2025年7月24日木曜日

イスラエル“金融制裁の核”を発動──イラン中央銀行テロ指定の衝撃と日本への波紋

 まとめ

  • イスラエルがイラン中央銀行を「テロ組織」に指定:国家の金融中枢を標的とした前例のない制裁であり、金融戦争の新段階に突入した。
  • 国際秩序を揺るがすリスク:国際合意を経ずに一国が制裁を発動したことで、他国による恣意的な金融制裁が拡大する恐れがある。
  • 専門家の警鐘:RUSIのジャック・ラウシュ氏や米財務省元高官スチュアート・レヴィ氏は、国際金融秩序の不安定化を強く懸念。
  • 日本への三つの波及リスク:①中東原油供給の不安定化、②金融機関の巻き添え制裁、③イラン進出企業への報復措置。
  • 政府の危機認識が問われる:この制裁は日本の国益に直結する問題であり、エネルギー・金融・外交の全方位的な対応が急務である。

中央銀行を“テロ組織”と断じた異例の決定
 
2025年6月25日、イスラエル政府はイラン中央銀行を「テロ組織」に指定した。国防大臣イスラエル・カッツ氏の署名によるもので、対象には中央銀行のほか、シャハル銀行、メッラト銀行、軍事関連企業Sepehr Energy Jahan、さらに複数のイラン高官が含まれる。これは単なる外交的な抗議ではない。国家の中枢を担う金融機関そのものを、テロの資金源と見なして制裁の対象にするという、かつてない決定である。

イスラエル側は、イラン中央銀行がヒズボラやハマスといった武装組織に数十億ドル規模の資金を提供していると非難し、「殺人者に金を流す装置だ」と断じた。イスラエルの諜報機関モサドおよび経済制裁専門チームの調査に基づき、この指定は金融を武器とする「通貨戦争(monetary warfare)」の一環として行われた。

イスラエル国防大臣イスラエル・カッツ氏

具体的な資金ルートも明らかにされている。メッラト銀行はイラン革命防衛隊(IRGC)の関連企業と連携し、資金をレバノン経由でヒズボラに流していたとされる。Sepehr Energy Jahanは、イエメンのフーシ派への燃料供給と引き換えに武器を提供し、その資金はドバイを経由し仮名口座を使って移動していたという。

イラン国内では即座に強い反発が起こった。外務省報道官は「これは経済戦争に名を借りた金融テロであり、国家主権への露骨な侵害だ」と非難。保守強硬派のメディアは「殉教の証」とまで呼び、サイバー攻撃や地域代理戦争による報復を訴える声が強まっている。
 
国際秩序を揺るがす“金融戦争”の始まり
 
この制裁は従来の経済制裁とは質が異なる。米欧がこれまで行ってきたのは、軍需産業や石油企業、あるいは核開発に関与した個人や団体への資産凍結や貿易制限であった。それに対し、今回は国家金融の心臓部たる中央銀行そのものが「テロ組織」と名指しされ、実質的に国家主権の否定に等しい措置が取られたのである。
この制裁は従来の経済制裁とは質が異なる。米欧がこれまで行ってきたのは、軍需産業や石油企業、あるいは核開発に関与した個人や団体への資産凍結や貿易制限であった。それに対し、今回は国家金融の心臓部たる中央銀行そのものが「テロ組織」と名指しされ、実質的に国家主権の否定に等しい措置が取られたのである。

さらに深刻なのは、この指定が国連安保理やFATFといった国際的な枠組みを経ず、イスラエル一国の判断で実行された点にある。これは、今後どの国がどの金融機関を“テロ支援機関”と見なしてもおかしくない、危険な前例となる。

英国のシンクタンク「RUSI(Royal United Services Institute)」の研究員ジャック・ラウシュ氏は、この指定を「国家の金融中枢へのピンポイント爆撃」だと形容したうえで、次のように警告している。
「この戦略が他国に波及すれば、経済的圧力の魅力と引き換えに、金融秩序の不安定化という代償を払うことになる」(Geopolitical Monitorより)
また、米財務省の初代テロ・金融情報局長スチュアート・A・レヴィ氏も、「中央銀行のような制度的存在をテロ組織に指定するのは極めて異例であり、SWIFT(国際決済網)を含む世界の金融システム全体に圧力をもたらす」と懸念を示している。
 
日本に突きつけられた三つのリスク
 
イラン(緑)と日本(オレンジ)

では、この事態は日本にとって他人事なのか。まったくそうではない。むしろ、地理的にも経済的にも日本はこの波に直撃される可能性がある。

第一に、エネルギー安全保障の問題だ。日本は原油輸入の9割近くを中東に依存している。イラン産原油の直接輸入は停止しているが、ホルムズ海峡周辺の不安定化や湾岸諸国の緊張激化は、原油価格の高騰や輸送ルートの混乱を引き起こしかねない。

第二に、国際金融インフラへの巻き添えリスクだ。日本のメガバンクもSWIFTやドル建て決済に深く依存している。今後、他国が中国や北朝鮮に対して類似の措置を取り始めた場合、日本の金融機関も「制裁協力」の名のもとに圧力を受け、業務制限や取引回避に追い込まれる恐れがある。

第三に、日本企業のイラン事業である。現在も60社以上がイラン市場に間接的に関与している。仮にイラン側が「テロ国家に協力した」として日本企業を名指しし、資産凍結や法的制裁を加えるような動きに出れば、日本企業の信頼と経済活動そのものが揺らぐ。

イスラエルのこの措置は、もはや中東だけの話ではない。世界経済と国際金融秩序、そして日本の国益に直結する問題だ。政府がこれを「遠い砂漠の出来事」と見なして傍観するようなら、あまりにも危機感が足りない。エネルギーの多角化、金融網の防衛、そして国際枠組みの強化。これらはもはや選択ではない。国家としての生存戦略である。

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