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そしてやっぱり衆参同時選挙も…
安倍政権に大きな痛手と衝撃
先週の本コラムでは、4月21日投開票の大阪12区衆院補選が消費増税のカギを握っていることを書いた。結果は、維新の藤田文武氏が自民の北川晋平氏らを破った。同日に行われた沖縄3区衆院補選でも、自民党候補は敗れており、安倍政権にとって、間もなく行われる参院選を占う補選の敗北は、大きな痛手となった。
これまで、衆参補選では、2013年4月山口参院、2014年4月鹿児島2区衆院、2016年4月北海道5区衆院、2016年10月東京10区衆院、福岡6区衆院と安倍政権は5連勝であったが、ここにきて2連敗は手痛いだろう。沖縄3区はやむを得ないとしても、大阪12区は自民党に所属していた北川知克氏の死去に伴う弔い合戦だったにもかかわらず、負けてしまった。安倍総理が投票日前日に大阪に応援に入ったのに、巻き返せなかった。
これは、大阪ダブル選で勝利を収めた維新の勢いを差し引いても、やはり政権与党が消費増税を進めようとしていることが一つの敗因と考えざるを得ない。
大阪12区と沖縄3区の衆院補選で、自民党は1勝1敗と踏んでいたはずだ。それが2連敗となったので、今後は党内で「消費増税を容認していれば、参院選を戦えない」という空気が醸されるだろう。
実際、消費増税を牽制する観測気球も出ている。自民党の萩生田光一幹事長代行が、4月18日に公開されたインターネット番組「真相深入り!虎ノ門ニュース」のなかで、6月の日銀短観で示される景況感次第では、消費増税の延期もありうると発言した。
(ちなみにこの発言を報じる際、多くのメディアは「インターネット番組」というだけで、番組名を出さなかった。出したのは、主要紙では産経だけである。引用した番組の名前さえ書かないメディアは、本当に情けない。)
萩生田氏はもしも安倍政権が増税を先送りすると決断した場合、「国民に信を問うことになる」と発言した一方、衆参ダブルについては「日程的に難しい」としている。
番組を見ると、萩生田氏がジャーナリストの有本香氏の質問に答える形での発言だが、普段の砕けた感じで萩生田氏は対応し、ついつい言ってしまった、というような感じでもあった。番組の最後に、有本氏が「萩生田さんはお立場があるので何も言えていませんが」とコメントしていたのが印象的だ。
しかし、萩生田氏は発言する際に「個人的な発言」と断ってはいるものの、これは典型的な「観測気球」である。政治的な問題に対して、世論がどんな反応を示すか、どう考えているかを探るために、政治家がセンシティブな話題を突然放って、その反応をみるというものだ。並の政治家が言ってもニュース価値はないが、安倍総理の側近とされている萩生田氏が言ったので、各メディアが取り上げた。
筆者は、間もなく10連休が始まり、その間は政治的空白が生まれるので、10連休の直前ぐらいに誰かが消費増税の観測気球をぶち上げるだろうと思っていた。10連休中は大きな政治的話題があまりないから、紙面に載る記事が少なくなる。その合間を縫うように、観測気球を上げ、メディアと世間がどんな反応を示すかを見るには最高のタイミングだからだ。予想よりちょっと早かったが、萩生田氏の発言が、その観測気球だったのだろう。
一方、増税をなんとしてでも進めたい財務省も、10連休を前に独自に消費増税への布石を打っている。筆者が「これは財務省の布石だな」と感じたのは、4月15日に公表されたOECD(経済協力開発機構)の対日審査報告書である。同機構のグリア事務総長が日本で記者会見を行い、日本の財政健全化のためには、消費増税10%どころか、なんと26%までの引き上げが必要だと発言したものだ。
財務省の焦り
マスコミはこの発言に飛びつき、まるでOECDの意見を金科玉条のように報じたが、筆者に言わせれば噴飯ものである。OECDの対日審査報告書は、日本政府、特に財務省の意向が色濃く反映されるからだ。というのは、対日審査報告書そのものが、OECDと日本政府(財務省)の合作であるし、財務省はOECDに有力な人物を派遣している。
たとえば2011年から16年までは、大蔵省に昭和51年に入省し、財務省財務官となった玉木林太郎氏がOECD事務次長を務めていた。その後任も、昭和53年大蔵省入省の河野正道氏が務めた。メディアでは、河野氏は金融庁出身と報じられているが、筆者からすれば旧大蔵省の官僚で、OECD事務次長のポストが大蔵省人事のひとつぐらいに扱われているように思える。
それぐらい両者の関係は深いので、財務省の意向と真逆の報告がOECDから出るはずはない。筆者は、消費税26%は財務省の意見だと捉えている。
また、もうひとつの布石もある。17日、財務省は財政制度審議会( https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia310417.html)を開催。本コラムでも紹介したIMF財政モニター(2018年10月15日付け「IMFが公表した日本の財政「衝撃レポート」の中身を分析する それでも消費増税は必要ですか」)やMMT(現代貨幣理論)を批判し、消費増税を予定通り行うという決意を出している。
MMTは、最近もてはやされている考え方で、ごく簡単に言うと、自国通貨を無制限に発行できる政府は、政府債務(国の借金)が増えても問題がないとする経済思想だ。
現実には、過去にデフォルト(債務不履行)に陥った国は少なくないので、欧米の主流派経済学者は、MMT支持派の主張に対してバカげていると反発している。
筆者にとっては、数量的でない政策議論は意味がない。米国の議論は定性的な極論か経済思想優先のものが多く、実りのある政策議論とは思えない。筆者は、MMTを主張する人に、「問題がないというなら、数式で示してほしい」と言っているが、だれもそうせずに、雰囲気だけの議論が続いている。
従来の経済理論では、財政赤字でも中央銀行が国債を買い入ればインフレになる。そのインフレさえ感受できれば、政府債務があっても財政上問題ない、というものだ。少なくとも「日本のようにインフレ率がインフレ目標まで達していないならば、財政赤字の心配は不要」という主張は多くの人に受け入れられるのではないか。これはMMTからでなくとも導かれる標準的な内容だ。
平成は「消費税の呪い」に苦しんだ時代だ
この意味で、先述の財務省の資料のMMTに関する記述には、筆者も違和感はない。しかし、IMF財政モニターについて批判している部分については、筆者にはさっぱりわからない。
IMFにも、財務省は多数の出向者を派遣している。さらに2018年現在でIMFへの出資額が世界第2位である日本の影響力は大きい。にもかかわらず、財務省の見解とはそぐわない見解が出たことに憤っているのであろう。からくりをいえば、IMFの「財政モニター」は、世界各国を対象としているものなので、日本が意見をはさんでも通りにくい。そのため、財務省にとって工作が難しいものだったのだろう。
財政状況をみるとき、債務残高だけを見るのではなく、資産も同時に考慮するのは、ファイナンス理論の基本である。それをもとにしたIMFの財政モニターは、否定しようがないものであるはずだ。MMTを批判している多数の欧米学者に聞いても、これについてはほとんど否定しないはずだ。
実際、2017年4月2日付け「1000兆円の国債って実はウソ!? スティグリッツ教授の重大提言 マスコミはなぜ無視をしたのだろう…」を読んでもらえば分かるが、、ノーベル賞学者のスティグリッツ教授も、筆者の意見に賛同するだろう。
こうした「弱点」は財務省も理解しているはずだ。財務省はMMTについては、批判者が多くいると言いながら、IMF財政モニターに対しては財務省に同調してくれる識者を見つけられなかったためか、「本報告書の位置づけについては、今後、更にIMFと議論・確認を行う予定」とするに留めている(https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia310417/01.pdf)。皮肉っぽくいえば、IMFへの財務省からの出向者を通じて、IMFの意見を変えようとしているのかもしれない。
いずれにしても、財務省はいま、消費増税の実現についてかなり危機感を抱いているようだ。そういう情報戦の中で、萩生田発言はドンピシャリのタイミング、となったはずだ。そのうえで、今回の衆院補選の結果である。安倍政権はこれを深刻に受け止めているだろう。
萩生田発言について、財務省幹部が「いち政治家が言っていることだ」と冷たく反応したという報道があったが、これこそ財務省のおごり体質が表れている。財務省幹部が与党幹事長代行を「いち政治家」ということ自体、猛省すべきだと思う。そうした慢心は、次期参院選で安倍政権の命取りになるかもしれない。
筆者は4月8日に「歴史の法則で浮かんできた、安倍政権「改元後半年で退陣」の可能性 このまま増税を実施するならば…」という、安倍政権にとっては不吉なことも書いた。その中で、平成時代の景気動向指数の推移を示し、平成26年(2014年)4月に実施した消費増税は「明らかな失敗で、日本経済を停滞させた」とも指摘した。消費増税で景気の腰を折ったのは明らかであるにもかかわらず、政府(内閣府)は未だに消費増税による景気後退を認めていない。
消費税は、平成になってから4ヶ月後の平成元年(1989年)4月に初めて導入された。はじめは3%からのスタートだった。平成9年(1997年)4月には5%になり、平成26年(2014年)4月には8%になったが、これらの増税は失敗であり、ゆえに平成時代はデフレのままだった。平成は消費税の呪いにかかった時代だったのだ。
政治日程に注目せよ
いまのところ、10%への消費増税は、2019年10月から実施が予定されている。令和になってから5ヵ月後である。令和が「平成デフレ」の二の舞にならないにならないようにするためには、消費増税の撤回が不可欠である。賢者は歴史に学ぶというが、これこそ歴史に学んで、いますぐに決断すべきことである。
では、増税延期を決断するとなると、今後の日程などはどうなるのか。シミュレーションしてみたい。
萩生田氏が言及した日銀短観は、6月調査の結果が7月のはじめに公表される。それをみて国民に信を問うために衆議院の解散総選挙を行うとすれば、今国会の会期末が6月26日なので、7月の初めまでは国会を延長しなければならない。参院議員の任期は7月28日までだが、国会を延長すれば、7月28日から8月上旬にかけて参院選と衆院選のダブルを行うことは可能だ。
延長しない場合でも、参院選は、6月30日、7月7日、7月14日、7月21日に可能である。G20が6月28、29日と大阪で開催されるが、理屈上はどの日でもいい。要するに、萩生田発言は、6月末から8月上旬までダブル選挙の可能性がある、ということを世に知らしめるためのものだった、と考えられるのだ。
本コラムでは、まだ消費増税をぶっ飛ばせる可能性があることを指摘してきたが、萩生田発言は、政治的にもそれが可能であることを裏付けた形である。そうなると、あとは世論がどのように反応するのか、がカギとなるだろう。消費増税推進派からは萩生田発言を非難する声も強いが、国民全体ではどうなのか。こればかりは、筆者にも分からないところだが。
5月13日には、3月の景気動向指数が公表される。これは、あまりよい数字ではないと予測される。その1週間後の5月20日には、2019年1-3月期のGDP速報が公表される。景気動向指数とGDPは連動するが、5月20日までは景気判断ができないので、この時期までは、安倍官邸も「消費増税は予定どおり行う」と言わざるを得ないだろう。
しかし5月20日以降から今国会の会期末(6月26日)までの1ヵ月間は、衆院の解散を含めていろいろな展開が考えられるのだ。
「令和」という新しい時代を迎えるにあたり、消費増税が必要なのかどうか、じっくり考えることが重要だろう。
【私の論評】増税凍結、衆参同時選挙の可能性がかなり濃厚に(゚д゚)!
萩生田光一・自民党幹事長代行の発言で永田町が激震に見舞われているようです。冒頭の記事にもあるとおり、インターネット番組に出演した萩生田氏は、今年10月に予定される消費税増税を凍結する可能性にふれ、おまけに衆院解散の可能性すらにおわせたからです。他ならぬ安倍晋三首相の懐刀・萩生田氏の発言だけに与野党、経済界も戦々恐々のようです。騒ぎは広がる一方です。
問題の発言はこのブログでも以前掲載したように、18日朝、保守系インターネット番組「真相深入り!虎ノ門ニュース」で飛び出しました。保守派の論客を自任する萩生田氏のホーム・グラウンドでの発言です。問題視されている部分を今一度再現します。
しかも萩生田氏は、増税を見送る場合「信を問う」という表現で衆院解散・総選挙の可能性もちらつかせています。もちろん大阪でG20が迫っていることを理由に衆参同日選には否定的見解を示してはいるものの「信を問う」というフレーズは首相のみが使うのが許されるものです。一議員が使う言葉ではありません。
つまり萩生田氏は、税の判断、衆院解散という極めて高い政治判断が必要なテーマに立ち入っているのです。首相の領域に足を踏み入れた発言と言って良いです。
萩生田氏は東京都八王子市を地元に持つ当選5回の中堅議員。議員秘書、市議、都議を経て国会に上り詰めた、たたき上げの政治家です。12年に安倍氏が首相に返り咲いてから党筆頭副幹事長、総裁特別補佐、内閣官房副長官、党幹事長代行と、一貫して党の要職や安倍氏の側近ポストを務めています。その萩生田氏の発言だけに、与野党とも背後に安倍氏の意思があると勘繰っているようです。
萩生田氏は問題発言の翌19日、記者団を前に「これは政治家としての私個人の見解を申し上げたもので、政府とは話していない」と安倍氏との連係プレーだったとの見方を否定しました。しかし、その説明を信じる議員はほとんどいないでしょう。
そしてやっぱり衆参同時選挙も…
安倍政権に大きな痛手と衝撃
先週の本コラムでは、4月21日投開票の大阪12区衆院補選が消費増税のカギを握っていることを書いた。結果は、維新の藤田文武氏が自民の北川晋平氏らを破った。同日に行われた沖縄3区衆院補選でも、自民党候補は敗れており、安倍政権にとって、間もなく行われる参院選を占う補選の敗北は、大きな痛手となった。
これまで、衆参補選では、2013年4月山口参院、2014年4月鹿児島2区衆院、2016年4月北海道5区衆院、2016年10月東京10区衆院、福岡6区衆院と安倍政権は5連勝であったが、ここにきて2連敗は手痛いだろう。沖縄3区はやむを得ないとしても、大阪12区は自民党に所属していた北川知克氏の死去に伴う弔い合戦だったにもかかわらず、負けてしまった。安倍総理が投票日前日に大阪に応援に入ったのに、巻き返せなかった。
これは、大阪ダブル選で勝利を収めた維新の勢いを差し引いても、やはり政権与党が消費増税を進めようとしていることが一つの敗因と考えざるを得ない。
大阪12区と沖縄3区の衆院補選で、自民党は1勝1敗と踏んでいたはずだ。それが2連敗となったので、今後は党内で「消費増税を容認していれば、参院選を戦えない」という空気が醸されるだろう。
実際、消費増税を牽制する観測気球も出ている。自民党の萩生田光一幹事長代行が、4月18日に公開されたインターネット番組「真相深入り!虎ノ門ニュース」のなかで、6月の日銀短観で示される景況感次第では、消費増税の延期もありうると発言した。
(ちなみにこの発言を報じる際、多くのメディアは「インターネット番組」というだけで、番組名を出さなかった。出したのは、主要紙では産経だけである。引用した番組の名前さえ書かないメディアは、本当に情けない。)
萩生田氏はもしも安倍政権が増税を先送りすると決断した場合、「国民に信を問うことになる」と発言した一方、衆参ダブルについては「日程的に難しい」としている。
番組を見ると、萩生田氏がジャーナリストの有本香氏の質問に答える形での発言だが、普段の砕けた感じで萩生田氏は対応し、ついつい言ってしまった、というような感じでもあった。番組の最後に、有本氏が「萩生田さんはお立場があるので何も言えていませんが」とコメントしていたのが印象的だ。
しかし、萩生田氏は発言する際に「個人的な発言」と断ってはいるものの、これは典型的な「観測気球」である。政治的な問題に対して、世論がどんな反応を示すか、どう考えているかを探るために、政治家がセンシティブな話題を突然放って、その反応をみるというものだ。並の政治家が言ってもニュース価値はないが、安倍総理の側近とされている萩生田氏が言ったので、各メディアが取り上げた。
筆者は、間もなく10連休が始まり、その間は政治的空白が生まれるので、10連休の直前ぐらいに誰かが消費増税の観測気球をぶち上げるだろうと思っていた。10連休中は大きな政治的話題があまりないから、紙面に載る記事が少なくなる。その合間を縫うように、観測気球を上げ、メディアと世間がどんな反応を示すかを見るには最高のタイミングだからだ。予想よりちょっと早かったが、萩生田氏の発言が、その観測気球だったのだろう。
一方、増税をなんとしてでも進めたい財務省も、10連休を前に独自に消費増税への布石を打っている。筆者が「これは財務省の布石だな」と感じたのは、4月15日に公表されたOECD(経済協力開発機構)の対日審査報告書である。同機構のグリア事務総長が日本で記者会見を行い、日本の財政健全化のためには、消費増税10%どころか、なんと26%までの引き上げが必要だと発言したものだ。
財務省の焦り
マスコミはこの発言に飛びつき、まるでOECDの意見を金科玉条のように報じたが、筆者に言わせれば噴飯ものである。OECDの対日審査報告書は、日本政府、特に財務省の意向が色濃く反映されるからだ。というのは、対日審査報告書そのものが、OECDと日本政府(財務省)の合作であるし、財務省はOECDに有力な人物を派遣している。
たとえば2011年から16年までは、大蔵省に昭和51年に入省し、財務省財務官となった玉木林太郎氏がOECD事務次長を務めていた。その後任も、昭和53年大蔵省入省の河野正道氏が務めた。メディアでは、河野氏は金融庁出身と報じられているが、筆者からすれば旧大蔵省の官僚で、OECD事務次長のポストが大蔵省人事のひとつぐらいに扱われているように思える。
それぐらい両者の関係は深いので、財務省の意向と真逆の報告がOECDから出るはずはない。筆者は、消費税26%は財務省の意見だと捉えている。
また、もうひとつの布石もある。17日、財務省は財政制度審議会( https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia310417.html)を開催。本コラムでも紹介したIMF財政モニター(2018年10月15日付け「IMFが公表した日本の財政「衝撃レポート」の中身を分析する それでも消費増税は必要ですか」)やMMT(現代貨幣理論)を批判し、消費増税を予定通り行うという決意を出している。
MMTは、最近もてはやされている考え方で、ごく簡単に言うと、自国通貨を無制限に発行できる政府は、政府債務(国の借金)が増えても問題がないとする経済思想だ。
現実には、過去にデフォルト(債務不履行)に陥った国は少なくないので、欧米の主流派経済学者は、MMT支持派の主張に対してバカげていると反発している。
筆者にとっては、数量的でない政策議論は意味がない。米国の議論は定性的な極論か経済思想優先のものが多く、実りのある政策議論とは思えない。筆者は、MMTを主張する人に、「問題がないというなら、数式で示してほしい」と言っているが、だれもそうせずに、雰囲気だけの議論が続いている。
従来の経済理論では、財政赤字でも中央銀行が国債を買い入ればインフレになる。そのインフレさえ感受できれば、政府債務があっても財政上問題ない、というものだ。少なくとも「日本のようにインフレ率がインフレ目標まで達していないならば、財政赤字の心配は不要」という主張は多くの人に受け入れられるのではないか。これはMMTからでなくとも導かれる標準的な内容だ。
平成は「消費税の呪い」に苦しんだ時代だ
この意味で、先述の財務省の資料のMMTに関する記述には、筆者も違和感はない。しかし、IMF財政モニターについて批判している部分については、筆者にはさっぱりわからない。
IMFにも、財務省は多数の出向者を派遣している。さらに2018年現在でIMFへの出資額が世界第2位である日本の影響力は大きい。にもかかわらず、財務省の見解とはそぐわない見解が出たことに憤っているのであろう。からくりをいえば、IMFの「財政モニター」は、世界各国を対象としているものなので、日本が意見をはさんでも通りにくい。そのため、財務省にとって工作が難しいものだったのだろう。
財政状況をみるとき、債務残高だけを見るのではなく、資産も同時に考慮するのは、ファイナンス理論の基本である。それをもとにしたIMFの財政モニターは、否定しようがないものであるはずだ。MMTを批判している多数の欧米学者に聞いても、これについてはほとんど否定しないはずだ。
実際、2017年4月2日付け「1000兆円の国債って実はウソ!? スティグリッツ教授の重大提言 マスコミはなぜ無視をしたのだろう…」を読んでもらえば分かるが、、ノーベル賞学者のスティグリッツ教授も、筆者の意見に賛同するだろう。
こうした「弱点」は財務省も理解しているはずだ。財務省はMMTについては、批判者が多くいると言いながら、IMF財政モニターに対しては財務省に同調してくれる識者を見つけられなかったためか、「本報告書の位置づけについては、今後、更にIMFと議論・確認を行う予定」とするに留めている(https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia310417/01.pdf)。皮肉っぽくいえば、IMFへの財務省からの出向者を通じて、IMFの意見を変えようとしているのかもしれない。
いずれにしても、財務省はいま、消費増税の実現についてかなり危機感を抱いているようだ。そういう情報戦の中で、萩生田発言はドンピシャリのタイミング、となったはずだ。そのうえで、今回の衆院補選の結果である。安倍政権はこれを深刻に受け止めているだろう。
萩生田発言について、財務省幹部が「いち政治家が言っていることだ」と冷たく反応したという報道があったが、これこそ財務省のおごり体質が表れている。財務省幹部が与党幹事長代行を「いち政治家」ということ自体、猛省すべきだと思う。そうした慢心は、次期参院選で安倍政権の命取りになるかもしれない。
筆者は4月8日に「歴史の法則で浮かんできた、安倍政権「改元後半年で退陣」の可能性 このまま増税を実施するならば…」という、安倍政権にとっては不吉なことも書いた。その中で、平成時代の景気動向指数の推移を示し、平成26年(2014年)4月に実施した消費増税は「明らかな失敗で、日本経済を停滞させた」とも指摘した。消費増税で景気の腰を折ったのは明らかであるにもかかわらず、政府(内閣府)は未だに消費増税による景気後退を認めていない。
消費税は、平成になってから4ヶ月後の平成元年(1989年)4月に初めて導入された。はじめは3%からのスタートだった。平成9年(1997年)4月には5%になり、平成26年(2014年)4月には8%になったが、これらの増税は失敗であり、ゆえに平成時代はデフレのままだった。平成は消費税の呪いにかかった時代だったのだ。
政治日程に注目せよ
いまのところ、10%への消費増税は、2019年10月から実施が予定されている。令和になってから5ヵ月後である。令和が「平成デフレ」の二の舞にならないにならないようにするためには、消費増税の撤回が不可欠である。賢者は歴史に学ぶというが、これこそ歴史に学んで、いますぐに決断すべきことである。
では、増税延期を決断するとなると、今後の日程などはどうなるのか。シミュレーションしてみたい。
萩生田氏が言及した日銀短観は、6月調査の結果が7月のはじめに公表される。それをみて国民に信を問うために衆議院の解散総選挙を行うとすれば、今国会の会期末が6月26日なので、7月の初めまでは国会を延長しなければならない。参院議員の任期は7月28日までだが、国会を延長すれば、7月28日から8月上旬にかけて参院選と衆院選のダブルを行うことは可能だ。
延長しない場合でも、参院選は、6月30日、7月7日、7月14日、7月21日に可能である。G20が6月28、29日と大阪で開催されるが、理屈上はどの日でもいい。要するに、萩生田発言は、6月末から8月上旬までダブル選挙の可能性がある、ということを世に知らしめるためのものだった、と考えられるのだ。
本コラムでは、まだ消費増税をぶっ飛ばせる可能性があることを指摘してきたが、萩生田発言は、政治的にもそれが可能であることを裏付けた形である。そうなると、あとは世論がどのように反応するのか、がカギとなるだろう。消費増税推進派からは萩生田発言を非難する声も強いが、国民全体ではどうなのか。こればかりは、筆者にも分からないところだが。
5月13日には、3月の景気動向指数が公表される。これは、あまりよい数字ではないと予測される。その1週間後の5月20日には、2019年1-3月期のGDP速報が公表される。景気動向指数とGDPは連動するが、5月20日までは景気判断ができないので、この時期までは、安倍官邸も「消費増税は予定どおり行う」と言わざるを得ないだろう。
しかし5月20日以降から今国会の会期末(6月26日)までの1ヵ月間は、衆院の解散を含めていろいろな展開が考えられるのだ。
「令和」という新しい時代を迎えるにあたり、消費増税が必要なのかどうか、じっくり考えることが重要だろう。
【私の論評】増税凍結、衆参同時選挙の可能性がかなり濃厚に(゚д゚)!
萩生田光一・自民党幹事長代行の発言で永田町が激震に見舞われているようです。冒頭の記事にもあるとおり、インターネット番組に出演した萩生田氏は、今年10月に予定される消費税増税を凍結する可能性にふれ、おまけに衆院解散の可能性すらにおわせたからです。他ならぬ安倍晋三首相の懐刀・萩生田氏の発言だけに与野党、経済界も戦々恐々のようです。騒ぎは広がる一方です。
問題の発言はこのブログでも以前掲載したように、18日朝、保守系インターネット番組「真相深入り!虎ノ門ニュース」で飛び出しました。保守派の論客を自任する萩生田氏のホーム・グラウンドでの発言です。問題視されている部分を今一度再現します。
「今まで(消費税増税を)『やります』と言い続けた前提は、景気が回復傾向にあったから。ここへきて、ちょっと落ちていますよね。せっかく景気回復をここまでしてきて、腰折れして、またやり直しになったら、何のための増税かということになってしまう。ここは与党として、よく見ながら対応していきたい」
「今までも消費増税は『やめたほうがいい』という意見もある。6月の日銀短観の数字をよく見て、本当にこの先危ないぞというところが見えてきたら、崖に向かってみんなを連れて行くわけにはいかないので違う展開がある」
「(増税を)やめるとなれば、国民の皆さんの了解を得なければならないから、信を問うということにる。(衆参)ダブル選挙は、G20(20カ国・地域)首脳会合があるので日程的に難しいと思う」萩生田氏の発言で、まず注目すべき点は、景気が「落ちている」のをあっさり認めていることです。安倍政権は、今の経済状況はアベノミクスの恩恵を受けて「戦後最大の景気拡大」が続いているという立場です。萩生田氏の発言は、それに矛盾すると言われかねないです。その流れで「崖に向かってみんなを連れて行くわけにはいかないので違う展開がある」と、かなり強い表現で増税見送りを示唆しています。
しかも萩生田氏は、増税を見送る場合「信を問う」という表現で衆院解散・総選挙の可能性もちらつかせています。もちろん大阪でG20が迫っていることを理由に衆参同日選には否定的見解を示してはいるものの「信を問う」というフレーズは首相のみが使うのが許されるものです。一議員が使う言葉ではありません。
つまり萩生田氏は、税の判断、衆院解散という極めて高い政治判断が必要なテーマに立ち入っているのです。首相の領域に足を踏み入れた発言と言って良いです。
萩生田氏は東京都八王子市を地元に持つ当選5回の中堅議員。議員秘書、市議、都議を経て国会に上り詰めた、たたき上げの政治家です。12年に安倍氏が首相に返り咲いてから党筆頭副幹事長、総裁特別補佐、内閣官房副長官、党幹事長代行と、一貫して党の要職や安倍氏の側近ポストを務めています。その萩生田氏の発言だけに、与野党とも背後に安倍氏の意思があると勘繰っているようです。
萩生田氏は問題発言の翌19日、記者団を前に「これは政治家としての私個人の見解を申し上げたもので、政府とは話していない」と安倍氏との連係プレーだったとの見方を否定しました。しかし、その説明を信じる議員はほとんどいないでしょう。
麻生太郎副総理兼財務相 |
信じない最大の理由は、萩生田氏が「6月の日銀短観を注視する必要がある」という趣旨の話をしていることです。典型的な党人派の萩生田氏は、お世辞にも政策通とはいえない。その萩生田氏が「日銀短観」を口にするのは違和感があります。
麻生太郎副総理兼財務相は19日の記者会見で「萩生田が日銀短観という言葉を知っておった……。萩生田から初めて日銀短観っていう言葉を聞いたような気がするけどね」と皮肉交じりに語りました。誰かの「入れ知恵」があったと勘繰っているのは明らかで、「誰か」は安倍氏しかいないと思っているのも明らかです。
萩生田氏の発言は18日朝だった。同日の新聞夕刊に載せることは可能だったが、夕刊での各社の扱いはボツか短信だった。それが、翌19日朝刊では産経新聞が1面で報じた他、各社大きな特集記事で扱った。半日で騒ぎが大きくなった証拠といっていい。各社とも補足取材の結果、「萩生田氏の発言の影に安倍氏がある」という心証を持ったのでしょう。
野党は萩生田発言で蜂の巣をつついたような騒ぎになっています。「いよいよアベノミクスの破綻が見えてきて与党も慌てだしたということだ。解散をするなら堂々と受けて立つ」(福山哲郎・立憲民主党幹事長)と表面上は勇ましいのですが、衆参同日選となれば、今でも進捗状況がかんばしくない野党調整が難しくなります。あわてふためいています。
自民党内も例外ではありません。二階俊博幹事長は萩生田氏の発言に激怒しているとされています。周囲に「幹事長代行として、たいした仕事もしないのに……」とこぼしているようです。
二階氏と萩生田氏は上司と部下の関係にあります。ただし萩生田氏は、安倍氏と直接つながっている自信があり、それが言動に出ることがあります。二階氏はそこが面白くないのでしょう。しかし、今回の怒りは、別の理由がある、との「深読み」もあります。
二階氏は近未来の政治の潮目を読み、それを発信するのを得意とする政治家です。「誰よりも早く勝ち馬に乗る」ことが鉄則なのです。
その二階氏は、安倍氏が消費増税を凍結し衆院解散に打って出ると読み、機を見てアドバルーンを上げようと思っていたふしがあります。それなのに萩生田氏に先取りされたことで「怒っている」と取ることもできます。であるとすれば、萩生田氏の発言は、安倍氏と調整済みである可能性がますます高くなってきます。
二階俊博幹事長 |
安倍氏の意向が働いていたと考えた時、萩生田氏の発言はどんな狙いがあったのでしょう。今のところ野党向けのブラフという色彩が強いとみて良いでしょう。
安倍氏は、憲法の改正を目指していますが、立憲民主党などの野党が徹底抗戦し、衆院の憲法審査会を開くことができないことが続いています。現状では、安倍氏が目指す2020年の新憲法施行は厳しいです。その状況が今後も続くようなことがあれば、衆院を解散し、衆参同日選に踏み入れるぞ、と脅そうとしたと考えたいです。
萩生田氏は同じ番組の中で、衆院の憲法審査会がなかなか動かないことについて「どこかで限界もある。令和になったらキャンペーンを張る。少しワイルドな憲法審査を自民党は進めていかなければいけない」と語っています。
少なくとも今の段階で、安倍総理が消費税増税を延期し、衆院解散、同日選を決断していることはないでしょう。選択肢の1つととらえているというのが正確な表現でしょう。
本日安倍総理は、欧州及び北米訪問に先立ち東京国際空港(羽田空港)で会見を行った |
しかし、政治は生きものです。与野党に広がったざわめきの結果、衆院議員たちが駆け回り始めています。4月21日投開票の大阪12区衆院補選では、冒頭の記事にあるように自民党は負けています。ましてや、改元をはさむ10連休、衆院議員たちは地元に止まり支援者のてこ入れをします。経済状態が苦しくなり消費税増税を見送ってほしいという陳情も多数受けることでしょう。
さらに、以前もこのブログに掲載したように、直近では、改元による祝賀ムードがあり、さらに10連休もあり、多少悪かったにしても、5月はじめまでに経済が急激に落ち込むということはないでしょう。
しかし、祝賀ムードが落ち着き、連休で出費した人たちが、5月連休終了後から、6月以降にはこれらの反動と、消費税増税に向けての節約ということで、消費をかなり抑えることが予想されます。
そうなると、6月はかなり景気が落ち込むことが予想されます。そうなれば、安倍総理としても増税見送り、衆参同時選挙がかなりやりやすくなることでしょう。安倍総理はそうなることを見込んで、萩生田氏に観測気球をあげさせた可能性が濃厚です。
連休明け、国会議員たちが永田町に戻った時、ブラフがブラフでなくなっている可能性はかなり高いです。
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