2024年1月9日火曜日

2024 年 10 大リスク―【私の論評】ドラッカー流のリスクマネジメントで、ユーラシア・グループの10大リスクに立ち向かう

2024 年 10 大リスク


まとめ

  • 米国の分断
  • 情報戦争の中毒
  • ウクライナの事実上の割譲
  • AIのガバナンス欠如
  • ならず者国家の核脅威
  • 深海へ侵害できない自己主権
  • 重要領域物資の短絡
  • インフレの足音がせまる
  • エルニーニョ再来
  • 米国でのリスキーなビジネス


コンサルティング会社ユーラシアグループの社長イアン・ブレマー氏


 ユーラシア・グループは2024年の地政学リスクトップ10を発表しました。


 1位は米国内の深刻な政治分極化です。11月の大統領選は既存の分裂を悪化させ、過去150年間で最も米国の民主主義を脅かし、国際社会での信頼性を損なうと予想しています。


 2位は中東の緊張です。イスラエルとハマスの戦争がエスカレートし、イランとの戦争に発展するリスクが高いと指摘しています。イスラエルの攻撃、ヒズボラの反撃、フーシの活動などが引き金となる可能性があるとしています。


 3位はウクライナの事実上の分割。ロシアが人的・物的に優位に立ち、ウクライナが劣勢になると予想。米国の支援低下も分割に拍車をかけるとしています。


 4位はAIのガバナンス不足。生成AIによる偽情報が選挙や紛争を混乱させると懸念。


 5位はならず者国家同盟の台頭。ロシア、北朝鮮、イランが武器供給で協力し、世界秩序に挑戦すると予測。


 6位は中国経済の停滞。構造的制約が続く中、成長の回復は望めないと指摘。


 7位は重要鉱物を巡る争奪戦。米中の覇権争いがサプライチェーンを混乱させると警告。


 8位はインフレによる世界経済の逆風。高金利が成長を鈍化させ、金融リスクを高めると予想。


 9位はエルニーニョ現象による異常気象の頻発。食料危機や自然災害のリスクを増すと懸念。


 10位は企業の米国市場リスク。共和・民主両州の対立に企業が挟まれると指摘。


 米国と中東の政治・軍事的リスクが最大の焦点とされています。


この記事は、元記事を要約したものです。詳細をご覧になりたい方は、元記事をご覧になって下さい。


【私の論評】ドラッカー流のリスクマネジメントで、ユーラシア・グループの10大リスクに立ち向かう


まとめ

  • ドラッカーのリスクに対する考え方は、ユーラシア・グループの10大リスクに対処する上で、重要な示唆を与えてくれる。
  • リスクをゼロにすることは不可能であり、むしろリスクを認識してそれをコントロールすることが重要。
  • 適応的なリーダーシップを育成し、長期的な回復力への投資を進め、グローバルなコラボレーションを促進すべき。
  • 以上をもって計算されたリスクテイクを行うことが重要。
ドラッカー氏

経営学の大家ドラッカー氏は、リスクについて以下のように語っています。
企業活動に伴うリスクをなくそうとしても無駄である。現在の資源を未来の期待に投入することには、必然的にリスクが伴う。(『マネジメント』)
複雑な世界にあって、見えない未来に向けて、ヒトとモノとカネを投入する。そして、投入したものをはるかに超えるものを得る。それが企業の成長であり、社会の繁栄である。そこにリスクが伴うのは当然である。わかりきったものからは、わかりきったものしか手に入れられないのです。

ドラッカーが気にするのは、この当然のことに対する無知や無理解ではない。それ以前の問題として、頭もよく知識も豊かな人たちが、リスクについて持っている考え方である。リスク抜きを是とするメンタリティです。

それは世界からリスクを取り除くことはできるし、取り除かなければならないとする考えです。

そうではなく、より大きなリスクを負えるようにすることが必要なのです。

たとえば、毎年数百億円を研究開発につぎ込めるようになることが肝心なのです。

経済活動において最大のリスクは、リスクを冒さないことです。そしてそれ以上に、リスクを冒せなくなることです。
リスクの最小化という言葉には、リスクを冒したり、リスクをつくりだすことを非難する響きがある。つまるところ、企業という存在そのものに対する非難の響きがある。(『マネジメント』)

 ドラッカーは、おもにビジネスの世界のリスクについてとりあげており、地政学的リスクに焦点を当てたわけではないですが、それがビジネスや社会に与える潜在的な影響を認識していました。

1970年の著書『断絶の時代』の中で、EUや日本のような「メガブロック」の出現について書き、その経済的・政治的影響力の増大を予測し、その影響を考慮するよう企業に促しました。

また、資源不足や環境問題が主流となる数十年も前に、そのリスクについて警告を発し、サプライチェーンや世界の安定を破壊する可能性を強調しました。

また、国際舞台におけるパワー・ダイナミクスの変化を理解することの重要性を強調しました。彼は、中国やインドといった新たな経済大国の台頭について書き、それに応じて戦略を適応させるよう企業に促しました

また、世界政治が複雑化し、テロリスト集団のような非国家主体が新たな安全保障上の脅威を引き起こしていることも認識し、企業はそれを考慮する必要があるとしました。

この考え方は、企業だけではなく、政府を含む他の多くの組織にもあてはまると思います。

ドラッカー流の考え方に立脚すれば、ドラッカーの視点をユーラシア ・グループが特定した 10 の主要なリスクに適用できると、考えられる政府や企業を含むあるゆる組織にとってのリスクへのアプローチ法がいくつか示すことができます。

まずは、固有のリスクを受け入れることです。 純粋にリスクの排除を目指すのではなく、複雑な世界をうまく切り抜けるには固有のリスクが伴うことを受け入れるべきなのです。 これらのリスクの性質、その潜在的な影響、およびそれらがもたらす機会を理解することに焦点を当ててるべきなのです。

次に、リスクをひたすら忌避するリーダーシップではなく、適応的なリーダーシップを育成するべきです。企業、政府、組織は、変化する地政学的な状況の中でタイムリーな意思決定を行い、戦略を調整できるリーダーを必要としています。 予期せぬ課題に効果的に対応するために、柔軟な計画、シナリオ分析、継続的な学習を奨励すべきです。

第三は、長期的な回復力への投資をすべきです。衝撃や混乱に耐えられる堅牢なシステムとインフラストラクチャを構築します。 潜在的な危機の影響を軽減するために、サイバーセキュリティ、エネルギー安全保障、食糧安全保障などの重要な分野への投資を優先します。

第四に、グローバルなコラボレーションを促進すべきです。 ドラッカーは世界が相互につながっていることを認識していました。 重大なリスクに対処するには、国際的な協力と調整が必要です。 対話を促進し、パートナーシップを構築し、地球規模の課題に取り組むための責任の共有を促進するのです。

第五に、計算されたリスクテイクを受け入れることです。 たとえ重大なリスクを伴うとしても、長期的なニーズに対応する大胆な取り組みを躊躇するべきではないのです。 たとえば、次世代の小型原発や、核融合に多額の投資をしたり、野心的な防災・減災開発プロジェクトを立ち上げたりするには、固有のリスクを認識しながらも、莫大な利益が得られる可能性を認識する必要があります。

第六に、戦略的な先見性を強調すべきです。 ドラッカーは長期的な思考とシナリオ計画を支持しました。 これらのリスクから生じる潜在的な将来のシナリオを分析し、機敏性と備えを確保するための緊急時対応計画を策定するよう組織を奨励します。

第七に、倫理的なリーダーシップの促進をすべきです。 倫理的な意思決定と企業の社会的責任は、ならず者国家の台頭や AI テクノロジーの悪用など、特定のリスクによる悪影響を軽減するために重要です。

第八に、知識と理解に焦点を当てるべきです。ドラッカーは、リスクを効果的に管理するには知識が鍵であると信じていました。ただ、ドラッカーのいう知識は、百科事典に書かれているような知識ではなく、たとえば、現代の医学知識のような、広く理解されて行動の基盤となる知識のことです。

 これらの世界的なリスクの性質と複雑さをより深く理解するために、研究、データ分析、情報共有に投資すべきです。

ドラッカーのアイデアはビジネスに焦点を当てていたことを思い出してください。 これらをより広範な社会および政府レベルに適用するには、思慮深い解釈と適応が必要です。 しかし、リスクを受け入れ、回復力を育み、長期的思考を優先するという彼の基本原則は、ユーラシア グループが浮き彫りにした複雑で相互に関連した課題に対処するための貴重な洞察を提供します。

これらの戦略を実行することで、組織や政府はリスクを最小限に抑える考え方から、責任あるリスクテイクと積極的な管理の考え方に移行し、より機敏性と回復力を持って将来の不確実性を乗り越えることができます。

この視点が、これらの世界的なリスクの潜在的な影響を分析し、それに対処するための有用な枠組みを提供することを願っています。

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2024年1月8日月曜日

日本が戦争犯罪の“抜け穴”になるおそれも…プーチン大統領に“逮捕状”出した日本人裁判官 単独取材で見えた「日本の課題」―【私の論評】プーチン氏の国際会議欠席が示すICC逮捕状の影響と、日本の法整備の課題

日本が戦争犯罪の“抜け穴”になるおそれも…プーチン大統領に“逮捕状”出した日本人裁判官 単独取材で見えた「日本の課題」

まとめ
  • ICCの赤根裁判官がプーチン大統領に戦争犯罪の容疑で逮捕状
  • ロシアから指名手配され、行動を制限
  • ICC逮捕状に有効期限なく、重要な役割
  • 日本に戦争犯罪の法整備なく、抜け穴に
  • 赤根氏、時代劇から正義感。不正義を改善したい
国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子裁判官

 国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子裁判官は、2022年3月、ロシアのプーチン大統領に対し、ウクライナ侵攻に関連する戦争犯罪の容疑で逮捕状を発付した。このことでロシアから指名手配される事態となり、赤根氏は安全面での配慮を余儀なくされている。夜の外出を控え、知人以外との食事を避けるなど行動を制限しているという。 

 ICCの逮捕状には有効期限がなく、プーチン氏の足枷となっている。赤根氏はICCが最後の砦として機能することが重要と強調する。一方、日本の法制度には戦争犯罪や人道に対する罪に関する処罰規定はないため、赤根氏は「日本が戦争犯罪等のループホール(抜け穴)になるおそれがある」と指摘。法整備の必要性を訴えた。

 赤根氏の正義感の源泉は子供の頃に視聴していた時代劇「銭形平次」だという。善悪のはっきりした物語に共感し、検事として正義の実現を志した。今も世界の不正義を改善する思いは変わらないと語った。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】プーチン氏の国際会議欠席が示すICC逮捕状の影響と、日本の法整備の課題

まとめ
  • プーチン大統領は、G7サミット、APECサミット、東アジアサミットには完全不参加。G20と国連総会はビデオ参加にとどまる。従来は重要会議には欠かさず出席していたが、今回はICCの逮捕状を意識しての対応と見られる。
  • 日本には戦争犯罪を処罰する法制度がないため、戦争犯罪者の「抜け穴」になる恐れが指摘されており、日本の国際社会での立場を弱めかねない。
  • 欧米諸国では国内法により戦争犯罪を処罰する仕組みが整備されている。
  • 日本も国際基準に沿って戦争犯罪に対処する法制度の整備が必要との指摘がある。
  • 日本はジュネーブ条約やローマ規定を批准してはいて、ICCの逮捕状に基づく引き渡し義務があるが、戦争犯罪を看過する「抜け穴」は世界の標準から外れるので、早期の対応が望まれる。
プーチン


プーチン大統領がウクライナ侵攻後、国際会議への参加を控えた又はビデオ会議にとどまった具体的な事例は以下の通りです。 

  • 2022年6月のG7サミット(ドイツ) - 不参加 
  • 2022年11月のG20サミット(インドネシア) - ビデオ参加
  • 2022年9月の国連総会(米ニューヨーク) - ビデオ演説のみ 
  • 2022年11月のAPECサミット(タイ) - 不参加 
  • 2022年12月の東アジアサミット(カンボジア) - 不参加 

これらのうち、G7サミット、APECサミット、東アジアサミットへは完全に不参加です。 G20サミットと国連総会はビデオ参加にとどまりました。 プーチン大統領はこれまでG20やAPEC、東アジアサミットには欠かさず出席していたことから、今回の不参加は異例の対応だと報じられています。ICCの逮捕状を意識し、身柄の安全が保証できない現地参加を避けているものと分析されています。


国際司法裁判所(ICC)

日本が戦争犯罪と人道に対する罪の「抜け穴」になる具体的なリスクとしては以下のようなことが考えられます。

  • 国外で戦争犯罪等を行った他国の人物が、日本に逃亡してきた場合に訴追できないことがある。
  • 国外で戦争犯罪等に関与した日本人が、日本に逃亡して帰国後も処罰を免れることができない場合がある。
  • 日本を経由して、戦争犯罪等の容疑者が第三国に逃亡することを防ぐことができない場合がある。
  • 日本国内で集められた戦争犯罪等の証拠を国際的に共有・活用することが困難になる場合がある。
  • 日本が国際的な戦争犯罪等への対処に消極的な姿勢だとみなされるリスクがある。

つまり、日本の法制度の空白が、戦争犯罪を行った者の逃避行為を助長し、国際社会における日本の立場を弱める結果になりかねない、という指摘だと考えられます。


日本は、戦時中の民間人や捕虜に対する残酷で非人道的な扱いを禁止するジュネーブ条約などの国際協定には、参加しています。1953年4月21日にジュネーブ4条約に加入し、2004年8月31日にジュネーブ条約追加議定書第1および第2追加議定書に加入しました。


また、日本はローマ規定批准国であり、ICCが指名手配をした犯人を拘束してICCに身柄を渡す義務があります。そのため、例えばプーチンが来日した場合、日本政府はプーチンの身柄を拘束して、ICCに引き渡す義務を負います。


ハマスに全員殺されたシマン・トーブさん一家


しかし、ほとんどの欧米諸国では、戦争犯罪や人道に対する罪、その他の極悪非道な行為に対して厳しい法律がありますが日本にはありません。例えば、米国には1996年に制定された戦争犯罪法があり、海外で行われた戦争犯罪やジェノサイド、その他の残虐行為を管轄することができます。


ほとんどの民主主義国家には、同様の法律が存在します。このように国家が自らに、そして互いに説明責任を果たすことは重要です。法的な結果が伴わなければ、このような悪行に対する真の抑止力は生まれないです。


日本は戦争犯罪等に対する姿勢を強化し、自国の法律をより国際基準に沿ったものにした方が良いと思います。「戦争犯罪の抜け道」は、今日の世界では容認できないです。政府は蛮行を防ぎ、人権を守る道徳的義務があります。日本が早急にこの問題に取り組むことを望みます。


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「軍事ケインズ主義」進めるプーチン 2024年のロシア経済―【私の論評】ウクライナ侵攻で揺れるロシア経済 物価高騰、財政赤字、軍事費増大の3つのリスク

2024年1月7日日曜日

「軍事ケインズ主義」進めるプーチン 2024年のロシア経済―【私の論評】ウクライナ侵攻で揺れるロシア経済 物価高騰、財政赤字、軍事費増大の3つのリスク

「軍事ケインズ主義」進めるプーチン 2024年のロシア経済

服部倫卓 (北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授)

まとめ
  • ウクライナ侵攻と国際的な制裁にもかかわらず、ロシア経済は2023年もプラス成長を記録した。
  • 軍事費の大幅増を背景に、軍需産業は好調で、GDPの3分の2を占めるまでになった。
  • 一方、物価高騰やガソリン不足などの問題も顕在化し、国民生活への影響も出始めている。
  • プーチン大統領は2024年3月の大統領選への再選を目指しており、国民の支持率を維持するために、公共料金の値上げを抑制するなど、配慮を欠かさない。
  • 住宅市場では、優遇ローンによる融資拡大を背景に、バブル的な過熱が進んでいる。この状況が今後、金融市場の混乱や経済の停滞につながるリスクがある。
ロシア軍女性兵士

2023年のロシア経済は、ウクライナ侵攻や国際的な制裁にもかかわらず、予想以上に持ちこたえた。GDPは3%前後の成長を記録し、失業率は記録的に低い水準にとどまった。

ロシア経済の成長率が予想以上に堅調となった要因は、以下の3つが挙げられる。

石油・ガスなどの資源価格の高騰
ウクライナ侵攻の影響で、国際的なエネルギー価格が高騰した。
ロシアは石油・ガスの輸出大国であり、この恩恵を受けた。
2023年の原油価格は、前年比で約60%上昇し、天然ガス価格は約100%上昇した。これにより、ロシアの貿易収入は大幅に増加した。
軍事ケインズ主義
ロシアは、ウクライナ侵攻に伴い、軍事費を大幅に増大させた。2024年の国防費はGDPの6%に達する見通しであり、これは、2022年までの3%から倍増する。

軍事費の増大は、財政赤字の拡大とインフレの進行をもたらす。しかし、短期的には、GDPを押し上げる効果もある。
西側諸国からの制裁に耐えられる経済基盤
ロシアは、石油・ガスなどの資源に依存した経済構造を有している。そのため、西側諸国からの制裁の影響は限定的であった。

また、ロシア政府は、制裁への対応として、輸入代替や国内消費の拡大を推進した。
軍事ケインズ主義とは、戦争や軍事支出を景気対策として活用する経済政策である。ロシアは、ウクライナ侵攻を契機に、軍事費を大幅に増大させ、これを経済成長のエンジンと位置づけている。

軍事ケインズ主義は、短期的には経済成長を促す効果がある。しかし、財政赤字やインフレの拡大などのリスクも伴う。

ロシア経済は、今後も軍事ケインズ主義を継続すると予想される。そのため、財政赤字とインフレは、今後もロシア経済の課題となると考えられる。

なお、ロシア経済の成長には、以下の課題もある。

物価高騰
ロシアでは、ウクライナ侵攻や制裁の影響で、物価高騰が進んでいる。特に、卵は59%値上がりした。

物価高騰は、国民生活の重圧となり、社会不安の要因となる可能性がある。
輸出入の減少
ロシアの輸出入は、制裁の影響で減少している。特に、西側諸国への輸出が大幅に減少した。

輸出入の減少は、経済の成長にマイナスの影響を与える。また、ガソリン不足や為替安定の対策に追われるなど、さまざまな問題も発生している。
住宅市場の過熱
ロシアの住宅市場は、優遇ローンの利用条件が段階的に厳格化される見通しとなり、ルーブル下落が進み、市場金利が急上昇したため、急速に過熱している。

優遇ローンの利用条件が厳格化されたため、新築住宅の購入を希望する層は、頭金を消費者金融で借りるなどして、無理な借金を重ねるケースも出てきている。

住宅バブルが崩壊すれば、金融システムの混乱や経済の停滞につながる恐れがある。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。 

【私の論評】ウクライナ侵攻で揺れるロシア経済 物価高騰、財政赤字、軍事費増大の3つのリスク

まとめ
  • 2023年のロシア経済は、ウクライナ侵攻や国際的な制裁にもかかわらず、GDPは前年比でマイナス4.2%と、予想以上に持ちこたえた。
  • ロシアの物価上昇率は、2023年に前年比17.0%と、1998年の金融危機以来の高水準となった。
  • 戦争中、軍事費の増大は、経済に短期的な刺激を与え、景気回復につながる可能性がある。ドラッカー氏は、数字だけを見れば、第二次世界大戦は、単なる好景気だったように見えるだろうと語る。
  • 軍事費の増大は、財政赤字やインフレなどの問題を引き起こす可能性があり、長期的には経済の持続的な成長を阻害する可能性がある。
  • ウクライナ侵攻が長期化する中で、ロシアと西側諸国との軍事衝突が拡大する可能性があり、ロシアが崩壊する可能性も否定できない。
上の記事の冒頭で、「2023年のロシア経済は、ウクライナ侵攻や国際的な制裁にもかかわらず、予想以上に持ちこたえた」というのは、予め予想できたことです。これについては、以前もこのブログに述べたことがありますが、戦時経済は通常の経済とは全く異なるからです。

戦争、特に総力戦等の大きな戦争が始まる前と、戦中、戦後の復興にかけて、GDPはかなり上がることになります。戦前は、戦争に備えるため、武器・弾薬等を大量に備えることと戦時経済を想定して様々な物品の備蓄をします。戦中も戦争を継続するため、同様に大量に製造し続けます。さらに、戦後は復興のために、壊れたインフラを整備しなおすためなどでGDP自体はあがることになります。

そのため、私は以前のブログで、ロシアの経済の現状を見るには、GDPではなく物価を見るべきではないかと以前のブログで主張しました。以下に直近の、ロシアの物価上昇率と今年の見通しの表を挿入します。
消費者物価上昇率(前年比)
2022年12.5%
2023年17.0%
2024年(見通し)15.0%
物価上昇率は、今年も比較的高い水準で推移しそうです。2023年の消費者物価上昇率は、前年比で約17%と、1998年の金融危機以来の高水準となりました。これは、ウクライナ侵攻に伴う国際的な制裁の影響、ルーブル安、軍事費の増大などが主な要因と考えられます。

2024年の消費者物価上昇率は、ウクライナ情勢の長期化や、西側諸国からのさらなる制裁が物価に与える影響次第では、さらに高騰する可能性もあります。

このようなことから、総力戦や現在のロシアのように大掛かりな戦争をする国々では、戦争前、戦中は軍事ケインズ主義を意図して意識して実行するというよりは、そうなるざるを得ないのです。現在のロシアも例外ではありません。

そうして、わたしたちが注目しなくてはならないのは、多くの専門家が、数字をみただけでは、後の歴史家は、第二次世界大戦が起こったことを認識できないかもしれないと語っていることとです。現在戦争中のロシア経済についても同様のことがいえるかもしれません。

たとえば、経営学の大家ドラッカー氏は、第二次世界大戦中の経済について、以下の発言をしています。
数字だけを見れば、第二次世界大戦は、単なる好景気だったように見えるだろう。
これは、第二次世界大戦中、多くの国が軍事費を増大させたことで、経済成長を遂げたという事実に基づいています。例えば、米国では、第二次世界大戦中のGNPは、戦前の約2倍にまで増加しました。これは、軍需産業の急速な発展によるものです。

第二次世界大戦中、日本も、軍事費を大幅に増大させ、軍需産業の急速な発展を促しました。その結果、日本の経済は、戦前の約2倍にまで成長しました。

1930年代から1940年代にかけて、日本は戦争に伴う軍事費の増大や、戦時体制の導入により、経済成長を遂げました。また、国民生活の面でも、食糧や衣料などの物資の配給が徹底され、国民の生活水準は維持されていました。

本当に窮乏化したのは、1944年以降であり、連合国軍の空襲が本格化し、米軍による通商破壊がすすみ、日本各地で大きな被害が発生し、国民生活は困窮化しました。

日本の戦時中のポスター

しかし、これはあくまでも表面的な現象であり、戦争の悲惨さを覆い隠すことはできません。
ドラッカー氏は、この事実を踏まえて、経済の数字だけを見て、第二次世界大戦を理解しようとすると、誤った結論に至る可能性があると警告しています。第二次世界大戦は、単なる好景気ではなく、人類史上最も悲惨な戦争の一つでした。

その本質を理解するためには、経済の数字だけでなく、戦争の背景や、戦争によって引き起こされた人々の苦難など、さまざまな要素を考慮する必要があります。

なお、ドラッカー氏は、この発言を、1950年に出版された著書『「経済人」の終わり──全体主義はなぜ生まれたか』の中でしています。この著書の中で、ドラッカー氏は、第二次世界大戦の原因を、経済主義の行き過ぎにあると分析しています。

つまり、経済の数字だけを追い求め、人間の尊厳や社会の調和を無視するような経済主義が、全体主義の台頭を招いたというのです。

ドラッカー氏の発言は、第二次世界大戦の歴史を理解する上で、重要な示唆を与えるものと言えるでしょう。

ドラッカー氏

プーチンが推進する軍事ケインズ主義の末路は、以下の3つの可能性があると考えられるでしょう。

1. 短期的な景気回復と軍事力の増強に成功する

プーチンは、ウクライナ侵攻によって、軍事費を大幅に増大させています。この軍事費の増大は、ロシアの経済に短期的な刺激を与え、景気回復につながる可能性があります。また、軍事技術の開発や軍事力の強化によって、ロシアの安全保障が向上する可能性があります。

この場合、プーチンの軍事ケインズ主義は、ある程度の成功を収めると言えるでしょう。しかし、軍事費の増大は、財政赤字やインフレなどの問題を引き起こす可能性があり、長期的には経済の持続的な成長を阻害する可能性があります。

2. 長期的な経済停滞と軍事力の衰退に陥る

軍事費の増大が続けば、財政赤字が拡大し、インフレ率が上昇する可能性があります。また、軍需産業への依存度が高まるため、民間部門の活力が低下し、経済成長が鈍化する可能性があります。

この場合、プーチンの軍事ケインズ主義は、失敗に終わると言えるでしょう。ロシアは、経済的にも軍事的にも衰退していく可能性があります。

3. 軍事衝突の拡大によって、ロシアの崩壊につながる

ウクライナ侵攻が長期化する中で、ロシアと西側諸国との軍事衝突が拡大する可能性があります。この場合、ロシアは、経済制裁や軍事攻撃によって、深刻な打撃を受ける可能性があります。

この場合、プーチンの軍事ケインズ主義は、ロシアの崩壊につながる可能性があります。ロシアは、国家として存続できなくなる可能性があります。

現時点では、プーチンの軍事ケインズ主義の末路は、まだ不透明です。しかし、長期的な経済停滞や軍事力の衰退、軍事衝突の拡大によって、ロシアが崩壊する可能性も否定できません。

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2024年1月6日土曜日

インド、23年度GDP予想7.3%増 選挙に向けモディ首相に追い風―【私の論評】インド経済の堅調な成長、中国経済は体制が変わらなければ今後数十年低迷

 インド、23年度GDP予想7.3%増 選挙に向けモディ首相に追い風

まとめ

インドの経済成長率は2023年度も堅調に推移すると予想されている。これは、モディ政権にとって追い風となり、選挙での勝利につながる可能性があると見られる。


インド統計局は2023年度のインド国内総生産(GDP)が前年度比7.3%増になるとの予想を発表。これは主要経済大国の中で最も高い成長率となり、今年5月までに見込まれている選挙を控えてモディ首相にとって追い風となる。

統計局は、この予想は2023年度の早期見通しであり、経済指標の精度向上や実際の税収、補助金の支出などが今後の改定に影響を与える可能性があると説明している。

インド準備銀行(RBI)は昨年12月に2023年度のGDPが7%増になると予想し、従来見通しの6.5%から引き上げている。

インドの経済成長率は2022年度が7.2%、2021年度は8.7%だった。

2023年7-9月期は前年同期比で7.6%増、4-6月期は7.8%増えていた。

【私の論評】インド経済の堅調な成長、中国経済は体制が変わらなければ今後数十年低迷

中国の成長率は2024年も4.5%を超える可能性はあるでしょう。しかし、それ以降の成長は、中国政府の大規模な市場改革の成否にかかっているといえます。ただ、中国のGDPはこのブログでも述べてきたようにほとんどあてになりません。

ただ、出鱈目であったにしても、ある程度整合性をもった数値を出さなければならないので、実数値は全く信用できないにしても、推移はある程度みることはできるでしょう。


まとめ
インド経済は、モディ政権による経済改革や人口増加の恩恵を受け、堅調な成長を続けている。一方、中国経済は、ゼロ・コロナ政策の転換や中所得国の罠への陥落、国際金融のトリレンマなどにより、今後数十年低迷し続ける可能性が高まっている。
以下にインドの経済成長の推移の表を掲載します。

2020-21年度は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、経済成長率が大きく落ち込みました。しかし、その後は回復基調にあり、2022-23年度は7.2%と、主要経済大国の中で最も高い成長率となりました。2023-24年度も、7.3%の成長率が見込まれており、インド経済の堅調な成長が続くと予想されています。

なお、インドの経済成長率は、2021-22年度から2023-24年度にかけて、大きく上昇しています。これは、モディ政権による経済改革や、人口増加による労働力供給の増加などが要因と考えられます。

モディ首相と安倍首相

モディ政権の経済政策には、貧困対策やデジタル・インディアを含めて、前UPA政権が手掛けた政策を引き継ぎ、その焼き直しを図ったものが多く含まれています。倒産破産法(IBC)の成立、さらには憲法改正を伴う物品・サービス税(GST)の導入に漕ぎつけたことは、インドの経済政策に新たな一頁を付け加えたものとして評価されています。また、モディ政権は、製造業や雇用のさらなる拡大を目指しています。

モディ政権は、製造業や雇用の拡大を目指して、多数の政策を実施しています。例えば、第1次モディ政権下で発表された「Make in India」政策は、製造業の割合を2022年までに25%に引き上げ、5年間で1億人の新規雇用を創出することを目標としています。

また、第2次モディ政権では、法人税の約10%の引き下げを発表するなど、事業環境の整備を進めると同時に、重点分野を絞った税制優遇、人材育成等の実施を計画しています. さらに、第2次モディ政権は、エレクトロニクスやEV・電池製造分野でも段階的製造プログラム(PMP)を導入し、国内製造を促す見込みです。

一方中国経済は、ひどい状況に陥っています。中国経済にとっての2024年の課題は、GDPの成長率ではなく、その先の成長の持続性であるといえます。

中国の成長率は2024年も4.5%を超える可能性はあるでしょう。しかし、それ以降の成長は、中国政府の大規模な市場改革の成否にかかっているといえます。ただ、中国のGDPはこのブログでも述べてきたようにほとんどあてになりません。

ただ、出鱈目であったにしても、ある程度整合性をもった数値を出さなければならないので、実数値は全く信用できないにしても、推移はある程度みることはできるでしょう。

このブログでも何度か指摘してきたように、中国は経済発展により1人当たりのGDPが中程度の水準(中所得:約1万ドル)に達したましたが、その発展パターンや戦略を転換できず、成長率が低下、あるいは長期にわたって低迷する「中所得国の罠」に陥る可能性があります。

中所得国の罠に関しては、産油国などの特殊事情があるいくつかの例外はあるものの、ほぼ例がなく多くの国々がこの罠にはまっており、中国だけが例外になることはあり得ません。

特に、中国においては、再び経済成長するためには、民主化、政治と経済の分離、法治国家化が必要不可欠なのですが、現在の中国共産党の体制ではほぼ不可能です。

中国は、1978年の改革開放以来、数十年間、世界で最も急成長を遂げた主要経済国の一つとなりました。1991年から2011年の間、毎年10.5%の成長を続け、その後も2021年まで10年間の平均は6.7%でした。ただし、これも実数は出鱈目の可能性がありますが、推移に関してはある程度信用しても良いとは思います。

しかし、2022年の暮れ、中国政府の厳格な「ゼロ・コロナ」政策が転換され、2023年に期待された経済回復は強い逆風にさらされました。

ロイター通信によると、コロナ後の中国経済は、消費者の消費回復、海外投資の再開、製造業の再稼働、住宅販売の安定など、さまざまな好材料が期待されていました。しかし、実際には、中国人消費者は不況に備えて貯蓄を増やし、外国企業は資金撤退を加速、製造業は西側諸国からの需要減退に直面、地方政府の財政は不安定になり、大手不動産会社は相次いで債務不履行に陥りました。

こうした状況を受け、一部の経済学者は、日本がバブル崩壊後に経験した「失われた数十年」との類似点を指摘しています。ただ、日本の場合は、このブログでも指摘してきたように、バブル崩壊そのものが、日銀官僚や財務官僚の誤謬によるものであり、正しいマクロ経済運営をしていれば、そもそも崩壊はなかっといえますが、現状の中国は違います。

また、中国政府が10年前に不動産開発主導の発展から内需主導型の成長に経済を移行すべきだったが、それを怠ったと批判する声もありますが、これもかなり難しかったと考えられます。

なぜなら、従来から指摘してきたように、中国は国際金融のトリレンマにもはまっており、これを現在の中国共産党による体制では、変えることは難しいからです。これにより、中国人民銀行は、独立した金融政策が行えない状況に陥っています。

中国政府は、こうした課題を克服するため、消費を拡大し、経済の不動産依存を減らすと宣言。金融機関に対し、不動産開発からハイテク業界への融資に転換するよう指導しています。

しかし、中国政府がこれらの課題を解決するには、より大胆な構造改革が必要です。具体的には、固定相場制から変動相場制への移行、金融システムの改革、民間企業の権利の拡大、市場競争の促進などが必要不可欠です。

中国政府がこれらの改革に成功すれば、中国経済は新たな成長軌道に乗ることができるでしょう。しかし、失敗すれば、中国は「中所得国の罠」に陥り、世界経済の成長を牽引する役割を失うでしょう。現在の中国の体制では、これはできないでしょう。

そうなると、今の体制である限り、今後中国経済は数十年にわたって低迷し続けるでしょう。いつか中国経済が米国経済を超すといわれていましたが、現状ではそのようなことは全く考えられません。

インド経済は、これからも飛躍的に伸び、米国や日本、EU経済もこれからもある程度は伸び続け、その他の国々も、中所得国の罠や国際金融のトリレンマにはまっていない国々や、これからそれにはまることを防ぐ国は成長を続けるでしょうが、そうではない国々は中国を含めて低迷し続けることになるでしょう。

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