2020年9月16日水曜日

中国の海洋進出を容易にするタイ運河建設計画―【私の論評】運河ができれば、地政学的な状況が変わりタイは中国によって苦しめられることになる(゚д゚)!

中国の海洋進出を容易にするタイ運河建設計画

岡崎研究所


 中国はインドとの対立やアフリカ、中東、地中海などに対する戦略的野心を抱えながらインド洋への進出を強めている。その際の最大の弱みはマラッカ海峡である。海峡は中国の海上貿易の生命線であり、中国海軍の東南アジアそしてさらに西への進出の通路であるが、「マラッカのジレンマ」という言葉がある通り、中国としては、一つの狭い難所への依存を減らすことが重要である。こうした文脈において、一帯一路の野心的なプロジェクトとして出ているのが、マレー半島で最も狭いタイ南部のクラ地峡に運河を建設し、中国からインド洋への第二の海路を開く計画である。この運河ができれば、インド洋、アフリカ、中東などねへの中国の軍事的進出を容易にし、中国にとって戦略的に重要な資産になる。

 タイではアンダマン海とシャム湾を結ぶ運河の計画は昔からしばしば議論されており、1677年に初めて運河建設が言及されて以降、1793年にはラーマ1世の弟が一時アンダマン海側のタイの防衛強化の観点から計画し、1882年にはスエズ運河の建設者レセップスが地域を訪問している。1973年には米国、フランス、日本、タイの4か国が合同で平和的核爆発を用いた運河建設を提案したが実現しなかった。

 最近のタイ国内の動きを見ると、タイの政治指導者の間で運河計画への支持が広まっているようである。プラユット首相は、建設の是非は次期政権にゆだねると述べていたが、国家安全保障会議などに内々に事業可能性に関する調査を指示したと報じられている。政治的関心の有無にかかわらず実際に建設計画を推し進めてきたのは「タイ運河協会」で、協会は主に退役軍人を中心に組織され、南部の住民に対して啓発活動をするとともに、政府にロビー活動をしているとのことである。

 タイで運河計画が現実味を帯びてきたのは、マラッカ海峡が扱える船舶量が限界に近づきつつあるからである。それに、タイ運河ができれば、航行距離が1000キロ以上短くなり、航行運賃がそれだけ安くなる。これはマラッカ海峡に頼らざるを得ない日本などにとっても朗報である。タイとしては、運河が建設されれば、通行料が入るほかに経済的効果が期待できると考えている。具体的には運河の両端に工業団地や物流の拠点を建設する計画がある。タイ経済の新しい起爆剤にしようとの思惑があるようである。

 中国にとっては航路が短くなる経済上のメリットの他に、上述の通り、戦略上のメリットが大きい。タイ運河が完成すれば、中国海軍がインド洋、アフリカ、中東などへ進出しやすくなり、インドとの対決で有利になると同時に、中国の軍事的存在感を高めることになる。

 タイが中国によるタイ運河建設に前向きなのは建設費を負担してもらえることが期待できるからである。運河の建設費は一応300億ドル前後と見積もられているようであるが、実際はもっとかかるだろう。それを中国が出してくれればタイは財政的に大いに助かる。しかし、中国が建設費を負担すれば、当然のことながら中国のタイに対する発言権は強まる。最近、タイの中国傾斜は高まっている。やはり、中国のすぐ近くに位置するタイとしては、中国傾斜はやむを得ない面があるのだろう。

 タイの運河が建設され、中国のインド洋などへの進出が強まってもインドはアンダマン・ニコバル諸島の基地を強化することで対抗できるのではないかとの指摘もある。しかし、運河が完成すれば、中国の「真珠の首飾り」によるインド包囲網は強化されるわけであり、中国によるタイ運河の建設はインドにとって戦略的に受け身に立たされるのは間違いない。

【私の論評】運河ができれば、地政学的な状況が変わりタイは中国によって苦しめられることになる(゚д゚)!

マラッカ海峡は、昔からグローバルな通商の重要な回廊でした。イタリアの冒険家マルコ・ポーロは、1292年に中国(元朝)から海路帰郷するときここを通りました。1400年代には、中国(明朝)の武将・鄭和がここを通って南海遠征を進めました。


現在の中国にとっての海上交通路とチョークポイントに関係してくる問題を考えると、彼らにとっての最大の懸念として挙げられるのは「マラッカ・ジレンマ」です。

このジレンマとは、中国が経済的に発展して国力が高まると、米国(とシンガポール)に対する脆弱性が高まってしまうというものです。経済発展するとエネルギーの需要が高まり、中東からの石油の輸入に頼らざるを得なくなります。

その際の海上交通路のチョークポイントは、マラッカ海峡(中国が輸入する原油の80%がここを通過)です。したがって同海峡を管理する米国(とシンガポール)との関係が重要になります。

当然ながら中国には、このジレンマを解消しようという動機が働きます。その解決策として北京は現在、3つの計画を進めていると言われています。

第1がパキスタンのグワダル港と新疆ウイグル自治区のウルムチまで、パイプラインを結ぶ計画です。グワダル港はイランとの国境のすぐ東にある。インド洋に向かって開けている砂漠の南端にある良港です。


最近の「一帯一路」につながる「中パ経済回廊」というスローガンの下で、中国政府がすでに大規模な投資を行っています。今後さらに深海港化――大型の船を着岸できるようにするため浚渫(しゅんせつ)工事を行ったり港湾施設の拡充を行う方針をパキスタン政府と決定しています。

ただし、プロジェクト全体の実現性が疑問視されている面もあります。グワダル港周辺に住む民族(バルチ人)は、パキスタンの首都イスラマバード周辺に住む民族(パンジャブ人)と対立関係にあって、分離独立の機運もあります。

もし中国のパイプラインがグワダルまで延長されれば、イスラマバードに対抗するために「パイプラインを破壊し、中国人労働者を殺害する」と明言する独立運動側のリーダーもいます。また、北から吹く風が砂漠から運んでくる大量の砂によって港が埋まってしまう問題も抱えています。

第2がミャンマーへのパイプラインです。これは中国南部の昆明からチャウッピュー港まですでに伸びていて、2018の2月の時点で完成したと言われています。

これはまさに戦前の「援蒋ルート」の再現です。連合軍側が戦時中に、中国内の日本軍に対抗すべく整えた物資補給路が、現代において、マラッカ海峡をバイパスするための中国自身のための原油ルートとして復活したことになります。ところが、北京政府が同時に敷設する予定だった鉄道のほうは、地元住民の反対などもあって中止している模様です。

第3が冒頭の記事にもある「クラ運河」です。マラッカ海峡をバイパスする形で、マレー半島を横断して太平洋 (タイ湾)とインド洋(アンダマン海)の間の44キロを結ぶ運河の建設です。2018年、中国とタイの企業が計画を発表したのですが、こちらも、その実現性に疑問符がついています。報道が錯綜しており、タイ政府側はこの計画の存在自体を否定したという情報もあります。

いずれにせよ、中国側はマラッカ海峡という自らが権限をもたないチョークポイントを回避するため、新たな陸上ルートを開発する計画を次々に打ち出そうとしています。

マハンの頃から、まるで「太平洋を握るものは世界を制する」とでも言うべき現象が国際政治の場に現れています。第二次世界大戦では、この海域の覇権を巡って日米が激突しました。日本の敗戦後は、米国がここの覇権を握った状態が続いています。言い換えれば、1945年以降、米国は太平洋を「内海化」しているのです。

ところが2000年代に入ってから、中国がこの覇権に異を唱え始めました。2006年にキーティング米太平洋艦隊司令官(当時)に対して中国海軍の司令官が「太平洋を2分割しよう」と提案したという逸話があります。

習近平国家主席が2013年夏の米中首脳会談以来、「新型の大国関係」を唱え始めました。「G2論」の派生版です。この頃から「広い太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」というフレーズを使い始めました。2018年にも北京で米国の当時のケリー国務長官に対して同様の言葉を発しています。

つまり中国は、太平洋において米国が覇権を握っている状態をよしとしていないのです。そこに国力に見合った自分たちの影響圏を確保し、覇権とは言わないまでも、米国と太平洋を分割し、できれば共存したいという意図を持っていると解釈できます。

かつては、「米中は太平洋において共存できる」という楽観論も持ち上がりました。米ボストン・カレッジ大学のロバート・ロス教授は、1999年に書いた論文の中で、このように主張しました(ロス教授は後に考えを修正)。

しかし、南シナ海の状況と現在の米中冷戦が激化するにおよんで、米中が共存関係に向かっていると楽観的に判断する人々はすっかり姿を消しました。現状変更を積極的に進めようという中国の意図があまりにも明々白々だからです。

米国は本気で中国が体制を変えるか、中国共産党が崩壊するまで制裁を強化します。米国は、基軸通貨ドルを背景に、世界中のドルの取引を把握しています。この情報に加え、世界金融市場を支配しています。強大な軍事力の他にこのような強力なパワーを持っているわけですから、中国には全く勝ち目はありません。

このような中で、日本が考えるべきは、米国の同盟国として、中国への冷戦に参戦し、いかに相対的に存在感を向上させるかです。選択の余地はないでしょう。もし、そうしなければ、日本も中国と同じように制裁の対象となり、とんでもないことになります。

中国共産党はいずれ崩壊するか、崩壊しなければ、中国経済は確実に崩壊し、日本は第二の経済大国に返り咲くことになります。香港で一国二制度が消え、ロンドンはブレグジットで金融都市としての地位を低下させています。シンガポールも世界的な貿易摩擦の打撃を受けて地位を低下させています。昨年の第2・四半期の成長率は、前年同期比わずかプラス0.5%だった香港をも下回りました。

日本はコロナ禍もうまくかわし、1億人以上の人口を抱える国の中では、一番感染の蔓延を封じ込めることに成功しています。

日本が米国の同盟国として、中国との対峙を強化すれば、いずれ日本は世界で第二パワーとして、存在感を増します。そうして、中国共産党が崩壊もしくは、中国が経済的に意味を持たない国になった後には、大東亜戦争後の敗戦国の地位から開放され、名実ともに完璧な独立国になる機会が訪れます。

金融でも経済でも、過去のようにこれから政策を間違えさえしなければ、過去数十年も間違い続けてきただけに、どの国よりもこれから伸びる伸びしろが大きいです。今世界の中で、コロナ後に伸びる伸びしろの大きい国は日本をおいて他にありません。

それをものにするか否かは、無論多くの日本国民の考え一つです。いつまでも、まともな財政政策、金融政策ができない状況を継続するのか、それとも第二次補正予算のときのように、政府と日銀の連合軍で、財務省の圧力をはねかえすのか?

いつまでも、米国などに依存して生き続けるのか、米国等との同盟関係を続けながらも、少なくとも自国の防衛は自国で行うようにして、真の独立国の地位を勝ち得るか、まさに日本の分水嶺が訪れることになります。

マラッカ海峡 狭いところは海峡というより巨大な川のよう

現在のマラッカ海峡は、中東の石油を東アジアにもたらし、アジアの工業製品をヨーロッパや中東にもたらす船が年間8万隻以上通過します。現在のシンガポールの繁栄は、この海峡の南端に位置することによって得られたものです。

タイ運河があれば、タイもその繁栄の一部にあずかることができます。タイ運河協会はそう主張しています。運河の東西の玄関には工業団地やロジスティクスのハブを建設して、アジア最大の海運の大動脈をつくるのです。

その主張には一定の合理性があります。現在の海運業界の運賃や燃費を考えると、タイ運河の建設は経済的に割に合わないと指摘する声もありますが、安全面から考えて、マラッカ海峡の通航量が限界に達しつつあるのは事実です。

タイ運河の位置については複数の候補があります。現在有力なのは9Aルートと呼ばれ、東はタイ南部ソンクラー県から、西はアンダマン海のクラビまで約120キロにわたり、深さ30メートル、幅180メートルの水路を掘るというものです。

ところが、タイにとってこのルートは、自国を二分する危険があります。9Aルートはタイ最南部の3つの県を、北側の「本土」と切り離すことになります。それはマレー系イスラム教徒が住民の大多数を占めるこの地域の住民がまさに望んできたことです。

近年、この地域では分離独立を求める反体制運動が活発化しており、しばしば国軍(タイ政治で極めて大きな力を持つ)と激しい衝突が起きています。そこに運河が建設されれば、二度と埋めることのできない溝となり、タイは今後何世紀にもわたり分断されることになるでしょう。

パナマ運河が良い例です。かつてコロンビア領だったパナマ地峡では、1903年に分離独立を求める運動が起こり、運河建設を望んだ米国の介入を招きました。結果的にパナマは独立を果たし、1914年にはパナマ運河が開通したのですが、以来パナマは事実上アメリカの保護領となっています。

1869年に開通したスエズ運河も、1956年にエジプトが国有化を断行するまで、イギリスとフランスの利権をめぐる軍事介入が絶えませんでした。そうしてエジプト政府は今、運河の向こう側に広がるシナイ半島で、イスラム反体制派の活動に苦慮しています。

今のところ、タイの領土的一体性は保たれています。ところが、タイ運河が実現すれば、東南アジアの地政学は大きく変わるでしょう。必然的にこの地域の安全保障パートナーとして、中国の介入を招くことになります。一度そうなれば、容易に追い出すことはできなくなります。パナマの事例からもこれは明らかです。

中国は、カンボジア南西部のシアヌークビルと、ミャンマーのチャウピューの港湾整備計画と合わせて、タイ運河を「真珠の首飾り」の一部をなす戦略的水路と見なすでしょう。もしタイに反中政権が誕生して、首飾りを壊すようなことがあれば、中国が最南部の分離独立運動を支援して、軍事介入に踏み切り、運河の支配権を握る可能性も排除できないです。ここでもパナマが参考になります。

こうしたリスクに気付いたのか、タイのサクサヤム・チドチョブ運輸相は最近、運河ではなく鉄道や高速道路を建設するほうが望ましいと語りました、地峡の両端に港を建設する計画と、陸橋を建設する計画の調査予算を確保したことも明らかにしました。

タイ運河はアメリカとその同盟国、あるいは戦略的要衝を軍備増強して中国の拡張主義に対抗し得るインドには大きな脅威にはならないかもしれないです。しかし一方で、ミャンマーやカンボジアなど、近隣の貧困国の独立を一段と脅かす恐れがあります。これらの国は市民社会が比較的弱く、中国に介入されやすいからです。それこそがタイにとっての絶対的な危険です。

マラッカ海峡がシンガポールを豊かにしたのは、シンガポールが外国の影響を比較的受けないオープンな経済を持っているからです。タイは、中国に危険な賭けを始める前に、その教訓を慎重に検討する必要があります。

マラッカ海峡は、日本にとっても重要な拠点です。ここの平和が脅かされれば、日本も直接悪影響を受けます。この地域の安全保障について、日本も真剣に考えるべき時がきたようです。

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2020年9月15日火曜日

菅政権の政策シナリオを完全予想!改革を実現するために最も必要なこととは?―【私の論評】菅総理の政策は、継続と改革!半端な政治家・官僚・マスコミには理解できない(゚д゚)!

 菅政権の政策シナリオを完全予想!改革を実現するために最も必要なこととは?

安倍政権のレガシーを活かせるか

菅総理

9月8日に自民党の総裁選が告示されました。主要派閥から幅広く推薦人を集め、更に世論調査でも高い支持を示している菅官房長官が総裁選で勝利し、9月16日には菅政権が誕生する見込みです。

安倍政権の継続を強く打ち出しているため、菅政権は経済政策の多くの部分を継承するでしょう。メディアのインタビュー記事において、菅氏は、日本銀行の黒田総裁について「手腕を大変評価している」と述べました。当面、黒田総裁に金融政策を任せるとともに、金融緩和の徹底が次期政権でも重視されるでしょう。

安倍政権で日本経済が回復した理由

2013年から、安倍首相によって任命された黒田総裁らが率いる日本銀行が、米連邦準備理事会(FRB)など海外中銀と同様に、明確な2%インフレ目標にコミットして緩和強化を徹底しました。これが2013年以降の日本経済の復調や失業率の低下などの、経済正常化の最大の原動力になりました。

そして経済改善が実現したからこそ、安倍政権は6度の国政選挙で勝利し憲政史上最長となる政権運営が可能になりました。金融政策の転換によって大きな政治的資源を安倍政権が得たわけですが、官房長官として安倍首相を支えてきた菅氏は、他の政治家などよりもこの経緯を深く理解していると見られます。

なぜ安倍政権において、日本銀行の金融緩和強化が実現したのか。安倍政権以前の日本銀行の金融政策運営においては、偏った経済思想にとらわれた官僚の理屈が重視されていたと筆者は考えています。これが長年問題とされていたデフレと経済の停滞を招いたと、首相官邸がはっきり理解したことが安倍政権において政策転換が実現した大きな理由だったでしょう。

菅政権でも金融政策への同じスタンスが引き継がれるとすれば、コロナ後の日本経済は正常化に向かう可能性が高まるでしょう。このため、日本の株式市場も、米国とそん色ない程度には期待できる投資先になりうると筆者は予想しています。ただ、このシナリオが実現するためにも、安倍政権が残した遺産(レガシー)を活かしながら、菅政権が長期政権となるかどうかが重要になります。

財政政策を拡張に転換するのはいつか

一方、マクロ安定化政策のもう一つのツールであり、金融政策をサポートする財政政策を菅政権はどう運営するのでしょうか。菅氏は、9月3日の記者会見で、消費減税に関して「消費税は社会保障のために必要なものだ」と言及、メディアでは「消費減税に否定的な見解」と伝えました。

実際には、この菅氏の発言は、高校無償化などの社会保障充実と同時に、消費税を引き上げた安倍政権の政策を、正当化する意味合いが大きいと考えられます。2014年に消費税を引き上げてから2019年までの約5年にわたり、安倍政権は緊縮的な財政政策をほぼ一貫して続けてきました。そして、コロナへの対応で大規模な所得補償などで2020年には財政政策は拡張財政政策に転じました。

当面は、コロナ感染状況、経済動向、そして総選挙を控えた政治情勢、などを勘案して柔軟に財政政策が運営されると筆者は予想しています。コロナの感染抑制が必要な現在の状況では、これまでのような所得補償政策による財政政策発動が主たる対応になるでしょう。

そして、コロナ感染リスクが和らぐと期待される2021年以降は、再度のデフレ脱却を確かにするため、財政政策の役割が総需要を刺激するツールに代わる局面にシフトするでしょう。そうした局面になれば、菅政権は、減税などの財政政策を総需要を高める手段として使うかどうかの判断を下すと筆者は予想します。

2%インフレと経済安定を実現する最大のツールは金融政策ですが、2016年以降は、政府が決める国債発行残高で、日本銀行による資産買い入れ金額が事実上規定された状態にあります。2020年になってから、政府の国債発行によって日銀による国債購入金額が増加に転じましたが、コロナ対応の非常時の後も、拡張的な財政政策を継続すれば金融財政政策が一体となり、2%インフレを目指す政策枠組みがより強固になります。そうなれば、安倍政権が完全には実現できなかった、脱デフレと経済正常化が達成される可能性が格段に高まると筆者は考えます。

安倍政権下で総じて緊縮的だった財政政策が拡張方向に転じるかタイミングは、コロナ後の財政政策スタンスが決まる2021年でしょう。そしてこれが実現するか否かは、来週明らかになる財務大臣などの主要な経済閣僚人事によって、ある程度判明すると筆者は注目しています。
菅政権が抱えるリスクとは

マクロ安定化政策を十分行使して経済の安定成長をもたらすことは、日本の政治基盤を強める最低条件と言えます。安倍政権同様に政治基盤が強まれば、菅氏が意気込みを見せる、規制改革そしてデジタル庁創設を含めた公的部門の組織改革の実現可能性は高まるでしょう。

例えば、総じて高い支持率を保った安倍政権において、加計学園問題が大きな政治問題になりました。岩盤規制を崩す一貫として行われた獣医学部新設に絡んで既得権益者が政争に関わり、そして安倍政権に批判的なメディアを巻き込んだことが加計学園問題の本質だったと筆者は理解しています。権益の政治的な抵抗の強さを示す一端でしょうが、菅氏が言及する規制緩和等を実現するには、大きな政治資源が必要でしょう。

また、菅氏が言及している携帯電話の通信料金引き下げについては、料金が通信会社の寡占によって高止まっているとすれば、これを是正して一律の通信料金低下が起きれば、家計全体にとって減税と同じ効果が及びます。また、軽減税率を適用されている大手新聞などを含めた既存メディア等への競争促進なども、大多数の国民に恩恵が及ぶでしょう。

ただ、これらの規制見直しを実現するには、経済全体の安定成長そして雇用の機会を増やして世論の支持を得なければ、大きな抵抗に直面して実現が難しくなります。菅政権が、規制緩和をスムーズに実現するために、当面は、コロナ禍の後の経済状況をしっかり立て直して、2%インフレを実現させて経済活動正常化を最優先にすることが必要と筆者は考えます。

このため、菅政権が長期政権になるかどうかは、今後繰り出す政策の優先順位、そして繰り出すタイミングや順番が重要でしょう。仮に経済安定化政策が不十分にしか行われず失業率が高止まる経済状況が長期化すれば、世論の支持を失い政権基盤が弱まるので、政治的な抵抗によって目指す改革の実現が困難になります。

筆者は、菅政権に対しては安倍政権以上に期待している部分があります。ただ、優先する政策の順番を間違えたり、財政政策を柔軟に行使せず経済安定化政策が不十分に留まれば、大手メディアや多くの政治家の背後にいる権益者の抵抗がより強まり、そうした中で改革を断行すると政権基盤が大きく揺らぐでしょう。これが、改革を志す菅政権が抱えるリスクシナリオだと筆者は考えています。

<文:シニアエコノミスト 村上尚己>

【私の論評】菅総理の政策は、継続と改革!半端な政治家・官僚・マスコミには理解できない(゚д゚)!

13日FNNで放送した「日曜報道THE PRIME」の中で菅氏は、「官僚の忖度を生む要因」と指摘されている内閣人事局について聞かれると、「見直すべき点は無い」と言い切りました。

また、政権の決めた政策の方向性に反対する官僚幹部は、「異動してもらう」と明言しました。

7年半にわたって菅氏は霞が関の官僚を震え上がらせてきました。ただし、これは正しいことであって、先日も述べたとおり民間企業では、本部執行部が各部署の幹部の人事を決定し、取締役会がそれを承認します。官僚の人事だけが、時代遅れの異常な状態だったのです。

菅氏の「官僚操作術」とは何か?その答えは菅氏が2012年に出版した著書『政治家の覚悟―官僚を動かせ』にあります。



この本が出版された2012年3月、民主党政権は2年が経過し、自民党は野党でした。

本の「はじめに」にはこう書かれてあります。

「真の政治主導とは、官僚を使いこなしながら、国民の声を国会に反映させつつ、国益を最大限、増大させることです」

続けて菅氏は、民主党政権を「官僚との距離を完全に見誤りました」と批判し、「政治家は、官僚のやる気を引き出し、潜在能力を発揮させなくてはならない」と記しました。

また官僚について菅氏は、「前例や局益や省益に縛られる習性をただし、克服させていくのは当然のこと」だと強調しています。

この本は4章からなっていますが、第1章の「大臣の絶大なる権限と政治主導」が7割を占めています。章の冒頭にあるのは、そのものずばり「官僚組織を動かすために」です。

まず菅氏は、政治家と官僚の関係は「政治家が政策の方向性を示し、官僚はそれに基づいて情報や具体的な処理案を提供」であるべきだとしています。

また官僚の習性を、前例主義で変革を嫌う、所属する組織体制への忠誠心が強い、法を盾に行動し、恐ろしく保守的で融通のきかない、などと列挙しています。

こうした官僚と対峙する時、政治家に求められる能力は何でしょうか。菅氏は師と仰いだ故・梶山静六氏の言葉を引用しています。

「官僚は説明の天才であるから、政治家はすぐに丸め込まれる。お前には、おれが学者、経済人、マスコミを紹介してやる。その人たちの意見を聞いた上で、官僚の説明を聞き、自分で判断できるようにしろ」

菅氏はこの言葉を胸に、判断力を身につけるよう心掛けてきたと語っています。

さらに菅氏は、官僚が本能的に政治家を観察し、信頼できるかどうか観ているので、責任は政治家がすべて負うという姿勢を強く示すことが重要だと語っています。

こうした官僚とのやり取りについて、菅氏は選挙戦で自らの実績としてアピールした「ふるさと納税」導入についてこんなエピソードを語っています。


「官僚にこの構想をもちかけたところ、こぞって大反対でした。検討の余地すらなし、という態度でした。官僚は『できない』理由ばかりを並べます」

そして菅氏はこう続けます。

「私は『ぜったいにやるぞ』と決意を示し、協力を求めました。官僚というのは前例のない事柄を、初めは何とかして思い留まらせようとしますが、面白いもので、それでもやらざるを得ないとなると、今度は一転して推進のための強力な味方になります。そこまでが勝負でした」

ここで菅氏は、政策に反対する官僚を味方につけるタイミングを披露しています。

菅氏は13日、政権の決めた政策に反対する官僚幹部は「異動してもらう」と明言しました。一部メディアではこの発言が大きく取り上げられています、これは菅氏のかねてからの持論であることが本を読めば明らかです。

「『伝家の宝刀』人事権」と題された1節には、「人事権は大臣に与えられた大きな権限です」として、総務相時代に自身の政策に異を唱えた官僚を更迭した理由をこう述べています。

「人事によって、大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わります。効果的に使えば、組織を引き締めて一体感を高めることができます。とりわけ官僚は『人事』に敏感で、そこから大臣の意思を強く察知します」

この中の「大臣」を「政府」に置き換えると、菅氏がいま官邸から霞が関をコントロールしている姿と重なります。

人事には鞭もあれば飴もあります。菅氏は人事についてノンキャリアを抜擢したケースを挙げて、こうも語っています。

「私は人事を重視する官僚の習性に着目し、慣例をあえて破り、周囲から認められる人物を抜擢しました。人事は、官僚のやる気を引き出すための効果的なメッセージを、省内に発する重要な手段となるのです」

菅総理の語っていたことは、正しいです。経営学の大家ドラッカー氏も、人事こそ他のコントロール手段と比較して、組織において最も効果のある真のコントロール手段であるとしています。
貢献させたいのならば、貢献する人たちに報いなければならない。つまるところ、企業の精神は、どのような人たちを昇進させるかによって決まる。(『創造する経営者』)
ドラッカーは、組織において真に力のあるコントロール手段は、人事の意思決定、特に昇進の決定だといいます。それは当然です。いかに数値などによる精緻なコントロールシステムを構築したとしても、人事によるコントロールにまさるものはありません。

それは組織が信じているもの、望んでいるもの、大事にしているものを明らかにします。

人事は、いかなる言葉よりも雄弁に語り、いかなる数字よりも明確に真意を明らかにします。

組織内の全員が、息を潜めて人事を見ています。小さな人事の意味まで理解しています。意味のないものにまで意味を付けます。この組織では、上司に気に入られることが大事なのか、それとも真に組織に貢献することを求められているのか。

“業績への貢献”を企業の精神とするためには、誤ると致命的になりかねない“重要な昇進”(平たくいえば各部の昇進)の決定において、真摯さとともに、経済的な業績(民間企業の場合)、を上げる能力を重視しなければならないのです。

一方ドラッカー氏は、政府の役割について、以下のように語っています。
政府の役割は、社会のために意味ある決定と方向付けを行うことである。社会のエネルギーを結集することである。問題を浮かびあがらせることである。選択を提示することである。(ドラッカー名著集(7)『断絶の時代』)
この政府の役割をドラッカーは統治と名づけ、実行とは両立しないと喝破しました。「統治と実行を両立させようとすれば、統治の能力が麻痺する。しかも、決定のための機関に実行させても、貧弱な実行しかできない。それらの機関は、実行に焦点を合わせていない。体制がそうなっていない。そもそも関心が薄い」というのです。

しかし、ここで企業の経験が役に立ちます。企業は、これまでほぼ半世紀にわたって、統治と実行の両立に取り組んできました。その結果、両者は分離しなければならないということを知りました。現在の上場企業等は、両者が分離されているのが普通です。たとえば、財務部と経理部は分離されているのが普通です。

企業において、統治と実行の分離は、トップマネジメントの弱体化を意味するものではありませんでした。その意図は、トップマネジメントを強化することにありました。

実行は現場ごとの目的の下にそれぞれの現場に任せ、トップが決定と方向付けに専念できるようにします。この企業で得られた原則を国に適用するなら、実行の任に当たる者は、政府以外の組織でなければならないことになります。

政府の仕事について、これほど簡単な原則はありません。しかし、これは、これまでの政治理論の下に政府が行ってきた仕事とは大いに異なります。

これまでの理論では、政府は唯一無二の絶対の存在でした。しかも、社会の外の存在でした。ところが、この原則の下においては、政府は社会の中の存在とならなければならないのです。ただし、中心的な存在とならなければならないのです。

おまけに今日では、不得手な実行を政府に任せられるほどの財政的な余裕はありません。時間の余裕も人手の余裕もありません。それは、日本も同じことです。
この300年間、政治理論と社会理論は分離されてきた。しかしここで、この半世紀に組織について学んだことを、政府と社会に適用することになれば、この二つの理論が再び合体する。一方において、企業、大学、病院など非政府の組織が、成果を上げるための機関となる。他方において、政府が、社会の諸目的を決定するための機関となる。そして多様な組織の指揮者となる。(『断絶の時代』)

 政府の役割は、社会のために意味ある決定と方向付けを行うことなのですから、日本でいえば、最終的には各省庁の仕事は政府の外に置かなければならないのです。

ただし、このような改革はすぐにはできません。それにしても、日本の政治組織をドラッカー氏が主張する通りにするとすれば、まずは内閣は、統治の中心とならなけばならないです。それは内閣に所属する大臣などだけでは不可能ですから、やはり内閣府が補佐をするという形になるのは当然です。これを実現するためにも、各省庁の幹部の人事は内閣人事局において行い、閣議で承認を得るという形式になるのは当然のことです。

そうして、現状で、各省庁によって統治と実行が行われているのですが、統治に関わる事務等は内閣府に移すべきです。そうして、最終的な意思決定は閣議でするようにすべきです。無論官邸官僚が意思決定をすることがあってはならないです。意思決定するのは閣議です。

そうして、いずれ各省庁の統治を除いた部分は、民間企業や社会事業に委ねるというのが、ドラッカーの理想とするあるべき姿です。政府に属する諸官庁が、日本では統治と実行の両立をあいまいなまま実行しているという現状は、早急に改めなければなりません。

話を再度、組織の人事について戻します。致命的になりかねない“重要な昇進”とは、明日のトップマネジメントが選び出される母集団への昇進のことです。それは、組織のピラミッドが急激に狭くなる段階への昇進の決定です。

そこから先の人事は状況が決定していきます。しかし、そこへの人事は、もっぱら組織としての価値観に基づいて行なわれなければならないのです。
重要な地位を補充するにあたっては、目標と成果に対する貢献の実績、証明済みの能力、全体のために働く意欲を重視し、報いなければならない。(『創造する経営者』)
将来的に、政府の官庁のほとんどが、内閣府などを残して、ど外部に移管されたとしても、各組織の重要な人事(各組織のトップなどの幹部の人事)はやはり内閣府が実行し閣議で承認すべきでしょう。そうでないと、真のコントロールができないからです。ただし、各省庁が政府の直轄組織であれば不可能だった、どうしようもない組織は切り離して、他の組織に代替するということも容易にできます。

選挙戦で菅氏は、安倍政権の「継続」をアピールしてきました。

しかし菅氏支持を表明した小泉進次郎環境相は、菅氏のことをこう語りました。

「私が期待しているのは世の中でいわれている安定、継続というよりも、思い切った改革を断行していただく。そして菅官房長官は改革の人だと私は思っている」

果たして菅氏は、世間一般でいわれる「継続の人」なのでしょうか。それとも「改革の人」なのでしょうか。

本の中には、菅氏が朝鮮総連から地方公務員まで、聖域なくメスを入れてきたエピソードが紹介されています。また当時から菅氏が問題視しているのが大手携帯電話会社です。

菅氏は13日、持論である携帯電話料金の値下げについて、あらためて必要性を強調しましたが、実は本の中で菅氏は、総務副大臣の頃からICT産業に着目してきたと述べています。

「携帯電話などのICT分野において日本の技術は世界最高水準にあります。ところが、これを産業としてとらえた場合、国際競争力は極めて低いのです。国際競争で水をあけられた原因には、『ガラパゴス化』を生み出すほどの企業の国内市場偏重などが指摘されていました」

菅氏は総務相時代、携帯電話を含むICT産業の国際展開を政府として後押ししました。しかしいまだ寡占体質が変わらない携帯電話に、菅氏はいよいよ宣戦布告したといえます。

この本の「おわりに」には、菅氏が初当選の際、故・梶山静六氏から贈られた叱咤激励の言葉が記されています。

「お前は大変な時代に政治家になった。これからは人口が減少して、それだけでデフレになる。国民に負担を強いる政策が必要になってくる。国民からは政治に対する厳しい批判も出てくるだろう。だからといって問題解決を先送りしていたら、この国はつぶれてしまう。これからの政治家には覚悟が必要だ。頑張れ」

ここにある「政治家」を「総理」に置き換えると、いまあらためて梶山氏から菅氏に贈られる言葉になるのでしょう。

               梶山静六元官房長官(左)と菅義偉氏。菅氏は硬軟併せ持った
               梶山氏の政治手腕に強い影響を受けた =平成10年

ただ、梶山静六氏の言葉には大きな間違いがあります。それは、「これからは人口が減少して、それだけでデフレになる」という言葉です。人口減少とデフレは直接関係ないです。デフレやインフレは純粋に通貨量の問題です。それは、少し考えれば、わかります。

人口が減り、その他の条件が何も変わらず、産業活動が減ったならば、それに対応して日銀が適正な通貨量を精査して、通貨量減らすということをしなければ、デフレではなくインフレになります。そもそも、インフレ、デフレは、通貨量の問題であって、人口の多い、少ない、人口が増加する減少することとは全く関係ありません。梶山氏はこの点では、当時の日銀官僚にまるめこまれていたのでしょう。当時の日銀総裁はあの貧乏神の白川でした。

残念ながら、日本の政治家には、財政や金融、経済に対して疎い人が多いです。若手のたとえば小泉進次郎氏から、重鎮まで自民党の政治家のほとんどは、財政、金融政策に関して、かなり疎いです。野党も同じです。

安倍前総理や菅現総理、財務省を「狼少年」と揶揄した最近の麻生財務大臣など一部を除いては、自民党の政治家のほとんどが、そもそもマクロ経済音痴であり、その時々でどのような財政、金融政策をすべきかということに関して疎いです。野党も、多少の例外があるとしても、ほとんどがそうです。これは、本当に困ったことです。

梶山氏が語ったように「官僚は説明の天才であるから、政治家はすぐに丸め込まれる」のです。ただ、そのことを認識した菅総理は、第二次安倍内閣の官房長官として、梶山氏のような優秀な政治家でさえ、日銀官僚に丸め込まれていたことを理解したでしょうから、安倍前総理がいかに財務・日銀官僚と対峙してきたか、その意味合いはどういうものなのか、その内容を全部理解していると思います。

今後菅氏は、人事という強力な真のコントロール手段を用い、官僚たちに何が一番重要なことなのかを周知徹底し、報いるべき官僚には報い、排除すべき官僚は排除し、安倍前総理が志半ばでできなかった様々な改革に取り組んでいくことでしょう。これは、継続であると同時に、革新でもあります。このようなことは、半端な政治家・官僚・マスコミには理解できないでしょう。

そうして、現状では、これができるのは、菅総理以外にいません。菅総理が誕生して本当に良かったです。

そうして、安倍第二次政権を支えてきた菅総理なら、冒頭の村上氏が指摘しているように、政策の順番を間違えることはないでしょう。最初は経済を良くすることに専念するでしょう。それができないとすれば、何らかの原因があって、財務官僚などの反対勢力の力が強まったとみるべきでしょう。

それによって、多少順番が違っても、菅政権は、継続と改革を実行することでしょう。

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2020年9月14日月曜日

【独話回覧】外貨流出で追い込まれる中国・習政権 コロナ禍でも金融引き締めの“異常事態”に カネ刷らずに景気拡大できるか―【私の論評】中国経済はいずれ毛沢東時代に戻る!外国企業はすべからく、逃避せよ(゚д゚)!

 【独話回覧】外貨流出で追い込まれる中国・習政権 コロナ禍でも金融引き締めの“異常事態”に カネ刷らずに景気拡大できるか

トランプ米大統領(左)と対立する中国の習主席だが、金融面では苦しい立場か

 夕刊フジの別の拙コラム「『お金』は知っている」(10日発行)で、中国の習近平政権が党の機関メディアを使って、トランプ米政権に対して「米国債を売るぞ」という脅しをかけていることを明らかにしたが、実のところ、金融面で追い込まれているのは習政権のほうである。

 グラフは人民元発券銀行である中国人民銀行の人民元資金量の前年同期比増減率と、人民元発行高に対する外貨資産の比率の推移である。


 事実上の「ドル本位制」をとっている人民銀行は、外貨すなわち、国有商業銀行などからのドル買い上げを通じて人民元を発行する。

 人民元は一定比率以上のドルの裏付けがあるという建前にして通貨価値の信用を保つという中国ならではの通貨制度である。買い上げた外貨は外貨準備または人民銀行資産として計上される。

 党幹部を含め、中国の既得権者や富裕層に「愛国者」はおらず、ドル準備がなければ人民元は単なる紙切れとみなしてしまいかねない。人民銀行が人民元の対ドル相場を切り下げようとしたり、人民元安が進行しようものなら、人民元をドルに換えて国外に持ち出してしまう。それが「資本逃避」と呼ばれ、仮想通貨ビットコイン取引や香港経由の裏ルートが使われる。

 習政権は数年前にビットコインを全面禁止したが、香港ルートについては塞ぐことに失敗した揚げ句に香港に「香港国家安全維持法」を強制適用し、監視を強化した。それでも資本逃避は年間2000億ドル(約21兆円)ペースで続いている。

 外準の大幅な減少が続くと、外貨危機になりかねないので、対外債務を増やすことで急場をしのぐという綱渡りにより、3兆ドルの外準水準を死守しているのが現状だ。

 グラフが示すように、2010年当時、130%に達していた外貨資産比率は下がり続け、18年からは7割ラインを維持するのが精いっぱいである。外準が増えない中でこれ以上の外貨資産比率を下げないためには、分母である人民元発行量を抑え込むしかない。

 その結果、人民元発行高の前年比は18年にはマイナスとなった。中央銀行による資金追加発行はどの国でも、経済成長を支えるために欠かせないのだが、中国は金融の量的引き締めに転じた。

 そして、武漢市発で新型コロナウイルス・ショックが勃発した今年でも、景気てこ入れに必要な人民元資金発行を増やさず、逆に金融引き締め策をとる異常ぶりだ。外貨資産7割ラインの保持が最優先するのだ。

 習政権はそれだけ、外貨難に苦しんでいるわけで、冒頭に挙げた米国債売却は、自身のフトコロ具合から来るとみてよさそうだ。保有米国債は外準の運用手段であり、米国債売却は現金化のためなのだ。

 ところが、中国共産党機関英文ネット・メディア「グローバル・タイムズ」はそんな窮状をおくびにも出さず、7月30日付で、以下のように開き直った。

 「中国を含む世界の中央銀行は(コロナ恐慌を受けた)経済刺激のために米国がとっている攻撃的な金融政策には熱心ではない。中国人民銀行はドル資産の裏付けを必要とする金融の量的拡大を選ばない代わりに、中国は慎重かつ柔軟な金融政策を通じて国内市場の拡大を図る」と。

 へーえっ、カネを全く刷らずに国内景気を良くできるとは、新実験だ。

 もっとも、党による強権、全体主義体制という異形の市場経済システムならではの離れ業なのだろう。無理強いされるのは、日本などの外国企業で、いずれも利益を上げても本国送金を止められ、さらに追加投資を強要されるだろう。

 ■田村秀男(たむら・ひでお) 産経新聞社特別記者。1946年高知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後の70年日本経済新聞社入社。ワシントン特派員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級研究員、日経香港支局長などを経て2006年産経新聞社に移籍した。近著に『検証 米中貿易戦争』(ML新書)、『消費増税の黒いシナリオ デフレ脱却はなぜ挫折するのか』(幻冬舎ルネッサンス新書)など多数。

【私の論評】中国経済はいずれ毛沢東時代に戻る!外国企業はすべからく、逃避せよ(゚д゚)!

中国がなぜ金融緩和したくてもできなくなるのか、上の記事にはある程度説明されていますが、それは現状がどうなっいるのかを説明しているのであって、金融緩和がなぜできないのかの根本要因については説明していません。

それは、一言でいえば、国際金融のトリレンマによるものです。これは、過去にも何度かこのブログでとりあげています。

先進国ではマクロ経済政策として財政政策と金融政策がありますが、両者の関係を示すものとして、ノーベル経済学賞の受賞者であるロバート・マンデル教授によるマンデル・フレミング理論があります。

経済学の教科書では「固定相場制では金融政策が無効で財政政策が有効」「変動相場制では金融政策が有効で財政政策無効」と単純化されていますが、その真意は、変動相場制では金融政策を十分緩和していないと、財政政策の効果が阻害されるという意味です。つまり、変動相場制では金融政策、固定相場制では財政政策を優先する方が、マクロ経済政策は効果的になるというものです。

これを発展させたものとして、国際金融のトリレンマ(三すくみ)があります。この結論をざっくりいうと、(1)自由な資本移動(2)固定相場制(3)独立した金融政策-の全てを実行することはできず、このうちせいぜい2つしか選べないというものです。

これらの理論から、先進国は2つのタイプに分かれます。1つは日本や米国のような変動相場制です。自由な資本移動は必須なので、固定相場制をとるか独立した金融政策をとるかの選択になりますが、金融政策を選択し、固定相場制を放棄となっています。



もう1つはユーロ圏のように域内は固定相場制で、域外に対して変動相場制というタイプです。自由な資本移動は必要ですが域内では固定相場制のメリットを生かし、独立した金融政策を放棄します。域外に対しては変動相場制なので、域内を1つの国と思えば、やはり変動相場制ともいえます。

中国は、こうした先進国タイプになれません。共産党による一党独裁の社会主義であるので、自由な資本移動は基本的に採用できません。例えば土地など生産手段は国有が社会主義の建前です。

ただ中国の通貨である人民元は、2005年から「管理変動相場制」を採用しています。毎営業日の10時15分に、中国の中央銀行に当たる人民銀行が当日の基準レートを公表し、その日の人民元の取引は、基準レートから上下2%の範囲内での変動が許容されるという仕組みになっています。とはいいながら、これは固定相場制よりは変動相場制に一歩近づいたというだけで、固定相場制であることには変わりありません。

これにより、中国当局の意向をなわせレートに反映させ、人民元の価値をある程度コントロールすることを可能にしました。

しかし、この管理変動相場制は、米ドルやユーロ、日本円のように自由に取引できない「不便な通貨」であることも意味しています。さらに、人民元の取引には管理相場性以外にも色々と制約が課され、中国経済の成長と規模拡大に比較すると、人民元取引の規模は国際金融市場において乏しいという状況が長らく続いていました。

そこで、中国当局は国有市場の開放を進め、2010年7月に香港において新たな人民元の取引市場を立ち上げ、これまでの市場はオンショア市場(CNY)、新しい市場はオフショア市場(CNH)と呼ばれるようになりました。そのため、人民元は二つのし上が併存する形になっていました。

しかし、ご存知のように香港の一国二制度は、中国によって一方的に破棄され、CNHは崩壊に向かいつつあります。

香港は例外だったのですが、中国の社会主義では、外資が中国国内に完全な民間会社を持つことができません。中国に出資しても、中国政府の息のかかった中国企業との合弁までで、外資が会社の支配権を持つことはできません。

一方、先進国は、これまでのところ、基本的に民主主義国家です。これは、自由な政治体制がなければ自由な経済体制が作れず、その結果としての成長がないからです。

もっとも、ある程度中国への投資は中国政府としても必要なので、政府に管理されているとはいえ、完全に資本移動を禁止できません。完全な資本移動禁止なら固定相場制と独立した金融政策を採用できますが、そうではないので、固定相場制を優先するために、金融政策を放棄せざるをえなくなったのです。

要するに、固定相場制を優先しつつ、ある程度の資本移動があると、金融政策によるマネー調整を固定相場の維持に合わせる必要が生じるため、独立した金融政策が行えなくなるのです。そのため、中国は量的緩和を使えなくなってしまったのです。

そもそも、国内で金融緩和政策すらできない国の、通貨が本格的に国際化できるはずもありません。何か国際金融において、大きな問題が起こったにしても、金融緩和できないのであれば、その問題にまともに対処することすらできません。

中国は、グローバル経済に組み込まれた今や世界第2位の経済大国であり、こうした 国は最終的に日米など主要国と同様の変動相場制に移行することで、国内金融政策の 高い自由度を保持しつつ、自由な資本移動を許容することが避けられないです。

移 行が後手に回れば国際競争力が阻害されたり、国内バブルがさらに膨らむおそれがあります。一方で、 拙速に過ぎれば、大規模資本逃避や急激な人民元安が懸念されます。まさに、現在の中国の状況はこの状況なのです。

何より金融緩和ができないという状況は、最悪です。なぜなら、マクロ経済上の常識である、金融政策=雇用政策という事実から、中国では雇用を創造することができないからです。中国は今後一層難 しい舵取りを迫られることになったのです。

文化大革命期の紅衛兵

現在まで、人為的に経済を統制してきたことが、今回の事態を招いたのです。今後も固定相場制に拘泥すれば、金融緩和ができず、雇用がさらに悪化して、ますます外貨準備高が減少し、行き着く先は満足に貿易もできない状況になるでしょう。特に中国の新しい産業である、5Gなどは、半導体を自由に調達できず頓挫せざるを得なくなります。

このままの状態が続けば、5Gだけではなく、あらゆる産業が機能不全に至ることになります。中国が現在の体制を維持しつつ、中国が打開策を行使するには、外国企業が頼みの綱で、いずれ利益を上げても本国送金を止められ、さらに追加投資を強要されるということになります。

中国の外国企業はすべて中国から逃避すべきでしょう。外国企業がすべて逃避し外貨準備がゼロになった中国は、また一昔前の、毛沢東時代の経済に戻るだけです。

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2020年9月13日日曜日

【総裁選ドキュメント】内閣人事局変えずと菅氏「政策反対なら異動」―【私の論評】内閣人事局はあって当然、菅政権にはさらに本格的な省庁再編を実行すべき(゚д゚)!

 【総裁選ドキュメント】内閣人事局変えずと菅氏「政策反対なら異動」

菅官房長官

 自民党総裁選に立候補した菅義偉官房長官は13日のフジテレビ番組で、中央省庁の幹部人事を決める内閣人事局に見直すべき点はないと明言した。政権の決めた政策の方向性に反対する幹部は「異動してもらう」とも強調した。他の2候補者と出演したフジテレビ番組で発言した。

 内閣人事局は平成26年5月に内閣官房に新設された。幹部人事を掌握するため、官邸主導の意思決定を後押しする一方、官僚の忖度を生む要因と指摘される。

 続くNHK番組でも、菅氏は、査証(ビザ)の要件緩和が訪日外国人増加につながったとして「官邸主導でなければできなかった」と語った。

 これに対し、石破茂元幹事長は「官邸が言っているから誰も止められない。そういうことは決して良いと思わない」とくぎを刺した。岸田文雄政調会長も「権力は鋭利な刃物のようなものだ。使い方を間違えてはならない」と訴えた。

【私の論評】内閣人事局はあって当然、菅政権にはさらに本格的な省庁再編を実行すべき(゚д゚)!

菅官房長官の語っていることは、きわめてまともで常識的なものです。これに石破氏や岸田氏が意見していますが、とんでもないです。

そのようなことは、会社組織で考えればわかることです。会社でも、たとえば、経理部長、財務部長、人事部長、総務部長などの幹部の人事は最終的には取締役会で承認を得なければなりません。

大企業だと、経理部長、財務部長の他に経理担当取締役や財務担当取締役がいたりします。中小企業だと。経理部長兼経理担当取締役と、両方を兼任している場合あります。この場合、見かけ上は会社には、社長と部長しかいないという形式になります。

政治の世界では、各省庁の事務次官が部長であり、大臣が取締役と考えると、対比しやすいと思います。

地方都市などには、大企業がなく中小企業がほとんどのところも多く、そうなると表面上会社には、社長と部長しかないということになりますが、それでも取締役と部長を兼任しているという形で取締役がいるのが普通です。

政治に関する組織と、民間企業の組織は単純には比較できませんが、各省庁の事務次官は、企業でいえば、部長に相当します。内閣人事局は取締役会の人事機能のように幹部の人事を担っているといえます。

企業で、取締役会に人事機能がなくなり、人事部あたりが決めるということにでもなれば、とんでもないことになります。そんなことをすれば、人事部の権限があまり大きくなりすぎます。

企業統治に会社の各部署は直接関わらない

民間企業では幹部の定義は各会社によって異なる場合もありますが、幹部以外の人事は人事部で行い、幹部の人事は取締役会の承認が必要というのが一般的です。

ここからが民間企業と政治組織の違いですが、まずは政府は有権者によって選挙で選ばれた与党の議員たち等で構成されます。ここが、民間企業と大きな違いです。民間企業では、幹部や役員を選挙で選ぶということはありません。

一昔前までは、各部の上司が、自分の部下の人事を定めるということが慣例になっていましたが、それでは情実で決まることがおうおうにしてあったので、企業によってどの程度絡むのかは違うものの、幹部以外の人事のほんどに人事部が絡むようになっています。

選挙によって選ばれる政治家による政府と、そうではない官僚では当然役割は違います。本来的には、政治家が日本国の、財政、金融、安全保障など様々な分野の目標等を定めて、官僚は決められたことを専門家的立場から迅速に実行することです。

財務や金融を例にあげると、日本国の財務の目標、金融の目標は政府が定め、官僚はその政府の目標を達成するために、専門家的な立場からその目標を達成することを選ぶことができます。しかし、目標はあくまで政府が定めるべきものです。

そうして、政府が目標を定めるにおいては、財務官僚や日銀は資料提供や、参考意見を政府に対して述べることはできるものの、目標などを最終的に定めるのは政府です。

日本では日銀に関しては、日銀の独立性をたてにとって、日本国の金融の目標を定めるのは日銀であるとする人もいますが、これは国際標準的には間違いです。国際的には、まともな民主国家の金融目標は政府が定め、中央銀行はその目標に従い専門家的な立場から、それを実行す手段を自由に選ぶことができるというのが、中央銀行の独立性です。

現在の日本は、日銀法が改悪され、日本国の金融政策の目標は、日銀の審議委員が決めることになっています。これは、明らかな間違いです。菅内閣においては、国際標準に従い日銀法の改正も実行すべきです。そうでないと、日銀の審議委員が変わるたびに、市場関係者や金融政策を理解している有権者がやきもきするという異常な状態が続くことになります。

これは、民間企業も同じようなもので、財務部、経理部等は、取締役に対して資料提供や、参考意見を述べることはできますが、企業の目標などを最終的に決めるのは取締役会です。

セブン&アイ ホールディングスの取締役会

日本の大企業では、取締役の人数があまりに多く取締役会が形骸化していて、常務会が実質意思決定機関になっていることもありますが、それはまた別の話であり、人事部長や、財務部長、経理部長などが企業の目標を定めるなどということはありません。

民間企業にたとえれば、各省庁は政府の下部機関に過ぎないのです。そういう観点からすると、各省庁の幹部クラスの人事を内閣人事局が担うのは当然のことです。直截にいえば、内閣人事局がないほうが、異常なのです。

これに関して、マスコミが、内閣人事局を悪いことのように報道するのは間違いです。このようなことを報道する新聞記者が会社の中で、取締役会が幹部の人事にからむのは、忖度などを招くので良くないと心の底から信じ込み、すべて人事部が決めるべきと、会社に抗議すれば、降格・減給、あるいはどこかに左遷される、それどころか全部の懲罰をくらうのが落ちでしょう。

そもそも、石破氏のいう「官邸が言っているから誰も止められない」というのは理屈として成り立ちません。官邸が言っていることを官僚が止めるなどということがあってはならないのです。官僚がとめなくても、間違いばかりしている政権は有権者にみはなされるだけです。これを官僚がとめることができたら大変なことです。

岸田氏のいうように、「権力は鋭利な刃物のようなものだ。使い方を間違えてはならない」というのはおかしな話であり、菅氏が語る「政権の決めた政策の方向性に反対する幹部は異動してもらう」という措置は当然のことです。この点では、鋭利な刃物どころか、大鉈をふるうべきです。それが間違っていれば、有権者がそのような政府を支持しなければ良いのです。

民間企業で、取締役会が、会社の方針に従わない幹部を異動させたり、左遷させたり、降格したり、減給、解雇等の処分ができないようであれば、会社はまともに機能しなくなります。それを人事部が行うということにでもなれば、会社を真にコントロールするのは実質人事部ということになります。

いくら取締役会かあっても、取締役会は意思決定機関であって、会社を実際に動かすのは、各部署であり、各部署の幹部の人事を取締役会が決めることができなければ、結局会社をコントロールできるのは人事部ということになってしまいます。

自民党総裁選は菅義偉氏が最優勢です。アベノミクス踏襲を掲げていますが、経済政策以外に省庁再編にも意欲を示しています。

デジタル庁構想に加え、厚生労働省再編にも言及し、中央省庁の「再々編」の可能性も出てきています。

現在の1府12省庁体制は、1996年橋本政権で議論され、2001年森政権に発足しました。これは、戦後初の本格的な省庁再編で、政治主導、縦割り行政打破を狙っていました。


しかし、これによって旧建設省、運輸省、国土庁、北海道開発庁が合併した国土交通省、旧総務庁、郵政省、自治省を一体化した総務省、旧厚生省、労働省による厚労省という巨大官庁が生まれました。

特に、厚労省は、業務が多岐にわたり増え、国会対応もままならないと言われています。2018年9月、自民党行政改革推進本部(甘利明本部長)から、厚労省の分割を促したほか、子育て政策を担う官庁の一元化が提案されました。その当時、自民党総裁選の最中でしたが、争点化されることなく、議論は立ち消えになってしまいました。

省庁再編は霞ヶ関役人の最大関心事です。役人の本能として、仕事の拡大があります。逆にいえば、省庁再編では、各省所管分野の争奪があり、「領地」の拡大縮小で各省庁は悲喜交交(こもごも)になります。その中で、政官の関係では政治が優位になることが多いです。

菅氏は、第二次安倍政権で創設された内閣人事局のシステムをうまく使い、官僚を適切にコントロールしてきました。その結果、歴代官房長官の中でも屈指の官僚掌握能力を持つに至りました。

省庁再編を政策の柱にすれば、菅氏の官僚に対する権勢を維持し、優位を保てるでしょう。自民党内でも省庁再編は議論されてきたので、各派閥も表だって反対しにくい事情もあります。

ただし、省庁再編の議論が具体的に進むと、特定の省庁での不満が出てくる可能性もあります。そうなると、各派閥と省庁が結託して、総論賛成各論反対に回る可能性もあります。この辺りについて、マスコミはどちら側につくのかも興味深いところです。

省庁再編は、当然なことながら、その時の政策課題と大きく関係があります。その意味で重要なのですか、省庁再編では政策議論というより「器」にばかり議論がいき、そこに人的リソースをかけすぎるのは効率的とはいえません。

内閣人事局は、官僚側の言い分をそのまま記事にして批判するマスコミもありますが、先にも述べたように、それまで各省で行っていた幹部人事を官邸に移したもので、民間企業では幹部人事を各事業部でなく本部で行い最終的には取締役会が承認するの同じく当たり前のことです。

その時の発想では、省庁再編が行いにくいのは、各省の事務分担が各省設置法で定められているからでした。そもそも、海外の国々では、各省設置法などなく、その時の政権が柔軟に行政組織を決めるのが普通です。

民間企業では、組織の改編は執行部がきめ取締役会が承認しています。さらに、その時々で既存の部署のほかに、独立型を含むプロジェクトチームをたちあげ、業務が終了すれば解散ということも行っています。そうでないと、時代の変化に対応できないからです。

現在各省庁や、各省庁をまたいだ、ブロジェクトチームやワーキンググルーブも存在はしていますが、十分なものとはいえないです。それは、いまだにプロジェクトチームやワーキンググループで決められたことを実行するのは各省庁だからです。

この発想からいえば、今ある各省設置法を全て束ねて政府事務法として一本化し、各省の事務分担は政令で決めれば良いです。こうした枠組みを作れば、その時の政権の判断で省庁再編を柔軟に行えます。それどころか、特定の問題・課題に関して、時限的なプロジェクトチームをつくり意思決定だけではなく、実行にまでもっていくことができます。この方式の方が世界標準であり、政治主導がより発揮でき、時代の変化への対応も容易になります。

菅政権には、ここまで実行していただきたいものです。

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2020年9月12日土曜日

「文革」評価揺り戻しから見える習近平の危うい立場―【私の論評】米国と反習近平派は、今のところ利害が一致しているが、たとえ習が失脚しても米国の制裁は続く(゚д゚)!

「文革」評価揺り戻しから見える習近平の危うい立場

習近平が“擁護”するも、教科書は再び「間違い」と記述

日本戦略研究フォーラム

(澁谷 司:日本戦略研究フォーラム政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長)

北京の天安門広場近くで販売されていた土産用のプレート、2017年10月


 よく知られているように、1981年、中国共産党は11期6中全会で、「文化大革命」(1966年~76年。以下「文革」)を総括した。同会議では「建国以来の党の若干の歴史問題についての決議」が採択され、毛沢東主席が起こした「文革」は「誤り」だった、とはっきり認めた。

 けれども、習近平政権は、「文革」(「文化小革命」「第2文革」)を復活させようとしている。おそらく習主席は自らが毛主席と肩を並べる存在か、それ以上を目指しているのだろう。

 具体的に、次のような事例である。

 第1に、2015年頃から、「文革」時代の「密告」制度が復活した。例えば、生徒・学生が“誤った思想”を持つ教師・教授を当局に「密告」している。

 第2に、昨2019年10月以降、中国教育部(文部省)が全国で焚書を奨励している。そのため、文化的遺産である相当数の書物が焼失した。

 第3に、今年(2020年)7月、『人民日報』が「下放」(上山下郷運動)を推奨した。学生らが“自発的”に農村へ行くというのは建前で、実際には、「強制的」に農村へ送り込まれる。

「文革」時の1968年、毛主席は都市の知識人青年約1600万人を農村へ送り込んだ。だが、その多くの青年は都市へ戻る事ができなかったという。

2018年版の教科書で擁護された文革

 さて、今年(2020年)9月4日付『多維』は「高級なブラック(党の理想、信念、目的、政策などの極端な解釈─引用者)か? 中国共産党の誤りを是正し、『文革』に関する見解を回復させる」という記事を掲載した。同記事に記された教科書改訂の推移を見ると、中国共産党の内部事情を知る手がかりになるので、紹介したい。

*  *  *

「新型コロナ」下、9月初旬に中国全土の中高が開校した。新学期高校1年の歴史教科書では、新しい教科書が採用された。1981年以来、「文革」については、評価が4回変更され、過去3年間では毎年書き換えられている。

 まず、2018年版は、従来の教科書と異なり「文革」という章をなくして、それを「苦難の探求と建設の成就」という項目へ統合した。そして、以前、教科書に書かれていた毛主席の「過ち」等の表現を削除している。

 その他、同年版では、「文革」は「新中国建国以来、党と国と人民に最も深刻な挫折をもたらした」としながらも、「複雑な社会的・歴史的理由で発動された」と説明している。また、「社会主義国の歴史は非常に短く、わが党は社会主義とは何か、社会主義をどのように構築するかについて十分に明確にしていないため、その探求に遠回りをした」と「文革」を擁護した。ただ、「文革」に対する“同情”と“美化”に関して、多数の批判を受けている。

 2018年版を見た大半の人々は、これは国政の「左」旋回(中国語の「左」は日本語の「右」)の兆候であり、中国が「極左」(=「極右」)という「昔の道」に戻るのではないかと心配した。

 しかし、2019年版の教科書は、前年版の「探究」「回り道」「挫折」「複雑な原因」などの表現を「『文革』はいかなる意味でも革命や社会進歩ではないことを証明した」と「文革」に関して再評価を始めた。

 更に、2020年版の教科書では、学習の“焦点”に「『文革』の理論と実践は間違っている」と明記し、「文革」については「いかなる意味でも革命や社会進歩ではなく、指導者の“誤ち”で、『反革命集団』に利用され、党・国家・人民に深刻な災いを招く内紛だったことを事実が証明している」と従来の中国共産党の公式見解を復活させた。

*  *  *

 以上が、記事の概要である。

 このように、近年、中国歴史教科書で大きく変化したのは、2018年版である。おそらく習近平政権は、前年の2017年(ないしは、それ以前)から「文革」への評価を変更しようとしていた事が窺える。そして、実際、2018年の教科書改訂につながった。これは「習近平派」が一時、党内で優勢になった結果ではないだろうか。

 ところが、翌2019年には、「反習近平派」(その中心は李克強首相)が徐々に巻き返し、今年2020年には、以前の「文革」評価に戻っている。これは、2018年~19年にかけて「反習派」が党内で支配的になった事を物語るのではないか。

 だからと言って、軽々に、「反習派」が共産党全体を牛耳っているとは決めつけられないだろう。習近平主席が依然、軍・武装警察・公安等を掌握しているからである。

 ただし、いつ習主席に対するクーデターが起きても不思議ではない状況にある。直近では、今年3月、郭伯雄の息子、郭正鋼がクーデターを起こしたと伝えられている。

 それにしても、中国共産党は、一度、「文革」を明確に否定しておきながら、習主席に再び「文革」発動を許すというのは、どういう訳だろうか。中国では、いまだ普通選挙の実施等、民主主義が作動していないという“悲劇”かもしれない。

[筆者プロフィール] 澁谷 司(しぶや・つかさ)

 1953年、東京生れ。東京外国語大学中国語学科卒。同大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学、亜細亜大学、青山学院大学、東京外国語大学等で非常勤講師を歴任。2004~05年、台湾の明道管理学院(現、明道大学)で教鞭をとる。2011~2014年、拓殖大学海外事情研究所附属華僑研究センター長。2020年3月まで同大学海外事情研究所教授。現在、JFSS政策提言委員、アジア太平洋交流学会会長。
 専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』『人が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等多数。


◎本稿は、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。

【私の論評】米国と反習近平派は、今のところ利害が一致しているが、たとえ習が失脚しても米国の制裁は続く(゚д゚)!

上の澁谷氏の記事を理解するためには、まずは中国の権力闘争とはどのようなものかを理解する必要がありそうです。

中国の権力闘争とは、政治局常務委員という最高指導部メンバーや最高指導部を経験して引退した長老が、それぞれ派閥をつくり、利権やイデオロギー、政策路線で対立し人事権を握ろうとする中で繰り広げられるものです。

今の中国の派閥状況を見ると、鄧小平が後継者に指名した上海市党委書記出身の江沢民が利権ネットワークを基礎につくり出した上海閥(江沢民派)、共産党の若手エリート育成機関・共産主義青年団(共青団)出身者の胡錦濤を中心とした官僚主義的政治家グループ・団派(胡錦濤派)、新中国建国初期の政治家や官僚の子弟子女、いわゆる二世議員に当たる太子党[そのうち革命戦争を経験した革命家の子弟子女を紅二代と呼ぶ]、そして習近平が自分に忠実な官僚や政治家を集めた陝西閥(あるいは習近平派)の主に四派が絡みあっています。

太子党は派閥というより、血統集団の総称で、太子党の中にも上海閥や団派や陝西閥があります。このほか利権ごとに石油閥、電信閥、水利閥、レアアース閥といった派閥があり、また山西閥、四川閥、江蘇閥、遼寧閥といった地縁の派閥もあります。

一九四二年生まれの周永康は、いわゆる太子党、紅二代ではなく、もとは貧農出身の石油エンジニア。努力型の秀才であり、中国近代化に伴って石油事業が国家重点産業と重視される中で順調に出世し、国有企業の中国石油天然気集団副総裁に上り詰めたあと、一九九八年の江沢民政権・朱鎔基(一九二八~/第五代国務院総理などを歴任。大胆な経済改革を試みた)内閣のときに国土資源部長に転身、四川省党委書記を経て中央指導部への出世街道をまい進しました。

彼の出世は江沢民に抜擢された形であり、上海閥の一員です。また石油企業出身なので石油閥であり四川閥の中心でした。

胡錦濤政権下で胡錦濤は、引退した後も解放軍を手なずけ、政治に影響力を持とうとした江沢民との激しい権力闘争を展開しますが、その権力闘争では江沢民が優勢で、上海閥の周永康は公安部長を経て党中央政法委員会書記で政治局常務委員、つまり司法・公安部門の最高権力者となります。

周永康がそこまで出世したのは、石油利権を独占する石油閥の立場にあり、潤沢な資金を用意できたことも関係します。周永康は警察や治安維持を担当する軍の下部組織・武装警察の指揮権を持ち、石油利権で得た資金も豊富な最強クラスの政治家にのし上がりました。

周永康が政治局常務委員にのし上がったほぼ同時期、習近平は上海市党委書記出身で、江沢民とその腹心の太子党のボスである曾慶紅[一九三九~/第一六期中国共産党中央政治局常務委員。「第四世代」といわれる。太子党]に推される形で、ポスト胡錦濤の地位に就いていました。

一九五三年生まれの習近平は、建国八大元老と呼ばれた政治家・習仲勲の長男で、太子党で紅二代に属する。江沢民に抜擢されたという意味では上海閥でした。少なくとも胡錦濤政権下では。実力でのし上がったというよりは、習仲勲の息子という毛並みのよさと、胡錦濤VS江沢民の権力闘争で本来ポスト胡錦濤と目されていた陳良宇[一九四六~/第一六期中国共産党中央政治局委員、元上海市市長。上海閥]の失脚で棚ぼた式に手に入れた出世でした。

胡錦濤が大事に育てていた団派のホープ李克強を押しのけて次期総書記のポジションに就いたのも、実力というよりは江沢民らの権謀術数のおかげです。この後の権力闘争は、日本国内でも報道されているとおりです。

なお周永康は、後に失脚しています。法定に姿を表した周永康(下写真)の髪の毛がわずかの期間に真っ白になっていたことが話題となっていました。



天津市第一中級人民法院(地裁)は2015年6月11日、収賄、職権乱用、国家機密漏えい罪に問われた前共産党最高指導部メンバーで、治安・司法部門トップだった周永康被告(72)(前党政治局常務委員)に対し、無期懲役、政治権利の終身剥奪、個人財産の没収の判決を言い渡しました。周被告は法廷で上訴せず、刑が確定しました。

このように権力闘争にあけくれる中国は、対外的にも自国の都合を優先して行動する傾向が顕著です。国内の権力闘争に明け暮れているうちに、米国の対中国政策が半世紀ぶりに宥和(ゆうわ)的「関与」政策から「敵対」政策に大転換しました。トランプ米大統領を内心見下していた中国指導部は混乱状態に陥ったようです。

 米国の政策転換は7月23日、ポンペオ国務長官の演説ではっきり示されました。長官は1970年代に米中関係正常化に踏み切ったニクソン大統領、キッシンジャー国家安全保障問題担当大統領補佐官の「対中関与政策」を「失敗だった」と総括し、強大な全体主義国家、中国の膨張に対抗するための民主主義国の連合結成を訴えました。

演説するポンペオ長官 7月23日

 演説の場所はカリフォルニア州の「ニクソン大統領図書館」。時は南シナ海における中国の権益主張を国際法違反とした2016年7月のオランダ・ハーグ仲裁裁判所の判決から4年がたったころでした。

気まぐれにやった演説ではありません。演説直後から、在米中国人のスパイ活動を次々に取り締まり始めました。

演説の基調は、トランプ政権が5月20日、公表した報告書「中国に対する米国の戦略的アプローチ」です。この日は、毛沢東の「5月20日声明」の50周年に当たっています。 

毛沢東の声明は「全世界の人民よ、団結して侵略者米国とその全ての走狗を打ち負かそう」と対米戦争を煽りました。その50周年を選んだということは、毛沢東を信奉する習近平国家主席は米国の敵だという隠れたメッセージです。 

報告書の発表後、中国側から反応が出るまで約1カ月かかりました。最初は6月18日、習主席の側近で米中貿易協議の中国側代表、劉鶴副首相でした。シンポジウムで経済運営について「経済内循環(国内経済)を主とする」と述べ、反響を呼びました。 

中国経済は、新型コロナウイルスの影響に加えて米国の中国敵視政策で外需が激減し、内需を創出するしかないという悲観的なトーンがにじんでいました。しかも、南シナ海では米中両軍が対峙し、緊張が日々高まっていました。 

ところが、6月30日、全国人民代表大会(全人代)常務委員会が米国が反対している「香港国家安全維持法」を成立させると、同日、習主席は施行令に署名、即日発効させました。党内で最高指導者の威信を維持するためでしょうか、習主席は米中衝突コースに踏み出したのです。

対抗して米国のトランプ大統領は7月14日、香港の自治を侵害した中国高官や金融機関に制裁を課す「香港自治法」、香港経由の対米輸出の優遇を取り消す大統領令に署名、発効させ、首脳同士の関係も一気に悪化しました。 

習主席の動静は施行令署名後、約20日間、途絶えました。この間、北方では新型コロナの感染が断続的に発生。南方では長江流域で長雨による洪水被害が拡大していました。 

21日になって習主席の映像が流れました。北京で開催された、国有企業、民間企業、外資企業の経営者との座談会でした。習主席は、コロナ禍で打撃を受けた企業の活動再開に支援を約束しました。

 それにしてもなぜこのときに、コロナ後の経済支援策の座談会を開いたのでしようか。米中衝突を恐れた企業経営者が資本流出、企業撤退を加速させないように締め付けたのだとも言われています。米国の対中政策転換で中国経済の先行きはいよいよ不透明になりました。

米国と中国の半習近平派は、「文革」評価揺り戻しをはかる習近平への対抗ということでは、利害が一致しています。

というより、米国は「文革」評価揺り戻しをはかる習近平に反対する勢力が中国で台頭しつつあるとみて、中共内部を揺るがすために、毛沢東を信奉する習近平国家主席は米国の敵だというメッセージを意図して意識して送ったのでしょう。

文化大革命中の紅衛兵を演じる女優、毛沢東語録を携えている

これで、半習近平派は勢いづき、習近平が失脚する日がくるかもしれません。しかし、米国としては、毛沢東時代に返り咲こうとする習近平を失脚させることなどでは、中国に対する制裁をやめることはないでしょう。

中国国内では、米国との関係が急激に緊張する中で、「金融戦争」の行き着く先としてドルを中心とする国際通貨システムから中国が締め出される恐れがあるとの不安が高まりつつあります。かつてはまさかと思われていた破局的な展開が、現実味を帯びてきたと受け止められています。

経済規模で世界第1位の米国と第2位の中国が完全にたもとを分かつ事態がすぐに、起きる公算は乏しいとはいえ、トランプ政権は貿易やハイテク、金融業務などに絡む重要分野で部分的なデカップリングを推進し続けています。

その一環として、米国の会計基準を満たさない中国企業の上場を禁止する提案や、動画投稿のTikTok(ティックトック)やメッセージを交換する微信(ウィーチャット)といった中国のアプリ使用禁止の方針などを打ち出しました。11月3日の米大統領選に向け、両国の関係はさらに緊迫化する見通しです。

現在、中国共産党内部では、米国の制裁に関して、かつてないほどに危機感が高まっているのは、確かです。

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2020年9月11日金曜日

中国の南シナ海進出に経済でも圧力をかけ始めた米国―【私の論評】そのうち中共高官や富裕層が、ホームレスになったり餓死するかもしれない(゚д゚)!

中国の南シナ海進出に経済でも圧力をかけ始めた米国

岡崎研究所

 8月26日、米国は南シナ海で人工島や施設の建設に関与してきた中国交通建設など24企業に対する輸出規制や役員の米入国の規制などの制裁措置を発表した。商務省の「エンティティ・リスト」にこれら24企業を追加し、米国製品の輸出を事実上禁止する措置である。これに関して、8月26日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙の社説は、米国政府の今回の制裁を評価している。


 制裁措置は、直接の効果は別として、中国の南シナ海政策のコストを引き上げるとともに、東南アジアの国々のこれら問題企業に対する姿勢を一層慎重にさせるだろうと述べている。なお、中国交通建設は、国有資本による従属会社で、関係企業は港湾、河川、道路、橋梁、鉄道、浚渫などの交通インフラの建設や設計、港湾向けの大型機械の製造などを行っている。同企業は「一帯一路」の活動もしているのであろう。

 今回の米国の措置は、大きな直接効果があるかどうかは分からないが、評価される。最近、米国は中国による南シナ海軍事化に対する反対を強めている。7月13日は、中国の南シナ海での九段線等の領有権主張等を非合法とした2016年7月12日のハーグ仲裁裁判所の判決の4周年に当たる日の翌日だったが、この日、ポンペオ国務長官は、声明を発出し、「中国が南シナ海を自らの海洋帝国として扱うことを世界は認めない」と述べるとともに、仲裁裁判所の判決に「米国の立場を一致させる」と述べ、中国の主張は「全面的に非合法」と、それを否定した。また米国は、英国や豪州など関係諸国と協力して、南シナ海で「航行の自由作戦」を強化している。8月26日にも米国は南シナ海へ偵察機R132を飛来させた。なお、7月のポンペオ声明は歓迎されるが、もっと早期に明確にすべきだったという意見もある。

 中国は着々と既成事実を積み上げている。習近平が2015年に南シナ海を軍事化することはしないと約束したにも拘わらず、中国は仲裁裁判所の判決をゴミ紙だと言い放ち、その後、南シナ海の島嶼に次々と軍事基地を建設し、戦闘機などの運用や配備を進めている。香港紙によると、8月26日、中国は南シナ海に向けて弾道ミサイルの発射実験をしたという。「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「東風21D」(射程1500㎞)と中距離弾道ミサイル「東風26B」(射程4000㎞)の2発とされるが、米軍によると、発射されたのは4発だったと言われる。これは前日渤海湾への米偵察機U2飛来に対する対米警告だったと言われる。目下中国は南シナ海、東シナ海、黄海、渤海湾の4水域で大規模な同時軍事演習をしている。中国の南シナ海の軍事化は、国際法に違反し、周辺国に脅威を与え、中国の正当な安全保障ニーズを超える挑発的なものと言わざるを得ない。

 中国に対しては、関係諸国の結集が重要である。ベトナム、インドネシアなど東南アジア諸国が中国の行動に抵抗していることは当然のことだ。その中で、フィリピンが独自の対中行動を見せていることは気掛りである。関係国はフィリピンとの協力、連携に努めていくことが重要である。

 8月末、エスパー国防長官はハワイ、パラオ、グアムを訪問した。それに先立ち、エスパー長官は8月24日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙に「国防省は中国に備えている」と題する論説を寄稿した。中国軍の活動を念頭に、南シナ海、東シナ海などを含むインド太平洋の情勢について、関係諸国と協議するとともに、米軍を視察する旨述べている。8月29日にはグアムで日米防衛相会談が開催された。エスパー長官が太平洋に対し関心を強めることは歓迎されることである。なお、パラオ共和国は台湾と外交関係を維持する大洋州4か国の一つである。

【私の論評】そのうち中共高官や富裕層が、ホームレスになったり餓死するかもしれない(゚д゚)!

一度、中国が南シナ海を掌握し実効支配しているという認識が、中国および東南アジア諸国に定着すれば、この認識を覆すのは困難です。実際に戦闘して中国に勝利すれば結果は明らかですが、米国にも中国と戦争する意思がない限り、米国は南シナ海においてこれまで以上に軍事プレゼンスを示さなければならないでしょう。

4月下旬、オーストラリア海軍がフリゲートを派出して米軍と行動を共にさせたのは、南シナ海における米海軍の存在感が下がったと中国や東南アジア各国に認識させないよう、同盟国としての役割を果たしたのだと言えます。

4月下旬 米軍は南シナ海で演習 オーストラリアのフリゲート艦も参加

米国は、上の記事にもあるように、中国に対してさらに強い圧力を掛けました。7月13日、ポンペオ国務長官が「南シナ海の大部分に及ぶ中国の海洋権益に関する主張は完全に違法だ」と声明を出したのです。

これまで米国は、他国間の領土紛争について立場を明確にしたことはなく、極めて異例の声明です。領土紛争は、イデオロギー対立と同様に落としどころがありません。ポンペオ国務長官の声明は、米国は南シナ海において中国と対決する決意を示すものであると言えます。

一方の中国も、米国が軍事プレゼンスを向上させ、南シナ海を掌握しようとする中国の試みを妨害していると認識し、危機感を高めています。特に中国海軍の現場指揮官レベルは、中国国内報道を見て自らが海上優勢を保持していると誤解しているかもしれないです。

これは、昨日も示したように、米軍の原潜が中国のそれの能力をはるかに凌駕していることと、米軍の対潜哨戒能力が中国のそれをはるかに上回っていることでも、米軍優位は明らかです。中国が超音速ミサイルなどを有していても、発見できない敵を攻撃できません。逆に米軍は敵を正確に発見できるため攻撃は容易です。

南シナ海において米海軍が活動を活発化させれば、増長した中国海空軍と予期せぬ衝突を起こす可能性もあります。中国指導部は、こうした可能性を理解しているように見受けられます。中国が日本の動向にも注目しているからです。

万が一、米国と中国が南シナ海において軍事衝突した際に、日本がどのように行動するのか、情報収集しているのです。それは、中国が、南シナ海における米国との軍事衝突の可能性を真剣に考えていることを意味します。

こうした状況下、日本は、中国の「常態(NORMAL)」に対する認識が、日本や米国の「常態」に対する認識と異なることを認識する必要があります。日本や米国は、安定している現状が常態であると考え秩序を維持しようとするが、中国は、自らの影響力が及ぶ地理的空間が拡大することが常態であると認識し、最終的に国際秩序を自らに有利なものに変容させることを企図します。

この認識のギャップが、過去に米国の対中政策を誤らせてきたとも言えます。中国の挑発的行動を止めるためには、実力を見せてこれを止める他にないのです。

その意味では、南シナ海で人工島や施設の建設に関与してきた中国交通建設など24企業に対する輸出規制や役員の米入国の規制などの制裁措置を発表したことは、誠に正鵠を射たものと思います。

なぜなら、これに対して中国には報復手段がありません。そもそも、国際金融はドルにより米国がその情報を完全に把握し、支配しており、国際金融をカジノにたとえると、米国は胴元であり、中国はいくら金を大きく動かしたにしても、一プレイヤーに過ぎません。

胴元にカジノから出ていけといわれれば、プレイヤーは何もできずに追い出されるだけです。一方、米国の政府幹部や、富裕層は、中国に金を預けていませんし、中国に入国できなくなってもほとんど支障がありません。困るのは、中国をビジネスをいまだ継続しているほんの一部の人間だけでしょう。

経済的な制裁は、かなり効果があります。今後、米国は南シナ海での軍事的プレセンスを高めるとともに、経済的にも中国の個人や組織に制裁を拡大しつつ、中共を弱体化させていくでしょう。今頃中共幹部と富裕層は大パニックに至っているでしょう。

中国外務省の趙立堅(ちょう・りつけん)報道官は8月12日、平日午後に毎日実施している定例会見について、今年は夏休み期間を設定しない方針を示しました。近年は8月中下旬に2週間程度の休暇期間をとっていたのですが、台湾や南シナ海、新型コロナウイルスなどの問題をめぐって米国が対中圧力を強めていることへの危機感から、今年は夏休み返上で対応しました。

中国外務省の定例会見には通常、国内外の記者ら数十人~100人超が出席。この日、夏休みの時期について問われた趙氏は「今年、われわれに休みはない」と回答し、理由については「地球人なら誰でも知っている」とだけ述べました。

趙氏は8月11日、米国務省のオルタガス報道官が「中国共産党は人命救助よりもメンツを守ることを重視する」とツイッターに投稿したことに反発し、「米国は自らの身を省みるべきだ」と米国の新型コロナ対応を批判。10日には米国が香港政府トップら11人に制裁を科したことに対抗して米上院議員らへの制裁措置を発表するなど、対中圧力を強めるトランプ米政権への反論や対抗策の発表に連日追われています。

趙立堅氏


とこが、趙立堅氏の娘は、米国に留学しているとされています。それで、米国に対して厳しいコメントをするのは仕事であって、本当は米国が好きなのではないかと揶揄される始末です。

トランプ政権は、中国人の留学生やその家族を米国から追放する政策も実行しようとしています。そうなれば、趙氏の娘も追放されるかもしれません。

実際、中国にはこのような幹部が大勢います。将来は、米国に住むことを夢見て、米国に家族を移住させて、不正行為などで蓄財した金をせっせと米国に送金して、時期がくると、中国から米国に逃げるという人たちも大勢います。そういう人たちを中国では裸官といいます。

米国は国際金融を支配しているため、ドルの流れに関しては、かなり詳細まで把握しており、米国以外のEUなどの国々の、中国人の資産も正確に把握しているといわれています。

今後、こちらのほうにも米国は手を伸ばしていく可能性があります。そのうち、中共の高官や、富裕層の中には、米国などに巨万の富を蓄えているにもかかわらず、それが凍結されて、ホームレスになる人もでてくるかもしれません。

それどころか、中国にはセーフティーネットがほとんどないので、老後米国に移住しようとしていた人たちが資産を凍結され米国やEU等にも入国できず、年老いたときに餓死寸戦になる人がでてくるかもしれません。米国は中国が体制を変えない限り、ここまで制裁を強化していくでしょう。


左上の女性はアウシュビッツ収容所で発見された餓死寸前の女性。収容所に入る前に75kgあった体重が出る頃には25kgだっといいます。

ホームレスや餓死までいなかなくても、かなりの中共幹部や富裕層の家族も含めて、貧乏生活に追いやられ路頭に迷う人もでてくるでしょう。そのときになって初めて、中国の多くの人民や貧困層、少数民族の苦境に思い至り、自分たちの考えが間違っていたことに気づくのかもしれません。しかし、そうなってしまえば手遅れです。

中国がいつまでも南シナ海の「常態」にこだわれば、米国は中国を国際金融から弾き出すでしょう。そうなれば、中共は統治の正当性を失い崩壊して、大陸中国に新たな秩序が生まれることになります。

軍事的にも、経済的にも中国に勝ち目はありません。

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2020年9月10日木曜日

中国軍機が台湾侵入!防空識別圏内に 米中対立激化のなか、露骨な挑発続ける中国 日米の“政治空白”も懸念―【私の論評】すでに米軍は、台湾海峡と南シナ海、東シナ海での中国軍との対峙には準備万端(゚д゚)!

中国軍機が台湾侵入!防空識別圏内に 米中対立激化のなか、露骨な挑発続ける中国 日米の“政治空白”も懸念
熾烈!米中“激突”へ

台湾の防空識別圏に入った中国の戦闘機「スホーイ30」の同型機

。 中国軍が9日、多数の戦闘機などを、台湾の防空識別圏内に侵入させる事態が発生した。台湾軍機が緊急発進(スクランブル)した。習近平国家主席率いる中国軍は7月以降、南シナ海や東シナ海、渤海、黄海の4海域で軍事演習を繰り返し、8月末には南シナ海に弾道ミサイル4発を撃ち込んでいる。米中対立が激化するなか、露骨な挑発を続けているのか。

 台湾・国防部は9日、複数の中国軍機が同日午前、台湾の南西空域の警戒エリアで活動したと明らかにした。台湾の通信社「中央社」の日本語サイト「台湾フォーカス」が同日報じた。

 国防部によると、侵入したのは、中国空軍の戦闘機「Su-30(スホーイ30)」や「殲10」など、複数の機種で多数という。さまざまな高度で、次々に侵入したとの報道もある。

 中国軍は、アレックス・アザー米厚生長官が8月10日、台湾の蔡英文総統と台北市内の総統府で会談した際も、戦闘機「殲11」や「殲10」などを台湾海峡の中間線を超えて侵入させている。

 同月26日には、中国本土から南シナ海に、グアムの米軍基地を射程に収める「東風(DF)26」(射程約4000キロ)と、「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「DF21D」(同1500キロ以上)など4発を撃ち込んでいる。

 現在、米国では大統領選(11月3日投開票)まで2カ月を切り、共和党のドナルド・トランプ大統領と、民主党のジョー・バイデン元副大統領が接戦を演じている。日本でも、自民党総裁選(14日投開票)の真っただ中で、日米の政治的空白が懸念されている。

 今回の中国軍機侵入について、台湾国防部は「地域の平和や安定を破壊する中国共産党の一方的な行為を厳正に非難する」としている。

【私の論評】すでに米軍は、台湾海峡と南シナ海、東シナ海での中国軍との対峙には準備万端(゚д゚)!

台湾の蔡英文総統は8日、台北で行われたアジア太平洋地域の安全保障に関するフォーラムで演説し、中国が周辺地域で示している拡張主義に対し、民主主義諸国は立ち向かおうと呼び賭けました。9日の中国機の台湾侵入は、これに対する中国側の牽制とみられます。

蔡氏は名指しこそしなかったものの、中国を念頭に置いた発言であることは明らかです。その中で、台湾は「独裁主義による侵略から民主主義を守る最前線にいる」と蔡氏は述べ、民主主義国の同盟によって「自由と…人権そして民主主義」は守られるだろうと語りました。

また同じく中国の国名は挙げずに、南シナ海や台湾海峡における軍事行動や「他国や企業に対する強制外交」に触れた上で、「志を同じくする国々、そして民主主義の友好国が…一方的な侵略行動を抑止する戦略的秩序を維持するときだ」と述べ、一国だけでは地域の平和と安全を維持できないと強調。「それらの同盟こそが、われわれが最も重視する価値観、すなわち自由、安全、人権、民主主義を守ることができる」と主張しました。

さらに蔡氏は「われわれの価値観や信念を共有しない人々との短期的な解決策」を求めることは避け、経済統合を求めると述べました。

中国が台湾に対して様々な威嚇をしつつも、未だ台湾に侵攻しないことや、将来的にもかなり困難であるのには理由があります。

中国海軍が「遼寧」の威容を広くアピールしようとも、あるは他の艦艇を誇ったにせよ、それは政治的には一定の宣伝効果はあっても、軍事的には大きな標的に過ぎません。

その理由は、圧倒的な優位性を誇る米攻撃型原子力潜水艦ならびに中国をはるかに凌駕する対潜哨戒能力です。グアムを拠点とする米潜水艦は対潜哨戒能力が未だ脆弱な中国海軍に見つかることなく、自由に台湾海、東シナ海、黄海、南シナ海に出入りしていて、水中からひっそりと「遼寧」の機動部隊をいつでも魚雷で仕留められるポジションを維持しながら追尾しています。

現代のミサイル戦闘において空母は、軍事のプロの世界では超音速ミサイルや魚雷で容易に狙える脆弱な標的と評価されつつあります。私は、脆弱であると断定しています。現在の空母は、第2次世界大戦中の大型戦艦と同じようなものであると言っても過言ではありません。

特に米空母よりも防空能力に課題がある「遼寧」は、自国や周辺国の一般国民にその威容を通じてメッセージを送る政治的、外交的手段という要素が強いです。

もちろん、中国は空母を動員した派手な政治パーフォマンスだけに終始していたわけではないです。ひっそりと、しかし着実に課題を克服するための手を打っていました。

たとえば、地対空ミサイルに守られた人工島、ファイアリー・クロス礁にある軍事基地には、2機のKQ-200(Y8-Q)と呼ばれる海上哨戒機が配置されています。

ImageSat Internationalは、南シナ海のFiery Cross Reefに配備された中国のKQ-200海上哨戒機2機を発見しました。画像は4月10日に撮影されたものです。



海上を監視する哨戒機は戦闘機と比べると一見、地味ですが、その配備には重要な軍事的意義と戦略的意図が込められています。空母による示威が「名」であるとすれば、哨戒機の展開は「実」だといって良いです。

Y8-Qの任務は海中に潜む米海軍の原子力潜水艦を発見、探知、追尾し、命令があればいつでも攻撃、撃沈することです。8時間から12時間の哨戒時間があるとされるこの機体を、中国本土に隣接する海南島からファイアリー・クロス礁に進出させてきたことは、その哨戒のリーチを南シナ海のより奥深く、南シナ海全域を収めようとする中国の戦略的意図があります。

これまでリーチが及ばなかった南シナ海のより南方海域にも監視の目を張り巡らせ、米潜水艦が潜める聖域をなくしていく、という明確な意思がそこにはあります。無論台湾海峡にも中国軍はこのような行動をとりつつあるでしょう。

現在、海軍の艦艇数や運用可能な攻撃機の数といったハード面だけでなく、それらの運用を支える宇宙アセットやサイバー電子分野においても人民解放軍の追い上げは凄まじく、米軍は対中紛争における敗北を余儀なくされる、との見方すらワシントンでは出始めています。

そのような状況の中で、海中の領域、つまり潜水艦による水中の戦いは今でも米軍が絶対優位を維持している分野です。私は米軍は、まだ公にしていないものの、根本的に戦略を変えていると思います。緒戦において米軍は、潜水艦を多様するものと思います。

軍事評論家の中には、このことを無視して、米軍は南シナ海で負けるとする人もいますが、そのようなことはないと思います。かつて米軍は、日本が空母を建造して、優位性を発揮し、真珠湾で大敗を喫した後にすぐに海軍の戦術を変えて、空母を用いるようにしました。

日本軍が、多数の南太平洋の島々に迅速に上陸した有様を研究して、海兵隊の戦法をすぐにかえました。現在では米中は戦争に突入してはいないものの、中国海軍の様子をみて、戦略を変える時間はいままでも十分にありました。おそらく戦術上も戦略上も有利なほうに迅速にシフトするのは今でも変わりないでしょう。

かつて、朝鮮有事が懸念された2017年に、トランプ大統はFOXビジネスネットワークの番組、「モーニングス・ウィズ・マリア」で朝鮮半島付近への、自ら空母派遣について言及しました。

トランプ大統領は、この番組の中で対北朝鮮問題にふれ「我々は無敵艦隊(カール・ヴィンソン打撃群)を送りつつある。とても強力だ。我々は潜水艦も保有している。大変強力で空母よりももっと強力なものだ。それが私の言えることだ」と発言しています。これこそが、私は米国の戦略の転換を示していたと考えています。

しかし、米軍は未だに潜水艦を多様する戦術・戦略を発表していません。それは、もちろん極秘中の極秘だからでしょう。
トランプ大統領が具体的に何を言っていたのか断定はできませんが、たとえばアメリカ海軍は4隻、太平洋側と大西洋側に2隻ずつ改良型オハイオ級巡航ミサイル潜水艦を持っています。他の潜水かもあわせると70隻の潜水艦を所有しています。

当時オハイオ級のミシガンという潜水艦が横須賀に入りましたが、とにかく巨大です。この潜水艦は特殊部隊シールズを乗せることができるだけでなく、巡航ミサイルのトマホークを1隻で最大154発、水中から連射することができます。

2017年のシリアの攻撃の時に駆逐艦2隻で発射したトマホークの数が59発ですからその規模がとんでもないことがわかります。この潜水艦のトマホークは、水中のハッチが開いて7つある発射口からトマホークが高圧空気で押し出され発射されます。

これよりもさらに大きくて強力な潜水艦が米国にはあります。たとえば、下の写真のシーウルフ級原潜です。

1997年から就役するアメリカ海軍有する世界最強の攻撃型原子力潜水艦シーウルフ級


アメリカ海軍最後の冷戦型攻撃原潜となったシーウルフ級は、ソ連海軍のアクラ型に対抗すべく、攻撃能力、静粛性、速力、潜航深度、氷海行動力など全ての面で世界最高の性能を持ち、「聖域」内への積極的攻勢すら可能な超高性能艦とするべく設計・開発されました。

当初は29隻を建造する計画でしたが、1隻21億ドルというあまりにも高価な建造費に加え、冷戦終結に伴い過剰性能であるとの判断から、これまでに計3隻のみが建造されています。

シーウルフ級を投入するまでもなく、オハイオ級などの潜水艦や他の攻撃型原潜が、緒戦で攻撃に出れば、中国軍は手も足も出ないです。同時に中国側としては、いくらミサイル戦力や海軍力、宇宙サイバー戦能力を充実させても、米海軍の虎の子の原子力潜水艦を発見し攻撃するASW対潜水艦戦能力が欠如している現状ではいかんとし難いです。

シーウルフ級などは、もし中国が核などを用いた場合に、それに報復するためいまでも、深く沈んでいることでしょう。

深海に留まり続け、中国の動きを偵察し、人工島と本土を結ぶ補給線を脅かす米潜水艦の存在は中国にとっては、脅威そのものです。米潜水艦が、緒戦で中国軍の艦艇ミサイル基地などを破壊し尽くした後に、空母打撃群の波状攻撃にあえば、勝ち目は全くありません。そこに、強襲揚陸艦で米海兵隊員が多数乗り込んできた場合どうなるでしょうか。

そこまでしなくても、米潜水艦が南シナ海を包囲して、中国艦艇を近づけないようにすれば、南シナ海の中国軍基地には水・食糧その他を補充できなくなってお手上げになります。台湾海峡では、台湾に中国の強襲揚陸艦を含む艦艇や航空機が近づいた場合、それらのほとんどを米軍が撃破し、後の追撃戦は台湾に任せれば良いのです。

中国軍側からみると、何の前触れもなくある日突然、多くの艦艇、潜水艦、環礁上の基地が、どこから攻撃されたかもわからないうちに、撃沈、撃破され、無力の状態になったところに、さらに空母打撃群によるミサイル、航空機の波状攻撃を受けることになります。

さらに、日本の潜水艦も、米国の原潜よりも、静寂性に優れています。元々原子力潜水艦は、先日もこのブログでも掲載したように、通常型よりも静寂性が劣るのですが、日本の潜水艦は静寂性は世界一です。特に、最近燃料としてリチュウム電池を使用するようになりましたが、これは静寂性というより無音です。これは、中国側には発見不能です。いや、米軍ですら発見できないでしょう。

昨年11月6日に進水したそうりゅう型12番艦「とうりゅう」。リチュウム電池で駆動

日本は22隻の潜水艦を所有しています。このすべての潜水艦が、中国側にはまったく探知できないか、探知がかなり困難です。これらの潜水艦が、東シナ海、南シナ海などを中国に発見されず自由に航行できるのです。

さらに、日本の対潜哨戒能力は、冷戦終了前までは世界一だったのが、最近では米軍には少し劣るようではありますが、それでも世界のトップクラスであり、中国のそれをかなり上回っています。

米中が台湾海峡や南シナ海で、衝突した場合、日本の潜水艦は戦闘そのものには加わらないかもしれませんが、偵察活動をなどで支援することは多いにありえることと思います。

軍事評論家やマスコミなどの危惧をよそに、日米ともに、尖閣、南シナ海、台湾海峡での中国軍との対峙への準備は十分整っているといえるのではないでしょうか。そうでなければ、台湾も尖閣もとうの昔に中国に蹂躙されていたはずです。

日米の潜水艦は、中国軍に気づかれずに今でも、東シナ海、台湾海峡、南シナ海を航行し、すでに遼寧などを含む複数の中国艦隊艦艇を何度も模擬訓練で撃沈していることでしょう。

潜水艦の行動は、世界中で昔から表に公表されません。それは、潜水艦の行動は隠密に行わなければ意味がないからです。これは世界中の海軍に認められていることです。そのようなこともあり、日米ともに自国の潜水艦の行動は発表しません。また、対艦哨戒能力の能力を図れることを嫌い、相手側の行動を察知してもそれを公表しないのが普通です。

今年の6月に、日本が中国のおそらく静音性が高いとみられる通常型潜水艦が奄美沖の接続水域を航行したことを公表したのは例外的なものです。これは、日本としては中国に対する牽制の意味で発表したのでしょうが、中国と日本の対潜哨戒能力の段違いの差があることを見せつけるという意味もあったことと思います。

そうして、尖閣諸島が未だに中国に奪取されないのは、日本の潜水艦の能力と、対戦哨戒能力が段違いであるからでしょう。これからも、これは大きな抑止力となります。この優位性だけは失うべきではありません。

中国の潜水艦の行動は、日米ともに詳細を把握しており、音紋という個々の潜水艦固有の音を特定しており、中国のどの潜水艦がどのような行動をしているのかまで知っているでしょう。それに比較して、対潜哨戒能力の低い中国は、日本の潜水艦の音紋すら一部を除いて特定していない可能性が大です。

米中で軍事衝突があれば、中国の潜水艦は、すぐに日米に探知され、米軍によって撃沈されてしまうことでしょう。さらに、米潜水艦は、中国の艦艇や、港、空港などを攻撃して。無力化するでしょう。

これでは、最初から全く勝ち目がありません。軍人であれば、誰もが敵と対峙するときには、自らが最も得意な戦術と戦略で対応すると思います。であれば、米軍は中国と本格的に対峙するときには潜水艦を多用するのは当然の成り行きと思います。中国側もすでにそのことは、気づいているでしよう。

そうして、戦略・戦術の転換は極秘中の極秘であり、発表する必要などありません。発表すれば、敵に自らの手の内を読まれるだけです。

今後日米ともさらに潜水艦を多様して、中国と対峙する道を選ぶべきです。


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