「デフレ脱却」はあえなく潰えた
今年は新元号・令和のスタートの年だった。1年間の景気や物価、雇用はどうだったのか。景気を左右した要因は何だったのか。振り返ってみよう。
日本全体の経済(マクロ経済)を見るとき、重要なのは雇用、景気と物価である。
まず雇用について、総務省の失業率で見ると2019年1〜10月で2.2〜2.5%、就業者数では6665〜6758万人だった。失業率は低位安定、就業者数は上昇傾向で、雇用は相変わらず良かった。
景気について、内閣府の景気動向指数の一致指数で見ると、95.3〜102.1。なお、昨年末から低下傾向であり、そのころに景気の山を迎えていた可能性がある。それ以降景気は下向きであるが、10月の消費増税がそれをさらに加速し、後押ししたようだ。
物価はどうだったのか。総務省の消費者物価指数総合(除く生鮮食品)の対前年同月比でみると、1~11月で0.3~0.9%だったが、年前半より後半のほうが伸び悩んでいる。特に、10月の消費増税の影響が出た10月と11月は、0.4%と0.5%。
今回の消費増税により、消費者物価は形式的にプラスの効果となり、その影響は0.7%程度だ。しかし、同時に幼児教育・保育の無償化が実施されている。これは物価にマイナスの効果となるが、その影響は▲0.5%程度だ。これらプラス、マイナスの結果をあわせると、10月以降の消費増税の影響は0.2%程度になる。
これを考慮すると、10月・11月とほとんど物価が上がっていない。消費増税により、「2019年内のデフレ脱却」という目標はあえなく潰えた。
総じて、2019年を振り返ると、景気や物価は徐々に悪くなりつつあるが、雇用は相変わらずよかったという評価だ。もっとも、雇用は景気に遅れる遅行指数であるので、今後の先行きは暗い。
増税分を吐き出す景気対策が必要
ちなみに、内閣府の景気動向指数の先行指数でみると、1月の96.3から始まり10月の91.6までほぼ一貫して下降している。これも、来年の景気の先行きを不安視させる数字だ。
本コラムでは以前にも言及したが、景気足踏みや後退傾向は、2018年から見られていた。しかも、日本だけでなく世界経済の環境も、米中貿易戦争、ブレグジットの混迷などマイナスが多かったので、日本への悪影響が懸念されていたところだ。その中で、10月の消費増税は最悪のタイミングであった。
しかし、やってしまったものは仕方がない。消費増税分を吐き出すような景気対策が必要だ。
幸いにも、来年1月からの通常国会では、冒頭で補正予算が審議される。総額4.5兆円のうち、経済対策は(1)災害からの復旧・復興と安全・安心の確保2.3兆円、(2)経済の下振れリスクへの備え0.9兆円、(3)未来への投資など1.1兆円で合計4.3兆円だ。これは、消費増税による増収額(平年ベース)とほぼ見合っており、消費増税を吐き出すものだといえる。これ1回きりではなく、来年度でもあと1、2回の景気対策が必要になるだろう。
さらに、来2020年度予算をみてみよう。2020年度当初予算案の一般会計総額については、102兆6580億円と、2019年度当初予算と比べて1兆2009億円の増加となった。マスコミは「過去最大」と、拡大に否定的なトーンで報じている。
例えば、NHKでは「来年度予算案 過去最大の102兆円超 歳出膨張に歯止めかからず」としている(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191221/k10012223561000.html)
新聞各紙の社説でも、同じような報道である。
朝日新聞「100兆円超予算 健全化遠い実態直視を」(https://www.asahi.com/articles/DA3S14302417.html)毎日新聞「過去最大の102兆円予算 『身の丈』に合わぬ放漫さ」(https://mainichi.jp/articles/20191221/ddm/005/070/093000c)読売新聞「20年度予算案 『100兆円』は持続可能なのか」(https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20191220-OYT1T50394/)日経新聞「財政の持続性に不安残す来年度予算案」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53620900Q9A221C1SHF000/)産経新聞「来年度予算案 歳出の改革は置き去りか」(https://www.sankei.com/column/news/191221/clm1912210003-n1.html)
筆者が大蔵官僚の時代には、来年度予算について課長補佐クラスか課長クラスが各紙の論説委員のところに、エンバーゴ(情報解禁日時)付きの資料をもって事前に説明に行っていた。
その後、各社の社説が出ると、大蔵省幹部が説明した課長補佐クラスか課長クラスを全員集めて、各社の社説を論評したものだ。「この社説はよく書けているな、この社説はダメだ」。もちろん、大蔵省の意向に沿っている社説が「よく書けている」と評価されるわけだが、同時に課長補佐・課長クラスが、どこまでマスコミを丸め込めたかという「仕事ぶり」も評価されているのだ。
おそらく今でも、財務官僚は似たような方法でマスコミに対して事前レクをしているのではないか。だとすれば、各紙の論調が似ているのは事前レクのためではないかと邪推してしまう。その際、「予算の膨張や財政再建の遅れを批判してもかまわない」と財務官僚が説明したら、各紙はそのように社説を書くのではないだろうか。
「過去最高の予算額」は悪いことなのか
しかし、過去最高の予算額は悪いことなのか。予算額は、いうまでもなく名目値である。名目値の経済統計数字は、年々増加し大きくなるのが通例だ。だから、それが過去最高になるのは当然であり、前年を下回っているほうが、むしろ問題だろう。「過去最高」を問題視するのは、デフレ思考そのものであり、それこそが問題だ。
ちなみに、名目GDPと一般会計歳出総額を比較すると、一般会計総額の方が名目GDPより伸びが低い。つまり、安倍政権において年々緊縮度合が高まっている。過去最大の予算が問題なのではなく、名目GDPに対して一般会計総額が相対的に縮小していることのほうが問題だ。
各紙ともに財政再建を気にしているのもおかしい。筆者は、国のバランスシートが健全であることや国の倒産確率が無視できるほど小さいことから、これまで本コラムで何度も、財政再建の必要が乏しいことを書いてきている。各紙はそうした合理的な主張を無視して、財務省の言い分を無批判に信じているかのようだ。
新聞各紙は、軽減税率の恩恵を受けられるので、消費増税に賛成する立場だ。2019年10月の消費増税の結果、来年度予算の歳入では、史上初めて消費税による税収が最も多い税目となった。
消費増税を悲願としてきた財務省にとっては喜ばしいことだろうが、そのせいで景気は落ち込んでおり、景気対策も必要になっている。いったい何のための消費増税だったのか。
「臨時・特別の措置」の意味
来年度予算の歳出総額は102兆6580億円であるが、そのうち、「臨時・特別の措置」1兆7788億円が含まれている。「臨時・特別の措置」とは、消費増税対策でもあるキャッシュレス・ポイント還元事業の2020年度分2703億円や、「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」(2018年12月14日閣議決定)の2020年度実施分1兆1432億円などが含まれる。
つまり、「臨時・特別の措置」の残りの部分100兆8792億円は「通常分」というわけだ。財務省としては、「臨時・特別の措置」は2020年度限りのものであり、2021年度ではなくなる。そうして財務省は、緊縮財政の姿勢を示しているのだ。
それが色濃く出ているのが、公共事業費だ。2020年度の公共事業費は6兆8571億円だが、その中に、「臨時・特別の措置」7902億円が含まれている。「通常分」は6兆0669億円で、前年から1%程度減っている。
要するに財務省としては、「公共事業費を減額したが、2020年度は『臨時・特別の措置』で膨らんだ」という説明なのだ。
このように「臨時・特別の措置」というのは、財務省が緊縮財政姿勢を示そうとするときに、よく用いられる手法である。
本来であれば、マイナス金利か極めて低い金利環境を反映して、公共事業の採択基準の際の割引率を見直し、公共事業の大幅増を行うのが筋だ。
なにしろ割引率はここ15年も4%で据え置かれており、誰の目から見てもおかしい。現在の金利環境で見直せば、割引率は0.5~1%程度になるので、採択可能な公共事業を3倍増させることも可能だが、来年度当初予算は古い公共投資の採択基準のままなので、公共事業費は伸びていない。
15年も割引率を見直さない奇妙さ
ちなみに、アメリカではこの割引率は毎年見直されており、年末に予算管理局が機械的にアップデートしている。2020年度の想定国債実質金利は3年、5年、7年までマイナス金利、10年はゼロ金利である(https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2019/12/M-20-07.pdf)。
実は、筆者は18年前に国交省に出向していたとき、各国の費用分析を比較・調査するために海外出張したことがある。そのとき訪れた各国でも、割引率は随時見直すと言っていた。国交省が15年にわたって割引率を見直さないのは、必要な公共事業を行わなかったという意味で罪深いものだ。
いずれにしても財務省は、割引率の見直しをせずに、「臨時・特別の措置」として公共投資増を計上しただけだ。この意味で、今回の予算案は本質的な仕事になっていない。
文教・科学振興費も若干のマイナスになっている。公共事業費とともに、これらはモノとヒトに対する将来投資である。現在は国債がマイナス金利または超低金利なので増額する絶好のチャンスであるが、その良好な環境を活用しているとは言い難い。
冒頭の記事にもあるとおり、2020年度の歳出総額は102兆6000億円ですが、2019年度予算が101兆4000億円なので前年から約1.2%の増額予算です。まず、政府歳出が経済成長に及ぼす影響をみるために、名目GDP(国内総生産)と比較した伸び率を比較する観点があります。
2013~2018年度の名目GDPは平均約プラス1.8%、そして政府は2020年度約プラス2%の名目経済成長を想定しており、ほぼ変わらないです。2020年度の歳出の伸びが名目経済成長率より低いので、政府歳出は経済成長率を抑制する方向に作用する可能性が高いです。
より厳密に見るために、政府の税収の伸びと歳出の伸びを考えます。2013~2017年度の名目GDPは平均約プラス2.1%、同期間に2014年度の消費税率引き上げ(5%から8%)の影響を除いて税収は平均約3.4%増えました。経済成長率よりも税収の増減率が大きくなるため、2020年度が政府の想定通りの経済成長率なら10月からの消費増税がなくても税収は3%以上増えます。
より厳密に見るために、政府の税収の伸びと歳出の伸びを考えます。2013~2017年度の名目GDPは平均約プラス2.1%、同期間に2014年度の消費税率引き上げ(5%から8%)の影響を除いて税収は平均約3.4%増えました。経済成長率よりも税収の増減率が大きくなるため、2020年度が政府の想定通りの経済成長率なら10月からの消費増税がなくても税収は3%以上増えます。
少なくとも税収(2017年実績106兆8000億円、地方を含めた国全体ベース)がプラス3%以上増え、政府歳出(同121兆8000億円)がプラス1%程度であれば財政収支は改善します。これは、家計・企業などの民間部門から政府に対する支払いが増える緊縮財政です。
2020年度予算案は一般会計の歳出規模が2年連続で100兆円を
超えることになったが、この財政政策は実は緊縮財政
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さらに2019年10月からの消費増税によって、教育費無償化などの家計への恩恵を含めても恒久的に家計に2~3兆円負担が増えると考えられます。このため、2020年度の税収はさらに1~2%ポイント上乗せされます。この結果、税収と歳出のバランスでみると、2020年度はかなりの緊縮財政になるでしょう。ただ、消費増税で経済成長率がゼロ%前後に落ち込むとみられ、実際の税収の伸びはプラス3%を大きく下回るでしょう。
このため、2020年度予算では、歳出が抑制される中で増税が行われるので緊縮財政が続くと見るのがより正確でしょう。つまり、「過去最大規模」「100兆円」という2つのワードを強調するメディアは的外れです。
12月初旬に政府が発表した「安心と成長の未来を拓く総合経済対策」において公的支出は13兆円の規模ですが、これが日本の経済成長率を高める可能性は極めて低いです。実際、同様の大規模対策となった2016年8月の経済対策によって、その後の政府支出の伸びが全く高まりませんでした。
こうなる理由の一つは、補正予算で事業規模が増えても、その影響で当初予算ベースの歳出が減ることです。
さらに、12月の経済対策で公共投資が上積みとなったため、2020年度の予算では公共工事関係費は前年から減額になりました。なお、消費増税によって家計の実質所得が目減りする個人消費への悪影響を、建設業などに恩恵が偏る歳出拡大で対応する政策は資源配分を歪める弊害が大きいです。
このため、当初予算で公共投資を減らすことは問題ではないとしても、個人消費の落ち込みへの手当として、低所得者向けの社会保障関連などの歳出を拡大させる余地が大きいです。
いずれにしても、大規模な経済対策を発表しても、政府による歳出上乗せが実現しなければ、先に述べたとおり2020年は増税によって緊縮財政となります。2%インフレの早期実現のために、金融財政双方において景気刺激的な運営が求められるとすれば、これは大きな問題です。
米国では、著名経済学者であるラリー・サマーズ教授が2013年に長期停滞論を唱え始め、政府による歳出拡大の必要性を訴えています。長期停滞論そのものに対しては懐疑的なところもあります。
いずれにしても、大規模な経済対策を発表しても、政府による歳出上乗せが実現しなければ、先に述べたとおり2020年は増税によって緊縮財政となります。2%インフレの早期実現のために、金融財政双方において景気刺激的な運営が求められるとすれば、これは大きな問題です。
米国では、著名経済学者であるラリー・サマーズ教授が2013年に長期停滞論を唱え始め、政府による歳出拡大の必要性を訴えています。長期停滞論そのものに対しては懐疑的なところもあります。
ただし、同氏が2013年に主張した後、先進国の中で経済正常化が最も進んだ米国でも、極めて低い金利とインフレ率が長期化したままです。同氏が主張する拡張財政政策には説得力があり、その慧眼に感服せざるを得ないです。
さらに、米国の大物経済学者であるオリビエ・ブランシャール元IMFチーフエコノミストは、国債金利が名目経済成長率を下回る場合に、総需要を増やす財政政策が必要であり、特に日本は長期停滞に陥っているため金融・財政政策でテコ入れする必要がある、と主張しています。
オリビエ・ブランシャール氏 |
これら米国の一流の経済学者の提言は、日本の経済政策運営には残念ながらほとんど生かされていません。標準的経済理論を軽視した政策運営が続くため、オリンピック・パラリンピックを迎える2020年の日本経済は長期停滞から脱することは極めて難しいでしょう。
そして、従来からこのブログでも指摘していますが、現在の経済政策運営が安倍政権の政治的土台を揺るがすリスクが高まることになるでしょう。
「もりかけ桜」では、結局安倍政権の政治的土台を揺るがされることはありませんでした。特に、「桜を見る会問題」で内閣総辞職になるなどということはあり得ません。しかし経済の悪化は確実に政権土台を揺るがすことになるでしょう。
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