2025年7月18日金曜日

ウェルズ・ファーゴ幹部も拘束──中国はビジネスマンを外交カードに使う。邦人が狙われても日本は動けない

まとめ
  • ウェルズ・ファーゴ幹部が中国で出国禁止措置を受けたが、過去の偽口座スキャンダルとは完全に無関係であり、政治的な外交圧力とみられる。
  • アステラス製薬の日本人幹部も2023年に中国で拘束・起訴され、証拠非開示のままスパイ罪で懲役3年6か月の判決を受けた。
  • 中国は外国人ビジネス関係者を「人質」として利用し、外交や経済交渉のカードにしている実態がある。
  • 日本政府の中国に対する渡航警告や危機対応体制は不十分で、企業や駐在員が守られていないのが現実である。
  • 経済安全保障を国家戦略の柱として位置づけ、邦人保護のための法整備と実行力を急ぐ必要がある。
米幹部拘束──“出国の自由”はもはや幻想か


2025年7月17日、米金融大手ウェルズ・ファーゴの女性幹部が、中国出張中に突如「出国禁止」措置を受けた。この人物は、アトランタ在勤のチェンユエ・マオ氏。同行の国際ファクタリング部門マネージング・ディレクターを務めるほか、国際業界団体「FCI」の会長職にもある要人である。

中国当局は、出国禁止の理由を一切明かしていない。本人にも通告はなく、事実上の“無言の拘束”だ。この措置は近年の中国で頻発している手法であり、外国企業の幹部が“外交カード”として扱われる現象は、もはや例外ではない。ウェルズ・ファーゴは即座に全中国出張を凍結し、マオ氏の安全確保と帰国に向けて動き出した。

だが皮肉なことに、この混乱の最中、同社は企業として大きな転機を迎えていた。2016年に発覚した「偽口座スキャンダル」では、数千人の営業担当者が、経営陣の過剰な営業ノルマのもと、顧客に無断で口座やクレジットカードを開設。被害総数は、銀行口座が約350万件、クレジットカードが56万件以上に及んだ。


この事件を受け、同行は30億ドル超の罰金を科され、当時のCEOが辞任。FRB(連邦準備制度理事会)からは資産拡大の凍結という異例の制裁を受けた。だが7年後の2025年6月、ついにFRBが制裁を解除。第2四半期決算でも業績は回復し、同社は「再成長」へと踏み出したばかりだった。

ここで強調しておかねばならないのは、この“出国禁止措置”と“偽口座スキャンダル”はまったく無関係だという事実だ。不正は米国内で行われ、中国企業や当局の関与は一切ない。米司法省やFRBの報告書にも、中国が絡んだ形跡は皆無である。時系列的にもスキャンダルは2016年、今回の拘束は2025年と、完全に切り離された出来事だ。したがって、これは過去の不祥事とは無関係な、別次元の“政治リスク”と見るべきである。

アステラス事件──「いつもの出張」が人生を奪う日


この問題は決してアメリカだけの話ではない。日本にも同様の火の粉は降りかかっている。2025年7月16日、中国・北京の中級人民法院は、アステラス製薬の日本人幹部に対し「スパイ罪」で懲役3年6か月の実刑判決を言い渡した。

この幹部は、2023年3月に突然拘束された。罪状の説明は一切なし。裁判は非公開で行われ、証拠の開示もないまま判決が下された。日本政府は繰り返し情報開示と釈放を求めたが、中国側は応じなかった。この人物は、日中経済交流の最前線で長年働いてきた企業人であり、スパイ活動とは無縁であることは、業界関係者の誰もが知るところだった。

だが、中国においては、善意も、実績も、現地貢献も通用しない。国家の都合ひとつで、誰もが“危険人物”にされる。それが今の中国という国家だ。そしてそのリスクは、実際に“現実の被害”として、日本国民にも及んでいる。

「守られない出張」は日本の国難である


2024年時点で、日本の対中投資額は約1兆5,000億円にのぼり、現地駐在員は3万人以上。だが、その安全を国家が担保しているかといえば、答えは否だ。外務省の中国渡航警告は依然として「レベル1(十分注意)」にとどまり、企業の出張マネジメントは各社任せ。拘束された際、政府が即応できる制度や予算、交渉の枠組みすら整っていない。

欧米諸国がすでに「経済安全保障」を外交戦略の柱に据えているのに対し、日本の対応はあまりに鈍い。このままでは、「海外に出すが、守れない」企業国家というレッテルを貼られかねない。もはや経済活動と安全保障は切り離せない時代だ。にもかかわらず、企業のリスク管理に“国家不在”の現実は、日本の根幹を揺るがす危機である。

ウェルズ・ファーゴ幹部の拘束。そしてアステラス製薬幹部への実刑判決。これらは偶然の出来事ではない。共通するのは、「ビジネスの顔をして接近し、外交の武器として人を拘束する」という中国の新たな常道だ。

この現実を前に、日本が「自己責任論」で済ませる余地など、どこにもない。国として、経済人を“守る意思”を明確にしなければならない。そしてそれは、外交辞令でも、安全保障三文書でもなく、法律と行動と予算によって示されるべきだ。

ビジネスと政治、自由と強制がねじれ合う世界において、我々はもう一度問い直す必要がある。国は誰を守るのか。明日は、自分の番かもしれないのだ。

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