ネットができなくても売れるPC(この内容ご存知の方は、この項は読み飛ばしてください)
日経ビジネスは2009年2月9日号で『引き算のヒット術』と題する特集を掲載した。経済規模がピークの半分近くになる「6割経済」が間近に迫り、消費 者の購買意欲は歴史的な低水準に沈む。しかし、そんな消費不況の中でも売れているものはある。共通するのは「引き算」のマーケティングだ。
過剰な機能やサービスをそぎ落とし、納得できる価値を消費者に提供する。今まで高付加価値化を追求するあまり、むやみな「足し算」を続けていな かったか。単なる安売りではメーカーも小売りも疲弊し、消費者も満足はしていない。従来とは全く異なる発想で作り上げた商品やサービスがヒットしている秘 密を、キーパーソンのインタビューを通じて探っていく。
第1回は究極の「メモ専用マシン」とも言えるキングジムの「ポメラ」だ。「いつでもどこでもメモが取れる」というコンセプトで開発された電子文具 で、4インチのモノクロ液晶と折り畳み式のキーボードを備える。文字データを入力することだけに特化しているため、メールやネット機能も省かれている。そ んな単機能マシンが“売り切れ”になるほどヒットしているのだ。
ポメラの開発を指揮した同社開発本部電子文具開発部開発課の立石幸士リーダーに、開発の経緯を聞いた。
(聞き手は日経ビジネス記者 坂田 亮太郎)
―― 初回出荷分の約1万台が瞬く間に売り切れたようですね。ここまで売れると予想していましたか。
立石幸士 2008年11月の発売から1年間で3万台の販売目標を掲げました。ポメラは比較対象とする商品がなかったので、当社の主力商品であるラベルライター「テプラ」の販売数量などを基にかなりえいやと目標を決めました。
私としては自信があったので、発売を前にかなりの量を在庫として積んでもらいました。それがあっと言う間に売り切れてしまいまして、社内でもここ まで売れるとは想定していませんでした。わざわざお店に足を運んでいただいたお客様にはご迷惑をおかけしました。台湾の協力工場に増産のお願いをしている ので、間もなく店頭にポメラが並ぶと思います。
「1人でも買いたい人がいれば需要がある証拠」
実は社内でも当初は懐疑的な見方が大半でした。役員を前に新商品の企画をプレゼンする開発会議の場でも不評。ただ1人だけ「これだったら俺はカネ を出しても欲しい」と言う役員がいたんです。それで開発のゴーサインが出ました。後から聞いた話では、宮本彰社長が「買いたい人が1人でもいれば、それは 需要がある証拠だ」と後押ししてくれたようです。
当社はこれまでも世の中にはない商品を出してきた歴史があります。創業者が名刺をとじる「ファイル」を発明したのに始まり、今やどこのオフィスにも1台はあるラベルライター「テプラ」も当社が初めて世に送り出しました。
と言いますのも当社の規模では、既にカテゴリーが出来上がった市場に後から参入していくことはできないという事情があります。例えばデジタルカメラがそうです。
市場としてはとても巨大ですが、既に当社よりもはるかに規模が大きくてブランド力もあるメーカーがたくさんいらっしゃいます。今さらキングジムが 新商品を出したところで勝ち目はありません。必然的に、誰も手掛けていなかった隙間、ニッチを狙うしかないということになります。
―― ニッチを狙うとしても、メモ入力にしか使えない商品を作ろうと思ったきっかけは何だったんですか。
立石 こんなことを言うと怒られてしまいますが、自分が欲しい商品を作りたかったんです。仮に企画が通らなくても、試作機が1台作れればいいやと(笑)。
「メモを取るだけなのに電池が持たない」に不満
きっかけは、既存のノートパソコンが使いにくいということに尽きます。例えば社内の会議などでメモを取ろうと思っても、使いづらくて仕方がなかった。起動するまでに何分も待たされたり、バッテリーの残り時間を気にしなければならなかったり。
今のパソコンはあまりにいろいろな機能が詰め込まれているために、かえって使いにくくなっていると感じていました。だったら、メモを入力することだけに割り切った商品が売れるのではないかと思ったのです。
割り切って大ヒットしているのは(携帯電話会社の契約込みで価格が安くなった)100円パソコンとか5万円パソコンと呼ばれるミニノートパソコン です。メールの送受信やインターネットの閲覧に機能を絞り込む。その代わりにサイズと価格をダウンサイズして、たくさんの消費者から支持を得ました。ポメ ラはネットブックを出発点にして、さらにメモを入力する以外の機能を削り落としていきました。
― 実際にはどんなユーザーに売れているのですか。
立石 最初にポメラに飛びついたのは、ブロガーなどネットのヘビーユーザーでした。そういう方々は当然ノートパソコンもお持ちなのでしょうが、パソコンの良さも悪さもよくご存じなのだと思います。
自分のやりたいことが分かっているので、テキストデータを入力するだけならこれで十分ということでポメラをお買い求めいただいたようです。
当初想定していたユーザーはビジネスマンです。私と同じように、会議のメモを取るだけなのに電池が持たないノートパソコンを使っていて不満に思っている人。
あとは出張時の荷物を減らしたい人にも受けると思っています。キーボードを折り畳めば文庫本と同じA6サイズになりますし、重さも370グラムと軽量です。これからポメラの特徴が伝わっていけば、さらに売り上げは伸びると期待しています。
新機能はメーカーや小売りには都合がいいが…
機能を絞り込むことでヒットしたポメラ。しかし、機能を絞り込めば当然のことながら価格を引き下げざるを得ない。これはメーカーとして受け入れがたいことではないのか。
この点について、取材に同席した開発本部電子文具開発部長の亀田登信氏が答えた。亀田氏は立石氏の上司で、社内ではテプラの「生みの親」と呼ばれている人物だ。
―― 機能を削ることに心理的な抵抗はなかったのですか。
亀田登信 何か新しい機能を追加することで、新商品は既存の商品よりも高く売れます。今度の新製品はこん なこともできますと言えるわけですから、プロモーションもしやすくなります。これはメーカーや小売りにとって都合がいいことですが、その発想の中にはお客 様を置き去りにしているのではないでしょうか。
私も含め多くの方が既に感じていることは、我々の周囲にある商品は十分過ぎるほどの機能を持っているということ。パソコンも携帯電話も使ったこともない機能がたくさん盛り込まれています。
買う時はいろいろな機能がついていた方が何となくお得だと考えがちですが、冷静になってみると使っていない機能ばかり。そう気がついてしまったお客様からすると、無駄な機能はもう要らないからその分安くしてくれと考えられるのは自然なことです。
実は当社のテプラも高機能化の呪縛に囚われていました。例えばバーコードを印刷する機能があるのですが、なくては困るというお客様がいる一方で1度も使われない方もかなりの数いらっしゃる。
そこで機能を絞り込み、価格を1万円台前半に引き下げたシリーズを1月から販売開始しました。会社でラベルライターを使うのは、多くの場合アシスタントの女性です。
彼女たちが上司に決済を仰ぐうえで無理のない価格に抑え、しかも彼女たちが机の上に置いても違和感がないようにコンパクトなデザインにしました。
「コンセプトから外れるので、聞かないようにしました」
―― 改めて立石さんにお伺いします。ポメラの開発はコンセプト通りに進んだのですか。
立石 やっぱり社内からいろんな「声」が寄せられました。「ネットは無理でもメールは送れるようにしてくれ」とか「モノクロの液晶なんか今どき見たことない」なんて言われました。
営業の担当者からすれば、売りやすさを考えるのは当然のことだと思います。それでもコンセプトから外れるので、聞かないようにしました。上司の亀田にはずいぶんと楯になってもらったと感謝しています。
通信機能にしろ、カラー液晶にしろ、搭載することは簡単なことです。もう既に必要な電子部品はいくらでも売っているわけですから。でも機能や仕様をどんどん上げていくとバッテリーが持たなくなります。
これではノートパソコンの二の舞いになってしまいます。当初は市販の乾電池で60時間は持つようにしたかったのですが、最終的には単4乾電池2本で20時間以上の駆動時間を確保することができました。
―― 大概の会社の場合、社内の「あーしろ、こーしろ」という意見を受け入れていくうちに商品が“丸く”なってしまうケースが多いと思います。立石さんは、よくそうした声を“無視”できましたね。
立石 正直に言うと「あー、コンセプトが分かってないなぁ」と思いました。それでも今までにない商品なんだからしょうがないと思って、コンセプトを用紙にまとめて社内の関連する部署に説明して回りました。社内で意思を統一しないと、売れるモノも売ってもらえませんから。
「こんなの売れるのか」が「こんなのがあってもいい」に
「こんなの売れるのか」と最初は腕組みして聞いていた人も、説明するうちに段々変わってきました。「こんなのがあってもいいかも」と意識が変わり、「どの売り場に置けば買ってもらえるか」と前向きな心配もしてくれるようになりました。
開発部門の自分にはよく分からなかったのですが、例えばノートパソコン売り場にポメラを置かれても販売員に熱心に売ってもらえないと言うのです。ポメラは定価が27300円で、店頭での売値は2万円を少し上回るぐらいです。
安くなったとは言えノートパソコンは数万円以上するわけですから、パソコン売り場では価格の安いポメラが一生懸命に売ってもらえないのは仕方がないこと です。そこで、電子辞書売り場にポメラを置いてもらうようにしました。これなら価格帯が変わらないので、お客様に薦めていただくこともできます。
当社のテプラも当初は売り場がなくて困ったそうですが、「ラベルライター」という新しいカテゴリーを作り上げることができました。ポメラも滑り出しは好調ですが、「メモ打ち機」という売り場ができた時が本当のゴールだと思っています。
―― 約2万円という価格は高くないですか?
立石 ポメラはあくまでも文具ですから、少々手荒に使っても壊れない堅牢性は確保しなければなりません。 机に相当する75センチメートルの高さから落としても壊れないように部材で補強しました。また、折り畳み式のキーボードも何度開閉してもガタガタにならな いように、目に見えないパーツにも気を配りました。
機能は絞り込みましたが、文字を入力する部分では妥協しませんでした。液晶はモノクロですが、視認性の良い高コントラストの液晶を使っています。 キーボードはB5型のノートパソコンと同じ17ミリメートルのキーピッチを確保しましたし、漢字変換ソフトは変換精度の高さで定評のあるジャストシステムの「ATOK(エイトック)」を採用しました。
メモをすぐに取れるように、電源ボタンを押せば2秒で起動するように内部の回路を作り込みました。CPU(中央演算処理装置)は32ビットの東芝製マイ コンを使っています。キーボードを閉めればデータは自動で保存されますので、紙のノートと同じ感覚で使っていただけるはずです。
“文具屋”のこだわりとして安っぽい製品にしたくはありませんでした。そのため天板には軽くて光沢のあるアルミ板を使っていますし、塗装方法にもこだわりました。私としては、オンだけでなくオフにも使っていただきたいと願っています。
宅配ピザにも当てはまる「引き算」の法則とは?
この、製品のヒットやはり、思い切った「引き算」の法則の従ったからでしょうか?今まで、私たちは、どちらかという「足し算」の法則で、やってきたと思います。
PC なら、より付加機能をつけるとか、素材であれば、より付加価値を高めるとか、もっと単純なら、おまけをつけるとか、それが当然のことのように思ってきたと 思います。しかし、今この路線が行き詰っているのは確かです。自家用車などは、その典型で、シンプルな車はほとんど販売されなく、都市を追うごとに機能が 付加されていったように思います。今や車は、走るコンピューターという感じです。自家用車に関しては、もう何年も前から、トヨタなどの業績が良いので不可 思議に思っていました。
しかし、金融危機が起こってみると、以前にもこのブログに書いたように、ほとんどのオート メーカーが北米の「バーチャル需要」に頼っていたことが明らかになりました。バーチャル需要がなくなって以来、車はほとんど売れなくなりました。やはり、 「足し算」ばかりの商売が時流ではなくなっているのだと思います。それでも、軽乗用車の落ちは、通常の車よりは、落ちてはいなようです。これは、引き算の 法則が成り立っているのかもしれません。
軽乗用車を最初に流行らせた、あるプロジェクトのメンバーは、主婦の軽乗用 車の使い方を徹底的に調査したところ、意外なことにモノを運ぶのにつかわれていたので、モノを運ぶのに使い勝手の良いものを開発したといいます。しかし、 これとても、本当にモノを運ぶだけであれば、大きい車の法が良いに決まっているとおもうので、根底には「引き算」の法則が成り立っているのだと思います。
そ れから、今ネットで大流行の「わけあり商品」です。これも、完全に「引き算」の法則が成り立っています。確かに、消費者は美味しい味の野菜や、蟹が欲しい のであって、形がキレイに整っていることを求めているわけではありません。多少いびつな形をしていても、傷がついていたとしても、食べる部分が同じであれ ば、かまわないわけであり、これに着目して価格を引き算するということで、好評になったのだと思います。
私は、パソ コンに関しては、最近ではミニノート(ブックノート)を用いていますが、自宅では、これを大きなディスプレイと、通常のキーボードや他の記憶装置に接続 し、デスクトップ型のように使っています。ミニノートをこのようにして使っている人も多いのではないかと思います。こうして使えば、デスクトップ型のパソ コンと、モバイルの両方を使っているような巻字になります。これも、立派な「引き算」だと思います。従来なら、ミニノートも買って、デスクトップも買って などということになったのかもしれませんが、今なら本当にこれで十分です。何の不自由も感じません。
最近、ア マゾンからシン電子書籍リーダー「Amazon Kindle2」が発売されていますが(写真下)、これもぴたりと「引き算」の法則に当てはまります。これも、PCなのですが、読むことに特化していま す。インターネットもできますが、アマゾンの書籍を購入することに特化しています。
「Amazon Kindle」は、2年くらいまえから発売されいます。NECなどでも、確か10年前くらいから発売されていました。しかし、日本ではほとんど売れていな かったというのが実体だと思います。しかし、アメリカではそこそこ売れ始めていますし、「引き算」の法則が当てはまる今は、売れる可能性が大です。現在 は、メモリが随分廉価になっていますから、比較的安くつくれるだろうし、大量販売できるようになれば、もっと安くなるでしょう。それに、大きな厚い本だと 持って読むのは大変ですが、これだと、非常に軽くて読みやすいです。
引 き算の法則は、宅配ピザの世界にまで及んでいます。たとえば、ピザテンフォーの「さんあんシリーズ」です。これは、数年前から、業界に先駆けて販売してい ますが、「安心、安全、安価」をキャッチフレーズとしたビザです。このブログにも何回か掲載していますので、その内容は、ここでは詳細には述べませんが、 「引き算」の法則にどの程度あてはまっているのか、掲載します。
ま ず価格は廉価です。ただし、廉価であっても、ピザの生地、チーズの量など、レギュラーのものと異なるとか、量が少ないということはありません。ただし、レ ギュラーなものだと、何種類もの具が載っているのを3~4に抑えているということです。もし、お客様が物足りないとお感じになれば、自ら足していただくと いうコンセプトで販売しています。こうすることにより、原材料費がレギュラーのものと少なめになるのと、トッピングする手間賃も省けるわけです。
ただし、 お客様には、基本的には通常のピザをより低価格でお届けできるようにしたのです。このピザ、いま大ヒットです!!他社でも、似たようなものを出していると ころもありますが、クリームなどで増量して、チーズはかなり減らしています。ピザは、もともとチーズを食べるためのものですが、あまりチーズの量を減らし てしまうと「ピザ」とは呼べなくなると思います。「さんあんシリーズ」ピザは、あくまで「ピザ」です。これも、完全に「引き算」の法則に当てはまっているので、この時代こそ売れ続けていくのではないかと期待しています。
下は、いま爆発的に売れている「さんあんシリーズ」ピザです。
さんあんトリプルミート
3種類のお肉とチェダーチーズの組み合わせが絶妙にマッチしたぜいたくピザ
トマトソース
M 1,155円
S 840円
さんあんエビマヨ
プリプリのエビがたっぷりマヨネーズとの相性もテンフォーならでははの豪華さです。
アメリケーヌソース
M 1,155円
S 840円
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