2007年6月24日日曜日

ライアーゲーム最終回見ました。


ライアーゲーム最終回を見ました。私はうわさは聞いていたのですが、実は最終回で初めてこの番組を見ました。これを見て、二つほど思うところがありましたので、ここに掲載します。
まず、最初は数学の「ゲーム理論」です。これに関しては、wikipediaなどでご覧になってください。ここで、細かい説明は避けます。ただし、ライアーゲームのような場合、みんなが引き分けにもっていくようにすると、誰も損も得もしないというのは、ゲーム理論で昔からあきらかにされていることです。せっかくのドラマ、無味乾燥にしてしまって申し訳ありません。このドラマに出で来る人たちの中で数学者がいなかったので、面白いドラマ展開になっていましたが、数学者がいたら、ゲーム理論でみんなを説明納得させて、初期段階で皆が、ゲームから抜け出すことができたでしょう。
それから、第2点目、このドラマではお金の問題が非常に重大であるように物語の筋が進んでおり、お金がすべてのような扱いでした。
しかし、現代では、お金はさほど重要な資源ではなくなってきています。一番重要な資源は、知識であるといわれるようになってきています。
これは非常に重要なことです。お金の比重は本当に減ってきています。お金だけたくさんあっても現代では新たな事業は創造できません。知識・知恵の方が重要になってきています。この傾向はますます顕著になっていくことでしょう。
また、産業の生産性の向上を忘れてはいけません。農林水産業、製造業の生産性は飛躍的に上昇しています。ここ函館でも、統計よれば、農林水産業に従事する人は2%程度にすぎません。日本全国でもこの程度だと思います。確かに日本は外国から食料品など多く輸入していますが、農林水産業の生産性が非常に高まったので今ではこの程度の構成比で何とかなります。
製造業も同じことです。製造にかかわる人も比率もかなり低下しています。それらに変わって、ここ函館でも第三次産業(情報、サービス業)の比率が最大になっています。
少し前、に100人の村の話がはやりましたが、この話似たような話で、10人の村の話をします。大雑把にいうと現在10人の衣食住をまかなうのに、6人程度の人が働けば衣食住、その他情報・サービスを何とかまかなえる状況になってます。あとの4人は働くことのできないお年寄りと子供たちです。でもこの数字、だんだん変わってきます。
いずれ、生産性がさらに高まり、4人程度の人が働けば10人をまかなえる時代がやってきます。老人の人口が増えるので5人は働くことのできないお年寄りと子供たちということになります。そうすると1人の人は、余ってしまいます。この人どうしたらよいのでしょうか?
あまりにも簡単に形式化していますが、これこそが現代のニートや格差社会の本質です。この1人あるいはもっと増える人々はニートになるか、格差社会の中で貧困層になるしかないのでしょうか?
実は解決策があります。この人はいわゆるNPOとして、働くことのできないお年寄りや子供の面倒や、働いている人に対するサービスを行えばよいのです。また、そうならなければ、個々人のニーズには応えれません。この10人の村モデルには政府は入っていませんが、働く6人の中に含めています。これら働く人の政府の人がサービスを行うと画一的なものになってしまいます。
先ほどの、6人程度の人が働けば衣食住を何とかまかなえるという時代には、提供できなかった、個々の性格や嗜好などまったく異なるお年寄りや子供に対するサービス・ケアを行なえば良いのです。さらには、働いている人々に対するサービスやケアをやっても良いかもしれませんこうしたバランスがよく取れていないのが、現代の状況でする
新しい時代になると、富=生産物=お金は、さほど意味を持たなくなります。それこそ、北王子欣也が演じていた、ゲームを主催していた老人の「お金を得るために人をだます」などという世界とは大勢では無縁の世界になると思います。このドラマ、過去の価値観と現代の価値観のせめぎあいとして、面白かったと思います。

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