「日本は借金まみれ」という人の根本的な誤解
「政府の借金」と「家計の借金」は同じではない
村上 尚己 : マーケット・ストラテジスト
日本の経済メディアでは、「金融緩和・財政政策拡大をやりすぎると問題・弊害が起こる」という論者のコメントが多く聞かれる。
日銀は本当に「危険な金融緩和」を続けているのだろうか
実際のところ2008年のリーマンショック直後から、米国の中央銀行であるFRBは、国債などの大量購入に果敢に踏み切り、それが一足早い米国経済の正常化を後押しした。その後、2012年の第2次安倍晋三政権誕生後の日銀総裁・副総裁人事刷新を経て日本銀行はFRB(米国連邦準備制度理事会)にほぼ4年遅れる格好で大規模にバランスシートを拡大させる政策に転じた。
これが、アベノミクスの主役となった量的質的金融緩和政策が始まった経緯である。筆者には日本のメディアがこれを正しく伝えているようには思われず、いまだに日銀は「危険な金融緩和」を続けているなどといわれている。
実際には、最も金融緩和に慎重とされたECB(欧州中央銀行)も含めて、多くの先進国の中央銀行は大規模な資産購入拡大を行っており、日銀もその1つにすぎないというのが投資家の立場での、筆者の見方である。つまり、雇用を生み出し国民生活を豊かにするために、米国などで実現している金融緩和政策が、日本でも2013年になって遅ればせながら実現しただけである。始めるのが遅かったのだから、FRBよりも日銀の出口政策が遅れているのは、やむをえない側面がある。
また、アベノミクス第2の矢とされた拡張的な財政政策は、政府部門の債務を増やす政策である。「日本の財政は危機的な状況にある」というのが通説になっている。
「借金が増え続けている」というフレーズだけを聞くと、不安に思う一般の人々が多いのは仕方ないかもしれない。たとえば年収500万円の人が、1000万円の借金を抱えることになれば、その負担が大きいのは確かだ。そして、日本は国民1人当たりの借金が数百万円に達するなどと頻繁に伝えられている。
しかし、メディアでいわれる「日本の借金」とは、個々の家計が抱える借金とはかなり異なるのが実情である。国民1人当たり数百万円の借金があるという言い方は、機械的に計算するとそういう数字が出てくるだけにすぎない。
これは、日本の財政状況の危機が深刻であるかのように政治的にアピールする方便の1つだと筆者は常々考えている。この事実を理解するには、政府・企業・家計という主体別にバランスシートを分けて考えたうえで、俗にいう「日本の借金」は、実は政府の負債であり、家計や企業から政府が借金しているという貸借関係を頭に入れる必要がある。
そうすると、「日本の財政状況は、家計が大規模な借金を抱えている状況」というイメージと実情がまったく異なることが理解できる。よく知られている話かもしれないが、政府部門では、2017年3月末時点で、借金である国債などが1052兆円の負債として計上されている。
政府は借金の一方、日本人は国債という資産を保有
だが、政府よりも大きなバランスシートを持つ金融機関と家計・企業によって、この1000兆円規模の国債(政府負債)の多くが「資産」として保有されている。つまり、政府は借金しているが、一方で日本人が「国債という資産」を保有していることになる。
実際に国債を大量に直接購入しているのは銀行、生命保険会社などの金融機関であり、約1000兆円の国債などを金融機関が資産側に保有している。
一方、家計・企業が国債を資産として保有している分は限られる。ここで、なぜ銀行や生命保険会社が国債を大量に保有するかを理解する前提として、金融機関と家計・企業のバランスシートの関係を理解する必要がある。
金融資産を蓄積している家計・企業の預金や保険料(将来の保険支払いに充当する)が、金融機関にとっての負債に相当するが、その見合いで金融機関は何らかの金融資産を保有しなければならない。その投資先が、1000兆円規模の安全資産である国債になっているわけである。
政府負債である国債をめぐる貸借関係を整理すると、家計・企業の預金(約1200兆円)を原資にして、金融機関を通じて、政府の負債である国債のほとんどが国民によって金融資産として保有されているということになる。要するに、政府部門は1000兆円の負債を、家計や企業などの国民から一時的に借りているだけである。
これを理解すれば、日本人全体でみれば、たとえば500万円の収入の家計が、収入の2倍の規模(1000万円)のローンを抱えているというイメージと、現実がまったく異なることが理解できるのではないか。「借金大国日本」のイメージはバランスシートの1面にフォーカスしているだけで、バランスシートの別の部分をみれば、家計・企業の収入は500万円あるが、同時に安全資産である1000万円の金融資産を保有していると言うこともできる。そういえば、日本は大変豊かな国である、と多くの方は感じるのではないか?
財政健全化に傾倒する「緊縮策」は危険な思想
米国の経済学者である、ブラウン大学のマーク・プライス教授は、財政健全化などを至上命題とする政策を「緊縮策(Austerity)」として、それに傾倒する考えを、危険な思想であると批判している。日本においては、金融市場・経済当局・メディアの関係者の多くが、この「危険な思想」にとらわれているように筆者には見える。安倍政権になってからの2014年の消費増税の失政により、脱デフレ完遂に時間がかかってしまった経緯などをみれば明らかに思える。
日本が「借金まみれ」というのは誤解で、むしろ実際には世界一の資産保有国である。財政赤字や公的債務問題は、日本の「有権者」が自ら選んだ政府に一時的に貸している資産(借金)が増えている、というだけである。そして政府から有権者である国民への借金返済ペースは、国民経済を豊かにするために、余裕を持って決めることができる。性急な増税が妥当な政策なのか、われわれ国民は冷静に賢く判断できると筆者は考えているが、「危険な思想」に傾倒した方々には、冷静な判断が難しいのかもしれない。
個人の借金と政府の借金は異なる |
唯一付け加えると、政府は不死身のようなものですが、人の命には限りがあるということです。国という存在は、世代を超えて受継がれていくものですが、個人はそうではありません。
だから、国の借金を個人や家計の借金と同じように考えるのは根本的な間違いです。個人よりも、企業などの組織、さらに政府ともなれば、膨大な借金を長期間続けても問題はありません。だから、企業や政府はお金を潤沢に借りることができるのです。
逆に、短命な個人は、企業や国などと比較すれば、僅少な借金を短期間しかすることはできません。個人は、自らの収入などに見合った短期の借金しかできないし、してはならないのは当然のことです。
そうして、今の日本はブログ冒頭の記事にもあるように、政府は外国から借金をせず、国内から借金をしているだけです。逆に外国には世界で一番多く、お金を貸している国でもあるのです。
逆に、短命な個人は、企業や国などと比較すれば、僅少な借金を短期間しかすることはできません。個人は、自らの収入などに見合った短期の借金しかできないし、してはならないのは当然のことです。
そうして、今の日本はブログ冒頭の記事にもあるように、政府は外国から借金をせず、国内から借金をしているだけです。逆に外国には世界で一番多く、お金を貸している国でもあるのです。
しかし、このような日本も昔は外国から借金をしていたときがあります。たとえば、日露戦争の戦費のほとんどは外国からの借金に依存しました。
そうして、日本政府の先達たちは非常に厚い信用を創ってきました。日本は1905年に日露戦争に勝利して戦争を終えました。しかし多額の借入を背負いました。次の年の1906年からイギリス銀行団とユダヤ人銀行家ジェイコブシフに戦費の借金返済をし始めました。
そうして、日本政府の先達たちは非常に厚い信用を創ってきました。日本は1905年に日露戦争に勝利して戦争を終えました。しかし多額の借入を背負いました。次の年の1906年からイギリス銀行団とユダヤ人銀行家ジェイコブシフに戦費の借金返済をし始めました。
そしてなんと返済をし終えたのが日露戦争が終わってから82年後の、1986年だったのです。日露戦争の借金を返し終えたのは比較的最近のことです。日本人は借りたものは必ず返すのです。だからこそ、皆さん安心して国債を買うのです。そして日本政府はどんなに時間がかかろうとも必ず返済するのです。
日露戦争の戦地 |
日露戦争当時の日本は、そのような信用は勝ち得ていませんでした。日露戦争の費用は国家予算の8年分で国債を発行して賄われました。日露戦争の費用は総計で19億8612万円でした。当時の国家予算は2億5000万円だったので、8年分です。
この内、14億7329万円は国債で賄いました。4分の3は借金によって賄われたわけです。では、この国債を日本はどのようにして、消化したのでしょう。
それは、14億7329万円は国債の内、13億円が外債として、外国に引き受けてもらったのです。
しかし、日本の国債を外国に買ってもらうというのは困難なことでした。当時は世界中のほとんどの国が、ロシアと日本が戦争をすればロシアが勝つと思っており、負けると思っている国の国債を買うはずもありません。
この困難な仕事を引き受けたのが、当時、日本銀行の副総裁であった高橋是清なのです。日露戦争が開戦するとすぐに、外債募集のためにアメリカ、ヨーロッパに高橋是清は派遣されます。
高橋是清 |
しかし、当時のアメリカは豊かな国だったのですが、未開の地が多く残る発展途上の国でもあったことで、アメリカ自身がヨーロッパから投資をしてもらっている段階であり、日本に投資をするような状況ではなかったので、外債の募集は難しかったのです。
当時の日本は担保になる資源も無く勝てる見込みも無くまだまだ、国際的な評価が低い状況でした。
次に高橋是清は、ヨーロッパに向かいますが、ここでも結果はあまり良くありません。
当然のことながら当時の日本は、国際的な評価が低くアジアの小国に過ぎなかったので、ロシアに勝てるわけはないと思われていることから、外債を買ってくれる国は現れませんでした。
さらにもう一つの理由が、日本には担保になるものがないことです。ロシアには、広大な国土と鉱山があったので、もし戦争に負けてもそれを取ればいいのですが、日本にはそれに当たるような資産はありませんでした。
よって、ヨーロッパ諸国は日本には金を貸さずに、ロシアにばかり投資をしていたのです。しかし、高橋是清は諦めずにイギリスに向かい成果をあげました。
なかなか外債が売れないままでしたが、日本は日露戦争の直前に同盟を結んでいたイギリスを当てにしていました。
しかし、イギリス人は日本人が思っている以上にシビアで、同盟は結んでも、お金を貸すことは渋り、同盟はあくまでもロシアの脅威から自国を守るためのもので、日露戦争での日本の勝利のためにお金を貸すことではないと考えていたのです。
それでも高橋是清は諦めず、イギリスの銀行家たちを説得し、なんとか500万ポンド分の国債を買ってもらいました。
政府から申し付けられていた額は1000万ポンドでしたが、それでも売れないよりは良かったのです。
やっとの思いで、イギリスで国債を発行できたことのお祝いで、イギリス人の知人が高橋是清を晩餐会に招待してくれました。この晩餐会で彼は、幸運にめぐり合います。
晩餐会には、アメリカ国籍ユダヤ人の銀行家ジェイコブ・シフも招待されていました。高橋是清はジェイコブ・シフに、日本の経済状態についてや、日本の国債を1000万ポンド発行しようとしていることを話しました。
アメリカ国籍ユダヤ人の銀行家ジェイコブ・シフ |
日本と戦争をしてロシアの国力が弱まれば、ロシア帝政は倒れる。そのために、日本に加担しようと考えたのです。
ジェイコブ・シフの協力は、日本が日露戦争を続ける上で多大なる貢献となります。ユダヤ人の迫害を続けていたロシアに日本を勝たせたかった
ジェイコブ・シフは、ロシアにユダヤ人の迫害をやめさせるように様々な努力をしていました。
ヨーロッパ各国に働きかけたり、ロシア政府に抗議したこともあります。さらに、ジェイコブ・シフは、ロシア政府にお金を貸してもいました。
これには、お金を貸すからユダヤ人の迫害をやめてくれというメッセージでした。それでもロシア政府はユダヤ人の迫害をやめません。
このような経緯があり、ジェイコブ・シフは日本に加担することを決めたのです。
一方その頃、日本軍はロシア軍との激突を繰り返していました。日本軍は、1904年4月30日に鴨緑江の渡河作戦を行い、作戦は圧勝となり、日本軍は次々に占領していきます。
これにより、欧米での日本の人気は高まり、高橋是清はようやく当初の予定の外債を消化できたのです。
日本にとって、鴨緑江の渡河作戦は、外債のためにも絶対負けられない戦いでした。もしこの作戦で戦いに負けていれば、日本は外債が消化できず、戦闘が継続できなくなり敗戦していたかもしれません。それぐらい、日露戦争は綱渡り状態だったのです。
鴨緑江の渡河作戦の成功により、イギリスとアメリカで発行された日本の国債は、申込者が予定の数倍以上になり、発行銀行には何十メートルもの行列ができるほどの人気となりました。
日露戦争の軍費は予想をはるかに超え、外債は最終的に8200万ポンド発行されました。戦争前は、1000万ポンドの国債を消化させるのにあれだけ苦労したのに、最終的には、その8倍も発行・消化が出来たのです。
その多くは、高橋是清の功績によるもので、日露戦争は高橋是清の活躍で勝利したと言っても過言ではありません。
この当時と比較して、今の日本は外国からお金を借りているわけてばなく、ブログ冒頭の記事にもあるように、日本国内からお金を借りているわけです。日露戦争当時の日本から比較すれば、会社でいえば無借金経営をしているようなものです。
人と比較すれば、不死身な政府が日露戦争当時の日本のように、個人で借りる場合と比較すると破滅的な額を借りたとしても、返済は可能なのです。ましてや、今の日本は戦争をしているわけでもないし、日露戦争当時のように外国から借金をしているわけではありません。
そんな日本を借金まみれというのは、財務省による増税キャンペーン以外の何物でもありません。私は、このような陰湿な印象操作をする人は、病的であると思います。
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