5日、モスクワのクレムリンで会談前に握手するロシアのプーチン大統領(右)と
中国の習近平国家主席
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6日掲載の本欄で、米中貿易協議の決裂以後、中国の習近平国家主席が、この件について無責任な沈黙を保っていたことを指摘したところ、翌日の7日、彼は訪問先のロシアでやっと、この問題について発言した。
プーチン大統領らが同席した討論会の席上、習主席は米中関係について「米中間は今貿易摩擦の中にあるが、私はアメリカとの関係断絶を望んでいない。友人であるトランプ大統領もそれを望んでいないだろう」と述べた。
私はこの発言を聞いて実に意外に思った。米中貿易協議が決裂してから1カ月、中国政府が「貿易戦争を恐れず」との強硬姿勢を繰り返し強調する一方、人民日報などがアメリカの「横暴」と「背信」を厳しく批判する論評を連日のように掲載してきた。揚げ句、中国外務省の張漢暉次官は米国の制裁関税を「経済テロ」だと強く非難した。
こうした中で行われた習主席の前述の発言は明らかに、中国政府の強硬姿勢と国内メディアの対米批判の強いトーンとは正反対のものであった。彼の口から「貿易戦争を恐れず」などの強硬発言は一切出ず、対米批判のひとつも聞こえてこない。それどころか、トランプ大統領のことを「友人」と呼んで「関係を断絶したくない」とのラブコールさえ送った。
国外での発言であるとはいえ、中国最高指導者の発言が、国内宣伝機関の論調や政府の一貫とした姿勢と、かけ離れていることは、まさに異例の中の異例だ。
さらに意外なことに、習主席のこの「友人発言」が国内では隠蔽(いんぺい)された一方、発言当日から人民日報、新華社通信などの対米批判はむしろより一層激しくなった。新華社通信のネット版である新華網は7日、アメリカとの妥協を主張する国内一部の声を「降伏論」だと断罪して激しく攻撃。9日には人民日報が貿易問題に関する「一部の米国政治屋」の発言を羅列して厳しい批判を浴びせた。
それらがトランプ大統領の平素の発言であることは一目瞭然である。人民日報批判の矛先は明らかに習主席の「友人」のトランプ大統領に向けられているのだ。そして11日、人民日報はアメリカに対する妥協論を「アメリカ恐怖症・アメリカ崇拝」だと嘲笑する論評を掲載した。
ここまできたら、新華社通信と人民日報の論調は、もはや対米批判の領域を超えて国内批判に転じている。それらの批判は捉えようによっては、習主席その人に対する批判であるとも聞こえるのだ。貿易戦争の最中、敵陣の総大将であるはずのトランプ大統領のことを「友人」と呼んで「関係断絶を望まない」という習主席の発言はまさしく、人民日報や新華社通信が批判するところの「降伏論」、「アメリカ恐怖症」ではないのか。
習主席の個人独裁体制が確立されている中で、人民日報などの党中央直轄のメディアが公然と主席批判を展開したこととなれば、それこそ中国政治の中枢部で大異変が起きている兆候であるが、その背後に何があるのかは現時点ではよく分からない。おそらく、米中貿易戦争における習主席の一連の誤算と無定見の右往左往に対し、宣伝機関を握る党内の強硬派が業を煮やしているのではないか。
いずれにしても、米中貿易戦争の展開は、すでに共産党政権内の分裂と政争の激化を促し、一見強固に見えた習主席の個人独裁体制にも綻(ほころ)びが生じ始めたもようである。
もちろんそれでは、習主席のトランプ大統領に対する譲歩の余地はより一層小さくなる。米中貿易戦争の長期化はもはや不可避ではないか。
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【プロフィル】石平(せき・へい) 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
【私の論評】習近平はミハエル・ゴルバチョフになれるか?
冒頭の石平氏の記事には出てはきませんが、習近平の権力基盤を揺るがしているのは、最近の香港デモであるのは間違いないでしょう。
香港の200万人を集めたデモは、中国本土への刑事事件容疑者の引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案を事実上の廃案に追い込む勢いです。
沿道を埋め尽くす香港のデモ隊
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香港政府トップの林鄭月娥行政長官の辞任をめぐって事態は混迷を極めていますが、実はこの騒動が昨年来から続く米中貿易戦争の行方をも左右しかねないです。
結論から先に言うと、G20サミットを前に中国・習近平国家主席には最大の誤算となり得る一方、最大級の外交カードを手に入れたのは米・トランプ大統領ということになるでしょう。
今回の香港デモはすでに香港だけの問題にとどまらず、中国本土をも大きく揺るがす最大級の政治的懸案事項となっています。実際、香港デモのニュースは、中国本土ではすでにタブーと化しています。中国国内でたとえばNHKのニュースでその内容少しでも流れようものなら、その画面は当局にブラックアウトされています。
一国二制度の中国にとって、香港の民主主義が強まれば強まるほど、「特別扱い」に対する本土の人民の不満を招きかねないです。それだけに香港の混迷が長引くほど、中国は騒乱の火種を本土に抱え込むことになります。習近平国家主席にとって、国内の不満を緩和するために何らかの措置が必要となってきているのです。
その緩和策として重要になってくるのが、米中貿易交渉の早期妥結です。
現在、米中双方の関税引き上げの応酬で、中国経済は低迷しています。だからこそ交渉を早期妥結をすることで、習近平国家主席が国内の不満を和らげようとするシナリオが浮上してきます。
実際、中南海の長老からも米中貿易摩擦による国内情勢への影響、特に失業増が社会不安を増大させることを懸念する意見は根強くあります。
昨年、長老たちとの北戴河会議でも、習近平国家主席は釘を刺されています。
今回の香港デモをきっかけに、こうした声がより一層強まっている可能性は高いです。言い方を変えれば、習近平国家主席は、トランプ大統領に譲歩せざるを得ない状況に追い込まれてきたともいえます。
ただし、石平氏の記事にもある通り新華社通信と人民日報の論調は、対米批判であり、これらの批判は捉えようによっては、習主席その人に対する批判とも受け取れます。
習近平は、長老らの失業増懸念の声と、反米勢力との板挟みにあっているともいえます。習近平としては、米国と妥協しても、妥協しなかったとしてもいずれかの勢力からの批判を免れないです。
一方トランプ大統領は、今回の騒動で「最大級の外交カード」を手に入れたことになります。
米国でも米中貿易摩擦の早期妥結の声は高まっている中で、中国から譲歩を引き出し、交渉を妥結させる機会を手に入れたわけです。ビジネスマンのトランプ大統領は、このチャンスに当面の決着を図りたいと考えるかもしれません。
現在のマーケットの状況からも、それを期待する声は高まっています。ただし、大阪で間もなく行われるG20において行われる、米中首脳会談においては、習近平が何らかの譲歩をしたとして米中貿易摩擦がある程度の妥結を見たとして、それは一時的なものにとどまることでしょう。
なぜかといえば、すでに米中関係は、このブログでも何度か掲載しているように、すでに冷戦の域にまで達しているからです。
私としては、おそらく米中首脳会談で習近平が何らかの妥協を姿勢を見せたとしても、結局トランプ大統領はそれを撥ねることになると思います。
なぜなら、米中冷戦はもうすでに生易しい次元ではなく、米中の衝突は米国では「文明の衝突」という次元で捉えられるようになってきました。
以前にもこのブログで示したように、現在米国は、苛酷な宗教・人権弾圧、法の支配の欠如、米企業が強いられた技術移転や知財の窃盗、債務のワナによる「一帯一路」沿線諸国の軍事拠点化、南シナ海の軍事拠点化など、さまざまな"戦線″で戦いを強いられているのですが、文明論の次元で中国をとらえなくては、その脅威の全貌を把握できないと考え始めたと言えます。
もう米中の対決は、貿易戦争の次元ではなく、中国の価値観と米国の価値観の戦いになっているのです。これは、もう武力はともなわない戦争です。一昔前なら、大戦になっていたかもしれません。
トランプ大統領
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そうした最中で、トランプ大統領とて、米中会談で習近平が貿易戦争で譲歩の姿勢をみせたからといって、適当に妥協するわけにはいきません。おそらく、習近平に対して米国とまともに通商がしたければ、先進国なみに民主化、政治と経済の分離、法治国家化などの社会構造改革をすることを迫るでしょう。
それに対して、習近平は即答はしないでしょう。そうなれば、トランプ氏としては、それに対する答えを期限付きで示すように求めることでしょう。
米国としては、中国がこれを拒否したり、うやむやにすれば、冷戦をさらに強化することでしょう。
そうして、中国が自国の価値観を他国に対してまで強要できなくなるまで、中国の経済を弱体化させるまで、冷戦を続けることでしょう。それは、おそらく少なくと10年、長ければ20年くらいの年月がかかるかもしれません。
もし中国が先進国なみに民主化、政治と経済の分離、法治国家化をすすめたとすれば、中国共産党の統治の正当性は失われることになります。そうなれば、中国共産党一党独裁の体制は崩壊します。
これは、習近平自身がミハエル・ゴルバチョフになるつもりがなければ、到底できないことです。
ミハエル・ゴルバチョフ
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そのようなことができない習近平は結局、米国からの冷戦、長老からの社会不安への懸念、対米強行派の間で身動きが取れない状況になり、失脚することになるでしょう。
しかし、習近平が失脚し中国が新体制になったとしても、米国は対中冷戦をやめることはありません。なぜなら、その目的は、中国の社会構造改革もしくは、中国の弱体化にあるからです。いまのところこうなる公算が高いと思います。
ただし、もし香港の社会運動が秩序を大きく乱すこともなく、その目的を達成した前例を作ることができるなら、強烈な閉鎖的監視統制社会を構築しつつある中国で、内心は強い不満と恐怖に耐えて沈黙している中国国内の知識人や少数民族や宗教関係者にも勇気を与えることになるでしょう。
これが、中国本土の抜本的な社会構造改革につながっていくかもしれません。なぜなら中国自体の弱体化と、中国の強化にもつながる社会構造改革のどちらをとれといわれれば、長老や共産党幹部のほとんどは弱体化しても既存秩序を守ろうとするでしょうが、圧倒的多数の中国人民は、中国の強化につながる社会構造改革を選ぶことになるからです。
しかし、香港のデモが継続し、その目的を達成するためには、国際社会の主要国が足並みをそろえ、中国に圧力をかけることが重要です。特に日本がホストとなる大阪G20こそ、そういう世界の潮流の変化の大きな節目になる舞台になる可能性が高いです。