2015年11月30日月曜日

「衆参ダブル選」はもはや“前提”状況 自民幹部の相次ぐ発言…支持率も追い風 ―【私の論評】自民党は、衆参同時選挙の公約に、是が非でも10%増税の見送りを加えよ、でなければ地獄をみることになる(゚д゚)!


五郎丸ポーズで集中力を高める?安倍首相=29日、東京都内のホテル

来年夏の「衆参ダブル選」が現実味を帯びてきた。自民党幹部がダブル選の可能性にいち早く言及し、谷垣禎一幹事長も否定しなかったからだ。実際、「ダブル選を想定した」といわれる国会日程が固まるなど、環境は着々と整いつつあるようにも見える。まもなく年末だが、選挙に向かって走り出す政治家も出てきそうだ。

「いろいろな可能性は、そりゃありますよ」

谷垣氏は29日、自民党立党60年記念式典終了後、記者団からダブル選の可能性について聞かれ、否定しなかった。

実は、谷垣発言には前触れがあった。佐藤勉国対委員長が28日、秋田県大仙市で「(選挙活動を)甘くみないで。来年ダブル選があるかもしれない」と1日早く言及していたのだ。幹部の相次ぐ発言が「ダブル選現実論」に拍車をかけているのは間違いない。

政府・与党が、来年1月4日に通常国会を召集する方針を固めたこともダブル選の根拠となっている。

通常国会は法律で150日間と定められている。会期延長しなければ会期末は6月1日となり、この日に衆院を解散すれば「7月10日投開票」で参院選との同日選が可能になるのだ。1月5日以降の招集では日程が合わず、ダブル選は成立しない。国会日程をみれば、ダブル選はもはや“前提”といえる状況だ。

22日投開票の「大阪ダブル選」で大阪維新が2勝し、橋下徹大阪市長の求心力が回復したことも大きい。安倍晋三首相は憲法改正で意気投合する橋下氏に期待しており、ダブル選を仕掛けて橋下氏を国政に引っ張り出そう-という思惑も見え隠れする。

内閣支持率も追い風となりそうだ。日本経済新聞とテレビ東京が27~29日に実施した世論調査で、内閣支持率は49%となり、10月下旬の前回調査から8ポイントも上昇した。共同通信が28、29日に実施した世論調査でも、内閣支持率は48・3%と前回調査より3・5ポイント増で回復傾向は顕著だ。

安倍政権は2017年4月に消費税10%への増税を控えている。衆院解散が増税の直前や直後のタイミングとなると、与党に不利なのは明らかだ。その前に解散を打つタイミングを探るのは当然で、政権を取り巻くあらゆる状況が「ダブル選現実論」を後押ししている。

【私の論評】自民党は、衆参同時選挙の公約に、是が非でも10%増税の見送りを加えよ、でなければ地獄をみることになる(゚д゚)!

確かに安倍内閣の支持率は、あがっています。これはすでに政権成立から2年近くたっていて、過去の内閣と比較すると、かなりの支持率の高さであると思います。さらに、最近では最も人気がないと思われた安保法制の成立を実施したことを考えると、破格の支持率の高さです。


時事通信が6~9日に実施した11月の世論調査によると、安倍内閣の支持率は前月比0・7ポイント増の40.5%で、4カ月ぶりに4割台に回復しました。不支持率は同1.6ポイント減の36.1%。

内閣支持率は8月以降、安全保障関連法に対する批判などが響いて4割を切っていました。安倍晋三首相が今月初めに日韓、日中韓首脳会談を約3年半ぶりに行い、近隣国との関係改善に努めたことなどが

支持率回復につながったとみられます。

安倍内閣が重要政策に掲げる「1億総活躍社会」について聞いたところ、「支持する」は38.0%、「支持しない」は37.5%で、賛否がほぼ拮抗(きっこう)した。

環太平洋連携協定(TPP)が日本経済にどのような影響を与えるかについて、「良い影響」とみる人は20.9%、「悪い影響」は15.8%でした。輸出入それぞれに複雑な利害が絡むため、「どちらとも言えない」が55.3%に上りました。

内閣を支持する理由(複数回答)は、「他に適当な人がいない」が17.1%と最も多く、「リーダーシップがある」12.8%、「首相を信頼する」9.7%と続いた。支持しない理由(同)は、「期待が持てない」17.5%、「首相を信頼できない」15.7%、「政策が駄目」15.6%の順でした。

これだと、確かに自民党にとって、来年の衆参同時w選挙の条件が整ってきたといえると思います。

それしても、w選挙が規定状況になりつつあるとは、頼もしいかぎりです。何度も続いた悪夢のような、短期政権はもうなくなるかもしれません。ただし、そのためには、一つ条件があると思います。

それについては、以前のこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
GDP600兆円実現に必要な消費再増税の見送りと日銀法改正 ―【私の論評】10%増税で、GDP600兆円どころか、安倍政権崩壊は免れない(゚д゚)!
 
記者会見で新しい「三本の矢」を表明した
安倍晋三首相=9月24日、東京・永田町の自民党本部

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に消費税増税の見送りと、日銀法改正が必要であることに関する部分のみコピペします。
自民党総裁に再選された安倍晋三首相が記者会見で、経済に注力するとして、「新3本の矢」が披露された。(1)希望を生み出す強い経済(2)夢を紡ぐ子育て支援(3)安心につながる社会保障-という3項目だ。 
これらの3項目のロジカルな関係をいえば、1番目の「強い経済」がすべてだ。これがうまくできれば、2番目の「子育て支援」と3番目の「社会保障」もうまく進むはずだ。 
こうした中期の経済成長の場合、達成手段は金融政策と財政政策になる。新聞では「旧3本の矢」とかいわれているが、今も有効なはずだ。甘利氏は、2%の物価目標は変わっていないとしている。 
甘利氏は「東京五輪後に達成可能」としているが、これから名目3%成長が続けば、21年度には名目GDPが600兆円に達するという意味である。名目3%は今の政府が掲げている中期目標である。

しかし、政府が掲げる名目3%目標の内訳は、実質2%、インフレ率1%になっていて、インフレ目標2%と矛盾している。さらに、17年4月から消費増税しても成長率への影響は軽微だというのが前提になっている。 
この前提は既に誤りであることがわかっているのに、政府の中期財政試算でも修正されていない。このため、甘利氏がいう東京五輪後に達成可能というのも実は怪しい。 
インフレ目標2%なら名目4%になるはずで、そうであれば東京五輪前年の19年度でほぼ600兆円になる。17年4月からの10%への消費再増税をやらなければ、これはかなり可能性の大きい数字である。 
いまだにデフレ脱却がおぼつかないので、この際、日銀法改正をしたうえでインフレ目標を3%に引き上げるのもアリだ。そうなれば、18年度にほぼ600兆円が実現可能だ。安倍総裁の任期は18年9月までであり、常識的には自分の任期内での目標のはずだ。それを達成するためには、17年の消費再増税の見送りと日銀法改正によるインフレ目標3%が必要となる。
いずれにしても、もし10%増税を平成17年度に、予定通り実行してしまえば、たとえ来年衆参w選挙で自民党が大勝したとしても、GDP600兆円はおろか、平成18年度の政権が安倍政権であろうが、誰の政権であろうが、経済が破滅的な状況になり、政権が崩壊するのは必至とみるべきでしょう。

14年度からの8%増税は大失敗であり、すでに日本経済はリセッション入しているとみるべきことは、先日もこのブロクに掲載したばかりです。17年度の10%は絶対に見送るべきです。

さて、このブログでは、増税など全く必要のないことを繰り返し述べてきました。また、同じように文書で長々と掲載するのは、私自身も疲れますし、ブログの読者の方もそうだと思いますので、以下に最近見た動画を掲載します。



これをご覧いただくと、そそも日本は財政危機にあるわけでもなく、ましてや増税する必要性も全くないことがおわかりになると思います。

このような状況にある日本がわざわざ、8%増税で大失敗したにもかかわらず、再度10%増税すれば、確実に経済がかなり停滞して、とんでもないことになり、自民党政権は崩壊します。それこそ、地獄をみることになります。

安倍総理には是が非でも、衆参両院同時選挙の公約として、しっかりと10%見送りを取り入れるべきです。それも、前回のように、17年4月まで10%増税を見送るなどとするのではなく、数値などで明確に、物価、雇用や、GDPなどの目標を数値化して、その目標が達成できない限り増税を見送るようにすべきです。

それを公約とすれば、さらに自民党は盤石の体制を築くことができるでしょう。PKO法案後の選挙のとき社会党が崩壊して消えたように、安保法案を「戦争法案」などとして、レッテル貼りをした、野党はことごとく自民党に蹴散らされることになります。

しかし、10%増税を予定通りに、実施してしまえば、せっかく選挙に大勝利しても、政権は崩壊し、その後はとんでもないことになり、自民党が再度下野することになります。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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2015年11月29日日曜日

「南京大虐殺の証拠ないと発信を」歴史捏造を正す国民会議が集会―【私の論評】南京虐殺はまともに考えればあり得ないし、証拠もない(゚д゚)!


「南京大虐殺」の歴史捏造を正す国民大集会で講演する渡部昇一氏=28日、東京都千代田区
中国が申請した「南京大虐殺文書」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)記憶遺産に登録されたことを受け、有識者らでつくる「『南京大虐殺』の歴史捏造(ねつぞう)を正す国民会議」は28日、東京都内で集会を開いた。参加者からは、虐殺の証拠が存在しないことを政府が対外発信するよう求める声が相次いだ。

同会議議長の渡部昇一上智大名誉教授は「組織的な虐殺はあり得なかったと断言できる」と指摘。民主党の松原仁・元国家公安委員長は、日本兵と談笑しながら帰宅する女性の表情が修正されて強制連行の写真として利用されていることなどを紹介し、「証拠は存在しない」と強調した。

山田宏・元次世代の党幹事長は「国が責任を持って国際社会で発言してほしい」と述べるとともに、大虐殺があったとの誤解を国内に広める連載記事を書いた朝日新聞の本多勝一記者(当時)の国会招致を求めた。

【私の論評】南京虐殺はまともに考えればあり得ないし、証拠もない(゚д゚)!

以下の動画は、この集会の案内の動画と、南京虐殺があったとされる当時の南京の様子が映された動画が含まれたものです。


このような動画が残されているわけですが、もし 20万とか30万の虐殺があったとすれば、このような動画など残されていないと思います。動画などを撮影することなどできず、とにかく全員が虐殺と、遺体の処理にあたっており、そのような余裕などあるはずもありません。

上の動画もそうなのですが、他にどう考えても、南京大虐殺があったとは考えにくい、写真がいくつもあります。それも、日本のメディアでなく外国のメディアのものが残っています。以下は、その一つです。

南京市民に食料を配る日本兵。イギリス系新聞
「ノース・チャイナ・デイリー・ニュース」1937.12.24付 南京占領の11日後)

殺されたのが、数千とか、数万などであれば、まだ理解することもできます。当時は戦争中なのですから、あり得ることです。

私自身が過去に実際に読んでみた、南京虐殺に関することも含まれる、「日中歴史共同研究 の日本側論文」の内容では南京虐殺がどう扱われているか、以下に掲載しておきます。
国民政府は11月中旬の国防最高会議において重慶への遷都を決定したが、首都南京からの撤退には蒋介石が難色を示し、一定期間は固守する方針を定めた。首都衛戍司令官に任命された唐生智は、当初は南京の死守方針であり、松井司令官の開城投降勧告を拒否したが、12月11日、蒋介石から撤退の指示を受けると、12日に各所の防衛指揮官に包囲突破による撤退を命じた。しかし、計画通り撤退できた部隊はわずかで、揚子江によって退路が塞がれ、中国軍は混乱状態となり、多数の敗残兵が便衣に着替えて「難民区」に逃れた。 
中支那方面軍は、上海戦以来の不軍紀行為の頻発から、南京陥落後における城内進入部隊を想定して、「軍紀風紀を特に厳粛にし」という厳格な規制策(「南京攻略要領」)を通達していた。しかし、日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部の市民に対して集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した。日本軍による虐殺行為の犠牲者数は、極東国際軍事裁判における判決では20万人以上(松井司令官に対する判決文では10万人以上)、1947 年の南京戦犯裁判軍事法廷では30万人以上とされ、中国の見解は後者の判決に依拠している。一方、日本側の研究では20万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がなされている。このように犠牲者数に諸説がある背景には、「虐殺」(不法殺害)の定義、対象とする地域・期間、埋葬記録、人口統計など資料に対する検証の相違が存在している。

今一度抜き書きすると、「多数の敗残兵が便衣に着替えて「難民区」に逃れた」「日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部の市民に対して集団的、個別的な虐殺事件が発生」「強姦、略奪や放火も頻発した」以上の3点が重要なポイントです。

このポイントを正しく読み解くには「清野戦術」と「便衣兵」を正しく理解しておかなければならないと思います。

「清野戦術」というのは、退却に際して、敵軍に利用させないために民家などをすべて焼き払ってしまうものです。

「便衣兵」というのは、中国兵が一般市民に変装して(便衣服に着替えて)、日本兵を背後から襲うというゲリラ戦法です。

上海から南京に進軍する過程で、日本軍は「清野戦術」のために窮乏状態になり、「便衣兵」の不意打ちによる恐怖に苛まされました。

共同研究の論文によれば、日本軍に虐殺されたのは「捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部の市民」です。

つまり殺害された非戦闘員は“一部”にすぎないということです。一部であれは、20万〜30万になるはずもありません。また、「多数の敗残兵が便衣に着替えて」いたわけですから、大半は「便衣兵」であると判断できます。

それまでの経緯を考慮すれば、日本軍兵士が、便衣兵に対して苛烈な対応をしたの当然のことです。国際法(ハーグ陸戦条約)では、便衣兵は捕虜待遇を受ける資格はありません。この違法なゲリラを処刑しても“虐殺”には当たりません。

当時は、米軍でも、米軍の兵装をしたドイツ兵を拘束した場合は、その場で銃殺しています。このようなことをする集団を第五列と呼び、憎しみの対象となり、どこの国でも当時はそのようにしていました。

殺害された「一部の市民」は、便衣兵と誤認された者及び「怪しい行動を取る民間人」と推察できます。もともと、南京は共産党の支持者が多い地域でした。そのため、日本軍は、立地上危険と思われる家屋を焼却し、怪しい行動を取る民間人(共産ゲリラ)を殺害する命令を出していました(日本兵の証言)。

放火や「一部の市民」の殺害には、こういう理由もあったのです。強姦について言えば、「安全区に侵入した中国便衣兵が乱暴狼藉を働いて日本軍のせいにした」というニューヨーク・タイムズの当時の報道も存在します。

私自身、各種参考資料を冷静に読んだ結果、かなり多くても1万~3万人あたりではなかろうかと思います。また、戦闘員ではなく市民の真の犠牲者は、1千~2千人のレベルだと思います。戦闘地域だったのですから、これくらいの犠牲が出ることは十分ありえると思います。

共同研究の論文には次のようにも書かれていました。
南京国際安全区委員長のジョン・ラーベは、唐司令官は「無分別にも、兵士はおろか一般市民も犠牲にするのではないか」と懸念し、中国国民の生命を省みない国民政府・軍首脳の無責任さを批判していた。
数千人の南京虐殺という事実があったとしても、その真の原因は「国民政府・軍首脳の無責任さ」にあります。一般市民が大勢存在するというのなら、避難させるとか、それもできないというのなら、最初から降伏するなどのことをすべきだったと思います。

それにしても、20万人〜30万人を虐殺などといことは、どう考えても非現実的です。この非現実さは、おそらく現在の中国は、そもそも日本と戦争をしておらず、戦争をしたのは、蒋介石の国民党軍なのですが、彼らですらまともに戦争したこともなく、会戦など経験したことがないので、このようなとんでもなでっちあげが平気でできるのだと思います。

そもそも、20万人〜30万人にも及ぶ人を抹殺するということは、想像を絶する労力であり、会戦レベルの軍隊を投入しないとできるものではありません。

会戦とは、敵味方双方とも、少なくとも数十万単位の軍団レベルの人数で行う、陸戦のことです。これは、非常に大規模な戦争ですから、現場にいる人でさえ、勝敗がなかなか理解できないほどのすさまじいものです。

こうした会戦ですら、敵軍の数十万人を全員殺害するまで戦争を継続するなど考えられません。どちから一方のほうが、目的を達成したと判断した場合、それ以上のことはしないのが普通です。

そもそも、南京攻略は会戦レベルではないです。会戦の一部というのなら、わかりますが、それにしても、南京陥落と、その後の治安維持を終えた後まで、南京市民を虐殺し続けるなどということは、とうていあり得ません。

通常の兵力などでは、数週間で物理的に不可能です。実施するとすれば、原爆などで、一挙に殺害するか、それこそ、ナチスのように体系的に、組織的にガス室などをつくりそれで時間をかけて処理するというやり方しかできません。

それにしても、少し深く考えれば、20万から30万の虐殺など不可能ということがわかります。それに、さらに噴飯ものなのは、南京市の人口が、南京陥落後増えているという記録もあります。こんなことを考えると、どう考えてもあり得ないことが良く理解できます。

にもかかわらず、有田芳生民主党議員は、ブログ冒頭の記事に出てきた、国民会議を批判して以下のようなツイートをしています。
歴史についての無知はどちらかと言いたいです。南京虐殺については、Willでもおなじみのあの現在は日本籍の、中国人評論家石平氏も以下のように述べています。
日本に来るまで南京大虐殺など一度も聞いたことがなかった。中国の小学校、中学校の教科書にも南京大虐殺なんて載ってませんでした。……蒋介石自身も抗議していない。 
日本留学から中国に帰ったとき、南京出身の大学のクラスメイトに、「親父さんかお祖父さんから、大虐殺の噂を聞いたことがあるか」と聞いたら、やはり「ない」と言っていました。中国では、歴史的な大虐殺が何度もありました。……そういう所を掘り返すと、たしかに人骨がいっぱい出てくるんです。面白いことに、二千年前の記述でも嘘じゃなくて、必ず出てくる。しかし、南京から何十万体の骨が出てきたなんて話、一つも聞いたことがない』と述べている。
確かに、たとえば、カチンの森事件では、1940年の春から夏にかけて、ソ連軍がポーランド軍の将校ら数千人を殺害しましたが、その骨は戦後何度もいろいろな場所で見つかっています。
 カチンの森事件で犠牲となった人の頭蓋骨
現在なら、古い遺骨であっても、炭素測定で年代はもとより、DNA検定をすれば、かなりのことがわかるはずです。中国が、虐殺30万人説を唱えるなら、その証拠である遺骨などを出して、いずれか中立的な機関で調査してもらえば、かなりのことがわかるはずです。それを実行していないということは、まさに、虐殺そのものがなかったからでしょう。

確かに、どう考えても、南京の大虐殺はあり得ないことです。それを根拠がないと発信することは、正しいことです。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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2015年11月28日土曜日

被ばく量「国内外で差はない」 福島高生、英学術誌に論文―【私の論評】発言するならこの高校生たちのように感情ではなく、エビデンス(証拠・根拠、証言、形跡)に基づき行え(゚д゚)!


写真はブログ管理人挿入 以下同じ

本県など国内とフランス、ポーランド、ベラルーシ各国の高校生の外部被ばく線量を比較研究してきた福島高スーパーサイエンス部は、被ばく線量について「ほとんど差はない」と結論づけ、論文にまとめた。論文は27日、英国の学術専門誌「ジャーナル・オブ・レディオロジカル・プロテクション」(写真下:表紙)に掲載される。

研究は、線量計の名前から「D―シャトルプロジェクト」と名付け、26校の生徒と教員211人を対象に昨年6~12月に実施。1時間ごとの外部被ばく量を計測できる線量計を2週間持ってもらい、集めたデータを比較した。各校とも10人程度が協力、中間に位置した人の値を1年間分に換算して比べた。その結果、本県は年間0.63~0.97ミリシーベルト、本県以外の国内は0.55~0.87ミリシーベルト、海外は0.51~1.10ミリシーベルトだった。

また、放射線の遮蔽(しゃへい)効果が高いコンクリート製校舎の福島高生は学校での数値が低く自宅の数値が高かったが、放射線を出す花こう岩などが校舎に使用されている恵那高(岐阜)の生徒は学校での数値が高く、自宅が低いなどの傾向がみられたという。数値に大差がなかったことについて「福島は(自然界にもともとある)自然放射線が他の地域より低いため」としている。

論文は同部の生徒や専門家ら233人の共著として英文で掲載される。同部の生徒が原稿をまとめ、東大大学院の早野龍五教授が翻訳して投稿した。論文の掲載について、同部顧問の原尚志教諭は「高校生の論文が採用されるのは珍しい」としている。


【私の論評】発言するならこの高校生たちのように感情ではなく、エビデンス(証拠・根拠、証言、形跡)に基づき行え(゚д゚)!

福島高校の生徒らによる放射能の測定関するニュースは、今年の4月にもNHKで報道されていました。その内容を以下に掲載します。
福島の高校生たちが、原発事故があった福島県内と県外の各地、それに海外で暮らす人の被ばく線量を測定し、比較する調査を行いました。
それぞれの場所で日常生活での被ばく線量に大きな差はみられなかったということで、高校生たちは「科学的なデータを多くの人に知ってもらいたい」としています。
調査を行ったのは、県立福島高校スーパーサイエンス部の生徒5人で、海外の学生から「福島で暮らして大丈夫なのか」と尋ねられたことをきっかけに始めました。 
生徒たちは去年6月から11月にかけて、原発事故の避難区域を除く、いわき市や郡山市など県内の6つの地点と、神奈川県や兵庫県、岐阜県など県外の6つの地点、それにフランスやポーランド、ベラルーシの海外の3つの国で、そこに暮らす高校生などにそれぞれ線量計を2週間、携帯してもらって、被ばく線量を測定しました。 
得られたデータをもとに年間の被ばく線量を推計したところ、その値が、真ん中となる「中央値」の人は、福島県内が、0.63から0.97ミリシーベルト、県外は0.55から0.87ミリシーベルト、それに海外では0.51から1.1ミリシーベルトでした。

放射線は、原発事故で拡散された放射性物質によるものだけでなく宇宙や地表から放出されているものもあり、こうした自然由来の放射線は地質の差など地域によって異なっています。 
生徒たちは「いまの福島で暮らしていて、国内のほかの地域や海外に比べて、とりわけ被ばく線量が高いわけではないことが確認できた」としています。 
生徒たちは、先月下旬、フランスで開かれた高校生の国際会議で調査の結果を公表したほか、今後海外の生徒を福島に招いて、現状をみてもらうツアーも計画しているということです。 
調査を行った3年生の小野寺悠さん(17)は、「科学的なデータを多くの人に知ってもらうとともに、自分でも福島の放射線量をどう受け止めたらいいか考え続けていきたい」と話していました。 
04月03日 19時34分
http://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6053724621.html?t=1428197046739https://archive.today/5GWUM
素晴らしい高校生の研究です。高校生に限らず一般の人でも、福島の放射線量に関しては、おそらく高いだろうくらいのことで、様々な論評をしてしまいがちですが、この高校生たちは、散発的に測定するだけというのではなく、時間をかけて組織的、体系的に測定をして、レポートにまとめています。

そうして、その成果が論文にまとめられ、それが学術雑誌に掲載される運びとなったということです。

この事実自体は、すでに多くの学者らが、指摘しているところでもありますが、実際にこの程度の規模で時間をかけて測定したものはほんどとないため、学術的にも価値のあるものだと思います。だからこそ、専門雑誌に掲載されることになったのです。

それにしても、放射脳の方々、ヒステリックにその危険を叫ぶだけでは誰も納得しません。無論一般の人が、このような学術調査を行うということはなかなかできるものではありませんが、それにしても、他にも様々な学術論文が公開されていて、インターネットでアクセスしようと思えばできます。

放射脳の方々
それもしないで、情緒的に物事を語っても、信ぴょう性も何もありません。しかし、この高校生たちはそのようなことはせずに、このような調査を実施しました。自分のできることを実際に行動に移して、実現したのです。

このような高校生が存在するということに、私は日本の将来もまんざらではないなと確信を持つことができました。

最近18歳から選挙権を与えるということが、話題になっていますが、このような高校生に選挙権を与えるなら、本当に良いことだと思います。

何に関しても、情緒にながされることなく、常に世の中の事象を私情を交えず、客観的にみることを忘れてはならないと思います。最近では、大人でもこういうことができない人が大勢います。

それから、残念ながら、食品の安全性の基準値については、日本が他国に比較すると、異常に低いという事実もあります。

各国の食品衛生上の基準は、1kg当たりに含まれる放射線量は1000~1250ベク­レルが主流です。ところが、民主党政権時代に決められた基準はこれの10分の1である­、1kg当たり100ベクレルです。何ら科学的根拠に基づかない数値設定です。

さらに、汚染マップに全く整合しない適当な摂取制限もあります。地域の食文化を民主党政権時代の遺物が蝕んでいる悲しむべき状況です。地方創生を真に­考えるのであれば、科学的な基準に基づき、各自がリスクを主体的に捉えて行動する自由­こそがいま求められています。

いずれにせよ、何か発言したり行動するならこの高校生たちのように感情ではなく、エビデンス(証拠・根拠、証言、形跡)に基づき行えと、声を大にして言いたいです。

そうして、こうした若者にさらに大きな機会を与える社会にしていきたいものです。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

[追記]2016年8月18日

上の記事を掲載してから、いろいろな動きがありましたので、 以下に追記します。

まずは、上のNHKの放送内容にもあった、フランスで開かれた高校生の国際会議での出来事に関連して追記します。

2016/2/9  BuzzFeed Japan
論文が話題 被ばく線量を調べた福島高校生の原点
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、フランスで開かれた国際会議での出来事などの部分などを以下に引用します。
英訳など論文をサポートした早野さんには忘れられない問いかけがある。2014年、フランスの高校生からこう質問された。 
「本当に福島に人は住んでいるのか」 
確かに、原発周辺の地域は人が戻っていないが、小野寺さんが住む福島市内も沿岸部のいわき市も、郡山市も、そこで暮らしている人たちがいる。 
「その高校生は無邪気に聞いている。だからこそ問題は根深い。広島や長崎と同じように、福島の高校生が成長して海外に行くたび、同じ質問を投げかけられるのではないか。その時に大事なのは、しっかり根拠を持って、発信できる力をつけることだ」 
そう考えた早野さんは、論文の英訳は手伝ったが、基本はすべて生徒たちに委ねた。 
小野寺さんと早野龍五さん 日本外国特派員協会での記者会見の席で
専門誌掲載にあたって、査読者から「なぜ2週間の記録で、年間の被曝量に換算できるのか」という質問があった。早野さん自身は答えなかった。「日本語でいいから、回答を考えてほしい」。小野寺さんにボールを投げた。 
小野寺さんの回答はこうだ。「高校生がデータをとった2週間は、朝起きて、登校し、授業を受けて下校するという高校生の基本的な生活を送っているときに計測したもの。1年間で換算しても問題はない」 
小野寺さんは、論文執筆を通して学んだことがある。 
「計測の結果、線量が高かったとしても、公表していました。データは計測するだけでなく、公表して、みんなで考える。リスクがあれば、それを回避する方法を考えればいい。客観的な根拠と事実に基づいて、判断することが大事なのだと思います」 
震災発生時、中学1年だった小野寺さんは一時的に親族を頼って関東に避難した。父親の指示で、室内でも放射線量の低い場所で生活していたという。その頃、早野さんはTwitterで原発事故や放射線について発信を続けていた。来年には定年を迎える。 
もうすぐ震災から5年。取材の合間に「福島高校の伝統になるといいな」と早野さんがつぶやいた。 
「科学の方法をつかって考えること、福島から情報を発信すること。高校生から考えること」。それが早野さんが願う「伝統」だ。
このような伝統、福島に限らず日本全国の高校生の伝統となれば良いと思います。

2016/2/8  日経新聞記事
福島の高校生が内外で被曝調査 「客観事実で判断を」
東京電力福島第1原子力発電所事故の経験を踏まえ、国内外の高校生の被曝(ひばく)線量を調査した福島県立福島高校の生徒らが8日、日本外国特派員協会で記者会見した。調査結果によると、福島とそれ以外の地域で被曝線量に大きな違いはなく、同高3年の小野寺悠さん(18)は「客観的な事実を基に(安全かどうかを)判断する姿勢が重要だ」と訴えた。
小野寺悠さん
 調査は同高スーパーサイエンス部の活動の一環で、2014年6月~12月に実施。福島高校のほか、神奈川、岐阜、奈良など国内12校の生徒に加え、フランス、ポーランド、ベラルーシから計200人以上の高校生と教員が協力した。 
 各人が線量計を身につけ、2週間分の外部被曝線量を調べた結果、福島県内の被曝量と、その他の地域で大きな差はみられなかったという。 
 調査に協力した東京大の早野龍五教授は「通常の生活を送る上で問題ないレベルだということがはっきりした」と説明した。
東京大学大学院教授 早野龍五氏

小野寺悠さん、今年の2月の時点で高校3年生でしたから、今頃大学に進学しているか社会人のいずれかになっているはずです。いずれにしても、この年代の若者、彼女のような人が多かったら、日本もこれから随分良い国になると思います。

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2015年11月27日金曜日

K・ギルバート氏“偏向報道番組”斬り「日本のテレビ局の態度は傲慢に見える」―【私の論評】日本のテレビ局の態度は、傲慢どころか日本の民主主義の破壊者(゚д゚)!


記者会見したケント氏(右端)ら「放送法遵守を求める視聴者の会」=26日、東京都千代田区
TBS系「NEWS23」の安保法制報道が放送法違反だったとして、作曲家のすぎやまこういち氏が代表呼びかけ人を務める任意団体「放送法遵守を求める視聴者の会」は26日、記者会見を開き、番組アンカーを務める岸井成格(しげただ)氏やTBSなどに対し、公開質問状を送ったことを明らかにした。

岸井氏は9月16日の放送で「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けて声を上げ続けるべきだ」と発言。同会は、番組の政治的公平などを求めた放送法第4条に反したとして、岸井氏の考えや発言撤回の意思、TBSに「岸井発言がTBSとしての社見であるのか」などと質した。

視聴者の会は11月1日、すぎやま氏のほか、上智大学の渡部昇一名誉教授、イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏、拓殖大学の渡辺利夫総長らが呼びかけ人となり、発足。今後、放送法4条の周知拡大に努めるほか、賛同者を募り、報道番組を中心に検証作業を進める方針という。

呼びかけ人の1人で、夕刊フジで「ニッポンの新常識」を連載(金曜掲載)する米カリフォルニア州弁護士、ケント・ギルバート氏は「日本のテレビ局の態度は傲慢に見える。『自分たちは賢く、バカな国民を誘導しなくてはダメ』という態度に見える。決めるのは国民で、意見を押しつけることは正しくない姿勢。もっと謙虚にやってもらいたい」と訴えた。

会見では、同じく呼びかけ人の1人で、文芸評論家の小川榮太郎氏が代表理事を務める一般社団法人「日本平和学研究所」が、安保審議を取り上げたNHKと民放の報道番組(9月14~18日)に関する調査結果を公表した=別表。番組内の街頭インタビューやコメンテーターらの発言を、安保法制への「賛成」「反対」に分類したという。

調査結果を受けて、小川氏は「検証を進めると、印象として言われる『偏向報道』という言葉では手ぬるい、違法的な状況が蔓延している。メディアは本来、さまざまな見解を伝え、事実と国民を媒介するものではないか」「90%以上が、政府や法案をあの手この手で叩き続けるのも異常だ。国民の判断を奪う政治宣伝のレベルに達している」と訴えた。

今回の件について、TBS広報部は「特段、コメントすることはありません」と産経新聞の取材に答えている。

【私の論評】日本のテレビ局の態度は、傲慢どころか日本の民主主義の破壊者(゚д゚)!

今月25日には、すかっとする爽やかなニュースが飛び込んできていました。TBSの看板ニュース番組『NEWS23』で、アンカーの岸井成格氏(毎日新聞特別編集委員)を降板させることが決まったというものです。

民主主義の破壊者岩井成格
「TBS はすでに後任の人選に入っていて、内々に打診もしているようです。後任として名前が上がっているのは、朝日新聞特別編集委員の星浩氏。星氏は朝日では保守派寄りの政治部記者ですが、今年、朝日を定年になるので、退職後の就任をオファーしているようです。岸井さんが契約切れになる3月をめどに、交代させる方向で進めていると聞いていましたが、場合によってはもっと早まるかもしれません」(TBS関係者)

この突然の人事の背景には、ブログ冒頭の記事にも掲載されていた「放送法遵守を求める視聴者の会」による『NEWS23』と岸井氏への批判があります。

〈私達は、違法な報道を見逃しません〉──。今月14日の産経新聞、翌15日の読売新聞に、こんな全うなタイトルの全面の意見広告が掲載されたことをご存知の読者も多いでしょう。その画像を以下に掲載します。


この全面広告には、本当に気分が爽やかになりました。岩井氏といえば、今年の安保法制の審議の報道に関しては本当に目に余る酷いものがありました。本当に、酷くて出鱈目ばかり報道して、日々忸怩たる思いがしました。本当に民主主義を破壊するとんでもないコメントを語り散らしていました。本当に日々腹が立って、腹がたって、こんなことが許されるなら日本に民主主義はないとまで思いました。

この広告の出稿主はブログ冒頭の記事にもあった「放送法遵守を求める視聴者の会」です。呼びかけ人には、作曲家のすぎやまこういち氏、評論家の渡部昇一氏、経済評論家の上念司氏、ケント・ギルバート氏、事務局長には、安倍首相の復活のきっかけをつくった『約束の日 安倍晋三試論』(幻冬舎)の著者・小川榮太郎氏などです。

そして、この広告が〈違法な報道〉と名指ししたのが、岸井氏と『NEWS23』でした。9月16日の同番組で岸井氏が「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」という発言を取り上げ、岸井氏の発言は、放送法第四条の規定に対する重大な違法行為としました。全くそのとおりです。

放送法第四条とは以下です。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと
二 政治的に公平であること
三 報道は事実をまげないですること
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
さらに、『放送法遵守を求める視聴者の会』は意見広告だけでなく、TBSと岸井氏、さらには総務省に公開質問状を送りつけました。

本当に良くやっていただけたと、感謝の念でいっぱいです。そうして、本日は、今回の件に関して私なりの論評をするつもりですが、その前にまさに、我が意を得たりと心の底から思った動画がありますので、その動画をまず以下に掲載します。


この動画では、武田邦彦先生が、鳥越俊太郎氏が「安保法制」に関して、とんでもない話をしていることを批判しています。これは、本質的に上の記事の、岩井の「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」というのと本質的に変わりありません。

このブログでは、憲法解釈の改変によって、集団的自衛権を一部容認する、安保法案についてこれを成立させるとも公約として、過去二度も選挙で勝利していることを掲載したことがあります。

それに加えて、武田先生は、昨年は政府の審議がなされており、さらに、民主党の幹部は、過去において集団的自衛権を認めていることも指摘、さらに、400人超の集団的自衛権賛成の議員を国民が選んでいるというのに、今更反対などということはありえない話だとしています。

そうして、マスコミは選挙の時や、審議のときなどには安保については、なかなか話題になりにくいので、報道せず、国会審議の間際などに報道したことを批判しています。そうして、マスコミの報道はいつもこのようなものであることを批判しています。

確かにそうです。民主的手続きで選ばれた、国会議員によって、法案が出され、政府で審議され、それで決まっていることに関して今更「廃案に向けて声をずっと上げ続ける」などとするのは、民主主義の手続きを完璧に無視するとんでもない発言です。

それに国会周辺にデモ隊が多数集まって、たとえそれが10万人規模になったとしても、それが日本国民の大多数を占めるというのでしょうか、日本の人口1億2千万人以上です。10万人はほんの一部に過ぎません。にもかかわらず、テレビ局はまるで狂ったように、日々デモ隊の姿を報道しました。デモに参加していない人の意見はまったく無視しました。

マスコミにはまだまだ、腹にすえかねるところがあります。それは、「放送法第四条の四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」ということを全くしないことです。

数あるその中でも、特に腹をすえかねているのは、安保法制に賛成の立場の人ですら時に、それを正しいと単純に思い込んでしまう、憲法9条の解釈に関して、東大をはじめとする日本の主流の憲法学者の憲法学者の憲法解釈しか報道せずに、少数派である京都学派の憲法解釈は全く報道しないことです。

これは、もう前から本当に腹にすえかねていますし。いかにそれが、とんでもないほど大きな悪影響を与えています。たとえば、あの百田尚樹氏や、その他保守系とみられる人ですら、憲法9条を字面通りに読むと、日本は武装はもとより、いかなる戦争をしてもいけないとの、日本の主流の憲法学者の憲法解釈を当然のこととして受け入れていて、あたかも自衛隊をそもそも完璧に違憲であるとみなしているようです。

しかし、これはひとたび、京都学派の憲法解釈にしたがって解釈すると、全く様相が異なってきます。それについては、このブログでも何度か掲載しています。その記事の典型的なもののリンクを以下に掲載します。
佐々木惣一氏は憲法学者の中で、京都学派の重鎮だった方です。詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事から憲法9条の解釈に関する部分を以下に掲載させていただきます。
さて佐々木惣一は戦後、特に力をいれた仕事は、憲法第九条と自衛力との関連のものである。今日の安保法制に関してマスコミの報道では、「集団的自衛権は違憲である」というのがまるで総意であり、「真理」であるかのように喧伝されている。だが敗戦後、佐々木惣一は一貫して、憲法第九条の法理論的解釈として、日本が自衛力を保有することを合憲としていた。ちなみに今日の議論のように、自衛権を個別的自衛権と集団的自衛権にわけて、それを厳密に区分して議論する日本的な風土とは、佐々木の自衛権解釈は一線を画している。つまり自衛self-defenseには、国際的な解釈と同じように、自分(自国)のみならず、親や子など近しいもの(同盟を組んでいる他国など)を守るという意味も含んでいる。
佐々木の自衛権解釈の多くはネットなどで容易に見ることができないせいか、ほとんど忘却されている。まず佐々木は、さきほどの倉山本の内容を紹介したときに言及したように、憲法論と政策論は別にわけて慎重に議論すべきだとしている。つまり憲法解釈がいかに解されようと、それと現実の問題はまた別に認識し、相互の関係を判断しなければならない、という姿勢である。これは佐々木の憲法第九条解釈の重要なポイントである(後の砂川最高裁判決の内容と共鳴する論点ではないかと思案する)。佐々木のこの区別(憲法解釈の次元と政策論の次元の区別)は、彼の戦前からの立憲主義の見方にも通ずるものである。つまり単に条文解釈に安住するのが立憲主義ではなく、その現実的政策、政治のあり方との関連を厳しくみることが、立憲主義の本意である(佐々木惣一『立憲非立憲』)。
佐々木の「憲法第九条と自衛権」をめぐる主張は、まずは純法理論的に行われている。この憲法第九条と自衛権の関係については、佐々木の『憲法学論文選(三)』(有斐閣)を中心に収録されている。ここでは、以下の著作から引用しておく。
「国際関係複雑を極め,諸国間の対立激甚を極める今日,いかなる場合にも,いかなる国家よりも,侵略をうけることがないとは限らぬ。そういう場合に,国家としては,自己の存在を防衛するの態度をとるの必要を思うことがあろう。これに備えるものとして戦力を保持することは,国際紛争を解決するの手段として戦力を保持することではないから,憲法はこれを禁じていない。このことは,わが国が世界平和を念願としている,ということと何ら矛盾するものではない。これは,今日いずれの国家も世界平和を希求していること,何人も疑わないにもかかわらず,戦力を保持しているのと同じである。」(佐々木惣一『改定 日本国憲法論』)。
また佐々木は憲法第九条の条文そのものに即して以下のように詳述する。
「憲法によれば、国家は、戦力、武力による威嚇及び武力の行使については国家が国際紛争を解決する手段としてする、というものという標準を設け、かかる戦争、武力による威嚇及び武力の行使を放棄している。故に、国際紛争を解決する手段としてではなく、戦争をし、武力による威嚇をし、武力を行使することは、憲法はこれを放棄していない。即ち禁じているのではない。このことは、前示憲法第9条第一項の規定を素直に考究すれば、明瞭である。同条項によりて、国家は、戦争、武力による威嚇及び武力の行使の三者を放棄する。換言すれば、してはならぬ、と定めている。が、併し、これらの行動を全般的に放棄しているのではなく、その行動を、国際紛争を解決する手段として、することを放棄する、のである。故に、国際紛争を、解決する手段以外の手段として、戦争することは、憲法により禁ぜられているのではない。国際紛争を解決する手段以外の手段として、戦争をする、という場合としては、例えば、わが国が突如他国の侵略を受けることがあって、わが国を防衛するために、その他国に武力を以て対抗して、戦争をするが如きは、明らかにこれに属する。(略)故に、いわゆる自衛戦争は憲法の禁ずるところではない」(佐々木惣一『憲法論文選(三)』)。 
また第二項の戦力の保持や交戦権についての条文については、まず前者は国際紛争を解決する手段としての戦力保持を禁じているだけであり、自衛のための戦力保持を禁じてはいないとする。また交戦権については、「第一項は戦争するという事実上の行動に関する規定であり、第二項は、戦争に関する意思の活用に関する規定である」として、国際紛争を解決する手段としての戦争をする意思を活用することを表現している。そのためこの交戦権も自衛権を放棄していることではない。
この佐々木の解釈は純粋な法理論のモノであり、現実の政策とは分けて考えるべきだと、繰り返し佐々木は強調している。わかりやすくいえば、どんなに憲法解釈が純法理的にすばらしくても、現実に平和が維持されないでは意味をなさない。そこに佐々木の平和主義的な立場が濃厚に表れる。現在の安保法制議論でも単なる憲法学者の「違憲」表明だけで法案の現実政策的側面が忘却されがちであるが、その点を合わせて考えると、佐々木の視点はいまも鋭い。
また(旧)日米安保条約について、佐々木は米国軍の日本駐屯と憲法第9条は矛盾しないと述べている。この点は純法理的な解釈だけではなく、佐々木がどのように、現実の政策と純法理的な解釈との(緊張)関係をみていたのか、それを考えるうえでも有益である。
佐々木は当時の日本の現実の自衛力を踏まえた上で、「然るに、わが国は、現在では一切の戦力を有していないのだから、自衛のための戦争でも事実、することはできない。それで、自国を防衛する方法として、他国の戦力に依頼し、他国の軍隊をして、わが国の領土に駐屯して、必要に応じてわが国の防衛に当らしめる、ということを定めたのが日米安全保障条約である。これは、わが国が他国の侵略に対して自国を防衛する一方法である。憲法第九条に抵触するものではない」(『憲法論文選(三)』)。
今日では砂川判決をめぐる議論の際に、「判決は日本の個別的自衛権のみについてふれていて、米軍基地は米軍の集団的自衛権に関わる」などの主張がきかれる。これらの「通説」と佐々木の主張がいかに離れたものであるかが、わかるだろう。
佐々木惣一氏は、憲法9条は、国際紛争を解決する手段として武力を用いることを否定しているのであって、これ以外の自衛戦争まで禁じているわけではないと解釈しています。例えば、わが国が突如他国の侵略を受けることがあって、わが国を防衛するために、その他国に武力を以て対抗して、戦争をすることは、明らかにこれにこれを禁じているわけではないとしています。

そんなこと憲法典(文書として書かれた憲法)には、一つも書かれてはいないから、それは詭弁にすぎないという人もいるかもしれません。しかし、憲法9条を端から端まで何度読んでみても、明らかに防衛戦争を否定するとは、はっきりとは書かれていません。

このようなことをいうと、書かれていないからといって、書かれていないことが、なんでもできたらとんでもないこになてしまうから、そんなのは詭弁だというかもしれません。

しかし、そんなことはありません。世界の多くの国々の憲法典でも、自衛権に関してはっきり明記しているものは多くはないです。それは、自然権であり、当然の権利であり、わざわざ記載する必要もないということなのだと思います。

この事実からも、憲法典に書かれていない事柄は、やってはいけいことなどという解釈は成り立たないことが理解できます。であれば、佐々木惣一氏の日本憲法典の解釈は、突飛でも、詭弁でもないことが理解できます。
このような京都学派の憲法解釈に関しては、定かではありませんが、数十年前まではマスコミも報道していました。しかし、最近ではまるで存在しないかのごとく、全く報道されることはなくなりました。

それから、何やらマスコミは、あたかも憲法解釈による安保法制の改正などは、安倍総理が初めて行ったかのごとき、印象操作をしていますが、これも全くの間違いです。時の内閣も、内閣法制局も何度も憲法解釈を変えています。

それに、集団的自衛権に関して、それを否定するようになったのは、佐藤内閣の頃からです。その前までの内閣は、集団的自衛権は当然のこととして、認めていました。だからこそ、日米安全保障条約が締結できたのです。もし、日本政府が戦後一度も集団的自衛権の行使を認めないというのなら、日米安全保障条約は成立していませんでした。日米安全保障条約は、集団的自衛権に関する条約です。

こんなことからも、今のテレビ局の報道ぶりは、まともな民主主義を助長するものではなく、ひたすら安倍政権や、安倍総理をターゲットにして、攻撃をするものであるとしか思えません。

鳥越や、岩井のように民主主義を否定するような発言をするような人は、それこそ民主主義などとは程遠い、中国にでも移住してください。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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2015年11月26日木曜日

元朝日新聞記者、韓国で客員教授に 植村隆氏―【私の論評】一度逃げ隠れしたジャーナリストは、一生身を潜めて生きてゆくしかなくなる(゚д゚)!

元朝日新聞記者、韓国で客員教授に 植村隆氏

植村隆
慰安婦報道に携わった元朝日新聞記者で北星学園大札幌市)の非常勤講師、植村隆氏(57)が来年春にソウルのカトリック大の客員教授に就任することになった。植村氏が26日、北星学園大田村信一学長と記者会見して明らかにした。

カトリック大での任期は3月からの1年間。朝日新聞ソウル特派員の経験を生かし、日本語を学ぶ学生らに日韓交流の歴史について教えるという。

植村隆
 カトリック大は北星学園大と留学生の交換などで提携しており、植村氏の授業を受けた留学生らの情報も参考にするなどした結果、植村氏に客員教授への就任を打診したという。植村氏は「私が新たな一歩を踏み出すことになったのも、北星が私と一緒に闘ってくれたおかげ。心からお礼を言いたい」と話した。

植村氏をめぐっては昨年、朝日新聞記者だった頃に執筆した慰安婦関連の記事について抗議が北星学園大に殺到。退職を要求し、応じなければ学生に危害を加えるとする脅迫文も届いていた。

北星学園大学の本年新しくなったセンター棟の中にあるカフェ
【私の論評】一度逃げ隠れしたジャーナリストは、一生身を潜めて生きてゆくしかなくなる(゚д゚)!

植村隆といえば、あの朝日新聞が虚偽だと認めた、慰安婦の強制連行の記事を書いた元朝日新聞の記者です。
植村が1991年8月11日に執筆した問題の記事は以下のとおりです。

元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く 日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺(てい)身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表、十六団体約三十万人)が聞き取り作業を始めた。同協議会は十日、女性の話を録音したテープを朝日新聞記者に公開した。テープの中で女性は「思い出すと今でも身の毛がよだつ」と語っている。体験をひた隠しにしてきた彼女らの重い口が、戦後半世紀近くたって、やっと開き始めた。 尹代表らによると、この女性は六十八歳で、ソウル市内に一人で住んでいる。(中略)女性の話によると、中国東北部で生まれ、十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。二、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。慰安所は民家を使っていた。五人の朝鮮人女性がおり、一人に一室が与えられた。女性は「春子」(仮名)と日本名を付けられた。一番年上の女性が日本語を話し、将校の相手をしていた。残りの四人が一般の兵士二、三百人を受け持ち、毎日三、四人の相手をさせられたという。「監禁されて、逃げ出したいという思いしかなかった。相手が来ないように思いつづけた」という。また週に一回は軍医の検診があった。数ヶ月働かされたが、逃げることができ、戦後になってソウルへ戻った。結婚したが夫や子供も亡くなり、現在は生活保護を受けながら、暮らしている
 植村隆、朝日新聞大阪版27面 1991年8月11日
この記事は、その後その信ぴょう性をめぐって、日本国内で物議をかもしました。そうして、とうとう昨年、この記事の内容は虚偽であったことを朝日新聞が認めて、広告したということです。

これについては、以前もこのブログに掲載したことがあります。このことが、風化して忘れ去られないためにも、その記事のリンクを以下に掲載します。
【朝日新聞】「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断―【私の論評】朝日新聞・テレ朝は、「虚偽新聞」になれば良い! それで、大躍進できるぞ~~ぃ(゚д゚)!
元記事の末尾に書かれた読者に向けてのお知らせ

この記事は、2014年8月5日のものです。移り変わりの激しい、日本の報道ですので、随分前のような気もしますが、ほんの昨年のことです。

以下に記事の内容を掲載します。この記事の元記事は朝日新聞のものです。この記事はすでに朝日新聞のニュースサイトからは削除されています。以下にそれを掲載します。

【朝日新聞記事】「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断 
〈疑問〉日本の植民地だった朝鮮で戦争中、慰安婦にするため女性を暴力を使って無理やり連れ出したと著書や集会で証言した男性がいました。朝日新聞は80年代から90年代初めに記事で男性を取り上げましたが、証言は虚偽という指摘があります。
慰安婦問題を考える
 男性は吉田清治氏。著書などでは日雇い労働者らを統制する組織である山口県労務報国会下関支部で動員部長をしていたと語っていた。
朝日新聞は吉田氏について確認できただけで16回、記事にした。初掲載は82年9月2日の大阪本社版朝刊社会面。大阪市内での講演内容として「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」と報じた。執筆した大阪社会部の記者(66)は「講演での話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった」と話す。
90年代初め、他の新聞社も集会などで証言する吉田氏を記事で取り上げていた。
吉田清治氏 写真はブログ管理人挿入 以下同じ

92年4月30日、産経新聞は朝刊で、秦郁彦氏による済州島での調査結果を元に証言に疑問を投げかける記事を掲載。週刊誌も「『創作』の疑い」と報じ始めた。 
東京社会部の記者(53)は産経新聞の記事の掲載直後、デスクの指示で吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれたという。
97年3月31日の特集記事のための取材の際、吉田氏は東京社会部記者(57)との面会を拒否。虚偽ではないかという報道があることを電話で問うと「体験をそのまま書いた」と答えた。済州島でも取材し裏付けは得られなかったが、吉田氏の証言が虚偽だという確証がなかったため、「真偽は確認できない」と表記した。その後、朝日新聞は吉田氏を取り上げていない。 
しかし、自民党の安倍晋三総裁が2012年11月の日本記者クラブ主催の党首討論会で「朝日新聞の誤報による吉田清治という詐欺師のような男がつくった本がまるで事実かのように日本中に伝わって問題が大きくなった」と発言。一部の新聞や雑誌が朝日新聞批判を繰り返している。 
今年4~5月、済州島内で70代後半~90代の計約40人に話を聞いたが、強制連行したという吉田氏の記述を裏付ける証言は得られなかった。 
干し魚の製造工場から数十人の女性を連れ去ったとされる北西部の町。魚を扱う工場は村で一つしかなく、経営に携わった地元男性(故人)の息子は「作っていたのは缶詰のみ。父から女性従業員が連れ去られたという話は聞いたことがない」と語った。「かやぶき」と記された工場の屋根は、韓国の当時の水産事業を研究する立命館大の河原典史教授(歴史地理学)が入手した当時の様子を記録した映像資料によると、トタンぶきとかわらぶきだった。
済州島で撮影された韓国人ミュージシャンのグラビア

93年6月に、吉田氏の著書をもとに済州島を調べたという韓国挺身隊研究所元研究員の姜貞淑(カンジョンスク)さんは「数カ所でそれぞれ数人の老人から話を聞いたが、記述にあるような証言は出なかった」と語った。 
吉田氏は著書で、43年5月に西部軍の動員命令で済州島に行き、その命令書の中身を記したものが妻(故人)の日記に残っていると書いていた。しかし、今回、吉田氏の長男(64)に取材したところ、妻は日記をつけていなかったことがわかった。吉田氏は00年7月に死去したという。
吉田氏は93年5月、吉見義明・中央大教授らと面会した際、「(強制連行した)日時や場所を変えた場合もある」と説明した上、動員命令書を写した日記の提示も拒んだといい、吉見氏は「証言としては使えないと確認するしかなかった」と指摘している=注①。
戦時中の朝鮮半島の動員に詳しい外村大・東京大准教授は、吉田氏が所属していたという労務報国会は厚生省と内務省の指示で作られた組織だとし、「指揮系統からして軍が動員命令を出すことも、職員が直接朝鮮に出向くことも考えづらい」と話す。
吉田氏はまた、強制連行したとする43年5月当時、済州島は「陸軍部隊本部」が「軍政を敷いていた」と説明していた。この点について、永井和・京都大教授(日本近現代史)は旧陸軍の資料から、済州島に陸軍の大部隊が集結するのは45年4月以降だと指摘。「記述内容は事実とは考えられない」と話した。 
■読者のみなさまへ
吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。

注① 吉見義明・川田文子編「『従軍慰安婦』をめぐる30のウソと真実」(大月書店、1997年)
植村は、あまり新聞などのインタビューを受けていなかったのですが、今年に入って産経新聞のインタビューを受けていました。それは、今年の8月のことです。

それに関しては、以下のリンクをご覧になってください。
元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報のニュース 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(10)止】「『歴史戦』やるなら被害者の証言も聞いてほしい」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(9)】「捏造記者というと名誉棄損になると訴えたかった」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(8)】「朝日の侵略戦争の反省を伝えようという作業に誇り」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(7)】「大学には娘を殺すという攻撃があった」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(6)】「意に反して日本軍の性の相手をさせられたというところをずっと書いている」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(5)】「金学順さんに会ったのは、弁護士聞き取りの同席の時だけ」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(4)】「嫁さんとの結婚前から慰安婦取材していた」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(3)】「時代状況を分かってほしいんだ、阿比留さん!」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(2)】「『強制連行』僕は使っていない」 
【元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(1)】「阿比留さんだからと逃げることはない」
この記事を読むには、読んだのですが、何やら煮え切らない感じです。とにかく、インタビューはしたものの、核心には迫れていないような気がします。インタビューするにあたって、いろいろと条件をつけられたのかもしれません。

植村は、昨年中は何回か、週刊誌の取材を受けようですが、結局取材に応えず、週刊誌の記者に追われ、あたふたとタクシーに乗り込んで逃げる様子が、報じられていました。にもかかわらず、そういうことをしておきながら週刊誌(週刊文春)を裁判に訴えるのは、恥の上塗り以外の何ものでもなかったと思います。

さらに、植村君が月刊誌『文藝春秋』に寄せた一文も読みましたが、言い訳としかいいようのないものでした。とても、まともなジャーナリストの書いたものとはとうてい、思えませんでした。

「週刊文春」の記事コピーを手に日本外国特派員協会の記者会見に
臨む植村隆氏=1月9日午後、東京・有楽町の日本外国特派員協会 

それにしても、不思議なのはこのように、取材からは逃げ回っていた植村がなぜ、一転して訴訟という手段に訴えることにしたのかということです。当時の雑誌の記事によると、植村には200人近い弁護士が“応援”に付いていました。

これは、頼もしい応援団が付いたことで植村は風向きがアゲンストからフォローに変わったと判断し、態度を変えたのかもしれません。そうだとすれば、今年の8月の産経新聞のインタビューも受けることにしたのかもしれません。

これだけの弁護団がつけば、産経側の追求も十分かわすことができると、自信をつけたのかもしれません。

本来新聞記者たる者は、書いたものに異論反論疑問が出た時は、決して逃げ隠れすべきではないです。

こういう場合は、公の場で、自ら間違えた理由や背景を明らかにして謝罪するか、自分が正当だと考えるなら、どこまでもその正当性を主張すべきです。

植村のように、一度逃げ隠れしたジャーナリストは、一生、身を潜めて生きてゆくしかなくなります。この屈辱に比べれば、過ちがわかった時にただちにお詫びと訂正をすることなど、いとも容易いことだと思います。

さて、植村は韓国の客員教授となることが決まったそうですが、これは一生身を潜めて生きていくことの前触れなのか、それとも単に海外にたまたま職があったので、いっときそちらにいくだけなのでしょうか。

まだ、どちらとも判断がつきません。それに週刊文春を相手どった裁判も終わっていません。公判中は日本に舞い戻る必要があります。

いずれにせよ、植村の記者生命は、もう完璧に終わったことだけは間違いありません。そうして、それは虚偽報道そのものではなく、それが明るみに出た後の植村氏の対応が悪すぎたことによるものです。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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