2024年7月5日金曜日

【中露からの供給依存対策】アメリカが考えるサプライチェーン適切化の野望と決定的な限界点―【私の論評】米国商務省の革新的サプライチェーン分析ツール:グローバル経済の未来を左右する戦略的イノベーション

【中露からの供給依存対策】アメリカが考えるサプライチェーン適切化の野望と決定的な限界点

まとめ
  • 米国商務省が新たなサプライチェーン分析ツールを開発し、同盟国との協力のもと、重要産業分野における供給網のリスクと機会を特定しようとしている。
  • このツールは、従来の自由貿易の考え方に挑戦し、経済的威嚇などの新たなリスクに対応するためのフレンド・ショアリング(同盟国との協力)を促進することを目指している。
  • 米国内では超党派の支持を得ており、関連法案も可決されているが、データの更新速度や企業の機密情報取得など、ツールの実効性に関する課題も存在する。
  • この取り組みは、経済的合理性と国家安全保障のバランス、調達コストの上昇による国民生活への影響など、新たな経済的・政治的課題を提起している。
  • 同盟国以外の国々のデータ不足により、経済的威嚇を仕掛ける側の国々に対する効果的な対抗措置を講じることが難しいという限界も指摘されている。
民間企業におけるサプライチェーン分析ツールの事例

 米国商務省が最近立ち上げたサプライチェーン分析ツールは、グローバルな供給網の実態把握と強靭化を目指す画期的な取り組みです。この新しいツールは、商務省が民間セクターと協力して設立した供給網センターの一環として開発されました。その主な目的は、米国と同盟国の貿易や関税データを詳細に解析し、サプライチェーンにおけるリスクと機会を明確に特定することです。

 このツールは、半導体、希少金属、電子機器などの重要分野に焦点を当て、これらの供給網の健全性を確認することを目指しています。さらに、中国やロシアなどの特定国への依存度を評価し、緊急時における代替供給源の可能性を探ることができます。商務長官補は、この取り組みが同盟国との具体的な議論を可能にし、これまでの一般論に終始していた状況を改善すると述べています。

 しかし、このツールにも限界があります。一部のデータ更新が遅いため、リアルタイム分析には制約があり、また企業が部品構成表などの機密情報を提供する義務がないため、完全な全体像を描くのは困難です。

 一方で、この取り組みは従来の自由貿易の考え方に一石を投じるものでもあります。従来の経済学では、「世界中の多くの人間が、常に1円でも得をしようと、最良の供給元から最短のルートを通って、最安値の運輸方法を用いて、世界中で各種物品を移動させている」という考え方が主流でした。これは「最安値」という共通ルールに基づく「神の手」に導かれた人間社会の営みであり、世界全体の富を最大化する最も適当な方法(=自由貿易)だと考えられてきました。

 しかし、経済的威嚇を影響力行使の手段とする国々の出現により、この自由貿易の基礎となる「価格」に影響を与える新たなコスト(=リスク)を考慮する必要が生じています。このため、サプライチェーンの強靭化が重要となっており、米国の新しい分析ツールはこの課題に対応しようとするものです。

 この取り組みは、フレンド・ショアリング(同盟国との協力)を促進し、より強靭なグローバルサプライチェーンの形成に寄与する可能性があります。例えば、電気自動車やクリーン技術分野で、オーストラリアの希少金属、日本の生産能力、米国の消費市場を組み合わせることで、国際競争力のある製品を生み出す可能性があります。

 米国では、この取り組みが超党派の支持を得ており、サプライチェーンのリスク確認を法制化する「強靭な供給網推進法」が下院で全会一致で可決されています。

 しかし、この新しいアプローチにも課題があります。経済的合理性への配慮が少なく、各種物品の調達コストが上昇し、各国の国民生活に後ろ向きの影響を与える可能性があります。また、同盟国や同志国以外の国々のデータが不足しているため、経済的威嚇を仕掛ける側の国々に対する対抗措置を講じることが難しいという問題もあります。

 総じて、この新しいサプライチェーン分析ツールは、変化するグローバル経済環境に対応しようとする米国の重要な一歩と言えますが、従来の自由貿易の考え方との調和や、新たな経済的・政治的課題への対応など、今後も多くの課題に直面することが予想されます。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】米国商務省の革新的サプライチェーン分析ツール:グローバル経済の未来を左右する戦略的イノベーション

まとめ
  • 米国商務省が開発した「供給網明確化の『道具』」は、サプライチェーンの実態把握、リスク・機会の特定、重要分野の健全性評価を目的としている。
  • このツールは、米国と同盟国の貿易・関税データを解析し、代替供給源の可能性や特定国への依存度を分析できる。
  • フレンド・ショアリングの促進や強靭なグローバルサプライチェーンの形成に寄与することが期待されているが、データ更新の遅れや企業の機密情報の欠如などの課題もある。
  • 米国の優位性(基軸通貨、金融システム、技術力、同盟国ネットワーク)により、他国が容易に真似できない規模と精度のツールが構築された。
  • 日本にとっては、重要物資のリスク早期特定、同盟国との連携強化、経済安全保障向上などのメリットが期待されるが、日米協力と慎重な運用が必要。
サプライチェーンは、モノの流れ、情報の流れ、お金の流れで成り立っている

米国商務省が開発した新たなサプライチェーン分析ツール「供給網明確化の『道具』」(英語では "supply chain mapping tool" と推測)は、主に供給網の実態把握とリスク・機会の特定を目的としています。このツールは商務省と民間セクターの協働により開発され、グローバルサプライチェーンの複雑性に対応する画期的な取り組みとして注目されています。

サプライチェーンのマッピングとは、サプライチェーン内のサプライヤー、作業所、オペレーション、労働者に関する情報を収集して、詳細なグローバルマップを作成することを意味します。 この情報を単一のデータプラットフォームに保持することで、作業条件、管理慣行、サプライチェーンリスクに関する統合分析が可能になります。

このツールの主な機能は、米国と同盟国の貿易・関税データを詳細に解析し、半導体、希少金属、電子機器などの重要分野における供給網の健全性を評価することです。また、戦争や自然災害などの緊急事態における代替供給源の可能性や、中国やロシアなどの特定国への依存度も分析可能です。これにより、潜在的なリスクやボトルネックを迅速に特定し、対策を講じることができます。

さらに、このツールは欧州同盟国やインド太平洋経済枠組み(IPEF)参加国との具体的な供給網の議論を可能にし、世界的なボトルネックを特定するための詳細な分析を提供します。これは、国際的な経済協力や戦略的パートナーシップの強化に大きく貢献すると期待されています。

特に、中国に対するデカップリングやリスキリングに関して、自国や同盟国がなるべく悪影響を受けないようにどのような方式にするか、また順番や期間などに関してどのような優先順位をつけるかに関して有益な情報を提供できるようになる可能性があります。さらには、デカップリングやデリスキリングをしなければ、どのようなリスクがあるかも、ある程度定量的に明らかにできるようになる可能性があります。

デカップリングやデリスクリングに関して危険という論もあるが、定量的な裏付けがあるわけではない

ただし、一部データの更新の遅れや企業の機密情報(部品構成表など)の欠如により、リアルタイム分析や完全な全体像の把握には限界があります。これらの課題は、今後のツールの改善や政策の調整によって解決されていく必要があるでしょう。

このツールは、フレンド・ショアリング(同盟国との経済協力)を促進し、より強靭なグローバルサプライチェーンの形成に寄与することが期待されています。例えば、電気自動車やクリーン技術分野で、オーストラリアの希少金属、日本の生産能力、米国の消費市場を組み合わせることで、国際競争力のある製品を生み出す可能性があります。米国内では超党派の支持を得ており、サプライチェーンのリスク確認を法制化する動きも進んでいます。

米国がこのようなツールを構築できた背景には、いくつかの重要な強みがあります。まず、米ドルが国際取引の基軸通貨であることから、世界中の金融取引の大部分を把握できる独自の立場にあります。また、米国の金融機関や決済システムが国際取引で重要な役割を果たしているため、多くの取引情報へのアクセスが可能です。さらに、データ分析や人工知能の分野における技術的優位性により、複雑なサプライチェーンデータを効果的に処理・分析する能力を有しています。加えて、多くの同盟国や友好国との緊密なネットワークを持ち、情報共有や協力が可能です。

このシステムの開発には膨大な費用がかかると推測されますが、具体的な金額は公開されていません。データ収集・分析システム、高度なAI技術、セキュリティシステムなど、多岐にわたる技術が必要で、数十億ドル単位の投資が必要になる可能性があります。ただし、このような戦略的に重要なシステムの開発費用は、多くの場合、機密情報として扱われる可能性が高いです。

今後、このツールは様々な分野で活用され、重要な成果をもたらす可能性があります。直近では、サプライチェーンのリスク管理、同盟国との経済協力強化、緊急時の代替供給源の確保などに活用される見込みです。長期的には、グローバル経済の安定性向上や、より効率的な国際分業体制の構築に貢献する可能性があります。

ただし、いくつかの課題も残されています。データの更新速度の問題、企業の機密情報共有の難しさ、経済的合理性と国家安全保障のバランスなどが挙げられます。これらの課題を解決するためには、継続的な技術革新と国際協力が不可欠です。

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日本にとっては、このツールの運用から多くのメリットが期待できます。重要物資のサプライチェーンリスクの早期特定、同盟国との経済連携強化、経済安全保障の向上、企業の戦略的投資や事業展開の支援などが可能になるでしょう。また、災害時の迅速な対応やグローバルサプライチェーンの最適化による国際競争力の強化も期待できます。

ただし、これらのメリットを最大限に活用するためには、日米間の緊密な協力と情報共有が不可欠です。また、データの取り扱いや解釈に関する専門知識を持つ人材の育成も重要な課題となります。さらに、このシステムの運用が経済的合理性を損なわないよう、慎重なバランス取りも必要になると考えられます。

総じて、米国のサプライチェーン分析ツールは、グローバル経済の複雑性と不確実性が増す中で、重要な役割を果たすことが期待されています。その効果的な活用と継続的な改善により、より強靭で持続可能な国際経済システムの構築に貢献する可能性があります。

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