2015年7月22日水曜日

【目覚めよ日本 英国人記者が見た真実】「9条を守れ」「戦争反対」と連呼するだけでは「平和」や「安全」は守れない―【私の論評】憲法典を金科玉条のように守ることが正義と考える若者に、日本の将来は託せない(゚д゚)!

【目覚めよ日本 英国人記者が見た真実】「9条を守れ」「戦争反対」と連呼するだけでは「平和」や「安全」は守れない

ヘンリー・S・ストークス氏

 集団的自衛権の限定的な行使容認を含む安全保障関連法案が16日、衆院を通過した。自衛権は、独立主権国家として固有の権利であり、すべての国家は自衛権を行使できる。それは集団的自衛権の行使も含まれる。ただ、日本は憲法第9条によって、集団的自衛権を「持ってはいるが、行使できない」と解釈してきた。今回、その矛盾を一歩改善した。

 日本国憲法の前文や第9条は、戦勝国である米国が、敗戦国の日本に強いたペナルティーである。発布当初は「米国が守ってやるから、お前たちには軍備を持たせない」という意味だった。それは「保護領」という位置付けだ。英国人である私には、よく分かる。現在、自衛隊はあるが、まだ日本は真の意味での独立主権国家とはいえない。今後、法案が送られる参院では、中国の軍事的脅威を見据えた本質的議論を期待したい。

 戦後70年目の8月15日も近い。「戦後レジームからの脱却」を信念とする安倍晋三首相率いる自民党には、さらに「マッカーサー憲法」の呪縛からも脱却するよう、第一歩を踏み出してほしい。これは、日本が真の意味で、独立主権国家となれるか、否かの試金石だ。

 対米従属から脱し、沖縄の米軍基地を減らしたいなら、日本は国民1人ひとりが「国を守る」「国民を守る」という、独立主権国家としての強い意識を持つことだ。「第9条を守れ」「戦争反対」と連呼するだけでは、平和や安全は守れない。第9条があっても、島根県・竹島は韓国に強奪され、多くの日本人が北朝鮮に拉致されたままではないか。

 国会周辺でデモをしている人々の多くは、「平和」への純粋な気持ちで参加しているようだが、公安・警備当局は、極左集団の構成員や、中国や北朝鮮などの工作員が潜入している可能性を疑っている。反対運動に参加している学生諸君は注意した方がいい。

1950年代から、共産党独裁国家である中国は、南モンゴルや東トルキスタン、チベットなどに「同胞を解放する」などとして浸透し、最終的には人民解放軍を送り込んで自治区として取り込んだ。完全な侵略といえる。インドやベトナムは中国軍の侵攻を軍事力によって防いだ。

現在、中国は軍事的覇権を目指している。海洋では、自ら設定する「第1列島線」(九州~沖縄~台湾~フィリピン)を越え、「第2列島線」(伊豆諸島~小笠原諸島~米領グアム)まで拡大しつつあるが、日本国内への浸透も着々と進めているようだ。

その橋頭堡(きょうとうほ)として狙っているのが、沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設反対運動と、先に指摘した安保法案反対運動といわれている。日本の一部メディアは前進拠点と化しつつある。人民日報日本版としか思えない新聞もある。

日本人が一刻も早く、戦後プロパガンダから目覚め、独立主権国家としての意識を取り戻すことを祈っている。
 ■ヘンリー・S・ストークス
【私の論評】憲法典を金科玉条のように守ることが正義と考える若者に、日本の将来は託せない(゚д゚)!

ストークス氏の主張するように、 「9条を守れ」「戦争反対」と連呼するだけでは「平和」や「安全」は守れないのは事実です。もし、これを本当に信じている人がいるなら、あなたは、無防備すぎるとの謗りを受けてもいたし方ないと思います。

私は、民間企業で、人事を担当していたこともあります。面接では、安全保障のことなど滅多には聴きませんが、昨今では安全保障がかなり脚光を浴びているので、これは面接などて質問して見る価値があるかもしれません。

もし、面接で「戦争したくなくて震える」とか、憲法9条があるから平和とか、そんなことしか言えない人は、採用される確率がかなり低いと思います。

そりゃそうです。安全保障という国の大事に関わることで、この程度の認識しか示せなければ、会社に入っても同じことです。

このようなことを語る人は、会社の規程や規則を金科玉条のごとく守れば、それで会社が繁栄すると言っているのと何も変わりありません。これに関しては、以前もこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
民主党が吹聴する「徴兵制復活」 “ヒゲの隊長”が一刀両断―【私の論評】憲法を会社の規程におきかえて考えればわかる!金科玉条と考える輩は危険(゚д゚)!
佐藤正久氏
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、会社の規程を金科玉条のように考え込んでしまう人は、いかに会社にとって危険な存在になるかを記載した部分のみを以下にコピペさせていただきます。

国あっての法であるというのが本質であり、国がなくなってしまえば、憲法など何の意味もないということか分からない人が大勢いるようです。
そもそも、日本国憲法も、日本国という国が存在することを前提として作成されているわけですから、国の存立の危機がある場合、憲法を金科玉条のごとく守れなどと言っているわけではありません。 
日本国憲法においては、国家の主権者は『国民』であり、国家の責務は『国民の生命、財産、安全を守ること』です。 それを前提てとして、憲法を基礎とした法律があり、その実行に関する手続きを決めているのです。 憲法は所詮、手段を定めたものであって目的ではありません。


これは、会社の憲法にあたる、規程でも同じことです。会社があるから規程があるのであって、規程があるから会社があるわけではありません。以下話を理解しやすくするため、規程の中でも、職務権限規程や、職務分掌規程を例にとって話をすすめます。

上場会社などでは、規程が作成されています。これが作成されて、それが実行されていることが、上場の基準ともなっています。その中に職務権限規程や職務分掌規程を定めてあります。そこからはみ出た行為をすることは越権行為にあたります。

だから、はみでたとすれば処罰がくだされることになる場合もあります。しかし、だからといって、職務分掌や職務権限を是が非でも一歩も踏みでないと考える人には、その会社における将来はありません。また、そのような人ばかりで構成される会社には将来性がありません。

会社の中で、職務分掌や職務権限は会社を統治するためにあるのであり、従業員の創意工夫や、創造性を圧殺するために存在するわけではありません。

なぜなら、職務分掌や、職務権限を超える方法はいくらでもあります。たとえば、上司の了解のもとで適宜報告することを条件に、職務権限を超える業務を実施したり、あるは大掛かりなものであれば、企画書を作成し、それだけではなく上下左右にコンセンサスをとり、最終的に取締役でその企画書が了承を得た場合、たとえその企画書が新人で職位が最も低い人が書いたものであっても、会社はその企画書通りに実行します。

そうして、社長や取締役からすれば、このような仕事をどんどんする人こそ、最高の人材とみなし、幹部や、次世代の取締役や、社長に据えたいと考えるはずです。

職務権限や、職務分掌に縛られて、そこから一歩も踏みでない人に関しては、それなりの報い方しかしないというのが当たり前です。無論、自分はそれで良いと考える人もいますから、そのような道を選択するのはあくまでも個人の自由であると思います。
こうしたことをはっきりさせるためにも、職務権限や職務分掌が役にたつのです。これが曖昧であれば、個々人が本来の職位を超えた仕事を実行しているかいないかも不明確になってしまいます。というより、職務権限や職務分掌は本来このようなポジティブな使い方をすべきであり、従業員個々人の創造性を阻害するようなことがあってはならないです。

しかし、他の人や、自分の部下などに対して、職務権限や、職務分掌が金科玉条であるべきと考えてしまっては、それは全くの筋違いです。とにかく、何が何でも、そこから一歩も出ないように、あるいは他の人や部下をそこから一歩も出ないようにと考える人は、害悪をもたらすのみです。
この事例では、物事をわかりやすくするために、職務権限や、職務分掌について掲載しましたが、他の規程でも同じです。規程の文字面だけ、金科玉条のように守ることが正義と考える人が企業にとって、有用な人材とはなり得ません。

憲法典(注:憲法ではありません。あくまで文字で書かれた憲法典です)も同じことです。何十年もたって、一度も解釈を変えないとか、憲法そのものをいつまでも護持することが、正義と考える人は、国とってお荷物になるばかりです。とても、日本国の将来を託すような人材足りえません。

「集団的自衛権=違憲」などという憲法学者などは、無論日本の将来を託すわけにはいきません。それに、彼らは、戦後の特殊な環境の中で、憲法学者になったのであり、既存の秩序を守る立場の人であって、年齢からいっても、守旧派であることからいってももともと、日本の将来を担える人材ではありません。私が、ここで述べる有用な人材とは、主に若者のことを言っています。

さて、これはこれとして、ストークス氏は、ブログ冒頭の記事で"国会周辺でデモをしている人々の多くは、「平和」への純粋な気持ちで参加しているようだが、公安・警備当局は、極左集団の構成員や、中国や北朝鮮などの工作員が潜入している可能性を疑っている。反対運動に参加している学生諸君は注意した方がいい"と述べています。

これは、当然のことです。デモに気軽に参加するのはやめたほうが良いです。特に主催者の素性もわからないデモなどには、参加すべきではありません。そんなものに参加すれば、将来に禍根を残すことも十分ありえます。ストークス氏のいうように、それこそ、反社会的極左集団の構成員や、中国や北朝鮮などの工作員などに利用されるだけになるかもしれないです。

しかし、現実は厳しいです。ジャーナリストの渡邉哲也氏は、以下のようツイートをしていました。
このツイートのようになることも十分考えられます。このツイートに関しては、随分と批判がありましたが、事実は事実です。

そうして、渡辺氏は、政府による措置についてツイートしていますが、民間企業の人事だって同じことです。

私は、渡邉氏の上のTweetに、リプライをしたところ、その内容を渡辺氏は以下のようにリツイートしていました。
実際、私は人事を担当していた時期もあり、その時には、新人に関しては必ず、前歴を洗い、反社会的な団体と関係していないかどうかをチエックしていました。もし、反社会的な団体に属している新人を会社に入社させることになれば、大変です。それだけは、避けなければ、とんでもないことになりかねません。

これは、どの企業でも、特にその企業が優良であれば、あるほどきちんと調べているというより、それが社会の常識です。

規程を金科玉条のように守るような人は有用な人材とはなり得ません。憲法典も同じことです。憲法は国をより良く統治するためにあるのであって、それを金科玉条のように守ることが正義と考える人は、非常に危険です。

自分がアウトローになるかもしれない危機に対して無防備、国が危機に陥るかもしれない危機に対して無防備、そのような若者に、日本の将来を託すことはできません。私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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2015年7月21日火曜日

安保関連法案反対「学者1万人」の中身 国際政治学者少なく、「シロウトばかり」の声も―【私の論評】金融緩和、増税のときと同じデジャブーか、何度官僚に支配され失敗すれば目覚めるのか?

安保関連法案反対「学者1万人」の中身 国際政治学者少なく、「シロウトばかり」の声も

安保関連法案に学者1万人超が反対しているとする声明が出されたが、ネット上で、疑問の声も相次いでいる。その多くが安全保障問題については専門外だとみられているからだ。
「憲法9条をなし崩しにしようとしている」「安倍首相が有事と思えば戦争ができる、とんでもない法案だ」
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■大学教授も含まれてはいるが、多くは専門外の人たち

ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英京大名誉教授らは、東京都内で2015年7月20日に行った会見で、こう口々に訴えた。集まったのは、益川氏らが呼びかけ人となって作られた「安全保障関連法案に反対する学者の会」のメンバーら約150人だ。

会見では、メンバーらによる抗議声明も読み上げられた。そこでは、衆院特別委や本会議での法案採決について、世論調査で反対が多数を占める状況の中で、立憲主義と民主主義の破壊が行われたと指摘した。憲法学者の多くが違憲だとする中で強行採決したとして、「現政権が学問と理性、そして知的な思考そのものを無視していることのあらわれ」と非難し、「この法案を廃案にするために、国民とともに可能なあらゆる行動を実行します」と表明している。

学者の会では、学者や研究者1万人超、市民2万人超が賛同署名に応じたとし、ホームページ上でもそのことを報告している。

とはいえ、その内訳を見ると、学者や研究者と言っても、国際政治学など安保問題に関わっている可能性がある人はごく一部だ。大学教授も含まれてはいるが、多くは専門外の人たちが名を連ねている。

それも、非常勤講師や大学院生、在野研究者といった所属や肩書の人も多い。中には、障害者支援、合唱指導者、建築設計事務所とする人もいた。また、所属や肩書のない人や氏名非公表の人も含まれており、本当に学者や研究者なのか分からないケースも多かった。

■専門の学者であっても、その意見は信用できない
こうした署名リストについて、識者の間からも、疑問の声が漏れている。

経済学者の池田信夫さんはツイッターで、氏について、「物理学者としては立派」としながらも、安全保障については何を知っているのかと疑問を呈した。リストについては、「『日本人の1.3万人に1人は反対している』という以上の意味はない」と断じた。

また、著名なブロガーのちきりんさんはツイッターで、たとえ国際政治が専門の学者であっても、その意見は信用できないと指摘した。「和辻哲郎、丸山真男、都留重人、清水幾太郎など当時の知識人、インテリの皆さんはみーんな『全面講和すべし。単独講和では、日本はアメリカの戦争に巻き込まれる』と主張されてました。吉田首相が『学者は国際政治を知らんからダメ』といって、アメリカと安保条約結んでくれてほんとーによかった」と皮肉ったのだ。

「ちきりん」さんのtwitterでのプロフィール画像

ネット上でも、異論が相次いでおり、「『学者』とはいっても、安全保障についてはシロウトもいいとこ」「学者の権威を笠に着て、選挙という民主主義の結果を否定する数の暴力」「学者は中国の侵攻から守ってくれません」といった声が上がっている。

この記事の詳細はこちらから(゚д゚)!

【私の論評】金融緩和、増税のときと同じデジャブーか、何度官僚に支配され失敗すれば目覚めるのか?

何やら、この学者たちの発言、何かを思い出してしまいます。そうです。デフレのときでも、金融緩和するとハイパーインフレになるとか、8%増税してもその影響は警備であるとか、金融緩和をすると国債が暴落するとか・・・・。

8%増税は最初から不都合な事実が散見された

これら経済に関することは、いわゆる日本経済のメインストリームの方々から、専門外の学者や指揮者から、マスコミから、官僚、政治家のほとんどの方々が語っていらっしやいましたが、結果はどうだったかといえば、金融緩和してもハイパーインフレにはならず、国債は暴落するどころか、金利が下がりました。無論増税は大失敗でした。

8%増税の影響は、甚大でした。せっかくの金融緩和政策による、効果も腰折れして完璧に緩和当初の状況に戻ってしまいました。ただし、金融緩和は継続しているので、最近ではようやっとまた、様々な数値が良くなりつつあります。

それにしてもね8%増税の大失敗に関しては、大増税キャンペーンに両手をあげて賛成して、それを後押ししていたせいですか、今ではマスコミも、その他の方々もあまり話題にしません。

話題にするとしたら、8% 増税による失敗だとはいわずに、アベノミクスが失敗だったとか、甚だしいのは、昨年は野菜が値上がりしたからとか、とんでもないものばかりです。失敗すると最初からわかっていることに対して、両手で賛成してしまったので、今更「自分は大間違いしました、すみません」と言えないのでしょう。何という往生際の悪さでしょう。

ただし、彼らが厚顔無恥の鉄面皮でいられるには、それなりのわけがあります。それは、財務省をはじめとする日本の官僚は大方が、増税に賛成だったからです。

本当に、大方の人々が、安保法制に反対というこの事象は、あの増税大キャンペーンや、金融緩和無効論や、国債暴落論の流布のときと良く似ています。これらのときも、安倍総理の味方は少なく、孤立無援の状況でした。さすがに今回の安保法制に関しては、安倍総理は三回もこれを公約に掲げて国政選挙に大勝利しているわけですから、さすがに自民党内には反対者がいないだけましかもしれません。

不勉強で傲慢な人 その1
そのため、8%増税は押し切られてしまいましたが、さすがに10%増税などすれば、日本経済か壊滅的な打撃になるのは目に見えていたので、安倍総理は10%増税阻止のため、昨年の暮れに衆院を解散して、総選挙を実施して、これを阻止しました。これは、日本では大蔵省、財務省に総理としてはじめて、官僚に対峙して勝利した稀有な事例です。

さて、安保法制が違憲だとする主張に対しても本当に良く似た状況にあります。世間の多くの人々、それもいわゆる憲法学者とか、官僚とか、マスコミも大方が大反対です。

さて、安保法制が違憲だとの決めつけに関して、経済学者田中秀臣氏が以下のようなツイートをしています。
憲法解釈問題については、田中氏の2つのツイートの先のほうにもあるように、佐々木惣一らの書籍にあたってみれば、「集団的自衛権=違憲」などということはあり得ないことが良く理解できます。少なくとも、憲法学者の中にもそうした意見の人々もいるということは、理解できると思います。しかし、違憲とする人々のほとんどはそのようなことはしていないのだと思います。

たとえ、佐々木惣一の書籍など読まなくても、憲法だけでは、実際に政治はできず、実際にはさらに、国会で法律が審議されたり、法律でも足りない部分は、政府が憲法解釈をしながら政令などだしたり、慣例などをもとに独自の解釈により政治を行っているというのが現実です。

不勉強で傲慢な人2

あまりにそのような例外が多くなったり現実に即さなくなれば、法律にするのが妥当です。安倍自民党はまさに、それを行っているのです。それが、安全保障や、集団的自衛権だけはそうではないなどというへ理屈は成り立たないのは当然です。それがわからない人があまりにも多すぎです。

さらに、特に集団的自衛権が即憲法違反などということはありえません。集団的自衛権は当然のことながら、国連憲章でも認められています。さらに、先進国では、これは、人権と同じく、自然権であるとされています。集団的自衛権は、憲法や法律ができる以前からある、当然の権利であるとされています。

また、長沼訴訟の判決においては、集団的自衛権は合憲としています。確かにこれには、異論もありますが、賛成する憲法学者も存在します。それに、合憲・意見は憲法学者が決めるものではありません。時の政府が判断すべきものです。それが違憲というなら、その判断は司法が判断すべきものです。

これが、普通の先進国でのあり方です。決して、アンケートでの反対派の多さや、憲法学者の多数意見で決められるべきものではありません。ましてや、選挙で選出されているわけでもない、官僚が決めるものでもありません。

それから、下のほうのツイートでは"日本の憲法学者たちやその支持者たちの「日銀」ぶり"ということが書かれていますが、これは黒田体制になる前までの白川体制の日銀までの日銀の官僚のあり方と、それに与した知識人等を揶揄したものです。

白川体制までの日銀は、とにかく金融引き締めをすれば勝ち、金融緩和をすれば負け、というようなとんでもない意識で凝り固まっていて、金融緩和はなるぺく避け、ことあるごとに金融引き締めを実行してきました。そうして、日銀官僚は、日銀に都合の良い、金融引き締めを正当化する言説を流布し、多くのマスコミや金融の専門家や、識者もそれに右に倣えをしていました。

不勉強で傲慢な人3  日本の貧乏神だった白川元日銀総裁
まさに、いまの日本の安保法制に関する実態は。内閣法制局的解釈をはじめ、官僚的思考でおさえつけられているのです。何が正しい、何が間違いということよりも、官僚の思考そのものが幅を効かせているのです。

それは、8%増税のときは、財務省の官僚はことあるごとに、政治家や、官僚、その他の人々に増税の正当性をアピールするレクチャーをしてまわるなど、財務省的な思考を徹底的に流布しました。それに、おさえつけられた形で、メディアも、識者もほとんどが官僚的思考に右に倣えをして、最初から失敗することが目に見えていた、8%増税に突き進み、大失敗しました。

現状の安保法制に関する論議も同じことです。やはり、内閣法制局的解釈すなわち、官僚的思考に支配されているとしか言いようがありません。

憲法学者とか、ブログ冒頭の記事の「安全保障関連法案に反対する学者の会」、マスコミ、識者、官僚などが、安全保障法案を違法としていますが、これは、金融緩和に多くの人々が異論を唱えたときや、8%増税に多くの人々が両手をあげて大賛成したときと良く似ています。


デフレの最中の金融引き締めには、日銀官僚に、8%増税のときは、財務官僚の思考に多くの人が両手をあげて賛成していました。まるで、それだけが正しいかのように盛んに様々なインチキ、奇妙奇天烈、出鱈目な言説が流布されしまた。

今回も同じです。安保法制や、集団的自衛権を単純に意見する言論を述べたる学者や、言論人は、不勉強であり、傲慢です。


これはまるで、金融緩和、増税のときと同じデジャブーのようです。日本の学者、識者、マスコミなどは、何度官僚に支配され大失敗すれば目が覚めるのでしょうか。このままだと、永遠に目が覚めないかもしれません。そうして、永久に国民の信頼を失うことになると思います。

それにしても、日本は戦前・戦中から一定数以上の官僚等の人々が、国の重要な事柄に関して一度空気をつくってしまうと、識者などその空気に飲まれて、明らかに間違いであることなど少し考えれば分かるようなことでも、両手をあげて賛成してしまうということが度々繰り返されていると思います。まさに、デジャブーの連続です。

いつになれば、日本人はこうした輪廻地獄といゅう呪縛から開放されるのでしょうか。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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【関連図書】

日本における、官僚支配の図式をご理解いただき、さらに、官僚を叩くだけでは日本が良くなるわけではないことをご理解いただきつつ、日本の政治のあるべき姿を描いていただける書籍三冊を以下にチョイスさせていただきました。


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2015年7月20日月曜日

集団的自衛権巡る愚論に終止符を打つ!戦争を防ぐための「平和の五要件」を教えよう―【私の論評】参議院での審議拒否など恥の上塗り、野党はまともな議論を(゚д゚)!

集団的自衛権巡る愚論に終止符を打つ!戦争を防ぐための「平和の五要件」を教えよう

■断じて強行採決ではない

さて、安法関連法案は衆議院を通過した。強行採決とかいわれるが、これは欧米にない言葉で、日本のマスコミによる独特な表現である。普通にいえば、単なる民主主義プロセスである。安倍政権は、集団的自衛権の行使容認の方針について、以前から主張し、それで3回の国政選挙を勝ってきた。

もし、集団的自衛権の行使を法案化せずにあきらめたら、公約違反であり、国政選挙は無意味になってしまう。マスコミは、国民の声は反対というが、安倍政権の3回の国政選挙結果を無視しろというのだろうか。

マスコミは、憲法学者が反対しているというアンケートを掲載しているが、そうしたアンケートの時には3回の国政選挙での投票結果もあわせて掲載すべきだ。そうすれば、憲法学者がいかに民意とかけ離れた集団であるか、または選挙公約をろくに読まずに投票する集団なのか、いずれかがわかるだろう。筆者はおそらく前者であると思う。なにしろ、自衛隊が違憲という時代錯誤の見解をもっている集団だからだ。

■38回の戦争を振り返る

基礎データは、戦争の相関プロジェクト(COW: the Correlates of War Project http://www.correlatesofwar.org/)である。ウェブサイトでデータはすべて公開されている。主要な資料は、1986-2007年の戦争データである。

この場合、戦争の定義としては1000人以上の戦死者を出した軍事衝突が戦争と見なされており、この数量的定義が国際政治学では広く使われている。戦争といっても、国内、国家間、それ以外に分けられている。本稿では、第2次大戦後の国家間戦争を取り上げてみよう(以下では、戦争とは、国家間戦争をいう)。

第2次大戦後、地球上では次表のように、38回の戦争があった。

そうした戦争には、いろいろな国が関与してきた。同一国において同一年で複数の戦争を行った時には複数国としてカウントして、戦後の戦争国数の推移をみると、つぎのようになる。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、コソボ戦争の時に、グラフが跳ね上がっている。戦争の発生は、しばしば時間に関してランダムなポアソン過程であるといわれる。この場合、それぞれの戦争にはほとんど因果関係がないものと示唆されるが、実際にもそうなっていると感じさせられる。

■アジアは戦争の多い地域

次は、戦後の38の戦争について地域分布を示した図と、そのうちアジアでの15の戦争の表を表したものだ。



アジアは、世界の中でも戦争が多い地域であることがわかる。ここで、アジアの戦争について、アジア諸国で関わった延べ年数を表したものが次の地図だ。


ベトナム、中国、韓国、フィリッピン、タイ、カンボジアの回数が多い。また、アジアではないがオーストラリアも多い。これらの国は、世界の中でみても、目立った戦争関与国である。それは、世界の国と比較した次の図からわかる。

アジアは戦争が多い地域であり、しかも、日本のまわりには、戦争関与国が多いことがわかる。特に、中国の脅威は無視できない。例えば、中国機に対する自衛隊のスクランブルは、最近急増している(下図)。

中国を特に重視するのは、国際政治・関係論から見て、十分な根拠がある。それは、本コラムで筆者が再三にわたって紹介してきた民主的平和論(democratic peace theory)だ。それは、民主主義国間では戦争は起こらないという主張だ。

これは、古くはカントの「永遠平和のために」を源流として、筆者がプリンストン大学時代にお世話になったマイケル・ドイル教授(現コロンビア大教授)が現代に復活させ、今や国際政治・関係論では、もっとも法則らしい法則と見なされるものだ。

■戦争を考えるうえで最も重要な理論

アジアにおいては、民主主義とはかけ離れた国として、中国、北朝鮮、ベトナムなどがある。このうち、中国と北朝鮮との距離は目と鼻の先であり、戦争について十分に警戒すべき国である。

民主的平和論については、民主主義の定義が曖昧とか、例外はあるなどという批判を受けてきた。ところが、ブルース・ラセットとジョン・オニールは、膨大な戦争データから、「民主主義国家同士は、まれにしか戦争しない」ことを実証した。その集大成が、両氏によって2001年に出版された "Triangulating Peace" という本だ。筆者はプリンストン大時代に同書に出会うことができて、幸運だった。

同書は、従来の考え方を統合整理している。従来の国際政治・関係論では、軍事力によるバランス・オブ・パワー論に依拠するリアリズムと軍事力以外にも貿易などの要素を考慮し平和論を展開するリベラリズムが対立してきた。

同書では、1886年から1992年までの戦争データについて、リアリズムとリベラリズムのすべての要素が取り入れて実証分析がなされている。すると、リアリズムの軍事力も、かつてカントが主張していた「カントの三角形」も、すべて戦争のリスクを減らすためには重要であるという結論だった。

軍事力は、①同盟関係をもつこと、②相対的な軍事力、カントの三角形は、③民主主義の程度、④経済的依存関係、⑤国際的組織加入という具体的なもので置き換えられると、それぞれ、戦争を起こすリスクに関係があるとされたのだ。

具体的にいえば、きちんとした同盟関係をむすぶことで40%、相対的な軍事力が一定割合(標準偏差分、以下同じ)増すことで36%、民主主義の程度が一定割合増すことで33%、経済的依存関係が一定割合増加することで43%、国際的組織加入が一定割合増加することで24%、それぞれ戦争のリスクを減少させるという(同書。171ページ)。

■国際関係の最終理論

なお、カントの三角形とは、民主主義、経済的依存関係、国際的組織加入が、平和を増すという考え方である(下図)。このうち、民主主義と戦争の関係が、民主的平和論として知られている。

ラセットとオニールによる"Triangulating Peace" は、国際政治・関係論の中になって、すべての考え方を統一的にとらえた最終理論のようにも思える。

①同盟関係については、対外的には抑止力をもつので侵略される可能性が低くなるとともに、対内的にはそもそも同盟関係になれば同盟国同士では戦争しなくなるから、戦争のリスクを減らす。

②相対的な軍事力については、差がありすぎると属国化して戦争になりにくい。

③民主主義については、両方ともに民主主義国だと滅多に戦争しないという意味で、古典的な民主的平和論になる。一方の国が非民主主義だと、戦争のリスクは高まり、双方ともに非民主主義国なら、戦争のリスクはさらに高まるので。アジアにおいて、中国とベトナムで何度も戦争しているが、まさにこの例だろう。

④経済的依存関係、⑤国際的組織加入については、従来のリアリズムから重要視されていなかったが、実証分析では十分に意味がある。

要するに、国の平和のためには、①~⑤までを過不足なく考慮する必要がある。ここで、重要なのは、属国化を望まないのであれば、①同盟関係とカントの三角形③~⑤を両方ともに考えなければいけない。カントの三角形だけで、①同盟関係の代替はできない。しかも、非民主主義国が相手の場合には、カントの三角形が崩れているので、①同盟関係にかかる比重は、ことさら大きくならざるをえない。

なお、最近の中国をみると、④経済的依存関係では、戦争のリスクは減少しているが、④国際的組織加入において、中国のAIIBの独自設立は不安定要因にもなり得るだろう。

こうした国際政治・関係論の観点から、民主党の主張を考えてみよう。ここで、集団的自衛権の行使は、同盟関係の強化という点を確認しておきたい。集団的自衛権を行使しないことは、同盟関係を成り立たせなくするのと同じである。この点は、日本で誤解されている。たまたま日本で集団的自衛権の行使をしないと政府がいっても許されたのは、アメリカが日本の再軍備を恐れていたためだということは、本コラムでも再三書いてきた。

いずれにしても、民主党は、集団的自衛権の行使をすると、戦争のリスクが高まるという主張だ。しかし、過去の戦争データでは、先述べたように同盟関係の強化は戦争リスクを減少させると否定されている。

であれば、その理由とそれが説得的なデータを民主党は出す必要がある。維新の党についても同じだ。リスクについて、何か勘違いをしているのではないか(6月1日付け本コラム http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43544)。

また、戦争のリスクとの関係で、集団的自衛権を行使すると、戦争に巻き込まれるともいう。この点は、戦後、アメリカが関与した戦争の表を見てみよう。


たしかに、アメリカは単独ではなく複数である。ただし、イギリスやフランスを別にすれば、その地域に密接した国が参加している。例えば、ドイツは湾岸戦争には参戦せずに、コソボ戦争には参戦した。朝鮮戦争は、日本の海上保安庁は機雷掃海しているので、参加国に乗っていても不思議ではないが、所詮その程度までである。

防衛費でGDP1%以内という事実上の枠があったので、自衛隊は十分な戦力投射能力を持っていない。それが現実なので、軍事行動でついてアメリカから期待されることはまずない。地球のウラまでいうのは、現実的にありえない話である。

アメリカが複数国とともに戦争してきたという事実は、日本に対する抑止力向上になる。実際、アメリカはベトナムを除いて同盟国に侵略をさせていない。

(5月25日付け本コラム http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43454)。

この3点について、野党の対案は、政府案よりすぐれているのかどうか、是非、参院は良識の府として矜恃を示してもらいたい。

いずれにしても、中国が日本の集団的自衛権の行使に反対するのは、中国の国益から当然である。もし、集団的自衛権行使を日本政府があきらめたら、日米安保条約が実効的でないと白状したようなものと、世界では受け止めるだろう。

この記事の詳細はこちらから(゚д゚)!

【私の論評】参議院での審議拒否など恥の上塗り、野党はまともな議論を(゚д゚)!

上の高橋洋一氏の主張は、結局のところ、平和は①同盟関係、②相対的な軍事力、③民主主義の程度、④経済的依存関係、⑤国際的組織加入という5つの要件によって、維持されるということです。

このブログでは、平和に関しては主に、軍事力によるパランス・オブ・パワーの文脈でのみ語ってきましたが、この5要件を考慮にいれると、なお一層平和に関する認識を深めることができます。

平和は、軍事力の均衡だけではなく、他の様々な要素から構成されており、これらが均衡してはじめて維持されるものということが良く理解できます。


さて、以上のことを考慮に入れた上て、憲法解釈の改変による雌雄団的自衛権の行使に反対する勢力のいわゆる「戦争法案」というレッテル貼の間違いについて掲載します。

「戦争が出来ない国」と「戦争をしない国」は違います。

「戦争が出来ない国」は「戦争に対応できない国」であり、「戦争の当事者にならない国」ではありません。

そうして、「戦争に対応できない国」にも二種類あります。一つは、経済的に恵まれていないなどの理由で、上の記事で高橋洋一氏が示した平和の5要件を備えることが不可能な国です。そのような国は、世界に五万とあります。そうして、過去には何度となく他国に攻め入られて、辛酸をなめています。

もう一つは、戦争に対応しようとすれば、できるにも関わらず、関わろうとしない国です。その典型は、日本です。日本は平和の5要件を満たす、十分な能力があります。しかし、日本では、憲法典の縛りにより、戦争に対応できないかのように多くの人々が思い込んでおり、それが日本が戦争に対応できない状況を生み出しています。

現状の日本は、理由はともあれ「戦争に対応できない国」であり、これは戦争に巻き込まれやすいことは自明の理です。この理屈は小学生でも分かることと思います。

このまま日本が「戦争に対応できない国」のままであれば、上の記事で高橋氏も指摘するように、アメリカの力が相対的落ちつつある現在、中国や北朝鮮の脅威は日々高まるばかりです。

だからこそ、日本が戦争に対応できる国に生まれ変わるためにも、現在政府による憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使が必要不可欠な状況になっているのです。憲法典という文書に書き表された、憲法だけではまともな政治などできません。


だからこそ、憲法解釈をして、その上で法律を作成し、それを施行して、その法律に基づいて、運用されているのではありませんか。それなしには、どこの国でも身動きがとれなくなってしまいます。それは、国の根幹をなす安全保障についても全く同じことであり、安全保障だけが例外という考えは絶対に成り立ちません。

そうして、憲法解釈は憲法学者がするものでもなく、ましてや内閣法制局などの官僚がすものでもなく、民主国家においては、選挙という民主的手続きによって選ばた人々で構成する時の政府によって行うのが、筋です。

この原則は、中国や北朝鮮のような非民主国家では成り立ちませんが、日本や他の戦士九国のような国々では成り立つ正しい原則です。

もし、どうしても政府の憲法解釈が気に食わないというなら、野党も、メディアも反対派の皆さまも、正しい民主的手続きを経て反対すべきです。

まずは、どうしても政府の憲法解釈が気に食わないというのなら、そのような憲法解釈をする自民党政権に野党がとって変われば良いのです。さらには、明らかに違憲というのなら、裁判に訴えれば良いのです。無論国会で審議するのは当たり前のことですが、それにしても、「戦争法案」などと最初からレッテル貼りをする野党にその能力はないと見られても仕方ないです。

このような状況下で、「集団的自衛権」に関する各種法案について、「戦争法案」という素人にはわかりやすいレッテル貼りをしたことは、出来の悪い「ワンフレーズポリシー」以外のなにものでもなく、明らかに、誤解を招くものです。


「戦争法案」というレッテル貼りは、集団的自衛権反対勢力の議論能力の衰退を示すものです。立法府における少数派陣営の能力の低下は深刻です。多数決において勝利し得ない少数派が多数派を説得し、自らの主張を通し、あるいは、一部なりとも反映させる唯一の方法は議論能力だからです。

私は、「集団的自衛権」を巡る議論を混乱させ、本来単純でわかりやすい議論であるにもかかわらず、与党をいわゆる「強行採決」に走らせた原因は、説明責任を尽くさず、単純に「戦争法案」というレッテル貼りをして、結論先にありきな反対論を展開し、与党側が譲歩しにくい状態を作ってしまった野党にあると思います。

さて、現状では、野党は参議院での審議には応じられないなどしているようですが、そんな幼稚な真似をすれば、「戦争法案」というレッテル貼りの以上の恥の上塗りをすることになります。

そんなバカ真似はやめて、ブログ冒頭の記事で、高橋氏が示した「平和の五要件」を念頭に入れて、実りある審議をしていただきたものです。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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2015年7月19日日曜日

民主「パフォーマンスだ」 安倍首相を批判 新国立競技場―【私の論評】呆れてものが言えない、頭悪すぎパフォーマンス政党「民主党」。またブーメランで蹂躙か(゚д゚)!

民主「パフォーマンスだ」 安倍首相を批判 新国立競技場

2015.07.19

民主党岡田代表

民主党は18日、安倍晋三首相が新国立競技場建設計画の白紙撤回を表明したことについて「都合のいいことだけのパフォーマンスだ」(安住淳国対委員長代理)と批判を強めた。国会などで追及する構えだ。

代表は仙台市で記者団に「(撤回は)遅すぎた。もっと早く決断するチャンスはあった」と強調。枝野幸男幹事長はさいたま市で「最終的に(撤回を)決断できたのだから、責任は首相にある」と指摘した。

安住氏は仙台市での街頭演説で「首相は(安全保障関連法案と違い)数で押し通さず、内閣支持率を上げようと思って見直した」との見方を示した。岡田氏も「そういう面があるのは間違いない」と記者団に答えた。

【私の論評】呆れてものが言えない、頭悪すぎパフォーマンス政党「民主党」。またブーメランで蹂躙か(゚д゚)!

新国立競技場問題に関しては、安倍総理としては、不人気の集団的自衛権の参院での審議を間近に控えているため、これ以上支持率を落とさないためにも、この問題も早期に解消しようとして、白紙撤回を表明したのだと思います。

しかし、これをパフォーマンスと呼ぶのはいかがなものでしょうか、さらに民主党の幹部がこのようなことを言い出すのは、本当にいかがなものかと思ってしまいます。

なぜなら、元々新国立競技場問題が起きるきっかけを作ったのは、民主党だからです。これについては、つい先日このブログでも解説したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。

新国立、計画見直しへ 民主政権下密室での“スルー”が高コストに ―【私の論評】「公共工事=悪」の単純な思考では、ままならない新国立競技場問題(゚д゚)!
白紙撤回直前の案が上手右のもの、これでも相当経費がかさんだ
 要するに、民主党政権下の初期段階で、コスト計算の専門家がいなかったこと、情報公開をせずに密室で決定したことが致命的なミスだ。その時点で都市計画や五輪招致立候補ファイルなどは既に決定済みであった。当時のスケジュールでは、デザイン決定後に、基本設計・実施設計で約2年、実施設計と同時に解体工事、その後、建設工事で3年半。19年ラグビーW杯にはギリギリというタイトなスケジュールだった。 
 その後、政権交代があり、安倍晋三政権では、民主党時代に決まったデザインで五輪招致を行った。それと同時並行していた基本設計で、コスト問題がようやく発覚したのだろう。13年9月、20年の東京五輪が正式決定した後、コスト増の問題が表面化した。
まさに、民主政権下密室での“スルー”が高コストの原因だったわけです。ただし、この記事では新競技場問題に関して、私自身はほとんどの人が全く考える余地がないように判を押したかのように反対している姿をみて、多くの人々に「公共工事=悪」という考えが色濃く残っているのではないかと危惧していることも掲載しました。

そのため、新競技場問題に関しては、積極財政という観点からのアプローチと、現下の公共工事の供給制約という状況を踏まえたアプローチが必要であることを主張しました。

それを安倍総理が今になって白紙撤回したからといって、このような観点など全く抜きにした安倍総理の「パフォーマンス」だと、どの口が言うのかと思い本当に呆れ果てて二の句が継げません。

このような批判は、私のみならず、様々な人が展開しています。岩田温氏は以下のようタイトルの記事で民主党政権を批判しています。
パフォーマンスに終始しているのは安倍総理ではなく、民主党議員だろう

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、岩田氏は、民主はパフォーマンス止め政権担当能力示せと主張しています。まさに、このとおりだと思います。

「自民感じ悪いね」「安倍政治を許せない」ない等、あの国会を埋め尽くしたプラカードも所詮場フォーマンスに過ぎません。

最近のアンケート調査でも、あれだけパフォーマンスを繰り返しているにも関わらず、民主党の支持率はほとんど上がっていません。

民主党は政権与党の時から、「事業仕分け」などのパフォーマンスを繰り返し、とても政権与党とは思えない醜態を晒してきました。野党になっても、その本質は変わらないです。同じことを繰り返しているだけです。やはり、頭が悪いのでしようか。

民主党の議員の中にはまともな人もいますが、幹部が馬鹿なせいでしょうか。党としての行動となると、無責任極まるものばかりで、全く反省も何もありません。



もう民主党は、パフォーマンスはいい加減にやめて、岩田氏が主張するように真の政権担当能力を魅せつけることをしなかった場合、様々な政治利用パフォーマンスがブーメランとして自分たちに帰ってくるだけであることを自覚すべきです。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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民主党政権はどのように酷い政権だったのか、喉元すぎれば熱さを忘れの格言通り、忘れている人も多いです。しかし、民主党の本質は政権与党時代から何の反省もなく、そのままです。その本質を表す書籍三冊を以下にチョイスさせていただきました。

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2015年7月18日土曜日

宮崎正弘の国際ニュース・早読み(李克強首相が谷内局長と異例の会談)―【私の論評】中国が安保法案に賛意を評する時に、しれっとハシゴを外される反対派の狼狽ぶりが今から楽しみだ(゚д゚)!

宮崎正弘の国際ニュース・早読み(李克強首相が谷内局長と異例の会談)

宮崎正弘氏のメルマガより

発行日:7/18



ついに強欲凶暴な中国が日本に再度、近寄る必要に迫られたのだ
****************************************

安保法案は衆議院と通過した。弐ヶ月後、成立する運びとなる。

中国は静かに反対の態度を表してはいるものの、いつものような絶対反対の絶叫はなく、軍国主義復活などと無謀な宣伝文句もが見られない。不思議である。
 なにかの予兆を示唆している。

香港の『サウスチャイナ・モーミングポスト』などは「日本の法律改正は戦争の機会を増大させたと中国専門家が分析」などセンセーショナルは報道だったが、南シナ海の中国軍の蛮行を前になにをほざくかという印象である。

日本は戦争機会を拡大させたと報じた
サウスチャイナ・モーミングポスト
日中間のささくれだった空気は中国が一方的に醸成したもので、東シナ海にガス井建設の無鉄砲から、さらにエスカレートして尖閣諸島周辺へ中国海監の艦船が出没して領海侵犯を繰り返し、小笠原諸島近海からは赤珊瑚をごっそり盗んでいった。
 劉空侵犯による自衛隊のスクランブル出動も年初来110回以上である。

日本が尖閣諸島の国有化をなすと、言いがかりを付けての反日暴動とやりたい放題。すっかり嫌気がさした日本企業がどっと撤退をはじめ、「チャイナ・プラス・ワン」の合い言葉の元、アセアン諸国からインドへの進出を加速させた。

賃金高騰により「世界の工場」ではなくなった中国は輸出に支えられて高度成長を遂げてきたのに、国有工場で生産した品物は売れ残り、在庫の山が各地でみられ、暴動も頻発し、社会不安が拡大した。

こうした環境の下で、海外からの直接投資が激減しては経済が立ちゆかなくなる。ドイツと韓国以外、中国に投資を増加させた国はない。

苦肉の策として在庫処分と中国企業の海外でのビジネス拡大を目的としてAIIBに、信用格付けの問題から、どうしても日本に加盟して欲しかったが、日本はすげなく、鳴り物入りの銀行の船出となった6月26日の「署名式」では7ヶ国が署名しなかった。

そして上海株暴落が開始された。

中国は焦りだした。

▲中国は本格的に焦っているのだ

華夷秩序のフォロアーと思っていたフィリピン、ベトナムが鮮やかに反旗を翻し、シャングリラ対話では米国から名指しの非難を受け、四面楚歌の状態にあることを中国はやっとこさ認識できた。 

14年11月の北京APECでは安倍首相と会談した習近平のよそよそしい態度が際立ったが、15年4月のインドネシア会議を利用しての日中首脳会談は、むしろ中国側から呼びかけてきた。

習は気味悪いほどに、にこにこ笑っていた。

そして5月、自民党の二階総務会長は安倍親書を携えて訪中した。三千人の人民大会堂での夕食会に、習近平が忽然と現れ、日中友好は子々孫々までと、あっと驚くようなおべんちゃらをのうのうと言ってのけた。

こうした変化を背景に、安倍密使として谷内安全保障局長が密かに北京入りした。

7月16日に中国外交を司る楊潔チ国務委員(前外相)と五時間以上も会談した。これにより九月初旬の安倍訪中に関しての事前調整の大筋がみえてきた。

そして17日、李克勝首相と谷内は35分間会談した。政治家でもない政府高官と首相がじきじきに会談するのは異例のことである。

それだけ中国は日本に秋波を送りたいのである。いや、日本に近づかなければ行けない事情が国内にあるからだ。

記者会見によれば、安保法案、安倍談話などの話はまったく出なかったというが、他に喫緊の議題はない。要はこれで九月初旬の安倍訪中の段取りが殆ど決まったとみて良いだろう。

【私の論評】中国が安保法案に賛意を評する時に、しれっとハシゴを外される反対派の狼狽ぶりが今から楽しみだ(゚д゚)!

中国はかつて約束していた保八(経済成長率8%)すら達成できなくなっている

中国は本当に焦っています。いやそれどころか、切羽詰まっています。経済は不調で、当面回復する兆しは全くありません。上海株式市場は、政府の強引な介入によっても、暴落は止められそうにもなく、近いうちに大暴落します。AIIBは確実に失敗するか、失敗までしないものの、有名無実になる可能性がかなり高いです。中国西端には、第二イスラム国の脅威が間近に迫っています。

中国の金融は空洞化しいている

これらについては、このブログでも掲載してきました。最近は、日本のメディアなど安保一色で、他の成果情勢の変化などほとんど報道しないので、中国の変化についてもほとんど認識されていません。しかし、上のニュースはかなり重要なものと思います。

背に腹を変えられない中国は、そろそろ日中首脳会談にて中国は日本との関係改善をさせたいとの打診をしてくると考えられます。

これは、安倍総理にとって大きなチャンスになると考えられます。まず考えられるのは、中国が最近の日本に安保法制の改定に関して、反対するのは取り下げて支持を表明することが考えられます。そこまでいかなくても、黙認ということも考えられます。

中国共産党による安保法案賛同です。この可能性はゼロではないどころか、大いにありそうです。安倍首相がプーチン来日を成功させ日露関係が飛躍的に発展すれば、中国にとっては、西からのイスラム国の脅威、北からのロシアの脅威、東からの日本の脅威という地政学的に非常に困難な状況になると考えられます。

であれば、少なくとも、日ロの脅威は取り除きたいと考えるはずです。日、ロ、第二イスラム国の脅威を考えた場合、交渉などによってもっとも容易にとりのぞけそうなのは、日本の脅威です。

それにしても、安倍総理は全く焦る必要も何もありません。鷹揚に構えて、中国が譲歩するとこは、譲歩するなら、それに対して日本も応分の何かをするという考えで良いと思います。譲歩しないというのなら、全くのノータッチで良いと思います。

日本側からは、何も言わず、中国側が何か言ってきた場合、それに応分の何かをするという程度で十分と思います。間違っても、こちらがわから譲歩したり、経済援助を申し出るようなことはすべきではありません。

安倍総理は、安全保障のダイヤモンド構想を着々と進めて、かなりの成果をあげています。過去の日本の総理大臣とは180度異なる、安倍総理の態度と行動には、中国共産党幹部もかなり危機感を抱くとともに、今の中国の状況を考えると、それこそ、疲労困憊していると思います。


それにしても、中国が安保法制に関して、まかり間違えて賛意を評したり、そこまでいかなくても、黙認した場合、あれだけ反対した、朝日新聞をはじめとする日本のメディアや、民主党をはじめとする野党、左翼の連中はかなり狼狽すると思います。

頭はほとんど使わなかっにせよ、あれだけ精力を費やして中国にとって良くない安保法制改正を阻止しようとしたのにもかかわらず、中国が黙認したり、賛意を評したりしたら、とんでもないことになってしまいます。まさに、青天の霹靂です。

中国に釣られて、安保法制改正が違憲だとか、戦争法案だとどんちゃん騒ぎをして、盛り上がったと思ったところでしれっとハシゴを外されるのですから、たまったものではありません。



もしそうなったら、安保反対などの運動や、デモなどもいずれ下火になることでしょうが、かなり急速に下火になるどころか、反対した人たちもかなり興ざめして、多くの人々が今後は扇動されにくくなることでしょう。

日本のメディアなど、中国に右に倣えというところが多いですから、もし中国が賛意を評したりしたら、日本のメディアも豹変して、いきなり安保賛成ということになるかもしれません。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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本日の元記事の筆者である、宮崎正弘氏の著書など以下に三冊チョイスさせていただきました。宮崎氏は長年中国に実際に足を運びながら、中国に関するレポートを発信する、日本では中国問題の第一人者ともいえるエキスパートです。


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2015年7月17日金曜日

新国立、計画見直しへ 民主政権下密室での“スルー”が高コストに ―【私の論評】「公共工事=悪」の単純な思考では、ままならない新国立競技場問題(゚д゚)!



 新国立競技場の建設費用が2520億円に膨らんでいることが話題になっている。

 建設案が浮上した発端は、2011年2月、超党派による19年ラグビーW杯の際、新国立競技場を8万人収容に改築するという議員連盟の決議だ。11年4月に石原慎太郎氏が東京都知事に再選され、20年東京五輪への再立候補を表明すると、新国立の建設案が具体化した。

 時の民主党政権はこの動きを後押しした。文部科学省は新国立競技場建て替えの調査費を予算要求し、12年度予算に盛り込んだ。12年3月、文科省の天下り団体の日本スポーツ振興センター(JSC)で、森喜朗氏(自民)、鈴木寛氏(民主)、遠藤利明氏(自民)らの国会議員、石原都知事、建築家の安藤忠雄氏らをメンバーとし、元文科事務次官の佐藤禎一氏を委員長とする有識者会議を慌ただしくスタートさせた。

 これには、文科省も奥村展三文科副大臣を出席させるなど、相当な力を入れていた。その会議と並行して、12年7月にコンペ実施、11月にデザイン決定となっている。

 この間の文科大臣は、予算要求が中川正春氏、予算化は平野博文氏、デザイン採用は田中真紀子氏といずれも民主党政権下だ。特にデザイン採用では、予算が1300億円となっていたが、競技場の屋根の特殊なキールアーチ構造がコスト高になるという点について、専門的な知見のある人は皆無だったのが痛かった。しかも、民主党政権下での有識者会議は非公開になっており、この密室作業によって、外部からの専門的な指摘もなく、大きな判断ミスを犯してしまった。
 要するに、民主党政権下の初期段階で、コスト計算の専門家がいなかったこと、情報公開をせずに密室で決定したことが致命的なミスだ。その時点で都市計画や五輪招致立候補ファイルなどは既に決定済みであった。当時のスケジュールでは、デザイン決定後に、基本設計・実施設計で約2年、実施設計と同時に解体工事、その後、建設工事で3年半。19年ラグビーW杯にはギリギリというタイトなスケジュールだった。

 その後、政権交代があり、安倍晋三政権では、民主党時代に決まったデザインで五輪招致を行った。それと同時並行していた基本設計で、コスト問題がようやく発覚したのだろう。13年9月、20年の東京五輪が正式決定した後、コスト増の問題が表面化した。

 それからのゴタゴタはご存じのとおりだ。今の段階でのデザインの大幅な変更などは、もともとタイトなスケジュールなので、物理的にも厳しい。プロジェクト・マネジメントの観点からも、事故のリスクを考慮する必要がある。

 政府はここにきて、建設計画を見直す方向で調整していると報じられたが、膨らんだ費用は文科省の予算の枠内で対応するしかない。といってもキールアーチの基本構造がコスト高になるという話では、すべての建設費高騰を説明できない。これから、地道にコストアップ要因を取り除く作業が必要だ。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】「公共工事=悪」の単純な思考では、ままならない新国立競技場問題(゚д゚)!

最初この新国立の経費がかかりすぎというニュースを聴いたときには、ほとんどの人が絶対反対という立場だったので、なぜかと思いました。

確かに、高い建築費というのは問題ですが、マスコミから一般人まで多くの人が大反対していて、何やら嫌な感じがしました。なぜかというと、やはりまだまだ「公共工事=悪」というイメージが多くの人に根付いていることが懸念されたからです。

確かに過去のバブル期などの公共工事は、「箱モノ行政」などとも言われ、必要性のないような建物などがどんどん建てられていったというのも事実です。しかし、確かに箱モノ行政は良くないことですが、だからといって、「公共工事=悪」という考えは全くの間違いです。

世の中には、不思議な人たちが大勢いて、国という単位では、お金は「天下の周りもの」であるということを理解せず、国においても公共工事などでお金を使えば、一般家庭と同じように、お金が消えてなくなると信じている人が多いようです。

しかし、国単位ではそのようなことはありません。特に景気の悪い時、ましてやデフレのときなどは、国が公共工事をすることにより、国にお金の流れが生まれ、雇用が生まれ、大勢の人がそれで潤い、経済活動が活発になります。

そうして、経済活動が活発になると、経済が成長して、お金が循環して、税金という形で、政府にまたお金が戻ってきます。過去の中国などは、国内のインフラ投資をして、あれだけの成長をしてきました。

実際、道路や、港湾、建物、電気、上下水道などのインフラがあまり整備されていないときに、これらを実行すると、従来は住むことができなかったところまで住めるようになったり、物流が活発になったりして、経済が発展します。ただし、インフラ整備だけやっていても、いずれは限界が来て、今日の中国のようになってしまいます。

中国の典型的な箱モノ行政によって各地に林立する鬼城と呼ばれる無人の高層住宅
しかし、公共工事は不況のときには、それを克服するためにカンフル剤として用いられ、数々の成功事例があることも事実です。

そうして、「インフラ投資=公共工事=悪」この考えが、いかに過去の日本の多大な悪影響を及ぼしてきたか、枚挙に暇がありません。デフレだというのに、過去の政府は緊縮財政をして、日銀は金融引き締めをひたすら続けるという愚行を繰り返し、過去20年にわたり日本はデフレから脱却することなく、とんでも無い状況に陥ってしまいました。

昨年は、8%増税を実施して、せっかく金融緩和によって、経済が浮揚しつつある日本の経済に甚大な悪影響をもたらしてしまいました。

この傾向は、政権交代前の自民党の頃からそうだったのですが、民主党が政権与党となった、政権交代のときの選挙では、民主党は「コンクリートから人」へというキャッチフレーズをぶち上げ、緊縮財政を宣言し、ただでさえ疲弊している土木・建築業界に追い打ちをかけました。

そのためもあってか、バブル期までは星の数ほどあったこの業界は、半分ほどにまで数が減ってしまいました。だから、今の日本では、公共工事を増やすとすぐに景気が回復するという状況ではなくなってしまいしまた。公共工事を多く実施しようにも、請け負う会社が半減したので、できない状況、すなわち、今の日本には公共工事の供給制約があってできない状況になっているのです。


上の高橋洋一氏の記事には、この公共工事の供給制約があるという状況そのものが、新国立競技場の建築費の高騰の原因の一つにもなっていることは掲載されていませんでした。しかし、私はこの供給制約が高騰の一つの原因にもなっていることは間違いないと思います。無論、それがどの程度であるかまでは、専門家ではないのでわかりませんが、間違いないと思います。

新国立競技場のデザインが決定された当時からみると、円安傾向ですから、輸入建築資材は当然のことながら値上がりしたでしょうし、供給制約により人件費も当時からみれば当然跳ね上がっていることでしょうし、これに、上記で高橋洋一氏が主張しているように、「民主政権下密室での“スルー”」が、さらに高コストに拍車をかけとんでもない高騰につながっているのだと思います。



それにしても、民主党は「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げつつ、実際政権与党のときには、緊縮財政を続け、金融緩和のための舵とりをすることもなく、その一方で、新国立競技場のデザインでは「民主政権下密室での“スルー”」で後に禍根を残すなどとんでもないことをしたと思います。

新国立競技場の建築をめぐっては、上記のような複雑な事情がからんでいます。家庭の主婦感覚で、ただ単純に変更することが正しいと考えるのは間違いだと思います。

この問題の解決には、積極財政推進の側面からのアプローチ、公共工事の供給制約の観点からのアプローチという二方向から検討は欠かせません。

公共工事を単純に悪とみなすとか、デフレのときに金融緩和をすると、ハイパーインフレになるとか、経済成長の前に財政均衡を果たすために増税すべきとか、そういう考えしか浮かばない単純な思考では、この問題は解決できません。

上で述べたことを総合的に勘案して、実際にどうするのか、安倍政権の冷静な判断に期待したいです。とはいいながら、時間も限られていることですから、解決方法には限りがあると思います。しかし、持てる時間の中で次世代の日本を予感させる素晴らしいものになるものにしていただきたいものです。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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