世界経済と米国経済危機、3つのシナリオ(この内容すでにご存知の方は、この項は読み飛ばしてください)
Michael Mandel (BusinessWeek誌、主席エコノミスト)
米国時間2008年11月2日更新 「The U.S. Economic Crisis: Three Growth Scenarios」
10月30日、米商務省は第3四半期のGDP(国内総生産)の速報値を発表した。注目を集めたのは、1991年以来のマイナス成長となった個人消費だった。米大統領選挙の年である今年は特に、消費者の痛みは政治上の最重要課題となる(BusinessWeek.comの記事を参照:2008年10月29 日「Has the Consumer Finally Caved?」)。
だが、現在の経済危機が今後1年程度でどう推移するかを予測するには、別の数字に注目する必要がある。それは、米国の貿易赤字の規模だ。第3四半期の米貿易赤字は年率換算で7070億ドル(約70兆7000億円)とGDPの5%に相当。史上最高を記録した2006年第3四半期の年率換算で8000億ドル(約80兆円)近い額に比べれば少ないとはいえ、膨大な赤字だ。しかも、この貿易赤字は外国からの借金と表裏一体の存在なのである。
住宅所有者は巨額の住宅ローン返済にあえぎ、ウォール街は病に倒れ、米国は大恐慌以来の深刻な信用収縮に苦しんでいる。それでも米国は依然として多額の借金を続けている。今回の危機が過剰債務に起因するとしたら、米国は巨大な貿易赤字をいつまで抱えていられるのだろうか。
実際、貿易赤字の今後の動向については3つのシナリオが考えられる。それぞれ、米国経済と世界経済に異なる影響を及ぼす。
・現状維持: 第1のシナリオは、貿易赤字の高止まりだ。諸外国は米国への財・サービスの輸出を継続し、米国が輸入代金の支払いに充てる資金を米国に貸し続ける。
・世界規模の構造改革: 第2のシナリオは、米国消費者が輸入品の購入を控えることによる貿易赤字の縮小だ。このシナリオでは、諸外国は米国の輸入需要や借り入れ需要が従来のように存在しない世界経済に適応する必要がある。
・イノベーション(技術革新)による成長: 第3のシナリオは、米国が画期的な財やサービスの輸出を伸ばすことによる貿易赤字の縮小だ。
各シナリオのプラス面とマイナス面、それぞれの実現性を検討する前に、一歩引いて全体像を見てみよう。
ここ10年間、3つの流れが世界経済の成長を牽引してきた。まず、多国籍企業が中国やインドなどに技術やビジネスノウハウを移転し、こうした新興国に供給網を築いた。この目に見えない「暗黒物質(ダークマター)」のような技術の移転は、経済統計には表れないが、世界経済の成長にはまさに不可欠なものだった。
次に、技術移転の見返りとして、新興国から米国をはじめとする先進国へ安価な財・サービスが大量に流入した。
最後に、輸入代金の支払いに充てるため、米国は外国から借金を続けた。2000年からの累計額は約5兆ドル(約500兆円)にも上る。
だがここに、誰も気にかけていなかった問題がある。そのカネはどうやって米国に入ってきたのか。
米政府が直接外国から借りたのは約1兆5000億ドル(約150兆円)。残りの借金の大半(3兆5000億ドル~4兆ドルに達する可能性もある)はウォール街を経由して、社債や株式、複雑な証券化商品などの形で米国に入ってきた資金で賄われた。ウォール街の金融機関は、米国消費者と世界を結ぶ重要な仲介者だった。例えば、金融機関はサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)債権を証券化し、外国の投資家に大量に売りさばいた。
世界経済の成長をもたらしたこの資金の流れは、ウォール街が近年なぜあれほど繁栄し、なぜ突然没落したのかを解き明かしてくれる。銀行家、ヘッジファンドマネジャーなどのウォール街の金融関係者は、外国から米国に流れ込む資金の上前をはねることで大儲けした。だが米国民がこれ以上借金を抱えられないことがはっきりしたとたん、資金の流れが止まり、世界経済の成長が脅かされることになった。
それゆえ、今回の金融危機は問題の“症状”であり、“原因”ではない。根本的に、現在の危機はここ10年間に蓄積された世界経済全体の問題に起因している。
■米政府の借金で時間稼ぎができる
では今後はどう展開するのか。第1のシナリオは現状維持だ。米政府が米国民に代わって借金をすることで巨額な貿易赤字が続く。つまり、外国からの資金はウォール街ではなくワシントンを経由して米国へ流入することになる。
前提としているのは、次期米政権が主に外国からの借金で巨額な財政出動(例えば2009年に4000億ドル=約40兆円=程度の景気刺激策)を行う方針であることだ。このような借金と支出には米国と世界の景気後退を緩和する効果がある。多国籍企業も少なくとも当面は、従来通り海外生産を続けられる。
この現状維持のシナリオが危険なのは、米国が借金を増やし続ける点だ。そもそも米国を窮地に陥れたのは過大な借金である。ただし今回は、借金をするのは個別の金融機関ではなく米政府だ。つまり事実上、米国経済全体が借金の担保になる。そのため、政府が外国からの借入金をインフラ整備、教育、イノベーション促進など適切な目的に使用しなければ、将来さらに深刻な危機が生じることになる。
第2のシナリオは世界規模の構造改革だ。米国が輸入を大幅に減らすことにより、貿易赤字が縮小する。このシナリオは、政府が深刻な景気後退を回避できるだけの規模の財政政策を行わない場合、ドル安が進行した場合、またはその両方が起きた場合に起こり得る。
短期的には、この世界規模の構造改革で米国も世界も相当な打撃を受ける。安い輸入品が減り、輸入品に頼る小売業などの業界では大規模な人員削減が行われ、米国の生活水準は低下するだろう(BusinessWeek.comの記事を参照:2008年10月9日「The New Age of Frugality」)。また、米国の消費拡大に頼っていた世界経済も揺らぎ始めるだろう。
■構造改革のシナリオでは経済成長は鈍化
長期的には、この世界規模の構造改革のシナリオには一長一短がある。プラス面はもちろん、米国が長期的に持続不可能な借金拡大を続けなくて済むことと、国内の製造業が再び活性化することだ。マイナス面は米国の生活水準が長期にわたり低迷することだ。たとえ国内製造業が復興しても、物価は高くなる。
世界では別の問題が生じる。米国の需要減をほかで穴埋めすることはできるが、米国からの技術・ノウハウの移転は代わりがきかない。海外発注が減ることで、先進国から新興国への技術・事業ノウハウの移転が減少または完全に停止し、世界経済の成長を妨げることになる。
第3のシナリオはイノベーション(技術革新)による成長だ。米国が画期的な製品やサービスの輸出を増やすことで貿易赤字が縮小する。実際、1990年代には、ハイテク製品の輸出が貿易の拡大に伴って増加するとエコノミストは予想していた。
近年の貿易赤字問題は、輸入の増え過ぎではなく、輸出が当初の予想ほど伸びなかったことに起因している。米国のイノベーションを代表する高度な電子機器や医薬品の生産がこれ程早く外国に移転され(BusinessWeek.comの記事を参照:2006年12月27日「India: More Than Just Call Centers」)、米国の輸出を脅かすことになるとは誰も予想できなかった。
イノベーションによる成長は米国にとっても世界にとっても好ましい。米国が輸出するものができるからだ。このシナリオが実現するためには、これまで巨額の費用を投じてきたバイオ技術やナノ技術といった分野の研究開発から大きな成果が生まれる必要がある。植物セルロースを効率的に分解してエタノールを生産できる遺伝子組み換えバクテリアなど、半導体革命に匹敵する飛躍的な技術進歩が必要だということだ。さらに、関連する生産活動の少なくとも一部は、外国に移転せず米国にとどめておかなくてはならない。
この第3のシナリオはたやすく実現できるものではない。だが我々が目指すべきはこのシナリオだ。最も好ましい結果をもたらす可能性が高いからである。
第3のシナリオは社会的イノベーションの実現によって成就できる?
■今回の金融危機の原因
さてビジネスウィークの結論は、目指すべきはイノベーションを起すというシナリオです。私もそう思います。ただし、ビジネスウィークで述べているイノベーションはバイオ技術やナノ技術といったいわゆる技術上のイノベーションだけです。しかし私はこれだけでは今の状況を打破できるイノベーションにはならないと思います。
かつて、アメリカは何度も金融危機に見舞われました。そうして、そのたびに他の国々も多大な影響をこうむってきました。しかし、金融危機に恵まれた時にまさにそれまで、芽吹いていたイノベーションがまさに花を開こうとしていしまた。そうして、実際に金融危機後に花開き大きな実を結んできました。その例を下に掲載します。
Ⅰ.IT産業の芽吹き
不況の時期に、芽生えたばかりのIT産業が次世代を狙って新たな技術開発をしていた。いまはなき、netscape社など。その後、ITバブルになった。
Ⅱ.金融デリバティブの芽吹き
ⅠT バブル崩壊で、金融危機あったアメリカ国内で、株による儲けを目論んだ、金融関係者がノーベル経済学賞級の学者を活用して、金融工学を駆使金融デリバティブ商品を数々開発した。その後株価は大幅に上昇し、金融関係者は無論一部の経済学者も今の景気はIT技術を駆使「ニュー・エコノミー」の勃興として小躍りした。
Ⅲ.個人消費拡大の芽吹き
ブラックマンデーの到来により株価は低迷し、最早株に期待することはできなくなった。そこで着目したのが、アメリカの旺盛な個人消費である。特に住宅である。アメリカ金融システムは、個人消費を煽る政策をとり、その極め付けは、金融工学を駆使した証券化したサブプライム・ローンである。しかし、旺盛な個人消費が永遠に続くはずもなく、この目論見は、今回の金融危機で水泡に帰した。
さて、問題なのは今回の金融危機後の芽吹きとしては一体何であろうかということです。ビジネスウィーク誌では、バイオ技術やナノ技術と述べていますが、私はそれだけでは不十分だと思います。仮に場乎技術やナノ技術がかなり発展したとして、確かに経済的に大きな効果があると考えられます。それだけで今回のような大きな変化に対して有効な手だてになるのかということです。確かにある程度経済が活発化しているときにこれらが新しい製品を生み出せばかなり有効な手立てとはなります。しかし、今のように経済が沈んでいるときはすぐに有効だとは考えにくいです。
私は、このブログでも過去に何回か掲載してきたことですが、いまこそ社会に着目すべきだと思います。今こそ社会的イノベーションが必要なのだと思います。なぜなら、健全な社会、あるいは時代に対応した社会にならなければ、実体経済も良くならず、したがって金融システムもまともにはならないからです。
ここ数十年アメリカはもとより、他の国でも「経済・金融」ばかりが重要視され、それに対するインフラやシステムの整備などはなされてきましたが、「社会」はなおざりにされてきました。特にこの10年くらいはその傾向が強かったと思います。特にアメリカにおいてはなおざりにされたどころか、ブッシュ政権により破壊されてきたともいえます。実際格差社会はブッシュ政権の間にかなり拡大しました。あるアンケートによると「アメリカ人の9割が、自分は負け犬か落ちこぼれだと感じている」という結果がでています。これほど多くの人が自信を喪失するような社会は健全なものとはいえません。
経済とは国の富の中でもごく一部のものでしかありません。いままでは、金融危機後にIT産業の躍進、株価の上昇、金融デリバティブによる様々な商品の開発、個人消費の刺激など経済や金融のみの施策がほとんどだったと思います。特にこの10年間ほどは完全に社会が無視され続けてきました。まさに、このようなことを長きにわたって続け社会になおざりにしたつけが今回の金融危機を招いたのだと思います。
■なぜ社会がを見直さなければならないのか
私たちは、もうすでに20世紀末にそれまでとは異なった「ネクスト・ソサエティー」とも呼ぶべき社会に入っているのですが、これに対する備えができないままに突入したのだと思います。実際に何が既存の社会と違うのかというと、大きなところでは人口構成の変化(少子高齢化)、ITによる技術革新、就業形態の多様化、第一、第二次産業の相対的地位の低下、知識労働者の台頭などです。
これらの一つひとつがかなり大きな変化であって、私たちの社会はこの変化に十分対応しているとはいえません。私たちの社会は人口構成の変化に十分対応していません。日本では時代にそぐわない年金システムが問題になっています。アメリカでは医療システムの不備が問題になっています。そのほかにも問題は山積しています。
私たちは厳密な意味で知識労働者の動機付けに関して十分熟知しているとはいえません。一昔前の、肉体労働者がほとんどだった時代の古い人事システムに頼っているというのが実情です。
ITによる技術革新が進んでいるというのに、Eラーニングなどが公的教育に生かされきっていません。私たちの学校では未だに古い集合教育という一昔前のシステムに頼っています。秋葉原大量殺人の犯人がネットで殺人予告していたという事実より、ネット予告に関しての警報システムをつくるのに、総務省のお役人が「数億で1~2年」かかると語ったのとは対照的に、あるシステムエンジニアがわずか2時間でサイト上に警報システムを作ってしまったなど、多方面でこのようなかなりのギャップがみられます。
就業形態の多様化により、多くの会社で非正規雇用の社員などが増えています。日本ではいわゆる派遣社員問題が発生しています。現在多くの組織で非正規雇用の社員が増えつつあり、将来は、大半がこれらに入れ替わることも考えられます。しかし、私たちの人事システムは未だ正社員がほとんどだった時代のシステムに頼っています。
第一次産業、第二次産業の相対的地位が生産性の向上により低下しています。生産性が高まるということは、逆にいうとそれに携わる人々はより少なくてすむからです。函館市は人口30万人弱ですが、この函館市で農林水産業に従事する人はわずか数パーセントの数千人にすぎません。この傾向は、特に先進国ではこれからも強まります。にもかかわらず、アメリカでは製造業者の政治的力が未だ大きいです。日本では、つい最近まで農民が選挙における大きな支持母体となってきました。
多くの人は未だ気がついていないようですが、第一次産業と第二次産業の飛躍的な生産性によって、より少ない人数で多くの人の衣食住が足りるようになります。そうすると、今まで第一、第二次産業で受け入れた雇用の受け皿が少なくなります、それを第三次産業が受け皿となって受け入れていたというのがごく最近までの実体です。実際第三次産業の中でも、ITに関しては、黎明期などではその先端性とはうらはらに、非常に労働集約的で生産性が低かったものです。しかし、これも最近ではITの革新などにより、生産性は飛躍的に伸びていますし、これからも伸び続けるでしょう。そうなると、どこにも雇用の受け皿がなくなります。これをどうやって解決していくのか?これに関しては、ここでは本筋からずれるので、いずれまた別の機会にのべます。
本来であれば、こうした大きな社会変化にあわせて、インフラの革新や、システムの革新がなされるべきでした。しかし、先進国特にアメリカでは、こうした問題はあまり注目されず、放置されました。そうして、社会に大きなひずみや格差を助長したにも関わらず、金融・経済にばかり力をいれ、結局は今回の金融危機を招いたしまったのです。
さて、上記のように今われわれを取り巻く社会には、様々なギャップがあります。これらのギャップを埋めることは立派な社会的イノベーションになります。そ うして、これを実行することにより実体経済にも良い影響を及ぼします。このギャップを埋めるのは、インフラ革新に関しては政府が主導で行うべきです。シス テムの革新に関しては、民間の営利企業、非営利企業が実施すべきです。
日本の明治維新を思い出すとき!!
さて、この社会的イノベーションに関して、ピンとこないとか、社会的イノベーションで本当に実体経済なども良くなるのだろうかなど、半信半疑の方のいらっしゃると思います。単なる理想主義、空想、夢想ではないかと考えられる方も多いと思います。
しかし、私たち、特に日本には素晴らしいお手本があります。それは、明治維新です。日本においては比較的軽視されがちな明治維新ですが、これに関して、経営学者の大家と言われる故ドラッカー氏も大絶賛されています。それまでは、西洋史、明治維新があったからこそ、世界史というものができあがったのだと語っています。そうして人類史上まれにみる無血革命であったともいわれてます。確かに明治維新のときの戦など他の国での革命と比較するとほとんど無血といってもいいくらいのものでした。現在放送されているNHKの時代劇「篤姫」にもいずれ近いうちに、様々な人々の英知で戦が避けられていく様子が見られると思います。
この明治維新は紛れもなく、坂本竜馬がいうところの「日本の洗濯」であり、大改革でした。それとともに大きな社会変革でもありました。当時の幕府も近代兵器を導入するとか、西欧の文化も取り入れようとしていましたが、結局古い幕藩体制を維持して古い社会のまま体制を革新しようとはしましたが、到底無理で結局は破綻しました。
明治維新では、それまでなかった、大きな社会変革が行われました。国会、地方自治体、民間企業、近代的郵便制度、学校制度、軍隊などの近代組織が続々とつくられました。鉄道も敷設されました。様々な欧米からの新技術が導入されました。今日の私たちが生活している社会のほとんどのものがこの時代に導入されたといっても過言ではありません。
もし、こうした大社会変革である明治維新が行われなかったとしたどういうことになったでしょうか?おそらく、弱体化した幕藩体制のもと、国力は弱まり、西欧列国の植民地になるか、独立性は維持できたとしても言うなりになっていたことでしょう。これは、プラスの面でいえば、おそらく大東亜戦争は起こらなかったかもしれません。しかし、マイナスの面では、おそらく今でも日本は発展途上国の中の一つだったに違いありません。国民も貧しい生活を強いられ、未だせいぜい昭和初期の生活水準で甘んじなければならなかったでしょう。それどころか、アメリカやロシアなどに分割されて、ようやっと独立を勝ち得て30年くらいなどという感じだったかもしれません。
明治維新という大社会変革があったからこそ、良くも悪くも、今日の日本があった思います。これがなければ、社会も疲弊し、その後の大きな経済発展もなかったと思います。
その意味で私たちはここでもう一度、明治維新をふりかえってみる必要がありそうです。
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