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2019年2月23日土曜日

ノーベル推薦問題でも鮮明…国益もたらした安倍首相と「仕事」できずに苦境の中韓―【私の論評】「べきだ論」に拘泥すれば、まともに仕事ができなくなるどころか人生でも失敗(゚д゚)!

ノーベル推薦問題でも鮮明…国益もたらした安倍首相と「仕事」できずに苦境の中韓

安倍首相

安倍晋三首相がトランプ米大統領をノーベル平和賞に推薦したと報じられた。これについては批判もあるが、外交の手段としてどう評価できるか。

推薦をめぐり、国会で質問があったが、安倍首相は否定も肯定もせず真偽を明らかにしていない。ちなみに、誰からの推薦があったかについて、ノーベル賞委員会は推薦者を50年明かさないので、50年間は分からないだろう。

トランプ氏への推薦は他国の疑問を招きかねないとの批判もある。立憲民主党会派の小川淳也氏は「ノーベル賞はありえない。日本として恥ずかしい」と非難した。

ただし、外交の観点からは、好き嫌いの感情より国益優先だ。国家間の関係は個人感情よりビジネスライクのほうがよく、そのようなリアルな外交からすると問題はない。各国の外交関係者には、日本はうまくやっていると見えるだろう。

実際にトランプ氏から「推薦」について話が出たというのは、米大統領に効果があったわけで、日本の国益という観点で、外交上の意味があったということになる。

いずれにしても、このノーベル賞推薦報道についてのコメントをみると、外交に関する理解度がよく分かる。

この推薦に批判的な人の中には、トランプ氏とのゴルフについても「遊んでいる」と批判する人もいるようだ。

こうした「理想主義的なお花畑論」は、「リアルな外交論」との対立軸に帰着する。お花畑論の人は「べきだ論」ばかりで、推薦もゴルフも不要であり、ひたすら理想論ばかりを言っていればいいとなる。

しかし、外交は生身の人間が行うことであるので、リアルな外交論からいえば、使えるものは何でもいい。一般のビジネス社会では、昼間の会議だけではなく、夜や休日の接待も「仕事」の一環となることも多い。トータルな「仕事」でビジネスすることを考えれば、リアルな外交論の方に軍配があがる。

実際、安倍首相は日本に国益をもたらしている。分かりやすい例が経済関係だ。トランプ氏の大統領選直後の面会、ゴルフ、そして真偽不明だがノーベル賞の推薦を行ったとされ、結果として日本は高関税を免れている。日本のアキレス腱(けん)は自動車関税だが、これまでのところ猶予されている。

トランプ氏は新しい天皇に面会するために5月中に来日する。6月末にも20カ国・地域(G20)首脳会議で来日する。このように短期間で米大統領が複数回来日することは異例だが、その頃までは、米国が自動車関税で日本を揺さぶることはないだろう。これは安倍首相が「仕事」をしてきたからだ。

一方、中国の習近平国家主席は、安倍首相のような「仕事」をしていない。そのため、トランプ氏は中国製品に高関税を課し、そのせいで中国経済は大きく減速している。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領も「仕事」をできず、中国とともに経済で苦境である。

これまでのところ、中韓と比べて日本はうまくやっているというのが外交関係者の見方だ。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】「べきだ論」に拘泥すれば、まともに仕事ができなくなるどころか人生でも失敗(゚д゚)!

日本では、企業によっては「虚礼廃止」ということで、社内や取引先などへのお中元、お歳暮の付け届け、年賀状まで廃止しているところもあります。これは、癒着や不正などを未然に防ぐという意味もあります。

また、取引先から接待など受ける場合は予め必ず上司に伺いをたてないとだめなどという会社もあります。

しかし、あまりこれが行き過ぎると、本当に社内や社外でお世話になった人に対してまで、真心によるお礼ができないということにもなりかねません。私自身は、何事もほどほどというのが良いと思います。

しかし、安倍総理がトランプ大統領に対してノーベル賞を推奨するなどという行為は、特に何も規制があるわけではないので、日米関係を考えると、私は上手なやり方だと思います。

ブログ冒頭の記事にもあるように、「理想主義的なお花畑論」的思考によれば「べきだ論」ばかりで、推薦もゴルフも不要であり、ひたすら理想論ばかりを言っていればいいということになります。

しかし、生身の人間同士が行う外交ですから、そこにはある程度の潤滑油も必要です。今回の安倍総理のノーベル賞の推奨は、その潤滑油の一つといえるでしょう。今回のことは、このくらいに鷹揚に考えられないのかと、ついつい思ってしまいます。


特に「べきだ論」は始末に終えません。「べきだ論」に浸る人たちには、「良き意図」と「意思決定」の区別がついていないようです。

経営学の大家ドラッカー氏は「意思決定」について以下のようなことを主張しています。
いかなる組織構造でも意思決定が行われる。その際、正しい問題を、正しいレベルで意決定を行い、実際の仕事に移し、成果に結びつけなければならない。
組織構造がこのプロセスの阻害要因となってはならず、意思決定を強化するものでなければならない。
では、意思決定にとっての阻害要因とはどのようなものでしょうか。
ひとつは、常に上位マネジメントが意思決定を行わざるをえなくなっていること。

二つ目は、構造が複雑で、明快さに欠け、致命的に重要な問題の発生がわからなくなること。

さらに、まちがった問題や成果に関わりのない縄張り意識に対して組織の関心を向けさせること。
ドラッカーは、組織構造の在り方は、意思決定を組織や個人の仕事に移すことに大きな影響を与える、としています。

最後に、
意思決定は、それが仕事としてあるいは行動として実行に移され、成果をもたらさないかぎり、良き意図にすぎない。
 「理想主義的なお花畑論」の人たちの意思決定は、もっぱらこの「良き意図」の範疇を出ていないのです。

ドラッカー氏

「お花畑論」の人々のこの「良き意図」は「べきだ論」にまで高まり、身動きがとれないほどに彼らをがんじがらめに縛っています。

ノーベル平和賞の本質を知っていれば、そうして現実の世界情勢を知っていれば、トランプ大統領をノーベル平和賞に推奨する行為は別に特に奇異なことではないことがすぐに理解できるでしょう。それについては、以下の動画を参照して下さい。



ノーベル賞の正体を知れば、安倍総理のように、「トランプ大統領をノーベル賞候補に推奨」するという、比較的重要ではない意思決定すらできないどころか、それを「良き意図」に照らし合わせ、否定的な批判しかできなくなってしまうのです。

ここでいう「良き意図」とは、無論「マスコミなどで見る限り、トランプは異常でありまともではないから、大統領にはするべきではない」という考えです。

「良き意図」にばかり執着する人々は、ドラッカーの語る「意思決定は、それが仕事としてあるいは行動として実行に移され、成果をもたらさないかぎり、良き意図にすぎない」という言葉の意味を全く理解していないようです。

要するに、まともな仕事をしていないのです。習近平も、文在寅も仕事をしていないのです。習近平は「とにかく中国共産党は絶対正しく何が何でもまもるべき」との、そうして文在寅は「とにかく北を支援すべき、反日すべき」との「べきだ論」にこりかたまっており、まともな仕事ができない状況に陥っているのだと思います。

「べきだ論」に拘泥しまともに仕事ができない、文在寅と習近平

そこにいくと安倍総理は「べきだ論」にこだわらず、欧米では左派の政策であるといわれている、金融緩和を実行して大規模な雇用の創出に成功しています。

日本にも「べきだ論」に凝り固まって、まともな意思決定ができず、結局仕事ができない人が大勢いるようです。そもそも「べきだ論」にこだわると、思考が停止します。

「〜べき」をはじめとする言い回しは何かを断言・決定・固定化するだけの「力」を持っているため、その言葉を使うことで自分自身を縛る枷となってしまいます。

「これはそうするべき」と断定してしまえば、それを簡単に撤回することは難しいです。人間は、意見や価値観の変化はあって然るべきですが、あまりに頻繁に二転三転していては、信用を失います。かと言って、なんてもかんでも「〜べき」で固定してしまえば、それ以外の主張を明らかにすることも憚られ、どんどん息苦しくなっていく一方です。
これは、上のように極端な事例で説明すれば、理解できるのでしょうが、意外と多くの人が「べきだ論」にこだわり、実際には何も仕事らしい仕事をしていないということは良くあることではないかと思います。特に中間マネジメント以上にそのような傾向がみられると思います。実際私は、そのような事例を過去にいくつもみたことがあります。

それにあまりに拘泥しすぎると仕事ができなくなるどころか、人生にも失敗してしまうようです。
貴乃花元親方

これに関しては"誰が不幸になろうと我をとおす「貴乃花病」"という趣旨の記事を高須クリニックの院長の興味深い記事があります。この"我をとおす「貴乃花病」"というのが、「べきだ論」で凝り固まる人の陥る病なのだと思います。
「べきだ論」に拘泥し続けると、仕事だけではなく、人生においても失敗してしまうということなのでしょう。

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2016年8月23日火曜日

慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」―【私の論評】吉田を裏で操っていた人物や組織が白日の下に晒されるか?


「新潮45」9月号の表紙

慰安婦問題で、衝撃的なリポートが発表された。朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けたが、ジャーナリストの大高未貴氏が、月刊誌「新潮45」9月号で、吉田氏の長男のインタビューに成功したのだ。「父は大変誤った歴史を作り出した」「世界中の慰安婦像をクレーン車で撤去したい」などと激白する長男と、某国組織の関与が疑われる吉田氏の背景とは。大高氏が、渾身リポートの一部を披露した。

私は十数年前から、日本軍による強制連行説を世界に広めた「吉田清治」という人物に興味を持っていた。吉田証言については、現代史家の秦郁彦氏が、吉田氏が慰安婦狩りの舞台になったと証言した韓国・済州(チェジュ)島で現地調査を行い、1992年に産経新聞でその「虚偽性」を指摘している。吉田氏も96年に週刊新潮の取材に「創作話」であったことを認めている。

安倍晋三首相も、自民党青年局長時代の97年5月27日、衆院決算委員会第二分科会で「そもそも、この『従軍慰安婦』につきましては、吉田清治なる詐欺師に近い人物が~」と指摘し、首相就任後の2007年3月5日、参院予算委員会でも「(吉田)証言はまったく、後にでっち上げだったことが分かったわけでございます」と答弁している。

一連の批判に耐えきれず、朝日新聞は14年になって、ようやく吉田証言を虚偽と判断し、16本の記事を撤回した。

本来ならここで終わる話だ。ところが、奇妙なことに吉田証言は生き続け、世界各国に次々と設置される慰安婦像の説明文に憑依して、国際社会で現在もなお増殖しているのだ。

吉田証言を重要な証拠として採用し、国連人権委員会で日本への非難勧告を行ったクマラスワミ報告も、外務省の申し入れにも関わらず、いまだに撤回されていない。

誤解を恐れずに言えば、吉田証言はプロパガンダとしては大成功だったのではなかろうか。

だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。そして、名前はいくつもある。さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。一体、「吉田清治」とは何者だったのか?
大高未貴氏
 私は、その謎を解明したい衝動にかられ、吉田氏の長男を訪ねた。長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。

「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」

「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」

それから、私は何度も長男のもとに取材に通った。そして、過去の記憶をたどるうちに、驚愕の事実が続々と明らかになってきた。

「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」

朝日新聞は、吉田氏の戦後の経歴を「サラリーマン」などと報じていたが、吉田氏は人生の大半は定職につかず、その生活費は息子たちが賄っていたという。著作、講演活動を繰り広げながら満足にお金を得ることもなく、生活は常に困窮していた。吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたというのか?

その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。

吉田氏は「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」と当時の印象を語っている。

誰よりも吉田氏を知る長男の告白は、ジワジワと慰安婦問題の虚構の化けの皮を剥がしてゆくこととなろう。

大高未貴(おおたか・みき

【私の論評】吉田を裏で操っていた人物や組織が白日の下に晒されるか?


吉田清治氏は、本当に不可解な人物です。ブログ冒頭の記事にもあるように、さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしています。その養子の実名は李貞郁です。このこと一つとっても、本当に不可解と言わざるを得ません。

この不思議に満ちた、吉田清治の謎について、現在までネットで流布されているもののうち、書籍などの資料の裏付けのあるものについて以下にまとめて掲載します。

平成4年。NHK山口放送局は、吉田清治の“証言”に基づいた番組を企画、数十人を取材したのですが、ウラを取ることはできませんでした。その際、吉田本の出版先は、こうNHK側に説明したのです。

「あれは小説ですよ」

非常にシンプルな結論でした。吉田清治のデビュー作『朝鮮人慰安婦と日本人』(新人物往来社昭和52年刊)も、第二作『私の戦争犯罪』(三一書房昭和57年刊)も、ノンフィクションではなく、架空戦記だったのです。



小説が何故、ドキュメント作品と扱われたのでしょうか。それは、著者の吉田清治自身が自ノンフィクションだと言い張っていたからに他ありません。出版社側も表向き否定することはありませんでした。

しかし、実録作品にしては最初から奇妙でした。吉田清治とはペンネームで、本名は吉田雄兎というのです。個人体験を基にしたノンフィクション作品で無名の新人が筆名を使うケースはかなり珍しいことです。

加えて、吉田のこれらの書籍の最大のセールスポイントは、戦後30年以上を経て当事者が初めて告発したことでした。登場人物の仮名表記は有り得るのですが、「勇気ある告発者」が本名を隠すのはかなり不自然です。

他にも吉田は「東司「栄司」といった筆名を使い、本名を明かすことはありませんでした。歴史家が作品中の「史実」に違和感を覚えても、実名が判らない以上、追跡は困難です。これが吉田本の仕掛けの一つでもあったのです。

吉田の小説に登場する「私」は吉田が創出した架空の人物です。そうして、作者もまた架空の存在に近い正体不明の人物だったのです。

「何が目的でこんな作り話を書くんでしょうか」(『昭和史の謎を追う・下』文春文庫498頁)

済州島の地元紙『済民新聞』の文化部長は92年3月、訪ねてきた日本人にそう聞き返しました。現地を訪れたのは、歴史家の秦郁彦氏でした。地元メディアの素朴な疑問に対し、秦氏は答えに窮したといいます。

昭和史の謎を追う〈下〉 (文春文庫)

この時の現地調査で、吉田清治の嘘は完全に暴かれました。ストーリーに登場する逸話の裏付けが何一つ発見されなかったのです。物語のハイライトである「慰安婦狩り」そのものが創作だと判明した瞬間でした。

「著書は小説だったという声明を出したらどうか?」

秦氏は電話で直接、吉田清治にそう勧めました。現地調査の結果が産経新聞や『正論』で大きく取り上げられてから既に数年後のことでした。しかし、吉田清治は突っぱねました。

「私にもプライドはあるし、八十五歳にもなって今さら…このままにしておきましょう」(『慰安婦と戦場の性』新潮選書246頁)

慰安婦と戦場の性 (新潮選書)

秦郁彦氏
吉田清治に“訂正”を求めたのは、歴史真実派だけではありませんでした。捏造派の生き残り、吉見義明も吉田に「誇張部分の訂正」と原資料だと主張する「妻の日記」の公開を要請したのですが、同様に拒まれました。

「私どもも吉田清治証言が正しいというふうには言っていないわけですね。私の書きました本『従軍慰安婦』でも吉田証言は一切取り上げておりません」(『歴史教科書への疑問』展転社224頁)

歴史教科書への疑問―若手国会議員による歴史教科書問題の総括

吉見義明氏
吉見善明氏は、吉田の小説を著作に引用しなかったことを自負しています。吉田本がフィクション作品であることを暴いた決定打は、秦氏の現地調査ですが、それ以前に吉見らは疑いを抱いていました。

吉田清治が済州島に乗り込んで「慰安婦狩り」を行なったという記述が、デビュー作では「昭和19年4月」なのに対し、2作目では「昭和18年5月」と異なります。単純な設定ミスがあったのです。

そして、小説内で披瀝される経歴も嘘と虚飾に満ちていました。

吉田清治はデビュー作で「本籍地は山口県」と記しているのですが、実際は福岡県芦屋町西浜。そして上京して都内の大学に通ったといいます。朝日新聞は吉田の学歴を法政大卒と報道したが、明らかな詐称でした。

また吉田は、秦郁彦氏に対しては自分は、法政大中退と説明していたのですが、同大学には在籍記録が存在しません。

学歴さえもこの有様ですから、職歴はさらに謎です。昭和14年から約1年間、吉田は日系キャリアの中華航空上海支店で営業所主任を務めていたと自己紹介しています。しかし、元中華航空の関係者で吉田を記憶していた者は皆無でしたた。吉田は当時自らを中華航空の主任だとしているのですが、その主任を誰も覚えていないのです。

秦氏が精緻に経歴を追って事実確認が出来たのは、戦中に吉田清治が労務報国会という半官半民の組織で働いていたことだけでした。そうして、これが慰安婦狩りの実行部隊」として小説に登場する組織です。

過去には、清治について「元日本軍人」と解説されるケースが多く見られました。ウィキペディアでも誤った説明が長い間訂正されず、そのまま残っていました。現在では、訂正されています。吉田雄兎が所属していた労務報国会は、軍とは一切関係のない団体です。

労務報国会は、日雇い労働者の適正配置を促進する目的で昭和17年に設立されました。荒っぽい沖仲士などの労務者と供給・斡旋する業者らの特殊な組織です。そこで吉田は下関支部の動員部長だった自称しています。

秦氏の調査で、当時の吉田を知る人物が複数確認されました。組織にいたことは事実です。同時に、吉田の自称ノンフィクションに最初の疑問が呈されたのも、この組織でした。

「慰安婦狩の命令は西部軍→山口県知事→下関警察署長→吉田のラインで来たとしているが、関係者はこのような命令系統はありえないと否定する」(『昭和史の謎を追う・下』文春文庫498頁)

西部軍とは中国・四国・九州を管轄する帝国陸軍の大組織です。その司令官からの命令書を吉田が受け取ったというのです。プロット段階で話が荒唐無稽すぎます。そうしても゜焦点の慰安婦狩りシーンは当然のことながら全て創作です。



史実どころか自分史をも嘘で塗り固めた吉田清治。その人生で最も不可解なかたちで登場したのが、吉田の息子です。

金永達(キム・ヨンダル)という息子が吉田清治のデビュー作『朝鮮人慰安婦と日本人』で紹介されています。もちろん日本人ではなく、朝鮮人です。そして、この名前もまた仮名です。

実名は、李貞郁(リ・ジョンウク)。秦氏への説明によると、吉田は昭和12年4月に、この李貞郁を養子に迎え入れたといいます。なんと、不自然で唐突すぎる縁組みでしょう。

この時、大正2年生まれの吉田雄兎は24歳。設定では大学卒業直後の独身者です。一方の李貞郁は、大正6年生まれの20歳でしたた。4歳年下の朝鮮人を養子として入籍させたとうのです。

吉田の小説では、息子は同じ昭和12年に満州に渡って日本人教師と結婚。そして陸軍に入隊し日支事変で戦死したことになっています。しかし、現実は違います。

「養子にした李貞郁は、戦後は日本人として生活していたので、差別を避けるため金永達の仮名を用い、戦死していたことにしておいた」(『慰安婦と戦場の性』244頁)

嘘が暴かれてから4年後の平成8年、吉田は秦氏にそう明かしました。悲劇的な息子の戦死シーンは完全な創作だったのです。それでも吉田清治は、著作がフィクションであることを認めようとしませんでした。

秦氏の質問に対し、吉田の息子・李貞郁は昭和17年に妻帯し、58年に死亡したと答えています。また生前の職業は、労働組合の幹部だったといいます。

奇妙なストーリーです。朝鮮人を養子に迎えるには、相応の背景なり理由があるはずですが、吉田は何も語っていません。24歳の独身男が朝鮮青年を養子にするという異常事態に親兄弟ら縁者らは反対しなかったのでしょうか。

吉田清治とは一体何者なのでしょうか。プロフィールを調査していた秦郁彦氏は、学歴を辿る過程で、衝撃的な事実に出くわしまし。吉田雄兎は、戦前に死亡していたのです。

昭和初頭、吉田雄兎は地元福岡の門司市立商業高等学校に入学しました。同校は大正7年創立の伝統校で、現在は福岡県立門司大翔館高校へ名称を変更しています。

その門司市立商高の昭和6年度卒業生名簿には、吉田雄兎「死亡」と記されていたのです。何らかのミスがあったようには思えません。

我が国の戸籍制度は戦前から厳格で、軽々に市民を死亡扱いとすることはありません。公的な資料とも言える公立校の卒業名簿で死亡者になっていたことを覆すことはかなり困難なことです。

福岡は吉田の出身地です。親兄弟・親類縁者が身近に居れば、卒業名簿で「死亡」と誤表記される事態になることはあり得ません。非常に不自然です。実際の戸籍上では、どのような扱いなのか興味が尽きないところです。

そして、高校での死亡扱いから40年余り、吉田雄兎の本名を持つ、異形の架空戦記作家が世に現れたのです。果たして、吉田清治の筆名を名乗る男と卒業名簿で死亡扱いだった吉田雄兎は同一人物なのでしょうか。

吉田本には、両親や他の家族にまつわるエピソードが殆ど登場しません。偽りの個人史の片隅に出てくるのは、唐突に養子にした“息子”李貞郁と昭和19年5月に結婚した妻のフサエです。

吉田清治こと吉田雄兎(読売)
ドキュメントを偽装するにしても、小説として、少年時代や家族の逸話をバッサリ削ることは構成的に不自然です。

いったい、吉田清治こと吉田雄兎は何処から来て、何処に消えたのでしょうか。

平成28年の現在でも、吉田清治は生きています。この現代社会で生きていることになっているのです。正確に言えば、死亡が確認されていないのです。

吉田清治こと吉田雄兎の生年月日は、大正2年(1913年)10月15日。実に100歳を超えている。現在なら、かろうじて生きていても決して不思議ではない年齢ではあります。

しかし、今世紀に入ってぷっつりと音沙汰が途絶えています。秦郁彦氏が自白を引き出したのが、最新の発言になるかも知れません。これは、18年前のことです。当時、吉田雄兎は85歳と話していました。その頃の写真をみても、かなり老けています。

もし、今も生きているなら吉田雄兎は、どこに居るのでしょうか。養護施設で暮らしている可能性もあるでしょうが、それを示唆する情報も皆無です。稀代のダークヒーローとして盛んに取り上げた反日メディアも、吉田の消息について一切触れていません。

我が国では年間に約1000人程が行旅死亡人として埋葬されます。行旅死亡人とは、行き倒れ人など身元不明の死亡者のことです。ドヤ街を転々とし、身寄りもIDカードも持たず、ひっそり他界する者も少なくありません。

しかし、吉田は住所不定の労務者とは違います。著作権所有者は、個人情報満載の「著作権台帳」を活用すれば追跡が容易いです。そして、著作権切れを判定する必要から、死亡年月日の確認は重要です。

それでも出版元を介した情報もありません。ミステリーです。特定の狭い専門分野でもあるにせよ、吉田清治は国連リポートにも名を刻む著名人です。クマラスワミ報告書にも、引用された書籍を書いた人物です。そして反日陣営が頼る、唯一の加害側証言者です。

この吉田が、捏造慰安婦騒ぎが拡大し続ける中、現代の日本社会で十数年も隠棲することが可能なのでしょうか。まるで闇に消えてしまったかのようです。

生まれも育ちも末期までも、その人生すべてが曖昧です。正体不明の詐欺師・吉田清治こと吉田雄兎。ハッキリと残っているのは、この男の捏造話で我が国が受けた大きな傷跡だけです。

以上の事実は、別に新しい発見でもなんでもなく、様々な書物などに断片的に書かれていたものを掲載しただけのものです。

しかしながら、今回ブログ冒頭の記事にある通り、吉田清治の長男とされる人物が現れただけではなく、大高氏がインタビューしているというのです。

これで、少なくとも吉田清治が生きているのか、死んでいるのか、なぜあのような小説を書き、それをフィクションと偽ったのか、明るみに出るかもしれません。

これをきっかけとして、元々は、吉田清治のせいで修正された過去の誤った歴史が、正しいものに完璧に改められることを期待します。そうして、なぜ歴史が修正されてしまったのか、吉田清治の息子へのインタビューでとどまることなく、その真実に迫っていただきたいものです。

家族が見つかったのですから、そこから多くの人脈に、多くの人があたれば、さらに多くの事実が明かされるはずです。どんどん明らかにしてほしいものです。

また、長男とされる人も、勇気を持って様々なことを明らかにしていただきたいものです。何よりも、吉田清治とされる人物を裏で操っていた人物や組織を白日の下にさらしていただきたいものです。

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2015年2月25日水曜日

君は批判する権利があるか? 批判のマナーを教えてくれた教授の一言が人生でめちゃくちゃ教訓になっている―【私の論評】ニッポン人も日本人も、日本の原点にたちかえり、そこから自分の立ち位置を確認して、物事を考えなければ、本当の意味での学問もできないばかりか、現実を把握することもできず、組織運用にも支障が生じる(゚д゚)!

君は批判する権利があるか? 批判のマナーを教えてくれた教授の一言が人生でめちゃくちゃ教訓になっている

Jerk Chicken, Green Fig Salad, Sauteed Cassava / anax44
ぼくは意気揚々と相手を「批判」したつもりでいました。 「この部分は事実認識と甘いんじゃないですか」 「この部分に対してのヨーロッパの視野は狭すぎませんか」「……、ということでちょっと良い主張とは思えませんでした」 自信満々のぼくの「批判」に教授が言った一言は ぼくが批判を考える上で大学生活6年間の中で今でも大事な言葉です。 Jerk Chicken, Green Fig Salad, Sau...

【私の論評】ニッポン人も日本人も、日本の原点にたちかえり、そこから自分の立ち位置を確認して、物事を考えなければ、本当の意味での学問もできないばかりか、現実を把握することもできず、組織運用にも支障が生じる(゚д゚)!

上の文章、批判の仕方が間違っていたことを教授に指摘されたことを掲載しています。この文書を読んでいて、私は以下のように考えました。そうして、この内容は、NewsPicsに投稿しました。
「現在では、大学院あたりでも、こういう指摘されるこういう子供っぽい人がいるんですね。だから、教授に指摘されたのです。そういうことをこれくらの年齢になって指摘されるのは、非常に恥ずかしいことです。

それをこのような記事にして、それを吐露できてしまう今の社会はどこか狂っています。そもそも、いい年をした大人が馬鹿真似をする世の中ですから・・・・・。

現在では自己中心的であることを大学院レベルで、はじめて知るような人たちが、企業にはいってくるわけです。企業もこれに対応しなければならないということです。

いやはや・・・・・。親の顔をみてみたい。でも、そんなことを言ってもしょうがないです。現実がそうなのですから、私達もそれに対処しなければなりません」。
これが、これが、ブログ冒頭の記事に対する偽らざる私の感想です。

これが、中学生や高校生の作文なら、それはそれなりに評価しますが、大学生や大学院生レベルでは、評価にも何も値しないと思います。

だから、この記事の内容は、ほとんど掲載しませんでした。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。そもそも、これ自体を掲載することが、なにやら気恥ずかしく感じてしまいます。

私は、そう思います。

そもそも、日本でいわゆる話し合いの文化が始まったのは歴史が古く、それに関して文字で書かれた一番古い文献は17条憲法です。和をもって貴しとなす。物事は話し合って決めようということが書かれています。そうして、古事記、日本書紀、万葉集などもそうなのですが、考えかたの根底に上は天皇から下は乞食まで同じ日本人であるというのがあります。

これは、世界的にみてもとんでもなく革新的です。そもそも、奴隷制度があった他国ではあり得ない発想です。そうして、この話し合いには、そもそもまともな批判を前提としています。

このまともな批判について、経営学の大家ドラッカー氏は以下ようなことを述べています。

ドラッカー
未来に何かを起こすには、勇気を必要とする。努力を必要とする。信念を必要とする。決定のためには、いろいろな案がなくてはならない。ただし、可・否の二案だけでは不足だ。決定しないという決定もあることを忘れない方がいい。反対論がない場合には結論を出してはならない。勇気と勉強に不足があれば反対論は出ない。
このようなことは、実は17条憲法の前提となっています。しかし、最近のニッポン人(日本の伝統を継承しな日本人という意味)は、この精神を忘れています。

一昔前までの日本人なら、「和を持って貴し」という精神が息づいていて、批判をすることの本来の意義は誰に言われなくとも、育った環境の中で自然と身についたはずです。

しかし、現状では、ドラッカーなどの理論を借りてきてやさしく、説明しないと理解できない自己中心的なニッポン人が増えてきました。

しかし、そうはいっても、企業などの組織をまともに運営するためには、こうしたニッポン人を外国人の理論を借りてきても、納得させ理解させ、まともな組織人に育てなければなりません。

昔からの日本人の精神を背骨として、育っていれば、このようなことも必要がないのに、今ではこうした回り道をしなければならないというのが、非常に回りくどいし、残念なことです。

昨日は、以下のようなことがありました。
「(外国記者は)日本について全く無知で、いい加減なこと触れ回る」 朝日「吉田証言」2万人訴訟会見で、なぜか海外メディアとバトル
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事の要約を以下に掲載しておきます。
 いわゆる従軍慰安婦が多数強制連行されたとする「吉田証言」に基づく誤報を朝日新聞が30年以上取り消さなかった問題で、「朝日新聞を糺(ただ)す国民会議」が2015年2月23日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見した。同会議は、日本や日本国民の国際的評価を低下させたとして、朝日新聞に損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて提訴している。
 この日の会見では、訴訟の意義を「事実関係を司法の場で明らかにする」ことだと説明。さらに、対朝日新聞だけではなく、「日本について全く無知で、いい加減なことを触れ回っている」「朝日新聞と同じようなイデオロギー色に満ちた報道しかしていない」といった外国記者に対する批判も相次ぎ、記者からは「侮辱はすべきでない」などと反発する声が出た。
ちなみに、加瀬氏から奴隷制度について以下の様なコメントがありました。
日本は歴史を通じてslaves(奴隷)、slavery(奴隷制)が全く存在しなかった文化。特に、米国のつい19世紀後半まで奴隷制があった国からsex slaves(性奴隷)とか何とか言われたくない。それに日本には、宗教抗争、例えばカトリックとプロテスタントが際限なく殺し合うような宗教対立も宗教抗争も存在しなかった。多くの外国のジャーナリストの方々が、日本について全く無知で、いい加減なことを触れ回っているから、日本の評判が悪くなっている面が大変大きいと思っている。是非みなさん、日本について勉強していただきたい。
以下に、この記者会見の模様の動画を掲載しておきます。



事の是非をここでつまびらかにするつもりはありません。それについては、動画をご覧になった皆さんが決めて下さい。

ただし、加瀬氏や水島氏の言いたいことも理解できます。そもそも、外国人記者らは、古事記や、万葉集などの日本の伝統文化については理解しておらず、無論のこと文献としての17条憲法やその前提など全く知らない人がほとんどです。そうして考えかたの根底に上は天皇から下は乞食まで同じ日本人であったということを理解していません。

これが、当の日本人も理解していない人が、多くましてや外国人の場合は、まったくコミュニケーションがなりたたず、苛立ちを覚えているのだと思います。

これは、私が冒頭の記事を見て、苛立ちを覚えるのと、ある程度共通点があるものと思います。

ニッポン人も日本人も、もう一度日本の原点にたちかえり、そこから自分の立ち位置を確認して、そこから、物事を考えなければ、それこそ本当の意味での学問もできないばかりか、現実を把握することもできず、組織運用にも支障が生じてくると思います。事は、一個人の自己中ということではすまなくなります。

私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?

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2012年4月4日水曜日

どんどんとクリエイターは失敗すればいい... ジェームズ・ダイソン、苦労と成功の人生を語る!−【私の論評】確かに、ダイソン氏の言うとおり!!だが、一つだけ満たしておかなければならない、条件がある!!

どんどんとクリエイターは失敗すればいい... ジェームズ・ダイソン、苦労と成功の人生を語る!


【私の論評】確かに、ダイソン氏の言うとおり!!だが、一つだけ満たしておかなければならない、条件がある!!

詳細は、上の記事をご覧いただくものとして、ダイソン氏は、以下のような結論を出しています。

いまでも私は常に失敗していますね。物事とは失敗を繰り返さねば進まないものなのです。だからこそ、失敗しても構わないという寛容な環境を作り出しておくことが大切であり、たとえ社会に出て何年も過ぎた大人であっても、やはり失敗を犯せる自由度が許容されねばならないと私は信じていますよ。
私は、この結論に関して全く反論するわけではないし、全くその通りだとは、思うのですが、ただしというのがあります。多くの人々が、ダイソン氏の上記でいうことを無邪気に信じ込んで、開発現場などに参集し、次から次へと失敗を重ねたら大変なことになるかもしれません。個人にとっても、不幸になる場合もあるかもしれません。そもそも、会社自体が潰れてしまうかもしれません。


そのようなことにならないために、一つだけ、満たしておかなければならないことがあります。それは、いわゆる、"社会性"というやつです。これに関しては、当然ダイソン氏も、あのエジソンも満たしていたことと思います。そうして、あのスティーブ・ジョブスもそうでしょう。彼らも、"社会性"というやつが、あったから、あのような素晴らしいことを成し遂げたのだと思います。(写真上は、エジソン、下は、スティーブ・ジョブズ)


もし、社会性が低ければ、かれらは、あのような偉業を達成することはできなかったでしょうし、さらに、社会性の低い人がが、ダイソン氏やエジソンのように、失敗に失敗を重ねたらとしたら、それこそ、惨憺たる結果を招くと思います。


そうして、無論、ダイソン社の開発の人々も、社会性が低いということはないでしょう。あまり、高くない人もいるかもしれません。社会性がかなり低いという人は、いないと思います。これは、断言できます。そうして、ダイソン社も、他の部署には、多少社会性が低い人をまわしても、開発には、全く低い人を回すようなことはしていないと思います。

このような条件を満たす人、あるいは、満たす会社が、はじめて、ダイソン氏の語っている、繰り返し失敗ということを許されるのです。そうして、ダイソン社の開発をしている人々も、おそらく、その条件は、クリアした人々でしょう。ちなみに、あの電話という当時としては、画期的な発明をしたグラハム・ベルは、事業家としては、失敗して、その後を聾者の救済ということに捧げました。これに関しては、私自身は、ベル氏は、他の成功者と比較すると、社会性があまり高くはなかったことが背景にあるのではないかと思っています。それから、エジソンは確かに大発明家であるには、違いありませんが、彼も、事業家としては、思いのほか成功していません。これも、背景には社会性があるのだと思います。

ただし、社会性とは、いってもかなり茫漠としています。ただ、社会性とは、いっても、つきあいの多いと人々が、社会性が高いとか、KYでない人が、社会性が高いとする人もいるかもしれません。そのため、以下にまた、マインドマップで、その定義のようなものを掲載しておきます。

このマインドマップ、このブログでも過去に紹介したように、「なたもだ」でまとめてあります。これは、「なぜ」、「たとえば」、「もし」、「だから」の頭文字であり、論文など書くときに非常に役にたつものです。これに関しては、以前このブログに掲載したことがあります。それか、マップは、今回は、以前ブログにも書いたように、縦長にしてみました。クリックすれば、大きな画面でごらんいただけます。
さて、マップだけだと理解しにくいところもあると思いますので、多少説明を加えます。社会性といっても、範囲をはじめ、いろいろあります。まずは、近い社会があります。これは、本当に身の回りの社会のことをいいます。それから、遠い社会があります。これは、世界とか、日本とか、身の回りからは、かなり遠い社会という意味です。そうして、これらの社会の丁度真ん中くらいの、中の社会があります。

そうして、中の社会が、最も重要だということです。この社会に対して、関心があり、興味があり、対策を考え、対策を打つことにより、私たちは、はじて実務家になる得るということです。そりゃそうです。遠い社会のことばかり考えていては、ただの、夢想家、夢見る人にすぎないわけです。近い社会ばかり考えているような人は、その日暮らしで、大きな流れが見えなくなります。だからこそ、この中くらいの社会に対して感受性が高いとか、その単位でものを考えて実行する人が社会性が高いということになります。

これに関しては、下の写真の書籍『"かかわり"の知能指数 Social Quotient』の、巻末についている、SQのセルフチェック用紙がはいっていたので、それを用いてうちの会社の人をチェックしてみたところ、その設計思想(書籍には、そこまでは掲載していなかった)を良く理解することができたので、それを私なりにまとめたものです。マインドマップを見て、良く理解できないとか、質問があるかたは、是非コメントをお寄せください。また、SQは、社会性を図る尺度として、十分機能するものであることが理解できました。


それと、マップの中の、「マクドナルドのコーヒー、コンビニのコーヒー」とは、マックでプレミアム・ローストコーヒーを2008年に導入して以来、コーヒーもマックの主力商品となっていること、これについで、コンビニでも、いわゆる、いれたてコーヒーを販売するようになったことを示しています。これは、中くらいの社会、要するに、マックのある地域の顧客など注目したからこそ、このようなことができたというケーススタディーとして掲載したものです。なお、このケーススタディーは、このブログに過去に掲載したものです。詳細をお知りになりたいかたは、そちらをご覧になってください。


さて、社会性について、述べてきましたが、最初に述べたようにやはり、社会性が欠如する人が、失敗しても、それは、ただの無駄になってしまう確率が高いと思います。逆に、社会性がある程度以上ある人は、失敗を糧としながら、挑戦し続け、最後には、成功を収めるのだと思います。まあ、クリエーターは、社会性が高くないとなれないとまではいえないまでも、社会性が低くては、なれないでしょう。それに、社会性が低い人は、いくら頭が良くても社会では、なかなか成功できないことでしょう。

特に、イノベーションともなれば、社会性の低い人は、技術やアイディアにばかり、目が向いてしまい、肝心要の、イノベーションとは、社会の変化に対応したり、社会変革そのものをおこさない限り、最終的に成功はしないということを理解できずに、失敗を繰り返すこととなることでしょう。イノベーションに関わる失敗のほとんどは、これが原因だと思います。


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