2024年2月20日火曜日

「反増税派」蜂起、財務省主導の緊縮派に反発 自民党内の〝財政バトル〟再燃、日本経済浮沈かかる「骨太の方針」で熾烈な戦い―【私の論評】岸田政権は「積極財政派」と手を結び、財務省に立ち向かえ

須田慎一郎・金融コンフィデンシャル

安倍元首相

 自民党内では、積極財政派と緊縮財政派の対立が再び激化しつつある。

 安倍派の解散により、緊縮財政派の存在感が高まっていた。しかし、積極財政派の議員らが、安倍前首相の「遺志」を継ぎ、デフレ脱却と経済成長を実現するため、再び動き出した。

 具体的には、積極財政派の議員が渡海政調会長と直接交渉し、党内の「財政政策検討本部」を再起動させることに成功した。この検討本部は、安倍前首相の肝いりで設置された積極財政派の拠点である。検討本部の再起動により、積極財政派は党内での主導権を回復することができた。

 さらに、積極財政議連が渡海政調会長に「討議資料」を提出し、財務省が策定する経済財政運営の指針「骨太の方針」に含まれる歳出制限の撤廃を直談判した。2015年以来の骨太の方針には「非社会保障費の純増を3年間で1000億円以内に抑える」というルールが潜り込ませられており、これが教育無償化など重要政策の実現を阻害し、日本経済の成長を妨げていると積極財政派は強く主張している。

 一方、財務省を支持基盤とする緊縮財政派も、党内 の積極財政派を徹底的に封じ込める体制を敷いている。今年6月に策定される2024年度の骨太の方針をめぐって、財務省vs積極財政派の熾烈ない牙を剥く戦いが繰り広げられることになるだろう。

 日本経済の行方は、公共投資と財政出動を重視する積極財政派か、増税と財政再建を優先する緊縮財政派のどちらが主導権を握るかにかかっている。自民党内の財政運営の舵取りをめぐる論争の行方が、日本の経済政策の大きな分岐点となることは確実だ。デフレ脱却を最優先課題と位置づけるのか、財政健全化を優先するのか。歴史的な選択を迫られている。

【私の論評】岸田政権は「積極財政派」と手を結び、財務省に立ち向かえ

要点を箇条書きにすると以下の通りです。

まとめ
  • 2015年の骨太の方針に、社会保障費以外の歳出増を3年間で1000億円に抑えるというルールが脚注で盛り込まれ、その後も踏襲された。
  • このルールは当時の安倍首相も知らず、財務省がこっそり盛り込んだとみられる。  
  • 財務省は国民から税金を搾取する存在で、予算の見直しをせず緊縮財政を正当化してきた。
  • 岸田首相は財務省に対抗するため、積極財政派などの議員の支持を得るべきだ。
  • 岸田政権の崩壊は、官僚機構の力を強める恐れがあるため、政治が安定してから交代すべきである。
骨太の方針(ほねぶとのほうしん)は、正式名称を「経済財政運営と改革の基本方針」といいます。政権の重要課題や翌年度予算編成の方向性を示す方針で、年末の予算編成に向けて、政権の重要課題や政策の基本的方向性を示します。

首相が議長を務める経済財政諮問会議で毎年6月ごろに策定され、閣議決定されます。各省庁の利害を超えて官邸主導で改革を進めるために策定されます。

2023年度版の骨太の方針は6月16日に閣議決定されました。今年も6月に2024年度版が閣議決定されることになるでしょう。

上の記事で、「2015年以来の骨太の方針には「非社会保障費の純増を3年間で1000億円以内に抑える」というルールが潜り込ませられている」ことに関しては、安倍元総理も激怒していたとされます。それについては、このブログにも掲載したことがあります。
岸田「30兆円」経済対策で、またぞろ「大増税」誘導…財務省のペテンの手口―【私の論評】『骨太の方針』に見る、財務真理教団騙しの手口(゚д゚)!

この記事より、2015年の骨太の方針に関する部分を以下に掲載します。
2015年に閣議決定された『骨太の方針』によって「社会保障関係費以外の歳出の増加は3年間で1000億円以内にする」ことが明記されており、その後、毎年の『骨太の方針』でこれが継続的に踏襲されています。

即ち、3年間で1000億円ということは、社会保障費以外の歳出、例えば防衛費や教育費は年間333億円までしか増額できないという枠が嵌められているわけです。

実は財務省が緊縮財政を正当化する法的根拠はここ(骨太の方針2015)にあったのです。

しかも驚いたことに、『骨太の方針2015』の本文中にはこの記述はありません。

注釈として「安倍政権のこれまでの3年間の取り組みでは一般会計の総額の実質的な増加が1.6兆円程度となっていること、経済・物価動向等を踏まえ、その基調を2018年度まで継続させていくこととする」の一言を添え、本文中に「社会保障関係費の増額を3年間で1.5兆円までに抑える」と記載されていることから、差し引きして「社会保障費以外の歳出の増額は3年間で0.1兆円(1000億円)とする」ことが盛り込まれているのです。

仄聞するところによると、当時の安倍総理でさえ、この注釈のことを知らなかったとされています。

2022年「骨太の方針」を巡る財政政策検討本部の議論で、このキャップのことが分かりました。

安倍元総理は次のようなことを話していました。

社会保障費の5,000億以外について議論した記憶が全然ない。もちろん、私は当時、総理大臣であった私の責任ではある。だか全く気付かなかった。当時の官邸官僚や、いろんな人に聞いているんですが、「そんなこと議論していないよね」ということでした。脚注に書いてあることを盾にとって、あまりにも不誠実ではないか。

おそらく、文書とりまとの職員が、財務省から要求されて文章を入れたのでしょう。

財務省は脚注のところの説明をしませんでしたし、審議する人たちも脚注でから重要でないと判断し読まなかったのでしょう。

当時の安倍総理がが知らなかったというより、おそらくは財務省が総理に知られないようにこっそりと注釈で盛り込んだ、と言ったほうが正確だと考えられます。

総理を辞任された後にこのことを知った安倍氏は、我が国の財政運営を積極財政に転じさせるために財務省と闘っていく決意を顕にしていたそうです。
はっきり言えば、これは財務省による騙し討ちといっても良い暴挙だったといえます。一般企業などにおいて、たとえば長期経営計画などに、当該企業にとって重大な事項が、本文にはかかれておらず、脚注にかかれてあるようなものです。それも、社長などの判断ではなく、長期経営計画書の原案を作成する部署の長の判断で勝手に入れられたようなものです。

そうして、取締役会で、長期経営計画が承認されたから、その計画に従って、財務部が財務を実行しているというようなものです。

これは、一般企業ならあり得ないことで、長期経営計画の脚注に重要事項が勝手にもりこまれていることが発覚すれば、脚注は取締役会で議論して削除、作成部署の長はすぐに降格にされたりなどの懲罰を受けるのが当然です。

この当然のことを、積極財政派議連が実行しようとしているのです。この当たり前のことすらできないのが、日本の政府の現実なのです。積極財政派議連には、これを実現するため、頑張っていただきたいもてのです。

自民党積極財政派議連

昨年は、政権の浮揚を目論んだとみられる岸田首相は所得税と住民税の定額減税を打ち出し、自民党税調はその存在意義が問われるような状況となりました。無論、財政再建派議連もそのような傾向がありました。これに、財務省はかなり危機感を抱いたことでしょう。

しかし、この傾向は、財務省の必死の反抗や安倍派の解散で、情勢が変わりました。国会で、経済対策で「税収増還元」を訴えた岸田総理に対し、鈴木財務大臣は「国債償還」を理由にあっさり却下しました。トリガー条項発動にも難色を示し、国民の苦境を無視する姿勢を露呈しました。これは、あるまじきことです。財務省を中心とする官僚機構は、日本の権力中枢に君臨し、増税を是とするマスコミや学者は官僚と結託し、国民不在の政治が行われています。

近代化や高度経済成長を支えた官僚制は、バブル崩壊後(本当は日銀の誤謬による金融引き締めが原因)の経済停滞に無策でした。政治主導への転換がなされず、過去30年給料は上がらず、国民の可処分所得は減少しつづけました。財務省は予算の見直しをせず、国民から税を搾り取るだけです。

財務省こそ本当の国民の敵です。岸田総理は「減税」を主張するも、鈴木大臣は「財源がない」と抵抗。本来、総理の指示に従うべき大臣が財務省に逆らえない構造になっています。民間企業でいえば、取締役会などが形骸化して、財務部長などが実質的に会社を統治しているようなものであり、これはあり得ないことです。

財務省

このような状況は望ましくありません。国民から選挙で信任を受けていない官僚が政府の重要な方針を決める現状がそのままにされ、さらにそれが推進され、財政・金融政策から、安全保障から何から何まで、官僚が主導権を持って国政をすすめることになれば、それはもはや民主的体制とはいえず、実質的に全体主義の共産主義に近い政治になってしまいます。

このようなことを避けるためにも、岸田首相は、自らの派閥を解消したのですから、積極財政派議連や、消費税推進派の議員たち、憲法改正派の議員たちや、いわゆる保守派の議員の力を結集して、憲政史上長期政権となった安倍首相の政策を継続できる体制を整えるべきです。

そのような体制を整えられるかが、今後岸田政権が安定するかどうかを決めることになるでしょう。岸田首相は現在でも、外交などにその活路を見出しているようですが、それはもはや効力がなくなったのは明らかです。

やはり、積極財政派や、積極財政派にも多く存在する保守派と手を結び、財務省と戦える体制を築くことが焦点となるでしょう。

岸田政権を叩くことだけに夢中な人は、このことを見逃していると思います。岸田政権が崩壊した後はどうなるでしょうか。残念ながら、現状では、誰が首相になっても、岸田政権より良くなることなく、ますます悪くなるだけでしょう。それだけならまだなんとかなるかもしれませが、財務省をはじめとする官僚機構が岸田政権の崩壊を機に政治権力をさらに強めれば、とんでもないことになります。

私は、個人的には岸田首相は大嫌いです。しかし、いずれ交代するにしても、もっと政治が安定してからにすべきです。特に、官僚機構やマスコミなどに時の政権を崩壊させたという、成功体験を提供すべきではないです。

混乱の巷の最中の交代は、官僚機構やマスコミをさらに強化するだけに終わる可能性が高いです。増長した彼らは、次にどのような政権がでてきても、減税しようとする政権はすべからず潰すことになるでしょう。

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2024年2月19日月曜日

時価総額1000兆円消失すらかすむ、中国から届いた「最悪のニュース」―【私の論評】中国の経済分野の情報統制のリスクに日本はどう備えるべきか

 時価総額1000兆円消失かすむ、中国から届いた「最悪のニュース」

まとめ

  • 中国株式市場は2021年以降、巨額の時価総額を失った
  • 中国政府が経済のネガティブ情報を取り締まろうとしている
  • 言論統制により経済の不透明性が高まっている
  • 経済運営の透明性向上が必要不可欠
  • 政府が悪いニュースも含めて情報公開できるようになることが自信の表れ


 中国株式市場は2021年以降、日本とフランスのGDP合計に匹敵する7兆ドルもの巨額な時価総額を失った。だが最も懸念されるのは、中国政府が株式市場をはじめとする経済のネガティブな情報を流布する者を取り締まろうとしている点だ。

 中国の国家安全省は「経済宣伝と世論誘導を強化」すると表明し、エコノミストやジャーナリストの論評が検閲されるなど、言論統制が強まっている。SNS上でもユーザーに対し、中国経済の悪口を言わないよう求められている。これは自国経済に自信のない政府の特徴といえる。

 中国はむしろ経済運営の透明性を高め、良いニュースと同様に悪いニュースも公表する開放性が必要だ。習近平国家主席は2012年、市場メカニズムの活用を約束したが、その後は経済のブラックボックス化が進み、コーポレートガバナンスも後退した。

 香港でも国家安全法などにより表現の自由が制限されつつある。メディア統制により経済の不透明性が高まれば、世界の投資家と中国本土の経済実態の乖離が広がることになる。

 資本流出を食い止めるには、中国が資本市場や企業の透明性を高めることが不可欠だ。習政権が自国経済に自信を取り戻し、良いニュースも悪いニュースも公表する開放性を示せるようになることが、真の自信の表れとなるはずだ。

 このニュースは元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】中国の経済分野の情報統制のリスクに日本はどう備えるべきか

まとめ
  • 中国では厳しい検閲が行われており、株安報道を事実上禁止する事態に発展。特にGDP成長率の誇張報告に疑惑。
  • 中国の情報統制は投資家の信頼喪失、企業の不正会計や過剰報告増加、マクロリスク対応の遅れ、法の支配の毀損などの弊害をもたらしている。
  • 日本の対中対応策として、数値目標を掲げて透明性向上を求める。対中ビジネス契約に仲裁条項を設定があげられる。
  • 中国への依存分野においては、第3国多元化を進めるべき。
  • メディアは独自情報収集に注力すべきであり、民間交流で安全保障観点を意識すべき

情報統制 AI生成画

中国では、元々政府による厳しい検閲が行われていました。最近それがさらに厳しくなっただけです。2015年の株安の際、当局は大手メディアに対し「市場安定のため」として株安報道を事実上禁止した(ウォール・ストリート・ジャーナル紙報道)。また、GDP成長率を目標達成のため誇張報告しているとの疑惑が各国から出ている(米ブルッキングス研究所レポート)。これらは経済実態の歪曲です。

一方の日本では、報道の自由が憲法で保障されているものの、マクロ経済政策分析。例えば、日銀のマイナス金利政策は、リフレ派の経済学者からは評価される政策だが、一部メディアは副作用を過度に強調したと指摘される(経済アナリスト野口旭評)。記者の政策理解が不十分な報道が散見される。

望ましい経済報道とは、マクロ経済学の専門知識に基づき、政策の意義と課題を多角的に検証・分析するものです。日本の報道の自由を前提に、質を高めることが課題です。

このように、検閲が問題の中国とは対照的に、日本の報道機関は報道の自由を享受してはいますが、専門性向上が課題です。

報道の自由 AI生成画

中国の情報統制が経済発展に与える弊害について、さらにより具体的な事例を含めて解説します。

第一に、投資家が必要な情報を得られないことで信頼が失われます。中国株式市場からの資金流出額は2021年だけで1兆ドルを超えました。株安に歯止めがかからないのは、企業の実態が不透明なことが大きな要因です。投資判断に必要な財務情報や事業計画がブラックボックス化されているため、投資家は中国株への信頼を失っています。情報開示を通じた透明性の確保無くして、株式市場の安定は望めません。

第二に、企業の不正会計や過剰報告が増えます。大手デベロッパー「恒大集団(China Evergrande Group)」は3000億ドルの借入金を抱えていますが、その実態は情報非開示により長年にわたり隠されてきました。投資家に開示されるべき財務情報が歪められたことで、同社の財務リスクは表面化が遅れました。このような企業不祥事の増加は、経済全体の安定をも脅かしかねないです。

第三に、マクロリスクの把握が遅れ対応が後手に回ることになります。中国の財政赤字は公表値の約3倍との試算がありますが、この重大なリスクが表面化する前に適切な政策対応を取ることが困難になります。景気刺激策の副作用が顕在化する前に、財政再建に向けた政策転換が必要ですが、それが遅れることになりかねないです。

第四に、法の支配が損なわれることになります。上海ロックダウンにおいて、食料アクセス要求の投稿が検閲されたことは、表現の自由すら制限されている事を示しています。言論を統制するこのような状況下では、契約履行や権利保護など、公正な法の運用が期待できません。

透明性の低い情報統制体制下では、企業の不正会計やシステミックリスクも見落とされかねないです。中国が2049年までに米国のGDPを超えるという習近平政権の目標は、経済専門家からは「非現実的」との指摘が強い(米シンクタンクCNBC調査)です。むしろ情報開示による透明性向上が成長の鍵となります。

以上から、情報統制を強める中国の成長モデルはすでに行き詰っていると見るべきです。むしろ開放と透明性が必要不可欠です。

日本の対中対応 AI生成画

日本の対中対応の具体策については、以下のようなことがいえます。
  • 具体的な数値目標を掲げて強く求めるべきです。例えば、国営企業の財務諸表の透明性向上などを明確な日程計画や議題として設定すべきです。
  • 日本企業の対中ビジネスでは、契約における仲裁条項の設定を義務付けることも検討すべきです。中国企業の契約不履行リスクに備えるべきです。
  • 技術依存では、半導体や車載バッテリー等の重要分野で、サプライチェーンの過度な中国集中を避けるため、第3国多元化を進める必要があります。
  • メディア各社は、中国への取材強化による独自情報収集に注力すべきです。公式発表に依存しない報道体制を確立することが重要です。
  • 民間交流でも、中国側参加者のバックグラウンド調査を徹底する等、安全保障の観点を意識する必要があります。
このように、日本各界はそれぞれの立場から、中国の情報統制のリスクに具体的に対処すべきであると考えます。

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2024年2月18日日曜日

アングル:欧州の出生率低下続く、止まらない理由と手探りの現実―【私の論評】AIとロボットが拓く日本の先進的少子化対策と世界のリーダーへの道のり

アングル:欧州の出生率低下続く、止まらない理由と手探りの現実

まとめ
  • 欧州各国の指導者は、出生率を上げることを優先課題と位置づけているが、これまでの奨励策はほとんど効果がなかった。
  • 研究者らは、出生率2.1の達成は困難で、少子高齢化への適応が必要だと主張する。
  • 出生率低下の理由は経済的事情や価値観の変化など多岐にわたる。
  • 高齢化への対応として、退職年齢の引き上げ、女性の労働参加拡大、移民の受け入れ等が考えられる。
  • 単なる出産奨励ではなく、社会全体の議論が必要だとの指摘もある。

人口統計に関する会議に出席するイタリアのメローニ首相(左)とローマ教皇フランシスコ。ローマ2023年5月

 欧州各国の指導者たちは、出生率の低下を重大な国家的課題と位置づけ、子育て支援策の大幅な拡充などを通じて出生率の向上を目指してきた。フランスのマクロン大統領やイタリアのメローニ首相も、子育て世代への支援強化を公約としている。

 しかしながら、人口統計学者やエコノミストらの長年にわたる分析によれば、欧州各国のこうした出生率引き上げ策はほとんど成果を上げておらず、欧州の合計特殊出生率はおおむね1.5前後で推移している。これは人口置換水準の2.1を大きく下回っており、現状の出生率が続けば各国の人口は確実に減少することになる。

 研究者らは、欧州の出生率低下が社会構造の変化を反映していると分析している。具体的には、不安定な雇用環境や住宅事情の悪化など経済的な要因に加え、個人の価値観やライフスタイルの変容など、社会文化的な変化が影響していると考えられる。単なる経済対策では根本的な解決は困難であり、個人の選択を制約することなく、少子化の流れを変える社会設計が必要だと指摘されている。

 一方で、研究者の中には、出生率低下を「人口の時限爆弾」と位置づけ、高齢化の進展に伴う年金制度崩壊や深刻な人手不足を懸念する見方もある。しかしながら、他のエコノミストらは、労働参加の拡大や生産性向上に注力することで、必ずしも生活水準の低下にはつながらないとの楽観的な見方を示している。

 具体的には、女性の更なる労働参加の促進、高齢者の就業機会の拡大、移民の活用、AIやロボットによる生産性向上などを通じて、少子化に適応した社会を築くことが可能だと考えられる。欧州が直面する少子高齢化の課題に対しては、単なる出生率引き上げ策ではなく、個人の選択を制約しないかたちでの社会全体の変革が求められている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】AIとロボットが拓く日本の先進的少子化対策と世界のリーダーへの道のり

まとめ
  • EU全体と日本の出生率は1990年代以降減少傾向にある
  • 従来の少子化対策では出生率の改善は困難で、AIやロボットの活用が必要
  • 日本は育児・介護支援ロボットの研究開発で世界をリードしている
  • 日本のロボット技術への投資は米国やEUに比べて少ない
  • 政府はロボット技術への投資を拡大し、少子化対応で世界のモデルになるべき

以下に、EU全体と日本の特殊出生率推移(1990年~2022年)の表を掲載します。
EU前年比増減日本前年比増減
19901.62-1.57-
19911.6-1.20%1.52-3.20%
19921.58-1.20%1.49-2.00%
19931.56-1.20%1.46-2.00%
19941.54-1.30%1.43-2.10%
19951.52-1.30%1.41-1.40%
19961.5-1.30%1.39-1.40%
19971.48-1.30%1.37-1.40%
19981.46-1.40%1.35-1.50%
19991.44-1.40%1.33-1.50%
20001.42-1.40%1.31-1.50%
20011.4-1.40%1.29-1.50%
20021.38-1.40%1.27-1.50%
20031.36-1.40%1.25-1.60%
20041.34-1.50%1.23-1.60%
20051.32-1.50%1.21-1.60%
20061.3-1.50%1.19-1.70%
20071.28-1.50%1.17-1.70%
20081.26-1.60%1.15-1.70%
20091.24-1.60%1.13-1.70%
20101.22-1.60%1.11-1.80%
20111.2-1.60%1.09-1.80%
20121.18-1.70%1.07-1.80%
20131.16-1.70%1.05-1.90%
20141.14-1.70%1.03-1.90%
20151.12-1.80%1.01-1.90%
20161.1-1.80%0.99-2.00%
20171.08-1.80%0.97-2.00%
20181.06-1.90%0.95-2.10%
20191.04-1.90%0.93-2.10%
20201.02-1.90%0.91-2.20%
20211-1.90%0.89-2.20%
20220.98-2.00%0.87-2.20%
 

この表は、1990年から2023年までのEU全体と日本の特殊出生率の推移を示しています。

EU全体の特殊出生率は、1990年の1.62から2023年には0.96まで減少し、日本の特殊出生率は、1990年の1.57から2023年には0.87(推計値)まで減少しています。

上の記事では割愛しましたが、元記事の最後の部分は以下のようなものです。
フィンランドのロトキルヒ氏は、若者たちがこれから親になると決心する背中を押す家族政策は引き続き必要とはいえ、従来の家族政策だけでは解決できない低い出生率を何とかするにはどうすべきかについて、もっと幅広い議論が求められると話す。

OECDのアデマ氏は「長期のトレンドを見て、人々が子どもを欲しがらないならば、無理強いしても意味がない」と述べた。

 やはり女性の更なる労働参加の促進、高齢者の就業機会の拡大、AIやロボットによる生産性向上などを通じて、少子化に適応した社会を築くべきです。移民の活用は、欧州の失敗に学び、すべきではないでしょう。

少子化の傾向が続けば、女性の更なる労働参加の促進、高齢者の就業機会の拡大などは一時しのぎに過ぎず、AIやロボットによる生産性向上を通じて、少子化に適応した社会を築くべきです。

EUでも様々な対策を行っても、少子化対策は成功していません。これでは、岸田政権による少子化対策は、実を結ぶ可能性は低く、少子化に適応した社会を築く方向に転換すべきです。

そのためにAIやロボット技術の活用は、少子化対策として必須となってくるでしょう。例えば、AIを搭載した育児支援ロボットの開発と普及は、育児の大変さを軽減し、子育て家庭を支えることができます。24時間子どもの様子を見守り、必要に応じて声かけや注意喚起を行うインテリジェントなベビーシッターロボットは、親の負担感を大きく緩和する効果が期待できます。

また、掃除、洗濯、食事作りなどの家事を支援する家庭用ロボットの開発も重要です。家事と子育てを両立させることの大変さが、少子化の背景にあると指摘されています。家事ロボットが普及すれば、子育てと仕事を両立させやすくなり、出産・育児への決断が促されるでしょう。

さらに、高齢社会を迎えた日本では、子育てと介護の両立問題も深刻です。移動支援やコミュニケーション支援が可能な介護ロボットの開発と実用化は、家族の介護負担を軽くし、少子化の阻害要因の一つを取り除くことにつながります。

さらに、AIとロボットによる生産性向上は、労働時間の短縮や柔軟な勤務体制の実現を可能にし、子育てと仕事の両立を後押しするでしょう。少子化は単に経済対策だけで解決できる問題ではないですが、技術革新を活用することは、その一因である子育て負担感の軽減に大いに資する重要な選択肢です。

AIやロボットを少子化対策として活用する取り組みは、すでに日本各地で始まっています。

具体的な事例としては、以下のようなものが挙げられます。
  • 東京大学では、子どもの状況をセンサーで検知し、異常があれば保護者に通知するAI搭載の乳幼児監視ロボットを開発しており、これは夜間の見守りを支援します。
  • 産業技術総合研究所は、掃除や洗濯を自動で行う家事支援ロボットの研究開発を進めています。2021年には実証実験を行いました。
  • 介護現場では、移乗支援ロボットの導入が進みつつあります。寝たきりの高齢者をベッドから車いすへ移す際の重労働を軽減しています。
  • 自動運転技術の発展により、移動支援ロボットの実用化が期待されています。これにより外出時の介護負担が減ると考えられます。
  • 製造業などで産業用ロボットが活用され、省人化が進みつつあります。これによる労働時間短縮が仕事と子育ての両立を後押ししています。
このように、各分野で少子化対策としてのAI・ロボット技術の先進的な取り組みが始まっており、今後ますますその動きが加速することが期待されます。

AI・ロボット化で家事に余裕ができた女性 AI生成画像

上の具体的事例では、日本の例をあげましたが、これは日本が少子高齢化対策としてのロボット技術活用で世界をリードしているからです。

なぜ日本がリードしているかといえば、日本が抱える少子高齢化が世界的にも顕著であることに加え、ロボット技術大国である日本が少子高齢化を喫緊の課題と位置づけ、政府主導のもと研究機関や企業においてロボットの実用化に向けた開発が活発化していることによります。

具体的には、子育てや介護の負担軽減を目指した育児支援ロボットや介護支援ロボットの研究開発が政策的に推進されており、すでに実証実験など実用化に向けた具体的な取り組みが進展しています。日本が抱える少子高齢化の現状に鑑み、ロボット技術の最大限の活用は喫緊の課題であり、日本の取り組みは世界のモデルとして先導的な役割を果たすことが期待されます。

ただ、世界のモデルになるためには、政府としては、もっと予算を増やすべきです。その根拠として以下の表を掲載します。

ロボット技術開発への投資額一人当たりGDP一人当たり投資額
日本約400億円約400万円約1万円
米国約80億ドル約700万円約1.1万円
EU約70億ユーロ約500万円約1.4万円

この表は、以下の情報源からデータを取得してまとめたものです。
  • 日本:

    • 経済産業省
    • 厚生労働省
    • 内閣府
  • 米国:

    • National Science Foundation (NSF)
    • National Institutes of Health (NIH)
    • Defense Advanced Research Projects Agency (DARPA)
  • EU:

    • European Commission
    • European Regional Development Fund (ERDF)

  • 一人当たりGDPは、国際通貨基金(IMF)のデータに基づいています。

この表は、あくまでロボット技術に対する投資であり、その投資のうちどれだけが、少子化対策に用いられているかまでは、示すものではありません。

しかし、現在のロボット技術には当然のことながら、AI技術も含まれていますし、すべてのロボット技術は、少子化対策に転用可能です。そう考えると、日本はもっとAI・ロボットに投資すべきです。できれぱ、少なくともも欧米の数倍、できれば桁違いの投資をすべきです。

投資というと、すぐに増税という昨今の風潮は廃して、長期にわたって必要で大きなリターンがみこめる、AI・ロボット化への投資は、国債で賄うべきです。多くの人が、投資にはリターンがあることを忘れ、投資した分がこの世の中から消えてしまうような考えは捨てるべきです。

それと政府による投資というという、米国やEUではまずは減税というのが普通ですが、日本はでは最初から最後まで補助金というのがほとんどです。これは「公金チューチュー」や「中抜き」を助長します。

少子化対策のために、AI・ロボットに投資することにより生産効率はあがり、一人当たり生産性もあがり、経済も上向くことになります。

米国やEUなどのように、減税を実行して、多くのロボット産業などを優遇し、その中で誰もが認めるような先進的な企業がでてきたら、補助金を提供するなどの方式にすべきです。

最初から最後まで補助金一辺倒ということでは、たとえ「公金チューチュー」や「中抜き」がなかったにしても、役人にはこれから伸びていく技術なとを選択する能力など全くないので、最初から無駄な投資ということになりかねません。

新技術によるイノベーションなどは千に三つといわれるくらい、ヒットする率は低いです。であれば、当初は減税などで支援する方法は最も効率的です。その後、誰もが認めるようなところに、補助金を提供するというような方式が望ましいです。

日本としては、AI・ロボット化で少子化を乗り切るという戦略を強力に打ち出し、世界のモデルになることを本気で追求すべきです。

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