2025年11月24日月曜日

米軍空母打撃群を派遣──ベネズエラ沖に現れた中国包囲の最初の発火点


まとめ
  • 米軍が空母打撃群をベネズエラ沖に派遣したのは、麻薬ネットワークと独裁政権、そして中国・ロシア・イランの影響力を一気に断つためであり、これはインド太平地域の“外側の環”の形成を意味する。
  • ベネズエラの崩壊と700万人超の移民流出は、中国が独裁と腐敗を支えた結果であり、米国の国境危機とも直結する“拡散型の危機”となっている。
  • ナイトストーカーズの展開は、単なる威嚇ではなく“限定的介入能力”の実動化であり、米国の外側の防衛線が実際に動き始めた証拠である。
  • 冷戦期の“多層封じ込め”が中国を相手に再現されつつあり、その思想的背景にはロング・テレグラムやNSC-68がある。大戦略が歴史的な循環として蘇っている。
  • 日本は専守防衛の名の下で“何もしない国”ではなく、安保法制後は海外任務も制度化され、インド太平洋で“内側の環”を担う実質的プレイヤーになった。だからこそ、ベネズエラ沖の動きは日本の未来に直結する。
米国がベネズエラ沖に空母を送り込んだ。

一見、極東の我が国とは無関係に見える出来事だが、これは中国の世界戦略と、日本の安全保障の「これから」を映す鏡そのものだ。

1️⃣ベネズエラ沖に現れた空母打撃群──麻薬、独裁、中国

ベネズエラ沖に現れた米空母打撃群


2025年11月16日、米海軍の最新鋭空母「USS Gerald R. Ford」がカリブ海に入った。
(出典:U.S. Department of Defense系サイト DVIDS “Gera

これは単なる力の誇示ではない。
米国は同じタイミングで、ベネズエラ軍や治安機関の一部と結びついているとされる「太陽のカルテル」を外国テロ組織に指定する方針を打ち出し、関係者を法律の網で追い詰めようとしている。米連邦航空局は周辺空域の危険性を警告し、いくつもの航空会社がベネズエラ便を止めた。

狙いははっきりしている。
麻薬ルートを断ち、独裁政権を締め上げ、その背後にいる中国やロシア、イランの影響力を押し返すことだ。

ベネズエラは長年、コカインなどの中継拠点になり、軍や情報機関までこのビジネスに深く入り込んできたとされる。米国から見れば、もはや「遠い国の不正」ではない。自国社会を毒する源そのものだ。

そこへ中国が入り込む。
巨額の融資、石油の先買い契約、通信インフラと監視システムの提供。こうした支援によって、崩壊しかけたマドゥロ政権は延命してきた。経済はボロボロなのに、権力だけはしぶとく残る。ここに中国の「支え」がある。

私は過去のブログで、この構図を何度か指摘してきた。
「【日本の解き方】ベネズエラめぐり米中が分断…冷戦構造を想起させる構図に 『2人の大統領』で混迷深まる―【私の論評】社会主義の実験はまた大失敗した(゚д゚)!」 (2019年2月9日)
「ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)!」 (2021年10月6日)
ラテンアメリカでは、社会主義の失敗 → 経済崩壊 → 中国が支援と引き換えに入り込む → 独裁の固定化、という流れが繰り返されてきた。
ベネズエラは、その最悪の見本だと言ってよい。

国家は壊れ、治安は崩れ、麻薬と汚職が地を這う。
そして、そのツケは「移民」と「治安悪化」という形で、周辺国と米国に押しつけられている。
 
2️⃣700万人が国を出た現実──移民危機とナイトストーカーズ

米軍特殊部隊 ナイトストーカーズ

ベネズエラから国を出た人は、すでに700万人規模とされる。
コロンビアやペルー、ブラジルなど周辺諸国は社会保障と治安の負担にあえぎ、米国もメキシコ国境で移民問題に揺さぶられ続けている。

米国の政治にとって、移民は「票」に直結する。
トランプ政権が強硬姿勢を取る以上、麻薬と移民の“元栓”であるベネズエラを締め上げるのは当然の流れである。

この文脈の中で、米軍特殊作戦部隊「ナイトストーカーズ(160th Special Operations Aviation Regiment)」の動きが浮かび上がる。夜間ヘリによる急襲や特殊部隊の侵入を専門とする精鋭中の精鋭だ。この部隊の展開が報じられているということは、空母打撃群という「表の力」だけでなく、必要とあらば政権中枢を一気に叩く「裏の牙」も用意しているという意味である。

私はこの点について、次のブログで論じた。
「米軍『ナイトストーカーズ』展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代」 (2025年10月24日)
そこで提示したのが、「日米二つの環」という見方だ。

米国は、中南米とカリブ海で、中国やロシアの浸透を押し返す“外側の環”をつくる。
日本と米国は、第一列島線からインド太平洋で、中国海軍の外洋進出を抑える“内側の環”をつくる。

この二つの環が噛み合ったとき、初めて中国の動きを内と外から締め上げることができる。
この構想は、私自身が整理した見方だが、冷戦期に欧州とその他地域を二重の輪で抑え込もうとした「封じ込め」の発想、例えば

 “ブルッキングス研究所(Brookings Institution)に掲載の “Avoiding war: Containment, competition, and cooperation in U.S.–China relations”(2017年11月1日)などは、封じ込め戦略の歴史と現代的意味を議論するものとして通じる。ただ、公開情報の範囲では「日米二つの環」という名前で同じ構図を明確に打ち出している著名な理論や組織は見当たらない。

いずれにせよ、ベネズエラ沖に空母と特殊部隊が並ぶ光景は、この「外側の環」が現実の姿をとり始めたということを示している。

3️⃣日本にとっての意味──これは「他人ごと」ではない

では、日本はこの動きをどう見るべきか。

まず、「専守防衛だから日本は軍事介入しない」という言い方は、正確ではない。
防衛省の説明でも、専守防衛とは「相手から武力攻撃を受けたときに必要最小限の力を行使する」という考え方であり、武力行使そのものを否定してはいない。

2015年の安保法制改定によって、我が国は「存立危機事態」に該当する場合、海外でも限定的な集団的自衛権を行使できるようになった。ソマリア沖の海賊対処、各地でのPKO活動、米軍への後方支援など、海外任務で武器使用を伴う行動はすでに現実のものとなっている。

つまり日本は、憲法と法律の枠内で、国際安全保障に関与しうる国家へとすでに変わっているのだ。


この現実を踏まえると、ベネズエラ沖の緊張は、インド太平洋の安全保障と一本の線でつながっていると見るべきである。

中国がベネズエラのような社会主義国家を支え、監視技術と資金を与え、国家を弱らせ、国民を国外に押し出す構図は、東シナ海・台湾海峡で我々が直面している現実と同じ根を持つ。

社会主義の破綻と中国の浸透。
国家の弱体化と移民の爆発。
地域の治安悪化と大国の介入。

私は、これをずっと私のブログでラテンアメリカ関係の記事として掲載してきた。だが、これは南米の話だけではない。中国が手を伸ばす地域で、同じことが繰り返される「型」のようなものだと考えるべきである。

だからこそ、「日米二つの環」が必要になる。

米国は中南米で“外側の環”を張り、日本はインド太平洋で“内側の環”を引き締める。
この二つの環が閉じたとき、中国の影響圏拡大は大きく抑えられる。

ベネズエラ沖の空母、カリブ海上空のナイトストーカーズ。
それは、地球の裏側で始まった「外側の環」の姿であり、同時に、我が国が担うべき「内側の環」とつながっている。

ベネズエラで動く力学は、決して例外ではない。
中国が関わる地域では、ほぼ同じ順番で危機が広がる。
その波が、いずれ日本の周りにも到達する。

ベネズエラをめぐる米中のせめぎ合いは、
我が国がこれから直面する世界の予告編なのである。

【関連記事】

「米軍『ナイトストーカーズ』展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代」 2025年10月24日
ベネズエラ沖に展開した米軍特殊部隊ナイトストーカーズを起点に、カリブ海からインド太平洋へ伸びる「外側の環」構造を読み解き、日本が担う“内側の防衛圏”の重要性を指摘した記事。

「コロンビア、送還を一転受け入れ 関税で『脅す』トランプ流に妥協―【私の論評】トランプ外交の鍵『公平』の概念が国際関係を変える、コロンビア大統領への塩対応と穏やかな英首相との会談の違い」 2025年1月27日
中南米の移民問題と、トランプ流“公平”外交の本質を鋭く読み解き、コロンビアへの圧力と中国浸透の関係にも触れた一文。今回のベネズエラ情勢と密接に連動する分析。

「ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)!」 2021年10月6日
中国がラテンアメリカで進める政治工作・資源浸透・経済囲い込みの実態を整理し、その危険性をいち早く指摘した分析。今回のベネズエラ問題の“隠れた背景”を予見している。

「【日本の解き方】ベネズエラめぐり米中が分断…冷戦構造を想起させる構図に 『2人の大統領』で混迷深まる―【私の論評】社会主義の実験はまた大失敗した(゚д゚)!」 2019年2月9日
マドゥロ政権とグアイド暫定政権の対立を通じ、米中対立がラテンアメリカで“新冷戦”化していく様を描く。今回の空母派遣の背景を理解する上で不可欠な基礎記事。

「日米比越4カ国で中国を威嚇 海自護衛艦の“歴史的”寄港で南シナ海『対中包囲網』―【私の論評】マスコミが絶対に国民に知られたくない安全保障のダイヤモンドの完成(゚д゚)!」2016年4月7日
 海上自衛隊の歴史的寄港を「安全保障のダイヤモンド」構想の具現化として位置づけ、日米比越の連携が中国封じ込めの海洋包囲網になりつつあることを早期に指摘した記事。

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まとめ 米軍が空母打撃群をベネズエラ沖に派遣したのは、麻薬ネットワークと独裁政権、そして中国・ロシア・イランの影響力を一気に断つためであり、これはインド太平地域の“外側の環”の形成を意味する。 ベネズエラの崩壊と700万人超の移民流出は、中国が独裁と腐敗を支えた結果であり、米国の...