これは、ポール・クルーグマンの新刊です。この書籍の主張は、きわめてシンプルなものです。5年目に突入した大不況は、失策を認めたくない人たちが複雑な構造的問題に見せかけているだけであり、脱出は驚くほど簡単であるという内容であり、 いま最も信頼できるノーベル賞経済学者が叩きつける最終処方箋ともいうべき内容です。「不況のときに緊縮財政するな。政府は財政赤字なんか気にせずに拡張的な雇用創出政策をやれ。中央銀行はそれを支援しろ」というものです。煎じ詰めれば、これだけです。
そうして、この主張を補強するために、金融危機の前史から経緯をふりかえり、アメリカ、ユーロ圏、イギリスなどの現状を概観し、流動性の罠に関する不況の経済学をわかりやすく解説し、清算主義を批判しています。とりわけ不況を「道徳劇」として見る発想をくりかえし批判しています。
ただし、一部で議論を呼びそうだなと思われたのは、以下のくだりです。(p.143)
フリードマンの取った政治的な立場の多くを嫌う人々でさえ、彼が立派な経済学者だったことは認めざるを得ないし、非常に重要な点をいくつか指摘したのも否定できない。残念ながら、彼の最も影響力ある宣言の一つ――大恐慌はFRBがちゃんと仕事をすれば起こらなかったはずだし、適切な金融政策があれば、二度目の大恐慌に類するものは決して起きないという宣言――は、ほぼ確実にまちがっていた。そしてこのまちがいには深刻な結果が伴う。金融政策が十分でないときにはどんな政策が使えるか、FRB内部でも、他の中央銀行でも、学術研究の世界でも、ほとんど議論が行われていなかったのだ。「金融政策が十分でないときにはどんな政策が使えるか」に対する近年のマクロ経済政策の模範的解答は「非伝統的金融政策」というものです。これ自体はクルーグマンも否定していませんが、それだけじゃぜんぜん足りないし、だいいちそれは主役じゃない、という主張をしています。
この書籍でもっとも感動したのは、「第13章 この不況を終わらせよう!」の冒頭です。以下にその部分を引用させていただきます(p.286)。
ここまできたら、少なくとも一部の読者は、いまはまっている不況が基本的には人為的なものなんだと納得してくれたと期待したい。これほどの苦痛に苦しみ、これほど多くの人生を破壊する必要なんかないのだ。さらに、だれも想像できないほど急速かつ簡単に、この不況を終わらせることができる――だれもといっても、本当に不況経済の経済学を学び、そうした経済に政策がどう作用するか歴史的な証拠を検討した人々は除くけれど。
でも、前章末にくるまでには、ぼくに好意的な読者ですら、経済分析をいくら積み重ねても意味がないんじゃないかと思い始めていることと思う。ぼくが述べたような路線での回復プログラムなんて、政治的な問題としてそもそもあり得ないのでは? そんなプログラムを主張するだけ時間の無駄では?
この二つの疑問に対するぼくの答えは、必ずしもそうとはいえない、そして絶対に無駄ではない、というものだ。過去数年の財政引き締めマニアをやめて、雇用創出に改めて注目するという本物の政策転換の可能性は、通説に言われるよりもずっと高い。そして最近の経験が教えてくれる重要な政治的教訓がある。穏健で物わかりのいいふりをしようとして、基本的には論敵の議論を受け容れてしまうよりも、信念のために立ち上がり、本当にやるべきことを主張するほうがずっといいのだ。どうしても必要ならば政策では妥協してもいい――でも真実については決して妥協してはいけない。
このブログの詳細は、こちらから!!
【私の論評】まったくその通り!!日本は、何をさておいても、まずはデフレを解消すべき!!
クルーグマン氏の、ブログは、以下のURLを参照してください。
http://krugman.blogs.nytimes.com/
上のブログの記事にもあるように、もちろんクルーグマン氏の多くの論敵もまた「信念」をもっていることでしょう。緊縮財政は「本当にやるべきこと」なのだと主張することでしょう。そうした信念は「借金は早く返さなきゃ後がこわい」という素朴な感情によくなじむものです、いまや経済運営上の「常識」と化して世界中を支配しているかのように見えます。そうして、この一見常識にみえる非常識は、あの悪名高いワシントンコンセンサスの中にも含まれています。本書はそんな常識をくつがえし、過去にも十分証明された事実を思い返させるものであり、現在の常識は、ごく最近のものにすぎないものであり、しかもこれは、過去に何度となく繰り返されてきて、失敗し続けてきたものであり、本当の常識の重要性をおもいかえさせるものです。
アメリカやEUはどうなのかという話はどうなのかという話は、上の書籍にゆずるものとして、日本では過去にクルーグマン氏の提唱するような政策をとり大成功を収めた事例があります。ここでは、二つ事例をあげます。
元文小判 |
徳川吉宗 |
もう一つの事例は、世界大恐慌に世界が陥ったときに、日本も同じように、恐慌に陥り日本では、昭和恐慌と呼ばれていました。この昭和恐慌をのりきったのが、上でクルーグマンが主張している方式です。
高橋是清 |
昭和恐慌時のポスター |
濱口幸雄 |
しかし不況下でこのような逆噴射的な経済運営を行ったため、経済はさらに落込み、恐慌状態になってしまいました。まったく当り前の話です。浜口・井上コンビは財政政策だけでなく、為替政策でも大きな間違いを犯しました。それは、「金輸出の解禁」です。
為替を変動させておけば、総合収支尻は、為替の変動によって自動的に調整されます。ところが為替を固定させておくと、総合収支の決済尻をなにかで埋め合わせる必要があります。輸出が好調で総合収支が黒字の場合には問題はありませんが、反対に赤字の場合には国際的に価値が認められている「金」などで決済することになります。つまり「金輸出の解禁」は、変動相場制から固定相場制、そして金本位制への移行を意味します。
井上準之助 |
浜口・井上コンビの狙いは、構造改革で競争力を高め、輸出を増やして、不況から脱することでした。しかし設定した固定為替レートは高すぎ、逆に輸入が増えました。また貿易業者は、輸入代金を市場から外貨を調達して払うのではなく、高い円で金を買い、これを送って決済しました。金はどんどん輸出され、日銀の金の保有量が減りました。金本位制のもとで金の保有が減ったため、政府は財政支出を減らす必要に迫られました。これによって経済はさらに落込みました。この結果、財政支出を削っているにもかかわらず、財政はさらに悪化したのです。
さらに29年のニュヨーク株式相場の崩壊から始まった世界恐慌の影響も日本に及んで来ました。日本では街に失業者が溢れ、大幅な賃金カットが行われ、労働争議が頻発しました。特に農村は、農産物の大幅な下落によって大打撃を受け、「おしん」のような娘の身売り話も増えました。
世界恐慌の時のウォール街 |
30年の5月、浜口首相は、ロンドン軍縮会議・五カ国条約の批准に不満を持った分襲撃されました。次の首相の若槻礼次郎首相も構造改革派でした。したがって日本経済はどん底状態になりました。そしてついに31年12月に政友会に政権交代が行われ、犬養毅内閣が発足しました。犬養は、以前首相も経験したことのある高橋是清に大蔵大臣就任を懇請しました。
犬養毅 |
以下に、当時の経済成長率の推移を示します。
昭和恐慌時の実質経済成長率(%)
経済成長率
1927 3.4
1928 6.5
1929 0.5
1930 1.1
1931 0.4
1932 4.4
1933 11.4
1934 8.7
32年からの経済成長は実にすばらしいものです。実際、列強各国はこの時分まだ恐慌のまっただ中であり、日本だけがいちはやく恐慌からの脱出に成功したのです。
1932年に国債の日銀を引受けを始めたましたが、物価の上昇は、年率3~4%にとどまっています。1936年までに日銀券の発行量は40%増えましたが、工業生産高は2.3倍に拡大しました。そしてこの間不良債権の処理も進みました。
ケインズの一般理論が世の中に出たのが36年の12月であり、実にその5年前に既にケインズ理論を実践したのが高橋是清である。さらには、今日クルーグマンが上の書籍で、主張していることを80年前に実行したのです。
ケインズ |
日本では、何時の間にか高橋是清のような政策をとることは、ハイパーインフレを招くとか、赤字国債の発行や国債の日銀引き受けが禁じ手であるかのような錯覚をするものが多いです。
ハイパーインフレに見舞われた第一次世界大戦後のドイツ |
最近では、英国が不況であるにもかかわらず、付加価値税(日本の消費税にあたる)をあげて、さらに、不況を深刻化させました。これに対処するため、イングランド銀行(イギリス中央銀行)は、かなりの増刷をしました。増刷しても、イギリスの経済は、あまり良くはなりはしませんでした。そうして、インフレ傾向がしばらく続きました。これをもって、ハイパーインフレ論者は、不況のときに、お札を刷れというクルーグマンんの主張は、間違いであるとの格好のケーススタディーとしました。ところが、最近ではイギリスのインフレは、収束しました。そうして、もし増刷していなかったら、イギリス経済の落ち込みはささらに、悲惨なことになっていたことがはっきりしています。やはり、クルーグマンが正しかったということです。
現在でも、不況のときに、緊縮財政、金融引き締めをしては、かえって経済が悪くなるということです。不況のときには、財政などあまり気にせずに、積極財政と金融緩和策をしなければならないというのが当たり前の真ん中の常識です。ケインズなんぞまったく知らなかった、江戸幕府や、高橋是清も、この常識に従って成功しているのです。現在の不況は、この常識に常識に従わなかったことが大きな要因の一つです。非常識派は、過去の歴史を振り返ったり、現在の出来事を直視せず、ただただ、自分の頭の中でつくりだした、非常識な常識を唯一正しいものとして、押し付けているだけてあり、思い上がりも甚だしいです。
この書籍、こうした常識を忘れた現代人に対する警鐘を鳴らすものであると思います。そう思うのは私だけでしょうか?これは、本当に今の財務省、日銀はいうにおよばず、多くの政治家、官僚、そうして多くの国民に読んでいただき理解していただきたいと思います。
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