- 今回の米国の軍事行動は「ベネズエラ問題」では終わらない。中国が中南米で進めてきたエネルギー・資源拠点化そのものに、米国が実力で踏み込んだ事例であり、対中戦略の一部として理解しなければ意味を取り違える。
- 日本国内で根強かった「トランプ大統領は最終的に中国とディールで片をつける」という見方は、今回の件で完全に崩れた。中国の顔を無視し、軍事行動を選んだ事実は、トランプが“取引の人”ではなく、“覇権構造を守るために力を使う人”であることを明確に示している。
- この動きは遠い南米の話ではない。米国は南米と西太平洋を連動させ、中国を挟み込む構図を描いており、その東側の要石に置かれているのが我が国である。今回の出来事は、日本がすでに大国間競争の「外側」ではなく、「中」にいることを突きつけている。
発端は、ニコラス・マドゥロ大統領の振る舞いにある。新年早々、「米国と話し合う用意がある」と発信しながら、その直後、中国政府の代表団をカラカスに迎え入れた。この行動は、多角外交などという生ぬるいものではない。米中を秤にかけ、自らの交渉価値を吊り上げようとする露骨な蝙蝠外交である。米国から見れば、融和のサインではなく、明確な挑発に映った可能性が高い。
さらに事態を深刻にしたのが、中国のベネズエラでの行動、とりわけエネルギー分野への深い関与である。油田開発、原油の長期供給、輸送・精製インフラ、金融支援。これらは単なる経済協力ではない。制裁を回避しつつ資源を確保するための、極めて政治的な実験場であった。
一方、米国はシェール革命以降、「エネルギードミナンス」を国家戦略の柱に据え、エネルギー市場そのものを覇権の基盤として再構築してきた。その構図の中で、中国が中南米の要衝に足場を築くことは、米国の長期的国益に正面から触れる行為である。
重要なのは、米国が感情で動いたのではない点だ。マドゥロの蝙蝠外交を放置すれば、中国は「米国の影響圏でも押し込める」という前例を得る。短期的な国際批判と、長期的な覇権構造の毀損。天秤にかければ、どちらを選ぶかは明白である。今ここで一線を越える方が合理的だという判断に至ったとしても、何ら不思議ではない。
2️⃣中国の読み違えと「トランプはディール派」という誤解
米国は国際法的な理屈も積み上げてきた。麻薬、治安、民主主義、地域安定。これらを束ね、「放置すれば秩序そのものが損なわれる」という構図を描く。過去の事例を見ても、これは衝動ではなく、米国が繰り返してきた行動様式である。
この流れの中で、中国の読み違えは鮮明になる。米国が本気で軍事行動に踏み切る覚悟を持っているとは、正確に読めていなかった可能性が高い。もし読めていれば、攻撃直前に代表団を送り込むような中途半端な動きは取らない。事前の警告、在留者の退避、国連での動きが先に出るはずだ。現実には、それはなかった。
攻撃直前に行われた中国代表の訪問は、結果として何一つ事態を動かさなかった。抑止にもならず、中国の存在が意思決定に影響しなかったことを、世界に示しただけである。中国は自らの影響力を過大評価し、米国の決断の重みを見誤った。
ここで、日本国内に広く存在していた一つの憶測に触れておく必要がある。それは、「トランプ大統領は最終的には中国とディールで話をつけたいと考えているのではないか」という見方だ。関税交渉や首脳会談の印象から、そうした解釈が語られてきた。
しかし今回の件は、その憶測を粉微塵に打ち砕いた。中国が深く関与する地域で、中国の顔を完全に無視し、しかも軍事行動という最も強い手段を用いた。この事実は、トランプが「話し合い優先の調整型指導者」ではなく、覇権構造に触れたと判断すれば、ディールではなく力で遮断する人物であることを、改めて明確に示している。
この点は、2017年4月の前例とも重なる。トランプ大統領は、習近平国家主席との首脳会談の最中に、シリアへの巡航ミサイル攻撃を実行した。首脳外交や面子が、米国の軍事行動を抑制しないことを、あの時すでに世界は見せつけられている。
2017年のシリア攻撃が、規範違反に対する象徴的な懲罰だったとすれば、今回のベネズエラ事案は、エネルギーと覇権という構造そのものに触れた、より実務的な行動である。ただし共通点は明確だ。米国は事前に相談しない。既成事実を突きつけ、中国を傍観者の位置に置く。そのやり方は一貫している。
3️⃣南米と西太平洋──挟撃構図の中で浮かび上がる我が国の位置
| トランプ米大統領がソーシャルメディアに投稿した、拘束後のマドゥロ氏の写真 |
今回の事態は、三つの誤算が交差した結果である。マドゥロは、米中を秤にかければ主導権を握れると誤認した。中国は、自国の存在が抑止力になると過信し、米国の覚悟を読み違えた。そして米国は、その二重の誤算を見逃さなかった。
さらに重要なのは、この行動が中国だけに向けられたものではない点だ。ロシア、イラン、北朝鮮を含む反米・非西側陣営全体に対し、「米国の核心に触れれば、場所も時期も選ばず遮断する」という、きわめて現実的な警告として機能している。中南米という戦域を選んだこと自体が、その意思表示である。
視野をもう一段引き上げれば、この動きは単発ではない。南米と西太平洋を連動させ、中国を地理的に挟撃する長期戦略の一環として見る方が、全体像ははるかに分かりやすくなる。西太平洋では同盟網で前進を抑え、南米では資源・エネルギー拠点化を許さない。二正面を同時に動かすことで、中国の戦略的自由度を削り取る構図だ。
このとき、我が国の位置づけは決定的である。我が国は、西太平洋における東側の要石であり、この構図から外れることはできない。今回のベネズエラ事案は、遠い地域の出来事ではない。我が国がすでに戦略の構成要素として舞台に立たされていることを示す、はっきりとした前兆である。
結び
国際政治を動かしているのは、声明でも理念でもない。
軍事・資源・同盟が、どこにどう置かれているか、その現実だけだ。
我が国は今、その現実の只中に立たされている。
中国はなぜ今、台湾を揺さぶり続けるのか ──空母「福建」が映し出す真の狙いと、日本が陥ってはならない罠 2025年12月18日
中国の軍事的示威を「強さの証明」と誤認しがちな空気に釘を刺し、過剰反応と過小反応の両方が敗北を招く構図を整理している。中国を“巧妙な戦略国家”と見なす通俗的理解を外し、相手の不安定さを冷静に読む視点を補強できる。
米国は南米と西太平洋で中国を挟撃し始めた──日本は東側の要石として歴史の舞台に立った 2025年12月14日
米国が南米と西太平洋の二正面で中国の“裏の生命線”を断ち、日本を東側の要石として固定しつつある、という大きな構図を描いた記事だ。今回のベネズエラ論を「単発の介入」ではなく「配置の問題」として読者に理解させるための中核リンクになる。
米軍空母打撃群を派遣──ベネズエラ沖に現れた中国包囲の最初の発火点 2025年11月24日
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三井物産×米国LNGの20年契約──日本のエネルギー戦略を変える“静かな大転換” 2025年11月15日
エネルギーを単なる経済問題として扱わず、地政学と同盟運用の道具として捉えるための土台になる。米国のエネルギードミナンスや対中戦略の「裏側の燃料」を、読者が腹落ちする形で補強できる。
ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)! 2021年10月6日
中国が資金力を背景にラテンアメリカを外交ツール化していく構図を早い段階で整理している。今回の「ベネズエラは対中戦略の一部」という主張に、時間軸の厚みと説得力を与える補助線として効く。
