やっぱり人気は根強い
森川聡一
筆者のピロは長年、トランプ一家とプライベートの付き合いがあり、トランプの子供たちのことも含め、素晴らしい人たちだと大絶賛する。本書のサブタイトル The Case Against the Anti-Trump Conspiracy がそのままズバリ示すように、ロシア疑惑などトランプをめぐる悪材料はすべて、アメリカの国家治安当局も加担する反トランプ勢力による陰謀だと批判する。
トランプ支持者たちの思いを代弁する本書
ここで最も重要なのは、本書の内容の妥当性ではない。こんなトランプ礼賛本がアメリカでベストセラーとなっている現実そのものに意味がある。本が売れるということは、内容に共感する人がそれだけたくさんいるということだ。本書はニューヨーク・タイムズ紙の8月5日付の週間ベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)で初登場し堂々の1位につけた。7週連続でのランクインとなった9月16日付リストでも6位となっている。
主要メディアによる報道をみると、トランプ政権への逆風は強まるばかりだ。政権の内幕を暴露する本が出版されるたびに、伝統的なメディアはトランプ政権の危機をあおる。しかし、手放しでトランプを礼賛する本書を買い求めて読むアメリカ国民がたくさんいる事実を見逃してはいけない。トランプ人気の根強さを示す。本書はまさに、トランプ支持者たちの思いを代弁してるからこそ売れているわけだ。例えば、次のような一節が、トランプを大統領選の勝利に導いた支持者たちの典型的な思いのひとつかもしれない。
To be sure, Trump was not your typical, politically correct candidate. Unlike the two-faced parasites in Washington, he really wanted to make America great again. They tagged him with every negative characterization they could. They called him a fascist, a racist, and twisted everything he said. Why? Because he was a threat to the greedy, corrupt Washington insiders who had captured our government.
「たしかに、トランプは伝統的な清く正しい大統領候補ではなかった。ワシントンに巣食う二枚舌を使う者たちとは違って、トランプは本当にアメリカを再び偉大な国にしたいと思っていた。政界の寄生虫たちはありとあらゆる悪名をトランプにきせた。トランプのことをファシストや人種差別主義者と呼び、トランプが言うことすべてを曲解した。なぜだろうか? 政府を支配する欲深くて堕落したワシントン政界のインサイダーたちにとって、トランプが脅威だったからだ」
「トランプもノーベル賞を受けて当然だ」
トランプが連発する不適切な発言につても、本書は次のように擁護する。
Okay, I'll give you this: Sometimes the president isn't as politically correct as LIAR Obama. But isn't it refreshing to finally be able to listen to someone who says what he thinks? To hell with political correctness. A nation exhausted after eight years of Obama's “I say what I mean and mean what I say” doubletalk were starving for the straight talk Trump delivered. Sometimes his wording is a little rough around the edges. But Donald Trump feels the way much of America feels, and that's why he was elected our president.
「たしかに、次の点は認めよう。トランプ大統領は時に、嘘つきオバマとは違って、政治的に不穏当な差別的な発言をする。しかし、そうした点はむしろ新鮮ではないだろうか、本音で語る人の話をついに聞けるようになったのだから。公平で中立的な偏見のない物言いなんてまっぴらだ。アメリカ国民はオバマの行儀のいい空疎な言葉に8年間も付き合い、うんざりしていたから、トランプが発する正直な言葉を待ち望んでいたのだ。トランプの言葉遣いは少し乱暴できつすぎるときもある。しかし、ドナルド・トランプはまさにアメリカ国民と同じように感じる。だからこそ、トランプはわれわれの大統領に選ばれたのだ」
とまあ、本書は全編こんな調子で、トランプ大統領が素晴らしい理由を、これでもかと並べ立てる。北朝鮮問題でもトランプは大きな成果をあげており、何もしなかったオバマでもノーベル平和賞をもらえたのだから、トランプもノーベル賞を受けて当然だとも論陣をはる。いくら引用してもきりがないので、この辺でやめる。繰り返しになるが、こうした本書の主張に拍手喝采するアメリカ国民がたくさんいるという事実を軽視してはいけないだろう。
最近も、著名ジャーナリストのボブ・ウッドワードが出版したトランプ政権の内幕を暴露するノンフィクションが話題だ。欧米だけでなく日本も含め主力メディアはウッドワードの著書について盛んに取り上げている。対照的にメディアは、本書のようなトランプ礼賛本が売れている事実を報じない。インテリたちが軽んじる本書のようなベストセラーの売れ行きにも目配りをしないと、アメリカの民意を読み誤るおそれがある。
【私の論評】米国保守層の現実を知らなければ評価できない書籍(゚д゚)!
ブログ冒頭の記事では、"Liars, Leakers, and Liberals"の表紙の写真を掲載しましたので、"FEAR"の表紙の写真も以下に掲載します。
米国Amazonでは、"Liars, Leakers, and Liberals"とならびこの書籍もベストセラーになっています。
同書は9月11日に発売されました。この手の書籍は既に数冊発売されていますが、中身は概ね「似たり寄ったり」です。これまでの暴露本の著者はいずれも無名でしたが、今回の著者は1972年のウォーターゲート事件の際に有名になったウッドワード記者だから本物、読む価値があるなどと言われているようですが、だからといって信用できるというのも変な議論だと思います。
確かにウッドワード氏はウォーター・ゲート事件では、それなりに有意義な活動をしていますが、その後どうだったかといえば、その書籍のほとんどな政治的なものであり、読むに値しないものがほとんどでした。
ボブ・ウッドワード氏 |
この現象は、このブログでも過去に紹介しているようにアメリカ社会の保守・リベラルを巡っての米国社会の状況を知らないとなかなか理解できないでしょう。
トランプ大統領登場前の、米国社会の状況がどうなっていたかといえば、このブログでも以前紹介したとおり、メディアのほとんどがリベラルであり、特に新聞の大手メディアは全部がリベラルに占められている状態です。
日本でいえば、朝日新聞、毎日新聞のようなメディアばかりであり、産経新聞はないようなものです。日本で産経新聞を読まずに、朝日新聞、毎日新聞ばかり読んでいると、安倍総理は悪人であるかのような見方になってしまい、とんでもないことになります。
それと同じように、米国の大手新聞を読んでいれば、まるでトランプ大統領のことを「気違いビエロ」のように見えてしまうのは当たり前といえば、当たり前です。
ただし、米国の大手新聞のすべはリベラルだとはいえ、中にはウォール・ストリート・ジャーナルのように、まともな報道をする新聞もあるので、まだ救われているところがあります。しかし、これは例外的であり、他の大手新聞はかなり偏向しています。
テレビはどうかといえば、大手テレビ局もほとんどがリベラルです。一つだけ例外なのが、FOXTVです。FOXニュースで活躍する女性コメンテーターのジェニー・ピロが上記のような書籍を書いたのにはこのような背景があります。
そうして、学問の分野でもリベラル派が幅を効かせています。特に文系の学会はそうです。その中で歴史学などは完璧にリベラルの牙城となっています。
保守派では悪人扱いのルーズベルト |
しかし、米国の歴史学会では相変わらず「ルーズベルトマンセー」であり、そうでないと米国歴史学会では生き残れません。米国では、保守的立場から歴史学を研究するとすれば、大学では不可能であり、軍の研究機関に入るか、保守系シンクタンクに入るしかないと言われています。
それを目指す人も、学生や院生までは、「ルーズベルトマンセー」を貫かなければ、芽を摘まれてしまうそうで、ひたすらリベラル派の立場で論文を書いたりして、自分の本当にしたい研究はそれなりの機関に入ってからでないとできないそうです。
これは、大学などに限らず、企業や大学よりも下の高校や小中学校でも同じでした。とにかく、リベラルが主流であり、保守系は亜流であると思われていました。
人口でいえば、米国のおそらく半分はいるであろう保守層の考え方などは、まるで存在しないかのごとく、マスコミでも学問の世界でも、かき消されてきたというのが現実です
そこに登場したのは、保守派のトランプ大統領です。トランプ大統領の誕生そのものが、米国の人口少なくとも半分は今でも保守派であるということを証明したと思います。そうでなければ、トランプ大統領が誕生することはなかったはずです。
日本人の中には、「ルーズベルト大悪人」などという考えなど到底及びもつかない人も大勢いると思います。
同時に、トランプ大統領が保守であるという意味もよくわかっていない人が大勢いると思います。
トランプ氏は保守派であり、保守派のバックポーンは典型的なピューリタニズムの原理に基づく行動です。トランプ大統領は、この原理こそが本来米国の富を築いてきたと考えていわけですが、この原理にもとづく行動は、現代の米国のリベラル派からすれば、過去に戻るというだけであって、せっかく長年かけてリベラルが気づいてきた社会に逆行するものでしかないわけです。
ただし、米国では先にも述べたように、リベラル派がマスコミはもとより、政治や学問の世界、ありとあらゆるところで、主流派となったので、本来米国の人口の半分近くを占めるはずのビューリタニズム的な勤勉をバックボーンとする保守層の考えはごく最近まですっかりかき消されてきたといのが現実でした。
そのかき消された声を代弁したのがトランプ氏の言動です。多少乱暴なところがありますが、それは軍隊を意識したものであると思います。米国の軍隊では、特に新兵の訓練などでは、教官がこれ以上汚い言葉はないのではないかと思えるくらい、徹底的に汚い言葉で、新兵を怒鳴りつけ教育・訓練します。それこそ、パワハラの連続ともいえるくらいの、汚さです。そうやって、新兵を本物の軍人に鍛えあげるのです。
トランプ大統領の乱暴な言葉や、保守派の典型的なビューリタニズム的考えは、到底並のリベラルには受け入れられるものではありません。そのあたりを代弁したのが、ジェニー・ピロの書籍なのです。
このような背景が理解できていないと、この書籍の意味するところも理解できないのではないかと思います。実際、ブログ冒頭の記事でもこの書籍を単純に「トランプ礼賛本」と位置づけていますし、最後の結論のところでは、「インテリたちが軽んじる本書」などと決めつけています。
先にも述べたように、少なくとも米国の半分は保守層なのですから、その半分のうちには当然インテリも大勢含まれています。
米国社会は、保守派のトランプ大統領が誕生した今でも、マスコミはおろか学問の世界、学校、芸能界、ありとあらゆる職場で「リベラル」が主流になっています。そんなところで、保守派的な意見などみだりに開陳できません。特に保守派インテリはそうでしょう。
下手なことをいうと、すぐに「ボリティカル・コレクトネス」等の観点から大糾弾されかねません。それどころか、下手をすると、職を失ったり、大学生や大学院生なら退学せざるをえなくなるかもしれません。そこまでいかなくても、将来の芽を摘まれることにもなりかねません。インテリこそ、普通の人よりそうした危険度は高いことでしょう。
だからこそ、「リベラル」がありとあらゆるところで、主流となっている今の米国では、ボブ・ウッドワード氏の書いた"FEAR"のような内容は、もうすでにリベラル・メディアなどで散々言い尽くされたきたことですし、リベラ派人々の話題にもなってきた事柄です。特段新しいと思われることはありません。
私は、このような背景を知った上で、この書籍を評価しなければ、現実を見誤り、米国の人口の半分の保守層を無視することになると思います。