2020年1月10日金曜日

経済優遇とフェイクニュースで台湾侵食を図る中国―【私の論評】台湾のレバノン化を企む中国の試みは失敗する(゚д゚)!


中国の対台湾政策の手段は、アメとムチ、つまり経済的利益の約束と軍事的威圧の両方を使い分けることにある。1月11日の台湾における総統選挙と立法委員選挙(台湾の国会は一院制)を控え、中国は硬軟両様の手段を使い分けようとしている。


この半年間の香港情勢は、世界に対し、中国の言う「一国二制度」の実態が如何なるものかを暴露した。台湾では、蔡英文総統下の民進党政権はもともと「一国二制度」なるものを中台関係を律するものとして受け入れたことはない。

 しかし、中国の側では、香港統治に適用されている「一国二制度」は、将来、台湾を「統一」する際のモデルになるもの、と位置付けてきた。2019年に入ってからの習近平主席の1月の発言(台湾を「一国二制度」によって統一したいとの趣旨の発言)、さらには2019年6月以来続いている香港の大規模デモによる混乱ぶりは、皮肉にも、2018年11月の統一地方選挙で大敗した蔡英文の支持率を大きく押し上げる結果となった。蔡の支持率は国民党候補の韓国瑜に大差をつける状況となっているが、それは中国側の意図が一般の台湾選挙民の警戒感や危機意識を高めたことを示している。今日の状況は、中国との距離がより近いと見られている国民党にとって不利に働いているということである。

 このような中台関係全体の状況の中においても、中国としては、対台湾工作を硬軟両様の種々の手段を通じて行っている。

 中国が経済的梃を使って、台湾人を引き付けようとしていることは、咋年11月に中国政府が台湾の企業と台湾人を対象にして表明した「26項目の優遇措置」がよく示している。たとえば、台湾人が中国で就職したり、就業したりするときに、便宜を与えるというような点は若い台湾人にとっては、依然として一つの魅力になっているといわれている。蔡英文は、「26項目の優遇措置は台湾に一国二制度を強いるためのより大きな企ての一環」と言っているが、その通りであろう。

 また、フェイクニュース、偽情報を台湾内部に広く拡散し、台湾社会を分断させようとの意図も明確である。昨年4月、人民日報系の「環球時報」は、「台湾問題を解決するのに我々は本当の戦争を必要としない。中国は民進党政権下の台湾を、台湾独立勢力にとって意味のない、レバノンのような状況にすることが出来る」と述べている。これは単なる虚勢といえるだろうか。

 台湾の地方政治が深く関係する立法委員選挙においては、中国が各地の後援者のネットワークを利用し、旧来からのコミュニティーの指導者、農民団体などの票を買うことも考えられる。さらに台湾の特定メディアを引き込むため、中国政府の代理人が台湾の通信社にカネを払い、親中国の記事を書かせる、ということは一般によく知られている。

 2018年には、大阪駐在の台湾代表所の代表が、台風第21号による関西空港の閉鎖への対処をめぐる問題で非難を浴び自殺するという事件があった。実態は必ずしも明白ではないが、中国からのサイバー攻撃やフェイクニュースの流布が基になっている、と言われたことがある。

 これらのケースを見れば、今日、台湾は香港に並び、中国からの種々の浸透工作の最前線に立たされている、といっても間違いではないだろう。最近、米国と台湾がサイバー防衛強化のための安全保障訓練を主催したと報じられた。この演習には日本からも参加があったが、今後、このような機会を増やしていくことが強く望まれる。

【私の論評】台湾のレバノン化を企む中国の試みは失敗する(゚д゚)!

上の記事で、『昨年4月、人民日報系の「環球時報」は、「台湾問題を解決するのに我々は本当の戦争を必要としない。中国は民進党政権下の台湾を、台湾独立勢力にとって意味のない、レバノンのような状況にすることが出来る」と述べている』とありますが、ではレバノンのような状況とはどのような状況なのでしょうか。

ゴーン被告が無断出国 レバノンで会見
レバノンといえば、最近ではカルロス・ゴーンの逃亡で一躍有名となりましたが、レバノンについては、日本でもあまり知られているとはいえません。

レバノンは、地中海東岸に位置する、面積約1万平方キロメートル、人口420万人(推定)の国で、日本の書籍類ではしばしば岐阜県のような規模と称されます。同国では、自由な経済体制と比較的自由な言論環境の下、かつては「中東のパリ」と称されるほどの経済・文化活動が営まれていました。

また、狭い国土の中にキリスト教、イスラームの諸宗派が混在し、それぞれが地元のボスの下で自立性の高い社会を営んできたのもレバノンの特徴です。その結果、レバノンにはあまり力の強くない中央政府と、比較的自立性の高い地元の政治主体や共同体が存在することとなりました。

「あまり強くないレバノン」は、東隣にシリア、南隣にイスラエルという、地域の政治・軍事・外交上の重要国に囲まれ、その影響や軍事侵攻に悩まされてきました。さらに、かつてはパレスチナ、現在はシリアからの難民・避難民の存在は、レバノンの経済だけでなく、政治にも深刻な影響を与えています。


と、いうのも、レバノンでは国内に多数存在する宗教・宗派共同体のうち18を「公認」し、それを単位に政治的役職や権益を配分する「宗派制度」と呼ばれる不文律に沿って政治や社会が運営されているからです。

つまり、ひとたび決まった権益の配分の量・質を変更しようとすれば、「損をする宗派」やその仲間から猛反発を受けるし、パレスチナ人やシリア人のように配分の割合が「決まった後で」やってきた者たちをレバノン社会の構成員として迎え入れることも至難となったのです。

その結果、レバノンは複数の内戦と幾多の政情不安を経験してきた。そうした中、辛うじて安定や内外の情勢との均衡を維持してきたのが、「決められない政治」と「決めない政治」(『「アラブの心臓」に何が起きているのか』(岩波書店) 第4章「レバノン」立命館大学末近浩太教授)とも称されるレバノンの政治エリートたちの処世術でした。

彼らは、レバノン国内の力関係だけでなく、シリア紛争や地域の国際関係の中で生き残りを図るべく、レバノンの政治や社会の運営で「重要な決定を可能な限り先送り」してきました。

このような体制や運営手法においては、政治エリートたちは自らに配分された権益を、今度は「子分」にあたる自分と同じ「宗派」の構成員と有権者に配分するボスとなるのです。有権者は、利益誘導への返礼、或いはボスへの忠誠表明として、ボスが率いる党派への投票に動員されます。

一般のレバノン人民にとっては、こうした人間関係こそがあらゆる機会を得る上でのカギとなるし、ボスたちは「子分」が自分よりも華々しく成功するような権益の配分は絶対にしません。

従って、当然のことながら、そこには公正で中立で透明な司法も行政も立法もありません。だからこそレバノンでは2019年10月から「革命」とも称される人民の抗議行動が起きているのです。抗議行動に参加するレバノンの人々から見れば、ゴーン氏はレバノンの政治・経済・社会の運営や、様々な社会的上昇の機会を独占してきた特権階級の一人ということになるのです。

商才にたけ、世界をまたにかけて活躍する移民や経済人というのが、レバノン人について世界的に持たれているイメージであり、一部のレバノン人も「フェニキア人の末裔」と称してこうしたイメージを強調しています。

実際、そのようにして活躍するレバノン起源の経済人・芸能人も少なくありません。また、彼らの一部は、本当に「シャレにならない」経済活動(≒犯罪や陰謀)の場で名前が挙がることも少なくありません。

ただし、これは本当に世界をまたにかけて活躍しているレバノン人の自己表象の一端であり、実際にレバノンに住んでいるレバノン人が全員そういう活躍をしているわけではありません。

積極的に越境移動をし、なおかつそれを繰り返す、つまり世界をまたにかけて活躍しているレバノン人は、一定以上の所得を得ているごく少数の人々のようです。つまり、レバノンに住んでいる人々の大多数にあたる、所得が一定水準に達しないレバノン人は、出稼ぎやビジネスに限らず越境移動の経験も乏しければ、越境移動に積極的なわけでもありません。

ゴーン氏の経歴や行動様式は、現在レバノンに住んでいる一般のレバノン人の姿を体現・代表しているわけではなさそうです。では、世界をまたにかけて活躍する(つまり経済的機会や社会的上昇の機会を独占している)レバノン人とはどのような人々なのでしょうか。

それは同地で「ザイーム(アラビア語でリーダーという意味)」と呼ばれる指導的な階層に属する人々のようです。レバノンには多くの人々を惹きつける華やかさや魅力がある一方で、その内部には容易には解決・克服できない格差があるようです。

レバノン首都ベイルートの中心部で行われた増税と汚職に対する抗議集会(2019年10月21日)

さて、ここで台湾に話を戻そうと思います。中国共産党は、台湾でもレバノンのように、一部の特権階級が「決められない政治」と「決めない政治」を実行させるというのが、目標なのでしょうか。そうして特権階級の他に、分断された多くの断片に属する貧困層の人々が大勢いる社会を築こうとしているのでしょうか。

中国に支配されれば、中国自体がそのような社会を築いているので、台湾もそうなってしまうでしょう。

咋年11月に中国政府が台湾の企業と台湾人を対象にして表明した「26項目の優遇措置」発表したのは、もともと中台間において準公的と呼んでよい蔡英文政権と中国政府の間での対話のチャネルが開店休業の状況にあることにも関係があります。台湾当局から見ると、今回の優遇策は「一国二制度による統一方針」と受け取るのも無理はないのです。
台湾のメディアは香港のデモの状況を逐一報道していますが、「今日の香港は明日の台湾」になるのではないかとの危機意識を一部で呼び起こしています。目の前に迫ってきた総統選挙については、民進党・蔡英文、国民党・韓国瑜の一騎打ちになりそうな雲行きですが、中国の意図に反して、蔡英文の支持率が目に見えて上昇しているのは、やはり今日の香港情勢が大きく影響しているものと考えられます。
台湾としては、蔡英文氏が勝利した後にも、さらに民主化、政治と経済の分離、法治国家化を鮮明に打ち出し、これをもって、かつての西洋列強や日本のように大陸中国やレバノン等よりもはるかに進んだ社会を構築すべきです。さらに繁栄し、中国は大失敗し、台湾は大成功したと世界に印象づけるべきです。
世界の人々が、大陸中国やレバノンこそが社会的にとてつもなく遅れた存在であり、経済的にも社会的にもはるかに進んだ台湾のようになるべきだと納得させるべきです。
そうすれば、大陸中国の台湾レバノン化は、失敗することになります。
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