2011年9月11日日曜日

東大のトイレに「食事禁止」の張り紙? やっぱり「便所飯」は本当なのか―【私の論評】飢えも経験せず、誤った個人主義に浸った若者に明日はない?!

東大のトイレに「食事禁止」の張り紙? やっぱり「便所飯」は本当なのか


   ひとりっきりで食事をしている姿を見られないように、人から離れてトイレの個室にこもって飲食するという「便所飯」。その真偽のほどが議論を呼んでいるが、インターネット上には「トイレで食事をしてはダメ」との張り紙を撮影したと見られる画像が出回っている。
   探してみると、東京大学がトイレでの食事を禁じた張り紙の画像まで見つかった。東大でも「便所飯問題」が起きているのか。

隣の個室に人が入った時点で食欲が完全喪失

東大生も「ひとりランチ」に悩んでいるのか。

   「便所飯」の話題は、今もたびたびネットをにぎわす。ネット掲示板では「便所飯がつらい」「高校時代に実際にやった」といったコメントが並ぶ。

   トイレで食事をしないように促す張り紙の画像まであった。そのひとつが東京大学名になっている。「トイレ個室内での以下のような行為を禁止します」としたうえで喫煙、落書きと並んで「食事」とある。偽造写真の可能性もあるが、仮に本物であれば東大までもが「便所飯」を問題視して「撲滅」に乗り出した、と考えられなくもない。

   だが東大広報課に聞いてみると、「そのような張り紙をしている、ということはありません」との回答だ。

   実際に東大に行ってみた。本郷キャンパスは9月に入って学生も徐々に戻ってきたようだ。広大なキャンパスには、歴史を感じさせる建物から新築でモダンな研究棟まで数多く点在している。そこで、いくつかの男性用トイレに手当たり次第入ってみた。建物自体が古くても、トイレは清潔さが保たれている。個室の中には、「きちんと流す」「次に使う人のためにきれいに使う」といった注意書きがあるが、「食事禁止」には触れていない。別のトイレでは「禁煙」「節水」と大きく書かれていたものの、ここでも飲食を禁じる張り紙はなかった。

   「食べてはいけない」ことはなさそうなので記者は、実際に「便所飯体験」をしてみた。個室の中で菓子パンの袋を開けたが、清潔とはいえそこはトイレ、薄暗いうえにイヤでも便器が目に入り、食欲がわく環境とは言い難い。少しだけパンをかじったところで、隣の個室に誰かが入った音がした。その時点で食べ続ける意欲が完全に失せ、わずか数分で中止した。「便所飯」は何ともいえずむなしいものだと実感した。

ツイッターに「ひとりで昼食はイヤだな」
   大学生でも特に入学したばかりの新入生は、新生活のなかで友人関係が築けるまで「誰と一緒に昼ご飯を食べようか」と悩むケースが多いようだ。横浜国立大学に通う藤塚紗良さんも、「入学時は誰も友人がおらず、キャンパスで昼食をとらずに済むように時間をずらして登校していました」と打ち明ける。

   藤塚さんは現在、「便所飯」問題を解決しようと、「ランチcom」というスマートフォンベースのSNSの運営に携わっている。藤塚さん自身はトイレで食事をしている人を目撃したことはないが、周囲から「ランチを一緒に食べる人がいなくてどうしよう」と悩む声を聞くそうだ。

   「ランチcom」ではひとりぼっち解消のため、ツイッターと連動して、相互フォローをしているユーザー同士で同じ大学に通っている人に「この人とランチしては」という「お勧めサービス」を提供する。ただし1対1で会うのには抵抗があるという学生向けに、「グループでランチ」という選択肢も加えて紹介の幅を広げている。「ツイッターを見るとよく『ひとりで昼食はイヤだな』という呟きが見られます」と藤塚さん。そのツイッターを活用して一緒にランチをとる相手を見つけてあげようというのがねらいだ。

   本当にトイレで食事をしている学生がどれほどいるかどうかは不明だが、少なくとも「ひとりランチはしたくない」と頭を抱える若者が少なくないことは確かなようだ。「友達づくり、友人関係の構築は本当に深刻な問題」と、藤塚さんは指摘する。

【私の論評】飢えも経験せず、誤った個人主義に浸った若者に明日はない?!


私が便所飯のことをはじめて知ったのは、東京都副知事の猪瀬さんのツイートでした。だから、その時に、ブログに便所飯のことを掲載しようと思いましたが、やめました。私自身は、いわゆる、便所食は、本当にごくわずかの人がやっている異常行動に過ぎないと思っています。とはいっても、日本には1億3千万人も人がいますから、異常行動をする人の実数も結構あるのかもしれません。しかし、極少数であることにはかわりないと思います。統計的にいえば、無視しうる人がこのような異常行動をしているのだと思います。

それが、なぜ、このように大きな話題になるかといえば、「犬が人を噛んでもニュースには、ならないが、人が犬を噛めばニュースになる」という類のことであり、マスコミなどが、さも社会現象ように報道しているだけだと思います。

何かの都合で、1~2度やってしまったという人もいるかもしれませんが、それにしても、そういう人も極わずかで、恒常的に実施している人はほとんどいないのでは、ないかと思います。何しろ、マスコミの報道は、このブログでも何回も掲載してきたように、偏向していることが多いですから、たとえば、マスコミの報道だけ見聞きしていると、何やら、最近凶悪犯罪も含めた犯罪が、だんだん増えて行っているような気になりますが、事実は、逆です、事実は、誰でも見ることができる、警察庁の統計資料をみればわかることですが、凶悪犯罪も含めて、全体では2004年意向減少しています。

ちなみに、その統計資料の最新のものから一部掲載します。
刑法犯の認知件数は、平成 14 年まで7年連続して戦後最多を記録していたが、平成 15 年は前年に比べ2.2%減少し、以後、平成 16 年は 8.1%、平成 17 年は 11.5%、平成 18 年は 9.6%、平成 19 年は 6.9%、平成 20 年は 4.8%、平成 21 年は 6.3%、平成 22 年は 6.9%と8年連続減少しており、平成 23 年上半期にあっても、前年同期に比べ5万 4,781 件(7.1%)減少している。 
特に、凶悪犯罪などが、増えているようでもなく、過去においても、極端に上下しているなどのこともなく、徐々に減りつつありというのが実体です。

では、なぜ、犯罪が増えているように感じたりするのかといえば、マスコミが、コンビニ強盗や、外国人犯罪が増えていることなどを報道し、全体では、どうなっているのかを報道しないからです。確かに、コンビニなどは、飽和状況にあるといいながら、毎年のように数が増えています。外国人の数だって、どんどん増えているわけですから、それにつれて、犯罪が起こる確率だって増えているわけですから、当たり前といえば、当たり前です。

「便所食」だって、それに近いものがあるのではないかと思います。なにせ、これは、多くの人々の関心を呼ぶようなことではあると思います。

猪瀬さんは、現在、ボットでつぶやいています。何やら、若者などの無責任なツイートが多くて、いちいち、答えるのも面倒ということのようです。猪瀬さんは、たびたび、便所食について、ツイートして時期があります。今から、かれこれ、1年くらい前でしょうか。あまり度々そのようなことをツイートしていることと、何かというと、「今の若いもんは」的な発言が多いので、少々辟易としたので、悪いとは思ったのですが、猪瀬さんに対して、「便所食は、ごく少数による異常行動にすぎないこと、それに、あまり、今の若者がどうのこうのという発言を繰り返すということは、猪瀬さん自体が年老いたということではありませんか?」という趣旨のメッセージを発信したことがありました。

それ以来、あまり、猪瀬さんのツイートは見ていませんでしたが、ひよっとして、あのメッセージで、気を悪くし、フォローを打ち切られているのではないかと思い、確認してみたところ、今でも、フォローはされていることが確認できました。

それにしても、一人飯がいやだから、便所食という心理はほとんど理解しがたいです。私は、大学にいたときには、一人飯などしばしばありました。なにせ、理系で、生物系だったものですから、実験その他は、生き物が相手ですから、一度実験などしはじめたら、いつ終わるかもわからない場合もあるので、昼飯時間がずれることなどよくありました。それに、まわりは、まわりで、他の実験をやっているので、時間もあわず、昼飯を3時頃に一人でとっているなどのことはしよっちゅうありました。

それに、中には、昼飯時には、大勢の学生で食堂がメチャクチャ混むので、それがいやで、わざと時間をずらして、2時頃に食事をとるようにしていた人もいました。そういう人は、大抵、ひとりメシでした。

第一、大学の食堂など、そのような人もたくさんいるし、教官もいれば、外からも大勢人がくるし、私だって、少し前までは、学生のリクルートをしていたことがあったので、いろいろな大学の学食で一人飯を食べたこともあります。そうしたほうが、外に出るよりもはるかに効率的でした。特に、総合大学はそうです。東大に限らず、筑波や北海道大学などのキャンパスの敷地の広いところは特にそうです。学生が一人で飯を食っていたからといって、珍しくもなんともない風景であり、だれも、気にもとめないことだし、そんなことを気にしてわざわざ、便所飯なんてのは、全く理解ができないことです。


上の写真は、東大の学食の様子です。しかし、このような座敷がついているような学食は、全国的にも非常に珍しいです。それに、東大でも、ほんのごく一部です。もともと、学食は、家族とか同僚とか、何人かのグループで食べることなど想定されていません。

  
上は、法政大学の学食(カフェテリア)ですが、複数のテーブルがくっついていて、テーブル一卓を独立させて、その一卓が家族用とか、グループ用というように独立させるなどという意図はありません。そりゃそうですね、本当に混んで来たら、相席でも食べますから、このように設置してあるわけです。ということは、混んでいるときには、一人飯をかなりやりやすい状況になっているともいえます。それに、上の写真で、一人飯の人もいますね。この光景学食ではありふれた光景です。それに、それに総合大学ともなれば、学生総数は、1万を超えるところも珍しくもありません。そうなれば、こういう食堂に行っても、ほとんど知らない人ばかりというのが、ほとんどです。そんなところで、一人飯をして恥ずかしいなんていうのは、病的といわざるをえません。


上は、北海道大学の中央食堂です。地方に行っても、総合大学であれば、似たようなものです。昼ごはんどきになれば、このような長い行列があるのが普通です。こんな、行列ができているくらいですから、ゆっくりご飯を食べて、その後も長く、談笑しているなんてこともできません。食べたら、原則、すぐに席をたつというのが普通です。こんなに混んでいるところで、相席をするのは、当たり前で、一応、「ここいいですか」くらいの、確認はしますが、確認を得たら、相席で、見ず知らずの人と一緒に食事をするというのは、ごく普通の光景です。

便所食など、人数の少ない高校だとか、人数の少ない、単科大学なら、そんなことがあるのかもしれませんが、東大などの総合大学などでは、ほとんど考えられません。それに、どうしても、ひとりメシを学食で食べたくなければ、パンでも買ってきて、どこかで、食べればそれですむことだと思います。事実、食堂の混雑をきらってそうする人も大勢います。広いキャンパスなら、芝生や、ベンチくらいあります。学生や、院生の控え室などもありますし、便所食などするくらいなら、そのほうがよほどましだと思います。だから、東大便所飯は、フィクションだと思います。それこそ、厨ニ病にでもかかっている子供が、想像たくましく、抱いた妄想だと思います。

それに、上の記事を書いた人、かなり東大コンプレックスがあると思います。東大だからって、たまたま、高校時代のお勉強頭がすぐれていただけであって、実際には普通の若者です。こういっちゃ何ですが、毎年、3000人以上も、卒業するわけですから、上のほうは、優秀だとは思いますが、下の方の2割はただの馬鹿です。

何か、偉そうなことを言っているように思われるかもしれませんが、これも真実です。ドラッカーは本当に、優秀な技術者を一人得たいと思うなら、少なくとも優秀と定評のある6人を雇えと提言しています。一人だけの優秀な技術者を雇えば、実際に仕事をさせれば、大抵は凡庸な仕事になってしまいます。しかし、優秀で定評のある人6人を雇えば少なくとも、一人は、際立った仕事をします。あとの何人かは、一人よりは際立ちませんが、それなりに優れた仕事をします。残りは、凡庸な仕事しかしません。これが真実です。これは、どんな組織にもあてはまることです。有名大企業で入るのが難しいところでも、なぜか下の20%はできが悪いです。入るのが簡単な、中小企業でも、なぜか、上の数パーセントは優秀だったりします。東大卒業者だって、例外ではありません。

大学院はどうかといえば、無論、優秀なところもありますが、これもわけのわからないものも増えてきて、東大大学院だからといって、必ずしも、優秀とはいえません。最近では、学歴ロンダリングにつかわてしまったりしています。今なら、全く人気のない、マル経の大学院なら、行けば歓待されると思います。東京大学にまともに受験して入るよりもはるかに簡単にはいれます。東大のネームバリューだけ欲しい人は、こういう選択肢もあると思います。しかし、実力がつくかどうかは、また別次元の問題です。

それにしても、日本はどうしてこんな、大学による学歴偏重など起こってしまったのでしょう。アメリカなら、ハーバード大学を卒業したからといって、特に高学歴にはみなされません。無論ハーバードの大学院にいけば、高学歴ということになりますが、大学は、大学であって、いくら有名大学を卒業したからといって、高学歴とはみなされません。これが、本来の学歴偏重社会と言うものだと思います。

それに、現役の東京大学の学生も昔と比較すれば、相当レベルが落ちています。「ゆとりの教育」と東大は無縁かと思っていましたが、私は、数年前に、何と、「ファラデーの法則」を知らない現役の、工学部の学生がいることを知って驚いたことがあります。なんでも、受験のとき物理が選択科目だったので、物理を高校の時に履修しなかったので知らないというのです。これには、本当に驚いてしまいました。

そんなわけで、少し話しがずれてしまいましたが、上の記事では、便所飯は、東大にはなかったということです。そうでしょうね。

ただし、便所飯をする人、これは異常だと思います。精神に異常をきたしている人もいるかもしれません、そうでなくても、そのようなことをする人は、精神的にかなりプレッシャーを受けている可能性も高いと思います。こんな人は、飢えも経験したことがなく、戦後の誤った個人主義教育により、個性豊になりすぎたというより、わがままになったのだと思います。完璧な自意識過剰です。学食なんかで、一人飯しているの、当たり前で、普通ですから、数人集まって、食べているほうが余程異常だと思います。そういう機会は、飲み会などで持てば良いことであり、学食をその舞台にする必要性など全くありません。いや、昼ごはん時なら、混雑してそもそも、そんなことできないと思います。

いずれにしても、便所食は、異常です。これは、社会現象になるほど実数は多くはならないと思いますから、そういう方は是非、ご自分で、病院にいって、診てもらうべきと思います。これは、自分では、そのようなことをしていないのに、あたかも、自分も便所飯をしたことがあるかのように語る人も同じ事だと思います。

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2011年9月10日土曜日

鉢呂経産相が辞任!「放射能」発言で引責…就任直後政権に打撃―【私の論評】私の野田?内閣への見方が正しかったことの査証か?

鉢呂経産相が辞任!「放射能」発言で引責…就任直後政権に打撃


東京電力福島第1原発を視察した際の鉢呂吉雄経済産業相(左)。中央は野田佳彦首相、は
細野豪志原発事故担当相=福島第1原発の免震重要棟で2011年9月8日、内閣広報室提供
鉢呂吉雄経済産業相は10日、東京電力福島第1原発の周辺市町村を「死の町」と表現し、「放射能をうつす」という趣旨の発言をしたことの責任を取り、野田佳彦首相に辞表を提出、受理された。2日発足したばかりの野田内閣で就任9日目となる初の閣僚辞任。野党は野田首相の任命責任を追及する構え。政権運営に打撃となるのは必至だ。

鉢呂氏は福島第1原発事故を受けたエネルギー政策の見直しを所管しており、事故対応を政権の最優先課題に掲げる野田首相は早急な態勢立て直しを迫られる。停止中の原発再稼働をめぐる地元自治体との協議にも影響を与えそうだ。

鉢呂氏は8日、首相とともに原発周辺地域を視察。翌9日の記者会見で「残念ながら周辺市町村の市街地は人っ子一人いない『死の町』だった」と発言した。また視察後の8日夜、都内で報道陣の一人に防災服をすりつけるしぐさをし、「放射能をうつす」という趣旨の発言をしていたことも分かった。

首相は「不穏当な発言だ」と不快感を表明。鉢呂氏はあらためて記者会見し「被災地の皆さんに誤解を与える表現で軽率だった。大変申し訳ない」と発言を撤回し陳謝したが、野党は「被災者の希望を奪う発言で、閣僚失格だ」(自民党の大島理森副総裁)などと一斉に批判。鉢呂氏は13日に召集される臨時国会の審議への影響を懸念し、辞任を決断した。

鉢呂吉雄経済産業相の原発視察に関する一連の発言要旨は次の通り。

【9日午前の記者会見】野田佳彦首相と一緒に視察した福島第1原発事故の現場は、まだ高濃度で汚染され、大変厳しい状況が続いている。残念ながら周辺の市町村の市街地は人っ子一人いない、まさに死の町という形だった。

【午後の2度目の記者会見】午前の記者会見での私の発言は、表現が十分でなかったと反省している。全体の私の思いは皆さんにもご理解いただけると思っているが、表現自体、大変被災地の皆さんに誤解を与える表現だったと真摯に反省し、この表現を撤回をさせていただき、深く陳謝を申し上げる。大変申し訳なく思っている。

【「放射能をうつす」という趣旨の発言に関し9日夜、記者団に】私の真意は、放射能汚染で大変苦しんでいる皆さんの厳しい思いを現地で確認してきたということだ。誤解がないようにしてもらいたい。汚染で苦しむ皆さんのことをマスコミの皆さんにも共有してもらって難局を乗り越えていきたいということだ。


【私の論評】私の野田?内閣への見方が正しかったことの査証か?


上記の、辞任のもとになった、発言に関する鉢呂氏の釈明を下に掲載しておきます。

◆経産相の「ほら、放射能」発言への釈明の要旨◆
8日夜11時過ぎ、(衆院議員)宿舎に帰って来てから、記者との立っての非公式な懇談を5分ないし10分くらい行った。被曝の線量の話があったので、計数的な話をした際、記者にも厳しい状況を伝えたかった。(記者に)囲まれていたから一歩くらい近づいたというような記憶しかないが、大半は真剣な話をしたと記憶している。

(「ほら、放射能」との)発言自体はどういう風に言ったか、ちょっとニュアンスが違うし、行動としては若干(記者に)近づいた程度で、腕を取るとかは一切なかった。しぐさはあったかも分からないが、言葉は正確に記憶していない。

◆鉢呂経産相の「死のまち」発言の要旨◆(9日の記者会見より)

福島の汚染が経産省の一つの原点と捉えてそこから出発すべきだということを感じた。事故現場の作業員、そしてまた管理している方々は予想以上に前向きで明るく活力をもって取り組んでいる。

残念ながら(原発)周辺の市町の市街地は、人っ子一人いない。まさに死のまちという形だった。私からももちろんだが、野田総理からも「福島の再生なくして、日本の元気な再生はない」と、これを第一の柱に野田内閣としてやっていると至る所で話した。

ちなみに鉢呂氏のことは、あまり知らない人もいるのではないかと思いますので、以下に略歴を掲載します。
北海道樺戸郡新十津川町出身。北海道滝川高等学校を経て1971年北海道大学農学部を卒業し、今金町農業協同組合に勤務。 
農協・旧社会党の出身で「農業の鉢呂」として地元北海道での選挙などで影響力が大きい。 
国対畑の経験が長く、与野党に人脈を持つ。 
2007年9月に民主党のテロ特措法延長問題の責任者として「次の内閣」の人事で外務担当となり、衆院テロ防止特別委員会の筆頭理事に就任した。「外務防衛について何も知らない」(民主党中堅)との指摘に見られるように、安保の専門家ではなかったが、旧社会党議員として与党に対して断固反対の姿勢を貫けるとの小沢代表の目論見が決め手となった。 
党内では脱小沢派であり、2010年9月に行われた民主党代表選挙では小沢一郎と対立する菅首相側の推薦人になった。
鉢呂氏については、ここ函館にも近い、道南の今金町の農協に勤務していたということもあり、今金町の人から鉢呂氏のこともうかがったことがありますので、その内容を簡単に掲載しておきます。

鉢呂氏は、北海道大学を卒業して、特に就職もしないで、新十津川の自宅で過ごしていたのを、今金町農協の人が、空知郡新十津川町まで、わざわざ出向いて、リクルートしたそうです。

ただし、鉢呂氏は、農業には全く経験がないため、まずは1年間今金町の農家で研修をすることになったそうです。ところが、わずか2ヶ月研修をした後に、耐えられなくなって、農家を抜け出し、新十津川の自宅に篭っていたそうですが、それをさらに今金町農協の人が説得して、連れ戻したそうです。

そこからは、研修をやり通して、その後、農協に勤務したそうです。

まあ、田舎の社会性のない純真な青年だったのでしょう。この青年は、大学にはいって、当時流行りの左翼思想に洗礼されたのだと思います。しかし、もともと純真な彼には、それについていくこともできず、かといってまともに就職することもできずに、家で篭って、おそらくそのままであれば、凡庸な人生を送ったものを無理やり、今金町の農協の人が彼の運命を変えてしまったということです。

この純真な青年は、そのうち、その純真さからおそらく、その後何の疑念も持たず、社会主義思想にはまっていったのだと思います。そうして、いつの間にか国会議員になり、そうして、大臣にまで上り詰めてしまったというわけです。ここまでは、ドリームだったのですが、農協に勤務しはじめてから数十年たって今日の結果になったというわけです。

鉢呂氏など、自分も、まわりの人も、過去においては、まさか、将来大臣になるなど誰も考えることなどなかったことでしょう。本人は、覚悟も準備もなにもないうちに、閣僚になってしまったのだと思います。だからこそ、今日の不祥事に結びついてしまったのだと思います。

民主党には、このような人が多すぎます。要するに、人材が少ないということです。人材が少ないことの理由として、上で述べたような鉢呂氏の経歴にみられるような社会性の欠如もあるでしょうが、それだけではないと思います。

おそらく、民主党をはじめとする、左翼の人々のほとんどは、生粋の個人主義者でもあるため、親兄弟や、先祖から根本的なものの考え方や、ものごとの基本に関して引き継いだり、地域から引き継いだりするものがなく、さらに、職場でも、左翼系という個人主義の閉鎖社会に浸り個々人で分断されているのだと思います。それに、彼らのバックボーンや精神的支柱ともなる考え方は、すでにソビエト連邦の社会主義や、西欧の先進国でも福祉国家という形で壮大な実験が行われ、大失敗して破綻しています。もう、たよるべきものは、自分自身や、その時々での、同じ考えもつ人間しかいないということです。もう、彼らには、たよるべき最後の縁(よすが)としての、物事の本質である、原理・原則すら崩壊しているのです。それに、個人主義者は時間的にも分断されています。

だからこそ、社会性や、常識的な振る舞いのもとになるバックボーンになるものもなく、酷いことには、国すらも、解体の対象でしかないのです。これでは、鳩山さん、菅さんのように、軟体動物のように、ぐにゃぐにゃで掴みどころのない、人間の本質が、野党なり、プロ市民でいるうちは、あまり表にはでてきませんが、総理大臣や、閣僚の高い地位につけば、鉢呂氏のように表にでてくるようになり、不祥事につながるのだと思います。

私は、野田さんが、総理大臣になったばかりのとき、3週間以内に不祥事が発生し、それが元で、野田さんは半年以内に、辞任するであろうことをこのブログに掲載しました。本日の鉢呂氏の不祥事による辞任では、そこまで発展する可能性はないでしょうが、なにせ、わずか、数日での辞任劇です。これからも、様々な不祥事が発生することが予想されることから、これは、私の予測もあたる確率も高くなってきたと確信しました。

さて、野田さんが、辞任したあかつきには、無論、総選挙を実施すべきです。しかし、ここで自民党も、ぬか喜びしているだけではどうしようもありません。自民党にも、あの軟体動物のような連中が巣くっています。そうです。あのリベラルとか称する連中のことです。彼らも、出自は異なりますが、軟体動物であることにはかわりありません。彼らをそのままにしておけば、自民党も民主党と変わりがないことになってしまいます。きたるべき、総選挙に備えて、これらを排除するべきです。排除できないというのなら、少なくとも、党内での彼らの力を削いでおく必要があります。その覚悟がない限り、自民党が政権の座についても、民主党よりはまし程度ということになり、同じような運命を辿ることは必定です。

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2011年9月9日金曜日

なぜ今、円高なの?―【私の論評】もっとまともな報道をしなければ、いずれ新聞・テレビから購読者・視聴者は離れる?

なぜ今、円高なの?

■アメリカのデフォルト回避と円高の関係性

本稿の執筆時点では、アメリカのデフォルト危機がひとまず回避されて、安堵(あんど)感が漂っているところだ。同時に、円高が大きく進行して日本の輸出産業にとって大問題となりつつある。

さて、この問題については、ついにドル崩壊だとか、これだから財政規律は重要だとか、きいたふうな口をきく人がたくさん出た。でも、経済だろうとなんだろうと、絶対に当てはまる法則がある。

「Action speaks louder than words」。

あれこれ口先だけの評論家よりも、実際にそれに直接の利害を持っている人の行動を見よう。米国債の返済が滞って一番困るのは、米国債を持っている人々だ。デフォルトの危機があると思ったら、みんな売り逃げようとするから安値になる、つまり利回りがリスク分上がるはずだ。

そして今回、アメリカ国債利回りがどうなったかというと、ほとんど変わらなかった。だれも本当にデフォルトするとは思っていなかったわけだ。

なぜかといえば話は簡単。今回の危機は単に、アメリカが財政規律のためと称して借り入れの上限なんていう変なものを作り、そして共和党がオバマ政権への嫌がらせとして、この上限の引き上げに対して散々ごねただけの、極めて人工的なものだったからだ。

これが問題になりはじめた7月初頭時点で、イギリスの『エコノミスト』誌はこの件について共和党を批判する記事を載せていた。国の信用を掛け金にしてくだらないチキンゲームをするなといって。

そして共和党だって、本当にアメリカが債務不履行を起こしたら財政規律どころでないことは知っている。本当に突っ張って、本当にアメリカ国債がデフォルトしたら、そんな事態を引き起こした共和党が大バッシングにあうから、どっかで手打ちせざるを得ないのはみんな知っている。

ただ正直、ここまでごねまくるとは思わなかった。それが結果的に、国そのものに対する通俗的な信頼を揺るがせたことで、共和党はかえって株を下げた。

と書いているうちに、アメリカ国債が格下げになって、またもやニュースや通俗評論家は大騒ぎ。でもこれまた国債の利回りは全然上がっていない(債券は、ヤバイと思われたら利回りが上がる)。市場で実際に投資をしている人々はアメリカ国債がやばくなったとは、まったく思っていないわけだ。

でも、それをどう評価するにしても、実際の利害を持つ人々がまったく動じていない、という点は留意していいんじゃないだろうか。

さてそれについて日本で大騒ぎしてみせる人々は、単に無知なのか、あるいは魂胆を持っている。日本の場合、それは日本の財政赤字がヤバイと言って、話を増税に持って行きたいという魂胆であることが多い。

さて円高のほうも、ドルの動きやユーロ圏の状況など、いろいろ要因はある。でも為替は基本的には、それぞれの通貨の相対的な量で決まってくる。円高を阻止したければ、日銀がもっとお金を刷ると明言し、国内の通貨量を増やせばすむ。ちなみにそうすれば、震災復興にも役立つ。

円と同じく通貨が高くなってしまったスイスは、ちゃんと金融緩和を発表して、きちんと通貨を引き下げた。が、日銀は輸出業界が悲鳴を上げてもひたすら「注視する」というだけで何もしない。デフレで景気が低迷しても何もだ。

いまの日銀はいったい何のために存在しているのか、というのは多くの人が抱いている疑問だ。そうすると、なぜ自分たちが何もしないか、というのだけはえらく雄弁に弁解する。そしてそのお先棒をかつぐ学者も多い。しかし、日銀の中には、「金融を緩和したら負けで、金融を引き締めると勝ち」、という価値観がある、という話も。

インフレが問題だった時代には、それは適切な態度だっただろう。でも状況が変わった今もそうした昔のやり方を変えられずにいるとすれば、本当に日銀が何を目的として政策運営をすべきかについては、きちんと見直して外から枠をはめたほうがいいのかもしれない。そうでないと、デフレも円高も絶対なくなりそうにない。

山形 浩生(やまがた・ひろお)

1964年、東京生まれ。東京大学卒業後、マサチューセッツ工科大学修士課程修了。某大手シンクタンクに勤めるかたわら共著、『暴走する「地球温暖化」論ー洗脳・煽動・歪曲の数々』(文藝春秋)、『要するに』(河出文庫)など著作訳書多数。
【ネタりかより】

【私の論評】もっとまともな報道をしなければ、いずれ新聞・テレビから購読者・視聴者は離れる?
上の、山形氏の行っていることは、ほぼ妥当だと思います。残念ながら、私自身は、この方のことは、本日上の記事を読むまでは、存じ上げませんでした。ネットで少し調べたので、顔写真と略歴だけ下に掲載しておきます。

山形 浩生氏
略歴
小学校1年生の秋から約1年半、父親の海外勤務でアメリカに居住。麻布中学校・高等学校卒業後、東京大学理科Ⅰ類入学。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻を経て、野村総合研究所研究員となる。1993年からマサチューセッツ工科大学に留学し、マサチューセッツ工科大学不動産センター修士課程を修了。1998年、プロジェクト杉田玄白を創設。

野村総合研究所で開発コンサルタントとして勤務する傍ら評論活動を行っている。また先鋭的なSFや、前衛文学、経済書や環境問題に関する本の翻訳を多数手がけている。

上の山形氏の次の文章のうち、以下のものは、

『日本で大騒ぎしてみせる人々は、単に無知なのか、あるいは魂胆を持っている。日本の場合、それは日本の財政赤字がヤバイと言って、話を増税に持って行きたいという魂胆であることが多い』に関しては、まさにその通りで、このブログではも何回となく掲載してきたことです。


「米国債はデフォルト危機」と大騒ぎする日本の新聞は「財政破綻」「増税」は好きだが、自分たちだけ「軽減税率」求める浅ましさ ―【私の論評】消費税率アップが、新聞業界と財務省の共通の利益だが、アメリカの利益にはならない!!


この記事では、まずは、以下のようなことを掲載しました。
しばしば日本国政府の債務残高がGDPの2倍あるとかいうが、日本国政府のバランスシートの資産もGDPの1.3倍もある。債務も世界一なら資産も世界一なのだ。何よりソブリンCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)は1%にも満たずギリシャの20%に比べると雲泥の差だ。だから日本国政府が財政破綻という話は国際金融市場では出ていない。
実際、国際金融市場で日本国政府が財政破綻という話は、でていません。いっとき、ゴールドマン・サックスなどは、日本のソブリンリスクの喧伝を行っていましたが、それによって、 それこそ、上の記事で、山本氏が語っているように「あれこれ口先だけの評論家よりも、実際にそれに直接の利害を持っている人の行動」は全く変化することもなく、さすがに、今では影を潜めました。彼らにとっては、日本のソブリンリスクを演出してみたところで、誰も、のってこなかったので、金儲けにもつながることもなく、やめたというところだと思います。全く、金融馬鹿や、賭博師は、困ったものです。

そうして、新聞と、消費税の関係に関しては、以下のようなことを掲載しました。財務省は、増税をすることは、省益に利することであり、新聞が、日本の財政破綻をゆえなく、報道をすることは都合が良く、両者の利益は、合致しているという内容です。
新聞は消費税アップによっても新聞代の引き上げを避けられる。一方財務省にも利権が発生する。というのは、消費税率がアップすると、必ず軽減税率やゼロ税率の話が出てくる。新聞業界もそのひとつだ。社会的使命を主張しながら、消費税の軽減税率を財務省に働きかけている。これはもちろん新聞では報道されないが事実だ。どの業界に軽減税率を適用するかどうかは財務省の胸先三寸である。 
財務省の事務次官であった丹呉泰健氏が読売新聞に天下りしたことは昨年11月22日の本コラムで述べている。消費税率引き上 げと新聞業界の軽減税率・ゼロ税率の願望とは無縁とはいえない。  
新聞業界と財務省は既に蜜月関係にあると見ていいだろう。だから、新聞が行う世論調査で、増税が必要かというものはあてにならないことを留意する必要がある。そんなものは質問の仕方によってかなり変わるからだ。

昨日も、ある経済学者のコメンテーターがWBSに出演していて、日本の財政破綻に関して、Facebookによる視聴者からの質問されてて、非常に歯切れの悪い解答をしていました。この人など、経済学者なのですから、上のようなことは、知っているというよ、知っていなかったら、単なる馬鹿です。

しかし、政府におもねっているのか、あるいは、テレビ局におもねっているのか、わかりませんが、財政破綻の危機に関して、はっきりとは否定せず、うやむやな答えに終始していました。

しかし、伊藤元重氏も、はっきり言えない事情があるのかもしれません。あの番組に限らず、日本のテレビは、討論番組のようなものでも、デイレクターの誘導によって、最終結論が出されるようになっているくらいですから、自由な発言ができないのかもしれません。

しかし、そうであれば、出演しなければ、良いと思います。実際、大前研一氏は、こうしたテレビの体質を嫌って、最近では、普通のテレビにはほとんど出演していません。最近では、もっぱら、インターネットを用いた独自の媒体の中で活躍されています。

新聞は、財政破綻危機を煽ることで、財務省による、消費税増税後の軽減などの措置を期待しているようですが、テレビもそのようなことがあるのでしょぅか?いずれにしても、何かメリットがあるからこのようなことをするのだと思います。

いずれにしても、このブログにも、テレビや新聞の劣化については、たびたび指摘してきましたが、先のWBSも相当レベルが落ちてきたように思います。わずか、10年ほどまえまでは、野村総合研究所のリチャード・クー氏や、あの植草さんが出演していて、いまから、比較すると本当にまともでした。

特に、リチャード・クー氏は、この番組でも、早々と、「バランス・シート不況」について、述べていて、なかなか、当時不況の理由が何を見ても、理解できなかったのに、リチャード・クー氏のこの話をきいて、納得がいき、さすが、「日本通」と思わず、唸ってしまったものです。今のWBSにはそのようなことは全くありません。もう、あまり見ることもありません。この番組では、昔、自分の会社が紹介されたこともあり、長い間ファンだったのですが、今では、本当に面白くもなんともない、番組になってしまったと思います。

この番組など、今のままでは、どんどと視聴者が減少していくと思います。そういわれてみれば、大前研一氏も、最近では、ほとんど、出演しませんね。それでも、1年少し前には、確か、「ビジネス・プラットフォーム」に関して話をしたのが最後ではなかったかと思います。

いずれにせよ、テレビでも、新聞でも、上記の山形氏のような人にもっと、もっと、話をさせたり、書かせたりすべきと思います。このままで、今のメディアはユーザーからの信頼を失い、没落してくのみとなると思います。


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2011年9月8日木曜日

【現代ビジネス―経済ニュースの裏側】野田首相はやはり財務省傀儡なのか―【私の論評】野田氏は、財務省の傀儡というより、物事の原理・原則を知らないだけ、だから結果として傀儡のようにみえるだけ?

【現代ビジネス―経済ニュースの裏側】野田首相はやはり財務省傀儡なのか

どじょうすくいをする?野田總理大臣

野田佳彦・新首相は財務省の傀儡だという見方が根強い。何より、民主党への政権交代後、野田氏が副大臣・大臣と、一貫して財務省を担当してきたことが大きいだろう。財務大臣在任中にすっかり増税論者になった菅直人・前首相と二重写しになっていることもある。民主党代表選挙で早い段階から増税を口にしていたことも、国民に「やはり」と思わせた主因だろう。

だが、「もしかしたら違うのではないか」と思わせる動きが組閣で起きた。古川元久・元官房副長官を国家戦略相兼経済財政政策担当相に任命。政官民による「国家戦略会議」の設置を表明したことだ。

組閣2日後の9月4日付けの日本経済新聞は1面トップで、国家戦略会議の新設を「首相方針」と伝えた。また、「予算編成や税制改正、社会保障改革、環太平洋経済連携協定(TPP)など多国間・2国間の経済連携といった重要政策の指針作り」が会議の役割になると報じた。要は、小泉純一郎首相が構造改革時にフル活用した「経済財政諮問会議」の役割を復活させる、ということに他ならない。

(続きはこちらから)

上の記事で、野田氏が財務省の傀儡ではないかもしれないという趣旨のことが述べられています。その論拠として、小泉純一郎首相が、構造改革時にフル活用した「経済財政諮問会議」を復活させる、ことをあけでいます。

しかし、これは、有力な論拠とはなりえません。なぜなら、小泉純一郎氏も、結局は、財務省が推進する、緊縮財政を実施した本人だからです。普通なら、構造改革をするにしても、ある程度経済を良くしてからいろいろなことに取り組むのが当たり前ですが、そんなことは一切せずに、結局は緊縮財政を行いながら、構造改革を推し進めしまた。そのため、経済は、疲弊しました。特に、地方の疲弊は酷かったことは、皆さんご記憶にとどめておられるでしょう。

このブログでも、小泉構造改革は、順番を間違えたことを何回か指摘したことがあります。改革なるものは、経済を良くしてから行うべきものであり、完璧に間違えたと思います。しかし、これも、結局は、財務省の暑い壁を打ち破ることができなかったことの結果でもあると思います。

小泉さんも、結局は、財務官僚の厚い壁に阻まれ、デフレで景気が悪いときには、減税をして、積極財政をやるべきなのに、緊縮財政をやらざるをえず、緊縮財政をしたまま、構造改革をしたため、一気に日本の経済が打撃を受けた、特に地方が疲弊してしまったのです。小泉さんは、結局は、財務省の傀儡ではなかったかもしれませんが、財務省の壁を崩せなかったのです。

これは、何も小泉さんに限ったことではありません。20年前のバブル崩壊以降、歴代の政権は、小渕政権と、麻生政権を例外として、他の国ではあり得ない、デフレの最中に緊縮財政を行うという愚策を実施してきました。これは、鳩山さんも、菅さんも例外ではありません。

野田さんも、結局は、小泉さんの二の舞を舞うことになるだけです。財務省は、省益を最優先させて、国民がどうなろうと、政府がどうなろうと、多額の金融資産を自らの手中におさめておきたいだけです。

野田さんが、結局は、財務省の傀儡めいたことをやっていることは、もう明白です。たとえば、最近の『しんぶん赤旗』には、以下のような記事が掲載されています。
30日に国会で首相指名をうけた野田佳彦新首相が、2007年、08年の2回、国会へ提出された消費税引き上げなど大衆増税に反対する請願の紹介議員になっていたことが30日わかりました。野田氏は財務相として、震災復興増税や消費税率引き上げに積極姿勢を示し、民主党代表選で同様の主張をくり返しました。同氏を紹介者にした請願者3140人と国会への背信行為との批判を浴びるのは必至です。 
野田氏が紹介議員になっている請願は07年9月20日と08年10月2日に、それぞれ国会へ提出された「消費税率の引き上げ・大衆増税反対に関する請願」です。(写真) 

請願書は(1)所得税・地方税の各所得控除・給与所得控除の縮小・廃止などを行わず、応能負担の強化で税負担の公平を図ること(2)消費税率の引き上げを行わないこと(3)零細事業者への経費概算控除制度を導入しないこと―を求めています、 
請願書の07年分には千葉市稲毛区在住の男性ほか1123人、08年分は千葉県銚子市在住の男性ほか2017人の署名がそれぞれ添えられています。 
野田氏は先の民主党代表選の政見で「震災対策における財源措置を含め……歳入面での改革も合わせて実行」「社会保障と税の一体改革を実現」として復興増税、消費税を2010年代半ばまで段階的に10%へ引き上げる方向を明示しています。

ニューディール政策がアメリカで実施されて以来、少なくともまともな近代的な形態を整えた、国家では、いや、そうではない中国などのような国でさえ、デフレのときに増税するようなバカ真似はしません。これは、誰でもすぐに調べれば判ることです。

それから、復興のための財源をかつて、増税でまかったことがあるかといえば、日本国内に限ってみれば、一度もありません。また、海外でも例はありません。これらは、すべて、日本でも、海外でも、長期国債で賄われています。これも、誰でも調べれば、判ることです。

この「誰にも調べればわかること」に関して、私は、過去に、このブログにいくつか、「誰でも調べればわかること」を掲載したことがあります。

一つ目は、「ゆとりの教育大失敗例」です。

二つ目は、「夫婦別姓の大失敗例」です。

以下に、その核心部分をコピペしておきます。

夫婦別姓に関しては、アメリカで法制化ではなく、ライフスタイルとして導入されましたが、離婚率50%以上などというとんでもない結果を招き大失敗したことが明らかになっています。しかし、このようなこと、マスコミも報道せず、政府も公表しません。これには、隠れた意図があると断定せざるをえません。 
すなわち、戦後60年にわたり、アメリカの日本弱体化政策による家の破壊により、日本の家庭はほとんど核家族化されましたが、今度はそれに続き、家族の破壊です。これによって、日本の国民国家を破壊することです。 
「ゆとりの教育」は、日本で導入時には、アメリカでは随分前から導入されていて、大失敗したことが明々白々になっていて、世論は「若いうちに詰め込めるだけ詰め込んでおけ」というように変わっている時でした。無論アメリカでは、ゆとり教育はすぐにやめました。日本は、ご存知のように導入して思ったとおりの大失敗です。夫婦別姓も現在導入すれば、大失敗どころか、大きな災厄をもたらすことははっきりしています。
この中で、「ゆとりの教育」に関しては、前政権の行ったことです。そうして、アメリカで大失敗したことが明らかになっている時期に、導入しました。「夫婦別姓」に関しては、現政府が実現しようとして、いまだ、実現できないでいることです。なかなか、実現できないことは、当然のことだと思います。なぜなら、もう、アメリカで数十年前に法制化ではなく、ライフスタイルとして導入されて、大失敗しているからです。

統計資料や、海外のそれを調べれば、すくに分かりそうな事柄に関しても、良く調べもせずに、ことをおこして、失敗するとか、失敗しそうだというようなことが、日本では、あまりに多すぎです。

少し思いつくものだけあげてみましょう。たとえば、「日本は借金だらけ」というものです。これに関しては、日本は、世界で一番金融資産を貸し付けてい国であり、真実ではありません。だから、ギリシャなどのようにソブリンリスクなどありません。それに、日本が財政破綻したら、確実に世界大恐慌になります。それも、1930年代におこった、恐慌の数倍の規模になります。日本だけが、世界の中からひっそりと消えるように破綻するわけではありません。このへんも、マスコミは、報道せずに、全く無責任なことばかりいいたてています。

役人の数が多いというのも真っ赤な嘘です。先進国と比較すれば、日本は、対人口非出、比較すれば、少ないほうの部類にはいります。一時、ニュージーランドは役人が少ないなどといわれていました。しかし、ニュージーランドは、人口が数百万しかいないわけですから、実数が少ないのは、当たり前のことです。日本と比較すれば、対人口比では、ニュージーランドのほうが、かなり、役人の数は多いです。この事実が広まったせいでしょうか、最近では、役人の数をめぐって、ニュージーランドをひきあいに出すような、政治家や、マスコミも影を潜めました。

最近犯罪そのものや、凶悪犯罪が増えいるというのも、嘘です。これは、警視庁の出している統計資料を見ればすぐにわかります。現実には、2004年を境に、毎年少しづつ犯罪は減っています。凶悪犯罪も同じことです。ただし、外国人犯罪や、コンビニ強盗は以前より増えています。しかし、これは、当たり前といえば、当たり前です。なぜなら、外国人の数、コンビニの数は以前より増えているからです。マスコミは、こうしたことは報道しますが、犯罪が2004年より減り続けていることなど報道しません。

公共工事が多い、道路が多すぎというのも真っ赤な嘘です。公共工事に関しては、今の水準は、20年以上前よりも低い状況にあります。このような国は、特に先進国では、他に類を見ません。道路に関しても、世界の他の国と同じ尺度で比較すれば、決して多いということはないです。少ないくらいです。現状は、公共工事の水準はかなり低い状況にあります。これでは、景気が悪いのも当然といえば、当然です。

日本の食料自給率が極端に低くて、40%を切っているなどというのも嘘です。実は、これは、カロリーベースで比較するから低くなるのであって、海外と同じような指標で計算すれば、もっともっと、自給率が高く、日本は、世界第6位の農業生産国であるという試算もあるくらいです。実際、食卓に登る野菜・果物のことなど考えてみれば判ることです。皆さんは、米、ジャガイモ、サツマイモ、里芋、卵、白菜、玉ねぎ、人参、りんご、なし、ブドウ、桜んぽなど、一体どこの国のものを食べていますか?無論、ほとんど国産でしょう。国産どころか、最近だと、地産地消の影響もあって、自分のすんでいる地域のものもかなり食されているのではありませんか?

日本は、輸出大国であるとか、輸出立国であるかのような考えが流布されていますが、これも真っ赤な嘘です。輸出産業は、日本国内では、少数派です。そんな馬鹿なと思う方がいらっしゃたら、実際に調べてください。輸出が日本のGDPに占める割合は、15~16%内外です。他の先進国では、40%を超えている国は、珍しくありません。中国も、ドイツも当然超えています。このように、低いのは、世界の中では、アメリカくらいなものです。そんな国のどこが、輸出大国だというのでしょうか?

これに関しては、今年の年度の初めのほうで、ある銀行が、円高は、企業運営に影響を及ぼすかというアンケートを中小企業にしてみたところ、「16%」の企業のみが影響があると答えていました。この16%という数字をみると、やはり、先程のGDPに占める輸出の割合と同じである、やはり、符号していると納得しました。要するに、確かに円高になると、中小企業は大変ですが、それは、全体からみれば、少数派だということです。

もう、あげれば、きりがないですから、もうやめますが、これらのこと、日本は、情報は比較的自由に集められるので、「誰でも調べればわかること」です。

このあたりで話を本題に戻します。自然災害の復興に「増税」で賄うことや、デフレの時に「増税」することなど、歴史上どこの国でも行われたことがないことは、「誰にでも調べればわかること」です。それを平気で口にする野田さんは、財務省の傀儡というより、物事の原理原則がわからないだけです。だから、傀儡のようにみえているだけです。

原理原則がわかっていない人は、誰かが何かを熱心に唱えれば、すぐに、動かされるのだと思いす。私は、野田さんなどをはじめ、菅さん、鳩山さんも、原理原則が全くわからない人なのだと思います。前原さんも、原理原則がわからないのだと思います。それこそ、民主党の閣僚の大部分が、それを理解していないと思います。あの経営学の大家ドラッカー氏は、国に限らず、組織のマネジメンドには、時代が変わっても、変らない、原理・原理原則があると語っています。それは、ハト派であろうが、タカ派であろうが、右翼、左翼であろが、全く変りない、そのようなことを超えた原理・原則があります。

新しいことは、目先で新しいだけであって、このような原理・原則を知らなければ、どんな組織でも、混乱するばかりです。このような観点から、野田さんが、傀儡であろうが、なかろうが、何も変わりがないと思います。というより、完璧な傀儡よりも、まだ始末が悪いです。完璧な傀儡であれば、この先何をしようとするのか、大体予測がつきます。だから、野党なども、対処法も自ずから、だいたいあたりをつけることができます。しかし、野田政権には、そのようなことは当てはまりません。
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2011年9月7日水曜日

人間は安定を好む動物!? 人の脳は実はクリエイティブなものが嫌い―【私の論評】ドラッカーは、このことを昔から知っていた?!!

人間は安定を好む動物!? 人の脳は実はクリエイティブなものが嫌い
クリエーティブさは、一般には好ましいものと捉えられているが、そうではないらしい
今までにない新しいものを作り出す力、創造力。世間一般的に、この創造力というものはプラスなものとして捉えられているが、実は人間が深層心理で嫌っているものであることが今回判明した。

これを発表したのはジャック・ゴンカロ氏をはじめとする研究者たちで、彼らはペンシルベニア大学で計200人以上を対象に行われた2つの実験をもとに「人は自分たちの安定・安全を脅かす(おびやかす)クリエイティブ性を嫌う」という結論に至った。

その実験のなかで全体的に被験者たちは、足の温度を下げ、まめを防ぐというナノテクノロジーを使った、従来の靴より明らかに利点のある新しい靴にネガティブな反応を示しており、これが意識レベルで人がクリエイティブ性を嫌っている根拠となった。

そして無意識レベルの調査では、自称クリエイティブなもの好きの人たちが、実はそういった独創的なアイデアを「嘔吐(おうと)」、「苦痛」、「毒」というネガティブな言葉と関連付けていることが分かり、人間の創造性嫌いが意識、無意識レベルの両方で浮き彫りとなった。

研究者によるとこれは、人間が「クリエイティブなことをすることは、安全な領域から出ることだ」と考えていることに起因しているらしく、その自身の創造性を嫌う性質に気付いている人はほとんどいないとのこと。そして研究者たちは、今後私たちが行っていくべきこととして、次のようなことを語っている。

「創造性を嫌う人間の性質を見れば、本人たちがそう望んでいなくとも、なぜ人々がクリエイティブなアイデア、科学的進歩を拒むのか理解できると思います。これから創造性を考えていく上で、私たちはどうしたらもっとクリエイティブなアイデアを生み出せるのかを考えるのではなく、どうしたら革新的な機関に独創性を認識させ、受け入れてもらえるのかを考えていくべきです」

普段「欲しい、欲しい!」と言っておきながら、本当は心の奥底で拒絶していたクリエイティブ性。みなさんにとって創造力とは何なのだろうか? ぜひこの機会に見つめ直してみて、自分が本当に望むものを見つけてほしい。

【私の論評】ドラッカーは、このことを昔から知っていた?!!
私は、良くドラッカーの書籍を読むことは、このブログにもよく書いていますので、ご存知の方も多いと思います。上記の記事の内容、ドラッカーは昔か知っていたように思います。おそらく、様々な企業を指導してきた結果、特に上のような心理学実験などしなくても、そのことを熟知していたのだと思います。

ドラッカーは、そのいろいろな著書で、天才的な「ひらめき」を否定しています。特に、起業家の「ひらめき」を否定しています。一般に、クリエーティヴ性といえば、この「ひらめき」が湯水のように湧きい出てくるようなことを指すのではないかと思います。以下にドラッカーの著書からの引用とそれに関する今回の文脈での解説などを掲載します。
起業家精神というと、巷では、100人に1人が持つという感覚である。100人に1人の気質、100人に1人の才能としかねない。しかし、この考えそのものが、間違いである。それは、気質でも才能でもない。ただし、一つだけ起業家精神に向かない気質がある。それは、何事にも、確実性を旨とする気質である。それはそれで立派な気質であり役に立つものだが、起業家には向かない。 
しかし、ごく普通の気質を持ち、意思決定を行なうことができるならば、学習を通して、起業家的に行動することができるようになる。起業家精神とは、気質ではなく、行動であり、同時に姿勢だからである。
イノベーションは、才能とも関係がない。起業家精神の才能などはなく、方法論が必要なだけなのである。それが今、ようやく各所で認識され実行されるようになりつつある。起業家精神はインスピレーションとも、ほとんどあるいはまったく関係ない。逆にそれは、厳しく、組織的な作業である。
起業家に天才的なひらめきがあるというのは、神話にすぎない。 
多くの人は、勘違いをしている。大企業はイノベーティブではないといいます。中小企業こそ、イノベーティブであり、実際に多くの新技術や、新部品を開発しているといいます。確かにそうです。しかし、現実には、大企業のほうがイノベーティブです。

たとえば、最初はガレージ産業から発祥し、今や世界の大企業であるあのアップルがイノベーティブな企業であることを誰もが否定はしないでしょう。アップルは、今年、他社を追い抜いて、世界一の時価総額を誇るまでに成長しました。あのアップルのiPadや、iPhoneの中には、日本や、韓国の部品メーカーによる、部品が多数使われています、無論、アップルが独自で開発した、部品もありますし、他にもOSなどはその典型です。

しかし、それと他の部品を一つにまとめて、新たなデバイスを作り出し、それだけではなく、というより、それに先立ってアプリの流通の変革、音楽配信の革新、そのたもろもろの革新と、それによる、いわゆるビジネス・プラットフォームを築いたのはアップルです。このビジネスプラットフォームの概念が先にあって、その後に、もろもろを築き、最終的にプラットフォームにまで高めて、いわゆる新たなiPhoneや、iPadを使うことを前提としたものにしたのは、アップルが最初であり、独壇場の様相を呈しています。ガレージ産業のままのアップルであれば先進的なパソコンをつくることはできても、ここまではできなかったでしょう。

実際、最近アップルのCEOを退いたスティーブ・ジョブスも、ひらめきというより、様々な戦略を立案して成功してきました。彼の卓越した、プレゼンテーション能力も、決して天才のひらめきから生まれてものではありません。あのプレゼンテーションも彼にとっては、すべて予定調和であり、自らの戦略の一環です。

あのエジソンは、天才的なひらめきで、次々と発明を行い、発明王といわれましたが、起業家としては失格でした。あの電話を発明した、アレクサンダー・グラハム・ベルも、起業家としての道を歩むことはできずに、その生涯を通じて、科学振興および聾者教育に尽力しました。このような例は、インターネットなどで調べれば、はいて捨てるほどあり、天才的ひらめきのみに頼ったものは、例外なく敗退しています。日本の例としては、たとえば、あのGayoの、宇野さんです。私自身も、自分の会社の会長をはじめとして、様々な起業家を知っています。

実際に、ここ20年で、ベンチャーを立ち上げた人もいれば、社内起業家もいました。有名商社を辞職して独立した人もいました。道庁や、北海道電力を退社して独立した人もいました。自営業をやっていたのですが、中小企業診断士の資格を取得して、コンサルタントの事務所を開設した人もいました。どの人も働き者でした。しかし、天才的なひらめきを当てにするような人は、ひらめきのように消えていきました。
大部分のイノベーションは、変化を利用することによって成功するのであって、変化をもたらそうとすることによって成功するのではない。ということは、変化を当然のこととして受け止めることが起業家にもっとも必要な能力ということです。
これは、日本人にとっては、諸行無常を旨とする、なじんだ考え方です。要するに、起業家精神とは、一般に思われているような、クリエーティブ性、天才的なひらめきなどではなく、「変化を当然とする」態度・行動のことであり、変化を前提として行動する精神のことであるということです。

そうして、起業家として、イノベーティブになるためには、「変化を当然として受け止める」能力が最も重要であり、さらに、原理・原則があるとして、解説しています。しかし、この部分に関しては、本日のブログの趣旨とは外れるので、ここでは詳細を解説しません。興味のある方は、是非ドラッカーの書籍たてば、「イノベーションと起業家精神」などの書籍をご覧になってください。

それに、ドラッカーは、イノベーティブな企業になることの前提として、従業員がクリエーティブになることを推奨したりはしません。その前提として、あげたのは、このブログでも一昨日あげた、「体系的廃棄」を推奨しています。

これに関しては、当該ブログを読んでいただければもっとも理解しやすいと思いますが、以下にその核心部分だけ、コピペしておきます。なお、この記事は、最近のGoogleの10にも及ぶ、製品・サービスの廃止に関するものでした。
「長い航海を続けてきた船は、船底に付着した貝を洗い落とす。さもなければ、スピードは落ち、機動力は失われる」(『乱気流時代の経営』)  
あらゆる製品、あらゆるサービス、あらゆるプロセスが、常時、見直されなければならない。多少の改善ではなく、根本からの見直しが必要である。  
なぜなら、あらゆるものが、出来上がった途端に陳腐化を始めているからである。そして、明日を切り開くべき有能な人材がそこに縛り付けられるからである。ドラッカーは、こうした陳腐化を防ぐためには、まず廃棄せよと言う。廃棄せずして、新しいことは始められない。  
ところが、あまりにわずかの企業しか、昨日を切り捨てていない。そのため、あまりにわずかの企業しか、明日のために必要な人材を手にしていない。  
自らが陳腐化させられることを防ぐには、自らのものはすべて自らが陳腐化するしかない。そのためには人材がいる。その人材はどこで手に入れるか。外から探してくるのでは遅い。
ドラッカー自身は、上記のことを他の著書では、「体系的廃棄」として、2~3年一度、定期的に行うべきことを推奨しています。これは、本当に大事なことだと思います。

そうして、上の記事でいう、「創造性を嫌う人間の性質」があるからこそ、体系的に意図して、意識して、原理・原則に従ってイノベーションを実行せずに、個々人のひらめきやクリエーティブ性に任せておけば、イノベーションは実現できないのだと思います。

たとえ、一時、ひらめきやクリエーティブ性で、新たな発見や、新たなものを作っても、「創造性を嫌う人間の性質」が、そこから先に行くことを妨げるのだと思います。だからこそ、体系的に、組織だっておこなわなければ、起業家精神を発揮する事はできないのだと思います。

上の記事では、「創造性を嫌う人間の性質を見れば、本人たちがそう望んでいなくとも、なぜ人々がクリエイティブなアイデア、科学的進歩を拒むのか理解できると思います。これから創造性を考えていく上で、私たちはどうしたらもっとクリエイティブなアイデアを生み出せるのかを考えるのではなく、どうしたら革新的な機関に独創性を認識させ、受け入れてもらえるのかを考えていくべきです」として、結論めいたものにしています。

私は、上記のような革新的機関こそが、たとえば、アッブルのような創造的な企業であり、このような企業は、組織的・体系的に、「体系的廃棄」を行ない、従業員に独創性を認識させ、受け入れてもらえるのかを考えさせるのではなく、従業員に独創的あることを要求し、提供することを義務としているのだと思います。こうして、戦略的に意図して、意識して、イノベーションを実現しているのだと思います。決して、経営者や、従業員のクリエーティブ性や、ひらめきだけに頼っているのではないと思います。そうして、そのような組織をつくることが、起業家の重要な責務だと思います。

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Google、デスクトップやパックなど10の製品・サービスを整理・終了へ―【私の論票】Googleのような体系的廃棄は、すべての企業で必須だ!!


2011年9月6日火曜日

iPadを超えるタブレット旋風の予感...なんとアマゾンが3万円を切るAndroidタブレットを一斉発売か!―【私の論評】アマゾンがキンドルだけで甘んじる必要など全くない?

iPadを超えるタブレット旋風の予感...なんとアマゾンが3万円を切るAndroidタブレットを一斉発売か!
     
この価格破壊は衝撃だ!

iPadは確かにタブレットのあり方を根底から変えた革命的な発表でしたが、その次なる大きな波を起こすのは、もう間もなく正式発売されるとの期待が高まるアマゾンからの新Androidタブレットだとの情報が流れてきましたよ。だって、まだiPadは高いと考える人の常識を覆す販売価格になるんですから...

タブレットは安けりゃいいってものでもなくって、すでに激安の1万円を余裕で切っちゃうモデルなら中国に行けばすぐに手に入ります。でも、そのクオリティーや使用感はiPadには遠く及ばないというのが現実でもあるでしょうかね。では、もしiPadのパフォーマンスと大差ない利用が可能なのに、300ドル前後の日本円にして3万円をドンと切っちゃう価格帯で最新のAndroidタブレットが堂々発売されちゃったら?

これはやっぱり面白いことになってくるかもしれませんよね。これまでノートパソコンの常識的と考えられていた相場がネットブックで破壊されちゃったみたいな現象が、もしや次はタブレット業界で起こる日が迫ってきているのかも~。いずれにせよアマゾンがKindleの次なるサプライズとして投入してくる新製品の発表に大いに期待ですね。

参考記事:http://www.nypost.com/p/news/business/tablets_price_is_right_p9yGIOGH9cl8amKOPBSDII [NYP]

【私の論評】アマゾンがキンドルだけで甘んじる必要など全くない?
アマゾンは、アッブルに先立って、kindleと電子書籍を発売し、市場を形成し、今や、電子書籍のほうが売上が多くなったというぐらいまで発展させてきました。そうして、ソフトウェアのダウンロード販売や、音楽配信も実施しています。それに、随分前から、書籍や、それ以外の物販もかなり以前から行っており、いわゆるビジネス・プラットフォームに関しては、アップルよりはるかに前から構築していました。

大前研一氏は、ブレークスルー大学院のブログの中で、ビジネス・プラットフォームに関して以下のように述べています。
アップルやグーグルの戦略は自社としてはプラットフォームだけを提供し、その上で動作するアプリケーションを開放して、どんどん外部の力を借りて作ってもらう点にある。
私は拙著「新・資本論」の中で「21世紀の富はプラットフォームから生まれる」と述べたことがあるが、アップルが発売した話題のiPadを取り巻くビジネス環境を知る上でも、この考え方は非常に重要だと改めて感じている。 
プラットフォームビジネスにおいては、トラフィック(アクセス数)が最も重要な要素であり、そこに集まる人が増えることで商流や情報流が発生して富が生まれる。
プラットフォームビジネスという概念は今後ますます重要になってくると思う。
 http://blog.goo.ne.jp/ohmaelive/e/c283ad984d4c358bd192f0c485cfa846 
良く考えてみれば、あのkindle、iPadに先駆けて、販売されたものです。最初に発売したのは、2007年11月ですから、昨年発売されたiPadの実に3年近く前から販売されていました。さらに、Amazonは、かなり前から、インターネットで実際に物販などを行ない、それこそ、ずっと以前からビジネス・プラットフォームを形成していたということです。

このこととあわせて、私は、このブログにiPadや、iPhoneなど将来は無料で提供されるかもしれないという予測をしたことがあります。その内容を下にコピペしておきます。
インターネット広告そのものはもう随分普及してしまったので、iPhoneやiPadなどのスマートフォンなどのモバイルによる広告がこれからどんどん伸びて行くことになります。アップルのような潜在能力のあるところが、広告をやりだして巨大な収益をあげはじめたら、とてつもないことになるかもしれません。まず、考えられることは、それこそ、iPhoneや、iPadなどほとんどただに近いような価格で提供しはじめるようになるかもしれません。 
iPodなど、無料で配布するようになるかもしれません。なぜなら、広告というビジネスモデルを打ち立ててしまえば、それだけでビジネスが十分成り立ち、iPhoneを販売するなどということは二義的になるかもしれません。iPohne、iPad、そうしてiPod、でさえも、広告を媒介する手段にすぎなくなり、これはなるべく多くの人が持てば、広告を露出できる機会が増えるからです。これは、あながち全く荒唐無稽ということもないと思います。私たちは、もう、携帯電話でそれに近いことを経験しています。そうです、携帯電話のキャリアが、携帯電話をいっとき、かなり安いか,無料で提供していました。 
そうです、キャリアにとっては、携帯電話のハードそのものよりも、携帯電話の電波を使ったもらうことのほうが、遙かに利益になったからです。100円パソコンも同じ理屈です。それに、Googleはもうすでに、多種多様な機能をユーザーに無料で提供しています。だから、アップルが、ハードを無料で提供したとしても、それほど奇異なことではないと思います。そうすると、いままで、パソコン界のキャデラックとも呼ばれた比較的高価格のハードを提供してきたアップルがなぜiPadのような低価格のハードを提供する背景も理解できます。

このことに、Amazonは、先鞭をつけたということだと思います。Amazonは、今まで、十分プラットフォームを構築してきました。現在広告がでるkindleは、通常のkindleよりもかなり安い価格で販売されています。今までの直販のプラットフォームが存在しますし、これで、広告による新たなプラットフォームができると思います。であれば、Amazonがkindleという電子書籍リーダーだけに甘んじていることはないわけです。

とはいっても、iPadと同じような価格で、販売していては、差別化はできないわけです。だからこそ、このような試みを始めたのだと思います。これから、ハードだけ販売している企業には、全く旨みがなくなっていくと思います。

Apple、Amazon、Googleのようにビジネスプラットフォームを築き、広告でも収益をあげられるところが、タブレットをかなり廉価で販売するか、それこそ、将来は無料で配布するようになるかもしれません。そうなれば、ハードだけ販売しているような、ところは、太刀打ちできなくなります。

こういった、背景から、あと1~2年もすれば、かなり廉価なハードが出まわると思います。そうして、既存のパソコンなど駆逐してしまうと思います。そうして、このブログにも掲載したように、人々の間で新たなライフスタイルが確立されると思います。

Amazonなどのプラットフォームを形成した企業が、この市場にたくさん入ってくれば、今年、時価総額で、世界一となったAppleの一人勝ちも終わってしまうかもしれません。しかし、そうなれば、ハードの無料化は多いにありそうです。いずれにしても、そうなれば、タブレットは、ありふれたものになり、携帯電話のように、当たり前の存在になってしまうことでしょう。持ち歩くかどうかは、別にして、大抵の人が、タブレットを持っている時代は多いにありそうです。

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2011年9月5日月曜日

Google、デスクトップやパックなど10の製品・サービスを整理・終了へ―【私の論票】Googleのような体系的廃棄は、すべての企業で必須だ!!

Google、デスクトップやパックなど10の製品・サービスを整理・終了へ

http://journal.mycom.co.jp/news/2011/09/05/010/index.html

【私の論評】Googleのような体系的廃棄は、すべての企業で必須だ!!
上の今後廃止されるサービスのほとんどは使っていないので、ほとんど使っていなかったものなので、私自身には、あまり影響はないです。

上記で一つだけ、使っていたものがあります。それが、「Google Notebook」です。これは、今は、普通になっている"Google Document"に先行するサービスでした。これに関しては、GoogleChromeのエクステンションもあり、これを使うと、見ているwebページのURLをワンクリックですぐに保存できるので非常に便利でした。

また、みているwebページの、テキスト部分をポインタでなぞり、反転されておけば、その反転された部分を自動的にコピーしてくれました。これも、便利な機能でした。日経新聞電子版など、通常は、コピーできないのですが、これだと、反転された部分が、自動的にコピーできました。

そのため、私は、Google Documentfは、文字通り、ドキュメントを作成するのに用い、Google Notebookに関しては、みているページのURLや、内容の文書のコピーに使っていました。

しかし、このサービスがなくなったとしても、確かに少し面倒になるだけで、なけば、ないで何とかなると思いす。

それか、sidewikiに関しては、提供された直後には、使っていました。しかし、現在のように、SNSなどで、共有機能が一般化した現在では、その価値はほとんどなく、なくしたほうが良いと思います。

Google、今回は結構まとめて、廃止したり統合したりするサービスが多いですが、これは、Googleでは珍しいことではないです。昔から、ほとんど使われなくなったサービスなど良く、他に統合したり、廃止ということはありました。

ドラッカーは、今回実施した、Googleによる廃棄に関連することで、興味深いことを『乱気流時代の経営』という書籍の中に書いていました。その内容を以下にコピペします。
「長い航海を続けてきた船は、船底に付着した貝を洗い落とす。さもなければ、スピードは落ち、機動力は失われる」(『乱気流時代の経営』) 
あらゆる製品、あらゆるサービス、あらゆるプロセスが、常時、見直されなければならない。多少の改善ではなく、根本からの見直しが必要である。 
なぜなら、あらゆるものが、出来上がった途端に陳腐化を始めているからである。そして、明日を切り開くべき有能な人材がそこに縛り付けられるからである。ドラッカーは、こうした陳腐化を防ぐためには、まず廃棄せよと言う。廃棄せずして、新しいことは始められない。 
ところが、あまりにわずかの企業しか、昨日を切り捨てていない。そのため、あまりにわずかの企業しか、明日のために必要な人材を手にしていない。 
自らが陳腐化させられることを防ぐには、自らのものはすべて自らが陳腐化するしかない。そのためには人材がいる。その人材はどこで手に入れるか。外から探してくるのでは遅い。
ドラッカー自身は、上記のことを他の著書では、「体系的廃棄」として、2~3年一度、定期的に行うべきことを推奨しています。これは、本当に大事なことだと思います。Googleが現在提供している、サービスのほんどは、つい最近提供された、Google*という全く非なたSNSを提供する前につくられたものです。Googleは、Google+にこれからかなり力を入れるようですから、様々なサービスを従来どおり残したままでは、Google+への注力が削がれるということもあるのだと思います。

いずれにせよ、この「体系的廃棄」は、どこの組織にでも必要です。民間企業なら、意図して、意識して、これを行わなければ、企業や、企業で働く人々そのものが、陳腐化して、いずれ市場から敗退せざるをえなくなります。

このことの弊害が最も大きいのは、日本では、官僚組織や政治組織かもしれません。大方の役所では、体型機な廃棄の仕組みなど組み込まれてないため、おそろしく、古い、制度や、もうほとんど役に立たない人が、クビになるどころか、関係先に天下りしたりしています。政治組織も同じことです。

そうして、現在の役所や、政治なども機能しないのは、この「体系的廃棄」が、システムとして組み込まれていないからです。これは、早急に組み込む必要があります。黙って、放置しておけば、いずれ、役所や国だって、完璧な機能不全にいたり、身動きがとれなくなります。そうして、もう、そうなりかけています。困ったものです。
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