コムパックには売れなかったミニノートが今では売れる理由は?
現在、火がついたように売れるミニノート、一番最初は台湾メーカーによるものという認識が一般的だろう。それも、最初はグーグルも関与した、いわゆる100ドルパソコンから派生しているとか?しかし、私の記憶では、もう10年以上前のことだろうか、たしか今はなき、というより今はHPに吸収されたCOMPAQというメーカーが発売していたはずです。
私の記憶おぼろげなので、はっきりはしませんが、確かマイ・ファースト・コンピュータという触れ込みで、テレビのコマーシャルでも、外国人の小さな男の子向けのパソコンというような内容で流されていたと思います。しかも時間も短いイメージ広告のようなものだったと思います。新聞にも結構大きな、スペースをとった広告が出されていたのを覚えています。小さなパソコンで、画面もおそらく10インチ程度、今でいえば、そのような言葉はなかったのですが、完全なミニノートといっても良い代物だったと思います。(どなたか、詳しい方いらっしゃいましたら是非教えていただきたいです)
私は、昔からモバイル・コンピュータを欲しいと思っていたので、その当時も買いたいと思っていたのですが、当時はどれも破格の高さだったので、結局買いませんでした。COMPAQの当時のミニノートも、きっと、当時のモバイルパソコンの価格帯の中では安いという程度だったのではないかと思います。結局はこの当時は、このミニノートパソコンは売れなかったと思います。
そのため、結局私がモバイルパソコンを買ったのは、2000年で、FM-BIBLOシリーズでした。その後は、東芝のLiblotteも購入しています。現在は、工人舎のSAシリーズのミニノートを使用しています。これも、初代モデルなので、今となってはかなり低スペックなので、いずれ、新しいミニノートパソコンを購入したいと思っています。
いまから、振り返ってみれば、なぜCOMPAQでは売れず、現在になってミニノートが良く売れるのかが良く判ります。一番は、まずは手ごろな価格で。このHPのミニノートも、安いタイプはHPのサイトで49,800円で売っていました。ただし、Vivienne Tam Editionではありませんでした。しかし、それだけではなかなか売れなかったと思います。やはり、現在はWebでおおかたのことができるということがあります。
少しまえから、WEB2.0(私の定義では、ブラウザをOSのように使って提供する様々なサービス群)、それに最近ではクラウド・コンピューティングなどということが言われ、ファイルの共有、スケジュールの共有、動画画像の共有、その他様々な環境が整ってきたことが背景にあると思います。
COMPAQが、最初にミニノートを発売して失敗した時期は、パソコンというと、「ソフトがなければただの箱」といわれていた時期です。インターネットもあるには、あったと思いますが、現在のように動画をはじめとするクラウドコンピューティング的なサービスはありませんでした。無論、グーグル・アースもストリートビューもありませんでした。仮に小さな子供がミニノートを持ったとしても、当時の高価なソフトをたくさん購入することはできず、せいぜい添付されているオフィスやゲームのようなソフト類を使うのが関の山で、結局ゲームマシンか何かのようになって、それもあきて、ただの箱になってしまったことでしょう。
しかし、現代では違います。「ソフトがなくてもただの箱」にはなりません。インターネットにつながる環境があれば、クラウド・コンピュータによりかなりのことができます。これが本当に売れる理由だと思います。無線でインターネットができれば、いつどこでも、何でもできます。それに、画面の小ささも、現代人は携帯電話に慣れ親しんでいるため、10インチ前後でもあまり小ささを感じません。余程、精密なCADでもしない限り、十分です。
それよりも、いつでも、どこでも手軽さのほうが勝ってしまいます。テレビを見ていて、判らない言葉をその場で調べたり。何か思いついたとき、あるいは買い物をしたいと思ったときに、すぐに書き留めたり、さらに調べ物をしようとした場合、すぐにその場でできるという便利さは何事にも変えられないと思います。私は、夜中寝ているうちに何かアイディアが浮かんだときに、ミニノートに書き留めるということがしばしばあります。また、ミニノートが普及すれば、会議のときもインターネットでリアルタイムで、同じ文書や資料を見ながらの会議や、電話、会話などが普及してくると思います。
惜しむらくは、未だ日本の通信、特にイー・モバイルのようなミニノート向けの無線の通信料金が高すぎることです。私も、イー・モバイルを使おうとしましたが、結局私のような使い方だと、月6000円以上の通信料になるので、使っていません。やはり、4000円以下までは下げてもらいたいです。そうでなければ、割安感は生まれません。結局は、私も自宅の無線LANを使うか、有線のインターネットを使い、文書、画像、動画、音楽などをハードディスクに貯めたものをモバイルで見たり、編集したりという使い方になっています。ただし、無線ランが使える環境では、十分使えますが、一歩外に出ると無線ランの使える場所は限られてしまいます。
いずれにせよ、ミニノートパソコンはいろいろな可能性を引き出してくれますが、ここにパソコンメーカー側からみると、根本的な問題があります。それは、もはやパソコン自体は、小さくて手ごろな価格であれば、何でも良いということです。最早、パソコンをつくること自体は、ローテクのアゼンブリ事業にすぎなくなったということです。他社の差別化がかなり困難になってきました。もう、技術的な差別化困難です。
HPは、あえて、女性に大人気の中国人デザイナー、ビビアン・タムを起用して、新たな女性向き市場を開拓しようとしています。
確かに、斬新で、とても素晴らしいデザインです。これを持って歩きたいとか、セカンドマシンとして会社でも使いたいという女性が増えてきそうです。
特にエクゼクティブやセレブの女性、それから、それらにあこがられる女性の需要は見込めそうです。ただし、そうなるためには、後もう少し重量をセーブする必要性はありそうですが、そのコンセプト、方向性としては、十分見込みがありそうです。
わたしとしては、やはりコンテンツが重要だと思いますので、新たなつくりだすが、あるいはi-googleのように、インターネットに接続する最初の画面で女性向けのコンテンツがおおく含くまれていて、それでも十分使えるが、自らもカスタマイズできるというようなサービスなど不可欠だと思います。
ただし、ミニノートパソコンが女性にとってファション・ツールとして本当に受け入れられるのか。はたまたコンパックがかつて、「My first PC」で失敗したときのように、実情を無視した単なる企業の思い入れで終わるのか、興味ぶかいところです。
これが本当に差別化につながるのか、これからも注意深く見守っていきたいと思います。
Vivienne Tamとは?
ここで、ヴィヴィアン・タムといっても、男性の方にはあまり馴染みがないと思いますので、以下に簡単に説明しておきます。
ヴィヴィアン・タム(谭玉燕)は、ニューヨークコレクションに参加する中国人女性デザイナー。現在は、83年に自身で設立したEast Wind Code, Ltd.のCEOとチーフ・デザイナーをも務める。
斬新でトレードマークにもなっている「東西融合」(East-meets-West)姿勢に貫かれたファッション・デザインは国際的に評価が高い。 ヴィヴィアン・タムの作品には、必ず「Made in Hong Kong」か「Made in China」と記されており、広告キャンペーンでは必ずアジアの女性を起用することで有名。
主な顧客に、ジュリア・ロバーツ、マドンナ、ヘザー・グラハム、サラ・ジェシカ・パーカー、ビヨンセら。
彼女の衣装はメトロポリタン美術館、アルバート美術館、エフ・アイ・ティー美術館、アンディ・ウォーホル・ミュージアム等のコレクションに展示されている。彼女は、ニューヨーク市に暮らし、ファッションを基本にした国際的なビジネスで成功を続けている。
略歴
中国・広東省生まれ。3歳の時、香港に移住。子供の頃、母親が家族の服をつくっているところをみて感銘を受けた。8歳の時、ヴィヴィアンは、旧暦の正月に自分の兄弟姉妹のためにデザインをして服やドレスを作成している。
香 港理工学院ファッション・デザイン科を卒業後、地元のデザイナーや「メイド・イン・ホンコン」(香港製)ファッションの評価が芳しくないことに気づき、香 港貿易振興協会(the Hong Kong Trade Development council)での就業をきっかけに、1981年に渡米した。北京製のビニール・バッグには、彼女自身による20点ほどの中国風デザインが忍んでいたと いわれている。
ニューヨークでは、百貨店や特設店での展示会に努力を惜しまず、83年、若いデザイナーたちが集まったコレクションで、ヘンリ・ベンデル (HENRI BENDEL)社のバイヤーたちに影響を与えることができた。同社は名声の高い57番街のウィンドウ・ディスプレイを提供した。