軌道修正迫られる一帯一路、舞台裏はいよいよ複雑怪奇に
中国・北京で、大経済圏構想「一帯一路」の国際会議閉幕後に記者会見する習近平国家主席
(2019年4月27日撮影)
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米メディアの一部は、マレーシアのマハティール首相が、2件の一帯一路関連プロジェクトを継続決定したことで、同首相に対する評価をわずか1週間の間に一変させた。
また日本のメディアも、昨年8月、マハティール首相が中国訪問時に習近平国家主席や李克強首相との会談の際に「新植民地主義は望まない」と世界のメディアを前に非難したにもかかわらず、ここにきて中国との融和を図る姿勢に戸惑いを隠さない。
2つの一帯一路関連プロジェクトとは、1つは、南シナ海とマラッカ海峡を結ぶ一帯一路の生命線「東海岸鉄道計画」で、もう1つは、首都クアラルンプールで展開する大規模都市再開発計画「バンダル・マレーシア」だ。
どちらも中国にとっては、一帯一路の最重要プロジェクトの一部。マレーシアにとっては、親中のナジブ前政権時代に談合密約で、契約完了済の事業。
工事も開始されていて、バンダル・マレーシアは、いくつかの傘下プロジェクトがほぼ建設完了の案件。両者とも再交渉は極めて不可能とされてきた。
日本ではあまり知られていないが、バンダル・マレーシア計画は中止前、日本企業も入札に参加していたクアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画(HSR)を含んでいる。
(今回、バンダル計画全体の継続は決定したが、日本との激しい争奪戦があるHSRについては延期されたままだ)
今回のマレーシアでの一帯一路の事業復活は、国家存続の命運と習国家主席の面子という2重縛りで一帯一路の生命線を是が非でも保守しなければならない中国と、親中のナジブ前政権以降、最大の貿易相手国に躍り出た中国との経済貿易、外交関係を維持したいマレーシアの双方の利害が一致した結果だった。
また、マレーシアから見れば、前政権から引き継いだ1兆リンギに及ぶ債務を抱え、中止すれば多額の賠償金が発生する事態に陥るのを防ぐ意味もあった。
一方、中国の対応も米国などからの「債務の罠」批判を受けて軌道修正せざるを得なくなっている。
4月27日に終了した第2回一帯一路の国際フォーラムで、習近平国家主席が「国際ルールや持続可能性に配慮する」と表明したことはその意味で象徴的な出来事だった。
一方、中国は融和策を標榜しながらも、陰で強権を継続していくと見る向きもあるが、そう単純にはいかないだろう。
一帯一路の中国による融資額がパキスタンに次ぎ、アジアで2番目に多いマレーシアで、中止が公式に明らかになっている事業の復活は今のところ2つだけ。中国の事業関係者は次のように明かす。
「マレーシアでのプロジェクト数は40以上ある。一帯一路事業の基幹プロジェクトであるガス・石油パイプライン関連事業の大型プロジェクトや、我々中国や日本などが受注を狙うクアラルンプールーシンガポール間の高速鉄道(HSR)は、いまだ、中止されたままだ」
「中小のプロジェクトでは滞っている案件がいくつもあり、マレーシアとの交渉全般の成果が表れるのは、これからだ」
上記の石油パイプライン事業は、昨年7月、東海岸鉄道計画(ECRL)と同時に、事業中止が発表されたが、現在も中断されたままだ。
この事業は、中国石油天然気集団(CNPC)の子会社「中国石油パイプライン」〈CPBP)が主導する2つのパイプライン事業(マレー半島とマレーシア東部のボルネオ島)。
マレーシア政府関係者によると、プロジェクトが10%強しか進行していないのに、「総工費の90%が既に中国側に支払われており、今後、政府間交渉でその資金の返還を求めていく」という。
同事業にマレーシアの国益はなく、同パイプライン事業の廃止も視野に入れているともいう。さらに、同事業にはマレーシア政府系投資会社「1MDB」の不正とも深く関わっている。
世界6か国で訴追、捜査が進む国際的不正公金横領事件の1MDBでは、ナジブ前首相、家族や関係者らが、約45億ドルにも上る公的資金を横領したと見られ、ナジブ氏やロスマ夫人、関係者らの公判も始まった。
同パイプライン事業は、「この45億ドルの行方と密接な関係をもっていて、1MDBの巨額負債救済目的で、1MDB(当時、財務省)所有の土地買収に流用されたとのではと捜査が進められている」(与党幹部)。
マレーシア政府筋によると、国際的マネーロンダリング事件に揺れる1MDBに利益をもたらすために、談合取引の間で中国の政府銀行からの融資が一部賄賂として流れ、利用された疑いがあり、捜査が続いているという。
マレーシアではすでに、1MDB傘下の発電所の全株式約99億リンギを、中国の原子力大手、中国広核集団に売却。しかも、中国広核集団は、1MDB負債の一部の60億リンギも肩代わりした。
ナジブ前首相は借金返済のため、「発電所は外資上限49%」というマレーシアの外資認可規制を無視し、違法に中国企業に100%で身売りしてしまった。
こうした不正への加担がもっと表に出てくれば、中国の一帯一路事業全体への悪影響は避けられない。中国が強気の姿勢を貫けないアキレス腱がここにある。
マハティール首相もそれを分かっていて「借入額や融資率軽減の交渉を引き続き行う」と明言している。
こうした状況で中国にとって厄介なのは、「第2、第3のマハティール」の出現だろう。
「マハティール首相の成功を目の当たりした国が、同様に硬軟巧みに再交渉を模索し、一帯一路の計画が中止になったり、遅れることを警戒しなければならないだろう」。中国のある政治学者はこう話す。
実際、インドネシアのジャカルターバンドン間の高速鉄道は用地取得などで3年以上工事が遅れていたが、昨年ようやくスタート。
同事業の融資条件は4月の大統領選争点にもなった。インドネシア政府筋は「中国はライバル日本への対抗意識が強い。融資軽減を求めた結果、2%の低融資で決着した」と内情を明かす。
また、マハティール氏を尊敬し、4月中旬、米タイム誌の「世界で最も影響力のある人物」に同氏とともに選ばれたパキスタンのカーン首相は、親中の前政権が契約済の一帯一路事業見直しを進めている。
中国にとっては第2のマハティール首相になりかねない存在だ。
昨年の訪中で中国を絶賛する演説を披露したが、今年に入ると一帯一路の目玉事業「中パ経済回廊(CPEC)」の発電所の建設計画中止を表明している。
中国経済との関係を強めるASEAN(東南アジア諸国)も、一帯一路の動きが拡大する一方で、例えば中国資本によるミャンマーでのダム建設で大規模な反対デモが起きている。
今回の一帯一路国際フォーラムを取材していて、実際どこまで実施されるかは別として、中国自身がリスク回避に動こうとする気配が感じられた。
習近平国家主席は「融資金利を下げるため、国際開発金融機関や参加国の金融機関の参加を歓迎する」と言明。
中国企業の落札を融資条件にする「ひもつき融資」は、OECD(経済協力機構)が制限しており、国際的ルール順守表明により、米国などからの非難回避を図った格好だ。
また、習近平国家主席のこの発言には、別の意味もあるという見方が有力だ。つまり、中国以外の銀行による支援がなければ、一帯一路事業がもはや成立しにくくなっているというわけだ。
世界のインフラ建設業界で通用する通貨は「ドル」で、中国の経済成長が鈍化、経常収支で赤字を強いられる状況では、中国政府がドルを無制限に供給することは不可能だからである。
一方、多国籍の銀行が参入し、一帯一路の資金調達がグローバル化すれば、より透明性と公平性が求められる。その場合、中国の銀行や建設企業は、プロジェクトの契約を失っていくかもしれない。
それは、一帯一路が進むほど「脱中国化」が図られることを意味する。
これまでの中国の融資金利は6%前後と高く、マハティール首相がECRLの事業をボイコットした原因の一つだった。
ECRL再開に漕ぎ着けた今、中国の国家威信を懸けて事業復活と受注を狙っているのがHSRだ。
中国はG7のイタリアを一帯一路に取り込むことに成功したが、先進国・シンガポールを走り、日本も受注に躍起なHSRを獲得させることは、「先進国の仲間入り」を内外に示す絶好の機会になるからだ。
プロジェクトの中止前、筆者が取材した中国政府関係者は異口同音に「中国政府の威信にかけ、是が非でも、勝たなければならない」と繰り返していた。
「ライバルの日本に勝てることを世界に知らしめる」
そうした焦りが中国にはあったのだろう。その足元をマハティール首相はしっかり見ていた。
同首相は最近になって「長距離ならまだしも、今のような短距離(クアラルンプール~シンガポール間)では必要ない。やるなら、一気にタイまで延長させる方がいい」と廃止もちらつかせつつ、日本や欧州との競争を促すような発言で真意を煙に巻く。
中国を懐柔策でたしなめるマハティール首相、融和策で対抗する中国。一帯一路を舞台に、小国と大国の国益を駆けた攻防は、表舞台からは想像もつかない熾烈な戦いが裏で繰り広げられている。
(取材・文 末永 恵)
【私の論評】債務のわな逃れ中国に勝利したマハティール(゚д゚)!
上の記事は、情報量は多いのですが、何やらあまりはっきりしない内容でした。私自身は、結局のところマハティールは中国に勝利したと思います。国対国の関係では、どちらか一方が完璧な勝利を収めるということはないし、ましてやマレーシアのような小国が中国という大国に勝てたのですから、マハティールは、大勝利したといえると思います。
上の記事は、情報量は多いのですが、何やらあまりはっきりしない内容でした。私自身は、結局のところマハティールは中国に勝利したと思います。国対国の関係では、どちらか一方が完璧な勝利を収めるということはないし、ましてやマレーシアのような小国が中国という大国に勝てたのですから、マハティールは、大勝利したといえると思います。
老獪なマハティールは中国に勝利した |
マハティールは中国との取引にあたり、あえてスリランカやパキスタン、フィリピンが取らなかった行動を取りました。中国政府を交渉テーブルに引き戻し、同国がマレーシアで進めてきたプロジェクトのコスト削減を実現したのです。
中国は先ごろ、同国が投資し、同国の業者が工事を請け負うマレーシア東海岸鉄道(ECRL)の建設費用を3割以上減額することに合意しました。これは、マレーシアのマハティール・モハマド首相にとって大きな勝利です。
マハティール首相は昨年行われた選挙で、中国の投資によって進められている国内の事業が自国より中国の利益になっていると主張。再交渉することを公約に掲げていました。
ECRL建設計画は、中国がグローバル化の新たな章を書き加え、自国にとって地政学的に重要な政策を推進するため、世界各地で進めている何十件ものインフラ整備事業の一つです。
公共政策コンサルタント英アクセス・パートナーシップの国際公共政策担当マネージャーは、中国には政治的・軍事的な野心があるとして、次のように述べています。
「中国の習近平国家主席は、東南アジアからアフリカまでを結ぶ広域経済圏構想“一帯一路”を通じて各国に自国の力を示すことにより、“中国の偉大な再生”を実現しようとしている」
「こうした中国の政治的・経済的な努力と南シナ海やアフリカ大陸における軍事力の増強は、いずれも世界の安全保障上、米国にとってますます大きな課題になっている」
中国が各国で請け負うインフラ事業の多くで抱える問題は、採算が合わないことです。中国がコストを膨れ上がらせ、各国に多額の債務を負わせているためです。この問題は、特にスリランカを苦しめています。
米誌「カレント・ヒストリー」4月号に掲載された記事の中で筆者らは、「中国が手掛けたいくつかのインフラ事業は、スリランカに恩恵をもたらした。だが、その他は同国を債務のわなに陥れた白い象(使い道がないのに維持費が高くつく無用の長物)だ」と指摘しています
それらには、深海港であるハンバントタ港やコロンボ・ポートシティ、マッタラ・ラジャパクサ国際空港などの建設プロジェクトが含まれます。
「法外な費用で進められたプロジェクトにより、スリランカは80億ドル(約8950億円、国の債務総額のおよそ10%に相当)という借金を抱えることになった。この金額は、スリランカが日本とインドに対して負っている債務の総額に近い。中国からの借り入れがほとんど収入をもたらさない疑わしいプロジェクトに使われたことに、多くの人がいら立っている」
「こうした状況は、中国が戦略的に重要な位置にある各国(ジブチやモルディブなどを含む)を債務のわなに陥れ、主要なインフラ施設を支配しているとの批判の声を高まらせてきた」
カレント・ヒストリーの表紙 |
マハティール首相が避けようとしてきたのが、この債務のわなです。首相は昨年8月にECRLプロジェクトの中止を発表。中国を交渉のテーブルに引き戻し、そして勝利したのです。
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領とパキスタンのイムラン・カーン首相が大胆にもマハティールと同じ行動を取り、スリランカと同じ運命をたどることから自国を救おうとすることはあるでしょうか。
それは、まだ分からないですが、マハティールのやり方が良い手本になるのは確かです。小国であっても、様々な分析を行い、緻密な戦略を実行すれば、大国にも勝てるという良い事例になることでしょう。そうして、マハティールの姿勢は日本にも大いに参考になります。
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