2019年11月12日火曜日

実弾発砲、催涙ガス…香港騒乱さらに泥沼化 中国武装警察も本格介入―【私の論評】香港擾乱は「死のハイウェイ」のインパクトに匹敵!中共は「潮時」をわきまえないと滅びの道を歩むことに(゚д゚)!

実弾発砲、催涙ガス…香港騒乱さらに泥沼化 中国武装警察も本格介入


香港のデモが泥沼化している。「逃亡犯条例」改正案を発端に抗議活動が続くなか、警官が実弾を発砲、21歳の男子学生が重体となった。金融街にも催涙弾の白煙が立ちこめ、香港株は暴落した。専門家は中国の習近平政権の鎮圧が一段と強化されると指摘、武装警察に加え、人民解放軍が介入する恐れもあると警告する。

香港島東部・西湾河の地下鉄駅前で11日、道路に障害物を置くなど抗議活動を行っていた若者と黄色いベストを着用した警官がもみ合いとなり、そこに近づいた黒シャツ、マスク姿の男子学生が、1メートルも満たないような至近距離で警官から発砲を受けた。

撃たれた男性は腹部から流血したが警官は手当てをする様子もなく、荒々しくうつぶせに拘束。別の若者が近づいた際にも2発撃った。

報道によると、男子学生は集中治療室(ICU)に入り、緊急手術を受けた。銃弾は脊髄付近に届き、肝臓や腎臓の一部が傷ついたため切除したという。

発砲による負傷者は10月の2人に続き3人目だが、香港警察は「脅威を感じたため発砲した。事前に警告する時間はなかった」と正当性を主張。林鄭月娥行政長官も「暴力行為を社会全体が厳しく非難すべきだ」と同調し、今後も厳しく取り締まる方針を表明した。

評論家の石平氏は「今月に入って林鄭長官は、習主席と面会し、長官への“信頼”という名の圧力をかけられた。そのため香港に戻った後、鎮圧がエスカレートしている。もはや市民と政府との関係は修復できないだろう」と解説する。

自由経済都市としての香港も失われつつある。銀行や証券会社が集まる金融街セントラル(中環)では白い催涙ガスが立ちこめ、スーツ姿の会社員ら大勢の市民が逃げ惑った。

■香港株は暴落

11日の香港株式市場でハンセン指数は2・62%下落。1日当たりの下げ幅としては過去3カ月で最大となった。

ネット上には、1人の市民を4人ほどの警官が取り囲み、警棒で袋だたきにする様子や、バイクに乗った警官が市民を意図的にはねようとする映像も投稿されている。



前出の石平氏は「習政権の体制維持のために、市民と香港そのものが二重の意味で“殺されている”。中国の武装した公安警察が香港警察に入り込んでおり、今後、鎮圧の規模を拡大させるだろう。それでも国際社会が無視し続けるのならば、最後は人民解放軍が市民を襲う恐れもある」と指摘した。

第二の天安門事件の現実味が日に日に強まっている。

【私の論評】香港擾乱は「死のハイウェイ」のインパクトに匹敵!中共は「潮時」をわきまえないと滅びの道を歩むことに(゚д゚)!



香港の様子は、サイトの動画等で今何が起こっているのかがよくわかります。これらの、動画は世界中に拡散されています。

これによってどのようなことが起こるのか、考えてみたいと思います。これらの動画が与えるインパクトは相当なものです。

私が、これらの動画を見ていて思い出したのは、28年前、戦争史上最悪の大虐殺のひとつと言われた、クウェートの町から32キロ西にあるイラクのハイウェイ80で起きた奇襲攻撃のことです。

多国籍軍が数キロの長さに渡って渋滞に掴まった車両を軍民問わずに爆撃したこの道路は後に「死のハイウェイ」称されました。下にショッキングな写真を掲載します。

死のハイウェイで撮影されたイラク兵の焼死体


この写真は、最初は多くの人々から公表するのは、残酷すぎると見なされていましたが、後に最初の湾岸戦争の最も有名な画像の1つになりました。この写真はケン・ジャレックにより撮影されました。

おそらく、爆撃で焼死したイラク兵だと思われます。非常に残酷で恐ろしい写真ですが、この一枚が湾岸戦争の実体を物語っていると思います。

当時はまだ、サイトや動画などは一般的ではありませんでしたが、それでも多くのテレビ局が連日のように、報道したので、多くの人々が「死のハイウェイ」を視聴したと思います。私が一番印象に残ったのは、この「死のハイウェイ」に、お人形が放置されていた画像でした。その画像を探してみたのですか、みつかりませんでした。あまりに衝撃的だったので、削除されてしまったか、最初からサイトには掲載されていないのだと思います。

湾岸戦争中の1991年2月26日~27日(シリア2月27日午前0時)にかけての夜、一時停戦を受けて多くのイラク兵や民間人がバグダットへ向けて引き揚げていました。ところが、ジョージ・H・W・ブッシュ(父)大統領が撤退中のイラク軍を徹底的に一掃するよう米軍に命令したのです。

多国籍軍の戦闘機が非武装の車の列を襲撃し、先頭と最後尾を破壊して身動きがとれないようにしました。そこへ長時間にわたって次から次へと空から攻撃を繰り返し、この大虐殺が終わったときは、徹底的に破壊しつくされた2000台の車両と、数万のイラク兵の無残な黒焦げ遺体が何マイルにもわたって残されていました。

死のハイウェイ

のちにここは「死のハイウェイ」として知られるようになりました。バスラに続く別のハイウェイ8号にもさらに数百の残骸が累々としていて、このふたつの道路の惨状は、湾岸戦争のもっとも象徴的なイメージとなりました。

この前日、バグダッドはイラクの外相がロシアの停戦提案を受け入れ、国連の議決案に従って、すべてのイラク軍にクウェートから撤退するよう命令したとラジオで伝えました。

ところが、ブッシュはこれを信じず、イラク軍が撤退している証拠はないと返答し、彼らはまだ戦いを続けているので、戦争を続行するとしました。翌日、イラクのフセイン大統領は自ら、ラジオを通してふたつのハイウェイで撤退は始まっており、この日のうちに完了すると伝えました。それでもブッシュは、フセインのこの声明をまったくのでっちあげだと決めつけました。

イラクの降伏と戦場からの撤退を受け入れるどころか、米国にとって不利になりかねない危険な決定を下しました。ブッシュと米軍は、ただひたすらできるだけ多くのイラク人を殺すという暴挙に出たのです。

爆撃は真夜中近くに始まり、まず、米軍とカナダ軍の戦闘機がイラク軍の車の列の先頭と最後尾を攻撃し、隊列が進むことも引くこともできなくさせておいて、集中的に爆撃を繰り返しました。米中央軍の最高司令官は、ブッシュ陣営からひとりもクウェートから出すなという命令を受けていました。

ハイウェイから逃げ出した車両は、一台残らず執拗に追いかけられて破壊されました。降参して非武装のイラク兵たちですら、砲火を浴び、生き延びることができた者はひとりもいなかったと言われています。

「トラックの運転席は激しい爆撃で地面にめりこんでいた。運転手がいたのかどうかすらわからない。フロントガラスは溶けて、大きな戦車がただの破片と化していた」レバノン系アメリカ人ジャーナリスト、ジョイス・チェディアックは書いています。

「撤退しているイラク軍兵士たちを虐殺したことは、民間人および戦闘行為から離脱した戦闘員や捕虜の保護するために結ばれた1949年のジュネーブ条約に違反している。イラク軍は米軍にクウェートを追い出されたわけではなく、再び武装して戦うために退却していたわけでもない。ただ撤退して、家に帰ろうとしていただけだ。このような状況で、ただ国に帰ろうとしている兵士を攻撃するのは戦争犯罪だ」

「ベトナムでさえ、こんなことは起こらなかった。あまりにもひどい」と言うのは、軍諜報部のボブ・ニュージェント少佐。

「この事件でもっとも醜い面は、これが隠蔽されていたことだ」マルコム・ラガーチェは書いています。このことが『ニュースデイ』(ニューヨークの新聞)にすっぱ抜かれたとき、誰もが驚きました。米上下両院軍事委員会によると、ペンタゴンはこの攻撃の詳細を委員会に秘密にしていたといいます。

ノーマン・シュワルツコフ将軍

メディアにもまったく違う話が伝えられていました。米指揮官はイラク軍は自発的に撤退したのではなく、多国籍軍によって戦場から追い出されたと思わせようとしたのです。4年後、ノーマン・シュワルツコフ将軍は、死のハイウェイで起こったことを正当化しようとしました。

「クウェートから北へ延びるハイウェイを爆撃した第一の理由は、ハイウェイ上に大量の軍装備品があったからだ。わたしはすべての指揮官に、イラクの軍装備をできる限り破壊するよう命令を下した。第二の理由は、この集団は一般庶民が国境を越えてイラクに戻ろうとしていたわけではなく、クウェート市内で暴行や略奪を繰り返していた凶悪犯、殺人者たちだったからだ。彼らは捕まる前に国外へ逃げ出そうとしていたのだ」

しかし、どんな言い訳をしたところで写真に残されたこの惨劇は当時の何がおきたかを赤裸々に物語っています。この爆撃は複数の国連監視団員によって、逃亡中かつ非戦闘中のイラク兵が激しい渋滞に掴っていたハイウェイで広範囲に渡って行われた計画的な爆撃であり、戦争犯罪であるとして引き合いに出されました。

 

ブッシュ(父)大統領は、この「死のハイウエイ」の画像を見て、湾岸戦争を終了させることを決定したと言われています。ブッシュ政権の中には、イラクに侵攻して、フセイン政権を打倒すべきと主張する人々もいましたが、あまりに凄惨な画像に「今が潮時」であると考え、停戦を決めたようです。

もし、米軍が「死のハイウエイ」の後も、戦争を継続していれば、米国に対する他国の非難もかなり高まったことでしょう。ブッシュも、湾岸戦争を遂行した人々も、責任を問われることになっていたかもしれません。

無論、現在の香港の出来事は、湾岸戦争よりは規模が小さく、爆撃や砲撃などが行われているわけでもありません。おびただしい死者がでているわけでもありません。

ただし、一ついえることは、その衝撃性においては、香港の暴動は、湾岸戦争に匹敵するということです。なぜなら、湾岸戦争のときは、ネットも手軽に動画を撮影できるスマホなどが発達していなかったため、今日の香港のようにリアルタイムに近いくらいに、現場を見ることができなかっからです。

「死のハイウェイ」に関しては、たしかに米軍の記録などに残ってはいますが、攻撃を受ける側のものではなく、攻撃する側のものであり、ネットなどで公開されているものも、薄ぼんやりしていて、あまりはっきりしていません。

ところが、今日の香港では、スマホなどでリアルに見ることができます。実際、先の動画にもあるように、若者が撃たれ倒れました。それを立たせようとする警察官の姿がはっきりと写っています。

このような生々しい画像は、湾岸戦争でもあまり見られませんでした。当時のカメラは、フィルム式でしたので、撮影した直後にそれを配信することはできませんでした。しかも、カメラ自体が高価であり、多くの人がそれを所有することはできませんでした。

そのため、当時は「死のハイウェイ」は、爆撃が終了した後ではじめて見ることができるものであり、爆撃を受けている側の視点で、爆撃を受けているまさにその時などは、見ることなどおよびもつきませんでした。

しかし、現在の香港では、多くの人が鮮明な画像・動画を撮影できるスマホを持っています。これらが、どこの現場でも、現場の香港警察の動向を写し、すぐに世界中に配信できるのです。

習近平も、林鄭 月娥(りんてい げつが、キャリー・ラム)も、このことを軽く見ていたかも知れません。

林鄭 月娥(りんてい げつが、キャリー・ラム)(左)と習近平

今までも、香港デモは生々しく全世界に配信されてきましたし、これからも配信され続けるでしょう。そうして今日の、青年を銃で撃ち、それだけではなく、その瀕死の青年を無理やり立たせようした警察官の姿は、多くの人々の心に、焼き付くでしょう。

香港の騒動は本来はもう、ブッシュ(父)が湾岸戦争を終結させるのを決意したときと同じく、「潮時」なのです。しかし、林鄭と習は、そのことに気づいていないようです。

習近平は、中国では建国以来、毎年2万件以上の暴動が発生していましたし、2010年移行は10万件以上も発生しているといわれていて、これらを鎮圧してきた実績があるので、香港もどうにでもなると考えているのでしょう。香港での暴動にも鈍感なのだと思います。それが、習近平や中共の命取りになるかもしれません。

香港には、多数の英国籍の人や外国人が存在します。さらに、表面上は香港人にしかみえず、実は外国籍という人も大勢います。これらの人々が、逐一香港の現在の状況を把握しているのです。そうして、それは無論海外にも拡散されていきます。このあたりが中国本土とは異なるところです。それを習近平はあまり理解していないようです。

林鄭は、習近平と会談して、結果として習近平にプレッシャーをかけられたため、なんとかしなければいけないと考えているのでしょう。

このまま、中国がさらに鎮圧を強化していけば、世界中からますます批判されていき、孤立することになるでしょうし、米国の対中国冷戦を正当化させ、冷戦は中国にとってますます過酷なものになっていくことでょう。

日本の安倍総理も、来年は習近平を国賓として招くとしていますが、これも「潮時」とみて、中止もしくは延期することになるでしょう。安倍総理も、ブッシュ氏と同等以上に「潮時」を心得ているものと私は思います。

ポンペオ米国務長官は8日、ドイツのベルリンで演説を行い、米中の対立について「米国と中国共産党政権の対立であり、平和を望む世界各国と中国共産党政権による全体主義の戦いである」と強調しました。

米国は冷戦の方向を単なる「貿易戦争」ではなく、中国共産党政権に矛先を向け、早期に共産党政権を崩壊させるかもしれません。現在の香港の問題は、それを正当化させるものとなるかもしれません。

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