2019年9月6日金曜日

「EU離脱」が英国にむしろ好ましいと考える理由―【私の論評】ブレグジット後、安全保障面と自由貿易で日本との関係が深まる英国(゚д゚)!

「EU離脱」が英国にむしろ好ましいと考える理由

一時的な円高や株の大幅安を招く懸念は残る

村上 尚己 : エコノミスト

ジョンソン首相は解散総選挙に持ち込みたいが、簡単ではなさそうだ。市場は今後どう反応するのか

8月22日のコラム「アメリカ株は再度大きく下落するリスクがある」
では、アメリカ株の下振れリスクが依然大きいと述べた。その後、8月23日にダウ工業株30種平均(ダウ平均株価)は2万5500ドル前後まで急落する場面があった。ただ、同29日には米国との関税交渉について中国の姿勢が穏当であることを期待させる報道などをうけて、ダウ平均は約2万6300ドルと、急落前の水準までほぼ戻った。

米中貿易戦争の下振れリスク織りこみはこれから

 アメリカ株市場は、米中貿易戦争に関する思惑で一喜一憂している状況と言える。北京で10月初旬に行われる中国の政治方針を決める会議の前後に、米中貿易戦争が沈静化するとの見方も聞かれる。米中貿易戦争の展開について、筆者は確固たる見通しを持ち合わせていない。だが、両政府が妥協するには至らず貿易戦争は長期化するため、米国が表明する対中関税のほとんどは実現すると想定している。

 問題は、米中による関税引き上げ合戦によって、両国を中心に世界経済がどうなるかである。筆者は、世界貿易の停滞が長引くため、製造業を中心に世界経済の成長率は2020年まで減速すると予想している。これまで利益拡大が続いてきた、アメリカ企業の利益の頭打ちがより鮮明になると見込まれるが、アメリカの株式市場は企業利益の下振れリスクを十分織り込んでいないとみている。

 そして、目先のリスクイベントとして注目されるのが、イギリスの欧州連合(EU)からの離脱問題である。ボリス・ジョンソン氏は7月下旬に保守党党首選に勝利し、政権を発足させると、10月末が期限となっているEUからの離脱を強硬に進める姿勢を強く打ち出した。それ以降、8月中旬まで外国為替市場でポンド安が進むなど、「合意なきEU離脱リスク」が懸念されている。

 10月末の期限までに合意なきEU離脱が実現する可能性は、現状で約40%と筆者は想定している。イギリス議会では合意なきEU離脱を阻止する政治勢力が強いことから、総選挙が想定されるなど今後の政治情勢が大きく変わりうる。どのような結末になるかは、同国政治の専門家ではない多くの投資家にとっても、見通すことは難しいだろう。

 金融市場は、10月末までに合意なき離脱が起きるかどうかの思惑で揺れ動いており、合意なき離脱となれば円高、株安をもたらすと見る向きが多い。筆者が警戒しているアメリカ株の下落は、合意なき離脱への懸念が高まり、市場心理が悪化することによって引き起こされる可能性がある。

 こうした意味で、目先のイベントとしてイギリスのEU離脱の行方を警戒している。ただ、どのような形であれイギリスがEUから早期に離脱することは、同国経済にとってむしろ望ましいと考える(この点は5月30日コラム
「EUへの民衆の支持が一段と落ちると読む理由」ですでに指摘した)。

 2016年以降の約3年間にわたり、EU離脱問題がどのような結末になるか分からないという不確実性が、同国の企業の設備投資を抑制し、成長率を下押ししてきた。EU離脱の行く末がはっきりすれば、抑制されていたイギリス企業の設備投資が増え始める可能性がある。

 もちろん、合意なき離脱となれば、モノ・ヒトの移動などに際して短期的に混乱が起きる可能性は否定できない。ただ、合意なき離脱となった場合は、英国は物品の87%の品目の輸入関税を無税にする暫定措置を発表、また関税職員を増やす対応を行っている。このため、海外からの輸入品が突如途絶えるリスクは限定的とみられる。

英国は合意なき離脱となっても、危機を回避する

 合意なき離脱によって、イギリスの株安、通貨安など金融市場にショックが起こり、金融システムが揺らぐこともリスクだろう。ただ、英イングランド銀行(中央銀行)は、ショックに備えて金融政策を慎重に運営しているが、合意なき離脱となれば利下げに転じ金融市場に流動性を供給する政策に踏み出すだろう。そして、政治情勢は予想できないが、ジョンソン首相は今後政府歳出を大規模に増やすプランを明示している。これらの政策対応によって、仮に合意なき離脱となっても英国は危機を回避すると予想する。

 つまり、今後想定されるイギリスの合意なき離脱は、2016年半ばのEU離脱の是非を問う国民投票後のように一時的に金融市場が大きく動く可能性はあるが、それが世界の景気動向に及ぼす影響は同様に軽微にとどまるだろう。

 むしろ、合意なき離脱となり経済的苦境に直面するのは、イギリスと経済関係が深いフランスを中心としたEU諸国ではないか。イギリスではEU離脱に向けた準備が進んでいるが、イギリスと貿易取引がさかんなフランスなどでは税関などの準備が十分に進んでいない可能性がある。さらに、ドイツでは2019年になってから景気指標の停滞が顕著で、イギリスのEU離脱が引き起こす混乱が、EU諸国の景気停滞をより深刻にするリスクがあるとみている。

なお、自国の経済安定のために、金融財政政策をフルに使える強みをイギリスが持っていることは、アメリカ同様の強みである。EUからの離脱を控え、イギリスはいずれの政権になっても拡張的な財政政策に転じるとみられる。この結果、現時点で緊縮財政政策を続けている主要国は、ほぼ日本だけであることは一層鮮明になっている。

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【私の論評】ブレグジット後、安全保障面と自由貿易で日本との関係が深まる英国(゚д゚)!

冒頭の記事にもあるように、英国の合意なき欧州連合(EU)離脱が「ますます不可避」のように見受けられ、英経済が来年、軽度のリセッション(景気後退)に陥ることになるのは必定のようです。

10月31日の期限を越えることがあるとしても合意なき離脱に至ることが今や英国の基本シナリオであるとみるべきです。

このシナリオをたどる場合、イングランド銀行(中央銀行)は2020年半ばまでに政策金利を50ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)引き下げ、政府は財政支出計画を前倒しすることになるでしょう。

中銀はこれまでのところ、金利はいずれの方向にも動き得るとしていますが、何人かの当局者は利下げの可能性がより高いと述べています。当然そうすることでしょう。

10月31日以降に先延ばしすることなくEU離脱を実現させることが、英国保守党の分裂を防ぎ将来の選挙で勝利するための政治的至上命令だと首相は考えているようです。

経済的リスクは軽く扱われ、緊急対策としての財政支出と金融緩和の効果が強調されています。そうして、これにより、英国経済は比較的短期間で復活する可能性が大きいです。



ところでブレグジット(イギリスのEU離脱)後の英国は、世界の舞台でどのような役割を果たすべきと考えているのでしょうか。テリーザ・メイ元首相ら英政権の閣僚たちは、かなり前からこの問題を検討していました。そして運命の国民投票の数カ月後に、メイとボリス・ジョンソン外相(当時)が示したのが「グローバル・ブリテン」構想でした。

メイは2016年10月の保守党大会で、グローバル・ブリテンとは、英国が「自信と自由に満ちた国」として「ヨーロッパ大陸にとどまらず、幅広い世界で経済的・外交的機会を求める」構想だと説明しました。

なぜなら国民投票の結果は、イギリスが「内向きになる」ことではなく、「世界で野心的かつ楽観的な新しい役割を担う」ことへの決意表明だったから、というのです。

この「世界における新しい役割」には、英海軍がインド太平洋地域で再び活発な役割を果たすことが含まれます。例えば、キム・ダロック駐米大使は2018年、「航行の自由を守り、海路と航空路の開放を維持する」べく、空母クイーン・エリザベスがインド太平洋地域に派遣されるだろうと述べました。

同年にオーストラリアを訪問したジョンソンは、英海軍が2020年代にクイーン・エリザベスとプリンス・オブ・ウェールズの空母2隻を南シナ海に派遣すると語りました。英海軍の制服組トップである第一海軍卿も、2020年代にクイーン・エリザベスを南シナ海に派遣すると語っています。


英国の外交政策はあまりにも長い間、ヨーロッパという狭い地域に縛られていたというのが、英政府高官らの考えです。彼らにとってブレグジットは、イギリスが単独で世界的な役割を果たすチャンスなのです。2018年末のサンデー・テレグラフ紙のインタビューで、当時のギャビン・ウィリアムソン国防相は以下のように語りました。

「(ブレグジットによって)イギリスは再び真のグローバルプレーヤーになる。私はそこで、軍が極めて重要な役割を果たすと考えている。......わが国のリソースをどのように前方配備して抑止力を構築するか、そしてイギリスのプレゼンスを確立するかを、私は大いに検討している。このような機会は極東だけでなく、カリブ海地域にも存在すると考えている」

さらにウィリアムソンは、「今後2年以内に」、極東に軍事基地を設置する計画を明らかにしていました。現時点の候補地はブルネイとシンガポールの2カ所です(イギリスは現在、シンガポールのセンバワン海軍基地に小規模な後方支援拠点を持つ)。

実際、イギリスは近年、東南アジアにおける防衛活動を拡大しています。その根拠となっているのは、1971年に英連邦5カ国(イギリス、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド)が締結した防衛協定(5カ国防衛協定)です。

ウィリアムソンは、2018年6月に開かれたアジア太平洋地域の安全保障会議「シンガポール・ダイアローグ」で、英国は海軍艇を派遣することにより、この地域の海における「ルールに基づくシステム」を強力に支持していくと語りました。「国家はルールに沿って行動する必要があること、そうしない場合にはそれなりの結果が伴うことを明確にする必要がある」

さらに英外務省のマーク・フィールド閣外相(当時:アジア太平洋担当)は昨年8月、訪問先のインドネシアのジャカルタで講演し、英国はアジアで恒久的な安全保障プレゼンスを維持する決意だとして南シナ海における航行の自由と国際法の尊重を各国に促しました。

これまで英海軍の艦艇が極東に派遣されたのは2013年が最後でした。同年、駆逐艦デアリングがオーストラリア海軍の創設100周年記念行事に派遣され、5カ国防衛協定の合同軍事演習にも参加しました。この年は超大型台風ハイエンの被害を受けたフィリピンの人道支援活動のため、軽空母イラストリアスも派遣されました。だが、その後の派遣はぱったり途絶えていました。

昨年晴海埠頭に入稿した英海軍揚陸艦「アルビオン」
状況が変わったのは2018年4月でした。英国は朝鮮戦争以来となる海軍艇3隻を極東に派遣しました。強襲揚陸艦アルビオンは、オーストラリアとニュージーランドに寄港し、5カ国防衛協定の合同軍事演習に参加しました。対潜フリゲート艦サザランドとフリゲート艦アーガイルは、日米韓合同軍事演習に参加するとともに、北朝鮮に対する経済制裁の履行監視活動に参加しました。

南シナ海では、英海軍とフランス海軍の合同チームが、航行の自由を確保するための哨戒活動を実施。アルビオンも8月に日本に寄港後、西沙群島(パラセル)近海で哨戒活動を行い、ベトナムのホーチミンに親善目的で寄港しています。米海軍との合同演習も、この地域における英海軍のプレゼンス強化をアピールするものになりました。

英国がインド太平洋地域に再び強力に関与するようになった背景には、3つの大きな要因があります。

第1に、英国はブレグジット後、EU加盟国としてではなく、独立した存在として世界における役割を規定しなければならないということがあります。その点、英国の貿易額の12%が通過する南シナ海、さらにはインド太平洋地域の安定と、ルールに基づく国際秩序の形成をサポートすることは、外交的にも経済的にも理にかなっています。

従って北朝鮮に対する制裁と、南シナ海における航行の自由を維持するために、5カ国防衛協定の加盟国やアメリカなどの同盟国、さらには日本などの安全保障パートナー諸国との協力が今後も重要になります。

第2に、インド太平洋地域は世界経済の成長のエンジンであり、英国はその成長に便乗する必要があります。このことがオーストラリア、日本、韓国、シンガポール、ベトナムとの自由貿易協定交渉、さらには「包括的かつ先進的TPP協定(CPTPP)」の交渉につながります。

第3に、インド太平洋地域の防衛に関与するには、イギリスの海軍と先端軍事技術、さらには安全保障パートナーとしての「頼りがい」を世界にアピールする必要があります。そこで英政府が積極的に進めているのが武器取引です。

ストックホルム国際平和研究所が発表した2013〜2017年の世界武器輸出国ランキングで、イギリスは6位に入りました。2017年だけでもイギリスの武器輸出額は1130億ドルに上ります。輸出先のトップ3はサウジアラビア、オマーン、インドネシアです。2018年には対潜フリゲート艦9隻の調達契約260億ドル相当をオーストラリアと締結しました。

かつて大英帝国の基礎となった植民地政策はあり得ないですが、ブレグジット後のイギリスの世界戦略にも、歴史ある海軍の力が欠かせないようです。そうして、ブレグジット後の英国は、安全保障面でも、自由貿易でも日本との関係が深まりそうです。

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