2019年3月4日月曜日

米中貿易戦争は中国経済低迷の主因ではない―【私の論評】主因は政府による経済活動への関与の強化によるもの(゚д゚)!

米中貿易戦争は中国経済低迷の主因ではない

岡崎研究所

トランプ大統領


トランプ大統領の貿易・通商政策が経済学のイロハでは推し量れないことが多いことは、エコノミストたちから指摘されてきたことである。

 1月28日付のニューヨーク・タイムズ紙には、アラン・ラップポート記者の記事で、『トランプ大統領は、最近の 中国経済の景気が悪いのは自分(トランプ)が仕掛けた対中貿易戦争によるも のであると認識している』、と書かれている。

中国専門家の中にも、同様に、米中対立によって中国経済は減速している、と考える人がいる。このような見方に対して、米国経済政策研究センターのシニア・エコノミストであるディーン・ベーカー氏は、1月29日付の同センターのサイトで、反論している。

彼が強調したのは、最近の中国の景気低迷の主因はトランプが仕掛けた貿易戦争にあるのではないという点である。その根拠として次の4 点を挙げている。

ディーン・ベーカー氏

 第1は、中国の対米輸出が減っていない事実である。例えば、米国の対中国貿易収支赤字は 2018 年(10月まで)は前年同期比で 350 憶ドル増加している。

  第2は、仮に減ったとしても中国の対米輸出は、対GDP 比率で高々4%弱であることである。

  第3に、付加価値連鎖を考えれば、対米輸出の増加は輸入となって漏れる割合が大きいから、GDPを低下させる効果は小さいことが挙げられている。

  例えば、中国の対米輸出の主な品目は「電話機(携帯電話等)」、「自動データ処理機械(PC 等)」、「TV、モニタ ー等」であり、これら製品はサプライチェーンによって外国から輸入した集積回路などの基幹部品を基に 中国で組み立てた完成品である。ちなみに、iPhone の部品サプライヤー200 社の中で中国企業はわずか36社であり、ほとんどは米国企業、台湾企業、日本企業となっているとの報道もある。

   そして、第4に、米国からみると対中国輸入が減少した場合には、対第三国からの輸入が増えるという貿易転換効果が働く結果、中国から第三国への輸出は増加するという面もあること等である。

常日頃のマスコミ報道をみても、中国経済低迷の主因は米中貿易戦争にあるというのが主流になっているようであるが、こうした報道に違和感を抱いていた者にとって、今回のベーカーの主張は納得の行くものである。


 それでは、中国経済低迷の主因は何か。ここでは3つだけ指摘しておこう。

 第1に、現在の中国経済は過大債務、過大資本ストックによって資本の収益率は極めて低くなっている。あるいはマイナスになっている。

 第2に、それ故に設備投資の大きな下方屈折は避けらない。既に、そのことは、日本との貿易にも表れている。

 第3に、こうした設備投資の下方屈折を最小限にするためには、消費の持続的な上昇、すなわち家計の貯蓄率の低下が必須条件であるが、それが実現していない。

 要するに、(a)投資から消費へのバトンタッチがスムーズに行われていないこと、(b)このバトンタッチには時間がかかること、(c)そしてその間は中国経済の走行速度は減速するということである。

 事実、乗用車、工作機械、スマホ、工業用ロボットなど主要工業品の昨年第4四半期の出荷は前年比で約2割前後低下している。さらに言うと、国有企業優先路線への回帰や資本集約産業の保護に繋がる「一帯一路」戦略も最近の中国経済の低迷の根底にあると見る向きもある。


 ところで、関税の影響に関してのトランプ大統領のもう一つの誤解は、米国の追加関税を負担しているのは中国などの外国であるという認識である。なるほど米国の最近の関税収入は急増している。

 例えば、2018年11月の関税収入は前年同月比で 2倍増の63億ドルである。ただ、これを負担しているのは中国人ではなく、米国人である。例えば、米国が輸入鉄鋼にかかる関税を引き上げた場合についてみておこう。

 教科書的にいえば次のとおりである。まず、(a)輸入鉄鋼の関税引き上げによって、この鉄鋼を生産する鉄鋼部門は得をする(生産者余剰の増大)。(b)次に鉄鋼を使用している自動車等の産業は必ず損をする(使用者余剰の減少)。(c)ここで重要なことは使用者余剰の減少分は生産者余剰の増加分より必ず大きくなることである。

 より厳密に言うと、政府の関税収入は増加するが、このプラス分を加えても、国の全体の余剰は必ず減少するのである。


 以上の点は経済学の教科書に登場する架空の話ではない。ここではトランプ政権によって昨年3月に発動された鉄鋼への25%の関税による影響を計算したピーターソン国際経済研究所(PIIE)の分析結果をみておこう。

 昨年12月20日付の同報告によると、(a)まず国内の鉄鋼価格は追加関税によってこの10月までに9%上昇した。

 (b)その結果、鉄鋼産業の2018年の利潤は 24億ドル増加し、雇用は8700人増加すると見込まれる。すなわち、新規雇用者一人当たりの企業利潤増加額は27万ドルとなる。

 (c)一方、自動車などの鉄鋼使用産業のコストは56億ドル増加する。すなわち、鉄鋼業の一人当たり新規雇用者のために鉄鋼使用産業は65万ドルの追加負担をしていることになる。

 しばしば言われていることではあるが、川上産業での輸入関税は川下産業のコストアップを通じて、国全体としては便益よりも大きなコストをもたらす。その典型例が今回の鉄鋼への関税である。また、昨年11月に発表されたGM社のリストラ計画や建設機械大手企業の決算が振わないのは、今回の鉄鋼の追加関税措置と無縁ではあるまい。


 いずれにしても、以上述べたような関税を巡る「誤解」に基づいて貿易相手目の輸入政策と産業政策の大きな転換を迫るトランプ政権のディールはどのような「勝利」を得られるのか、いましばらく注目したい。

(ブログ管理人注:原文ではあまりに各段落が長く、読みにくいため、適宜改行して読みやすくしました。元の段落を示すため、段落毎に二行文改行しています。)

【私の論評】主因は政府による経済活動への関与の強化によるもの(゚д゚)!

中国経済はなぜ低迷するようになったか、という設問に答える前に、まず、中国経済がなぜ成長できたか、という設問に答えなければなりません。

毛沢東の時代(1949-76年)、中国経済はほとんど成長しませんでした。その原因は端的にいえば、政府による統制が強すぎたので、活力が完全に消されたためです。鄧小平は「改革・開放」政策を推し進め、経済が自由化されたために、中国経済は遅れを取り戻すことができたのです。

毛沢東

振り返れば、1970年代、農産物や消費財などの生活必需品が極端に不足していたにもかかわらず、農民は自分の庭で作った野菜を都市部へ持ち込んで売ると、資本主義といって拘束され、野菜なども没収されました。

自由がなければ、経済は活性化しません。鄧小平は中国の人民にある程度の自由を認めました。むろん、その自由は限られたものでした。すなわち、鄧小平は中国の人民に、政治に関する自由は与えなかったのです。

中国経済の特異なところは、自由な市場経済と専制政治が共存できたところにあります。本来なら、自由を前提とする市場経済は必ずや民主主義の政治体制とペアとなってはじめて機能するものとされています。

鄧小平

しかし、完全に束縛されていた経済が限定的な自由を得るだけで短期的にエネルギーを発揮することがあります。しかも、経済をどん底にまで陥れた政府は短期的に経済を発展させることで目的が一致します。

問題なのは、経済が遅れをとりもどし、富がかなり蓄積されてから、政府の本心が現れてくることです。すなわち、富の分配において政府は市場メカニズムに任せることを考えないのです。

市場経済の原則は働く者が報われることです。しかし、中国において富の分配は権力を軸にして行われています。権力の中心に近いものほどたくさんの富を得ることができます。これは腐敗とも関連する動きです。

専制政治は経済の自由化を必ず妨げることになります。専制政治は独断的に政治権力を分配します。権力者はより多くの富を勝ち取ることができます。自由が束縛されれば、経済はおのずと活力を失ってしまいます。実は、経済が持続的に発展するかどうかは資源の配置が公平に行われているかどうかにかかっているのです。


中国では、国有銀行と国有企業が大半の資源を支配しています。それに対して、民営企業はもっとも多くの雇用を創出し、GDPへの寄与度も国有セクターを凌駕しているのですが、勝ち取る資源は3分の1程度にとどまります。中国経済は鄧小平がグランドデザインした自由化の路線を歩み続けるか、統制経済に逆戻りするかの選択を迫られているのです。

2013年11月、共産党中央三中全会で市場経済改革を深化させることが決定されました。しかし、中国経済の実態は市場経済とは逆の方向へ向かっています。李克強首相が就任当初から唱えたのは「規制緩和」(deregulation)と「地方分権」(decentralization)でした。

ところが、政府によるコントロールと国有企業の力は強まる一方です。しかし、地方政府は規制緩和に協力的ではありません。政府部門による経済への関与はさらに強化されています。これこそ中国経済が減速した真の原因なのです。


資源の配置と富の分配はいずれも政府に依存する状況下で合理化する見込みはほとんどありません。中国経済の減速はファンダメンタルズの悪化によるものではなく、政府による経済活動への関与の活発化によるものです。

中国は持続的な経済発展を実現するには、時間がかかるにしても、国有セクターの民営化を目標に掲げるべきです。政府機能は、経済を管理する役割から行政サービスを提供する役割に変身する必要があります。こうしてみれば、中国の市場経済化の改革は今までの40年間、ほんの一歩しか踏み出していないことが分かります。

中国経済の現在の低迷は、政府による経済活動への関与の活発化によるものです。本来ならば、民主化、政治と経済の分離、法治国家化を推進して、多数の中間層を輩出して、これらに自由に社会経済活動ができる仕組みを構築すれば、中国経済さらに活発化するはすです。


しかし、現実には、中国では政治と経済が不可分に結びついています。これでは、限界が来るのは当然です。現在の状況は、中国経済の発展に限界がきたときに、米国が中国に対して貿易戦争を挑んだということです。

ただし、米国の対中国冷戦は貿易にとどまるものではありません。覇権争いの部分もありますが、それだけにとどまるものでもありません。国際秩序を中国の都合の良いように変えてしまうことを防止するという意義があります。

民主化も、政治と経済の分離も、法治国家化もされていない中国にとって都合の良い国際秩序なるものはどのようなものになるのでしょうか。一言でいえば、暗黒世界です。

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