2019年11月28日木曜日

10兆円補正予算へ弾み、渡辺議員の国会質疑に見る「政治家の思惑」―【私の論評】日本の政治家も納得すれば、経済的にまともな行動をとることもある(゚д゚)!


世耕弘成参院幹事長

 自民党の世耕弘成参院幹事長は11月22日の会見で、政府が策定中の経済対策に関連し、2019年度補正予算は、国による財政支出である「真水」で10兆円規模、事業費20兆円規模が必要との考えを述べた。

 またインフラや学校用パソコン普及のために必要なら特例国債(赤字国債)を発行すべきとの見解を示した。

 この発言に先立ち20日には、自民・公明両党の幹事長・国会対策委員長が都内ホテルで会談し、真水ベースで10兆円の補正予算を政府に求めることで一致していた。

 大型予算編成を目指した政治の動きが加速している。


「真水10兆円」のかけ声
大型補正編成に動きだす


 「真水」というのは、正式な定義はないが、補正予算額のうち実際にGDP(国民総生産)を押し上げる部分をいう。

 例えば、公共投資のうち用地費を除いた部分や、財政投融資などの融資部分は除くのが一般的だ。いわゆる事業規模との対比で真水という表現が用いられている。

 政治が動き出した伏線は、13日に行われた「国土強靱化」を推進する党所属議員と経済界との会合での、二階俊博自民党幹事長の発言だ。
 二階氏は、公共事業費の増大を警戒する財務省に対して「財務省に政治をやってもらっているんじゃない。ケンカしなきゃいかんところはケンカする」と、予算確保に強い決意を示した。

 国土強靭化といえば、運輸大臣を務めた二階氏の肝いりの事業だが、財務省は積極財政に消極的なところがあり、国土交通省も財務省に従い「恭順の意」を示してきた。
渡辺議員の質問が“引き金”
「4%割引率は高過ぎる」


 状況を一変させることになったのが、渡辺喜美議員(みんなの党)の11月7日の参議院財政金融委員会での質問だ。

 渡辺議員は、かつてみんなの党代表として、政界のキャスティングボートを握っていたが、党内紛によって政治的にはかつてのパワーはない。しかし、20年ほど前には「政策新人類」といわれたように、政策にはめっぽう明るい政策通だ。

 この時の質疑は、前回(2019年11月14日付け)の本コラム「公共投資拡充はMMTよりも『4%割引率』の見直しが早道」でも紹介したが、渡辺議員は、麻生財務相に今のマイナス金利環境を活用しゼロ金利まで国債を無制限発行したらどうかと迫った。

 麻生財務相、「意見として聞いておく」と答えたが、そう発言せざるを得なかったのは、ロジカルには渡辺議員の意見を否定できないけれど、勘弁してくれというものだろう。

 渡辺議員は、国交省に対しても、公共事業の採択基準のB/C(費用便益分析)について、国債発行金利などのコスト(C)算定の際、将来のコストを現在価値に直す割引率が4%で維持されていることについて、今のマイナス金利の状況では高すぎる点を指摘した。

 それに対して、国交省の担当者は15年ほど見直していないが、有識者で議論すると言わざるを得なかった。国交省は割引率4%が高すぎると、事実上、認めたということだ。

 前回の本コラムで書いたように、割引率4%は今の金利環境では高すぎて、日本の公共投資を過小にしてきた。まともに見直すと、採択可能な公共事業は今の3倍以上になるだろう。

 ということは、ここ数年間、発行額が6兆円程度で推移してきた建設国債は、20兆円以上も発行できることを意味する。


マイナス金利のもとで
政治家にもわかりすい理屈


 渡辺議員は、21日の参議院財政金融委員会でも追及している。
渡辺喜美議員

○渡辺喜美議員 
 この前の積み残しの話でありますが、公共事業評価の割引率が4%だと。15~16年前の数字でありますが、最近の国債実質利回りで計算すると、この割引率はどれくらいになりますか。

○政府参考人
  公共事業評価に関する国土交通省の統一的な取扱いを定めました公共事業評価の費用便益分析に関する技術指針というものを平成16年に策定しておりまして、社会的割引率につきましては、10年物の国債の実質利回りなどを参考に、全事業統一的に4%と設定しております。

 その当時の議論において参考とした10年物の国債の実質利回りでございますけれども、平成5年から平成14年までの10年間の平均値3.0%、また、昭和58年から平成14年までの20年間の平均値3.52%などとなっております。

 現在の利回りを用いて最近の10年間、20年間の数値を同じように試算いたしましたところ、平成20年から平成29年度までの10年間の平均値0.87%、平成10年から平成29年までの20年間の平均値1.83%となっているところでございます。


○渡辺喜美議員
  だったら、そういう簡単な計算で出るのだったら、この割引率変えたらいかがですか。

○政府参考人
 いずれにいたしましても、さまざまな御意見のある中、社会的割引率の考え方を含む事業評価手法の在り方につきましては、国土交通省で設置いたしています学識経験者などで構成されている公共事業評価手法研究委員会などにおきまして、今後も引き続き議論してまいりたいと考えております。

 この議論は、政治家にとっては、財政赤字を積極肯定する考え方として今もてはやされているMMT(現代貨幣理論)よりはるかにわかりやすく実践的な議論だ。

 政治家は役人に歳出拡大などを要求するが、役人もロジックで政治家の要求を跳ね返すやり方を身につけている。政治家は情には強いがロジックには弱いからやりこめられることが多いのだが、割引率の議論はわかりやすいロジックだ。

 国会で役人がうまく答弁できず、逃げられないでいるのは、政治家もすぐわかる。

 7日や21日の参議院財政金融委員会での、渡辺議員に対する国交省の担当者の答弁は、15年間も割引率を見直さずにすみません、すぐに見直します、というふうに政治家には聞こえたはずだ。

 そして、その結果、公共投資が大幅に増えることも政治家であればピンときたはずだ。

 さらに、渡辺議員は安倍首相とは旧知の仲なので、ひょっとしたら、質問をした裏で、渡部議員と安倍首相が連携して動いているかもしれないと憶測する政治家もいるだろう。

 こうなると、政治家の動きは素早い。いずれにしても今年は災害が続いて被害も大きかったから、割引率の議論がされたことで、公共投資を増やせる理屈も明快になった。
「10兆円真水補正予算」へと弾みがついた形だ。
守勢に回った財務省
本予算で“取引”狙う?


 21日の参議院財政金融委員会で、渡辺議員は財政投融資の制度を使って、地方公共団体がこのマイナス金利の恩恵を受けられるような具体的な提案もしている。

 国がマイナス金利で国債を発行し、それで調達した資金を同じマイナス金利で国が地方に貸し付けるのだ。

 これに対して財務省は、国にはマイナス金利の恩恵があることは認めつつも、地方のためにはやらないという乱暴な議論で反対している。

 マイナス金利での国から地方への貸し出しは、法律が要求している安全確実な方法ではないというのだ。

 しかし、一方で国がマイナス金利で恩恵を受けていることは認めているので、財務省の論法は詭弁にしか聞こえない。

 資金の運用は、調達とのセットで考えるべきで、調達コストも運用コストもともに同じでマイナスであれば、安全確実な運用ともいえる。

 財務省は、借金だけを強調しその裏にある資産を言及しないのといつもと同じ論法で、運用利回りだけのマイナス面を強調し、その裏にあるマイナス金利での調達のプラス面をあえて隠して答弁している。だから、詭弁に聞こえるのだ。

 いずにしても、渡辺議員が国会で質問したことで、財務省は、マイナス金利や高すぎる割引率の問題を突かれると守勢に立たざるを得ないことがわかってしまった。これは政治家を大いに勢いづかせただろう。

 財務省は今後、政治の圧力にどう対抗するのだろうか。

 補正予算案の提出は今の臨時国会ではなく、年明けの通常国会冒頭にして、とりあえず時間を稼ぎ、後は、来年度の本予算の編成で、歳出規模をそこそこ増やしたり、個別案件で政治に配慮したりという「取引」で、大型補正の議論の沈静化を図ろうとするのだろう。

 もっとも、通常国会冒頭での補正予算案提出は、安倍政権にとっては解散の絶好の口実にもなり得るので、財務省の対応は政治的には絶妙だ。

(嘉悦大学教授 高橋洋一)

【私の論評】日本の政治家も納得すれば、経済的にまともな行動をとることもある(゚д゚)!

先日このブログでは、10兆円規模の補正などというチマチマしたことをしないで、国債の金利がゼロになるまでというと、高橋洋一氏の試算によれば、103兆円までは刷れるということなので、どんどん国債を刷って100兆円基金でも設置して、大型の経済対策を打つべきであるとの主張をしました。

ただし、10兆円の真水ということになると、消費増税▲5兆円の悪影響をマクロ的には払拭できるということになります。この記事では、「安倍晋三首相から経済対策の指示は出ておらず、現時点でその必要性も感じない」という麻生財務大臣の発言も取り上げましたが、これは言うまでもなく問題外の発言です。

10%への消費増税では個人消費などの落ち込みで、▲5兆円程度の悪影響があるとされていましたので、当面は与党内で10兆円を目指すとの認識なのだと思います。この場合公共事業の採択基準のB/C(費用便益分析)について、国債発行金利などのコスト(C)算定の際、将来のコストを現在価値に直す割引率が4%が15年くらい見直されていないのがネックだったのですが、渡辺喜美議員の質問等で、よくやく見直し作業に入りつつあるということです。

今回の10%増税では消費税増税前の駆け込み需要も少なかった

消費者物価指数は、世の中のいろいろな品目(消費税非課税品目、消費税課税品目、消費税軽減税率品目)について加重平均で算出していることに留意し、総務省の試算により今回の消費増税の結果を機械的に算出すると、10月の消費者物価総合への寄与度は0・77%です。

他方、今回の消費増税では、幼児教育・保育無償化も実施されています。総務省の試算では、10月の消費者物価総合への寄与度はマイナス0・57%とされています。

このため、今回の消費増税の消費者物価への影響は、本来の影響0・77%から、無償化の影響も考慮して0・57%を引いた0・20%としているのです。

実際、今月の消費者物価指数統計では、無償化の効果が出た教育は前年同月比マイナス7・8%、諸雑費でもマイナス2・9%となっています。

なお、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)では、前年同月比0・4%上昇だが、消費増税などの影響を除くと上昇率は0・2%。消費者物価指数(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)では、前年同月比0・7%上昇ですが、消費増税などの影響を除くと上昇率は0・4%。いずれにしても、物価の動きは弱く、消費増税による景気後退を示唆するものです。

今回の消費増税による景気後退により、インフレ率は年間でゼロ%台半ばのマイナス効果があるでしょう。さらに今のイールドカーブコントロール(長短金利操作)による金融政策もインフレ率を押し上げるには力弱く、若干マイナスに作用すると思います。

これだけをみれば、デフレ脱却は夢のまた夢です。しかし、今のマイナス金利環境を生かして、補正予算で真水10兆円という大型規予算が実行されれば、話は別です。実際の補正予算は、今の臨時国会か来年の通常国会で召集日を前倒しして、1月上中旬から審議開始し、成立となるでしょう。

もし10兆円補正であれば、景気回復によりインフレ率に対する影響はプラス1%台半ばの上昇効果になるでしょう。そうであれば、補正予算通過後から景気回復とともにインフレ率は上がり出すはずです。

財政出動とともに引き締め気味の金融政策を見直すと、現在ほぼゼロのインフレ率ですが、2年で2%程度は視野に入ってくることになります。

それにしても、今回の渡辺喜美議員の、質問の内容は与党のマクロ経済には疎い政治家たちちにも、国債がマイナス金利のもとでの理屈はかなり理解しやすかったとみえて、実際与党内では、10兆円の補正予算に向けて動き出しているわけですが、政治家も正しい理解に基づけば、正しい方向に向けて動くことが証明されたともいえます。

このようなことなしに、ただ赤字国債を刷っても大丈夫だから剃れといっても、政治家は動かないようです。やはり、誰にでもわかるように理屈を説明するという努力はこれからも続けていくべきなのだと思います。

そうして、誰にでもわかるような理屈で政治家を説得していくという努力はいつか報われるのだと思います。

今回の補正予算10兆円で、経済がうまく周り、景気が上向き、国債を大量に発行しても害がないことが政治家や多くの国民に理解されれば、次の段階ではたとえ赤字国債を発行しても、不完全雇用下にあり、外国からの調達ではないという条件を満たせば、次世代のつけにはならないことも理解されるのではないかと思います。そうなれば、何が何でも増税しなければならないという考え方も払拭されるのではないかと思います。

これに関しても、ただ単に多くの政治家に識者が説明するということもやるべきではありますが、それ以外に今回渡辺喜美氏がしたような国会での質問のような、政治的な配慮が必要なのかもしれません。自民党の中でも、小泉環境大臣のように、従来は国債は将来の国民のつけになると発言していた議員も多いのですが、さすがに今回は何もいいません。

小泉環境大臣

私は、多くの政治家がマクロ経済をほとんど理解できない状況に前々から危機感を感じていました。財務省の屁理屈により、これからも何度も増税され、日本はどこまでも無間地獄に落ちこみ、とんでもないことになるのではないかという恐怖感さえ覚えていました。

しかし、今回の出来事により、そうではない場合もあることを知り、かなり勇気づけられました。まだまだ、経済に関してはやりようがあるのだと納得しました。

志のある政治家は、今後も諦めることなく、渡辺氏のように国会で有意義な活動をしていただきたいものです。間違ってももシュレーダーを見学にいくなどという馬鹿マネはしないでいただきたいです。

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