今年は「金豚年」、金運・出生率・景気拡大と願懸けに喧しい
「『金豚』の年は、経済だけでなく、金運もアップする!」
春節が迫る中、中国やアジア圏の友人は、新年が待ち遠しくて仕方がないという。
日本では新年は新暦(太陽暦)のため1月1日だが、中国をはじめ香港、韓国、台湾、シンガポール、べトナム、マレーシア、インドネシア、カンボジア、ネパールなど多くのアジア諸国(華人系)は、旧暦(太陰暦)のため、今年の新年(春節)は2月5日。
特に中国では、1年で最も重要な行事の一つで、故郷を目指す帰省ラッシュは「春運」と呼ばれ、春節期間にのべ数十億人が大移動。全国で交通機関が麻痺することで知られる。
中国では、1週間ほどの正月休みとなるが、イスラム圏のマレーシアやインドネシアでも華人系の正月として、2月5日は祝日だ。
しかも、今年の干支は「豚」。日本の干支は「イノシシ」だが、西遊記の「猪八戒」を思い出してもらえればお分かりのように、中国語では「猪」とは「豚」のこと。ちなみにイノシシは、中国語で「野猪」という。
なぜ日本だけイノシシになったか。定説はないが、「家畜のブタを飼う習慣がなかった日本は、野生のイノシシを捕獲し、タンパク源にしていたから」というのが有力な説のようだ。
さておき、この「豚」。イスラム圏では不浄とされ、豚をあしらった縁起物を控える業者も一部あるが、中華圏では十二支の中でも豚は「金豚」「黄金豚」といわれ、「豚が夢に現れると大吉」とされるほど、経済上昇や金運アップの象徴と知られる。
さらに、「黄金豚年生まれ」は、「大金持ちになる」とも伝えられ、師走真っ只中の中国やアジア圏では、黄金豚の置物や貯金箱が大人気で、売り切れ御免の店舗も続出しているようだ。
筆者も縁起を担ごうと、初めて「金豚」をゲットした。
中国人などアジア圏の華人が信じてやまない風水では、今年の豚年のラッキーカラーはまさに、「金」「赤」「白」という。
街中やスーパーなどには、例年にも増して金や赤色が眩いばかりに輝き、ギラギラの春節商戦を煽っている。
豚は、子沢山でも知られ、「豚年の出生率は上がる」というジンクスもある。
赤ちゃん用品の関連企業株も上昇するとされ、まさに「金豚株」は注目株だ。
特に中国では、米中貿易戦争勃発で今年の経済動向に暗雲が立ちはだかる。建国以来、70年ぶりの人口減が明らかになる中、国家の存続をかけ、「金豚年」に望みをかけている。
春節を前に中国郵政が発行したその記念切手には、2匹の親豚と愛らしい「3匹の子豚」が描かれた。
このことから、中国版ツイッターの微博(ウェイボー)などソーシャルメディアでは、将来的な労働人口減少による経済低迷、国力の後退を危惧し、「政府が二人っ子政策や産児制限を完全に撤廃し、『三人っ子政策』を新たに導入するのでは」と話題になっている。
中国政府は2016年、40年近く続いた一人っ子政策を廃止し、夫婦に2人目の子供を容認した「二人っ子政策」を導入した。その際にも、事前に発表された申年の切手に、小猿2匹を描いていた。
今回、3匹の子豚が描かれたことから、三人っ子政策が導入されるのではないかとみたわけだ。
しかし、一人っ子政策の廃止による効果は政府の期待を裏切っている。
2016年の中国の出生数は、前年比で130万人多い1790万人だったが、増加数は予想の半分以下にとどまった。2017年は2000万人を見込んだが、1700万人に減少してしまった。
さらに、今年に入って米国のウィスコンシン大学の易富賢氏ら人口統計専門家が、「2018年の全土の出生数は前年比で79万人増加するとの政府予測を裏切り、250万人減少した」と香港メディアなどで発表。
今月中に予想されている中国国家統計局の2018年の人口統計公式発表を前に、中国の昨年人口が、建国以来初めて70年ぶりに減少したことを明らかにしたのだ。
その上で「少子高齢化の波は加速化し、中国経済の活力は弱体化し、人口動態上の危機でもある」と警鐘を鳴らした。
また、中国の出生率は「2000年以降、日本より低い状態が続いている。中でも2010年から2016年の平均は『1.18』で日本の1.42をはるかに下回った」とも指摘した。
そんな中、中国が「金豚年」にあやかり、二人っ子政策を廃止しても、その効果は望まれないのが現実ではないだろうか。
中国だけではなく、韓国、シンガポール、タイ、台湾、最近では多産のイスラム圏のマレーシアでも少子高齢化の潮流が懸念されている。
このように、中国でも高等教育を受けた大都市圏の女性は、仕事を最優先するだけでなく、若い夫婦にとって高騰する教育費や住宅費用が大きく家計を圧迫していることから多産に向かうのは難しいとみられる。
さらに、心理的な作用として、「一人っ子が理想」だとする長年の概念を取り払うだけの大家族や子育てによるメリットより、デメリットが危惧されている現状がある。
筆者の友人で、北京に住む共働き夫婦も、日頃、こうつぶやく。
「住宅費の高騰だけでなく、保育施設不足に加え、将来的に高齢化する『4人の親』の面倒を見る資金に備え、2人の子供より、1人に経済的、精神的支えを集中したい」
さらに、長年の「一人っ子男子優遇政策」が中国の男女比を狂わせた。
男の子を持ちたいという伝統的な考え方から、作為的な中絶や流産で、出産可能な女性の絶対数が極端に少ないのだ。
そのため、最近では中国人男性とベトナム人女性の強制的な結婚が国際問題に発展しているほどだ。
こうした状況に、出生率が最も低い遼寧省では昨夏、減税、教育費、さらには住宅費の補助や出産・育児休暇の延長など、助成策を打ち出した。
また、江西省は、人工中絶規制を強化する指針を発表。女性が人工中絶を希望する場合、医療従事者3人の同意署名を義務づけた。
男児の出産優遇阻止の策というが、「国家の人口計画達成が目的だ」「女性は、自分の卵巣の選択肢もないのか」などと、ウェイボーなどで批判が殺到、炎上した。
そんな中、今年1月4日、中国の中国社会科学院は「中国の人口は、2029年の14億4000万人をピークに減少に転じ、労働力減少は中国経済に重大な影響を与える」と政府に異例に、国家の制度改革を求めた。
こうした経済後退や国力低下の危機感から、国に頼らず独自に少子化対策を実施する企業も現れた。
世界有数の中国のオンライン旅行企業、「シートリップ」はこのほど、社員の子供が学齢期を迎えた際、ボーナスを支給するほか、中国企業初の取組みとして、女性管理職の「卵子凍結」費用補助を決めたことを発表した。
前述の在米の人口統計専門家、易氏は、「一人っ子政策が、中国の深刻化する少子高齢化の主要因」と指摘した上、「中国の人口減少傾向は、日本が20年前に直面した問題と類似し、中国の製造業界も将来的に、深刻な労働力不足に喘ぐだろう」と警告する。
しかし、筆者は以前にも指摘したが(「悲惨極まりない中国人の老後 失踪死亡が多発」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51859)、特に中国と日本社会の高齢化の実態には大きな違いがある。
中国では、「未富先老」。すなわち、「国民が裕福になる前に、高齢化が先に訪れる」。そのため先進国になって高齢化に突入した日本とはわけが違う。しかも、その規模が比較にならない。
中国では2050年、日本の人口に相当する約1億2200万人が、「80歳以上の後期高齢者」で占められる。実に中国の人口の約9%にもなる。
また、中国民生部傘下の研究機関、中民社会救助研究院によると、「中国では毎日1300人以上、年間で50万人が失踪する」と悲惨な実態が明らかになっている。
行方不明の8割が65歳以上の高齢者という。
今後、経済成長率が低下し、社会保障制度への不満や懸念が高まったときこそ、一党独裁の共産党体制の存続が危ぶまれるだろう。
(取材・文・撮影 末永 恵)
【私の論評】先進国では人口減は経済の衰退に直接つながらないが、中国にその理屈は通用しない(゚д゚)!
冒頭の記事では、人口の減少は経済の衰退につながると無意識に決めつけているようです。これは、日本でも「デフレ人口減少説」などという愚かなことがいわれていたこともあり、多くの人が無意識に正しいと信じているのではないでしょうか。
しかし、これは、真実ではありません。特に、日本においてはそうです。
人口減少と高齢化は、たしかに日本の経済・社会に深刻な問題を生み出しています。しかしその一方で、人口が減り働き手の数が減っていくのだから、日本経済のこれからの成長率はよくてゼロ、自然に考えればマイナス成長だろう、というような考えが広く共有されているようです。
春節が迫る中、中国やアジア圏の友人は、新年が待ち遠しくて仕方がないという。
日本では新年は新暦(太陽暦)のため1月1日だが、中国をはじめ香港、韓国、台湾、シンガポール、べトナム、マレーシア、インドネシア、カンボジア、ネパールなど多くのアジア諸国(華人系)は、旧暦(太陰暦)のため、今年の新年(春節)は2月5日。
特に中国では、1年で最も重要な行事の一つで、故郷を目指す帰省ラッシュは「春運」と呼ばれ、春節期間にのべ数十億人が大移動。全国で交通機関が麻痺することで知られる。
中国では、1週間ほどの正月休みとなるが、イスラム圏のマレーシアやインドネシアでも華人系の正月として、2月5日は祝日だ。
しかも、今年の干支は「豚」。日本の干支は「イノシシ」だが、西遊記の「猪八戒」を思い出してもらえればお分かりのように、中国語では「猪」とは「豚」のこと。ちなみにイノシシは、中国語で「野猪」という。
なぜ日本だけイノシシになったか。定説はないが、「家畜のブタを飼う習慣がなかった日本は、野生のイノシシを捕獲し、タンパク源にしていたから」というのが有力な説のようだ。
さておき、この「豚」。イスラム圏では不浄とされ、豚をあしらった縁起物を控える業者も一部あるが、中華圏では十二支の中でも豚は「金豚」「黄金豚」といわれ、「豚が夢に現れると大吉」とされるほど、経済上昇や金運アップの象徴と知られる。
さらに、「黄金豚年生まれ」は、「大金持ちになる」とも伝えられ、師走真っ只中の中国やアジア圏では、黄金豚の置物や貯金箱が大人気で、売り切れ御免の店舗も続出しているようだ。
筆者も縁起を担ごうと、初めて「金豚」をゲットした。
中国人などアジア圏の華人が信じてやまない風水では、今年の豚年のラッキーカラーはまさに、「金」「赤」「白」という。
街中やスーパーなどには、例年にも増して金や赤色が眩いばかりに輝き、ギラギラの春節商戦を煽っている。
豚は、子沢山でも知られ、「豚年の出生率は上がる」というジンクスもある。
子豚を授かる金色の親豚の縁起物。金豚年で一番人気だ |
赤ちゃん用品の関連企業株も上昇するとされ、まさに「金豚株」は注目株だ。
特に中国では、米中貿易戦争勃発で今年の経済動向に暗雲が立ちはだかる。建国以来、70年ぶりの人口減が明らかになる中、国家の存続をかけ、「金豚年」に望みをかけている。
春節を前に中国郵政が発行したその記念切手には、2匹の親豚と愛らしい「3匹の子豚」が描かれた。
このことから、中国版ツイッターの微博(ウェイボー)などソーシャルメディアでは、将来的な労働人口減少による経済低迷、国力の後退を危惧し、「政府が二人っ子政策や産児制限を完全に撤廃し、『三人っ子政策』を新たに導入するのでは」と話題になっている。
中国政府は2016年、40年近く続いた一人っ子政策を廃止し、夫婦に2人目の子供を容認した「二人っ子政策」を導入した。その際にも、事前に発表された申年の切手に、小猿2匹を描いていた。
今回、3匹の子豚が描かれたことから、三人っ子政策が導入されるのではないかとみたわけだ。
しかし、一人っ子政策の廃止による効果は政府の期待を裏切っている。
2016年の中国の出生数は、前年比で130万人多い1790万人だったが、増加数は予想の半分以下にとどまった。2017年は2000万人を見込んだが、1700万人に減少してしまった。
さらに、今年に入って米国のウィスコンシン大学の易富賢氏ら人口統計専門家が、「2018年の全土の出生数は前年比で79万人増加するとの政府予測を裏切り、250万人減少した」と香港メディアなどで発表。
今月中に予想されている中国国家統計局の2018年の人口統計公式発表を前に、中国の昨年人口が、建国以来初めて70年ぶりに減少したことを明らかにしたのだ。
その上で「少子高齢化の波は加速化し、中国経済の活力は弱体化し、人口動態上の危機でもある」と警鐘を鳴らした。
春節を象徴する深紅の提灯は、時代が変っても、正月に欠かせない飾り物だ |
また、中国の出生率は「2000年以降、日本より低い状態が続いている。中でも2010年から2016年の平均は『1.18』で日本の1.42をはるかに下回った」とも指摘した。
そんな中、中国が「金豚年」にあやかり、二人っ子政策を廃止しても、その効果は望まれないのが現実ではないだろうか。
中国だけではなく、韓国、シンガポール、タイ、台湾、最近では多産のイスラム圏のマレーシアでも少子高齢化の潮流が懸念されている。
このように、中国でも高等教育を受けた大都市圏の女性は、仕事を最優先するだけでなく、若い夫婦にとって高騰する教育費や住宅費用が大きく家計を圧迫していることから多産に向かうのは難しいとみられる。
さらに、心理的な作用として、「一人っ子が理想」だとする長年の概念を取り払うだけの大家族や子育てによるメリットより、デメリットが危惧されている現状がある。
筆者の友人で、北京に住む共働き夫婦も、日頃、こうつぶやく。
「住宅費の高騰だけでなく、保育施設不足に加え、将来的に高齢化する『4人の親』の面倒を見る資金に備え、2人の子供より、1人に経済的、精神的支えを集中したい」
さらに、長年の「一人っ子男子優遇政策」が中国の男女比を狂わせた。
男の子を持ちたいという伝統的な考え方から、作為的な中絶や流産で、出産可能な女性の絶対数が極端に少ないのだ。
下着から寝具にいたるまで、春節では「赤」に統一することで、その年の繁栄がもたらされるという 下着チェーン「古今」のディスプレイ |
そのため、最近では中国人男性とベトナム人女性の強制的な結婚が国際問題に発展しているほどだ。
こうした状況に、出生率が最も低い遼寧省では昨夏、減税、教育費、さらには住宅費の補助や出産・育児休暇の延長など、助成策を打ち出した。
また、江西省は、人工中絶規制を強化する指針を発表。女性が人工中絶を希望する場合、医療従事者3人の同意署名を義務づけた。
男児の出産優遇阻止の策というが、「国家の人口計画達成が目的だ」「女性は、自分の卵巣の選択肢もないのか」などと、ウェイボーなどで批判が殺到、炎上した。
そんな中、今年1月4日、中国の中国社会科学院は「中国の人口は、2029年の14億4000万人をピークに減少に転じ、労働力減少は中国経済に重大な影響を与える」と政府に異例に、国家の制度改革を求めた。
こうした経済後退や国力低下の危機感から、国に頼らず独自に少子化対策を実施する企業も現れた。
世界有数の中国のオンライン旅行企業、「シートリップ」はこのほど、社員の子供が学齢期を迎えた際、ボーナスを支給するほか、中国企業初の取組みとして、女性管理職の「卵子凍結」費用補助を決めたことを発表した。
前述の在米の人口統計専門家、易氏は、「一人っ子政策が、中国の深刻化する少子高齢化の主要因」と指摘した上、「中国の人口減少傾向は、日本が20年前に直面した問題と類似し、中国の製造業界も将来的に、深刻な労働力不足に喘ぐだろう」と警告する。
しかし、筆者は以前にも指摘したが(「悲惨極まりない中国人の老後 失踪死亡が多発」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51859)、特に中国と日本社会の高齢化の実態には大きな違いがある。
中国では、「未富先老」。すなわち、「国民が裕福になる前に、高齢化が先に訪れる」。そのため先進国になって高齢化に突入した日本とはわけが違う。しかも、その規模が比較にならない。
中国では2050年、日本の人口に相当する約1億2200万人が、「80歳以上の後期高齢者」で占められる。実に中国の人口の約9%にもなる。
また、中国民生部傘下の研究機関、中民社会救助研究院によると、「中国では毎日1300人以上、年間で50万人が失踪する」と悲惨な実態が明らかになっている。
行方不明の8割が65歳以上の高齢者という。
今後、経済成長率が低下し、社会保障制度への不満や懸念が高まったときこそ、一党独裁の共産党体制の存続が危ぶまれるだろう。
(取材・文・撮影 末永 恵)
【私の論評】先進国では人口減は経済の衰退に直接つながらないが、中国にその理屈は通用しない(゚д゚)!
冒頭の記事では、人口の減少は経済の衰退につながると無意識に決めつけているようです。これは、日本でも「デフレ人口減少説」などという愚かなことがいわれていたこともあり、多くの人が無意識に正しいと信じているのではないでしょうか。
しかし、これは、真実ではありません。特に、日本においてはそうです。
人口減少と高齢化は、たしかに日本の経済・社会に深刻な問題を生み出しています。しかしその一方で、人口が減り働き手の数が減っていくのだから、日本経済のこれからの成長率はよくてゼロ、自然に考えればマイナス成長だろう、というような考えが広く共有されているようです。
しかし、こうした考えは誤りです。日本の1870(明治3)年から20世紀の終わりまで125年間の人口と実質GDP(国内総生産)の推移を比較した図を以下に掲げます。これをご覧になれば、マクロ経済の成長が決して人口によって決まるものではないということが、ご理解いただけるものと思います。
日本の人口と経済成長(1870年〜1994年) |
この間、GDPと人口はほとんど関係ないほどに乖離しています。戦後の日本経済にとって最大のエピソードといってもよい高度成長期(1955~1970)には、経済は年々10%成長したのですが、人口の伸びは約1%程度でした。1%という数字は、全人口、生産年齢人口、労働力人口、どれをとっても大差はありません。毎年10%-1%=9%ずつ「1人当たりの所得」が上昇していたのです。
これはもっともな疑問だと思います。人口減少はたしかにそれ自体としては経済成長にとってマイナス要因です。しかし、先進国の経済成長は人口要因よりも「1人当たりの所得」の上昇によってもたらされる部分のほうが大きい、という結論は、人口減少の時代にも人口増加の時代と同じように成立します。
百聞は一見に如かずといいます。人口が減り始めた現在の日本経済の実績を見ることにししましょう。厚生労働省社会保障審議会・年金財政における経済前提に関する専門委員会(2017年10月6日)の資料にある過去20年間(1996-2015)の「成長会計」の結果は以下の通りです。
「成長会計」とは、実質GDPの成長率を資本投入・労働投入と、それでは説明できない残差としての「全要素生産性」(Total Factor Productivity、頭文字をとりTFP、通常イノベーションないし技術進歩を表すものと解釈されています)、3つの要素それぞれの貢献に分解する手法です。
さて、結果をみると、1996年から2015年まで、この間には1997~1998年の金融危機、2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災などさまざまな出来事がありました。にもかかわらず、20年間の平均成長率は0.8%、そのうち資本投入の貢献分が0.2%、労働投入はマイナス0.3%であり、TFPの貢献が0.9%となっています。
注目されるのは、労働投入の貢献分マイナス0.3%です。この期間、人口は減り始め、それに先立ち労働力人口は減少してきましたから、労働の貢献は0.3%のマイナスになっています。
しかし、TFP(イノベーション)の貢献0.9%により日本経済は年々0.8%ずつ成長しました。人口が減っているから1人当たりに直せば、1%を超えます。人口減少それ自体はマイナス要因だが、先進国の経済成長にとっていちばん重要なのは、やはりイノベーションなのです。
ちなみに、1997年から日本は、マクロ経済政策のまずさからデフレに見舞われ、失われた20年という全く成長しない時代を迎えています。こうした期間があったにもかかわらず、日本経済はこの期間も含め1996年〜2015年まで、年平均で0.8%ずつ伸びてきたのです。
もし、この失われた20年がなければ、日本経済はもっと成長していたはずなのです。やはり、日本のような先進国では、人口がどうのこうのというより、TFP(イノベーション)が経済の発展に大きく寄与しているのです。
では、中国はどうなのかということになると思います。私自身は、中国が日本をはじめとする先進国のようにある完璧とはいえないまでも、ある程度まともな社会構造を持っていれば、日本と同じことがいえると思います。
しかし、中国はそうではありません。先進国と中国の社会構造の大きな差異は、民主化、経済と政治の分離、法治国家化です。これに関しては、先進国では完璧とか十分とはいえないまでも、中国よりははるかに進んでいます。
しかし、中国ではこれが、絶望的に遅れています。これらが整備されていない、遅れた社会ではどのようなことがおこるかといえば、先進国でみられたように、多数の中間層を輩出し、それらが自由な社会経済活動を実施して、多くの富を築くということが阻害されてしまうのです。
過去の中国は、社会構造の遅れから多数の中間層を輩出できませんでしたが、諸外国から様々な方法で莫大な資金を集め、国内の巨額のインフラに投資を実施し、成長してきました。
そのせいか、中国では先進国のように多数の中間層は生まれませんでしたが、少数の飛び抜けた富裕層が生まれました。そうして、遅れた社会構造は今でもそのまま温存されています。
中国が古い社会構造をある程度改革し、多数の中間層を輩出し、それらが自由に社会経済ができるように保証すれば、これからも中国経済は伸びていく可能性がありますし、人口減少になっても経済を伸ばし続けることも可能になるかもしれません。
しかし、今のままでは、それは不可能です。先進国でも、人口減少は様々な社会問題を生んでいますし、これからも生み続けるでしょう。しかしイノベーションによってこれを変えて新たな社会を作り出すこともできます。かつて、多数の中間層を輩出したように、何らかの手段でまた社会構造を転換することもできるでしょう。
しかし、現在の中国共産党は、社会構造は古いままで、国内のインフラ整備は一巡してめぼしいプロジェクがなくなったため、今度は一帯一路で外国に多額の資金して富を創造しようとしています。
さらに、国内では、古い社会はそのままにして、AIなどに多額の投資をして、政府が掛け声を掛け、「中国製造2025」や「高速通信5G」などを推進して、富を創造しようとしています。
本当は、社会の構造転換が重要なのに、それはなおざりにして、多額の資金を投下し、政府が掛け声をかけるという方式は最早通用しません。もうすでに制度疲労を起こしています。
こうしたことから、先進国では人口減少それ自体はマイナス要因ですが、先進国の経済成長にとっていちばん重要なのはイノベーションであるという構造は成り立たないのではないかと思います。
今のままであれば、中国は衰退していくばかりです。そうして、昨年から始まった米国による対中国冷戦Ⅱは、中国の衰退を加速させることになります。
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