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2020年1月15日水曜日

香港をモデルとして使う中国の夢の終わり―【私の論評】大陸中国の「台湾統一工作」の本格的巻き返しを警戒せよ(゚д゚)!


台湾の選挙は民主主義の勝利、だが地域は少し危険になった

(英フィナンシャル・タイムズ紙 2020年1月12日付)


2020年の台湾総統選で再選された蔡英文氏(2020年1月11日)

 台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は昨年5月の本紙フィナンシャル・タイムズとの内輪の会合で、再選はおろか、党の指名を勝ち取れることにさえ自信がなさそうだった。

 だが、1月11日、同氏は民主進歩党(民進党)を圧勝に導き、総統選と議会選で地滑り的勝利を収めた。

 蔡氏が誰より感謝すべき相手は、窮地に陥っている香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官だ。

 民主化を求める香港の大規模抗議活動が昨年6月にデモ隊と警察の暴力的衝突に発展するや否や、蔡氏は世論調査で支持率を伸ばし始めた。

 北京に任命された香港政府が抗議活動を厳しく取り締まるほど、同氏の支持率は高まっていった。

 当初デモの引き金を引いたのは、台湾で恋人を殺害した男の身柄を台湾へ引き渡せるようにする条例を導入する林鄭氏の計画だった。

 だが、条例では、中国本土で手配されている人物を送還し、司法の乱用と政治的迫害で悪名高い、共産党の支配下にある裁判所で裁判にかけることもできるようになる。

 台湾側が条例案の下での協力や殺人容疑をかけられた男性の受け入れを認めないと発表した後でさえ、条例改正案の推進を主張した時に、林鄭氏の真意が明らかになった。

暴力と混乱が増す抗議活動が数カ月続いた後、同氏はついに条例改正案を撤回したが、その頃には、デモは香港での普通選挙を求める広範な抗議行動に進化していた。

 そして中国語圏で唯一、本物の民主主義が実践されている台湾では、蔡氏の政治的な復活がすでに完了していた。

 香港のデモが始まる前、世論調査での蔡氏の支持率は30%前後で、最大の対抗馬で、親中派と見られている国民党の総統候補、韓国瑜(ハン・グオユー)氏の支持率は50%を超えていた。

 11日の選挙では、蔡氏の得票率が57%に達し、韓氏は38%前後にとどまった。

 この驚くべき形勢逆転を後押ししたのは、次第に全体主義の様相を強める中国に吸収されることへの台湾人の不安につけ込む抜け目のないメッセージ発信だった。

「今日の香港は明日の台湾」

 これが台湾人に対して蔡氏が発した警告で、自身の厳しいスタンスと対抗馬の北京への宥和姿勢を対比させたものだ。

「香港の若者たちは自らの命、血と涙をもって、『一国二制度』の枠組みが機能しないことを実証してみせた」

 蔡氏は10日夜、選挙前の最後の集会でこう語った。

 「明日は我々が、自由と民主主義の価値観がすべての困難を打破することを香港の人々に示す番だ」

 香港を台湾の政治的な未来のモデルとして使う中国共産党の夢が完全に潰えたのは明らかだ。

 だが、これは中国がいずれ武力で台湾を取り込もうとするかどうかという疑問を投げかける。武力行使は中国政府が「必要」とあらば実行すると誓ったことだ。

 台湾はすでに、香港の抗議運動の重要な支持基盤と見なされている。

 事態がさらに暴力的な反乱にエスカレートするようなことがあれば、台湾が引き続き支援を提供し、ひいては中国による台湾侵攻の可能性を高める公算が大きい。

 蔡氏の地滑り的な勝利が自由民主主義の勢力の勝利だったことに疑問の余地はない。だが、恐らくこれで地域は以前より少しだけ危険にもなった。
By Jamil Anderlini

【私の論評】大陸中国の「台湾統一工作」の本格的巻き返しを警戒せよ(゚д゚)!

台湾では1月11日、総統選挙が行われ、現職の与党・民進党の蔡英文総統が、台湾の選挙史上最多となる817万票を獲得して再選されくとた。これまでにない圧勝でした。

同時に行われた議会選である立法院委員の選挙も民進党が過半数を維持しました。台湾では地元に戻って投票することが要求されているので、世界中にいる台湾人が一斉に帰京する様は、まるで「民主に向かって民が集まった」ようで、圧巻でした。

投票率はなんと、74.9%。ここまで「民主」が求められ、「民主」のために国民が一丸となって力を発揮した例も少ないでしょう。

これは親中派の台湾野党・国民党候補者が敗れたのではなく、習近平が敗北したのだと結論付けて良いです。

つまり「自由と民主」が「中国共産党による一党独裁政権」に勝利したのです。

チャイナ・マネーをどんなにばらまこうとも、台湾国民は「金ではなく尊厳を選んだ」のです。

このような輝かしい勝利があるでしょうか。稀に見る快挙です。

昨年11月24日に行われた香港の区議選でも民主派が圧勝しました。これも習近平の惨敗と言って良いです。

あれから2ヵ月も経ってない内に、習近平は連敗をしたことになります。

台湾の呉釗燮・外交部長(外相)は総統選投開票日前の9日、海外メディアと記者会見し、今回の総統選に向け、「フェイクニュースやネットメディアなどさまざまな方法で中国が介入している」と「紅(あか)い工作活動」に懸念を表明しました。

台湾の呉釗燮・外交部長(外相)

台湾立法院は昨年の大みそか、「反浸透法」を急遽(きゅうきょ)可決しました。こうしたシャープパワー封じ込めが一つの目的だ。「域外の敵対勢力」による献金やロビー活動、フェイクニュースの拡散などを行った場合、5年以下の懲役とします。

中国は近年、諸外国にシャープパワーを行使し始めています。シャープパワーとは、海外への世論操作や工作活動などの手段で、自国に有利な状態をつくり出していくものです。

「一国二制度」の欺瞞(ぎまん)を見抜き中国の統一攻勢に脇が固い蔡英文総統再選を中国は、何としても食い止めたかったはずです。

今回の総統選では、豪州に亡命申請している中国のスパイ王立強氏の事件が台湾のマスコミを賑わせました。日本のメディアの扱いは小さかったのですが、台湾紙では1面トップでした。

王氏は香港では軍情報部に所属し、韓国の偽パスポートを使って台湾に出掛け蔡総統続投阻止のため、フェイクニュースや撹乱情報を流すためメディアを活用していることを暴露しました。

王は、台湾での工作にも携わっていたといいます。2018年、民進党に20万回のサイバー攻撃を仕掛けました。

また、今回の台湾総統選挙に向け、国民党の総統候補・韓国瑜を支持するよう、台湾メディアに対し、選挙資金15億人民元(約233.6億円)を配った、と王は証言しています。

この発言の真偽については、様々な観測があります。

韓国瑜は王の発言について、自分を落選させるための策略だと主張しました。中国共産党も、民進党が「王立強亡命事件」を次期総統選挙に利用していると非難しました。

ただし、王立強の事件が明るみに出たときには、すでに蔡英文総統の再選は濃厚でした。民進党自ら、何かを仕掛ける必要性はなかったものと推測できます。おそらく中国共産党の民進党批判は、単なる言いがかりでしょう。

なお王は、台湾工作に関して、中国創新投資理事会主席兼行政総裁の妻であるキョウ青(キョウ=龍の下に青)と関係の深い女性を、直接、使って操作していたといいます。

王がそのことを暴露した後、台湾法務部(省)調査局は、桃園国際空港から出国しようとしていた向心・キョウ青夫妻を逮捕しました。

今後、法務部(省)が夫妻を調べれば、王立強の素性を含めた真実が明らかになるに違いないです。

王立強

いずれにせよ、中国の何かが決壊し始めたようです。

今回の総統選こそは、中国にとって正念場でした。長らく「以商囲政」(ビジネス関係を強化し、政治の本丸を囲む)路線を取ってきた中国が、いよいよ本丸の政治工作に動けるチャンスだったからです。

中国は「核心的利益」をしばしば口にします。台湾や南シナ海、それにウイグルとチベットなどが入ります。核心的利益とは、戦争をしてでも守り抜く国家主権の核心をいいます。

中国が統治もしていない台湾がそこに入るのは、第2次世界大戦後、蒋介石総統率いる国民党を大陸から放逐し共産党政権を樹立したものの、国民党は逃げ込んだ台湾で生き延びたからです。その台湾併合こそは、北京の中南海において強力な政治的求心力を保証する魔法の杖ともなっているのです。

半世紀に及んだ日本統治時代に日章旗が翻っていた総統府に、国民党政府の青天白日旗が立ちました。そこに五星紅旗を据えることができれば、習近平氏は押しも押されもせぬ権威を手にすることができます。

巧を焦る習近平

建国の立役者である毛沢東も、香港を英国から取り戻した総設計師・鄧小平もできなかったことから、これを成し遂げれば両者を超えることにつながるからです。

現在は、米中貿易摩擦のあおりを受け、中国経済の下落傾向が顕著です。そうして、中国は2021年に共産党結党100年、22年には第20回党大会と相次いで節目を迎えます。

何も実績をあげていないと批判される、習近平国家主席にしてみれば、何としても求心力強化の実績が欲しいところです。

台湾はベネチアの轍を踏むべきではありません。大航海時代を迎えて衰退していた通商国家ベネチアは、国民投票でイタリアとの統一を望み、亡国の道を歩みました。

今回、国民党候補の韓国瑜高雄市長が当選していれば、ベネチア同様、台湾は中国にからめ捕られた懸念もありましたが、それで諦める中国ではありません。

大陸中国の「台湾統一工作」の本格的巻き返しを警戒すべきです。

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2019年11月20日水曜日

香港人権法案、米上院が全会一致で可決 中国が反発―【私の論評】かつてのソ連のように、米国の敵となった中国に香港での選択肢はなくなった(゚д゚)!

香港人権法案、米上院が全会一致で可決 中国が反発

米上院は19日、中国が香港に高度の自治を保障する「一国二制度」を守っているかどうか米政府に毎年検証を求める「香港人権・民主主義法案」を全会一致で可決した。

香港香港理工大学に立てこもるデモ隊に対する賛同の意を表すため、スマートフォンを
     掲げる人々の意を表すため、スマートフォンを掲げる人々
下院では既に可決されており、今後上下両院の調整を経た上で、トランプ大統領に送付される。

上院はまた、香港警察に催涙ガスや催涙スプレー、ゴム弾、スタンガンなど特定の軍用品を輸出することを禁じる法案も全会一致で可決した。

ホワイトハウスはトランプ大統領が香港人権法案に署名する意向かどうかをまだ明らかにしていない。ある米政府当局者は最近、決定はまだ下されていないと述べたほか、トランプ氏側近には対中通商交渉への悪影響を懸念する向きと、人権や香港問題を巡り中国に明確な態度を示すべきと主張する向きがあるため、激しい議論が交わされるだろうと予想した。

共和党のルビオ上院議員は「香港の人々は何が待ち構えているかを分かっている。自治権と自由を損なおうとする着実な動きがあることを理解している」と述べた。

法案は、香港への優遇措置継続の是非を判断するため、一国二制度に基づく高度な自治を維持しているかどうか、米国務長官に毎年検証することを義務付ける内容となっている。

民主党のシューマー上院院内総務は「習近平国家主席に対してわれわれはメッセージを送った。あなたの自由を弾圧する行為は、香港であれ、中国北西部であれ、どこであれ容認されない。自由を妨害し、香港の人々、若者や年配者、抗議を行っている人々に対してこんなに残虐な行為を行えば、あなたは偉大な指導者ではなく、中国も偉大な国にはなれない」と強調した。


<中国は反発>

中国外務省は20日、同法案の上院可決を非難し、国家の主権と安全保障を守るために必要な措置を取ると表明した。

外務省は声明で、米政府は香港と中国の問題への介入をやめ、香港関連法案の成立を阻止する必要があると主張した。

外務省報道官は声明で「事実と真実を無視している。ダブルスタンダードが適用されており、香港情勢をはじめとする中国の内政に露骨に干渉している」と表明。

「国際法と国際関係に関する基本的な規範に深刻に違反している。中国は非難し、断固として反対する」と述べた。

米国が香港情勢など中国の内政への介入を直ちに中止しなければ「悪い結果が跳ね返ってくるだろう」とも述べた。

ポンペオ米国務長官は18日、米政府は香港情勢を深く懸念しているとし、香港当局に対し市民の懸念に対応するための明確な措置を打ち出すよう呼び掛けた

【私の論評】かつてのソ連のように、米国の敵となった中国に香港での選択肢はなくなった(゚д゚)!

これからの香港情勢に決定的な影響を与えるのは、米国の「香港人権・民主主義法案」です。

「香港人権法案」の発端は香港政府の「逃亡犯条例」改正案にあり、条例の施行によって香港の自由や人権、自治が侵害され、米国を含む他国の香港における安全や利益が脅かされるから、何とかしないといけないという背景がありました。

ところが、9月4日に香港政府が条例の完全撤回を発表しました。「香港人権法案」が立脚する基盤がこれで崩れたわけですから、米国も法案を取り下げるのが筋ではないか、という理屈ですが、米国はそう思っていないようです。

言ってみれば、このたびの動乱を目の当たりにした国際社会はすでに香港に対する信頼を失ったのです。今後もいつそういう恐ろしいことになるか分からないので、何かしらの担保がないとみんなが安心できません。だから、「香港人権法案」はやはり必要だ、という文脈になっているのです。


法案のベースとなっているのは、「米国・香港政策法」(United States–Hong Kong Policy Act、合衆国法典第22編第66条 22 U.S.C.§66)です。「香港政策法」は香港の扱い方を規定する法律として、1992年に米国議会を通過し、1997年7月1日、香港が中国に返還されると同時に効力が発生しました。

この「香港政策法」をベースとし昨今の情況を盛り込んで作り上げた「香港人権法案」は米国議会の超党派議員が共同提出した法案で、ナンシー・ペロシ下院議長(民主党)の支持も得られ、いわゆる共和・民主の与野党合意事項として注目されています。

結論からいうと、たとえ、トランプ大統領が来年(2020年)の選挙で落ち、民主党の誰かが新大統領になり、政権交代になったとしても、「香港人権法」だけはしっかり継承し、いわゆる対中強硬路線を踏襲せざるを得ないのです。

トランプ氏の落選を切望している中国に冷水をかけ、諦めさせる必殺の法律なのです。では、「香港人権法案」とはどういうものなのでしょうか。以下に、要点だけ抜粋して紹介します。

まず、香港返還後の高度な自治を保障する「中英連合声明」の担保という意味合いがあります。声明は国際条約同等とされる地位を有している以上、中国だけでなく、国際社会が香港の自治を認めなければならないです。

なぜならば、香港は世界屈指の国際都市であり、いろいろな国が香港に事業を展開し資産を保有しており、米国民だけでも8万人以上居住しているのですから、全員の利益が絡んでいるからであるのです。

香港返還式典 1997年6月30日

次に、香港の特別待遇の問題に関連するものです。社会制度の異なる中国本土と違って香港は西側自由社会の一員として、植民地時代から法の支配や自由経済といった分野でいずれも国際基準に達していたことから、「香港政策法」の下で米国は香港に通商や投資、出入国、海運等の諸方面において特別待遇を提供するという約束がなされました。

しかし「香港政策法」には不備がありました。つまり、香港が特別待遇を受ける際に、十分な自治が与えられているかどうかを判断する基準が明確ではなかったのです。中国は香港をコントロールしながらも、米国が香港に付与した特別待遇を濫用・悪用していないか、これを監督し、牽制する機能が必要だったのです。「香港人権法案」には「香港政策法」の強化版としてこの機能が盛り込まれました。

さらに、上記の監督・監査権に加え、罰則も用意されました。香港の自治権の毀損が認められた場合、米国は香港に与えてきた特別待遇を打ち切ることができるようになります。

香港の人権や民主・自治を侵害した者に対して、米国における資産を凍結したり、米国入国を拒否したり制裁することも可能になります。この制裁措置の意義が非常に大きいのです。たとえば、今回のような市民抗議活動に対して当局が武力を動員して鎮圧したりすると、その関係する当局者らが制裁対象とされる可能性が出てきます。

「香港人権法案」の下で、米国国務長官は香港が「中英連合声明」や「基本法」、「国際人権規約」等に基づき、人権や自由ないし自治をきちんと保障しているかどうか、人権侵害で制裁対象となる人物がいるかどうかを検証し、毎年レポートにまとめて米国議会に提出しなければならなくなります。

分かりやすくいえば、香港は上場企業のようなもので、経営の透明性が必要であり、それを検証する監査役を米国が引き受け、毎年監査報告書を作成し、開示し、そこで国際社会の信頼を得るということです。

中国がこの法案に激しく反発している理由としては、これで香港独立の機運が高まるのではないかという懸念が挙げられています。米国は、それは違うと反論するでしょう。民主と人権はいずれも一国二制度、基本法によって保障されている権利なのですから、これらについて国際社会の監督を受け、問題なく太鼓判を押されれば、逆に香港の信頼度の向上につながるのではないかという論理です。

詰まるところ、香港は国際都市であり、オープン、透明でなければ、国際社会は困ります。もし、中国がどうしても独自のルールで香港をコントロールし、「私物化」するのであれば、やがて香港が中国の一地方都市と何ら変わりのない存在になります。

そうした状況になって、中国が一方的に香港は自由だと主張しても、誰も信用しません。ましてや米国が特別待遇を与え続けるなど、そんな虫のいい話はありません。

9月3日付けのワシントン・ポストは、マルコ・ルビオ上院議員(共和党)の「中国は香港で本性露呈、米国は傍観できぬ(China is showing its true nature in Hong Kong. The U.S. must not watch from the sidelines)」と題した寄稿を掲載しました。その一節を以下に抜粋します。
香港の特殊な地位に注目してほしい。それはつまり、独立関税区域として開放的な国際金融システムや、米ドルペッグ制(連動制)の香港ドルがあって、北京はこれらの仕組みを利用して利益を得ていることだ。だから、米国は行政的に外交的にこれらの条件を制限しなければならない。さらに、マグニツキー法を生かす方法もある。人権侵害にかかわる当局者の個人を制裁することだ。マグニツキー法は外国の個人や組織を制裁することを認めている。
マグニツキー法という枠組みがあるなか、香港にフォーカスした「香港人権法案」で条件を具体化し、監督・監査機能と罰則を強化するという緻密なアプローチです。

もっと驚いたことに、ナンシー・ペロシ下院議長(民主党)だけでなく、民主党上院議員のチャック・シューマー氏まで法案賛成に回っています。

氏は9月5日、翌週に開かれる議会で「香港人権法」の審議と議決を目指すことは民主党議員にとって最優先任務の1つであるとし、「香港市民が言論の自由をはじめ、その他基本的権利を行使するにあたって、われわれは中国共産党の取った行動に対して姿勢を示さないといけない。これは大変重要なことだ。われわれは習主席に、『米国議会は香港市民側に立っている』という姿勢を示す必要がある」と述べました(9月4日付けボイス・オブ・アメリカ)。

ペロシ下院議長とシューマー上院議員といえば、誰もが知っている通り、トランプ大統領の2大天敵です。この2大天敵が対中姿勢、殊に香港問題においてはトランプ大統領側に立っているだけでなく、ある意味でトランプ氏よりも強硬姿勢を示しているのです。

ペロシ下院議長(左)とシューマー上院議員(右)

中国にとってもはや選択肢は残されていません。「香港人権法」が可決されたため
、中国は苦境に陥るでしよう。

このブログでも以前、この法律について述べたことがあります。以下にその結論部分を掲載します。
そもそも、トランプ大統領の意図など全く別にして、習近平国家主席が中国の誇りであるべき自由都市、そして、台湾に安心をもたらす自治政府の一例である香港に不必要なダメージを与えようとしているのなら、米国は中国政府を信用することなどできません。 
これは、トランプ大統領の意思がどうのこうのと言う前に、米国の意思であることを理解すべきと思います。
 はっきり言えば、トランプ政権がどうのこうのということは別にして、中国はかつてのソ連のような米国の敵となったということです。

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2019年9月3日火曜日

「第2の天安門」の懸念が消えない香港デモ―【私の論評】香港のインターネットをはじめとする、あらゆる通信手段がシャットアウトされたとき、中国の香港への武力侵略が始まる(゚д゚)!

「第2の天安門」の懸念が消えない香港デモ

岡崎研究所

「逃亡犯条例」の改正をめぐって始まった香港の抗議デモは、10週を超え、空港や市内の交通機関を麻痺させるほど展開を見せている。これに対して、中国共産党は、人民解放軍を香港の近くに集結させる等、「第2の天安門事件」が香港において起こりうるような状況が出てきている。

中国人民解放軍

 8月8日付の英エコノミスト誌は、天安門事件のようなことにならないようにとの希望、期待を表明し、そういうことになった場合、「中国の安定も繁栄も」悪影響を受けると中国に警告している。しかし、中国の共産党指導部がどう考えるか、予断を許さない状況である。

 ここで思い出される事件は、1968年のソ連軍のチェコ侵攻である。まさかソ連がそこまで乱暴なことはしないであろうと考えていたが、間違いであった。8月21日、タス通信が、「ソ連はチェコ人民に友好的援助を提供することにした、その援助には軍事的手段によるものも含まれる」と報じ、ソ連軍は、チェコに軍事侵攻した。実は、この侵攻の前に、赤軍とワルシャワ条約機構の軍隊がチェコ周辺で演習をしていたことが、あとから分かった。

 今回も、香港に近い深圳で人民解放軍が演習をしている。部隊が集結している。それを踏まえて、トランプ大統領は、中国に自制を求め、習近平主席に香港のデモの代表者らと対話することを訴えているが、習近平がそれに応じる気配は今の所ない。

 人民解放軍は、香港自治政府の要請があれば、いつでも出動する用意があるとしており、国務院の香港担当部局は、我々の自制を弱さと受け取ってはならないと警告を発している。

 香港の抗議デモ隊の側も、香港自治政府側も、不信を乗り越えて対話するなど、事態を鎮静化する方向で努力すべきであろう。逃亡犯条例改正問題は、抗議者側が実質的にそれを阻止することに成功した。更なる民主化をという気持ちはわかるし、警察のやり方への憤懣もわかるが、ほどほどに要求を抑える必要がある。香港独立、香港人が主役の香港など実現不可能である。香港の特別な制度は2047年までは続くことになっている。その制度、地位を守るためには、多少の妥協も必要になろう。

 中国は、米国の策謀、テロの兆しを指摘し、軍事介入した場合の口実作りをしている気配がある。また、中国のこの問題への対処ぶりは、外交上の考慮よりも内政上の考慮で決められる可能性が高い。新疆ウイグル、チベット自治区の現状を見ても、香港の将来が明るいとは決して言えないだろう。1989年と比べても中国は大きくなりすぎた。1997年に、香港の「一国二制度」が50年間続けば、中国も民主化するのではないかと言われていたことが、幻想であったことは、今日の状況を見れば明らかである。

 そんな中、8月20日付の米ウォールストリート・ジャーナル紙に、米上院院内総務のマコーネルが、香港のデモを支持する論説を掲載した。マコーネル院内総務は、香港の問題は北京の国内抑圧の強化と海外での覇権追求の結果である、香港の自治が侵食されれば米上院は対応措置を取っていく、中国は混乱を回避すべきであると述べている。中国が香港に武力介入することがあれば、すぐに米国議会が何らかの措置を取ることになるだろう。トランプ大統領も習近平主席に対して、香港に武力介入したら議会が対抗措置を取るから、貿易で取引も出来なくなってしまう、だから止めてほしい、と述べている。

【私の論評】香港のインターネットをはじめとする、あらゆる通信手段がシャットアウトされたとき、中国の香港への武力侵略が始まる(゚д゚)!

まずは、冒頭の記事にもある、1968年のソ連軍のチェコ侵攻について振り返っておきます。



チェコスロヴァキアでは、1948年に成立したチェコスロヴァキア社会主義共和国のノヴォトニー共産党第一書記による政権のもとで、経済の停滞と言論の抑圧などに対する不満が強まっていました。1968年に民主化運動が盛り上がり、ノヴォトニーは辞任、後任にドプチェクが就任しました。

ドプチェク第一書記は、路線の転換と民主主義改革を宣言、一気に「プラハの春」と言われた改革を実行しました。3月にはノヴォトニーは大統領も辞任、代わって第二次世界大戦の国民的英雄スボボダが選出されました。ドプチェクの改革は社会主義を否定するものではなく、「人間の顔をした社会主義」という言葉で示されるように、国民の政治参加の自由、言論や表現の自由などを目指すものでした。

この動きに対してソ連のブレジネフ政権は社会主義体制否定につながると警戒し、介入を決意、1968年8月20日にソ連軍を主体とするワルシャワ条約機構5カ国軍の15万が一斉に国境を越えて侵攻、首都プラハの中枢部を占拠してドプチェク第一書記、チェルニーク首相ら改革派を逮捕、ウクライナのKGB(国家保安委員会)監獄に連行しました。

これがチェコ事件と言われるもので、全土で抗議の市民集会が開かれ、またソ連の実力行使は世界的な批判を浴びました。スボボダ大統領は執拗にドプチェクらの釈放を要求、ソ連は釈放は認めましたが、ソ連軍などの撤退は拒否しました。

当時世界は、まさか当時(戦後23年、社会主義国チェコ・スロバキア独立より20年)のソ連が、ソ連軍を主体とするワルシャワ条約機構5カ国軍の15万人もの軍隊をチェコに侵攻させるとは思いもよりませんでした。

こうした苦い経験があるからこそ、上の記事では「第2の天安門事件」が香港において起こりうることを憂慮しているのです。

しかし、香港が大英帝国の統治下にあったときから、今日に至るまで、香港は他国から武力侵攻を受けた歴史はありません。日本軍も、香港には武力侵攻していません。あくまで、平和的に英国から行政権を移譲という形式で統治しています。

なぜ、香港が武力侵攻されなかったのか、それにはそれなりの理由があります。

それについては、以前このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
香港騒動でトランプは英雄になる―【私の論評】トランプの意図等とは関係なく、香港の自治が尊重されないなら、米国は香港を中国と別の扱いにすることはできない(゚д゚)!

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、現在の香港が中国の武力侵攻を受けにくい理由に関する部分のみ以下に引用します。
 ところが、まずそうした状況にはならないだろうと楽観視しているのは香港の事情に精通する米国人ジャーナリスト、ワシントン・ポストのマーク・セッセン記者だ。 
「中国の軍隊が香港に侵入し、香港市民の抗議デモを鎮圧するのはかなり難しいのではないのか。軍隊を出動させても抗議デモを天安門の時のように鎮圧できないからだ」 
 その理由を3つ挙げている。 
 1つは、香港の地形だ。香港島、九龍半島、新界と235余の島からなるが、山地が全体に広がり、平地は少ない。香港島北部の住宅地と九龍半島に人口が集中している。 
 市街は曲がりくねった狭い迷路だらけ。それに坂が多い。重装備の戦車や装甲車が活動するには極めて不適切だ。 
 2つ目は、今回の抗議デモには指導者がいないし、1か所を叩いてもすぐほかの場所で抗議デモが始まる。モグラ叩きのようなものだ。 
 現在は6月に200万人デモを行った民主派団体「民間人権陣線」が抗議活動の指揮を執っているようだが、市民は自然発生的に広がっている。 
 3つ目は1989年の天安門事件の当時にはなかったSNSをはじめとするインターネットの普及だ。市民間のコミュニケーションの手段になっているだけでなく、中国軍の一挙手一投足が動画で世界中に流れる。 
 中国政府の全く統制の取れない状況下で中国軍対香港市民の武力衝突→多数の死傷者といった事態が同時多発的に全世界に流れる。 
 それが習近平国家主席と中国共産党にとってどんな意味を持つか。知らぬはずがない。 
https://www.washingtonpost.com/opinions/2019/08/15/china-does-not-have-upper-hand-hong-kong-trump-does/
確かに、香港は市街戦をするにしても、なかなかできそうにもありません。攻める側は相当苦戦と犠牲を強いられるでしょう。

デモ隊の鎮圧もかなり困難を極めるでしょう。

実は香港には、すでに中国人民解放軍(PLA)の守備隊約5000人が駐屯しています。ただし、これは返還後から続いていることで、ふだんは存在感が薄く、中国の主権を示す象徴的な存在に過ぎません。

とはいいながら、7月31日にはこの守備隊が、兵士の訓練動画という形で沈黙を破りました。動画では兵士が広東語(香港の公用語)で「何があっても自分の責任だぞ」と叫んだり、香港警察がデモ制止に使う決まり文句「停止衝撃否則使用武力(突入を止めろ、さもなくば武力を使うぞ)」が書かれた赤い警告旗を掲げて行進したりしています。

これは中国側からの「警告」と、広くとらえられた。中国政府からは「火遊びをすれば大やけどをする」、「(中国の)抑制的な姿勢を弱さと勘違いすべきではない」といった発言も出ています。

しかし、中国が軍事介入をした場合、国内的にも国際的にも政治的リスクがあまりに大きく、事態を悪化させるのは必定です。

軍事介入は圧倒的なものでない限り、ますます抵抗を呼ぶことになるでしょう。では、他の方法で、香港を制圧することはできるのでしょうか。

まずは、中国は政治介入による制圧が可能かということがあります。これに関しては、議論の分かれるところですが、すでに中国は何度も香港に政治介入をしており、それが最近の抗議行動につながっていると見ることができます。

香港の立法会(議会)は中国寄りです。2017年には大規模な抗議デモにもかかわらず、ひとつの法律を成立させました。香港トップの行政長官に立候補する人は、親中国のメンバーが多数を占める委員会であらかじめ承認される必要がある、という内容でした。

さらに、当選した行政長官は中国政府の承認を得なければならず、その後に閣僚を選出できるとされました。

2017年の選挙で当選した現職の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、「逃亡犯条例」改定案を立法会に提案。今回の長期にわたる抗議デモを引き起こしました。

林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官

中国政府は林鄭月娥氏の辞任を断固として認めなかったり、同氏が改定案を取り下げるのを拒んだり、あらゆる方法で力を誇示してきました。

中国政府は、世論が林鄭氏の辞任に追い込むことなどできないと示したいので、辞任を認めないでしょう。

仮に林鄭氏が辞めることになっても、中国政府が支持する人が後任になることは間違いないです。

ただし、中国が香港に対して、政治介入を強めれば、強めるほど、香港デモは激化することも間違いないです。

次に、中国は個人を標的にできるでしょうか。今回の抗議デモの発端となった「逃亡犯条例」改定案は、中国政府にとって、香港の政治活動家たちを本土に移送し、有罪と認定する手段になると非難されています。

林鄭氏は、改定案の審議はもう求めないとしています。ところが、逃亡犯条例が改定されないとしても、中国政府が法律のあるなしに関わらず、抗議に参加する市民を拘束するのではないかという心配が、香港で根強いです。

そうした不安を感じさせる有名な事件が、香港の書店主で、中国政府に批判的な本を販売していた桂民海氏をめぐるものです。桂氏は2015年にタイで行方不明になった後、中国にいることが確認されましたが、2003年の交通事故をめぐって拘束されており、裁判で有罪とされ刑務所に送られました。

2017年に出所したが、翌年に中国の列車内で再び拘束されたとみられ、それ以降は行方が確認されていないです。

活動家の家族が中国本土に住んでいる場合は、その家族に影響が及ぶことも考えられます。

ただし、個人を標的にして、さらに多数の個人を拘束したとしても、香港デモはさらに激化するだけに終わります。

結局、政治的介入も、個人を標的することでも、中国は香港のデモを鎮圧できないことになります。

では、中国にとって残された道は、香港に人民解放軍を送りこみ、武力鎮圧して、香港そのものを中国領土にしてしまうのでしょうか。

これも、できそうもありません。共産党政権は香港を利用してきました。香港を窓口にして西側の情報を収集し、金融センターとしての利点を十二分に活用。先端技術と豊富な資金を延々と本土に吸い上げてきました。

ただし自分が強くなったので香港を切り捨てるかというと、そうもいかないのです。北京にとって、情報収集窓口や金融センターとしての利用価値は下がりつつありますが、それ以上に重要なのは香港が共産党高官たちの「蓄財の要塞」として機能している点です。

国家主席の習近平を含め、共産党政権の高官たちはほぼ例外なく香港に不正に獲得した財産を隠匿している、と報道されています。「祖国内部に不正蓄財」するわけにいかないので、彼らは今後も「半死」状態の香港に、限られた「繁栄と自治」を与え続けるでしょう。

そうなると「香港民族」の都市国家建設の夢も消えないでしょう。それは、中国共産党としては許容できないので、結局いずれ、香港を武力鎮圧することになる可能性は高いです。

ただし、武力鎮圧の直前には、インターネットをはじめあらゆる通信手段をシャットアウトするでしょう。そうして、中国は、人民解放軍ではなく、鎮圧の専門部隊である、人民武装警察を大量に動員して、香港を鎮圧するでしょう。当然多数の犠牲者は出ますが、それでもあまり犠牲者を出さないことと、情報を切断することで、中国は世界からの批判をかわそうとるするでしよう。

ただし、世界からの批判は中国政府が思ったよりも激しいものになり、天安門事件の直後のように、世界中から制裁を受け、当惑することになるでしょう。それで、習近平は失脚することになるかもしれません。

その後香港にはは、中国政府の傀儡政権ともいえるような、行政府ができあがり、限られた「繁栄と自治」を与えられ、細々と生きていくといことになるでしょう。香港が元に戻れるのは、中国が崩壊したときになるでしょう。

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2019年8月20日火曜日

香港騒動でトランプは英雄になる―【私の論評】トランプの意図等とは関係なく、香港の自治が尊重されないなら、米国は香港を中国と別の扱いにすることはできない(゚д゚)!

香港騒動でトランプは英雄になる

無関心だった大統領が踵を返した3つの理由


「第2の天安門事件」にはならない

 香港での「逃亡犯条例」の改正案をきっかけに燃え上がった香港市民の抗議デモは留まるところを知らない。

 これに対して、中国軍の指揮下にある武装警察が香港と隣接する中国広東省深圳の競技場に集結し、デモがさらに激化すれば出動する構えを見せている。

 一方、市民団体は香港政府に対し、逃亡犯条例改正の完全撤回、逮捕者の無罪放免、普通選挙の実施など「5大要求」を掲げて徹底抗戦の構えだ。

 週末には市民団体は各地で大規模なデモ行進を敢行した。24、25両日には新界地区でもデモが予定されている。まさに一触即発の事態を迎えている。

 もし中国軍が武力抑圧に出れば、1989年6月4日の天安門事件*1の再来もありうる。

 米国は世界でも名だたる「人権重視国家」。たとえ内政干渉と言われようとも他国の人権抑圧政策には口を出してきた。

 それが米国建国のバックボーンになっているからだ(たとえ建て前であろうともその辺が日本などとは異なる)。

 中国で大勢の市民が虐殺されれば真っ先に立ち上がるのは米国だ。また世界はそれを期待している。

 今回の香港デモでも何人かが星条旗を掲げているのもそうした期待度があるからだ。

「第2の天安門」事件となれば、米国は動かざるを得ない。それでなくとも貿易を巡って緊張感が高まっている米中関係に新たな火種となることは必至だ。

*1=2017年に公開された英国外交文書によると、天安門事件で殺害された市民は少なくとも1万人とされる。当時の駐中国英国大使が中国国務院委員からの情報として本国政府に報告した極秘公電で明らかにされている。

狭い香港で大規模な武力行動は無理

 ところが、まずそうした状況にはならないだろうと楽観視しているのは香港の事情に精通する米国人ジャーナリスト、ワシントン・ポストのマーク・セッセン記者だ。

「中国の軍隊が香港に侵入し、香港市民の抗議デモを鎮圧するのはかなり難しいのではないのか。軍隊を出動させても抗議デモを天安門の時のように鎮圧できないからだ」

 その理由を3つ挙げている。

 1つは、香港の地形だ。香港島、九龍半島、新界と235余の島からなるが、山地が全体に広がり、平地は少ない。香港島北部の住宅地と九龍半島に人口が集中している。

 市街は曲がりくねった狭い迷路だらけ。それに坂が多い。重装備の戦車や装甲車が活動するには極めて不適切だ。

 2つ目は、今回の抗議デモには指導者がいないし、1か所を叩いてもすぐほかの場所で抗議デモが始まる。モグラ叩きのようなものだ。

 現在は6月に200万人デモを行った民主派団体「民間人権陣線」が抗議活動の指揮を執っているようだが、市民は自然発生的に広がっている。

 3つ目は1989年の天安門事件の当時にはなかったSNSをはじめとするインターネットの普及だ。市民間のコミュニケーションの手段になっているだけでなく、中国軍の一挙手一投足が動画で世界中に流れる。

 中国政府の全く統制の取れない状況下で中国軍対香港市民の武力衝突→多数の死傷者といった事態が同時多発的に全世界に流れる。

 それが習近平国家主席と中国共産党にとってどんな意味を持つか。知らぬはずがない。

https://www.washingtonpost.com/opinions/2019/08/15/china-does-not-have-upper-hand-hong-kong-trump-does/

俄然関心を示し始めたトランプ大統領

 トランプ大統領は、香港デモ発生以降、断片的にツィッターや記者団との即席会見で中国政府が「人道的な解決」を図るよう、促してきた。

「当事者に死傷者が出ないことを望む」

 当事者とは抗議を続ける市民と香港警察の警官双方を指していることはいうまでもない。

(2017年8月、バージニア州シャーロッツビルで過激派極右グループが抗議デモの市民たちに襲いかかった時に発した同じコメントだ。「喧嘩両成敗」的発言だった)

 米情報機関からの情報や国務省、国家安全保障会議などの専門家の分析が閣僚や補佐官を通じてトランプ大統領の耳に入るのに若干時間がかかったからだろう。

 それが15日には豹変した。香港騒動を米中貿易戦争に結びつけたのだ。

「私は習近平主席をよく知っている。彼は中国国民から非常に尊敬されている偉大な指導者だ。彼はいい人物だが、商売(外交交渉)にはタフで、歯ごたえのある人物だ」

「彼が香港問題を早急に人道的に解決したいのであれば、そうできると思っているし、疑いの余地はない」

「(もしこの危機を解決するのに役立つなら自分との)個人的な会談をやれだって? 中国(が国内でやっていること)には何の問題もないが、香港で起こっていることが(今米中間で行っている貿易交渉に)役立ちはしない」

「無論中国は(貿易交渉が)うまくいくことを望んでいるはずだ。(ということは)中国は香港問題を人道的に片づけることが先決だ」

https://www.nytimes.com/2019/08/15/world/asia/donald-trump-hong-kong.html

*筆者はトランプ氏の言ったことをそのまま訳しても、知的に解釈できないと思い、置かれた状況を踏まえてネイティブの助けを借りて意訳した。トランプ氏の実際の発言は以下の通りだ。

"China is not our problem. though Honk Kong is not helping. Of course China wants to make a deal. Let them work humanely with Hong Kong first!"

 トランプ大統領は18日にはさらに嵩に懸かるようにこう警告した。

「中国が香港デモで天安門事件のような対応をすれば、(米中)貿易合意は困難になる」

 なぜ、トランプ氏が強硬になったのか。

 その理由の一つは、前述の通り、トランプ大統領は中国は香港騒動を武力鎮圧はできない、という米情報機関からの分析が入ってきたからだろう。

 第2は、米国には「米国・香港政策法」という法律があることを知らされたからだろう。

 おそらく対中強硬派の経済学者、ピーター・ナバロ通商製造業政策局ディレクター(旧国家通商会議=前カリフォルニア大学アーバイン校教授)あたりから聞いたのかもしれない。

 ナバロ氏には米中戦争突入の戦慄シナリオを書き上げた著書があるくらいだ。

 香港は1842年、南京条約で清朝から英国に割譲され、英国の永久領土となった。その後1984年の中英連合声明を踏まえて、2007年に主権が中国に返還された。

 中国の特別行政区となり、「一国二制度」の下、2047年まで社会主義政策を実施しないことを決めている。

 米国は、香港が中国に返還され、行政特別区となることで対中外交が複雑化することを懸念した。

 そこで1992年、米議会は香港の扱い方を規制する法案(米国・香港政策法)を可決成立させ、97年、香港が中国に返還されると同時に同法を発効させたのだ。

https://www.law.cornell.edu/uscode/text/22/5701

同法により、米国は香港を中国の他の地域とは異なる地域と扱い、関税や査証(ビザ)発給などで優遇措置を採ってきた。

 トランプ大統領は、万一中国が抗議デモも武力鎮圧に出れば、直ちにこの法律を使って対香港関税優遇措置の撤廃に踏み切る。

 中国は米国が香港に対し関税面で優遇措置を採っていることで通商面で多大な恩恵を受けてきた。中国にとっては香港は「金の卵」を産む雌鶏だ。これはどうしても手放したくない。

 実は、米議会は6月13日、香港の「逃亡犯条例」改正案に反発して「米国・香港政策法」の前提になっている香港の自治が保障されているかどうかを米政府が毎年検証することを求めた法案(「香港人権・民主主義法案」)を超党派で提出している。

https://time.com/5607043/hong-kong-human-rights-democracy-act/

 中国が香港デモを武力で鎮圧するような事態になれば、米議会はさらに強硬な法案を出すことを必至だ。

 ことあるごとに角突き合わせているトランプ大統領と民主党のナンシー・ペロシ下院議長もこと、香港問題では完全に一致する可能性大だ。

対中強硬派ブレーンの「文殊の知恵」?

 中国共産党機関紙「人民日報」の傘下にある「環球時報」は、習近平政権の心情を慮ってこう報じている。

「香港での抗議活動が当初の逃亡犯条例改正反対という原点を離れて、(旧ソ連諸国などで政権を倒した民主化運動だった)『カラー革命』(顔色革命)に変質した」

「抗議活動の標的が香港政府から中央政府に移り、香港を再び中国から切り離して西側世界に戻ろうとしている」

「従って(逃亡犯条例改正に拒否する)反対派の要求には絶対に応じられない」

 ところがこれはあくまでも建て前の話。習近平政権にとってはもっと直近な懸念が急浮上してきた。

「香港騒動」に乗じて「米国・香港政策法」をちらつかせてきたトランプ大統領の戦術にどう対応するかだ。

 かってのような人権を守るための「正義」などではなく、進行中の米中貿易交渉の交渉材料の一つに加えるトランプ政権のしたたかであくどい手口だ。

 関税優遇措置を継続させるために「逃亡犯条例改正」案を引っ込めさせるのか。これも政治的リスクは大きい。

 元国務省高官の一人は筆者にこうつぶやいている。

「商売人トランプの真骨頂と言うべきか。ジョン・ボルトン大統領国家安全保障担当補佐官、ステファン・ミラー大統領顧問、ナバロ通商製造業政策局ディレクターら対中強硬派ブレーンの『文殊の知恵』(Four eyes see more than two)か」

「人民の統治を重視する米共和主義のシンボルであるジェファーソニアン・デモクラシーとはあまり縁のないトランプたちが香港の自治とか、市民の人権などを重視して考えついた発想でないことだけは確かだ」

「しかし、結果的にはトランプが香港の自治権を守る英雄のように世界には映るだろうね」

【私の論評】トランプの意図等とは関係なく、香港の自治が尊重されないなら、米国は香港を中国と別の扱いにすることはできない(゚д゚)!

冒頭の記事にもあるように、米国と香港の関係は、1992年に成立した「米国・香港政策法」で規定されています。同法は香港を中国とは別の関税自治区かつ経済地域とみなし、それに基づき米国は香港に優遇措置を適用しています。

米国務省は同法の下で、香港に関する年次報告書を公表することが義務付けられています。3月21日に公表された報告書では、香港は優遇措置を正当化する「十分な」水準の中国からの自治を維持しているとしたうえで、その自治権は「減退してきた」としています。

中国は近年、共産党政権に批判的な香港市民を第三国から連れ去り、勾留するため中国に移送してきました。香港市民は、中国政府が「逃亡犯条例」改正により、批判者を特定し、同国の法律の下で起訴し、その後、中国での審理や処罰のために引き渡しを求める明確な権限を持つことになるのを理解しています。

また腐敗した中国の当局者らは本土への移送という脅しをかけるだけで、香港の企業から利益を巻き上げることができるようになるでしょう。

唐人テレビのインタビューに応える米NY私立大学 ベンジャミン・シェパード教授

改正案に「深刻な懸念」を表明した米国務省によれば、香港で活動する米企業は1300社を超えます。また香港における米国の投資額は約800億ドル(約8兆6850億円)で、居住する米国市民は8万5000人に上るといいます。

カート・トン元駐香港米総領事は中国の主張に異議を唱え、「当地において投資はできるが発言権はないと言うのは、責任ある者の考えではもちろんない」と語りました。

冒頭の記事にもあるように、マルコ・ルビオ上院議員(共和、フロリダ州)、ジム・マクガバン下院議員(民主、マサチューセッツ州)、クリス・スミス下院議員(共和、ニュージャージー州)は先に、「香港人権・民主主義法案」を議会に再提出しました。

これは主に、中国が約束した自治を香港が享受し続けているかどうか、2047年まで毎年検証するのを国務長官に義務づけるものです。香港の自治が保障されていない場合、米国の法律の下で香港が受けている優遇措置―関税、査証、法執行上の協力など―はなくなる可能性があります。

民主党のナンシー・ペロシ下院議長
一部には、香港への優遇措置をなくすことで中国を罰するというやり方が、香港を一層傷つけると懸念する向きもあります。しかし、ペロシ下院議長の論理は正しいです。香港の自治が尊重されないのであれば、なぜ米国の政策で香港を中国と別の扱いにする必要があるのでしょうか。

ブログ冒頭の記事は、非常に良い記事なのですが、ただしトランプ政権が「米国・香港政策法」をちらつかせたこと、トランプ政権のしたたかであくどい手口などと評価していますが、それはいかがなものかと思います。

今や米国は、議会は超党派で、そうして司法も中国と対決姿勢を顕にしています。もはや、米国にとって中国はかつてのソ連のような敵となったのです。トランプ大統領が、何かの都合で、ディールを成立させ、中国と和解しようとしても、それは簡単にはできなくなりました。

ペンス米副大統領は19日、ミシガン州で演説し、香港で続く大規模抗議デモへの対応をめぐり、「中国政府は、香港の法を尊重するとした1984年の英中共同声明などの約束を守る必要がある」と語りました。

ペンス米副大統領

香港の自治と自由を尊重するとした英中声明に触れて、武力鎮圧しないよう中国をけん制しました。

そもそも、トランプ大統領の意図など全く別にして、習近平国家主席が中国の誇りであるべき自由都市、そして、台湾に安心をもたらす自治政府の一例である香港に不必要なダメージを与えようとしているのなら、米国は中国政府を信用することなどできません。

これは、トランプ大統領の意思がどうのこうのと言う前に、米国の意思であることを理解すべきと思います。

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2019年8月13日火曜日

空港機能停止!香港デモ、第2の天安門事件に発展か 「香港1つ片付けることができないのか…」共産党内から習氏に批判も?―【私の論評】中国共産党が最も恐れる香港市民の価値観とは?

空港機能停止!香港デモ、第2の天安門事件に発展か 「香港1つ片付けることができないのか…」共産党内から習氏に批判も?

抗議の群衆に占拠された香港国際空港=12日

 香港が騒乱状態だ。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案を巡り、香港国際空港ロビーで12日午後、市民による大規模な抗議デモが発生。航空当局が同日夕方以降のほぼ全便を欠航とした影響で、空港では13日も欠航が相次ぎ機能不全となった。行政府への市民の怒りは収まるどころか拡大するばかり。「第2の天安門事件になりかねない」。専門家も緊張感をもって注視している。


 アジア有数のハブ(拠点)空港が機能停止に陥った。香港国際空港で12日、抗議の群衆数千人が押し寄せ、搭乗手続き業務などができなくなった。13日朝には業務が再開されたものの、香港メディアは300便以上に上る多数の欠航が決まったと伝え、同日午後1時半現在、混乱が続いている。

 全日空は同日未明の羽田発の運航を中止。格安航空会社(LCC)のピーチ・アビエーションも関西と沖縄発の2便が欠航した。キャセイパシフィック航空など香港を拠点とする航空会社でも欠航が相次ぎ、同日は各社合計で少なくとも10便以上の日本発の便が運航できなかった。「(ホテルも含めて)全部キャンセル」「国内旅行に切り替えるしかない」など、夏休みを海外で過ごす計画だった日本人旅行客は成田などでパニックとなった。

 6月に本格化した一連の抗議活動。今月5日には呼び掛けられたゼネストに航空業界の関係者らも参加、約250便が欠航したばかり。香港政府トップの林鄭月娥行政長官は13日、記者会見し、一連の抗議活動について「自由と正義の名で、多くの違法行為が行われている」と非難。だが、香港メディアによると、会員制交流サイト(SNS)では13日以降も空港での集会が呼び掛けられている。

 12日に発生した抗議活動はSNSを通じ、シンボルの黒い服を着た市民らが集まった。抗議参加者らは、11日に九竜地区の繁華街で行われた抗議活動で、警察が発射した鎮圧用の弾を右目に受けた女性が負傷したと批判。警察が地下鉄駅構内に催涙弾を発射したことにも反発した。

「世界征服を夢見る嫌われ者国家 中国の狂気」(ビジネス社)などの著書がある評論家の石平氏は、「第2の天安門事件に向かっている。10月1日が中華人民共和国70周年にあたるため、習近平政権としては祝福ムードをつくり出したいはずだが、政権内部からも習氏に対し『香港1つ片付けることができないのか』と批判が出てきそうだ。人民解放軍を投入すると国際社会から非難される可能性もあるが、最終的には何らかの武力鎮圧に出るだろう」とみる。

 その上で、「仮に鎮圧できても、経済の中心地である香港を捨てることになり、来年1月の台湾の大統領選にも影響することが考えられ、後遺症は大きい。ただでさえ、習氏は米中貿易摩擦など中国を悪い方向に進めているとみられている。中国共産党が習氏を排除するか、さもなくば習氏と中国共産党政権が共倒れする状況もありえる」。予断は許さない。

【私の論評】中国共産党が最も恐れる香港市民の価値観とは?

今回の一連の香港でのデモ活動は、単なるデモとか、香港市民が中共に抗議をしている等という見方以上にかなり大きな中国社会の分水嶺につながる大きな変動だと思います。

この問題は本来、中国が多元社会であるにもかかわらず現在の中国共産党が「一つの中国」を国是に掲げているからにほかならないです。しかしながら、歴史を背負う中国の為政者にとって、「一つの中国」はつねに追い求めなくてはならない夢想の共同体なのです。

習近平の「中国夢」カレンダーの表紙

今日から現在に至るまで、中国を端的に表現するなら、「一つの中国」「中華民族」という国是・スローガンと、それとはまったく裏腹の、上下の乖離・多元性という社会の現実、この両者の併存です。

中国には過去において、どのような帝国がつくられようが、今日の共産中国が、チベット、ウィグルまで含めた大帝国をつく出そうと、多元社会という呪縛からは逃れられません。

それは、以前のこのブログにも述べたように、今でも厳然として宗族(そうぞく)という集団が機能しているという現実があるからです。中国の宗族については、このブログでも以前掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
まさに血で血を洗う戦い!? “独立王国化”する中国マフィア…共産党は“容赦なき”取り締まり ―【私の論評】宗廟、宗族を理解しなけば、中国社会を理解できない(゚д゚)!
中国の黒社会
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、宗族とはどのようなものなのか、説明している部分を以下に引用します。
宗族(そうぞく)とは、中国の父系の同族集団。同祖、同姓であり、祭祀を共通にし、同姓不婚の氏族外婚制をたてまえとするものです。同じく血縁でも母系は入らず、女系は排除されます。

したがっていわゆる親族のうちの一つであっても、親族そのものではありません。文献では前2世紀頃あるいは3世紀頃からみえます。同族を統率する1人の族長の支配下におかれ、族内の重要問題は,同族分派の各首長 (房長) らによる長老会議または族人による同族会議が召集され、協議決定されました。

宗族は往々集団をなして同族集落を構成し、その傾向は華中、華南に強く、1村をあげて同族であることも少くありませんでした。その場合、閉鎖的で排他性が強く、利害の衝突から集落相互間に争いを引起すこともありました。また同族結合の物的基礎として、共同の祖先を祀る宗祠設立のほか、義荘,祭田の設置、族譜 (宗譜) の編集なども行われました。

そして中国のいたるところ、宗廟があって、世界中に散った一族が集まる習慣がいまも確然として残っているのです。 
これが、宗族、日本人に分かりやすく言えば、「一族イズム」です。 
中国人にとって、今でも一族の利益、一族の繁栄はすべてであり、至高の価値なのです。それを守るためにはどんな悪事でも平気で働 くし、それを邪魔する者なら誰でも平気で殺してしまうのです。一族にとっては天下国家も公的権力もすべてが利用すべき道具であり、 社会と人民は所詮、一族の繁栄のために収奪の対象でしかないのです。 
だから「究極のエゴイズム」を追い求め、一族の誰かが権力を握れば、それに群がり、もし失脚すれば、一族全員がその道連れ となって破滅するのです。 
習近平と王岐山一族が、いま何をやっているか、なぜそうなのか。正に宗族の論理によって突き動かされ、一族だけの利権を追 求し、一族だけが繁栄を究めているのです。 
中国共産党が『宗族』を殲滅したのではなく、むしろ、宗族の行動原理は生き残った上で、党の中国共産党政権自身を支配しているのです。中国における宗族制度の原理の生命力はそれほど堅忍不抜なものであり、宗族は永遠不滅なのです。 
中国人は、現代日本人の感性や規範、道徳、しきたりとまったく異なる伝統を今でも保持しているのです。
こうした宗族に支配された社会構造が、現在の中国にも厳然として残っているのです。中国の歴史は、本質的に多元的な社会を一つの中国としてまとめようとする試みの連続でした。そうして、過去の大帝国はすべて瓦解しました。

実は多元的な社会を「一つ」にまとめようとする試みは、中国史のみならず、程度の差はありますが、アジア史・東洋史にも少なからずみられました。そのプロセスで生まれる軋轢をどう処理するかが、それぞれの歴史の要諦でした。

その手段として用いられたのが、宗教です。だいたい世界3大宗教と呼ばれるイスラーム、キリスト教、仏教は、いずれもアジア発祥です。それはおそらく、多元性をまとめるための普遍性やイデオロギー、あるいは秩序体系を提供することが、アジアの全史を貫く課題だったからでしょう。

それも一つの宗教・信仰に限定したわけではありません。1人の君主が複数の宗教を奨励、信奉し、同じ場所に暮らすそれぞれの宗教の信者をつなぎ止めて、共存させるといったこともありました。

アジア各地では宗教という普遍的なものも、多元的に存在していたのです。そうであるなら、複数の宗教・普遍性の存在を認めて重層化させることでしか、多元共存を可能とする統一的な体制は保てなかったわけです。

言い換えるなら、アジア史において政教分離は成立しにくいということです。多元性の強い社会で安定した体制を存続させるには、宗教のような普遍性を有するものがどうしても欠かせません。複数の普遍性を重層させねばならない場合は、なおさらです。

ヨーロッパで政教分離が成立したのは、そもそも社会も信仰も単一均質構造でまとまっていたからです。分離しても社会が解体、分裂しない確信が、その背後に厳存しています。仮にアジアで政教分離を実施したら、たちまち体制や秩序はバラバラになって混乱をもたらしてしまったでしょう。

中国の場合も、統合の象徴として儒教・朱子学が用意されました。ところが儒教は、漢人のイデオロギー・普遍性ですので、モンゴル・チベットと共存した清朝では、それだけでは不十分です。儒教の聖人を目指した清朝の皇帝は、同時にチベット仏教にも帰依して、普遍性の重層を図ったのですが、その体制も18世紀までしかもちませんでした。

かくて近代以降、儒教・チベット仏教もろとも、先に述べた「国民国家」や「一つの中国」が代替することになります。同時に、清代の多元共存に代わる秩序と統合のシンボルとして「五族共和」や「中華民族」のような概念がしばしば提起されました。

「中華民族」は理論上「多元一体」のはずですが、そのセオリーどおりに「一体」が実現したことはありません。チベット・新疆の民族問題や香港の一国二制度の実情・現状をみれば、一目瞭然ではないでしょうか。それに、中国には宗族が根強く残っていることを考えれば、国家の設立すら困難というのが、実情です。

こうして「中華民族の復興」を「中国の夢」とする習近平政権も、はるか古くからの中国史の1コマとして捉えることができます。リアルな中国史を振り返れば、現在香港で起こっていることの本質が理解できると思います。

香港にも宗族が、新界原居民という形で形跡は残っていますが、多くの香港市民は長い間の英国による統治により、台湾のように、宗族の良い面だけが残っているようです。

台湾の宗族については、以前もこのブログで説明したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
「親中」に逆風が吹き始めた台湾総統選―【私の論評】台湾では、宗族の良い要素だけが残ったため、民主化が実現されている(゚д゚)!
台湾の蔡英文総統
現在の台湾では、宗族の伝統は残ってはいますが、中国のように「究極のエゴイズム」を追い求めるような存在ではありません。 
台湾においても、従来の宗族は儒教を通して、祖先崇拝、族長の統治、系譜の存在、一族の互助、家廟、祀堂場所の建立など、宗族の組織は非常に厳密でした。宗族員の結合は堅く、宗族の機能も広汎でした。 
しかし、古くは日本統治、最近では産業の進展にともない、宗族の構成は大きく変化しました。 
喪失して要素としては、族長権威と、共有財産です。持続されている要素としては、祭祀と墓参りです。残存要素としては、豊かな人間関係、経済の援助、系譜の尊重などです。 
台湾では、宗族の良い要素だけが残ったようです。ここが、宗族の伝統の悪い面も根強く残り、中国共産党をも支配している大陸中国とは、対照的です。
台湾では、宗族の構成が大きく変化したからこそ、まがりなりにも民主主義が根付いているということができます。
中国共産党が『宗族』を殲滅したのではなく、むしろ、宗族の行動原理は生き残った上で、当の中国共産党政権自身を支配している大陸中国と、香港は本質的に社会が違うのです。

長い英国支配により、香港では行政的に宗族は大きな意味を持たなくなったのです。これは、国家の成立にとっては避けて通ることができない道でした。国家が成立しないところに、民主主義も生まれることはないのです。政治と経済の分離、法治国家化も無理なのです。

大陸中国も本来はこの道を通るべきでしたが、結局中国共産党は「宗族」を殲滅できなかったどころか、当の中国共産党を支配しているのです。大陸中国では、結局共産主義も宗族のエゴイズムには勝てなかったのです。現在の中国の本質は、共産主義ではないし、国家資本主義でもないのです。その本質は、宗族支配の究極のエゴイズムなのです。

香港も宗族が支配する地域であれば、中国共産党もこれを比較的簡単に制御できたかもしれません。強力な宗族を懐柔できれば、香港は意外と簡単に中国の手に落ち、一国二国制度など有名無実になっていたかもしれません。

この価値観の相克が、現在の香港に色濃く反映されているのです。この問題は、かなり大きな中国社会の変動であり、これからますます大きくなっていくことでしょう。やがて、香港だけでなく、中国全土に広がっていくことでしょう。

最終的には、中国は価値観を共有できるいくつかの単位にまで、分裂することでしょう。中国共産党は、それを最も恐れているのです。おそらく、彼らにとっては米国との冷戦よりも、こちらのほうを恐れているに違いありません。だからこそ、香港の取り締まりは厳しくなる一方で、第二の天安門事件になるのではと危惧する専門家も存在するのです。

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2019年6月23日日曜日

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香港デモのもう1人の勝者は台湾の蔡英文総統

道路を埋め尽くしたデモ隊。2014年の「雨傘運動」の象徴である黄色い傘も目立つ

(文:野嶋剛)

 香港と台湾は繋がっている、ということを実感させられる1週間だった。

 香港で起きた逃亡犯条例改正案(刑事事件の容疑者などを中国などに移送できるようにする)への抗議は、103万人(主催者発表)という返還後最大規模のデモなどに発展し、香港社会からの幅広い反発に抗しきれなくなった香港政府は、法案の審議を一時見送ることを決定した。それでも6月16日には、改正案の廃止を求めて200万人近く(主催者発表)が再びデモに繰り出した。

 前例のない今回の大規模抗議行動のもとをたどれば、台湾で起きた殺人事件の容疑者身柄移送をめぐる香港と台湾の問題に行きつくが、同時に香港のデモは、台湾で現在進行中の総統選挙の展開に対しても、非常に大きな影響を及ぼすことになった。

香港と台湾の法的関係

 15日に改正案の審議見送りを表明した林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官の会見では、「台湾」という言葉が何度も繰り返された。逃亡犯条例を香港対中国の文脈で理解していた日本人にとっては、いささか不思議な光景に映ったかもしれない。

 この逃亡犯条例の改正は、台湾旅行中の香港人カップルの間で起きた殺人事件がきっかけだった。殺された女性はトランクに詰められて空き地に放置され、男性は台湾から香港に戻っていた。香港警察は別件でこの男性の身柄を逮捕しているが、殺人事件自体は「属地主義」のため、香港で裁くことはできない。台湾に移送し、殺人事件として裁かれることは、香港社会の官民問わずの希望だっただろう。

しかし、事態を複雑にしたのは、香港と台湾の法的関係だった。香港は法的にも実体的にも中華人民共和国の一部であるが、台湾は中華人民共和国が中国の一部だと主張していても、実体は独立した政治体制である。

 現行の逃亡犯条例には「香港以外の中国には適用しない」との条項があるため、これを削除して台湾も含む「中国」へ容疑者の身柄を引き渡せるようにするのが今回の改正案なのだが、そこには「中央政府の同意のもと、容疑者を移送する」とある。台湾の「中央政府」は果たして台北なのか北京なのか、香港政府の判断はなかなか難しい。

 さらに5月9日の時点で台湾の大陸委員会の報道官が「国民の身柄が大陸に移送されない保証がない限り、改正案が通っても香港との協力には応じない」と明らかにしている。香港政府が当初の改正理由に掲げた「身柄引き渡しにおける法の不備」を解消するという必要性はあるとしても、殺人事件を理由に法改正を急ぐ必然性は失われており、市民の反対の論拠の1つになっていた。

 林鄭行政長官の記者会見でも、審議延期の理由として台湾の協力が得られない点を強調しており、「台湾に責任を押し付けることで事態を切り抜けようとしている」(台湾メディア)と見えなくはない。

もう1人の勝者は蔡英文総統

 香港デモの最大の勝者は、法案の延期を勝ち取った香港市民であるが、もう1人の勝者は紛れもなく台湾の蔡英文総統であった。

 予備選が始まった3月末時点では逆に頼氏に大きく差を開けられていた蔡総統だが、候補者決定の時期を当初予定の4月から6月にずらしていくことで支持率回復の時間稼ぎを試み、頼氏と並ぶか追い抜いたところで、香港デモのタイミングにぶつかった。

 与党・民進党では、総統選の予備選がデモの発生と同時に進んでいた。民進党は世論調査方式を採用しており、香港で103万人デモが行われた翌日の6月10日から12日まで世論調査が実施された。13日発表の結果は、蔡総統が対立候補の頼清徳・前行政院長に7~9ポイントの差をつけての「圧勝」だった。

政治家には運がどうしても必要だ。その意味では、蔡総統は運を味方につけた形になったが、香港デモの追い風はそれだけではない。対中関係の改善を掲げ、「韓流ブーム」を巻き起こした野党・国民党の韓国瑜・高雄市長は、すでに国民党の予備選出馬を事実上表明して運動を始めているが、その勢いは香港デモによって損なわれている。

 韓市長は、3月に香港と中国を訪れ、特に香港では、中国政府の香港代表機関である「中央政府駐香港聯絡弁公室(中聯弁)」を訪問するという異例の行動をとっていた。香港の抗議デモがなければ、この行動は賛否両論の形で終わっていたが、香港政府や中国との密接ぶりを演じたパフォーマンスは、今になって裏目に出た形となっている。

 対中関係については民進党と国民党の中間的なスタンスを取っている第3の有力候補、柯文哲・台北市長も打撃を受けており、この3人を並べて支持を聞いた今回の世論調査では、これまで同様の調査で最下位であった蔡総統が一気にトップに躍り出ていたのだ。

「今日の香港は明日の台湾」

 この背後には、香港情勢をまるで自分のことのように感じている台湾社会の感情がある。香港に適用された「一国二制度」は、もともと台湾のために鄧小平時代に設計されたものだ。香港で「成功」するかどうかが台湾統一の試金石になる。どのような形でも統一にはノーというのが現時点での台湾社会のコンセンサスだが、それでも、香港が中国の約束通り、「高度な自治」「港人治港(香港人による香港統治)」を実現できているかどうか、台湾人はじっと注意深く見守っている。

 香港のデモは連日台湾でも大きく報道され、台湾での一国二制度の「商品価値」はさらに大きく磨り減った。一国二制度に対して厳しい態度を示している民進党は、総統選において有利になる。「今日の香港は明日の台湾」という言葉が語られれば語られるほど、香港は台湾にとって想像したくない未来に映り、その未来を回避してくれる候補者に有権者は一票を託したくなるのだ。

 かつて香港人は、欧米流の制度があり、改革開放を進める中国大陸ともつながる香港の方が台湾より上だという優越感を持っていた。しかし、香港の人権や言論の状況が悪化し始め、特に「雨傘運動」以降、政治難民に近いような形も含めて、台湾に移住する香港人が増え始めている。香港に失望した人々にとって民主と自由があり中国と一線を画している台湾は、親近感を覚える対象になった。

 また、香港では言論や政治で縛りが厳しくなっているため、今年の天安門事件30周年の記念行事でも、かつての学生リーダーを欧米などから招いた大型シンポジウムは、香港ではなく、あえて台湾で開催されていた。

反響しあって大きなうねりを起こす

 香港では皮肉なことに返還後の教育で育った若い世代ほど、英語よりも普通語(台湾では北京語)の能力が高く、台湾と香港との交流の壁は低くなっている。

 一方、台湾からの影響力の拡大を懸念した香港政府は、台湾の民進党関係者や中国に批判的な有識者や活動家に対して、入国許可を出さないケースが相次いでおり、民間レベルでは近づきなから、政治レベルでは距離が広がる形になっている。

 香港の雨傘運動は、台湾の「ひまわり運動」から5カ月後に発生した。タイミングは偶然だったかもしれないが、「中国」という巨大な他者の圧力に飲み込まれまいとする両地にとっては、それぞれの環境が反響しあって大きなうねりを起こすことを、2014年に続いて改めて目撃することになった。

 台湾のアイデンティティが「中国人」から「台湾人」へ大きくシフトし、香港人のアイデンティティも若い世代ほど「中国意識」が薄れてきている。香港・台湾の人々の脱中国という心理の動きは、中国政府の今後の対応如何でさらに進行していくだろう。

 今回の200万人という再度の大規模デモでは、あくまで市民は逃亡犯条例改正案の審議延期では満足せずに撤回を求めており、香港人の怒りはしばらく収まりそうにない。

 台湾の総統選は半年あまり先に迫っている。「一国二制度と中国」を巡って起きている香港・台湾両地の共鳴現象は、今後注目を要する視点になるだろう。


野嶋剛


1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

【私の論評】中共は香港デモを「超AI監視技術」を駆使して鎮圧するが、その後徐々に衰え崩壊する(゚д゚)!

世界が固唾を飲んで見守っている香港の大規模デモは、一定の成果を挙げて一段落しました。

それにしても、6月9日に103万人と発表されたデモの参加者が、1週間後の16日には200万人を超えたというのですから驚きです。主催者発表の動員数ですから鵜呑みにはできないにしても、写真や映像を見る限り、大変な盛り上がりでした。

現在の香港の人口は750万人です。そのうち中国からの移住者150万人、それに高齢者や子どもたちを除いて考えると、未曽有の参加者数といえます。

香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、9日の「103万人デモ」に遭遇しても強硬姿勢を崩しませんでした。そして、そのデモを評して、「法律を顧みない暴動行為」と決めつけました。

1989年、中国・北京を舞台に起きた「天安門事件」を、中国共産党が「動乱」と決めつけたことが事態を急激に悪化させましたが、今回も30年前同様、そうなりました。

ところが、その林鄭長官が「200万人デモ」に至って、態度を大きく変えた。「香港社会に大きな矛盾と紛争を生み、市民に失望と悲しみを与えた」と陳謝したのです。

民衆に対決姿勢で臨んだところ、一週間後にはなんと抵抗勢力が倍増しました。200万人と対峙(たいじ)すれば、デモはいっそう強力になって、手に負えなくなります。そうなれば、警察の力を借りるどころか、戒厳令の発動や人民解放軍の出動にもつながりかねないという判断が透けてみえます。

ただ、こうした高度な政治判断が、林鄭長官に任されているはずはないです。背後にある、中国政府、中国共産党、習近平・中国国家主席が「方針転換」の指示を出したと見るのが妥当でしょう。今月末には、大阪で主要20カ国・地域(G20)サミットで開かれる。そこで、習主席が孤立したり集中砲火を浴びたるすることを恐れたのかもしれないです。

林鄭長官は記者会見で「改正審議は再開できないと認識している」と発言。さらに香港政府は21日、「逃亡犯条例案の改正作業は完全に停止した」との声明を出し、廃案にする構えを示しました。

林鄭月娥行政長官

中国政府、香港政府はなぜ、今回の大規模デモや市民の動向を読み間違えたのでしょうか。おそらく、5年前の「雨傘運動」が意外に容易に沈静化したからでしょう。

ご存知のように、香港政府のトップである行政長官は、民主的な普通選挙によって選ばれているわけではありません。複雑な手続きによって、中国政府に批判的な人は排除される仕組みになっています。これに対して、民主的な選挙制度を求め、学生や市民が立ち上がったのが2014年秋の雨傘運動でした。

「それと比べると、逃亡犯条例改正問題に対する市民の関心は薄い」と当局が判断したとしたら、それは大きな誤算でした。選挙制度は確かに重大な問題ですが、今回の問題は香港人ひとり一人にとって、それ以上にきわめて身近で深刻な問題であるからです。

いつ身に覚えのない疑いを受けて、中国司法の闇の中に放り込まれるかわからなくなるのいです。自分が拘束されなくても、家族の誰かがそうなるかもしれないです。欧米流の民主主義に馴れている香港人は、「自由」という価値の大きさを熟知しています。

今回のデモの中核は、主婦であり、家族連れであるといわれています。天安門事件や雨傘運動のように、スター的な指導者もいないです。このことも、中国政府や香港政府に方針の転換を促したのでしょう。

今回の香港の大規模デモが、天安門事件から30周年、そしてブログ冒頭の記事にもあるように、台湾の総統改選期とも重なったことも、相乗効果として中国政府に方向転換を促したのです。とすれば、この際、中国政府、中国共産党は、1997年の香港返還に際しての国際公約、「一国二制度」と「高度の自治」を前向きに、積極的に果たしていく方向に踏み出すべきなのではないでしょうか。

具体的には、まずは香港の司法制度の独立、行政長官の直接普通選挙を実現すべきです。

デモが撤退する気配は今のところないです。運動はおそらく次の目標に向かって再編され、継続するでしょう。「逃亡条例案改正案」の廃案に続き、今後は行政長官の退陣、そして普通選挙による後任長官の選出へと要求が発展していくに違いないです。

ただし、香港デモに同調して、中国共産党が、「逃亡条例案改正案」の廃案に続き、行政官の退陣、さら普通選挙制を導入するということにでもなれば、習近平の権威はかなり毀損されます。

そうなると、習近平は中国共産党内の権力闘争に負けて、失脚しかつての華国鋒のような運命をたどることになります。

華国鋒の運命を知っている習近平は、現状ではG20も迫っているので、厳しい弾圧は控えていますが、G20が終わり、デモが沈静化した頃を見計らって、厳しい弾圧を行い、デモを粉砕しようとするでしょう。

開幕した中国全人代で、政府活動報告のため席を立つ李克強首相。
       左は習近平国家主席=3月5日、北京の人民大会堂

「天安門事件」や「雨傘運動」と今回のデモが違うのは、香港市民が中国本土の「超AI監視技術」を恐れていることです。今回のデモでは、マスク、ヘルメット、ゴーグルなどで顔を隠している参加者が圧倒的に多いです。顔認証システムで、個人を特定されたくないからです。

いずれ中国は香港でも「超AI監視技術」を導入して、デモで実質的に中核になった人々や、その協力者を一網打尽にすることでしょう。

その時は「超AI監視技術」を用いるので、「天安門事件」のときのような虐殺を伴わずに、洗練されたスマートなやり方で、首謀者・協力者などを発見しデモを鎮圧することでしょう。

現在習近平は、このようなことを実施するため、虎視眈々と機会を狙っていることでしょう。おそらく、実行するには半年から一年はかかることでしょう。

なぜそのようなことがいえるかといえば、それは中国共産党の統治の正当性があまりにも脆弱だからです。脆弱であるからこそ、内部での権力闘争があったり、日本を悪魔化して、人民の憤怒のマグマを日本に向けさせ、自らの統治の正当性を強める必要があるのです。

そもそも、中国共産党の中国統治の正当性が高いものであれば、「天安門事件」はなかったでしょう。

こうなると、香港にとって不幸なのはもちろんですが、なにより中国にとって明るい展望は一切見通せなくなります。香港のデモを無理やり鎮圧すれば、たとえそれか従来とはかなりスマートなやり方であったとしても、さらに香港市民を怒りをかい、国際的にも非難されることになります。

米国は最近米国国務省のキロン・スキナー政策企画局長が、ドナルド・トランプ米政権が、中国を覇権抗争の相手国と見なしていることを明確にしています。その背景として、トランプ政権下で急速に対中国強硬論が高まる中、ついに米中の間の対立についても、「文明の衝突」が参照されるようになってきたのです。

米国は、現在の米中の対立は、すでに貿易戦争などの次元ではなく、米国文明と中国文明の衝突であるとみなしているのです。これは、価値観と価値観のぶつかり合いなのです。

そのような中で、中国が最新のテクノロジーを用いたスマートなやり方であっても、香港のデモを鎮圧すれば、米国の「文明の衝突」という観点からの中国の見方を正当化することになります。

そうなると、米国は抑止力としては武力を使うものの、直接武力は用いることはないでしょうが、中国が先進国なみに社会構造改革をして民主化、政治と経済の分離、法治国家化を求めるようになることでしょう。しかし、中国共産党はこれを実行できません。なぜなら、これを実行してしまえば、完璧に統治の正当性を失い、中国共産党は崩壊するしかないからです。

おそらく、中国共産党は米国の要求など聞く耳をもたず、香港デモを無理やり鎮圧して、滅びの道を選ぶでしょう。そうして、米国は中国共産党が崩壊するまで、冷戦をやめないことでしょう。

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