2025年10月28日火曜日

東南アジアを再び一つに──高市首相がASEANで示した『安倍の地政学』の復活

まとめ

  • オーストラリアのスザンナ・パットン(ローウィ研究所副所長)は、2024年9月25日付『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』に寄稿した論考「The Two Southeast Asias」で、ASEANが「大陸」と「海洋」に分裂しつつある現実を指摘した。
  • 高市早苗首相がASEAN会議で掲げた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は重要な理念だが、海洋国家と大陸国家で受け止めに差があり、地域の分断を象徴している。
  • 日本は海洋国家群と安全保障を共有しつつ、大陸国家群とも経済的関係を維持しており、米中対立のどちらにも偏らず両陣営を橋渡しする役割が求められる。
  • ASEANの分断の背景には、電力・資源の格差がある。電力とガスの相互融通ネットワークを構築することが、経済と安全保障の両面で信頼を生み出し、地域の再統合を進める鍵となる。
  • 日本が取るべき道は、再エネ偏重ではなく、LNG・水素・次世代原子力(SMR・核融合炉)を段階的に組み合わせる現実的エネルギー戦略であり、理念ではなく実効性でASEANの一体化を支えることだ。
高市早苗首相は、マレーシアで開かれたASEAN関連会議で外交デビューを果たした。就任直後に東南アジアを選んだのは象徴的だ。地域は米中対立の圧力下で軋み、結束の岐路に立っている。高市首相は安倍晋三氏が掲げた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を前面に掲げ、日本がASEANとともに秩序を守り、繁栄を広げる意思を明確にした。だが、現実の東南アジアはすでに「ひとつ」ではない。オーストラリアのローウィ研究所副所長スザンナ・パットンが指摘するように、ASEANは今、「二つの東南アジア」に分かれつつある。高市首相の外交デビューは、その分断のただ中で日本がどう舵を取るのかを示す試金石となる。

Ⅰ スザンナ・パットンの警鐘──「二つの東南アジア」

スザンナ・パットン
オーストラリアのローウィ研究所(Lowy Institute)は、シドニーに拠点を置く同国有数の国際戦略シンクタンクであり、インド太平洋地域の安全保障や外交政策を中心に世界的に影響力を持つ研究機関だ。その副所長を務めるスザンナ・パットン(Susannah Patton)は、東南アジア情勢の専門家として知られる。彼女は2024年9月25日付で米誌『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』のウェブサイトに寄稿した論説「The Two Southeast Asias(2つの東南アジア)」(https://www.foreignaffairs.com/)で、ASEANの分断が加速している現実を鋭く描き出した。

パットンによれば、米中対立が激化する中、ASEAN諸国の間には地理的・戦略的な亀裂が生まれつつあり、地域は「大陸の東南アジア」と「海洋の東南アジア」という二つの軸に割れ始めている。大陸側(タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)は地理的にも経済的にも中国と密接で、インフラ投資や経済協力を通じて中国寄りの傾向を強めている。一方、海洋側(インドネシア、マレーシア、シンガポールなど)は、米国や日本、オーストラリアといった域外勢力と連携しつつ、米中の間で均衡を取る姿勢を見せている。

フィリピンは米国との防衛協定を重視し、ASEANの枠組みよりも二国間関係を優先する「例外的存在」として位置づけられている。こうした構図が、従来の「一体的なASEAN」像を崩しつつあるのだ。

FOIPの理念――「法の支配」「航行の自由」「開かれた経済圏」――は、これらの対立する立場をどう調整できるかにかかっている。中国への依存度が高い大陸諸国にとってFOIPは抽象的な理念に過ぎず、海洋諸国にとっては生存戦略そのものだ。この温度差こそが、パットンの言う「二つの東南アジア」の根幹である。

Ⅱ 日本が担うFOIPの現実的展開

「自由で開かれたインド太平洋」構想を通して、世界平和に貢献し、日本を守り抜く

日本は海洋国家群と安全保障・経済の両面で深く結びつき、海上交通路の安全確保やインド太平洋構想(FOIP)を通じて協力を積み重ねてきた。高市首相がASEAN会議で強調したのも、まさにこの点である。FOIPを現実の協力枠組みへと作り替え、理念を実行力ある政策へと転換する姿勢を見せたことは、ASEAN分断克服に向けた第一歩といえる。

同時に日本は、大陸側諸国とも経済・インフラ協力を続けており、これらの国々が中国の影響下に固定されることは望ましくない。ASEANの一体性が崩れれば、日本は個別対応を迫られ、地域外交の機動性を失う。したがって日本には、海洋諸国との連携を深めつつ、大陸諸国に対しても「中国か米国か」という二択を超えた選択肢を提示する外交力が求められる。

パットンの描く構図は単純な分断ではない。ベトナムやタイのように、陸上国家でありながら海洋安全保障に積極的な国もある。ASEAN諸国の多くは両大国の間でバランスを取る「ヘッジ外交」を採用している。つまり、地域の分断は静的ではなく、揺らぎながら再編されていく過程にある。日本がどのように関与するかで、東南アジアの将来は対立にも、再統合にも向かうのだ。

Ⅲ エネルギー連携こそ分断克服の鍵

現在のASEAN分断には一定の必然があるが、それを放置すれば東アジア全体の安定は揺らぐ。日本が果たすべきは、遠慮ではなく前進である。地域を協力の方向へ導く最も有効な手立てが、エネルギー連携だ。

ASEANは経済成長が続く一方、電力・資源構造に大きな格差を抱えている。インドネシアやマレーシアは天然ガスを輸出できるが、カンボジアやミャンマーでは停電が日常化している。発電手段もばらばらで、石炭依存から脱せない国もあれば、再エネ導入で行き詰まる国もある。この不均衡が域内の不信を生み、協力の障壁になっている。

ASEAN諸国各国のエネルギー事情

だからこそ、相互に補い合う「エネルギー融通体制」の構築が急務である。電力とガスのネットワークを結び、危機の際には供給を融通し合う仕組みを築くことで、経済と安全保障の両面で信頼関係が生まれる。エネルギーの安定供給は、FOIPの理念にも通じる「連結性(connectivity)」を実体化させるものだ。

ただし、ここで「再生可能エネルギー偏重」は禁物である。メガソーラー開発が示すように、景観破壊や森林伐採、土砂災害の増加といった負の側面は無視できない。天候に左右される電力は安定性に欠け、結果的に電力コストを押し上げ、地域格差を広げる。理想を掲げるだけの再エネ政策は、ASEANの協力をむしろ壊すことになりかねない。

日本が進むべき道は、現実に根ざした持続可能なエネルギー協力である。当面は液化天然ガス(LNG)を基盤に安定供給網を整え、水素エネルギーの共同開発を進める。次の段階として、小型モジュール炉(SMR)や核融合炉などの次世代原子力技術を中心に据え、東南アジア諸国が段階的にエネルギー自立を実現できるよう支援すべきだ。化石燃料はその橋渡しの役を担う。理念ではなく実効性。言葉ではなく、稼働する仕組み。これこそがASEANの再統合と東アジアの安定をもたらす現実的な道である。

日本が「つなぐ力」を発揮すれば、分断は協力へと転じる。求められているのは、理想を語ることではない。確かな技術と決断で、東南アジアの未来をともに築く覚悟である。

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