2024年4月10日水曜日

今後も南シナ海で共同パトロール実施へ、日豪比と=米大統領補佐官―【私の論評】日米首脳会談で浮上!安倍から岸田政権への「統合作戦司令部」構想の歴史とバイデン政権の影響

今後も南シナ海で共同パトロール実施へ、日豪比と=米大統領補佐官

サリバン米大統領補佐官


 サリバン米大統領補佐官は、日本、オーストラリア、フィリピンとの南シナ海での共同演習について、今後共同パトロールが増える見通しを示し、中国の威圧に対応するための行動だと述べた。

 また、日米首脳会談と日米フィリピン首脳会談が予定されており、中国の影響力拡大への対抗策が議題となる。さらに、安全保障の枠組み「AUKUS」において、日本との協力拡大が予想される。

 バイデン大統領と岸田文雄首相は、首脳会談で、防衛・安全保障や宇宙開発における協力強化を発表する見通しであり、日本の「統合作戦司令部」発足に向けた米国の支持も明らかにされた。また、在日米軍司令官の階級の格上げが検討されている。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧ください。

【私の論評】日米首脳会談で浮上!安倍から岸田政権への「統合作戦司令部」構想の歴史とバイデン政権の影響

まとめ
  • 日本の「統合作戦司令部」構想は2010年代初頭から自民党を中心に検討されてきた。安倍政権時代に具体化が進み、岸田政権で発足に向けた米国の支持が得られた。
  • 有事の際、統合作戦司令部は韓国のように米軍の指揮下に入る可能性があり、日本政府との調整が必要。日本は、韓国のような体制を取るべきではない。
  • バイデン政権は日米統合作戦司令部発足を支持しつつ、有事の指揮権移管を求める可能性がある。
  • バイデン政権はウクライナ支援への日本の協力も要求してくる可能性がある。日米同盟強化とウクライナ支援を関連づけて日本に働きかけてくるかもしれない。
  • 岸田首相の今回の米国訪問は総裁選に向けた重要な機会だが、失敗すれば総裁選前に辞任につながるリスクがある。慎重な対応が求められる。
上の記事に「統合作戦司令部」という言葉がでてきます、日本のこの構想は、2010年代初頭から自民党を中心に検討されてきたものです。当時の日本の防衛体制は、陸海空自衛隊がそれぞれ独立した司令部を持っており、統一的な指揮命令系統が不足しているという課題があり、この問題に対する解決策として「統合作戦司令部」の創設が検討され始めました。

特に、2012年から2020年にかけての安倍晋三政権時代に、この構想が大きく前に進みました。安倍政権は日本の防衛力強化を重要政策の一つに位置づけており、統合的な指揮命令系統の確立が不可欠だと考えていました。そのため、安倍政権下で「統合作戦司令部」の具体化に向けた検討が活発化し、その構想が具体的な形となっていきました。

その後、2023年に岸田文雄政権が発足すると、日米首脳会談の場で統合作戦司令部の発足に向けた米国の支持が明らかにされました。つまり、長年にわたる自民党内部の検討と議論を経て、ついに岸田政権下で具体化への大きな一歩を踏み出したのです。

これに関して、日本の統合作戦司令部は平時は自衛隊の指揮下にありますが、有事には米軍との緊密な連携の下に置かれ、場合によっては日米共同の作戦統制が行われる、すなわち有事には米軍司令部の下に置かれる可能性も指摘されています。無論、安倍元首相はそのようなことは目指していませんでした。

実際韓国は、そのような状況になっています。韓国軍の最高指揮権は韓国大統領にあり、平時・有事を通じて大統領が韓国軍を指揮しています。韓国軍は独自の軍司令部を持ち、韓国大統領の指揮下にあります。

韓国軍

ただし、有事の際は、韓国軍の戦時作戦統制権が韓米連合司令部に移譲され、連合軍司令官(米軍4星将軍)が韓国軍を指揮することになります。

つまり、平時の韓国軍は大統領の指揮下にあるが、有事には作戦統制権が米軍に移る体制になっています。

バイデン政権は、岸田政権が発足して以来、統合作戦司令部の発足を支持しているのですが、その位置づけに関して、有事には米国の指揮下に入るように圧力をかけてくるかもしれません。その背景には、有事の際に日本の自衛隊と米軍との指揮命令系統を明確化し、より緊密な協力体制を構築したいという米国の意図があると考えられます。

具体的には、有事の際の統合作戦司令部の位置づけについて、次のような圧力をかける可能性が指摘されています。
  • 統合作戦司令部を米軍の指揮下に置くよう求めること
  • 少なくとも作戦統制権の一部を米軍に移管するよう要求すること
  • 日米の指揮系統の一元化を強く主張すること
これらは、有事における日米の迅速な軍事対応力を高める狙いがあると考えられます。

ただし、有事においては自衛隊の指揮権を日本政府が維持するというのは独立国家として、当然のことであり、有事の際の指揮権をめぐって日本政府と米国政府の間で調整が必要になると見られます。


今後の日米首脳会談などの場で、この点をめぐる激しい協議が行われる可能性が高いと考えられます。

岸田首相は、なし崩し的に、有事の指揮権を米国に譲るようなことがあれば、国民の反発を招くことになるでしょう。こうした圧力をはねのけて、独立国家としての意地をみせていただきたいものです。

一方、AUKUSに関しては、昨日このブログで指摘した通り、協力強化を見据えた上で、日本やその同盟国の安全保障に危険を及ぼす可能性のある人物や組織の排除は正当化されるべきであり、そのための法制度の整備が重要です。岸田首相はこの方向に舵をきるべきです。

さらに、ウクライナ情勢をめぐり、バイデン政権は日本に対して様々な要請を行う可能性があります。

まず、対ロシア制裁への更なる参加要請が考えられます。日本はすでにロシアに対する制裁措置を講じていますが、バイデン政権はさらなる制裁強化を求めてくる可能性があります。

日本はこれまでにウクライナに対する軍事支援は行っておらず、バイデン政権はより積極的な軍事支援を要請してくる可能性があります。

さらに、ウクライナの復興支援や人道支援などに対する日本の経済的な協力を求めてくる可能性もあります。

ウクライナ支援に関して、許容できる範囲なら良いですが、法外な要求に応じてしまえば、国民の反発は必至です。

バイデン大統領夫妻との夕食会に向かう車中での岸田・バイデンの様子

特に注目されるのは、日米統合作戦司令部の発足を支持する中で、ウクライナ情勢への対応で日本の協力を引き出したいというのがバイデン政権の意図と考えられることです。

日米同盟の強化とウクライナ情勢への対応は、バイデン政権にとって重要な政策課題であり、これらを関連づけて日本に要請してくる可能性が高いといえます。

岸田首相にとって、今回の国賓待遇での米国訪問がが総裁選に向けた重要なチャンスとなる可能性もありますが、政治的リスクも大きいといえます。上手く乗り越えられれば有利な展開につながる可能性もありますが、失敗すれば総裁選を待たず辞任にまで追い込まれかねないです。慎重な外交的立ち振る舞いと、国内世論への配慮が重要になってくるでしょう。

【関連記事】

米英豪「AUKUS」、日本との協力を検討 先端防衛技術で―【私の論評】日本の情報管理体制改革がAUKUS参加と安全保障の鍵となる

次期戦闘機の第三国輸出解禁が必要な理由 議論が深まるAUKUSのあり方、日本も取り残されるな―【私の論評】日本の選択―武器輸出解禁で防衛力強化、TPPをWTOルールとし国際ルールをリードせよ

オーストラリア海軍要員、英の最新鋭原潜で訓練へ AUKUSで関係深化―【私の論評】豪州は、AUKUSをはじめ国際的枠組みは思惑の異なる国々の集まりであり、必ず離散集合する運命にあることを認識すべき(゚д゚)!

AUKUSで検討されている新戦略―【私の論評】AUKUS内で豪が、2040年最初の原潜ができるまでの間、何をすべきかという議論は、あってしかるべき(゚д゚)!

ウクライナ戦争下でもNATOが意識する中国の動き―【私の論評】将来は、日本等がAUKUSに加入し拡大版AUKUSを結成し、NATOと連携し世界規模の集団安全保障体制を構築すべき(゚д゚)!

2024年4月9日火曜日

米英豪「AUKUS」、日本との協力を検討 先端防衛技術で―【私の論評】日本の情報管理体制改革がAUKUS参加と安全保障の鍵となる

 米英豪「AUKUS」、日本との協力を検討 先端防衛技術で

まとめ

  • 米国、英国、オーストラリアの3か国がAUKUSの枠組みの下、日本との先端防衛技術分野での協力を検討している
  • 日本はサイバーセキュリティや秘密保持の課題を抱えており、協力を進める上で一定の障壁がある
  • AUKUS は原子力潜水艦の配備に加え、量子computing、AI、サイバー分野などでの協力を日本と検討しているが、具体的な内容は未定


 米国、英国、オーストラリアの3か国は、日本と先端防衛技術分野で協力することを検討している。これは、これら3か国が設立した「AUKUS(オーカス)」と呼ばれる安全保障の枠組みの一環である。

 岸田首相がワシントンでバイデン大統領と会談する際に、この件が取り上げられる見込みだ。3か国は、日本の強みと各国との緊密な2国間防衛パートナーシップを認識しており、先進技術の共有に向けて日本と協力したいと表明している。

 ただし、日本はサイバー防衛強化や秘密保持の必要性から、協力には課題が残されているという指摘もある。

 AUKUS は第1の柱として原子力潜水艦の配備を進めているが、日本はその参加は検討していない。代わりに、量子コンピューティング、AI、サイバー技術などの分野での協力を検討している。

 AUKUS はこの第2の柱に他国の参加を望んでいるが、情報保護などの課題もある。一方、日本政府は具体的な協力内容は今のところ決まっていないと述べている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】日本の情報管理体制改革がAUKUS参加と安全保障の鍵となる

まとめ
  • AUKUS との協力推進に向けた特定秘密保護法や セキュリティクリアランス制度の改善が喫緊の課題
  • 国家安全保障に危険を及ぼす可能性のある人物・ 組織の排除が可能となるよう、法的手続きを整備すべき
  • 政治的対立ではなく、国家の安全保障を最優先 する必要があり、これを正当化し裏付ける法律の制定強化が必要
  • 岸田首相はAUKUSとの協力強化に向け、 情報管理体制の抜本的な強化に着手する可能性
  • 日本や同盟国の安全保障に危険な親中派・ 媚中派の排除は正当化されなければならない
日本がAUKUSとの防衛技術協力を進める上での課題は、以下のようなものがあります。

まず、特定秘密保護法の整備について、2014年の法制定以降、一定の改善がなされてきました。秘密指定の基準明確化や罰則強化など、法的な基盤は整備されつつあります。ただし、AUKUS での協力では、より機密性の高い情報を共有する必要があり、現行法でも十分とは言えません。法制度のさらなる拡充が求められています。

次に、セキュリティクリアランス制度については、公務員や防衛産業関係者を対象とした制度が2016年に拡充されましたが、課題も残されています。まず、審査内容についてはハニートラップなどのスパイ工作への対応が十分ではありません。

また、対象者の範囲も公務員や防衛産業に限定されており、AUKUS での協力に必要な大学研究者やベンチャー企業関係者などまでは広がっていません。制度の拡充が求められています。

さらに、近年の政府の情報管理体制の脆弱性も大きな問題です。内閣府のタスクフォース報告書への中国企業ロゴ混入や、防衛省の調達情報流出など、機密情報の管理に深刻な課題があることが明らかになっています。法制度の形式的な整備だけでなく、実効性のある運用体制の構築が喫緊の課題です。

内閣府のタスクフォース報告書に入っていた中国企業ロゴの透かし

加えて、スパイ対策の法制度も整備されていません。機密情報の窃取やスパイ活動への加担に対する罰則規定の整備が求められています。

以上のように、特定秘密保護法の拡充、セキュリティクリアランス制度の強化、政府の情報管理体制の抜本的な改善、そしてスパイ防止法の整備など、日本にはAUKUSとの本格的な技術協力を進めるための総合的なセキュリティ体制の構築が喫緊の課題なのです。これらに取り組まなければ、信頼できる協力関係を築くことは難しいと指摘されています。

日本の情報管理体制が脆弱であれば、機密情報の流出リスクが高まります。そうなれば、AUKUS 参加国は日本との技術協力に慎重にならざるを得なくなります。

同様に、日本がファイブアイズ情報共有体制に参加できなくなる可能性もあります。ファイブアイズは極秘情報の共有が前提であり、日本の情報管理能力が信頼されなければ、参加国から排除される恐れがあります。

さらに広く見れば、日本の安全保障上の地位そのものが脅かされかねません。先進国の情報共有ネットワークから締め出されれば、戦略情報の収集や分析、さらには危機対応能力までが大幅に制約されることになります。その結果、日本の安全保障環境が大きく悪化し、地域における存在感も失われかねません。

つまり、日本が情報管理の抜本的な強化に取り組まなければ、AUKUS をはじめとする各国との協力関係が損なわれ、ファイブアイズからの排除も危惧されます。これは日本の安全保障と地位に深刻な打撃を与える可能性があるのです。

Five Eyes

岸田首相がワシントンでバイデン大統領と会談する際に、この問題が取り上げられることは、日本政府にとって重要な機会となります。AUKUS への参加や、より広範な安全保障協力を進めるためには、日本の情報管理体制の改善が必要不可欠であることを、両首脳が共有できるからです。

そのため、岸田首相は会談の場で、日本のセキュリティ強化に向けた具体的な取り組みを表明する可能性が高いと考えられます。特に、前述の課題に対する対応策を示し、早期の法制度整備や運用体制の構築に言及するなど、AUKUS との協力強化に向けた決意を示すことが期待されています。

日本政府にとって、AUKUS との連携は重要な安全保障上の課題です。岸田首相は、この首脳会談を、日本の情報管理体制を抜本的に強化する好機と捉え、積極的に行動すべきです。

まず、AUKUS との防衛技術協力の推進に向けて、特定秘密保護法やセキュリティクリアランス制度の改善が喫緊の課題です。これらの法制度を強化することで、機密情報の適切な管理体制を構築できるようになります。


その上で、これらの制度に基づいて、国家の安全保障に危険を及ぼす可能性のある人物やグループを排除することが可能になります。例えば、中国寄りの政治姿勢を示す議員や、中国企業との癒着が疑われる官僚などが、適切な審査によって排除の対象となり得るでしょう。危険な民間企業や、教育機関、その人物も対象となり得るでしょう。

法的な手続きと適正な理由に基づいて人事面での対応を行うことは、日本の国益を護る上で正当化されるべきだと考えます。単なる政治的対立ではなく、国家の安全保障を何よりも優先する必要があるのです。

岸田首相は人事を非常に重要視しています。特に、政府の政策課題や国民生活に関わる重要な判断を行う際に、即戦力となる人材を選ぶことを重視していると述べています。これは、国政推進において調整力、実行力、そして答弁力を備えた人材が必要だという考えに基づいています。

また、自由民主党の役員人事に関しても、国民の信頼回復に向けて努力する姿勢を示しており、特定の派閥や政策集団に属さず、中立的な立場で党改革を進める意向を表明しています。

AUKUS との協力強化を見据えた上で、日本やその同盟国の安全保障に危険を及ぼす可能性のある人物や組織の排除は正当化されるべきであり、そのための法制度の整備が重要です。岸田首相はこの方向に舵をきるべきです。

【関連記事】

次期戦闘機の第三国輸出解禁が必要な理由 議論が深まるAUKUSのあり方、日本も取り残されるな―【私の論評】日本の選択―武器輸出解禁で防衛力強化、TPPをWTOルールとし国際ルールをリードせよ

オーストラリア海軍要員、英の最新鋭原潜で訓練へ AUKUSで関係深化―【私の論評】豪州は、AUKUSをはじめ国際的枠組みは思惑の異なる国々の集まりであり、必ず離散集合する運命にあることを認識すべき(゚д゚)!

AUKUSで検討されている新戦略―【私の論評】AUKUS内で豪が、2040年最初の原潜ができるまでの間、何をすべきかという議論は、あってしかるべき(゚д゚)!

ウクライナ戦争下でもNATOが意識する中国の動き―【私の論評】将来は、日本等がAUKUSに加入し拡大版AUKUSを結成し、NATOと連携し世界規模の集団安全保障体制を構築すべき(゚д゚)!

米中対立の最前線たる南太平洋 日米豪仏の連携を―【私の論評】米中対立の最前線は、すでに台湾から南太平洋に移った(゚д゚)!

2024年4月8日月曜日

【中国VSブラジルの貿易論争】経済悪化の中国が世界に及ぼす影響とは?―【私の論評】デフレ圧力と貯蓄率からみる中国の世界経済への影響、長期では吉、中短期で凶か

【中国VSブラジルの貿易論争】経済悪化の中国が世界に及ぼす影響とは?

岡崎研究所

まとめ
  • ブラジル政府は、国内産業界からの要請を受け、中国製品のダンピング疑惑について、鉄鋼、化学品、タイヤなど10件以上の調査を開始した。
  • 中国は不動産セクターの減速と内需低迷による生産過剰に悩み、安価な製品を大量に輸出しているため、各国が対抗措置を取り始めている。
  • ブラジルにとって中国は最大の貿易相手国であり、中国からの輸入増加は国内産業保護の観点から課題となっているが、中国は大量の原料を輸入しており、両国の経済関係は密接不可分である。
  • ブラジルはG20議長国であり、来年にはBRICS首脳会議とCOP30が開催される予定で、中国との関係強化を重視するルーラ政権にとって、この反ダンピング問題は大きな課題となっている。
  • 一方で、中国のブラジル向け直接投資は低下傾向にあり、外国投資家にとってブラジルが魅力的な選択肢になりつつある。日本からの首相訪問も検討されており、日本とブラジルの関係強化が期待されている。
ブラジル・ルーラ大統領

 ブラジルは、中国製品に対する反ダンピング調査を開始した。ブラジル産業省は、国内の産業界からの要請を受け、鉄鋼、化学品、タイヤなど10件以上の分野で、中国製品のダンピング疑惑について調査を開始した。この措置は、世界第2位の経済大国である中国が直面する経済的課題を背景としたものだと位置付けられている。

 具体的には、中国の不動産セクター減速と内需低迷により生産過剰に悩んでいる状況の中、中国企業が安価な製品を大量に輸出することで、各国の国内産業に悪影響を及ぼしていることが指摘されている。このため、ブラジルをはじめとする各国が対抗措置を取り始めているのが現状だ。

 ブラジルにとって中国は最大の貿易相手国となっており、中国からの輸入増加が国内産業の保護という観点から大きな課題となっている。一方で、中国は大豆や鉄鉱石など、ブラジルからの原料輸入を大量に行っており、両国の経済関係は密接不可分である。そのため、ブラジル政府は、中国との良好な関係を維持しつつ、国内産業の保護を図るジレンマに直面している。

 特に、今年G20議長国を務めるブラジルでは、来年にBRICS首脳会議とCOP30の開催が予定されており、中国との関係強化を重視するルーラ政権にとって、この反ダンピング問題は大きな懸案事項となっている。一方で、中国のブラジル向け直接投資は低下傾向にあり、ブラジルが外国投資家にとって魅力的な選択肢になりつつあるとの指摘もある。

 こうした中、安倍首相以来10年ぶりの現役総理のブラジル訪問が検討されている。中国に対抗する経済的絆の強化や、安全保障分野での協力強化など、日本とブラジルの関係強化が期待されている。ブラジルは中国との関係と国内産業保護の狭間で、難しい舵取りを迫られている状況にある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧ください。

【私の論評】デフレ圧力と貯蓄率からみる中国の世界経済への影響、長期では吉、中短期で凶か

まとめ
  • コロナ禍以降、世界的な高インフレに苦しんでいた先進国経済にとって、中国からの低価格の輸入品増加は一時的にはデフレ圧力によるインフレの緩和として歓迎された
  • 特に、米国では40年ぶりの高インフレに見舞われ、中国からの安価な輸入品流入は米国消費者物価の上昇を抑制し、一定の歓迎ムードがあった
  • 中国の景気減速が先進国のインフレ対策に追い風を与え、世界のマクロ経済の状況を変える可能性がある
  • 中国の貯蓄率低下の傾向が続くと見られ、長期需要不足の状況が解消される可能性がある一方、短期・中期においては自国産業の空洞化や競争力低下の懸念がある
  • 中国の経済運営と各国の政策対応が世界経済の調和的な成長に重要であり、中国のダンピング等に対する適切な対応が必要である。
コロナ禍以降、世界的な高インフレに苦しんでいた先進国経済にとって、中国からの低価格の輸入品増加は一時的にはデフレ圧力によるインフレの緩和として歓迎される側面がありました。

特に、米国では40年ぶりの高インフレに見舞われ、連邦準備制度(FRB)が金利引き上げに踏み切るなど、物価高抑制に苦慮していました。そうした中で、中国からの安価な輸入品流入は、米国消費者物価の上昇を抑制する効果があり、一定の歓迎ムードがあったと指摘できます。これについては、このブログでも解説したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
中国の景気減速が米FRBのインフレ対策の追い風に―【私の論評】中国長期経済停滞で、世界の「長期需要不足」は終焉?米FRBのインフレ対策の追い風はその前兆か(゚д゚)!
FRBジェローム・パウエル議長

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事より一部を引用します。
1990年代末から顕在化し始めた中国に代表される新興諸国の貯蓄過剰が、世界全体のマクロ・バランスを大きく変えました。

各国経済のマクロ・バランスにおける「貯蓄過剰」とは、国内需要に対する供給の過剰を意味します。実際、中国などにおいてはこれまで、生産や所得の高い伸びに国内需要の伸びが追いつかないために、結果としてより多くの貯蓄が経常収支黒字となって海外に流出してきました。

このように、供給側の制約が世界的にますます緩くなってくれば、世界需要がよほど急速に拡大しない限り、供給の天井には達しません。供給制約の現れとしての高インフレや高金利が近年の先進諸国ではほとんど生じなくなったのは、そのためです。

 一部省略

中国の経済の停滞が続けば、「長期需要不足」の時代は終わるのではないでしょうか。そうなれば、今後は、財政拡張や金融緩和を相当大胆に行えば、従来のように、景気加熱やインフレが起きやすくなることを意味します。 
中国経済の減速は、世界の各国のマクロ経済の状況が一昔前に戻ることを意味するかもしれません。そうなれば、「長期需要不足」、「長期停滞」は過去のものとなり、多くの国々で、経済政策が実施しやすくなるかもしれません。米国での中国の景気減速が米FRBのインフレ対策の追い風となっている事実は、その魁なのかもしれません。 
現在まで、世界の各国のマクロ経済状況は、緊縮財政を行えば、経済が後退する一方で、金融緩和や積極財政をするかしないかというのが常道となりつつあったのが(これを全く認識していないのが財務省と旧タイプの日銀官僚)、一昔前のように、経済が落ち込めば、金融緩和をし、積極財政を行い、景気が加熱すれば、金融引締をし、緊縮財政をするというように、比較的簡単にコントロールできるようになるのではないでしょうか。
長期的にはこのようなことがいえるかもしれません。中国の経済低迷が続けば、過剰貯蓄もなくなる可能性が高いからです。以下に、日本、米国、EU、中国の貯蓄率推移の一覧表を掲載します。

IMF資料に基づく 主要国・地域 貯蓄率推移比較表 2015年~2022年

 日本米国EU中国
貯蓄率前年比貯蓄率前年比貯蓄率前年比貯蓄率前年比
201517.8-7.8-12.9-43.8-
201618.1+0.37.2-0.613.1+0.242.2-1.6
201718.5+0.46.8-0.413.3+0.241.7-0.5
201818.2-0.36.1-0.713.1-0.243.8+2.1
201917.9-0.36-0.112.9-0.242.2-1.6
202020.6+2.713.6+7.617.1+4.250.2+7.9
202120.1-0.510.3-3.315.4-1.746.4-3.8
202219.8-0.39.4-0.914.9-0.544.3-2.1
2015-202218.5+2.08.6+1.613.5+2.043.5+0.5

中国の貯蓄率はもともとかなり高いことがわかります。ただ、最近の経済の低迷で貯蓄の取り崩しが始まっているものとみられ、その傾向は2016年あたりから続いていますが、2020年はコロナ禍の影響で、貯蓄率が高まったものとみられます。

中国の貯蓄率低下の傾向はさらに続くと見られますので、 世界の「長期需要不足」「長期停滞」の状況はいずれ解消される可能性があります。

しかし、ブラジルの事例が示すように、中国からの低価格輸出が継続すると、ブラジルの産業保護の観点から問題が生じてきます。つまり、一時的な物価抑制効果はあるものの、中期的には自国産業の空洞化や競争力低下を招く恐れがあるのです。

ブラジルは、鉄鋼や化学品、タイヤなどの分野で中国製品のダンピングが懸念されており、国内産業保護の観点から反ダンピング調査に乗り出しました。これは、安価な中国製品の輸入増加が、ブラジル経済に悪影響を及ぼし始めているという前兆だと捉えることができます。

先進国各国も、同様の事態に直面する可能性があります。一時的な物価抑制効果はあるものの、中期的には、中国の生産過剰と低価格輸出が、自国経済の健全な発展を阻害する要因になりかねないのです。

中国が、自国の経済の低迷を回復するため、過去もそうであったように、さらに大量の在庫をかかえている製品を低価格で輸出したり、それだけにとどまらずさらに低価格の製品を大量に製造して世界中に低価格で売るようになった場合世界はどうなるでしょう。

その場合、世界経済全体の健全な成長を阻害し、様々な問題を引き起こすことが危惧されます。各国が適切な政策対応を取らない限り、大きな混乱を招く可能性が高いと言えるでしょう。

結局のところ、世界経済の調和的な成長のためには、中国経済の適切な運営と、各国の適切な政策対応が重要となってくると考えられます。中国の生産能力管理と、各国の産業保護と自由貿易のバランスを取ることが課題になると言えるでしょう。

経済運営には疎いと言われる習近平

中国共産党政府が、ダンピング等をやめない場合は、関税引き上げ措置にとどまらず、一時的にデカップリングやデリスキリングなどの措置も、やむを得ない場合も生じてくるかもしれません。日本としても、中国の動向をみつつ、対中政策を考えていく必要があります。

特に、安易な金融引締や、緊縮財政などは中国や韓国等を利するだけになります。過去の日本は、過度の金融引締、緊縮で極度のデフレに陥り、超円高となり、たとえば日本で部品を組み立て製品に輸出するよりも、中国・韓国等で組み立てたほうが低価格という異常な状況を生み出しました。

その結果おおいに中国や韓国を助け、日本の国際競争力は低下し、国内では産業の空洞化をもたらし、中韓にぬるま湯に浸かったかのような経済状況をもたらしたことを忘れるべきではありません。

【関連記事】

中国のデフレを西側諸国が歓迎する理由―【私の論評】来年は中国のデフレと資源・エネルギー価格の低下で、日本に再びデフレ圧力が!


まだ新型肺炎の真実を隠す中国、このままでは14億人の貧困層を抱える大きいだけの国になる=鈴木傾城―【私の論評】中進国の罠にはまり込んだ中国は、図体が大きなだけの凡庸な独裁国家になるが依然獰猛(゚д゚)!

中国、崩壊への警戒感高まる…共産党独裁体制が“寿命”、米国を敵に回し経済停滞が鮮明―【私の論表】中国崩壊で、世界経済は良くなる可能性のほうが高い(゚д゚)!

2024年4月7日日曜日

実は日本以上に深刻 中国で「少子化」が著しく進むワケ 5年で700万人以上減―【私の論評】中国の少子化対策の失敗が、日本の安全保障を根底から揺るがしかねない

 実は日本以上に深刻 中国で「少子化」が著しく進むワケ 5年で700万人以上減

まとめ

  • 中国の人口が減少傾向にあり、合計特殊出生率も低下して日本を下回る水準となっている。
  • 一人っ子政策の影響で、男女比の著しいアンバランスが生まれ、「結婚できない男性」の増加と高額な結納金が若者の結婚意欲を減退させている。
  • 子供の教育費用が家計を圧迫しており、多くの家庭で2人目の子供を持つのが困難になっている。
  • 有名大学卒業でも就職が必ずしも保証されないなど、厳しい就職環境が若者の不安感を高めている。
  • 過酷な競争に疲弊した若者の間で、「寝そべり族」と呼ばれる社会からの離脱者が増えている。

 中国は長年にわたり世界最大の人口国であったが、近年深刻な少子化問題に直面している。2023年末時点の中国人口は前年より208万人減少し、14億967万人となった。合計特殊出生率も1.09と、日本を下回る水準まで低下している。

 この背景には、様々な要因が存在する。まず、1980年に導入された「一人っ 子政策」の影響で、中国社会に根強く残る「重男軽女」の意識から、男女比の著しいアンバランスが生まれた。一人っ子政策導入前は男女比がほぼ同数だったが、徐々に男子の数が増えていき、2023年末時点で男性が女性より3097万人も多くなっている。この男女比の偏りにより、「結婚できない男性」が急増し、結納金の額が高騰する事態を招いている。高額な結婚費用が若者の結婚や出産への意欲を減退させる大きな要因となっているのだ。

 さらに、子供の教育費負担も深刻な問題となっている。良い大学に入ることが将来を左右する中、多くの家庭で給料の3分の1近くが子供の学費に費やされている。子育ての経済的圧迫感から、多くの人が2人目の子供を持つことを断念せざるを得なくなっているのが実情である。

 加えて、有名大学卒業でも就職が必ずしも保証されないという「大学卒業=失業」の実態も、若者の不安感を増大させている。新型コロナ禍による経済減速も重なり、旅行業や飲食業など、かつて学生に人気だった業界が軒並み悪化。優秀な若者の多くが、過酷な競争に疲れ果て、結婚や就職を諦める「寝そべり族」として社会から離脱する事態も発生している。

 こうした課題に直面する中、中国政府は出産促進策の検討を進めているものの、根深い社会構造の問題への抜本的な対策が急務とされている。人口減少が続けば、経済悪化にもつながりかねない深刻な事態に陥る恐れがあり、早急な対応が求められている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧ください。

【私の論評】中国の少子化対策の失敗が、日本の安全保障を根底から揺るがしかねない

まとめ
  • 中国は少子化対策をしているが、その効果は期待はできず、中国から日米なとへの、移民が増えている。
  • 中国政府は「国家安全」を名目に、海外在住の自国民に対する恣意的な監視と統制を強化している。
  • この中国の法制度の影響により、中国人移民の増加は日本の国家安全保障を根底から脅かすリスクがある。
  • 中国政府による日本への経済的・情報的な浸透を防ぐためにも、中国人移民の受け入れを大幅に制限する必要がある。
  • また、重要インフラへの中国企業の参入を厳しく規制することも、緊急の課題となっている。
中国の特殊出生率が、日本を下回ったことを示す中国のグラフ

中国の少子化対策は成功しそうにありません。中国政府は少子化対策を実行しています。具体的な施策としては以下のようなものがあります。

まず、2015年に「一人っ子政策」を廃止し、子どもを2人まで認める政策を打ち出しました。さらに2021年には3人までの子どもを認める政策を導入しました。この産児制限の緩和は、第2子の出生数を一時的に増加させる効果がありましたが、長期的には出生率の低下に歯止めがかからない状況が続いています。

また、多子世帯に対する補助金給付の施策も講じられています。例えば四川省攀枝花市では、3歳までの子ども1人につき月500元の保育補助金を給付しており、これにより出生数が増加したと報告されています。住宅購入に対する補助金の給付も行われており、浙江省嘉興市では子どもの数に応じて補助金を支給しています。

さらに、女性の地位向上に関する政府の計画の中には、「人工中絶の減少」という記述が盛り込まれています。これは、少子化対策の一環として、出産を奨励し、人口のバランスを取るための取り組みだと位置付けられています。

中国の少子化問題は依然として厳しい現状にありますが、政府はこのように様々な施策を試行しています。ただし、補助金給付などの施策の効果は限定的であり、少子化の構造的な課題への包括的な対応が不可欠であるにもかかわらず、中国政府の少子化対策は出産制限の撤廃と、補助金給付等にとどまっているのが現状だからです。根深い社会問題への抜本的な施策がなければ、少子化の進行を食い止めるのは極めて困難です。

さらに、このブログでも何度か述べているように、フランスや北欧諸国のように中国などから比較すれば、手厚い子育て支援をしている国々ですから、少子化を免れない状況をみると、中国の施策が成功する見込みはほとんどないと言って良いでしょう。

この状況は、中国から外国への移民が増える原因となり続けるでしょう。

例えば、米国移民局のデータによると、2021年度の永住権(グリーンカード)取得者のうち、中国人は約18.5%を占めています。これは前年度から約6%増加しており、大幅な増加となっています。

また、一時滞在ビザ(非移民ビザ)の発行数でも、中国人が年々増加しています。2021年は約40万件と、2019年(約60万件)の水準には及びませんでしたが、新型コロナの影響で一時的に減少した後、再び増加傾向にあります。

この背景には、先ほど述べた教育の機会、経済的な安定、自由度の高さなど、米国が中国人にとって魅力的な移民先と映っているためと考えられます。

特に、中国の少子高齢化問題の深刻化や、都市部での生活コストの高騰など、中国国内の状況悪化が、米国移民への志向を高める要因にもなっているようです。

メキシコから米国目指す中国人移民

同じような理由から、日本への移民も増えています。

日本の出入国在留管理庁の統計によると、2021年末時点での中国人長期在留者数は約43.3万人と、10年前の約2倍に増加しています。

また、日本政府も高度外国人材の受け入れ促進に力を入れており、こうした施策も中国人の日本移民を後押ししているとみられます。

中国人の海外移民が増加することについては、中国政府にとって一定の危機感があると考えられます。それは、中国人による国外での反政府活動です。その危機感を反映しているのが、中国特有の法制度です。

まず、「国家安全法」では、「国家の分裂を企図する行為」や「テロ行動」など、非常に曖昧な定義の下で、海外在住の中国人に対する取り締まりの根拠となっています。海外で偶然にも政府の目に触れるような発言や行動をすれば、国内に残る家族への圧力や処罰の対象にもなりかねません。

加えて、「香港国家安全法」では、香港在住者だけでなく海外在住者も、「国家分裂」「テロ」「外国勢力の扇動」などの罪に問われる可能性があります。香港出身者や関係者にとって、海外でも安全が脅かされる状況が生まれています。

さらに、中国にはデータ3法とも呼ばれる「個人情報保護法」「サイバーセキュリティ法」や「データセキュリティ法」といった、情報管理に関する包括的な法制度も整備されています。これらにより、中国国外の中国人が、オンラインでの表現活動などを通じて、政府の監視下に置かれる危険性も高まっています。

「個人情報保護法」は2021年に施行された新しい法律ですが、その主な特徴は以下の通りです。
  • 個人の同意なく個人情報を収集・利用することを原則禁止
  • 個人情報の域外提供に際しては、国家安全や公共利益への影響を評価
  • 個人情報の処理者には厳格な保護義務を課し、違反時には罰則を科す
この法律は、一見多くの国々のそれと同じようにみえますが、大きな違いは、中国国外に移住した中国人の個人情報についても適用され、中国政府の管轄下に置かれるのです。

海外在住の中国人が、政府の目に触れるような活動をした場合、この「個人情報保護法」に基づいて、個人情報の不正利用などの罪で摘発される可能性も否定できません。

このように、中国政府は「国家安全」を名目に、「個人情報保護法」も活用しながら、海外在住の自国民に対する監視と統制を強めようとしているのが実情です。

このように、中国の法制度は極めて恣意的な運用がなされており、個人の自由や権利を脅かす要因となっています。

このような状況下で、中国人移民が日米などの自由主義社会に急増すれば、受け入れ国の安全保障や社会秩序に悪影響を及ぼす可能性があります。中国の少子化はまさに他人事ではないのです。

日本への移民をすすめる中国のポスター

中国政府は、自国民の海外移住を危険視しており、彼らに対する監視と統制を緩めることはありません。そのため、中国人移民の増加は、必然的に受け入れ国と中国政府との対立を呼び起こすリスクを孕んでいると言えるでしょう。

つまり、中国特有の法制度の影響を考慮すれば、中国人移民の増加は、単なる個人の選択の問題を超えて、受け入れ国全体の安全保障上の重要な課題につながっていくのです。

中国の異常な監視と統制を考慮すれば、日本は中国人移民の受け入れを大幅に制限すべきです。既に日本に居住する中国人についても、安全保障上のリスクが高いと判断せざるを得ません。

具体的には、日本政府は中国人移民の受け入れ停止や、在留資格の厳格な審査強化などを検討する必要があります。また、日本在住の中国人に対する監視と情報収集の体制を強化し、中国政府の影響力を遮断する対策が求められます。

加えて、中国への外交的な圧力と働きかけを更に強化し、人権尊重と法の支配の実現を強く求めていくべきです。中国政府が法制度改革に応じない限り、日本は中国人移民の受け入れを極力抑制せざるを得ません。

加えて、中国政府による日本への浸透を防ぐために、エネルギーを含む重要インフラ分野での中国企業の参入を厳しく規制すべきです。先般明らかになった、内閣府エネルギー関連タスクフォースへの中国企業の入り込みは、まさに日本の情報セキュリティを脅かしかねない深刻な問題だと言えます。

移民受け入れと情報セキュリティは表裏一体の喫緊の課題なのです。日本政府は、中国の法制度改革を強く要求するとともに、移民受け入れの大幅な抑制と、重要インフラへの中国企業の参入阻止など、総合的な対策を迫られています。

これらの課題に適切に対応できなければ、日本の国家安全保障は根底から脅かされかねません。一刻も早い根本的な改善策の実行が望まれるのは、まさにこうした理由からです。

【関連記事】

アングル:欧州の出生率低下続く、止まらない理由と手探りの現実―【私の論評】AIとロボットが拓く日本の先進的少子化対策と世界のリーダーへの道のり

冗談のような「子育て支援金」 現役世代に負担を増やす矛盾 官僚機構に〝中抜き〟される恐れ…国債を財源とするのが最適だ―【私の論評】本当にすべきは「少子化対策」よりハイリターンの「教育投資」

インド、今年人口世界一に 14億人超、中国抜く―【私の論評】今更中国幻想に浸っていては、世界の構造変化から取り残される(゚д゚)!

中国、2025年までに内部崩壊する可能性も…未曾有の少子高齢化、工場と人の海外逃避―【私の論評】中国は少子化で発展できなくなるのではない!中共が体制を変えないからだ(゚д゚)!

2024年4月6日土曜日

【台湾大地震】可視化された地政学的な地位、中国は「善意」を傘に統一へ執念 SNSには「救援目的で上陸を」の声も―【私の論評】台湾:東アジアの要衝、中国覇権の鍵、日本の最重要課題を徹底解説!

 【台湾大地震】可視化された地政学的な地位、中国は「善意」を傘に統一へ執念 SNSには「救援目的で上陸を」の声も

まとめ

  • 4月の台湾東部沖大地震は、台湾の国際的地位を一層際立たせる出来事となった。深刻な被害が生じた中、世界各国の政府首脳がSNSを通じて即座に台湾への支援と連帯の意を表明する「SNS外交」が展開された。
  • 一方で、中国政府も支援の意向を示したが、台湾はこれを辞退した。中国のSNSでは地震被害を「統一のチャンス」と捉える投稿が目立ち、当局が削除対応に迫られる事態となった。
  • 震災直前には、中国の習近平主席と元台湾総統の馬英九の会談の可能性が報じられていた。これは習近平が台湾内部の情報を把握しようとしている可能性が指摘された。バイデン大統領との電話会談も注目されるなど、台湾をめぐる国際的緊張が高まっていた。
  • 過去の震災時に台湾が日本などに大きな支援を行ってきた経緯から、日本政府は台湾との良好なパートナーシップを一層深めていくことが重要だ。
  • 今回の大地震は、台湾の国際的存在感を改めて示す出来事となった。自然災害が時に外国の野心をも刺激する一方で、友好国の存在も浮かび上がらせることがある、と評された。

 4月3日に台湾東部沖を震源とする大地震が発生したことは、台湾の国際的地位を一層際立たせる出来事となった。当初マグニチュード7.2と報告されていた地震は後に7.7に修正され、台湾全土で強い揺れを感じさせた。花蓮県では震度7に近い激しい揺れが観測され、山崩れやビルの倒壊など甚大な被害が生じた。死者9名、負傷者1000人以上という深刻な状況だった。

 この大地震に対し、国際社会は台湾への支援と連帯の意を即座に表明した。日本の岸田首相をはじめ、世界各国の政府首脳がSNSを通じてお見舞いのメッセージを発信し、援助の用意があることを示した。フランス、インド、フィリピンなど、台湾に対する世界の関心の高さが如実に表れた。一方、中国からも支援の意向が示されたものの、台湾はこれを辞退した。

 中国のSNSでは、台湾の地震被害に乗じて「統一のチャンス」だと述べる投稿も見られ、当局による削除対応に至った。一方、震災直前には、中国の習近平主席と元台湾総統の馬英九の会談の可能性が報じられていた。これは習近平が台湾内部の情報を把握しようとしている可能性があり、バイデン大統領との電話会談とあわせ、台湾をめぐる国際的緊張を窺わせる出来事だった。

 今回の大地震は、台湾の国際的な存在感を改めて浮き彫りにした出来事であった。過去の震災時に台湾が日本などに大きな支援を行ってきた経緯から、日本政府は台湾との良好なパートナーシップを一層深めていくことが重要だと指摘されている。自然災害の脅威が、時に外国の野心をも刺激する側面を持つ一方で、友好国の存在も浮かび上がらせることがある。

 台湾をめぐる情勢の変化は、今回の大地震によってさらに複雑な様相を呈することになった。民進党の頼清徳新大統領の就任を控えた時期に発生したこの大地震は、中国による軍事的恫喝をさらに強める契機にもなりかねない。一方で、世界各国の台湾支援の意思表明は、台湾の国際的地位向上の契機にもなりうる。

 このように、今回の大地震は台湾をめぐる複雑な国際情勢をより鮮明に反映した出来事となった。台湾の存在感が高まる中で、各国がその変化に戸惑いつつ、新しい関係構築を模索する契機となったと評価できるだろう。特に日本にとっては、台湾との良好な絆を一層強化し、その重要性を世界に示す好機だと言えよう。

 これは、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】台湾:東アジアの要衝、中国覇権の鍵、日本の最重要課題を徹底解説!

まとめ
  • 台湾は中国大陸と日本、フィリピンなどの東アジア主要国の間に位置し、台湾海峡を管理する要衝である。中国にとっては東南沿岸部へのアクセスを牽制し、勢力圏を抑える役割を果たしてきた。台湾の独立は、中国の東アジアでの影響力相対的な抑制につながる。
  • 中国にとって台湾統一は長年の目標であり、「一つの中国」包摂は地域覇権確立に不可欠。中国は軍事的脅威で圧力をかけ続け、緊張関係は東アジアの地政学的バランスを左右する。
  • 台湾が中国支配下に置かれた場合、地政学的には中国の軍事力強化、海上輸送ルート管制、東シナ海・南シナ海の影響力拡大などが懸念される。経済面では、先進的な半導体産業や豊富な外貨準備高が中国経済に寄与し、パワーバランスを大きく変容させる可能性がある。台湾支配は東アジアの安定と繁栄に重大なリスクをもたらす。
  • 台湾の複雑な地形と周辺海域は、中国からの軍事侵攻を極めて困難にする。中国は多大な犠牲と長期化リスクを伴う侵攻作戦を躊躇せざるを得ない。
  • 中国の台湾侵攻阻止は、東アジアの安定と繁栄を守るために不可欠。日本は域内諸国と協力し、台湾の現状維持こそが日本の最大の課題である。

台湾は地理的にきわめて戦略的な位置に存在しています。台湾海峡は重要な航行ルートであり、台湾はその海峡を管理する要衝に位置します。また、台湾は中国大陸と日本、フィリピンなどの東アジアの主要国の間に位置しており、その地理的な立地から軍事的にも大きな意味を持っています。

地政学的に見て、台湾は中国の東南沿岸部へのアクセスを牽制し、中国の勢力圏を抑え込む役割を果たしてきました。台湾の独立性が維持されることで、中国の東アジアでの影響力が相対的に抑えられるのです。

一方で、中国にとっても台湾の統一は長年の目標であり、台湾の "一つの中国" 包摂は中国の地域覇権を確立する上で不可欠とされています。そのため、中国は軍事的脅威を用いて台湾に圧力をかけ続けてきたのが現状です。

この台湾をめぐる緊張関係は、東アジアの地政学的バランスを左右する重要な要因となっています。台湾の現状維持が、地域の安定に不可欠だと指摘されるのはそのためです。

今回の大地震は、まさにこうした台湾の地政学的位置づけを国際社会に再認識させる契機となりました。各国が台湾の存在感を強く意識し、支援の意を表明したのは、台湾の重要性を物語っているといえるでしょう。

台湾の山脈 阿里山山脈黒矢印は新高山の位置

さらに、これは今回の地震により可視化されるかどうかはわかりませんが、台湾の地理的特性から、台湾への軍事的侵攻は極めて困難であることを指摘しておきます。

まず、台湾は中国大陸から台湾海峡を挟んで隔てられているため、侵攻のための兵力の海上輸送が大きな障壁となります。狭い台湾海峡を渡る輸送部隊は長時間にわたる脆弱な状態に置かれることになります。

さらに、台湾の西側海域は比較的浅いのに対し、東側の海域は急激に深くなっています。この地形的特性も上陸作戦を大幅に困難にします。西側からの上陸は浅瀬が広がるため容易ですが、東側の急深な海域は上陸を著しく阻害します。また、西側の浅い海域では、潜水艦の発見が容易になり、潜水艦による上陸部隊の支援も困難になります。

加えて、台湾本島には東部を中心に急峻な山岳地帯が広がっています。最高峰の玉山は3,952mの高さを誇り、日本の富士山(3,776m)を大きく上回る標高を持っています。この中央山脈は侵攻部隊の進軍を大きく阻害する地形条件です。上陸した後の内陸部への機動も極めて困難になります。加えて、兵站を困難しています。

一方、台湾の西側海岸線は複雑な形状をしており、多数の河川が流れ込むことで上陸地点が限定されます。河川沿いの低地は防衛に有利な地形が広がっています。

さらに、台湾全土に複雑な地形が広がっているため、侵攻軍の機動性が大きく損なわれます。山岳地帯や河川沿いの低地、密集した都市部の通過は極端に遅くなるでしょう。

このように、台湾の地理的特性は台湾防衛に極めて有利に作用します。

したがって、台湾への軍事的侵攻は、多大な犠牲と長期化するリスクを伴う極めて困難な作戦と評価できます。地理的条件から見て、台湾の防御力は高く、侵攻を阻止できる可能性が高いと考えられるのです。台湾の地政学的重要性は、このような地理的要因によっても裏付けられるといえるでしょう。

中国人民解放軍

台湾は上でのべたように、中央山脈に代表される起伏の激しい地形が大部分を占めています。平坦な土地が少なく、農業に適していない地域が多いのが特徴です。

従って、中国の歴代王朝にとって、台湾は単なる辺境の島嶼にすぎず、戦略的な価値以外の関心は低かったと考えられます。むしろ、台湾の先住民族に対する支配や統治が主な関心事だったようです。

耕作に適さない台湾の地形は、中国にとって直接的な利益をもたらさない地域だったと言えます。資源の乏しさや交通の不便さなども相まって、歴代王朝は台湾にあまり関心を払ってこなかったといえます。

台湾の地政学的重要性は、近代になって初めて注目されるようになったと理解できます。

第二次世界大戦中、日本軍は台湾の防衛に力を注いでいたものの、米軍は台湾への直接上陸を敢行しなかったのは、台湾の地理的条件を考慮したためと考えられます。

台湾には大規模な日本の陸軍部隊が配備されていました。1930年代の時点で約10万人規模の台湾軍が駐留しており、彼らが台湾の防衛の中心的役割を果たしていました。

海軍も台湾の防衛に参加しており、台湾周辺の海域を警備する艦隊が常駐していました。台湾の各港湾には海軍基地が設けられ、上陸阻止のための火力支援も期待されていました。

さらに、台湾全土には警備隊やゲリラ部隊なども編制され、地域防衛の任務を担っていました。台湾住民も含めた総力戦体制が構築されていたのです。

こうした陸海空の総合的な防衛力によって、日本軍は台湾の防衛に万全を期していました。米軍が台湾への上陸作戦を企図しても、相当の犠牲を強いられるだろうと見られていたのは事実です。

ただし、沖縄戦の敗北などを経て、1945年時点での日本軍の実力は大きく低下していました。にもかかわらず、米軍は台湾への直接侵攻を断念したのは、やはり地理的条件の困難さが大きな要因だったと考えられます。

米軍は台湾への直接上陸作戦を行わず、むしろ沖縄やフィリピンなどの島嶼部の奪還に注力しました。この背景には、台湾の地理的条件が大きな要因としてあったと理解できます。

大東亜戦争時に台湾原住民により編成された日本軍の部隊、高砂義勇隊の勇姿

前述のように、台湾の複雑な地形と周辺海域の特性は、上陸作戦を極めて困難なものにします。米軍は台湾侵攻の困難さを見抜いていたと考えられ、代わりに相対的に侵攻が容易な沖縄などの島嶼部に攻勢を集中させたのだと推察されます。

第二次世界大戦中における米軍の台湾侵攻回避は、台湾の地政学的重要性を示す一つの歴史的事例だったと言えます。台湾の地理的条件が、戦略的判断に大きな影響を及ぼしていたのだと理解できます。

これだけ重要な台湾が中国の支配下に置かれた場合、いくつかの重大な影響が予想されます。

まず地政学的観点からは、台湾の掌握により、中国の軍事的地位が大きく強化されることが懸念されます。先にあげたように、台湾の地理的条件は防衛に非常に有利であり、中国がこれを支配すれば、東アジアにおける軍事的覇権を確立しやすくなります。

台湾海峡の管理権を握ることで、中国は重要な海上輸送ルートを管制できるようになります。日本やその他の東アジア諸国への圧力手段として活用できるでしょう。また、台湾の地形的特徴を活かし、中国軍の活動拠点としても機能させることが可能です。

さらに、中国の台湾の支配により、中国は東シナ海や南シナ海における影響力を一層強化することができます。台湾は中国にとって「機先を制する」ための戦略的ポジションなのです。

経済面でも、中国による台湾の支配は大きな影響を及ぼすでしょう。台湾は先進的な半導体産業などを有し、世界有数のハイテク拠点です。これが中国の手に渡れば、中国の技術力向上に大きく寄与することになります。

さらに、台湾の豊富な外貨準備高も中国の経済的優位性を高めることに役立つかもしれません。経済的な地位向上により、中国の政治的影響力も増大していくことが予想されます。

結果的に、台湾の中国支配は、東アジア地域におけるパワーバランスを大きく変容させることになるでしょう。地政学的・経済的に重要な台湾を手中に収めた中国は、域内での覇権的地位を確立できる可能性が高まります。

これに対して、日本をはじめとする域内諸国は、中国の台頭に歯止めをかける必要に迫られます。台湾の中国支配は、東アジアの安定と繁栄に重大な影響を及ぼすリスクを孕んでいると言えるのです。

中国の台湾への軍事侵攻は、上で示したように、困難を極めます。しかし、中国はありとあらゆる手段を講じて、地政学的に重要な台湾を統一しようとするでしょう。これを日本は何が何でも阻止しなければならないのです。台湾有事は、日本有事であり、台湾を守ることこそが、現在の日本の一番重要な課題なのです。

【関連記事】

半導体リスク、懸念払拭に腐心 TSMC「防災能力十分」 台湾―【私の論評】台湾の半導体産業の強みから学ぶ ウクライナ IT 産業復興の可能性


中国の台湾侵攻を阻止する4つの手段―【私の論評】海洋国家台湾の防衛は、潜水艦隊が決め手(゚д゚)!

2024年4月5日金曜日

半導体リスク、懸念払拭に腐心 TSMC「防災能力十分」 台湾―【私の論評】台湾の半導体産業の強みから学ぶ ウクライナ IT 産業復興の可能性

半導体リスク、懸念払拭に腐心 TSMC「防災能力十分」 台湾

まとめ
  • 台湾で3発生した大規模地震が、台湾の半導体製造大手TSMCにどのような影響を及ぼすか注目されている。
  • 経済安全保障の観点から、重要な半導体製造が台湾に集中していることのリスクが指摘されており、TSMCと台湾政府は対応に腐心している。
  • TSMCは地震の影響を概ね7割以上が復旧したと説明し、対応能力に自信を示したが、海外メディアは、地震多発で地政学的緊張地域にある台湾に半導体製造が集中することのリスクを指摘。
  • TSMCは世界シェアの6割を占め、台湾に生産能力の9割以上を集中させている。各国は台湾への依存低減を目指し、TSMCの海外展開を後押ししている。
  • 台湾政府関係者は、台湾への「一極集中」を疎む見方に対し、台湾の存在感を示す機会にもなっていると複雑な心境を吐露している。

地震の被害にあった台湾の書店

 台湾で3日に発生した大規模地震を受けて、世界をリードする半導体製造大手TSMCの影響が注目されている。台湾に半導体製造が集中していることのリスクが、経済安全保障の観点から以前から指摘されていたが、今回の地震を受けてさらに注目が集まることとなった。

 TSMCは地震の影響について7割以上が復旧したと説明し、対応能力に自信を見せた。しかし、海外メディアからは、地震多発で地政学的緊張の高い台湾に半導体製造が集中していることのリスクが指摘された。TSMC は世界シェアの6割を占め、台湾内に生産能力の9割以上を置いているため、各国は台湾への依存を低減するべく、TSMCの海外展開を後押ししている。

 一方、台湾政府関係者は、台湾への「一極集中」を疎む見方に対して、台湾が国際社会で存在感を示し、中国からの統一圧力に対峙できている面もあると、複雑な心境を示した。

【私の論評】台湾の半導体産業の強みから学ぶ ウクライナ IT 産業復興の可能性

まとめ

  • 台湾の半導体産業、特に世界をリードするTSMCの存在が、地震の影響を受けて注目を集めている。
  • 台湾への半導体製造の集中は、自然災害や地政学的リスクの観点から経済安全保障上の課題となっている。
  • しかし台湾政府関係者は、台湾への半導体集中を疎外する見方に対し、台湾の国際的地位確立の機会ともなっていると主張している。
  • 台湾の半導体製造能力は、台湾自身の経済的自立と繁栄に不可欠であり、同時に台湾を支持する国々の地政学的利益にも深くかかわっている。
  • 台湾の半導体産業の強靭性は、ウクライナの IT 産業復興にも参考になる可能性がある。
先日の台湾東部での大地震に遭われた方々に、心よりお悔やみ申し上げます。犠牲となられた方々のご冥福をお祈りいたします。地震の影響で被害にあわれた方々が一日も早く日常の生活を取り戻せますよう、心からお祈りしております。

さて、今回の地震は台湾の半導体産業にも大きな影響を及ぼしたようです。台湾は世界の半導体生産の中心地となっており、特に台湾積体電路製造(TSMC)の存在は極めて重要です。今回の出来事を契機に、台湾の地政学的な位置づけや、経済安全保障上の課題などについて考えてみたいと思います。

台湾国旗

経済安全保障の観点から、重要な半導体製造が台湾に集中していることのリスクは以下のようなことが考えられます。

第一に、地震や自然災害のリスクが高い台湾に半導体製造が集中していることです。今回の地震で一時的な生産停止を余儀なくされたTSMCの例が示すように、自然災害による供給途絶のリスクが高まります。

第二に、台湾をめぐる地政学的な緊張が高まっていることです。中国による台湾への圧力が高まる中で、半導体供給の寸断などが懸念されます。経済活動に不可欠な半導体の供給が滞るリスクがあります。

第三に、台湾への依存度が高すぎることで、サプライチェーンの多様化が進まないことです。特定の地域への過度の集中は、予期せぬ事態への脆弱性を高める可能性があります。

以上のように、台湾への半導体製造の集中は、自然災害や地政学的リスクの観点から、経済安全保障上の課題をはらんでいると指摘できます。

ただし、上は海外の先進国などから見た視点であり、台湾と台湾を支援する国々からの視点を考えてみると、これとは異なる見方が可能です。

台湾の半導体製造能力が台湾自身や台湾を支援する国にとって、国益につながるということがいえます。

まず、台湾にとって、半導体産業は経済の中核を成す極めて重要な産業です。TSMCをはじめとする台湾企業は世界をリードする高度な半導体技術を持ち、台湾の経済成長と国際的地位の確立に大きく貢献してきました。したがって、この半導体製造拠点を維持し続けることは、台湾の経済的自立と繁栄にとって不可欠なのです。

一方で、中国による台湾統一への圧力が高まる中、台湾の半導体製造能力は戦略的にも極めて重要な意味を持っています。台湾は中国に対抗し、独自の地位を確保する上で、この技術優位性を活かすことができるのです。

そのため、台湾の半導体製造拠点を支援し、台湾の地位を守ることは、日米をはじめとする台湾支援国にとっても重要な国益につながっています。台湾の半導体技術を掌握することで、これらの国々は中国に対する地政学的影響力を維持・強化することができるのです。


つまり、台湾の半導体製造能力の維持は、台湾自身の経済的自立と、台湾を支持する国々の地政学的利益の両方に深くかかわっているのが実情なのです。これこそが、台湾の半導体製造拠点が持つ極めて重要な国益となる理由なのです。

台湾は、TSMCをはじめとする企業の先端的な半導体技術力により、世界の半導体生産の中心的役割を担ってきました。この技術力は台湾の経済的地位の確立に不可欠であるだけでなく、自由主義陣営の技術優位性を示す象徴的な存在でもあります。

ところが、中国がこの台湾の半導体製造能力を手に入れれば、中国は強大な経済的・軍事的な優位性を得ることができます。そうなれば、現在の自由主義秩序に基づく世界経済体制が根底から揺らぐ可能性すらあります。

つまり、台湾の半導体産業を中国に渡すことは、単なる経済的な問題にとどまらず、世界の政治・安全保障秩序に関わる極めて重大な問題なのです。

したがって、台湾の半導体製造能力を自由主義陣営が確保し続けることは、世界の平和と安定を維持する上で不可欠な課題だと言えるでしょう。これこそが、台湾の半導体産業の持つ、より大きな地政学的意義なのです。

TSMCは4日夜の声明で、工場設備の復旧率はすでに80%を超え、このうち世界最先端の半導体の量産を行っている新工場では完全復旧する見通しだと明らかにしました。そうしてTSMCが迅速に立ち直れたことは、台湾半導体産業の強靭性を示す証左だと言えます。

台湾の半導体産業その中でも、世界最戦隊の半導体工場が、自然災害からの影響を短期間で乗り越えられたことは、極めて重要な意味を持っています。

第一に、これは台湾半導体産業の高い技術力と危機管理能力を示しています。台湾メーカーが自然災害への備えを十分に行い、素早い復旧を実現できたことは、台湾の産業競争力の高さを証明するものです。

第二に、この迅速な復旧は、台湾半導体産業の戦略的価値をも示すものと言えます。たとえ中国などの攻撃によりダメージを受けたとしても、台湾は短期間で生産を再開できる能力を持っているのです。これは台湾の安全保障にも直結する重要な強みといえるでしょう。

つまり、今回の地震からの復旧の早さは、台湾半導体産業の強靭性と戦略的価値を如実に示すものだと評価できます。これは台湾の存在意義を改めて示す好機となったと言えるでしょう。

そうして、こうした台湾の事例は、我が国日本にも非常に参考になると思います。

台湾のTSMCがここまで迅速に地震の影響から立ち直れたことは、日本の産業にとっても参考となる事例です。台湾の危機管理体制や、サプライチェーンの強靭性を学ぶことで、日本企業の競争力向上につなげられるかもしれません。

また、台湾の半導体産業が持つ地政学的な重要性については、日本もまた同様の戦略的意義を有していると言えます。中国の脅威に直面する日本にとっても、自国の産業基盤を守り抜くことは重要な国家的課題なのです。

したがって、台湾の経験は日本の産業政策を考える上で、大変参考になると評価できるでしょう。日台両国が協力し、半導体産業の強靭性を高めていくことが、双方にとって重要な戦略的意義を持つと言えます。

さらに、台湾のTSMCが蓄積してきた半導体の高度な製造技術は、ウクライナの復興にも参考になる可能性があると考えられます。

ウクライナ国旗

ウクライナは、ロシアによる侵攻で深刻な被害を受けていますが、復興に向けた取り組みが進められています。その中で、特に注目されるのがウクライナの IT 産業の将来的な発展です。

ウクライナは、ソ連時代から優れたエンジニアを多く輩出してきた国であり、IT 分野での高い技術力を持っています。これまでも IT 企業の進出が相次ぐなど、ウクライナはIT産業の新興拠点としても注目されてきました。この点、ウクライナは他の発展途上国とは明らかに異なります。

そこで、台湾のTSMCが培ってきた半導体の最終工程における高度な製造技術は、ウクライナにとって非常に参考になるのではないでしょうか。 ウクライナがIT等の一定の分野でこれに匹敵するような技術力を身につければ、自国の IT 産業を強化し、経済復興につなげていくことができるかもしれません。

その結果、ウクライナが経済発展し、このブログでも以前指摘したように、ウクライナの一人あたりのGDPが、韓国なみになれば、ウクライナのGDPは、開戦前のロシアのGDPと同程度になります。

もちろん、ウクライナと台湾では国情が大きく異なるため、単純に当てはめることはできません。しかし、両国が抱える課題の共通点もあり、お互いの経験を活かし合えるポテンシャルは十分にあると考えられます。

ウクライナの IT 産業の復興と発展に向けて、台湾の半導体技術が一石を投じることができるかもしれません。これは両国にとって大きな意義を持つ可能性があるといえるでしょう。また、日本にとっても大きな意義をもつことになるかもしれません。

【関連記事】

<独自>NATO首脳会議に岸田首相を招待 米政府調整、出席なら3年連続―【私の論評】岸田首相をNATO首脳会議に招待するバイデン政権の狙い:ウクライナ支援を含めた岸田政権の継続の可能性

2024年4月4日木曜日

インドがインフラ投資で経済成長加速、中国を揺さぶる―【私の論評】インド主導の新たな地政学的勢力図が浮上し、中国は孤立を深めるか

インドがインフラ投資で経済成長加速、中国を揺さぶる

まとめ
  • 国際機関は中国が目標の経済成長率を達成できない可能性があると指摘している一方、インド経済への見通しは前向きである。
  • インドの実質GDP成長率は8.4%と高く、前年から加速している。中国との成長率の開きが中国政府を動揺させている。
  • 自動車販売など他の経済指標でも、インドの成長ぶりが目覚ましい。
  • インフレ率は5%と高めだが鈍化傾向にあり、中国のデフレ問題よりはましな状況。
  • インフラ投資がインドの経済成長を後押ししており、中国がかつて経験したインフラ投資の効果を現在インドが享受している。
停滞する中国 AI生成画像

 中国の経済成長に対する懐疑的見方が広がる一方で、インド経済は飛躍的な伸びを示している。IMFや世界銀行、主要金融機関は、中国が目標とする経済成長率を達成できないと指摘している。一方のインドに対しては、中国より前向きな見通しが示されている。

 インドの実質GDP成長率は8.4%と高く、前年から加速している。中国に経済規模で追いつくにはまだ時間がかかるが、両国の成長率の差は中国政府を動揺させているに違いない。インド政府は国民に繁栄をもたらす約束を実現しているが、中国は同様の約束を果たせていない。

 他の指標でも、インドの成長ぶりが目覚ましい。自動車販売は前年比37.3%増だった。IMFはインドの2024年度成長率予想を6.5%に上方修正したが、インド政府は7.6%と見込んでいる。

 インフレ率は5%と高めだが、鈍化傾向にある。高インフレは経済不振の要因となるが、中国のデフレ問題よりはましである。

 インドの経済成長を支えているのはインフラ投資で、かつて中国が享受した開発の恩恵を現在インドが受けている。必要な道路、住宅、港湾整備への公共投資が成長と生活水準向上をもたらしている。一方で中国は、すでにそうした過程を経ているため、同様の大きな効果は望めない。

 両国の経済格差が縮まれば、中国は経済、外交、軍事面での政策を変更せざるを得なくなる可能性がある。特に太平洋進出を目指す中国にとって、台頭するインド経済は脅威となりうる存在だ。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧ください。

【私の論評】インド主導の新たな地政学的勢力図が浮上し、中国は孤立を深めるか

まとめ
  • 中国が一帯一路が行き詰まった場合、その空白部分にインドが食い込み、中国に代わる存在になる可能性が高い。
  • 債務問題で疲弊した国々に対し、インドが中国に代わる融資や経済援助の選択肢となり、それによって中国の影響力がさらに薄れる可能性がある。
  • インドの経済成長に伴い影響力が高まれば、インドが中心となり、中国を地政学的に孤立させる新たな国際秩序が生まれる可能性がある。
  • インドは中国の南シナ海進出に強い警戒心を持っており、経済力の伸長とともにインド洋からの南シナ海への存在感を増す可能性がある。
  • パキスタンなど、かつては中国に接近してきた国々が、経済的な実利を重視してインドに接近する動きが出てくるだろう。中国の伝統的な友好国・同盟国関係が崩れる可能性がある。
発展するインド AI生成画像

インドの経済発展が中国にとって地政学的な脅威となる可能性は以下の点から考えられます。

1. 影響力の拡大
経済力を背景に、インドは南アジア地域での影響力を一層高めるでしょう。これにより、中国の「一帯一路」構想への対抗勢力となりうる。特に、パキスタンなど伝統的な中国の友好国でさえインドに接近するかもしれません。
2. エネルギー安全保障を巡る対立 
経済成長に伴い、インドのエネルギー需要は増大する一方です。中東やアフリカからの海上交通路の安全確保が重要になり、この地域での中国の存在感の高まりとぶつかる可能性があります。  
3. アジア太平洋地域でのパワーバランス
経済力を梃子に、インドはアジア太平洋地域でより大きな発言力を求めるでしょう。中国の一党支配体制に対抗する民主主義勢力の中心となれば、この地域での勢力均衡を変える可能性があります。
4. グローバル・ガバナンスへの影響
国連などの国際機関や新興国グループでの発言力が高まれば、中国の主張に反するルール形成が進む恐れがあります。 特に人権などの価値観の対立が表面化しかねません。
5.軍事的対立への発展の可能性
領土・領海をめぐる対立が先鋭化すれば、国境地帯での小規模衝突が大規模化するリスクも排除できません。
このように経済力の伴わない影響力の拡大は、中国の地政学的利益と真っ向から対立する可能性があり、両国関係を大きく揺るがす要因となります。

中国が「一帯一路」構想を打ち出した背景には、国内のインフラ整備余力が小さくなってきたことが大きな要因となっています。

1990年代以降、中国は高速道路、高速鉄道、空港、港湾などのインフラ投資を大々的に行い、経済発展を支えてきました。しかし、こうした国内投資の効果が一巡し、新たなインフラ需要が限られてきたのです。

中国の高速鉄道は新規の採算路線は見込めない状況

一方で、中国の建設・機械産業は過剰な生産能力を抱えるようになり、国内需要だけでは吸収しきれない状況に陥りました。

このため、中国は2013年に「一帯一路」を発表し、余剰生産能力を海外の成長市場でインフラ輸出に振り向けることで、国内産業の空洞化を回避しようとしたと考えられています。

つまり、中国が一帯一路を推進するのは、国内インフラ整備の完了と過剰生産能力の2つの事情が背景にあり、インドのように今後インフラ需要が見込める新興国に着目したものだと言えます。

「一帯一路」は単なるインフラ輸出にとどまらず、中国の政治・経済的な影響力の海外展開の手段でもあり、そのためには中国企業や中国人労働者が主体となることが不可欠なのです。

中国は投資規模の大きさを追求する一方で、投資の質や持続可能性については十分な配慮が欠けがちだと考えられます。開発経済の理論では、自国よりも成長率の高い新興国に対する投資は、長期的には自国にも恩恵があるとされています。しかし、中国の行動はこの原則から外れているようです。短期的な政治的、経済的な利益優先で、費用対効果の観点が不足しているのが実態ではないかと思われます。

債務問題が解決できなければ、中国の影響力低下、新規投資機会の喪失、国内外からの批判と信頼の失墜といったリスクが現実化し、構想の継続自体が困難になると考えられます。債務問題への対応が構想の命運を決める最大の鍵となっているのです。

中国の一帯一路構想

しかし、現在中国自身が国内で深刻な債務問題を抱えている状況下で、一帯一路における債務国の問題の解決を主導することは極めて難しいと考えられます。

中国国内では以下のような債務問題があります。
  • 地方政府債務の膨張
  • 不動産デベロッパーの債務不払い問題
  • 企業部門の過剰債務
  • 金融機関の不良債権増加
このように、自国の債務問題で既に手いっぱいの状況にあり、財政出動の余力に乏しくなっています。

そうした中で、一帯一路の債務国に対して主体的に債務再構築や資金支援を行うことは現実的に極めて難しいでしょう。

さらに、中国自身の債務問題が一層深刻化すれば、一帯一路向けの出資・融資自体が制約を受ける可能性もあります。

中国が自国の債務問題に向き合えない状況が続けば、一帯一路の債務国支援は後手後手に回り、債務問題の解決が遅れ、ひいては構想自体の行き詰まりに直結する恐れが高まります。

一帯一路構想の失敗リスクが高まる中で、インドの経済成長は中国にとってさらなる地政学的脅威となる可能性があります。


その理由は以下の通りです。

1. 影響力の空白を埋める存在
一帯一路の行き詰まりで、中国の経済的・政治的影響力が後退する空白が生じた場合、台頭するインド経済がその空白を埋める存在となりかねません。特に、南アジアや太平洋地域での影響力の空白は大きな懸念材料です。
2. 債務国の選択肢となる
一帯一路の債務問題で疲弊した国々に対し、インドは中国に代わる融資や援助の選択肢になる可能性があります。その場合、中国の影響力が一層薄れることになります。
3. 対中包囲網のリスク
経済成長とともにインドの影響力が高まれば、中国に対する封じ込め意図を持った国々と連携するリスクが増えます。日米などと協調し、中国を地政学的に孤立させる動きにもつながります。
4. 南シナ海での対立の深刻化
インドは中国の南シナ海進出に警戒を持っており、両国の海洋をめぐる対立が深刻化する恐れがあります。
5. パキスタンの接近を阻む
パキスタンはかつて中国に接近していましたが、経済的実利を求めインドに接近するリスクもあり得ます。
このように、経済力を背景にインド主導の新たな地政学的勢力図が浮上すれば、中国は孤立を深める恐れがあります。一帯一路の失敗と相まって、インドの経済成長は中国の地政学的リスクを一層高めることになるでしょう。

【関連記事】

世界の生産拠点として台頭するインド 各国が「脱中国」目指す中―【私の論評】中国輸出失速、インド急成長で新時代 - 日印連携で自由なインド太平洋実現へ

インド宇宙研究機関 “太陽観測衛星 打ち上げ成功”―【私の論評】宇宙開発でインドは大成功、北は失敗で、インドは威信を高め、北はますます孤立(゚д゚)!

中国「一帯一路」の現状と今後 巨額な投融資の期待が縮小 債務返済で「あこぎな金融」の罠、世界の分断で見直しに拍車―【私の論評】一帯一路構想の失敗から学ぶべき教訓(゚д゚)!

米国とサウジ、歴史的な協定へ合意に近づく-中東情勢を一変も―【私の論評】トランプの地ならしで進んだ中東和平プロセスの新展開

米国とサウジ、歴史的な協定へ合意に近づく-中東情勢を一変も まとめ 計画にはイスラエルをハマスとの戦争終結へと促す内容も 合意に達すれば、サウジによる米国の最新兵器入手に道開く可能性 サウジのムハンマド皇太子とバイデン米大統領(2022年7月)  米国とサウジアラビアは、サウジに...