2019年1月7日月曜日

【社説】米国がTPP11発効で失った市場―【私の論評】トランプの次の大統領がTPPを見直す(゚д゚)!

【社説】米国がTPP11発効で失った市場

The wallstreet journal



 たとえ米国が動かなくとも、世界は動く。この表現は、貿易においては確かに真実だ。環太平洋経済連携協定(TPP)は、ドナルド・トランプ米大統領が離脱を表明した2年後、TPP11という新たな装いの下で年明けとともに11カ国で始動した。これによる最大の敗者は、米国の生産者だ。

 正式名称「包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」、いわゆるTPP11は先週、カナダ、日本、メキシコ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポールの間で発効した。同協定は、全輸入品目の95%について加盟国間の関税を撤廃するもので、加盟諸国の国内総生産(GDP)の合計は世界全体の13%に相当する。TPP11はベトナムでは1月14日に発効し、ブルネイ、チリ、マレーシア、ペルーでも批准手続きが進められている。

 元々のTPPで規定されていた1000以上の項目は、20前後の項目を除いて全て、新たな協定に盛り込まれた。凍結された項目の中には、著作権の有効期間の延長、バイオ医薬品の特許保護期間を8年とすることなど、米国にとっての優先項目も含まれている。しかし、知的財産権に関する他の成果や、外国投資家の保護、国有企業に公平な競争条件を求める項目は、新協定に引き継がれた。

 米国の離脱にもかかわらず、加盟国は依然として大きな利益を得られる状況で、ピーターソン国際経済研究所によれば、世界でざっと1470億ドル(約16兆円)の実質所得の拡大が見込まれる。同研究所はマレーシアとシンガポールで2030年までにさらに3.1%と2.7%の実質所得の伸びを予想している。別の推計によれば、ベトナムからTPP11加盟国への繊維・アパレル輸出は30億ドル増えるとみられている。

 カナダは、米国がTPPに残留していた場合よりも大きなGDP押し上げ効果を得られる見通しだ。これは主に、日本の市場から追い出される公算が大きい米国の農家が犠牲になることで生じる。日本政府は通常、牛肉に38.5%の関税をかけており、米国にはこれが適用されるが、カナダ・ニュージーランド・オーストラリアからの輸入品にかかる関税は9%に下がる。カナダ政府は結果として牛肉の総輸出が10%増えるだろうと予測している。

 米小麦協会のビンス・ピーターソン会長は先月ワシントンで、TPP11が発効すれば、日本で53%を占めている米生産者の市場シェアが、「直ちに崩壊する」恐れがあると述べていた。日本に輸出される米国産小麦の価格は、カナダ産や豪州産より1ブッシェル当たり40セント不利になる見通しだ。

 米国産豚肉にとっても、状況が良いとは言いがたい。2017年の欧州から日本への豚肉の輸出額は過去10年間で初めて米国からの輸出額を超えた。差し迫った日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)の発効により、欧州は一層有利になる。米国から中国への豚肉の輸出も、トランプ政権が課した関税への報復措置として中国政府がかける62%の関税に直面している。

 トランプ大統領の貿易政策を支持する人々は、彼の関税措置が単なる短期的なコストであり、結果としてはより良い貿易取り決めにつながると主張している。しかし、TPPからの離脱は、それによってどの国からも貿易的な譲歩措置を得ることができなくなるため、市場の非効率による過度の経済損失(deadweight economic loss)となる。米国と日本は2国間貿易協定について改めて交渉を行うが、2国間協議よりも容易に、そしてはるかに迅速に日本市場を開放する道はTPPだった。

 新協定のTPP11はまた、他の参加諸国の内部変革にも拍車を掛けている。ベトナムは同協定の一環として外国小売企業に対する制限の緩和、金融部門に対する外国企業の投資上限引き上げを行っている。マレーシアはTPP11加盟国の銀行に対し、同国内での支店開設数を従来の2倍に拡大することを認める。

 米国のTPP離脱は近年の経済史上、最悪のオウンゴール(自殺点)の1つとなった。トランプ氏が残りの任期である今後2年間のうちに方針を再考することはありそうにないが、恐らく次の大統領はそうするだろう。

【私の論評】トランプの次の大統領がTPPを見直す(゚д゚)!

日米の貿易協議が早ければ2019年1月下旬にも始まります。日本政府は物品に限ったTAG(物品貿易協定)の交渉に限定したいのですが、トランプ政権はサービスその他重要な分野も含めた包括的なFTA(自由貿易協定)を目指しており、日米の思惑に違いがみられます。果たして日本のシナリオ通りの展開となるのでしょうか。

TAGにこだわる安倍政権の意図

18年9月26日の日米首脳会談で日米貿易協定の交渉入りを合意しました。しかし、日本政府が、共同声明の英文にもない「TAG」という造語を使ったことから、野党からは「TAGを捏造」と批判されることになりました。

日本政府が発表した共同声明には、「日米両国は、所要の国内調整を経た後に、日米物品貿易協定(TAG)について、また、他の重要な分野(サービスを含む)で早期に結果を生じ得るものについても、交渉を開始する」と書かれています。


このTAGへのこだわりに安倍政権の戦略的な意図が読み取れます。安倍首相も,「TAGは日本がこれまで締結した包括的なFTAとは全く異なる」と説明しています。

この2年間、環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱したトランプ政権が包括的な日米FTAの締結を日本に迫るなか、米国抜きのTPP11を主導した安倍政権は、日米FTA交渉には絶対に応じないと言い続けてきました。

しかし、二国間主義に基づき追加関税で脅しながら相手国に譲歩を迫るトランプ流の交渉術が一応の成果を上げ、それが多国間よりも二国間の交渉の方が米国に有利だというトランプ政権の主張を勢いづかせ、「米国のTPP復帰が最善」と主張する日本にとっては不都合な状況になりました。

結局、米通商拡大法232条(安全保障条項)に基づく米国の自動車・同部品の25%追加関税の対象から日本を除外させることが、安倍政権の優先課題となってしまい、TPPの問題を一時棚上げにして米国の要求を受け入れ、実質的な日米FTA交渉の開始に合意するしかありませんでした。TAGはその苦肉の策です。

TPPか日米FTAか、日米の思惑が錯綜するなか、日本は着地点に向けてどのようなシナリオを描こうとしているのでしょうか。玉虫色の日米共同声明には、さらに、「上記協定の議論が完了した後、他の貿易・投資の事項についても交渉」とあります。

安倍政権は、第1段階は関税撤廃などTAGに限定、第2段階で関税以外のルールづくりを目指すという2段階方式のシナリオを描いています。ただし、米国のTPP復帰を諦めていません。

深読みすれば、ポスト・トランプも睨みながら、第2段階のルールづくりで日米FTAの議論をTPP復帰問題にすり替えるチャンスを虎視眈々と狙うしたたかな戦略を考えています。それがまた、米国のTPP復帰を前提にTPP11(CPTPP)をまとめ上げた安倍政権の矜持といえるでしょう。

死角だらけの日本の通商シナリオ

表現がどうであれ、TAGは紛れもなくFTAです。関税撤廃などを米国だけの特別扱いにするのであれば、FTAを締結しなければ、WTO協定の最恵国待遇原則に違反します。TAGに関する日本側の最大の懸念材料は、米国がTPP水準を超える農産物の市場開放を日本に要求してくることです。その懸念を払拭するため、「農産物の市場アクセスはTPPの水準を超えない」との文言が合意文書の了解事項として盛り込まれました。

さらに、18年7月の米EU合意と同様、交渉中は米国が日本に対して自動車・同部品の25%追加関税を課さないようにするため、「交渉中は、共同声明の精神に反する措置の発動を控える」という表現で米国の確約を得ました。これら2つの約束を取り付けたという意味で、安倍政権にとっては米国の圧力下で満点に近い合意を得たと言ってよいでしょう。

しかし、今後の展開は予断を許さないです。その後「TPP以上の譲歩を日本に要求する」というパーデュー農務長官の発言が飛び出すなど、「TPP並み」が農産物の攻防ラインとなるのは必至です。

さらに、米国側の了解事項に、「自動車分野について、米国内での生産及び雇用の増大に資するものとする」という文言が盛り込まれたことが火種となるでしょう。米自動車メーカーは日本市場において戦意を喪失しており、日本への自動車輸出は増える見込みがないため、日本の対米自動車輸出を規制するという「管理貿易」の議論に発展しそうです。

日本は米国の要求を飲まされるのか

米国の貿易関連法により,貿易交渉開始の30日前に、米通商代表部(USTR)は議会に交渉目的を通知しなければならないです。このため、USTRは18年12月21日、日本との貿易協議に向けて22分野の要求項目を議会に通知しました。22項目の中身をみれば、TPPとほとんど同じような分野が並んでおり、包括的な日米FTAの締結を目指すトランプ政権の強い姿勢がうかがえます。

18年12月10日にワシントンで開かれたUSTRの公聴会では、米国の業界団体からTPPを上回る水準の協定を求める声が相次ぎました。このため、要求項目には、農産品の関税引き下げや自動車貿易の改善にとどまらず、通信や金融などサービス分野を盛り込んでいます。さらに、薬価制度や為替問題も協議するとしています。

日本側が最も反発する項目は、通貨安誘導を禁ずる為替条項の導入です。米自動車業界は円安による日本車の輸出攻勢を恐れています。このため、円売り介入だけでなく、日銀の異次元金融緩和までも円安誘導策とみています。安倍政権は交渉対象から為替問題を外し、日米の財務当局に委ねたい考えです。

USTRによる議会への通知によって、改めて日米の思惑の違いが浮き彫りとなりました。日米の貿易協議を担当する茂木経済財政・再生相とライトハイザーUSTR代表が12月中旬に電話会談をし、共同声明を順守することを確認したとされますが、ゴリ押しの通商政策を展開するトランプ政権を相手に、果たして日本のシナリオ通りにTAGの議論を先行できるかは不確実です。

日米貿易協議の初会合にのぞむ茂木経済財政・再生相とライトハイザーUSTR代表(昨年10月9日、ワシントン)

米中協議が難航すれば日本に追い風?

一方,18年12月1日の米中首脳会談で90日間の貿易協議に入ると合意しました。期限は19年3月2日です。米国は対中貿易赤字の大幅削減を要求していますが、知的財産権の保護や技術移転の強要などの問題も議題に挙げています。しかし、中国の国家資本主義の象徴ともいえる「中国製造2025」をめぐる米中の対立はハイテク覇権争いが絡んでおり、落としどころも難しいです。



19年1月下旬から開始予定の日米TAG交渉に、米中協議はどのような影響を及ぼすでしょうか。「米中衝突は日本にプラス」との見方は少なくないです。中国が譲歩しすぎると米国が自信をつけて日本に高圧的になる恐れもありますが、逆に米中協議がもつれると、日本との交渉は先送りされる可能性も出てきます。

日米はTAG交渉には期限を定めていません。それでも19年6月下旬に大阪で開かれるG20首脳会議に合わせてトランプ大統領が来日しますが、その折の日米首脳会談で譲歩を迫られることを日本側は警戒しています。

安倍政権の本音としては、TAG交渉の決着をできるだけ19年夏の参院選後に引き延ばしたいということがあるでしょう。与党自民党が、農産物の市場開放がたとえTPP並みであっても、選挙にマイナスに響くことを恐れているからです。

米中協議は、予め難航することが予想されるため、TAG交渉の決着は参院選後になることが予想されます。ただしその後はどうなるかは、未だ予測がつかない段階です。

「タリフマン(関税好き)」を自称するトランプ大統領は、日米の貿易協議入りと引き換えに、自動車関税を棚上げにしましたが、矛先が日本に向くリスクは消えていません。日本側の時間稼ぎに腹を立て、再び関税の引き上げを言い出す可能性があります。2019年のTAG交渉は安倍政権にとってまさに正念場といえます。
日本側としては、冒頭の記事にもあるように、ポストトランプの大統領に望みを託すことになりそうです。

次の大統領は、TPPが協力な中国包囲網となることを容易に理解すると、考えられます。そうして、日米のそうして世界の貿易関係は、TPPの枠組みの中でというのが、理想的です。

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