まとめ
- オーストラリアのスザンナ・パットン(ローウィ研究所副所長)は、2024年9月25日付『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』に寄稿した論考「The Two Southeast Asias」で、ASEANが「大陸」と「海洋」に分裂しつつある現実を指摘した。
- 高市早苗首相がASEAN会議で掲げた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は重要な理念だが、海洋国家と大陸国家で受け止めに差があり、地域の分断を象徴している。
- 日本は海洋国家群と安全保障を共有しつつ、大陸国家群とも経済的関係を維持しており、米中対立のどちらにも偏らず両陣営を橋渡しする役割が求められる。
- ASEANの分断の背景には、電力・資源の格差がある。電力とガスの相互融通ネットワークを構築することが、経済と安全保障の両面で信頼を生み出し、地域の再統合を進める鍵となる。
- 日本が取るべき道は、再エネ偏重ではなく、LNG・水素・次世代原子力(SMR・核融合炉)を段階的に組み合わせる現実的エネルギー戦略であり、理念ではなく実効性でASEANの一体化を支えることだ。
Ⅰ スザンナ・パットンの警鐘──「二つの東南アジア」
| スザンナ・パットン |
パットンによれば、米中対立が激化する中、ASEAN諸国の間には地理的・戦略的な亀裂が生まれつつあり、地域は「大陸の東南アジア」と「海洋の東南アジア」という二つの軸に割れ始めている。大陸側(タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)は地理的にも経済的にも中国と密接で、インフラ投資や経済協力を通じて中国寄りの傾向を強めている。一方、海洋側(インドネシア、マレーシア、シンガポールなど)は、米国や日本、オーストラリアといった域外勢力と連携しつつ、米中の間で均衡を取る姿勢を見せている。
フィリピンは米国との防衛協定を重視し、ASEANの枠組みよりも二国間関係を優先する「例外的存在」として位置づけられている。こうした構図が、従来の「一体的なASEAN」像を崩しつつあるのだ。
FOIPの理念――「法の支配」「航行の自由」「開かれた経済圏」――は、これらの対立する立場をどう調整できるかにかかっている。中国への依存度が高い大陸諸国にとってFOIPは抽象的な理念に過ぎず、海洋諸国にとっては生存戦略そのものだ。この温度差こそが、パットンの言う「二つの東南アジア」の根幹である。
Ⅱ 日本が担うFOIPの現実的展開
| 「自由で開かれたインド太平洋」構想を通して、世界平和に貢献し、日本を守り抜く |
日本は海洋国家群と安全保障・経済の両面で深く結びつき、海上交通路の安全確保やインド太平洋構想(FOIP)を通じて協力を積み重ねてきた。高市首相がASEAN会議で強調したのも、まさにこの点である。FOIPを現実の協力枠組みへと作り替え、理念を実行力ある政策へと転換する姿勢を見せたことは、ASEAN分断克服に向けた第一歩といえる。
同時に日本は、大陸側諸国とも経済・インフラ協力を続けており、これらの国々が中国の影響下に固定されることは望ましくない。ASEANの一体性が崩れれば、日本は個別対応を迫られ、地域外交の機動性を失う。したがって日本には、海洋諸国との連携を深めつつ、大陸諸国に対しても「中国か米国か」という二択を超えた選択肢を提示する外交力が求められる。
パットンの描く構図は単純な分断ではない。ベトナムやタイのように、陸上国家でありながら海洋安全保障に積極的な国もある。ASEAN諸国の多くは両大国の間でバランスを取る「ヘッジ外交」を採用している。つまり、地域の分断は静的ではなく、揺らぎながら再編されていく過程にある。日本がどのように関与するかで、東南アジアの将来は対立にも、再統合にも向かうのだ。
Ⅲ エネルギー連携こそ分断克服の鍵
現在のASEAN分断には一定の必然があるが、それを放置すれば東アジア全体の安定は揺らぐ。日本が果たすべきは、遠慮ではなく前進である。地域を協力の方向へ導く最も有効な手立てが、エネルギー連携だ。
ASEANは経済成長が続く一方、電力・資源構造に大きな格差を抱えている。インドネシアやマレーシアは天然ガスを輸出できるが、カンボジアやミャンマーでは停電が日常化している。発電手段もばらばらで、石炭依存から脱せない国もあれば、再エネ導入で行き詰まる国もある。この不均衡が域内の不信を生み、協力の障壁になっている。
ASEAN諸国各国のエネルギー事情 |
ただし、ここで「再生可能エネルギー偏重」は禁物である。メガソーラー開発が示すように、景観破壊や森林伐採、土砂災害の増加といった負の側面は無視できない。天候に左右される電力は安定性に欠け、結果的に電力コストを押し上げ、地域格差を広げる。理想を掲げるだけの再エネ政策は、ASEANの協力をむしろ壊すことになりかねない。
日本が進むべき道は、現実に根ざした持続可能なエネルギー協力である。当面は液化天然ガス(LNG)を基盤に安定供給網を整え、水素エネルギーの共同開発を進める。次の段階として、小型モジュール炉(SMR)や核融合炉などの次世代原子力技術を中心に据え、東南アジア諸国が段階的にエネルギー自立を実現できるよう支援すべきだ。化石燃料はその橋渡しの役を担う。理念ではなく実効性。言葉ではなく、稼働する仕組み。これこそがASEANの再統合と東アジアの安定をもたらす現実的な道である。
日本が「つなぐ力」を発揮すれば、分断は協力へと転じる。求められているのは、理想を語ることではない。確かな技術と決断で、東南アジアの未来をともに築く覚悟である。
【関連記事】
トランプ来日──高市政権、インド太平洋の秩序を日米で取り戻す戦いが始まった 2025年10月23日高市政権の下でFOIPを再点火し、日米の防衛・経済・テクノロジー連携でインド太平洋の秩序を「設計」し直す必要性を提起。FOIP戦略本部の再始動を外交の実行力に結び付ける青写真を示す。
トランプ訪日──「高市外交」に試練どころか追い風 2025年10月12日
「訪日は高市外交の追い風」と位置づけ、対中抑止の強化と日米協調の再加速を展望。国内政局を踏まえつつ、長期的には高市内閣が骨太の保守政権として定着するシナリオを描く。
安倍のインド太平洋戦略と石破の『インド洋–アフリカ経済圏』構想 ― 我が国外交の戦略的優先順位 2025年8月22日
安倍元首相のFOIPを「現実に根ざした大戦略」と評価し、石破構想のリスクを指摘。日本外交はスローガンではなく優先順位と集中配分で臨むべきだと論じる。
2025年参院選と自民党の危機:石破首相の試練と麻生・高市の逆襲 2025年6月25日
参院選後の党内力学を整理し、麻生—高市ラインによるFOIP戦略本部再始動の意味を解説。保守再結集と外交再建の道筋を具体化する。
〝対中強硬〟アップデートの「トランプ2・0」 新政権は国務長官にルビオ氏、国家安全保障担当補佐官にウォルツ氏と鮮明の布陣―【私の論評】米国の対中政策が変える日本の未来—新たな戦略的チャンスを掴め 2024年11月20日
米国の対中政策強化が示す戦略的含意を読み解き、日本のFOIP推進と同盟強化にとっての好機を提示。地域秩序設計で日本が主導的に動く条件を論じる。
0 件のコメント:
コメントを投稿