2019年4月19日金曜日

インド経済にとって最大の「アキレス腱」とは?―【私の論評】今回の国政選挙ではモディ政権が勝利するだろうが、その後の対パキスタン政策に注視(゚д゚)!

インド経済にとって最大の「アキレス腱」とは?
総選挙後のモディ政権の「安全保障政策」に注目

野瀬大樹 (公認会計士・税理士)


4月の頭、私は毎月恒例のインド南部ハイデラバードへの出張の日程を調整するために現地のインド人社長に電話をした。

「今度のご訪問ですが4月11日はいかがですか?」

 すると、先方社長は即座に「11日はダメだ。だって選挙じゃないか。うちも会社は休みだよ」とのこと。

 そうだ。2019年4月11日、それは世界最大の選挙、5年に1度のインド下院(ロク・サバ―)選挙が始まるまさにその日だったのだ。外国人であり投票権を持たない私はそれをすっかり忘れていた。

2019年4月11日 インド総選挙

「世界最大の選挙」インドで始まる

 インドは13億を超える人口を抱える世界2位の人口大国。そして人口1位の中国と異なり民主主義国家であるため、自動的にインドが「世界最大の民主主義国家」となり、さらにその有権者数は日本の約9倍の9億人といわれている。投票所の数は小さなものも含めるとなんと100万カ所も存在するのだ。

 そのため、選挙は日本よりずっと大がかりだ。

 選挙のスタートは4月11日で最終的な結果が判明するのは5月23日と実に一カ月を超える長丁場。投票日の夜にはほぼ結果が分かる日本の総選挙とは大違いだ。州ごとに投票日が定められており先述のハイデラバードがあるテランガナ州は初日の4月11日、最も注目が集まる首都デリーは5月12日だ。

 余談だがこの投票日は暴動や有権者同志の小競り合いも警戒して「ドライデー」と言われる「お酒が飲めない日」でもある。選挙に対するインド政府の緊張感が伝わってくるようだ。とにかくそれくらいインドの総選挙は「大がかり」な一大イベントなのだ。

 もちろん日本と違い、選挙に関連する暴動や抗議活動、またテロへの警戒など警備面での手続きも必要なので一概には比較できないが、9億人の有権者に一斉投票をよびかけてそれを集計するということの難しさは容易に想像がつくだろう。前回の記事でも書いたがインドの国家運営はまさに「芸術的」なのである。

投票方法から見る「政府への不信感」

 また、今回は全ての投票所において「VVPAT」が導入される初めての選挙である点も注目されている。VVPATとは「Voter Verifiable Paper Audit Trail」の略で、電磁的な投票を行うと同時に投票記録が紙にも印字され、有権者に発行されるシステムのことである。どこに投票したかが分かる紙を受けることができるため、電子投票による不正の可能性を排除できるのだ。

 インドは未だに紙での投票を行う日本と異なり、原則として全て「電子投票」だ。有権者は投票所に行き各政党のシンボルマークが描かれたボタンを押すことで投票する。これは、多すぎる有権者からの投票を管理するのには紙では非現実的なのと、インドは貧富の差が激しく未だに文字を読めない人が多く存在することが原因だ。

 ただ、この電子投票に対して「作為的に操作されているのではないか」という疑惑が昔から存在していたため、選挙管理委員会はその疑念を払拭することを目的に前回(2014年)の総選挙でVVPATを試験的に導入し、今回から完全導入する運びとなった。注目すべきは、このような装置が100万カ所あるすべての投票所に導入されなければならないほど、有権者が自分の国の選挙運営に疑念を持っていたということである。

 また、選挙管理委員会はインドの国民的娯楽と言われる映画においても、「伝記もの」については選挙期間中の上映を止めるよう通達を出した。特定の人物を演出付きで描く「伝記もの」は投票行為に影響を与え、選挙の公平性を毀損するとの判断だ。こうした娯楽への介入に踏み切るほど、選挙委員会も「透明性」に関してピリピリしているのだ。

モディ政権が選挙直前で巻き返しに成功したワケ

 さて、その選挙の結果は5月23日まで未確定だが、現状では年初の予想を覆し現首相モディが率いるインド人民党が支持を盛り返しつつある。

 支持率が下落傾向にあった農村部への所得補償を滑り込みで決めたことや、カシミール地方でのインド・パキスタン両軍の衝突事件における強硬な姿勢が支持率の回復に繋がったと見られている。

 また、モディ首相は4月14日に懸案のカシミール地方を訪問し、自身の政権運営の成果を強調した。さらに同日、まだ選挙も始まったばかりなのに「政府が選挙後100日に行う事」というアジェンダを発表した。経済成長の約束はお決まりだが、雇用創出や全国的な水質の改善などの施策まで打ち出した。「今後も我々が政権運営を担う」という自信の表れだろう。

インド経済にとって最大の「アキレス腱」とは?

 ただ、こうした政府の強気な姿勢には新たな懸念も感じる。

 パキスタン政府の「穏便に事を収めたい」という姿勢のおかげもあり、印パ危機は去ったように見えているが、今回の支持率回復に味をしめたインド政府が今後も強気な姿勢を続けた場合、その安全保障上の姿勢がインド経済に悪影響を及ぼす可能性があるのだ。

 現在のインド経済にとって最大のアキレス腱は、雇用問題でも国内需要の弱さでもなく、実は「ルピー安」だ。昨年後半の記録的なルピー安相場は底を打った感があるものの、まだその水準は低いままである。原油輸入国であるインドにとってルピー安は経常収支の悪化だけでなく、原材料価格の高騰が国内のインフレを招き、結果として個人消費に冷や水を浴びせる厄介な問題なのだ。ルピー安によって恩恵を受けるような強力な輸出産業もまだ育っていない。

「ルピー安」が招いた大手航空会社の経営危機

 このインド経済の懸念事項「ルピー安リスク」が顕在化したと言えるのが、まさにいま日本でも話題になっている「ジェットエアウェイズ騒動」だ。ジェットエアウェイズは国内第2位のシェアを誇っていた航空会社で、インドでは日常茶飯事の遅延や欠航が少ないことを売りにして業績を拡大。国際線も活発に飛ばすなどインド旅客業界で大きな存在感を誇っていた。

 実際、私もインド国内の移動でよく使っていたが、昨年半ばより徐々に欠航が発生しその数は日を追うごとに増加。4月18日以降は完全に運行停止になった。

 理由は経営状況の悪化。2018年初頭より続いたルピー安による燃料価格の高騰にもかかわらずシェアの死守を意識したジェットエアウェイズは航空チケットの値上げに踏み切れずにいた。そして予想以上に続いたルピー安により徐々に燃料費が経営を圧迫。パイロットに支払う給料さえ滞るようになり、ストライキなどが原因で欠航が相次いだのだ。ルピー安は国内大手航空会社を1年ちょっとで機能不全に陥れるほどのインパクトを持つ重要な経済上のファクターなのだ。

 ルピー相場に大きな影響を及ぼす安全保障は、経済とは切っても切り離せない関係にあり、その緊張は再び大きなルピー安を引き起こす可能性がある。事実、今年1月に上昇に転じていたルピー相場は印パが緊張状態になった2月に対ドルで急落している。

今後のインド経済を占う「外交政策」の行方

 インドのような成長途上の大きな国を安定した成長軌道に乗せるには強力かつ安定した政権が必須だ。インドでビジネスをしている私も今回モディ率いるインド人民党が支持率を盛り返した点には正直ホッとしている。中国とは違い民主主義国家で、移ろいやすい有権者の支持を得てそれを実現するのは難しいからだ。

 しかし、やや右派的性格を持つモディ政権が行う今後の外交上の判断次第では、「ルピー安不況」が顕在化するリスクも確かに存在する。

 5年目に突入したモディ政権は、当初ドラスティックな政策を次々打ち出すと考えられていたが、実際は良く言えば穏健で調整型とも言える国内向け政策をとっている。モディ政権の優勢で選挙が一段落したあとの外交は「穏健で調整型」になると私は希望も込めて予想しているが、果たしてどうだろうか。

【私の論評】今回の選挙ではモディ政権が勝利するだろうが、その後の対パキスタン政策に注視(゚д゚)!

インド経済は、モディ首相就任後、外資導入の積極化やインフラ整備の推進といった投資促進に加え、上記でも掲載したように、2016年11月には高額紙幣を廃止し、2017年7月には物品サービス税(GST)導入といった経済構造改革も断行しながら、高い成長率を達成してきました。

構造改革により、一時的に経済が混乱する局面はあったものの、2018年後半からはインド経済は持ち直しの動きが見られます。2018年実質GDP成長率は、+7.3%に達した模様です。


2019年もインド経済は消費主導の成長が続くと予想しています。これまでの金利上昇や貿易摩擦の激化など輸出環境の悪化が、設備投資や輸出を鈍化させる見込みですが、民間消費は旺盛なままであり、引き続きインド経済の牽引役になると期待できます。農作物の最低調達価格の引上げが実施されることから、農業所得が持ち直す見込みで、これも、消費が堅調さを維持することにつながるでしょう。

生産面では、耐久消費財生産も非耐久消費財生産も、それぞれ堅調に拡大しています。総固定資本形成は、現在のところ好調ですが、金利が上昇してきたことや貿易環境の悪化などを背景にやや鈍化することが懸念されます。

設備稼働率は、断続的に上昇してきましたが、今年は総選挙を控えていることもあるためか、企業の新規投資計画は、モディ政権になって初めて鈍化してきており、企業が先行きへの不透明感から、設備投資にそれほど前向きでないことがうかがわれます。

したがって、経済成長が大きく加速すると見込むことは難しいものの、2019年の実質GDP成長率は、旺盛な消費需要に支えられて2018年と同程度の成長を予想しています。モディ政権が維持されれば、やや上振れて、+7.5%程度の経済成長を達成することは可能ではないかと考えています。

インド経済に与える原油価格の影響は大きいのですが、2018年との比較でいえば、原油価格が落ち着きを取り戻したことは、インド経済にとって追い風になるでしょう。インフレ率が安定すれば、賃金の実質増加割合も増えるため、消費拡大に寄与します。また経常収支の改善にも繋がるでしょう。

金融政策は、政府と中央銀行の確執が取りざたされてきましたが、中銀総裁の辞任により、風向きは変わりました。インド中銀が、金融政策で引き締め姿勢から緩和的な姿勢に転換する可能性もあります。

インド失業率の推移

インドのベンガルールにある私立アジム・プレムジ大学が16日発表したリポートで、2016─18年に職を失ったインド人は少なくとも500万人に達し、都市部に住む若い男性が最も打撃を受けていることが分かりました。

上の記事にもあるとおりインドでは、5月19日に総選挙が終了する予定で、モディ政権は雇用を含む経済業績の擁護に躍起となっています。

リポート「2019年、インドにおける労働の現状」の筆頭執筆者は「2016年以降、高等教育を受けた人の失業が増加しているが、それに加えて、相対的に教育水準が低く(非正規の可能性が高い)人の失業も増加し就業機会が狭まっている」と述べました。

ただリポートは、この期間に創出された雇用は明らかにしていません。全体の動きをみると、2014年から2018年までの年間統計では失業率が問題となる水準ではなさそうです。

2016年11月にモディ首相が脱税抑制と電子取引促進のため高額紙幣を突然廃止したことで中小企業が打撃を受け、レイオフの波が発生しました。さらに、17年に「物品サービス税(GST)」が導入されると、一部企業にとって困難が増幅する結果となりました。

リポートによると、失業者の大半は高等教育を受けた20─24歳の若年層。リポートは「たとえば都市部の男性の場合、この年齢層は労働年齢人口の13.5%ですが、失業者全体に占める比率は60%に上る」としています。

公式統計で過去5年間の経済成長率が7%前後となっているにもかかわらず、モディ首相は数百万人の若年失業者の雇用に十分な措置を講じていないと批判されています。

ビジネス・スタンダード紙は2月、政府が公表を拒んだ公式調査として、2016/18年度の失業率は少なくとも過去45年間で最高水準に達したと伝えました。

シンクタンクのインド経済モニタリングセンター(CMIE)がまとめたデータによると、今年2月の失業率は7.2%と、2016年9月以来最高に上昇。前年同月の5.9%からも上昇しました。これは直近では問題ありといえそうです。

このような状況では、通常の先進国ならば、雇用の改善のために金融緩和ということになるのでしょうが、インドではそれと同時に構造改革が必要です。

米国では、労働者の大多数は大企業で働いていて、自営業はほんの10%にすぎません。一方、インドでは、大きな企業で働いている労働者はほとんどいなくて、80〜85%が自営業者です。これは、インドは米国より起業の盛んな社会であり、これが雇用問題を悪化させている点は否めません。

LiveMint が要約している世界銀行の報告書草稿に掲載されているデータによると、インドには正式な月給稼ぎの雇用が少ないです。米国のような先進国と比べて少ないだけでなく、そこまで発展していない他の多くの国々と比べても少ないのです。



この問題の解決は、労働者の人数が急速に増えているインドにとって最大の課題です。土地改革と労働市場の規制緩和が最初の一歩です。ここでいう規制緩和には、企業の成長を抑制するオウンゴールを止めることや、馬鹿みたいに「気前のいい」育児休暇手当をもとめる法制化をやめることなども含まれます。

2018年は、米国の金融引き締めが断続的に実施され、金利が上昇したことで、新興国通貨安・米ドル高がトレンドとなりました。インドルピーも、この流れの中で下落を強いられましたが、米FRBの金融引き締め姿勢に変化を嗅ぎ取った市場では、新興国通貨に対する見直し機運が高まっています。ルピーの安定は、インド経済にとっては大きな支援材料になるでしょう。

輸出については、まず輸出が米中貿易戦争を背景とする世界貿易環境の悪化を受けて、年明けから鈍化傾向です。輸入は旺盛な消費需要を背景に、拡大基調を維持するでしょう。

今回の総選挙の前哨戦ともいわれた国内5州の議会選挙モディ首相
率いる国政与党インド人民党(BJP)は5州で全敗した

今月の総選挙に関しては、与党インド人民党の地方選挙での苦戦が続いていることから、予断を許さない状況です。最終的に、国政レベルではインド人民党の辛勝で落ち着くと予想していますが、地方選の結果は、インド上院での勢力構成に跳ね返ります。

下院での多数を維持することでモディ政権が維持されても、議会勢力図の変化は政権の安定感を損ない、経済政策ではこれまでほど構造改革で指導力を発揮できない可能性が出てきます。

そうなると、総選挙後の民間設備投資の加速は、思ったより進まないかもしれません。また、公共投資については、総選後には政府が再び財政再建に注力する可能性が高く、インフラや住宅開発など政府プロジェクトの大幅な加速は見込みにくくなるでしょう。

なお、今回の総選挙に向けて、インドの野党連合はベーシックインカムの導入を提唱しています。もし、政権交代が起こった場合には、財政の悪化とインフレ懸念の増大に気を付けておく必要があるでしょう。

インド経済は、2019年度が+7.5%、2020年は投資の回復が順調に続けば+7.7%まで成長率が上昇することも十分に視野に入ります。企業業績も拡大が続く見込みです。内需消費が主導するインド経済は、相対的に米中貿易摩擦の影響を受けにくいと考えられます。

インド株式市場は、予想PER(株価収益率)からすれば、株価に割高感はありません。選挙やインフレ懸念が払しょくできれば、株式市場を取り巻く環境は良好な状態が続くでしょう。

上の記事にもあるように、インド経済にとって最大の「アキレス腱」であるルピー安ですが、上昇基調にあります。



2月に隣国パキスタンとの軍事対立が激化しました。インド・パキスタンの南アジア二大国が帰属を争うカシミール地方のインド側・プルワマで2月14日に起きた自爆テロでは、同地に駐留する治安部隊44人が死亡するなど大きな被害が出ました。

翌15日にはパキスタン「領内」に拠点を持つイスラム過激派ジャイシュ・エ・ムハンマド(JeM、ムハンマドの軍隊)が犯行声明。インド軍は26日、カシミール地方を分断する停戦ライン(LoC)を越境して過激派拠点を報復爆撃。その後もLoCを挟んだ印パ両軍による砲撃の応酬もあり、事態は再び緊迫化の一途をたどりました

4月にいよいよ投票が始まる総選挙を控え、国内向けに強硬姿勢を示す必要があったインドに対し、国際通貨基金(IMF)との協議が続き経済再建を優先するパキスタンはおおむね冷静かつ妥協的な姿勢を続けるという、かなり対照的な構図となりました。

しかし、3月14日にはパキスタン領内にあるシーク教の聖地にインド人巡礼者を受け入れるための二国間協議が予定通り行われ、事態は徐々に緊張緩和の方向に進みました。これにより、買いが入りました。4~5月に実施される総選挙で苦戦が予想されていたモディ首相率いる与党の支持率上昇を好感しているものとみられます。

インドルピーは2018年10月に史上最安値となる1ドル=74ルピー台を付け、その後も70ルピー台の安値圏が続きました。3月10日にインドの選挙管理委員会から5年に1度の総選挙(下院選)の日程が公表されると、選挙情勢への関心が高まりました。

民間調査などによると、2月のインド国内でのテロ攻撃に端を発したパキスタンとの対立が、与党の支持率上昇に寄与しました。それまで与党の苦戦が報じられてきたが、モディ政権が続くとの期待が高まり、3月中旬には一時68ルピー台にまで上昇しました。

以上の情勢から、おそらくモディ政権が今回の選挙で勝利するでしょうが、問題はその後の外交・軍事政策いかんと考えられます。特にパキスタン関係のいかんよっては、再びルピー安に見舞われる可能性は十分にあります。

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