、昔の形をすべて復元するのではなく、今の時代に合った形で、つながりを結び直さなければならない。古い写真に名前を書き残すことでもよい。祖父母の話を録音することでもよい。子供を連れて墓参りへ行くことでもよい。地域の盆踊りに一晩参加することでもよい。

小さな行動に見えても、それは過去と未来をつなぐ行為である。

お盆が守ってきたのは、墓や仏壇だけではない。日本人が、家族、地域、故郷、そして我が国を、過去から未来へ受け渡していく責任である。そして、生者と死者、自然と人間、土地と歴史を切り離さず、目には見えないつながりに敬意を払う霊性の文化である。

これこそが、地図には描かれない「見えない国土」なのだ。

帰る場所がある人は強い。自分がどこから来たのかを知る国民も強い。

そして、帰る場所と、そこに宿る記憶や祈りを次の世代へ残そうとする国は、もっと強いのである。

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2014年6月29日日曜日

総務省「和製ジョブズ計画」の名称正式決定!事業名「異能vation」―【私の論評】この異能vationが成功する道筋は一つだけ・・・・・? しかし、これが成功する確率は限りなく「永遠の0」に近い(゚д゚)!



日本「何故、日本にはジョブズが生まれないんだ!」
アメリカ「アメリカにも1人しかいねーよ」

スクリーンショット 2014-06-27 19.12.18SteveJobs1955_2011
平成6月27日13時
総務省HPにとある報道資料が公開されていた。
以前総務省が公表した「和製ジョブズ」を見つける新たなチャレンジ、
「独創的な人向け特別枠(仮)」の名称が正式に決定したようである。
その名も

「異能vation」

総務省HPではこのように書かれている。
総務省は、平成26年度「独創的な人向け特別枠」について事業名を「異能innovation」(いのうべーしょん)とすることに決定しました。また、その業務実施機関を選定するとともに、「独創的な人(ICT技術課題に挑戦する個人)」の公募を平成26年7月14日(月)から行うこととしましたのでお知らせいたします。
この「異能vation」の公募は7月14日から開始。
世界で2番目のスティーブ・ジョブズになりたい方は是非とも「異能vation」に応募していただきたい。

【私の論評】この異能vationが成功する道筋は一つだけ・・・・・。それは、日本文化に傾倒したジョブズ氏の本質を知ること。しかし、これが成功する確率は限りなく「永遠の0」に近い(゚д゚)!

なんじゃコリャって感じです。こんな語呂合わせみたいなブロジェクトで、ジョブズのような人間が日本にもたくさんできあがれば、素晴らしいことですが、そんなことはあり得ないと思います。

まずは、こんな企画を立案した人、スティーブ・ジョブズのことをきちんと知っているのでしょうか?マスコミなどでとりあげられたジョブズ氏は虚像であって、その本質は違います。

ジョブズ氏については、このブログでも何度となく取りあげています。それらの記事のURLを以下に掲載します。
Appleを復活させた「魔法使い」、ジョブス氏の休職―【私の論評】ジョブスの生き方は、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という日本人の理想を体現している!?
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事からジョブズの伝説のスピーチの動画と、その私による説明の部分の文章を以下にコピペさせていただきます。





ジョブスは、上の動画の中で、「死を意識すること」の意義、特にポジティブな面を強調していました。これは、日本の武士道の中の「葉隠れ」の思想とも根本では相通じるところがあります。まさに、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という言葉を真の意味で実践しているようです。葉隠れは、一部の人々が曲解しているように、死を美化するものではありません。というより、まさに、上の動画でスティーブ・ジョブスが「死を意識すること」の意義と似ています。というより、生まれ育った環境や活躍してる舞台がIT業界であることなど葉隠れの思想がでてきた時代背景とは大きく異なるので、表現や、出てくる行動が少し異なるようにみえても、本質的には同じだと思います。 
今の多くの日本人が忘れてしまったこのような生き方、少なくとも、少し前までは、多くの日本人の理想とした生き方、彼の生き方は、それを私たちに思い出させてくれます。だからこそ、日本でもジョブスに人気があるのだと思います。今日本では、産業に活気がありません。ジョブスがやってきたような、イノベーションは、少し前までなら日本が行っていたと思います。私は、そのようなイノベーションが行われなくなった今の日本、背景にはジョブスのような一昔前の日本人が理想とする生き方を多くの日本人が忘れてしまったからではないかと、危惧しています。 
さて、そう思って現在のジョブスを見ると、あの有名なプレゼンでみせる、黒を基調とした服装、ジーンズという飾らないいでたち、なにやら、戦に挑む日本の古武士のようにも見えてきます。あの全身全霊を傾けて、ものごとに取り組む姿勢とエネルギーは、本質的には「葉隠れの思想」から沸き出でてくるものであることが、理解できます。今の若い世代には、「葉隠れ」と言っても、ほんどの人が何のことかも理解していないようです。いつから、日本の優れた世界に誇るべき伝統文化が、継承されなくなってしまったのか!!本当に残念なことです。 
だから、私は、ジョブスを単純にカリスマとは呼びたくはありません。私は、彼を偉大なリーダーであると呼びたいです。日本にこのような生き方をする政治家や経営者が昨今、非常に少なくなってきたことを残念に思います。
日本文化にジョブズ氏が傾倒し、しかも実生活でも実践していたということは、なぜか日本のマスコミはほとんど報じません。しかし、ジョブズ氏が禅を実践していたという事実もあります。
“禅”が成功者を生む!あのジョブズ氏も実践―【私の論評】ジョブズの背後には、間違いなく日本文化の存在がある!!
これも詳細は、このブログをご覧いただくものとして、この記事では、禅寺住職でありながら、世界的に活躍する庭園デザイナーでもある、曹洞宗僧侶の枡野俊明氏のお話を掲載しました。その部分を以下に引用させていただきます。

「禅の考え方は、今自分が成すべきことを、ただ一生懸命やるということ。過去を憂えたり、未来を心配したりしても、実体のないものにとらわれているだけ。今に集中すれば、心にゆとりが出てくるし、無駄なところにエネルギーを使わないので、結果は後から自然についてくるようになります」


禅を仕事に生かすことでストレスから解放され、その結果、作業の効率も上がり、精神的にも安定すると言う。 
しかし、成功したいがために禅を学ぶのは本末転倒。禅とは、「物事への立ち向かい方や、心地よく暮らすための生き方を突き詰めていく思想」と枡野氏。禅の思考法を、ビジネスという分野に当てはめたら意外に使えたということか。

枡野氏によるセルリアンタワー東急ホテル「閑坐庭」(かんざてい)

そういえば、かのスティーブ・ジョブズが禅に傾倒していた話は有名だ。
「ジョブズの手がけたアップル製品には一切の無駄がなく、枯山水のような美しさがあります。彼は、毎日鏡に向かい『今日が人生最後の日だとしたら、今日やることはこれでいいのだろうか』と問いかけたと言います。今やりたいことに集中する、まさに禅の発想です」


洗練されたiPadやiPhoneのデザイン。実は、枯山水を体現していたのかも!?
ジョブズが黒タートルを着た理由が今明らかに。きっかけは日本―【私の論評】私たちは、ジョブズ氏のように、日本的なものを再度見直し、自らの活力としていく姿勢が今こそ必要だ!!
これも詳細は、この記事を読んでいただくものとして、以下にジョブズ氏のあの制服のような黒のタートルネックの正体を明かします。


スティーブ・ジョブズと言えば黒のタートル。 

黒のタートルネックを年がら年中着たお陰でジョブズは「世界で最も覚えやすいCEO」になりましたけど、本人は実は最初あれではなくソニーみたいな三宅一生のナイロン製ジャケットを会社の制服にしたかったのだけど提案したら社員たちに却下され、それでしょうがなくひとり寂しく制服を着ていたのだそうな。三宅一生の着ていたタートルをこしらえてもらって...。 
スティーブ・ジョブズが日本に来たときに、当時の稲森会長にソニーの制服について尋ねたところ、稲森氏は、次のように答えたそうです。 
「戦後はみんな服もロクに持っていなかった。だからソニーのような会社では社員になんか毎日仕事に着ていけるものを用意してやらなくてはならなかった。そのうち制服は会社独自のスタイルに発展していき、特にソニーのような会社では社員を会社に結びつけるものになったんですよ、と。それを聞いたジョブズは「そういう結びつきがアップルにも欲しいものだな、と思った」という。 
スタイルにこだわりを持つソニーはあの著名デザイナーの三宅一生に社員の制服のデザインを任せていた。その制服はリップストップ(破れ止め加工)のナイロン製ジャケットで、袖のジッパーを外すとベストになる。ジョブズは早速イッセイ・ミヤケに電話をし、アップルにもいっちょベストをデザインしてくれやと頼んだ。 
「それでいくつか見本を持ち帰って全社員集めて、どうだい、みんなでこのベスト着たら最高だろ、な、と提案したら、いや〜ブーイングの嵐でたちまちステージ退場さ。あの案はみんなにえらい不評だった」 
が、この一件で三宅と親交を得たジョブズは、それからもちょくちょく定期的に彼の元を訪ねるようになる。そして自分だけ制服作っちゃうのも悪くないな、と思うようになった。制服があった方が毎日便利だし(これはジョブズが言ってたこと)、制服を通して自分だけのスタイルを人に伝えることができる、というのがその理由だ。
自身も、タートルネックの着こなしが素晴らしい、三宅一生氏
「そこでイッセイが着ていた黒タートルネックの中から気に入ったものを選んで、僕用にいくつか作ってくれるよう頼んでみたんだ。そしたらイッセイのやつ百着も作ってくれちゃったのよ」
さて、このような黒タートルの秘密も、スティーブ・ジョブズ氏の日本への傾倒を物語る一つのエピソードでもあります。このエピソードに関して、私はこの記事で以下のような論考をしました。
スティーブ・ジョブズ氏というと、アメリカの経営者であり、外見は、典型的なアメリカ人であり、アメリカ人的なライフスタイルを送り、日本人からは、縁遠いような気がしますが、三宅一生氏デザインの、黒のタートルネットを制服として、プレゼンにのぞみ、しかも、日本の武士道的な精神を持っていたということになると、非常に身近な人に思えてきます。 
かつて、ドラッカー氏は、日本の官僚や政治家をみて、「彼らにとって最も重要なのは、経済ではなく社会であり、社会を良くするという観点からものを考え、行動する」と評していました。しかし、現在の日本の官僚や政治家をみていると、そのようにはみえません。かえって、ジョブズ氏のほうが、社会を良くするという観点から行動していたように思います。だからこそ、結果として、経済的に成功できたのだと思います。そう考えると、過去の日本の官僚や政治家も過去においては、まさにそうだったのだと思います。だからこそ、結果として、奇跡の経済発展をすることができたのだと思います。
今の私たちは、政治家、官僚に限らず、多くの人々がこのことを忘れているのだと思います。私は、日本の多くの人が、外見も三宅一生氏デザインのような日本的な装束をまとうように日本的なものを前面に打ち出し、精神的には、日本の武士道的な精神を見なおして、それを自分のものとして、少しでも、ジョブズのように、こうした日本的精神と、アメリカ流の合理的な考えを持ち、社会を変えていくようになればと、願ってやみません。最近日本では、技術的なイノベーションはなされていますが、ジョブズが実践したような社会変革などに結びつく、イノベーションが少なくなったと思います。なぜそうなってしまったかといえば、私は、多くの日本人が、こうした素晴らしい日本由来のものを忘れてしまったことにも大きな原因があると思います。
特に、現在では、日本でも、多くの人が、アメリカ人の中でもかなりユニークだと思われるようなジョブズ氏の本当の姿を見ることなし、アングロ・サクソン的価値観の側面ばかりをみて、それがジョブズ氏の本当の強さと思い込んでいるようでなりません。私たちは、ジョブズ氏のように、日本的なものを再度見直し、自らの活力としていく姿勢が今こそ必要だと思います。そうして、社会を少しでもより良くするように日々努力していく姿勢が不可欠だと思います。
 スティーブ・ジョブズ氏:すし職人が明かすサービスへのこだわり 「おいしかった。またね」が最後に―【私の論評】あなたなら、明日死ぬということなったら、何を食べたいですか?
これも、詳細は、元記事をご覧いただくものとして、この記事では、ジョブズ氏が最晩年に、親しい友人を鮨屋に招き最後の食事と会話をしていたことを掲載しました。

ジョブズ氏が最後に注文した握りずし。(すしゲタの左上から時計まわりで)しめサバ、穴子、タイ、ウミマス=2011年10月18日、パロアルト(米カリフォルニア州)の陣匠で堀山明子撮影

米アップルの共同創業者、故スティーブ・ジョブズ氏(5日死去、享年56)が死期を予感し、ごく親しい友人を招いて“お別れ会”を繰り返したすし屋が米カリフォルニア州シリコンバレーのスタンフォード大近くにある。2人のすし職人、金子典民さん(46)と高橋一郎さん(39)が共同経営する「陣匠(じんしょう)だ。高橋さんが取材に応じ「決して泣き言を言わない人だった」と病と闘う姿を語った。すし職人が見たジョブズ氏とは。 
この記事では、こうした事実の他に、私は、ジョブズ氏が実は仏教徒であったこと、ある意味武士的な生き方をしてきたことなどについて論評しました。以下にその部分のみをコピペします。
 ジョブズ氏は、一般にはあまり知られていないですが、仏教徒です。そうして、このブログにも掲載しましたが、ジョブズ氏は、日本の武士道の精神でもある、「武士道とは死ぬこととみつけたり」といういわゆる「葉隠」の精神ともいえるような、精神を持っていたようです。そのような、ジョブズ氏であったからこそ、最後の食事は寿司だったのだと思います。 
ジョブズ氏は、生前に「死を意識した生き方」を語っていました。それは、決して、消極的なものではなく、日本の武士道精神のような、積極的な生き方でした。明日死ぬと思えば、囚人でさえなければ、やることは山のようにあると思います。 
まずは、世界を変えること、あるいはそこまでいかなくとも、社会やコミュニティーや、もっと些細なことについてもとにかく良いほうに変えることを、見込みのある人にそのエッセンスを伝え、自分の遣り残したことをやってもらいたいと思うに違いありません。しかし、見込みのある人が考え違いをしていれば、それを是正しようとして、多くのマスコミや、伝記の作者さえも指摘したような、ジョブズ氏のように辛らつな言葉になることもあるかもしれません。
あるいは、世話になった人たちに、今生の別れの言葉を伝えたいと思うにちがいありません。そうして、短い時間の中でも、できることは、すべてやっておきたいと思うに違いありません。また、明日死ぬとおもえば、それまで、悩んでいたような事柄がほんの些細なことに見えてくるに違いありません。これこそが、ジョブズ氏の「死を意識した生き方」を意味するものです。そうして、ジョブズ氏は文字通りこれを実践したと思います。
私たち日本人は、武士道的な生き方を忘れがちですが、やはり、ジョブズ氏のように、「死を意識した生き方」を実践して、"one more thing"を追求していくべきです。
以下は、以前のブログにも似たような内容を掲載したものですが、ここにもう一度、ジョブズ氏に敬意を評してジョブズ氏の言葉を掲載します。 
"時代の歩みは止まりませんし、テクノロジーであれ、どんな分野であれ、世界をよりよいものにする One more thing は生み出される時を待っています。"
次の One more thing を作るのは私でありあなたであり、志のある多くの人々です。 
それは iPhone や iPad のような発明かもしれませんし、新たな商品の開発かもしれないです。新しい著作、人を感動させる音楽、誰かの人生を変える小さな一言かもしれません。あるいは、日々わたしたちが取り組んでいるいる仕事かもしれません。しかし志のある人たちが全員がそれを追い求めることで、世界はちょっとだけ良い場所になるはず。そうして、多くの人がそう信じて行動すれば、より良い社会になるはずです。私は、そう信じています。 
Thanks you Steve Jobs for making the world a better place. We will continue in your footsteps to make insanely great stuff. May you rest in peace.
 ジョブズ氏は、日本でいっとき、出家しようと試みたことがあります。結局それは、成就しませんでしたが、ジョブズ氏のなみなみならぬ、日本の伝統文化への傾倒ぶりをうかがい知ることができます。
前アップルCEO、スティーブ・ジョブス氏死去―【私の論評】ジョブスの半生を写真でたどって見えてくるものは?!!日本人が忘れた世界?
この記事では、ジョブズの一生をクロニクル風にまとめました。その一部を以下に掲載します。

Apple IIは爆発的に売れ、1984年には設置ベースで200万台を
超え、莫大な利益を生んだ。 写真は1979年だそうです。
1986年 PIXERを買収  Apple を追放されたジョブズ氏が1986年2月4日、Pixar を買収したしました。買収当初は赤字が膨らんで大変だったようですが、現在では世界を代表するアニメーションスタジオに成長し、ジョブズ氏はディズニーの個人筆頭株主となっています。

新型iPhoneを発表するジョブズ
アップルストア銀座 スティーブ・ジョブズ氏追悼の様子
さて、この記事ではクロニクルとして生前のジョブズをまとめ、記事の最後のほうでは以下のように締めくくっています。
 これにみならず、ジョブスは、風貌やライフスタイルは、まさに、アメリカ人そのものですが、起業家に特有の資質として、ドラッカーが語っているものがありますが、私は、まさに、これを体現したのがジョブスだと思います。 
ドラッカーは、起業家精神について、以下のように語っています。

"「起業家精神とは、個人であれ組織であれ、独特の特性をもつ何かである。気質ではない。実際のところ私は、いろいろな気質の人たちが、起業家的な挑戦を見事に成功させるのを見てきた」(ドラッカー名著集(5)『イノベーションと企業家精神』) 
起業家精神というと、100人に1人が持つという感覚である。100人に1人の気質、100人に1人の才能としかねない。ドラッカーは、そこがそもそもの間違いだという。それは、気質でも才能でもない。 
ただし、一つだけ起業家精神に向かない気質がある。確実性を旨とする気質である。それはそれで立派な気質だが、企業家には向かないという。 
しかし、意思決定を行なうことができるならば、学習を通して、企業家として企業家的に行動することができるようになる。起業家精神とは、気質ではなく、行動であり、同時に姿勢だからである。 
イノベーションは、才能とも関係がない。起業家精神の才能などはなく、方法論が必要なだけなのである。それが今、ようやく各所で開発中である。 
ドラッカーは、起業家精神はインスピレーションとも、ほとんどあるいはまったく関係ないという。逆にそれは、厳しく、組織的な作業である。 
企業家に天才的なひらめきがあるというのは、神話にすぎない。ドラッカー自身、60年以上にわたっていろいろな起業家と仕事をしてきた。ベンチャーを立ち上げた人もいれば、社内企業家もいた。どの人も働き者だったという。天才的なひらめきを当てにするような人は、ひらめきのように消えていったという。 
イノベーションは、変化を利用することによって成功するのであって、変化をもたらそうとすることによって成功するのではない。 
ということは、変化を当然のこととして受け止めることである。日本人にとって、諸行無常を旨とすることは、おなじみなのではないか。 
 「本人が自覚しているか否かにかかわらず、あらゆる仕事が原理にもとづく。起業家精神も原理にもとづく。起業家精神の原理とは、変化を当然のこととすることである」(『イノベーションと企業家精神』)"

さて、この諸行無常という言葉、私達日本人なら、本来誰もが、直感的に理解できるものだったと思います。アメリカ流の合理精神と、もののあわれをも含む日本流の武士道的な精神とをあわせもったジョブス。だからこそ、人生を通じて、エネルギッシュであり、本当に時流に適合して、最期まで、生き抜くことができたのだと思います。 
こうした精神なしに、ジョブスがこれほど、社会を変革できたかどうかは、はなはだ疑問です。 
今の日本人、やはり、上記のジョブスのような、精神を持った人も多いので、未だに、イノベーション力は世界トップ水準にあるのだと思います。しかし、それも、薄れてきいるような気がして残念でありません。日本でも、意図して、意識して、このような生き方をみなおしていくべきです。 
それにしても、当代一といっても良いくらいの起業家が逝ってしまったのは、本当に残念です。しかし、いつ死ぬか判らないという覚悟が根底にあったからこそ、ここ数年のジョブスもあのような素晴らしい活躍が来たのだと思います。 
そうして、彼の最期の考えは、「やり抜いた」という感慨に満ちたやすらかなものであったと信じたいです。そうして、アップルもこれからも、私達の期待に応える企業でありつづていただきものです。ジョブスがなくなっても、彼の考え方を未来永劫にわたって、継承していただきたいものです。そうして、特に、私たち日本人は、ジョブスの生き方から、日本的な物の考え方が優れていることを学びとるべきだと思います。
さて、ながながと掲載してきましたが、私が言いたいのは、総務省の役人など、こうしたスティーブ・ジョブズの日本の伝統文化などへの傾倒ぶりを理解しているのかということです。

ジョブズのこうした側面を理解せずに、ただ「異能vation」といってみたとろで、何が変わるというのでしょうか。

私たち日本人が、本当のイノベーションを起こそうするのであれば、まずはイノベーションの本質とは社会的なものであり、技術的なものではないことを自覚して、しかもジョブズがそうしたように、日本的な考え方や、方法を現代社会に大胆に取り入れていくという視点が重要です。

総務省主導の今回のブロジェクトがここまで、踏み込んだものであり、日本的な考え方を見直そうという趣旨で実施するなら、ひよっとすれば成功する可能性もあるかもしれません。

しかし、そうであったとしても、これが成功する確率は限りなく「永遠の0」に近いと思います。なぜかといえは、以下のような事実があるからです。
【日本の解き方】あまりにヒドい政府の“日本再生戦略”―【私の論評】今の政府や政治家は、自分の頭の上のハエを追えない人が、他人の世話を焼いているようなもの、自分がやるべきことに専念せよ!!
詳細は、上の記事をご覧いただくものとして、この記事では、実は、あのノキアが、iPhoneや、iPadとほぼ同じようなものをアップルがこれらを発表する数年前から開発ずみであったものを市場に投入する機会を逸したことを例にあげて、以下のように論評しました。

NokiaのCM、なぜ女性のランジェリーなのか?
民間企業ですら、このような失敗をすることがあるわけですから、政府が成長する産業を見極めることなどほとんど不可能です。特に自由主義経済下では、そのようなことは誰もわからないというのが事実です。いろいろなタイプの企業が種々様々な工夫をして、その結果いずれかの事業がその時々の市場に適合うして、それが産業として伸びて行くというのが普通です。
スマホは、アップルがiPhoneで、現在の原型をつくりあげ、それを市場に投入しました。これが、たまたま、市場に適合していたため、それが、大ヒットして、今日につながっています。そうして、今では、iPhoneだけではなく、Android携帯なども様々の種類のものが、開発され、一大産業となっています。しかし、その影て、ノキアに限らず、ブルーベーリーその他、失敗しているところたくさんあります。それに、私としては、これら携帯電話に限らず、いまでは完璧に姿を消したPDSだって、電話機能さえつければ、現在のスマホと変わりないものがいくつもありました。
スマホの例でもわかるように、どの産業でも、いくつもの会社が、いくつもの新しい次世代のものを開発しており、そのうちの本の数社、場合によっては、1社だけが、次世代の産業を担って、大きく発展していのです。今日確かにアップルは大成功を収めましたが、何かがどこかで違っていれば、アップルがノキアのような目にあっていたかもしれないのです。
そんな自由主義経済下の競争において、政府が発展する産業を見抜けるわけはありません。政府はもともと、そのようなことをする機関ではありません。城山三郎氏の小説「官僚たちの夏」では、あたかも、通産省が日本の産業を主導してきたような扱いですが、あれは、幻想にすぎません。現実には、通産省主導で行ったことは、何一つ成功していません。大成功したのは、先送り戦術だけです。
この自由主義経済下においては、いくつもの民間企業が、競争環境の中で、その時々で様々な努力をして、その時点ではうまくいくかどうかもわからないですが、数年後には、決着がつくといった具合で、政府が主導で、成長産業を見つけることはほぼ不可能ということです。

最初にタブレット端末をこの世に出したのはアップルだったが、本当ノキアになったかもしれない

「異能vation」などと銘打って、アイディアを公募したとしても、まともなものは集まらないでしょう。そもそも、本当にイノベーションが起こせそうなアイディアなど世界中の企業が放置しておくはずもないし、今やKickStarterのようなサイトもあるわけですから、お金のない人はそちらに応募して、オープンソースで今まででは考えられないようなスピードでイノベーションを実行していくと思います。おそらく、このような公募に応募するようなアイディアは残りカスだけだと思います。

官僚主導のイノベーションなどこの程度のものです。そもそも、政府はイノベーションのためのインフラを整備するのが仕事であって、出来上がったインフラの上で政府が直接何かをやっても必ず失敗します。インフラの上で活動すべきは、民間営利企業や、民間非営利企業であるべきです。

もし、官僚主導のイノベーションがうまくいくのなら、あの共産主義もうまくいったはずです。旧ソ連では、いわゆる設計主任と呼ばれる優秀な人たちがいて、この人達が兵器や、ロケットや民間用の製品などを計画的に設計し、計画的に製造し、計画的に市場に提供していました。

その結果どうなったか、皆さんはお分かりでしょう。共産主義はことごとく失敗しました。

だから、「異能ベーション」なるプロジェクト最初から失敗しています。何も具体的なイノベーション(社会変革)など生み出すことはできないでしょう。

総務省などは、このような馬鹿真似をせずに、自分たちの管轄である社会インフラを整備することが本来の仕事です。たとえば、公共の電波の枠など拡張するなどすれば、衰退退廃した既存のテレビ・ラジオ局など、どんどん出てきて、既存の腐れメディアなどすぐにも視聴者を失うことでしょう。ただし、野放図に拡張してしまえば、その悪影響もあるでしょうから、そのようなことがないように規制も考えるなどのことをすべきです。

たとえば、このようなことをするのが本来の総務省の仕事であるはずです。

馬鹿な官僚に、税金を使って、無駄な言葉遊びをさせるなと言いたいです。こういうことが、過去にもあったように、無駄な箱物行政のようなとんでもない事態を生み出す土壌になるのです。(ただし、私は公共工事が全部無駄だとは思っていません)。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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2013年6月17日月曜日

安倍晋三首相 復活劇のウラに“月1”で行ってきた修行あり―【私の論評】安倍総裁快進撃の裏に座禅あり!成功者にみられる効用(゚д゚)!日本文化を見なおせ!!

安倍晋三首相 復活劇のウラに“月1”で行ってきた修行あり
女性セブン2013年6月27日号
わずか1年で退陣したときには「無責任」と批判の声も強かった。それから5年。昨年12月の政権発足から安倍晋三首相(58才)の支持率は最高で70%を超えた。この復活劇のウラには、彼が“月1”で行ってきた意外な修行があった。

「自分は政治家としてやっていけるという自信。それまで抱いていた自信も誇りも、粉々に砕け散りました」

安倍首相は、雑誌のインタビューで5年前の総理辞任後の心境についてこう語った。第1次政権時代の2007年9月、所信表明から2日後、突如、記者会見を開いて辞任を表明。「政権投げだし」「無責任すぎる」と批判を受けた。

すっかり自信喪失をしたときに出合ったのが禅だった。友人の山本有二衆院予算委員長の勧めで禅の道へ足を踏み入れた安倍首相。その時、訪れたのが東京・谷中にある禅寺、全生庵だった。当時の様子を全生庵の住職・平井正修さん(45才)が次のように振り返る。

禅寺、全生庵入り口

「首相を辞任してから半年ほど経ってからでしょうか。以前からこちらに来ていた山本さんや経済産業省のOBのかたと一緒に来られました。その時、“心を落ち着かせたい”と座禅を組まれて、私のほうからもいくつか禅にまつわるお話をしました。それ以来、月に1回来られるようになりましたね」(平井さん・以下同)

現政権で首相に就任してからは4月13日、北朝鮮の弾道ミサイル発射の警戒が強まるなか、全生庵におもむき、約1時間、座禅を組んだ。

平井さんは最近の安倍首相の姿には、以前に比べ姿勢がよくなり、自信を持っているように感じられるという。実際、アベノミクス、TPP交渉、外交問題などさまざまな課題を抱えながらも、その言葉や表情は自信に満ちている。


どん底にいた安倍首相の復活を支えた座禅とはいったいどのようなものなのか。どのように首相の心に響いたのか。まず、座禅は禅の基本と平井さんは語る。

「人間の心は本来落ち着いているものなんです。けれど自分で自分の心を引っかき回してしまう。人間関係、将来のことが不安になってしまうのも、自分で自分を追いつめてしまうから。もちろん苦しめられた原因は外的なものかもしれませんが、そこから先、不安になっていくのは、自分で勝手に妄想して、あれこれ考えてしまうから。それをいったん、リセットして本来の自分に戻すのには座禅を組むのがいいんです」

とはいえ、座禅はリラックスするためにするものではない。


「リラックスするなら温泉にいったほうがよほどいいわけでしょう。自分と向き合い、本来の姿を取り戻すには自分の体と心にある程度の緊張感を持たせたほうがよいのです。座禅をやる上で大切なことは『調身』『調息』『調心』といい、これは姿勢と呼吸を整え、心も整えていきましょうという考えです。これによって本来の姿に戻していくのです」

安倍首相は全生庵の本堂で1時間、座禅を組む。静寂に包まれる雰囲気のなかで自然と心が整っていくようだ。

女性セブン2013年6月27日号

【私の論評】安倍総裁快進撃の裏に座禅あり!成功者にみられる効用(゚д゚)!日本文化を見なおせ!!

坐禅は姿勢と呼吸を整え、心も整え人間本来の姿に戻すものである

さて安倍政権の、皆さんの評価はいかがなものでしょうか。変態マスコミや、変態識者に惑わされ、安倍総裁の評価をかなり低くする人、あなたはないものねだりをしているだけかもしれません。あるいは、もうご自分でもご存知のとおり、自らの主義主張や日本国民のことは別にして、自らの短期的利益のために意図して意識してそうしているのかもしれません。あるいは、自我が確立されていなくて、他者に操られてるだけなのかもしれません。

私たちは、現実世界に住んでいるのであり、理想と現実は違います。理想世界ばかり求める人は、単なる夢想家です。夢想家は、現実世界を評価することはできません。批判のための批判を繰り返すに過ぎません。まあ、いわゆる厨ニ病水準だということです。

わずか半年ほど前はどういう状態だったのか、それに安倍総理以外の人が、総理・総裁になっていたとしてたら、今の日本はありません。そうして、安倍政権誕生には、様々奇跡がありました。いくつかの奇跡が重ならなければ、安倍政権は誕生しませんでした。

さて、私の評価などは、二の次にして、他の人たちがどのような評価をしているのか、以下の動画をご覧になって下さい。







この動画、あらゆる分野の人たちが、安倍政権の評価をしています。あからさまに悪い評価をするひとは誰もいません。日本の現実を見ていれば、当然のことと思います。今の段階で、安倍政権駄目などと語る輩は、単なる馬鹿か、背後に中国とか、プロ市民などが控えている人とみなすべきと思います。

さて、安倍総理は、自信に満ち溢れ、安定した政権運営をしているようで、頼もしい限りです。そうして、その行動を支えているのが、日本の文化の粋である、坐禅だということです。

 全生庵の住職・平井正修さんは、上の記事で、以下のように語っています。
 「人間の心は本来落ち着いているものなんです。けれど自分で自分の心を引っかき回してしまう。人間関係、将来のことが不安になってしまうのも、自分で自分 を追いつめてしまうから。もちろん苦しめられた原因は外的なものかもしれませんが、そこから先、不安になっていくのは、自分で勝手に妄想して、あれこれ考 えてしまうから。それをいったん、リセットして本来の自分に戻すのには座禅を組むのがいいんです」
以下に、 平井正修の動画を掲載させていただきます。


公開日: 2013/03/03
超人大陸2013年3月4日号 全生庵七世現住職 平井正修氏「寒さに耐え可憐な花を咲かせる「梅」にみる人生観


さて、このような人生観に安倍総理も影響され、そうして、心の平安を得ているということです。第一次安倍内閣の時の安倍総理には、このようなことはありませんでした。ここが今安倍総理との大きな違いです。

坐禅に関しては、このブログにも以前掲載したことがあります。以下にその記事のURLを掲載します。
“禅”が成功者を生む!あのジョブズ氏も実践―【私の論評】ジョブズの背後には、間違いなく日本文化の存在がある!!

 この記事では、あの元アップルCEOのスティーブ・ジョブズ氏が、坐禅をしていたこと、さらに、武士道にもかなり影響を受けていて、自らのライフスタイルに取り入れていたことなどを掲載しました。詳細は、にいくつか抜粋しコピペさせていただきます。

まずは、曹洞宗僧侶の枡野俊明氏のジョブズに対する言葉です。
 「ジョブズの手がけたアップル製品には一切の無駄がなく、枯山水のような美しさがあります。彼は、毎日鏡に向かい『今日が人生最後の日だとしたら、今日やることはこれでいいのだろうか』と問いかけたと言います。今やりたいことに集中する、まさに禅の発想です」
スティープ・ジョブズ氏
それから、私の論評から、ジョブズ氏が、日本の武士道を自らのライフスタイルに取り入れたことを示したものです。
 これに関しては、ジョブズが日本の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という「葉隠」とも相通じる考え方を持っていて、実際仏門に入ろうと企てたこともあったことをこのブログにも掲載したことがあります。詳細は、以下のURLをご覧になってください。

Appleを復活させた「魔法使い」、ジョブス氏の休職―【私の論評】ジョブスの生き方は、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という日本人の理想を体現
 以下に一部分のみコピペさせていただきます。
私たちは、こうした多くの外国人をも魅了する、伝統文化に培われた日本に育っていますが、そのことを忘れがちです。そうして、その文化を受容して、日々の生活を送っていれば、あまり悩むこともなく、日々やるべきことに集中できるはずなのに、そうではなく、先のことを悩んだり、過去のことに引きずられがちです。

 私たちは、こうした多くの外国人をも魅了する、伝統文化に培われた日本に育っていますが、そのことを忘れがちです。そうして、その文化を受容して、日々の生活を送っていれば、あまり悩むこともなく、日々やるべきことに集中できるはずなのに、そうではなく、先のことを悩んだり、過去のことに引きずられがちです。

そのようなことから決別するためにも、もう一度日本文化を見直すべきだと思います。座禅など、私も久しくやっていませんか、また、やってみようと思います。私は、この古い伝統文化を思い出し、それこそ、スティーブ・ジョブズがやったように、良いところを現代的に取り入れるということにより、次世代の新しい日本をつくりだすことができるのではないかと期待しています。皆さんは、どう思われますか?
この記事にもあるように、安倍総理は座禅を自らのライフスタイルの中に取り入れ、まさしく上の文章で私が掲載した「この古い伝統文化を思い出し、それこそ、スティーブ・ジョブズがやったように、良いところを現代的に取り入れるということにより、次世代の新しい日本をつくりだす」ことを日々実戦れさているわけです。この記事を掲載したときには、よもやこのようなことを実践し、次世代の新しい日本をつくり出す、リーダーが本当に出てくるとは思ってもみませんでした。


しかし、これを実践する日本のトップリーダーが登場したということです。何と素晴らしいことではありませんか。日本国内では、知的レベルの低い、マスコミや識者などが、虎視眈々と安倍おろしを狙って、低レベルのアベノミクス批判など繰り返しています。しかし、日本文化を味方につけた、安倍総裁、もうそんなことには惑わされず、自らの道を進むことでしょう。


私自身も、微力ながらこのようなことを実践しつつ、自らの道を進み、次世代の新しい日本を作り出すことに寄与できるよう邁進して行きたいです。皆さんは、どう思われますか?

【私の論評】

“禅”が成功者を生む!あのジョブズ氏も実践―【私の論評】ジョブズの背後には、間違いなく日本文化の存在がある!!

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安倍首相日本テレビ「スッキリ!」に出演―【私の論評】安倍総理は大人の対応、テリーも遅ればせながら大人の対応、テレビもそろそろ、戦後体制にどっぷり浸っていることが身を滅ぼすことになることに気づきはじめているのかもしれない?

「安倍首相、大宰相の可能性」右傾化批判一転、米国で高評価の兆し―【私の論評】戦後体制で最も損した英国、損も特もしなかった米国、一番特したのはだ~~れ?これを理解しなければ、日本を取り巻く国際環境は認識できない!!

安倍首相を待つ“どす黒い孤独”の壁-再チャレンジ宰相はストレスフルな日々をどう乗り越えるか(日経ビジネス)―【私の論評】首相指名のはや次の日に、焦るゾンビマスコミの速攻戦線布告!!
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2012年10月11日木曜日

グーグルがApp Storeに忍び込ませたスティーブ・ジョブズの名言―【私の論評】ジョブズ氏は、ドラッカーのイノベーションの原則を守り、さらに日本的な考え方でそれを補強していた!!

グーグルがApp Storeに忍び込ませたスティーブ・ジョブズの名言:


121010_gmail_steve_ipad.jpg
グーグルのこういうところ、いいね。

上の画像はApp StoreにあるGmailアプリのスクリーンショットなんですが、よく見てみるとここに、ついこのあいだ亡くなってから1年が経ったアップルの創業者スティーブ・ジョブズの名言が載っていることをThe Next Webが発見しました。

その名言がこちら。日本語訳も一緒に。
That's been one of my mantras -focus and simplicity. Simple can be harder than complex. You have to work hard to get your thinking clean and simple. But it's worth it in the end because once you get there, you can move mountains.
集中することとシンプルであることは私の信念である。シンプルであることは複雑であることよりも難しい。思考を整理し、シンプルになるまで考えぬかなければならない。しかし、それにはものすごい価値がある。もし、それを達成することができれば、山をも動かせる。

今のいままで全然気づかれてなかったってことなのか、最近こうなったのかわからないですが、これを忍ばせたグーグルの担当者、粋なことしますね。

121010_gmail_steve.jpg

The Next Web via ラシカル開発記
Gmail[App Store]
(鈴木康太)

【私の論評】ジョブズ氏は、ドラッカーのイノベーションの原則を守り、さらに日本的な考え方でそれを補強していた!!



上の記事に掲載されていた、以下の名言は、素晴らしいです。集中することと、シンプルさの重要性を力強く訴えています。何回読んでも、ぐっときます。
That's been one of my mantras -focus and simplicity. Simple can be harder than complex. You have to work hard to get your thinking clean and simple. But it's worth it in the end because once you get there, you can move mountains.
この名言に近いことは、ドラッカー氏も何十年も前から語っていることです。それに関しては、このブログにも掲載したことがあります。


詳細は、上のURLからご覧いただくものとして、この記事には、「イノベーションに成功するには3つの心得」、「イノベーションの三つのタブー」を掲載しています。


心得のうち、ドラッカーが、第一にあげているのが以下です。
第一に、集中しなければならない。複数の異なる分野でイノベーションに成功することはほとんどない。あのトーマス・エジソンさえ、発明を発明したといわれるほど発明の方法論に通暁しながら、電気の分野でしかイノベーションを行なわなかった。
 イノベーションには、勤勉、持続、献身を必要とする。集中することなくして、これらのものを手にすることはできない。知識は多分野のものを必要とするであろう。だが、目指すものについては、集中がなければならない。 
タブーの第一は、以下です。
 第一に、凝り過ぎてはならない。凝り過ぎは失敗の元であり、生産者側の自己満足にすぎない。懲り過ぎた財・サービスに大事な時間とおカネを使う者はいない。博物館で見せてもらえばよい。  
 大きな事業にしたいのであれば、時間もおカネもさほど余裕のない人たちが、気軽に買って気軽に使えるものでなければならない。ドラッカーは、組み立て方や使い方の凝ったイノベーションは、ほとんど例外なく失敗してきたという。 
凝りすぎてはならないという言葉を使っていますが、これは、要するにシンプルさを追求せよと言っているのと同じことです。

イノベーションには、『集中』と、『シンプル』が必須であることをまさに、ドラッカー氏が原理原則として示し、ジョブズ氏が、実践して見せたということだと思います。

ジョブズ氏がドラッカーの提唱した、イノベーションの心得と、タブーについて知っていたかどうかは、わかりませんが、それは別として、自ら実践していたということは間違いありません。


それから、ジョブズ氏は、日本文化にも傾倒していました。これも、以前このブログに掲載したことがあります。


詳細は、上のURLをご覧いただくものとして、庭園デザイナーであり、曹洞宗徳雄山建功寺住職でもある、枡野 俊明氏は、以下のようにジョブズ氏について語っています。
「ジョブズの手がけたアップル製品には一切の無駄がなく、枯山水のような美しさがあります。彼は、毎日鏡に向かい『今日が人生最後の日だとしたら、今日やることはこれでいいのだろうか』と問いかけたと言います。今やりたいことに集中する、まさに禅の発想です」 
私は、ドラッカーのイノベーションの原理原則をジョブズ氏が実践し、ジョブズ氏は、その原理原則を貫くために、日本文化に傾倒し、良いところを取り入れていたのだと思います。ドラッカーの名言には、他にも様々なものがありますが、私の好きなものに、"社会にone more thingを付け加えよ"というものがあります。社会に、もう一つ何かを付け加えることを生きがいにせよということです。これも、もともとの日本人の考え方に馴染むものだと思います。これも、イノベーションの本質を語っています。イノベーションとは、技術に関するものではなく、社会に関するものであり、社会を変えるものです。


そうして、現在の私たちは、ジョブズ氏の大成功をみるときに、特に日本文化が大きな役割を果たしていることをすっかり忘れているのではないかと思います。、

多くの人が、グローバル化とか、英語の能力向上だとか、皮相なことにとらわれすぎ本質を見失っていると思います。今の私達が、世界に通用するイノベーションを実践しようとした場合、まずは、日本文化の伝統を思い返すべきなのではないかと思います。ドラッカー氏が、「武士道とは死ぬことと見つけたり」という考え方を体現していたこと、常にシンプルさを追求していたことの根底には、昔の日本人の価値観や、物の考え方に大きな影響を受けていたという事実に思いを馳せるべきと思います。

皆さんは、どう思われますか?


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2012年9月16日日曜日

“禅”が成功者を生む!あのジョブズ氏も実践―【私の論評】ジョブズの背後には、間違いなく日本文化の存在がある!!

“禅”が成功者を生む!あのジョブズ氏も実践


★本当に効く成功法則はコレだ!

有名経営者や名だたるビジネス作家の本が並ぶビジネス書コーナーで、異彩を放つ作家がいる。曹洞宗僧侶の枡野俊明氏だ。


枡野氏は禅寺住職でありながら、世界的に活躍する庭園デザイナーであり、美大教授。禅の思想に裏打ちされた著作はすでに十数冊に及び、仕事術の本も人気が高い。「禅」とビジネス。一見関連がなさそうだが、禅を学んで果たして成功できるのか?枡野氏に聞いてみた。

「禅の考え方は、今自分が成すべきことを、ただ一生懸命やるということ。過去を憂えたり、未来を心配したりしても、実体のないものにとらわれているだけ。今に集中すれば、心にゆとりが出てくるし、無駄なところにエネルギーを使わないので、結果は後から自然についてくるようになります」


禅を仕事に生かすことでストレスから解放され、その結果、作業の効率も上がり、精神的にも安定すると言う。

しかし、成功したいがために禅を学ぶのは本末転倒。禅とは、「物事への立ち向かい方や、心地よく暮らすための生き方を突き詰めていく思想」と枡野氏。禅の思考法を、ビジネスという分野に当てはめたら意外に使えたということか。

枡野氏によるセルリアンタワー東急ホテル「閑坐庭」(かんざてい)
そういえば、かのスティーブ・ジョブズが禅に傾倒していた話は有名だ。

「ジョブズの手がけたアップル製品には一切の無駄がなく、枯山水のような美しさがあります。彼は、毎日鏡に向かい『今日が人生最後の日だとしたら、今日やることはこれでいいのだろうか』と問いかけたと言います。今やりたいことに集中する、まさに禅の発想です」


洗練されたiPadやiPhoneのデザイン。実は、枯山水を体現していたのかも!?

【私の論評】ジョブズの背後には、間違いなく日本文化の存在がある!!

まずは、枡野氏の略歴など以下に掲載させていただきます。

ますの しゅんみょう
枡野 俊明

曹洞宗 徳雄山建功寺 住職

庭園デザイナー (日本造園設計 代表)

多摩美術大学 環境デザイン学科 教授

ブリティッシュ・コロンビア大学 特別教授(Adjunct Professor)




1975 玉川大学農学部農学科卒業。在学中より斉藤勝雄氏に師事。
斉藤勝雄氏の弟子となる。
1979 大本山總持寺にて雲水として修行する。 
1982 日本造園設計を設立。 
1985 曹洞宗徳雄山建功寺の副住職となる。 
1987 ブリティッシュ・コロンビア大学より招聘され、特別教授として集中講義を行う。(中曽根基金の特別教授)'87年より海外の大学において毎年講演。 
1989 コーネル大学、トロント大学等において講演。 
1990 ハーバード大学GSDにて講演。 
1994 ブリティッシュ・コロンビア大学より特別功労賞
『AWARD OF MERIT』を受賞。併せて同大学教授に就任。 
1995 新渡戸記念庭園改修においてCSLA(Canadian Society OfLandscape Architects)より『NATIONAL MERIT AWARD』を受賞。 
1997 日本造園学会賞受賞 (設計作品部門)
横浜文化賞奨励賞受賞。 
1998 多摩美術大学 環境デザイン学科 教授に就任。 
1999 芸術選奨文部大臣新人賞受賞(美術部門)。 
2001 曹洞宗 徳雄山 建功寺 の住職となる。 
2003 外務大臣表彰受賞。 都市緑化功労者 国土交通大臣表彰受賞。
2005 『Gala Spa Award 2005 (Special prize) 』 ドイツ。
カナダ政府より『Meritorious Service Medal』(カナダ総督褒章)を受章。
ブリティッシュ・コロンビア大学より名誉博士号を授与。 
2006 ドイツ連邦共和国 功労勲章 功労十字小綬章を授与。 
2007 第17回AACA(日本建築美術工芸協会)賞奨励賞受賞。 
2010 第55回神奈川県建築コンクール 優秀賞・神奈川県建築士事務所協会賞 受賞。 
素晴らしい、経歴です。この方は、日本文化を追求することにより、これだけの偉業を達成できたのだと思います。今のニッポン人、グローバリズムなどなんだのといいつつ、日本文化文化の素晴らしさを忘れていると思います。私は、日本人が日本人たる所以を忘れてしまっては、文化的背景もなにもない、ただの弱いニッポン人(日本的文化の背景のない日本人という意味)になるしかないと思います。


本当の意味で、国際人となるには、日本人ならば、日本の文化的背景を忘れては、決してなれないと思います。たとえ、英語ができたとしても、海外に行けば馬鹿されるだけです。最近私は、Google+のハングアウトで海外の人とも話す機会がありますが、そのときに海外の人から「どこからなの?」という質問をうけて、「日本から」というと、日本人だというだけで、"So, Smart"などといわれて、歓迎されるので、やはり、日本は、世界の中でも、尊敬されている国であることを実感しています。

そんな彼・彼女らに、話をして評判が良いのは、やはり、日本文化です。いろいろなことを話していて、「日本的なやり方だとこうだ・・・・・」といいつつ、その背景になる日本の伝統文化などについて、話をするとかなり評判が良いです。やはり、日本には、西欧にはない日本の古来から知恵があるのだと思います 。


このようなことがわかったので、最近では、英語で書かれている日本文化に関する、サイトの記事や、書籍を集めておき、いろいろな機会に話ができるようにしています。最近では、アニメの話題も多いので、アニメに関することも集めています。

そのような中で、「只管打坐(しかんたざ)」についての話もかなり外国の人々の関心を惹くことが、よく分かりました。只管打坐とは、詳細は、以下のURLをご覧いたてだくものとして、その意味は、『余念を交えず、ただひたすら座禅すること。仏教、特に禅宗の語。「只管」はひたすら、ただ一筋に一つのことに専念すること。「打坐」は座ること、座禅をすること。「打」は助字。「只」は「祇」とも書く』です。

http://www17.plala.or.jp/tozanji/sikantaza.html

この只管打坐の考えかたに、外国人の方々も共鳴するものがあるよゔです。実際、ハングアウトで、只管打坐について語った人の中には、次の週に自分の近くの禅道場をみつけて、やりはじめた人も、一人や二人ではありません。アメリカ人の良い思ったことは、躊躇せずにすぐに行動に移す態度には、いつも感心させられます。 上の文章にも、「ジョブズの手がけたアップル製品には一切の無駄がなく、枯山水のような美しさがあります。彼は、毎日鏡に向かい『今日が人生最後の日だとしたら、今日やることはこれでいいのだろうか』と問いかけたと言います。今やりたいことに集中する、まさに禅の発想です」とありましたが、まさにそうです。


これに関しては、ジョブズが日本の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という「葉隠」とも相通じる考え方を持っていて、実際仏門に入ろうと企てたこともあったことをこのブログにも掲載したことがあります。これについては、詳細はここでは述べません。詳細は、以下のURLをご覧になってください。

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私たちは、こうした多くの外国人をも魅了する、伝統文化に培われた日本に育っていますが、そのことを忘れがちです。そうして、その文化を受容して、日々の生活を送っていれば、あまり悩むこともなく、日々やるべきことに集中できるはずなのに、そうではなく、先のことを悩んだり、過去のことに引きずられがちです。


そのようなことから決別するためにも、もう一度日本文化を見直すべきだと思います。座禅など、私も久しくやっていませんか、また、やってみようと思います。私は、この古い伝統文化を思い出し、それこそ、スティーブ・ジョブズがやったように、良いところを現代的に取り入れるということにより、次世代の新しい日本をつくりだすことができるのではないかと期待しています。皆さんは、どう思われますか?



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