2011年7月5日火曜日

民主党梶川ゆきこ氏が宮城県知事を批判「復興利権がほしくてヨダレを垂らし、腹を空かせて待ってる狼ども」―【私の論評】社会を理解しようとしない者は、社会から隔絶される!!

民主党梶川ゆきこ氏が宮城県知事を批判「復興利権がほしくてヨダレを垂らし、腹を空かせて待ってる狼ども」


梶川さんについては、以前このブログにも掲載しましたが、今回の発言も酷いです。以前も、twitterで、「東日本大震災は、アメリカの地震兵器HAARPが起こした」や、「福島原発が爆発したのは空母ロナルド・レーガンから発射された小型核によるもの」などのトンデモ発言を披瀝し、が、今度はさらに、松本龍復興相を擁護し、ネット上で波紋を呼んでいます。

梶川氏の発言をまとめると、応接間で大臣を待たせた宮城県知事が悪く、大臣はハメられただけであり、わざと怒らせてマスコミがハイエナのように喰らいつきネタにしただけとのことなのだが……。そのつぶやきの全容は以下の通り。

「松本大臣の件。宮城県の対応が酷すぎ。ふつう、マスコミのカメラの前で大臣が待ちぼうけくらうとこ撮らせないでしょ!別室に案内して、お待ち頂いて、知事が会合する場に到着したら、大臣を迎え入れるのが常識。まぁ、知事がああだと、職員も気がきかなくなる。大臣を怒らせた県の接遇がマズすぎだ。

復興利権がほしくて、ヨダレを垂らし、腹を空かせて待ってる狼どもは、足を引っ張ることは、何でもやるでしょ。松本大臣は、はめられただけ。宮城県は、大臣を怒らせて何の得があるんでしょう。既得権を守りたい獣らの術に惑わされんぞ、ガツン!と一発かますのは当然でしょ。それが敵の狙いだった。

大臣をわざと怒らせて、それをハイエナのようにパパラッチが喰らいつく。復興利権がかかっているから、大騒ぎになるよう仕込んだんでしょ。だいたい、約束の時間に遅れるほど、本当に精力的に知事が働いてるなら、大臣も理解を示すでしょう! 県民のために必死で、汗をかいている知事だったのか?

ご立派な知事さんが現場を走り回られているのか、利権獲得でお忙しいのか? 利権が第一では復興しないでしょう…。」
(Twitterより引用)

もし梶川氏の言う通り、知事の『陰謀』により大臣がハメられたのであればそれはそれは恐ろしい事であるが、数分応接間で待たされた程度で激怒し、「これ書いたらその社は終わりだから」などの恫喝とも取れる発言をする危機管理能力の無い大臣が復興を担当している方が、より恐ろしい。

そもそも、今回松本大臣が非難されているのは、「九州の人間だから東北は良く知らない」などの被災者をバカにしているとも取れる発言や、知事やマスコミへの対応がまずかった部分。利権問題などがあるのであれば、明確な証拠を出して厳重に注意・処分するべきである。それはTwitterで知事を非難している梶川氏にも同様の責任があるはずだ。証拠もなく、現場にも行かず憶測だけで知事に対する中傷まがいの発言をする人間は公人失格と思われても仕方がないだろう。

知事の対応もマズかったという人もいるが、ほとんどのTwitterユーザーが「元議員と思えない表現に幻滅する」、「敵って被災地の人間が敵なんですか?」、「失言を擁護するために他の人を中傷するとは最低。」など梶川氏の発言に対し、怒りを覚えているようだ。

参照元:Twitter yukiko_kajikawa

【私の論評】社会を理解しようとしない者は、社会から隔絶される!!
さて、今回の、松本大臣の問題発言から、辞任まで、一連の動画を下に掲載します。

松本龍復興担当大臣が就任後初めて、3日、宮城県庁を訪れましたが、村井知事が出迎えなかったことに腹を立て、知事を叱責しました。

松本復興担当大臣は4日午後3時半から会見を開き、一連の言動を謝罪しました。

「上から目線」の発言で批判を受けていた松本復興担当大臣が、自らの発言の責任を取って辞任しました。

私は、最初の動画をみたときから、単なる常識知らずの馬鹿の権威主義的な行動にすぎないと思いました。企業の世界でも、このような馬鹿なことをする人間は珍しいです。たとえ、どんな関係であろうとも、会社対会社のつきあいであれば、たとえ、片方がどんなに大きくて、他方が小さかったとしても、このバカ大臣のような言葉遣いなどしません。

互いに、にこやかに話をしながら、要求すべきところは、要求します。無関係の人が見れば、互いに談笑しあっているようにしか見えないような話でも、実は、激しい火花が散っている場合もあります。動画を見ていて、松本大臣は、このような話などしたことは一度もないのだろうと察しがつきました。あんな横柄な話方をする人は、まともな社会生活を送ってきたとは、とても思えません。

大臣などの、社会的に高い地位につけば、普通は、「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」という言葉どおり、まわりに対して、気遣いをすべきです。というよりは、それが常識です。こういう立場の人でも、場合によっては、人を叱責しなければならないこともあります。でも、それは、あくまで、大臣という役割を演じているからであり、役割に徹しなければなりません。それに、叱るにしても、相手に愛情を持って叱らなければなりません。さらに、日頃から信頼関係を築いておいて、その上で叱るというのが当たり前の事と思います。

それが、上の動画のようにしょっぱなから、相手のことも良くわからないうちから、あのような上から目線で、横柄な物言いをするというのでは、お話になりません。今回の件は、まさに、身の丈を知らない人が、社会的に高い地位についてやらかす、典型的な大失敗だったと思います。

それに、被災地の知事とはどういう人なのか、大臣も、梶川も全くわかっていません。村井嘉浩宮城県知事といえば、当然のことながら、公式には、被災地の人々を代表する人です。知事の背後には、無数の被災地の人々がいるということです。知事に対して、あのようなぞんざいな口のききかた、態度をとるということ自体が、被災者の人々にとって、あのような態度をとったということになります。大臣も、梶川にも、そのような意識などさらさらないのだと思います。それに、あの状況を勇気を持って地元放送局が報道したため、あの態度が全国に知れ渡ったということです。

雜誌のオルタナには、「松本復興相の発言は的外れ、そもそも村井知事は遅れていなかった」という内容で以下のような記事がありました。
松本龍震災復興担当相が3日午後に村井嘉浩宮城県知事と宮城県庁で会談した際、応接室に後から入ってきた知事を叱咤し、「お客さんが来るときには、自分から入ってからお客さんを呼べ」と発言したことに関して、関係者の間に戸惑いが広がっている。そもそも知事は予定に遅れておらず、通常の応対をしたに過ぎないからだ。 
村井知事と松本復興相の会談が設定されていたのは3日の午後2時15分。宮城県庁秘書室によると「会談時間の数分前に松本復興相を応接室にご案内し、お茶を出したり、報道陣のテレビカメラの設置が完了したのを待って、時間通りに知事が入室した」。つまり、入室が遅れた事実はないという。 
応接室と知事室は、同じフロアの隣り合わせの場所にある。村井知事は、松本復興相との会談スケジュールに合わせて、秘書が呼びに来るのを執務室で待っていた。県庁で知事の来客がある際には、「誰であっても知事よりも先に応接室へ入室してもらうのが一般的」(秘書課)という。来客が資料を整理しているときなどに知事がその場にいたら、逆に失礼に当たるという配慮もある。 
会談を設定した秘書課では、「民間も同じ対応をしているはずだし、世間一般に考えておかしくない」と、松本復興相の発言に戸惑いを見せる。 
また松本復興相は知事に対して「長幼の序が分かっている自衛隊ならそんなことやるぞ」と発言し、後から入室した知事を責めている。松本氏は、自衛官出身の村井氏を戒める意味で発言したのかもしれないが、防衛省によるとそれも正しくないという。 
「確かに階級のある部内では長幼の序という考えがあるかも知れない。ただ、部外の人と会談するときには当てはまらない。そもそもどうやって上下関係を付けるのか判断できない」(防衛省広報)。 
さらに松本復興相は4日、首相官邸で記者団の質問に答え、「呼ばれて入ったら(村井氏が)3、4分出てこなかった。だから怒った。九州の人間は、お客さん来るとき、本人はいるものです」と述べるなど正当性を主張したと報道されているが、これも誤解を招く発言だ。 
松本氏の地元である福岡県庁によると、「庁舎に大臣がお見えになったら、すぐに会場にお通しし、その後、すみやかに知事に入室してもらう。先に知事が応接室で待つことはないし、本人が来客をお出迎えすることも通常はしません」(秘書課)。
複数の地方自治体によると、知事と大臣の会談場所がホテルなど外部の場合には知事が先に到着して出迎えるが、庁舎で行われるときには、応接室に先に大臣に入室してもらうのが普通だという。 
村井知事は4日の会見で「国と地方自治体は主従関係ではない」などと述べ、松本復興大臣の発言に対して不快感を示した。 
松本復興相が3日の岩手、宮城両県の知事との会談で発言した「知恵を出さないやつは助けない」「九州の人間だから(被災地の)何市がどこの県とか分からん」などの発言は野党が追及する構えでいるほか、民主党幹部からも辞任すべきだとの声が出ている。
上の記事には、でていませんが、Twitter上には、「オフレコ」発言については、「言論抑圧」「マスコミへの圧力」「ジャーナリズムへの全面的な宣戦布告」といった指摘のほかに、「オフレコの強要に従わなかった東北放送を支持」という意見もあり、新聞やTVがどう報道するのか注目されます。

今のところは、どのメディアも、この件に関しては、めぼしい報道をしていないようですが、やはり、切りの良いところで、まともに報道すべきと思います。

民主党の会見などでは、フリーランスのジャーナリストを閉めだしたり、自衛隊での外部の人の講演で民主党に反対するような人のものを禁止しようとするなど、情報の開示を妨げる傾向があります。上の大臣のマスコミに対する発言など、このまま捨ておけないと思います。

それに、上記の梶川議員のtwiteer上での発言、一体どうなっているのでしょうか?このレベルだと、井戸端会議のおばさん達よりもレベルが低く、どうしようもないと思います。民主党内でも、彼女のお粗末な発言をやめさせる手立ては取れないのでしょうか?

それにしても、民主党、大臣がこの程度の社会性しかないということですから、人材が枯渇しているのだと思います。このブログにも以前掲載しましたが、閣僚の着任の挨拶をするために、演壇に登壇する際に、日本国旗に挨拶したものの数の方が少なかったというくらいの体たらくです。

民主党は、まず、社会を勉強してから、政権交代を目指すべきだったと思います。社会を勉強しないから、社会のことがわからず、日本国解体を推進したり、今回のようなことが起こるのだと思います。本当に困ったものです。本当に、民主党は、不思議な政党です。社会性もなく、国政をつかさどることなど不可能なはずです。なぜ、人は、このように向こう見ずで、破廉恥になれるのでしょうか?私には、到底理解不能です。

松本氏を強く批判する、民主党の幹部もいますが、その批判する幹部自身も、社会性のなさを露呈しており、やはり、若い時に、共産主義革命を本気で信じたり、そうした人間と気脈を通じるような愚か者どもにはまともな社会性も育まれなかったのだと思います。はっきりいいます、社会がわからないというなら、社会の本道である政治など司るなどということは考えずに、社会の片隅で生きなさい!!

社会を理解しようとしない人の歩む道はそれしかありません。もっと、社会の本道を歩み社会で活躍したいのなら、本気で社会を勉強しなさい!!そうでなければ、いずれ社会から隔絶されるのは当然の帰結です。今回の出来事は、松本大臣は、失言で辞任したのではなく、社会が受け入れなかったのだと理解すべきです。そうして、ここでいう社会とは、日本解体を目論む民主党のカルト社会ではなく、リアルな現実社会のことです。

現実社会を理解したり、理解しようと努めてそれに本気で対応しない組織は、政治に関するものであっても、民間の営利企業であろとう、非営利企業であろうと、いずれ社会から隔絶されて存続できなくなります。個人だって同じことです。社会を理解する気もなく、対応する気がないというのなら、社会の底辺や片隅で生きていくしか仕方なくなります。

現在の政権など、歴史の悠久の流れの中に咲いた一時の徒花に過ぎません。1,000年に一度の震災も、悠久の歴史を持つ我が国の歴史からみれば、ほんの一時のことに過ぎません。天皇制をはじめとする私たち日本人の日本の伝統文化、それに勤勉で実直な国民性は、古から今に至るまで、継承されてきましたが、これからも悠久の歴史の中に燦然として輝き続けるどころか、さらに輝きを増すことでしょう。そうして、こうした勤勉と実直さを強く継承してきた東日本の人々も近いうちに、復興をなしとげ、悠久の歴史の中で共に燦然と輝くことになることでしょう。

【関連記事】

【Sakura So TV 快刀乱麻】民主党幹部の言語感覚―【私の論評】最早、個人の問題ではない、政治システムそのものの問題であり、問題・課題設定能力が鍵だ!

菅首相 ネットで対戦する囲碁ゲームに朝まで没頭することも―【私の論評】自らの身の丈を知らない人が増加しているのでは?
GDP発表前の情報漏洩、経産相に批判の声広がる―直嶋経済産業相は辞任すべき!!
鳩山首相、米へ出発…オバマ大統領と会談へ-初の訪米は国旗に会釈できる鳩山さんが適任だった!?

2011年7月4日月曜日

日本がリードする21世紀の革新素材”炭素繊維”―【私の論評】いくらマスコミが情報操作しても、炭素繊維の旅客機が日本の空を飛べば、国民は欺かれない?!!

日本がリードする21世紀の革新素材”炭素繊維”

先日の、ボーイング787の報道でも同じみの素材、日本の炭素繊維に関して、本日は、政府のサイトである『科学技術政策』というサイトから、以下に要約を掲載します。


1961年に通産省工業技術院大阪工業技術試験所の進藤昭男博士がアクリル繊維を使った炭素繊維の基本原理を発見、特許化し、1971年に日本の企業が世界ではじめて生産を開始しました。その製造方法は、セーターや毛布に使われる特殊なアクリル繊維を、炭素繊維用に組成等を改良し、焼成(原料を高熱で焼いて性質に変化を生じさせる)するものです。


1970年代からの成長初期には「軽くて強い」、釣り竿、ラケット、シャフトが需要を支え炭素繊維の性能実証が進みました。また、航空宇宙分野での実証が進みました。21世紀になって炭素繊維の性能が向上し、信頼性が認められるようになってから、航空宇宙用途、産業用途、スポーツ用途での本格拡大が始まっています。

その中で、特に自動車用途が注目されています。軽くて強い素材なので、自動車の各パーツに炭素繊維を使うと3割程度重量が軽くなります。この軽量化によって、燃費が良くなり、CO2の排出量の削減効果が期待されます。さらに、次世代の電気自動車においても、電池の電極等に炭素繊維を用いることで車体の軽量化が進み、航続距離の向上の実現、リチウムの電池の軽量小型化により、資源の枯渇緩和が図れる等の効果が期待されます。

このように炭素繊維の需要は益々拡大することが予想されています。


炭素繊維の飛行機への適用は、1970年代にまずボーイング737の内装材を中心に始まりました。その後、767では尾翼の一部などで、777では尾翼全体に使われました。飛行機の模式図の青塗り部分が炭素繊維を表しています。さらに、来年就航予定のボーイングの最新鋭機である787では、胴体、主翼、尾翼等機体の50%に炭素繊維が用いられています。
このように炭素繊維の性能の向上と信頼性が実証されています。


炭素繊維を1トンつくるのに大体炭酸ガスが20トン排出されます。ただし、自動車に使われると、軽量化によって10年間の使用期間で70トンぐらい改善できます。飛行機の場合では、効果がさらに大きく、1,400トンぐらい改善ができると考えられます。

表では自動車、航空機、風車、それぞれ1機当たりの炭素繊維の使用量と1年当たりの削減効果、世界の機数全部を掛け合わせたCO2の総削減量を示しています。炭素繊維を用いることによるCO2削減効果が大きく、低炭素社会に貢献できることを示しています。


航空機や自動車の軽量化の他にも、バス・トラックの圧縮天然ガス(CNG)用軽量タンクなどに使用され、CO2排出削減に貢献しています。

また、風車や原子力発電用ウラン濃縮の効率化、さらに燃料電池自動車に必要な高圧水素タンクおよび電極材として、クリーンエネルギー製造に貢献しています。

【私の論評】いくらマスコミが情報操作しても、炭素繊維の旅客機が日本の空を飛べば、国民は欺かれない?!!


この内容に関しては、昨日あたり、ボーイング787の報道などで、皆さんの記憶にも新しいことでしょう。ただし、これは、アメリカの飛行機ということで、飛行機のことが主に報道されていました。私たち日本にとっては、炭素繊維のほうが、主役かもしれません。

この炭素繊維のシェアは、現在全世界で7割と、まさに、日本が独壇場といっても良いような状況です。この技術はもうすでに40年前から、日本では、徐々に取り入れられていました。身近なところでは、釣竿、バット、テニスのラケットのようなものから徐々に使われるようになりました。皆さんも、このようなものに初めて接したときは驚かれたでしょう。特に、この素材のもつ靭やかさに関しては、私自身も、驚きました。

そうして、最近では、世界各国で、ジェット戦闘機の素材などとして、用いられるようになりました。そうして、今度は旅客機です。今後、車の車体は、いうにおよばず、線路とか、船、その他、ノートパソコンとか、ありとあらゆる製品の素材として、どんどん用いられるようになります。鉄、アルミニュウム合金、プラスチックで作られているものは何でも、炭素繊維でつくることが可能です。

今後、さらに、大量生産されるようなれば、コストも低くなり、本当にこのようなことが実現されていくことでしょう。

私自身としては、筐体が、炭素繊維でつくられている、ノートパソコンとか、タブレット型PC、スマートフォンなど使ってみたいものです。これらのものは、さらに、軽量化され、丈夫で薄くなるでしょう。

私は、以前、このブログに見方を変えれば、「日本は、資源大国」であるという記事を何回か掲載したことがあります。この炭素繊維も日本のとって、大切な資源となることでしょう。これは、一昔前の鉄と同じことです。

これに関してはいろいろな例をあげて説明しましたが、今回のこの旅客機ほど、解りやすい事例はないと思います。なにせ、実際にかなり大きな機体が、炭素繊維で作られ、それが、長い距離を本当に飛んでいるわけですから、多くの人にとって、実感できる素晴らしい事例だと思います。

最近、中国の特許申請数の数が、110万件を超えたということをテレビで報道していました。多くの人は、この数字に幻惑されているようですが、良く文字を読んでください。「特許申請数」ですから・・・・・・。

特許を申請することなど技術力がなくても、申請だけなら誰でもできます。私だって、カネと時間さえあれば、人を大勢つかって、110万件の特許申請などできます。これは、もう、完全にマスコミによる情報操作としか言いようがありません。それも、本当に単純な手口です。

いくらマスコミが情報操作をしたとしても、このような旅客機ができあがり、それが、日本の空を飛べば、日本の技術の優位性を否定することはできません。

特許を申請したとしても、特許を取得出来なければ、意味がありません。では、日本の特許取得数は、といえば、ダントツの世界一です。これに関しては、ここでは、本題ではないので、以下の記事を参照してください。

http://journal.mycom.co.jp/news/2011/01/20/010/index.html


それにしても、日本という国は、何と恵まれているのでしょうか。現在日本の政局は最低といっても良い状況ですが、技術的には、優れており、いままでも、打ち出の小槌を沢山作ってきたというのに、直近でも、すぐにカネになる打ち出の小槌があり、さらに、将来の打ち出の小槌も着実に生み出しています。

このような国が、将来没落するなど、到底考えられません。数年前のBBCの調査では、世界に最も貢献している国はというアンケートで、「日本とドイツ」が1位になっています。本当に世界に貢献しています。

現在の政権など、歴史の悠久の流れの中に咲いた一時の徒花に過ぎません。1,000年に一度の震災も、悠久の歴史を持つ我が国の歴史からみれば、ほんの一時のことに過ぎません。天皇制をはじめとする私たち日本人の日本の伝統文化、それに勤勉で実直な国民性は、古から今に至るまで、継承されてきましたが、これからも悠久の歴史の中に燦然として輝き続けるどころか、さらに輝きを増すことでしょう。そうして、こうした勤勉と実直さを強く継承してきた東日本の人々も近いうちに、復興をなしとげ、悠久の歴史の中で共に燦然と輝くことになることでしょう。

【関連記事】

ドラマ『JIN』最終回はシリーズ最高視聴率26.1%で幕〜瞬間最高は31.7%―【私の論評】私たちは、過去の歴史から、未来まで連綿としてつながってる!!

“憂国青年”日本が最多 日韓米英仏調査、「政治に関心」58%―本当は国際的視野も身につけている日本の若者

オバマ次期大統領 「日本を追い越せ」 代替エネルギー倍増で世界をリードする姿勢-黄昏EUの二の舞にならないように・・・・?!

2011年7月3日日曜日

震災後に注目を集める新しい働き方『分散型オフィス』まとめ―【私の論評】震災を期に多くのものが変わりつつあり、ビジネスチャンスが到来の時期と捕らえるべき!!

震災後に注目を集める新しい働き方『分散型オフィス』まとめ



3月11日の東日本大震災は、サラリーマンや会社のありかたというものを見直すきっかけとなりました。その中でも、今、大きく変わろうとしているのが「オフィス」です。

これまでは、社員が仕事をするための機能を一箇所に集中させ、そこに全ての社員を収容することで業務効率化・経費削減する”集中型”のオフィスが主流でした。しかし、震災後はより積極的にクラウドやノートPC、IT機器を活用することで社員を”分散”する傾向にあります。そのほうが不測の事態にも強く、省エネにもなり、結果として経費削減にもなることに企業も気付き始めているからです。

本稿では、震災以降に出てきた新しいもの、以前から注目されていたものも含めて、従来には無かった新しいオフィスの形、”分散型”オフィスをまとめてみました。

コワーキング・スペース
『共同』、『共に』という意味の接頭辞coをworkingに付けて作られた言葉「コワーキング」。日本にも見られるような、いわゆる小規模の月極めレンタル・オフィスと違って、フリーアドレスで無線LAN完備の時間貸しオフィスが「コワーキング・スペース」です。仕切りのない漫画喫茶のオフィス版といったところでしょうかね。六本木店、渋谷店の2店舗を運営する「JELLY JELLY CAFE」(http://jellyjellycafe.com/)は1日千円程度、1ヶ月契約でも15,000円(2011年7月現在)と、かなり安いです。気軽にお試ししてみるのもいいですね。

JELLY JELLY CAFE
セカンド・オフィス
異なる企業が複数集まり、共に働きながら職場をシェアするのが、「セカンド・オフィス」です。「第二のオフィス」の名のとおり、既にオフィスを所有している企業が、他社との共同プロジェクト運営のためにオフィスを共有します。場所をパーテーションで区切り、大人数でオフィスを借りるコストカットするシェア・オフィスと違い、あくまで複数の企業の協業を主眼に置いています。日本では赤坂にオープンした「オフィス・コロボックル」(http://www.facebook.com/KOROBOCL)が一部で話題になってますね。
公共の空間をセカンドオフィスにするという手もある
そんな時にボーズコンフォートのような、まわりの音をシャ
ットアウトするノイズ・キャンセリング型のものが役に立つ
ルームシェア型オフィス
同じような仕事をする会社員や個人が集まり、生活しながら人脈を広げたりスキルを磨き合う、現代版の「トキワ荘」とも言えるのがこの「ルームシェア型オフィス」です。phaさんが主催し、WEB系のエンジニア、クリエイターを集めた「ギークハウスプロジェクト」(http://geekhouse.tumblr.com/)は都内だけでなく京都や愛知など、全国に広がっています。生活費を節約しつつ、同じ志を持つ仲間を欲する若い人たちの間で、今後ますますニーズは高まるでしょう。今後は企業が主導し社員を住まわせるルームシェア型オフィスなども生まれそうです。

ギークハウス文京護国寺 外観
ギークハウスの中の様子
一般的な事業所における一人当たりの必要スペースは、おおよそ2坪と言われています。都内の平均的な相場ですと、100人の事業所で月400万円、千人を超えるような規模の大企業だと、月々4千万円ほどかかることになります。

技術的にはskypeやUSTREAM、twitter等で社内の情報共有できる状況も整っています。社員を分散し、いつでもどこでも作業できるようにしてしまえば、個人の必要スペースどころか会議室やミーテイングルームさえいりません。セキュリティの問題もあり、大きな会社がスピーディに導入するのはなかなか難しいかもしれませんが、上記で紹介したような社員”分散型”のオフィスが、日本でも少しずつ浸透していくでしょう。
【ガジエット通信より、要約】

【私の論評】最近は、分散型オフィスを支援するクラウドも充実している!!
このブログでは、以前にも震災前と後で変わったものの事例として、フアッションをあげました。今年、アパレルメーカーや、フアッション雑誌などでは、春夏の流行りの色は、ピンクや赤といういうことで、ファッション雑誌など6月号あたりでは、表紙も中も特にピンク一色に染まったという感じでした。

しかし、震災後実際に売れているのは、色としては、スティント・ブルー、白、ベージュなどでした。また、靴もバレーシューズがかなり売れたようです。特に、バレーシューズに関しては、都内では、地震があったときに、女性もかなりの距離を歩いて自宅まで帰った人もいます。このようなとき、ハイヒールであれば、相当辛い思いをされたのではないでしょうか。だからこそ、地震に限らず、いざのときの準備ということで売れたのだと思います。

また、震災を期に、結婚を考える女性も増えました。都市部の女性を中心に結婚相談所への照会が相次ぎ、会員同士で成婚して退会するケースが急増しました。婚約指輪の売れ行きも伸びました。未曽有の災害に直面して孤独感にさいなまれ、人との絆を持ちたいとの思いが広がった、との見方もあります。

ちなみに、新宿高島屋(東京都渋谷区)のアクセサリー売り場では、4月1~19日の婚約指輪の売り上げが前年同期比で約4割増加しました。「婚約指輪を買うつもりはなかったが、自分たちの出会いや気持ちを形にして残したい」と訪れるカップルもいたそうです。

新宿高島屋一階アクセサリー売り場
さて、このほかにも、皆さんご存知のように、原発の安全神話が崩れたり、自粛があってみたり、節電があってみたり、震災を期に確かに多くのものやことが、大きく変わりました。

分散型オフィスに関しては、ずいぶん前からいわれていて、たとえば、経済産業省によるオフィスあアルカディア構想なるものがありました。函館からJRで千歳空港まで行くには、南千歳で降りて、そこから、千歳空港駅まで行く必要がありますが、その南千歳駅で降りると、駅のフォームにこのオフィスアルカディア構想の看板が良く見えるようになっていたのを記憶しています。

オフィスアルカディア構想とは、経済産業省による地方拠点法に基づき国の支援のもと、オフィス、研究所など、産業業務機能の地方分散を目的とした政策でした。千歳にも、千歳アルカディア・プラザなる施設があり、この施設は、この政策に基づき千歳オフィス・アルカディア団地内立地企業への産業業務支援中核施設として、ビジネス支援サービスを中心に運営されます。また、平成10年開校の我が国唯一の光技術を専門とする「千歳科学技術大学」と連携した国際産業交流拠点としての役割も併せ持っています。

1階には、交流を目的とした産業情報プラザ、レストラン、多目的ホールがあり、2~4階はレンタル、テナントオフィスとして賃貸を行うそうです。フリーアクセスフロアや光ケーブル網を整備するなど経済性と機能性を重視しています。建物外観は地区の持つ先進性を表すためアルミパネルとカーテンウォールを中心に構成したそうです。

千歳アルカディアプラザ
この構想は、2000年あたりにはじめたもののようですが、2005年時点では、入居率100%だったようです。しかし、このような採算度外視の国の関連の施設は別として、各地でのこのような試みは、あまり成功しなかったようです。特に、都内ではそのようです。

何しろ、大企業のほとんどが、従来型のままで、大きな建物に、全社員が朝一時に集まるという方式を継続したままでしてから、結局は、進まなかったのだと思います。大企業などで、そのような方式をとるということは、やはり、その方式が一番効率的でコストもかからなかったということです。

しかし、震災後には、この考え方も変わりつつあると思います。まずは、大地震が起こったときに、社員が一箇所に集中してまとまつていれば、それだけ被害も多くなります。これが、分散してあれば、被害は少なくなります。

それから、地震で、都内はそうでもなかったですが、津波の被害にあったところにあった、自治体や、会社などでは、情報が津波にさらされてしまったということです。いくら、最新鋭のパソコンや、LANなどを組んでいたとしても、津波にさらされてしまってはどうしようもないです。

このようなことを防ぐためにも、ますます、クラウドの使用が検討されるようになるでしょう。情報漏洩など恐れていても、いざ、地震などの震災にあえば、情報そのものが消えてしまうこともあり得ます。そうなってしまえば、どうしようもないです。クラウドに蓄けば、パソコンなど津波にさらわれようとも、情報だけはなんとかなります。そうして、被害にあった直後でも、インターネットに通じるパソコンだけあれば、以前と何のかわりもなく、すぐに、情報の出し入れができます。

そうして、現在は、従来に比較すれば、クラウドはかなり使いやすい状況になっています。クラウド用のいろいろなアプリが開発されていて、しかも、以前と比較すれば、低廉で使い勝手もかなり良くなっています。その典型は、GoogleのAPPです。Google Calendarによる、ビデオチャット、スケジュールの共有、メール、その他、文書、スプレッドシート、写真、動画その他の共有がいとも簡単にできてしまいます。

実際、多くのクリエーターなどが、クラウドを用いて、場所を選ばずに仕事をしています。スターバックスにいけば、そのような人が良く見受けられます。特に、企画をたてるような仕事であれば、現在では場所は選びません。この傾向はますます強まるでしょう。

このような諸条件が揃っているため、今回の震災を期に、分散型オフィスが普及する率がかなりたかまったと思います。

さて、今回は、分散型オフィスの記事がたまたまあったため、この話をしましたが、これは震災による変化の一事例にすぎません。他にも、まだまだ、変わるものがあります。こうした、社会の変化に目をつけることによって、様々なイノベーションが可能になります。現在は、この変化をただ黙って見過ごすことなく、新たなビジネスチャンスが到来したのであり、特に社会的イノベーションを起こしやすい時期と捉えるべきだと思います。

【関連記事】

パンツやローヒール靴人気急上昇 震災で変わる女性ファッション―【私の論評】時流をつかめ!!本当に意味がわかっていなければ、未来はつくれない!!

2011年7月2日土曜日

エゴ菅に再生エネ語る資格なし!脱原発解散は大歓迎―【私の論評】菅さんには、ドラッカーのいうマネジャーの資質である"intigrity(真摯さ)"に欠けている!!

エゴ菅に再生エネ語る資格なし!脱原発解散は大歓迎



菅直人首相が「再生エネルギー特別措置法案」を政権延命に利用し、「脱原発」解散・総選挙に打って出る可能性がささやかれている。しかし、自民党も黙ってはいない。エネルギー政策見直しのために「総合エネルギー政策特命委員会」を新たに設立。その委員長に就く山本一太参院政審会長が夕刊フジの独占インタビューに応じ、「菅首相に再生可能エネルギーを語る資格はない。『脱原発』解散は大歓迎だ」と宣戦布告した。

「再生可能な自然エネルギーを促進するという過去30年の思いがある」

菅首相はブログで、再生エネルギー政策が政治家としてのライフワークであるかのような記述をした。しかし、山本氏は「多少はあるかもしれないが、得意のペテンだ」と語り、以下の“証拠”を列挙した。

まず、最初に、菅首相が退陣表明した6月2日の民主党代議士会で言ったのは、「復興のメドがつくまで」。再生エネルギー政策には一言も触れていない。次に、再生エネルギー法案は、震災直前の3月11日午前に閣議決定したが、退陣表明するまで1度も審議入りに動いた形跡がない。また、昨年秋には、ベトナムに対し、原発のトップセールスに成功して成果を誇っていた−などだ。

本紙の調べでも、今年1月の施政方針演説では「再生エネルギーの全量買い取り制度も導入」と軽く触れただけ。東京・吉祥寺にある菅首相の自宅には太陽光パネルも風力発電機もない。

それを、原発事故で国民不安が広がるなかで、いつのまにか「長年熱心だった」という最重要法案に格上げしたのだ。

山本氏はいう。

「中長期的なエネルギー政策や経済への影響などを緻密に計算した形跡がない。電気代が値上がりするが、その幅をどうするかの調整も必要だ。役人も驚いているだろう。支持率アップや『歴史に名を残すチャンス』と場当たり的に飛びついただけ。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)や消費税増税と同じだ。評判が悪くなれば引っ込めるだろう。再生不可能首相が再生エネルギー政策を語る資格はない」

小泉純一郎元首相による郵政解散をマネた「脱原発」解散がささやかれているが、山本氏は「保身に関しては天才的なので、勝てると思えばやってくるだろう。被災地は置き去りだが」と、可能性を認めた。

自民党政権が原発を推進してきた経緯があるだけに、苦戦も予想されるが「小泉氏には狂気に近い信念と高い支持率があった。それに対し、危機時には支持率が上がるはずなのに菅首相の支持率は2割だし、信念のかけらもみられない。小泉純一郎にはなれない」と否定し、こう続けた。

「自民党は昨年の参院選マニフェストで『自然エネルギー20%』をうたっている。菅首相は『脱原発の民主党vs原発の自民党』という対立構図を作りたがるだろうが、そうはならない。新委員会では、これまでの原発政策を反省したうえで、現実的なエネルギー政策を作り、次期総選挙マニフェストにも反映させる。個人的には、衆院を解散して、リセットした方がいいと思っている。解散は大歓迎だ」

果たして、菅首相のソロバン勘定を、自民党が打ち破るのか。【ねたリカより】

【私の論評】菅さんには、ドラッカーのいうマネジャーの資質である"intigrity(真摯さ)"に欠けている!!
確かに菅さんは、小泉元総理のような信念はないでしょう。なにせ、小泉さんは、初代福田総理の書生をやっていた頃から、選挙のときの公約に近いことを考えていました。

小泉さんの父親は、やはり政治家ですが、他の二世議員ともまた異なった生い立ちのようです。父親が政治家とはいっても、父親は若いうちになくなったため、特に、政治基盤を親から引き継いだということはありません。こうした、

小泉元総理大臣は、福田赳夫の秘書を務め、後に総理となる福田から政治家としての薫陶を受けました。社会人生活の第一歩を浪人でスタートした小泉は、毎朝四時に起床したそうです。五時半の電車に乗って、二時間かけて世田谷区にある福田赳夫邸へと通ったそうです。福田のもとには初当選したばかりの塩川正十郎がいました。

当時のことを塩川正十郎は『週刊文春』の阿川佐和子との対談でこう語っています。「そうそう。彼は早起きで、福田さんの家の玄関で靴揃(そろ)えておったね。下足番だったの」「で代議士が帰るときモータープールで“何々先生お帰り~お車ぁ~”て運転手を呼んでたの(笑)。だから、僕は彼のホームページに“まさか総理大臣になるとは思わなかった”って書いたんです。大変な苦労をしてますよ。」、「そのとき、福田さんが“こいつは意地の強いやっちゃ。なかなかしっかりしとる。だから、大物になったら、とんでもない大物になるけど、はぐれたら処置ない奴ぜぇ”と言うたことがあるの」。

塩川氏も含めて、多くの人が語っていますが、小泉さんは、福田赳夫氏の好敵手である、田中角栄氏に対して、この頃からなみなみならぬ、敵愾心をいだいていたようで、いずれ、田中政治ともいわれる、金権政治を終わらせなければならないと語っていたそうです。そのころから、郵政改革などを含む構造改革に近いことを考えていたそうです。この敵愾心は、後に「自民党をぶっ潰していやる」という言葉に現れていたと思います。そうして、結局このことは、後に自民党が政権交代せざるをえない立場になってしまっことの要因の一つになったと思います。

私は、小泉さんの比較的若い頃(40代ころか、写真左)を知っていますが、その頃は、後に言われたライオン・ヘアーのような髪型はしておらず、極普通のおじさんという感じて、スキーが得意なようで、スキーの滑り方などを語っている姿は、こう言っては悪いですが、まさに、変人という感じで政治家にはなれても、とても、この頃総理大臣になるとは思えませんでした。

それから、小泉さんと慶応大学で同期の人も何人かは、知っていますが、どの方も、学生時代に小泉さんを知っている人はおらず、あまり目立たない学生時代を送ったようです。

この小泉さんが、あの郵政選挙で大勝できたのは、やはり、付け焼刃ではなく、若い頃からビジョンを持ち、ここぞというときに、そのビジョンを実現すべく持てる力を最大限に発揮できたからだと思います。そうして、勝つために、深謀遠慮をめぐらし、多くの有権者に分りやすい、小泉劇場型政治手法をあみ出したのだと思います。

私自身は、福田赳夫氏は、自分も総理大臣になりましたし、ご子息も総理大臣になりましたが、福田赳夫氏の薫陶を正統に引き継いだのは、小泉氏ではないかと思っています。

私自身、小泉改革は結局失敗したと思います。しかし、私自身は、小泉さんの推進した、郵政改革を含む構造改革は、決して間違いではなかった思います。ただし、順番は間違えていたと思います。バブル崩壊後、小渕、麻生内閣を例外として、すべての内閣が、緊縮財政を行ないました。小泉さんも例外ではありませんでした。結局は、緊縮財政を行ないました。

小泉構造改革は、たとえば、株式会社大学などという、現在では、ほとんど消えてなくなってしまった急進的すぎるものもありましたが、いずれ、実行すべきものも沢山ありました。世の中では、すべてが悪いようにいわれているところが、ありますが、決してそんなことはありません。ただし、バブル崩壊移行、ずっと吹かず飛ばずの状態であった、景気の回復を最初にすべきだったと思います。比較的長い任期の間で、最初の頃は、景気回復に努め、後の方で余裕ができたときに、構造改革に取り組めばベストだったと思います。であれば、郵政民営化以外のことも成就できたかもしれません。

以上のようなことをみれば、山本一太氏の「「小泉氏には狂気に近い信念と高い支持率があった。それに対し、危機時には支持率が上がるはずなのに菅首相の支持率は2割だし、信念のかけらもみられない。小泉純一郎にはなれない」という言葉も頷けます。

菅さん、若い頃は何をやってきたでしょうか?菅さんのやってきたことといえば、今や、完全に時代遅れであり、その頃から、時代錯誤的であった、左翼系市民運動家です。とても、小泉さんのように、後の政治家としての道を歩む上での、ビジョンなど形成していなかったでしょうし、そもそも、そんなことからは縁遠かったでしょう。それに、最近では、昨年の8月に代表になったときから、今まで、一体何をしてきたでしょうか?結局何一つものにならなかったではありませんか。何か、めぼしい法案でも通ったことがありますか?結局、なにもしておらず、いきあたりばったりで、自らの政治生命を延長させたことだけでした。

私は、このブログで以前、菅さんに関して、以下のように評しました
菅さんというと、マスコミも「空き缶」など揶揄していますが、私は、菅さんは、確かに政治、経済、社会、安全保障、そうして現在脚光を浴びているエネルギー政策など、およそ国を統治する上で重要な事に関する知識という点では確かに劣っていますが、こと権力掌握ということにかけては、左翼政治家では最高峰だと思っています。 
この記事ては、以下のようなことも掲載しています。
自分の権力のためだけに、様々なことを利用する政治家というものは、どんなに権力維持能力にたけていても、何かを間違えています。そうです。本来逆であるべきものです。自分の理想、しかも、国民を中心に考えた理想のために、粉骨砕身し、それを実現するために権力を得るために努力するというのが正しい姿です。 
残念ながら、どんなに正しい理想や、意見などもっていても、権力がなければ、子供の説く世界平和の理想と何らかわりが無くなってしまいます。ドラッカーも語っているように、「良き意図」だけでは何もできないのです。だから、権力を得ようと努力するのは当然のことです。 
菅さんはそうではないようです。もともと、権力志向であり、権力そのものが目的になっています。だから、利用できるものは、民主党でも、自民党でも、マスコミでも外国でも、国民でも、その時々で利用できるものは何でも利用することでしょう。
私は、政治家は、どうしても、権力闘争を勝ち抜かなければならないと思います。権力闘争が嫌だとか、出来ないというのであれば、最初から政治家になってはいけないと思います。しかし、菅さん、いかに、権力欲が強くとも、やはり、権力そのものが目的となっていては、人間大きな力は出せないと思います。やはり、小泉さんのように長い間に培われてきた信念というものがあり、その信念を正しいと信じることができなければ、大きなことはできないです。

かつて、ドラッカー氏は、マネジャーの資質について以下のように語っていました。
真摯さを絶対視して、初めてまともな組織といえる。真摯さはとってつけるわけにはいかない。すでに身につけていなければならない。ごまかしがきかない。 
無知や無能、態度の悪さや頼りなさには、寛大たりうる。だが、真摯さの欠如は決して許されない。知識もさしてなく、仕事ぶりもお粗末であって判断力や行動力が欠如していても、マネジャーとして無害なことがある。 
しかし、いかに知識があり聡明であって上手に仕事をこなしても、真摯さに欠けていては組織を破壊する。組織にとってもっとも重要な資源である人間を破壊する。組織の精神を損ない、業績を低下させる。
私は、以前このブログで、このマネジャーの資質に使われている言葉の真摯さについて、掲載しました。この「真摯」という言葉、原書のほうでは"intigrity"となっています。この言葉の意味などは、当該のブログ記事を読んでいただくものとして、菅さんには、この"intigrity"が完璧に欠けているといわざるを得ません。これに比較して、小泉さんには、この資質があったと思います。

ちなみに、この「真摯さ」については、マネジメントを読まれたかたは無論のこと、「もしドラ」を読まれた方々もご存知でしょう。

そういうところから、考えると、菅さん、最初思われていたよりは、長い間政権の座についておられるでしょうが、そんなに長いことはないですね。それに、『真摯さ』のない総理大臣に長居されても、困りものです。やはり、自ら、決断して辞任すべきと思います。

【関連記事】

菅首相が素直に辞めない3つの理由―【私の論評】マスコミもう終了しました!!

永田町に駆けめぐる首相「原発解散」の噂 自民党に警戒感―【私の論評】これで騙されれば、国民が悪い!!悪いのは菅さんではない!!

特集【エッセンシャル版】ドラッカー転換期が訪れた今こそ知りたいマネジメントの真髄―【私の論評】あと、少なくとも、20~30年は色褪せないドラッカーの業績!!

陳腐すぎるアカ攻撃 菅や仙谷などタダの政権亡者―共産主義は良い思想ですか?

【戯言戯画】岡崎トミ子 本性は隠せない―【私の論評】甘露煮頭ここに極まれり!!
“小泉氏欠席”に批判相次ぐ-本当にやらなければならないことで忘れさられたもの?
LEC大:来春から学部生の募集停止 定員割れ続き、累積赤字30億円-サブ・プライムローンと同じようにNPOの分野に民間営利企業が入り込むと失敗するという格好の事例か?

2011年7月1日金曜日

『mixi』で自分のマイミク一覧に本名表示 プロフィールに本名を入力してる人は設定を見直そう―【私の論評】ソーシャル・メディアは本名表示が主流になる?

『mixi』で自分のマイミク一覧に本名表示 プロフィールに本名を入力してる人は設定を見直そう


国内最大級SNS『mixi(ミクシィ)』で本名を表示する機能が実装された。自分の『マイミクシィ』(友人、以下『マイミク』)一覧に本名掲載欄が新設され、そこにユーザーが入力した本名が表示される。急なことなので驚いている人もいるようで、せめてアナウンスは欲しかったと言う声が挙がっている。
※7/1追記:
今回の改変は自分の『マイミク』一覧ページについてのみに適用されたもので、記事公開時に記載した「個別ページの本名掲載欄」は従来から存在するものです。

ちなみにプロフィールの本名入力欄は以前から存在し、他人からの見られる範囲も異なっていた。それが今回の改定で自分の『マイミク』一覧ページから閲覧可能となったことから、「ほかのユーザーからも本名が見えてしまうのでは?」と危惧する声が挙がっている。実際には自分の『マイミク』一覧ページで、自分の『マイミク』の本名を見ることしかできない。たとえば、自分の『マイミク』であるユーザーのページを表示して、そのユーザーの『マイミク』一覧ページを見ても本名は表示されていない。

そんな本名表示に対してさっそく『NAVERまとめ』に反応がまとめられている。その一部を紹介したい。

・mixiのマイミク一覧に急にHNの下に名前出るようになった。なにこれきもちわるい
・今回の件でmixiやめるひとがちらほら。
・何がしたいんだ?
・FBのまねごと乙(´ー`)ノシ

『Facebook』が本名記入を半強制していることから、『mixi』も匿名ではなく本名でのコミュニケーションを推進しているのだろうか。急に自分の『マイミク』一覧ページにみんなの本名が表示され焦ったが、『マイミク』一覧ページでほかのユーザーから本名が見えることはないので安心して欲しい。もともとプロフィールで「名前」の欄は入力が必須となっているが、公開範囲は「全体公開」「友人まで公開」「友人の友人まで公開」と設定可能になっている。『マイミク』であっても本名を知られたくないという場合には、これを機に入力内容を見直してみよう。

【私の論評】ソーシャル・メディアは本名表示が主流になる?
このブログでは、過去に過度の匿名は、社会を破壊すると掲載しました。これは、当然の事と思います。日本以外の国で、これほど、ネットが完全匿名があたかも前提のようになっている国はないと思います。

なぜ、このようになってしまったのか、不思議です。実社会においては、人の本名を知ったからといって、それだけでは何も起こらないのですが、やはり、ネットの社会では、本名が知れてしまうと、まずいことがおこるのでしょうか?

私自身は、ブログなどは、一応匿名にはしていますが、現状では、facebookにも参加していることと、さらに、ブログとfacebookをコネクトしているため、実質上実名を明かしているのと同じです。

実名を明かした状態で数年を経過していますが、今のところ、犯罪などに遭遇したことはありません。最近てば、facebookに参加しているおかげで、しばらく、音信が途絶えていたような人々とも、また、音信が回復しました。これは、匿名にしていては、絶対にありえないことです。

mixiに関しては、随分前のまだ招待制だったころに、参加しましたが、ここ5年ほどは、全くといって良いほど、使っていません。やはり、匿名ということがネックになっているのかもしれません。何か、参加していても、距離感があって、こんなことをしているくらいならと思い、自分のブログを開設しました。

自分のブログを開設すると、それに掲載する記事を書くため、必然てきにある程度の時間が必要となり、mixiはほとんど使わなくなりました。そうして、このブログの内容、更新するたびに、mixiはもとより、GoogleBuzz、Twitter、Facebookにも、Google Readerなどに概要やURLが自動的に表示されるようになっているので、あまり、自ら、ソーシャルメディアに直接投稿などということはなくなり、今に至っています。

自分の中では、このブログを開設したということが、非常に大きいです。最近では、日々1000アクセスを超えることも珍しくなくなり、これも、ブログ書くことへの大きな動機付けにもなっています。

また、私のブログへコメントを書きこんでいただける人は、私にとって、お客様のような存在で、こういう人たちは別に匿名でも、mixiなどでの付き合いとは全く異なるような気がします。また、ブログにコメントをしていただける方からは、メールなどもくることがあり、その場合、実名を記している方が、ほとんどです。こういったことから、信頼関係も芽生えていくと思います。

実際には、mixiなどは、登録者の数が多いものの、その実、私のように活動を全く停止している人も多いのではないかと思います。その主な原因としては、やはり、匿名性による、人間関係の希薄さがあるのだと思います。mixi上で知り合ったとしても、どこの誰かもわからず、何に興味があるのか、あるいは、何に関して特に詳しいのか、それは、どの程度なのかということがわからなければ、本来の意味でのコミュニケーションなど、最初から成り立つはずがありません。

実名を旨とする、facebookが、日本国内では、さほどではないものの、世界では最大のソーシャル・メディアとなっていることには、それなりに理由があるのだと思います。

実社会においては、誰か、人とお付き合い願いたいと思ったときは、自分の名前を語るのは、当然ことです。名前を語ることがなければ、誰とも付き合うことなどできないと思います。

結局、ネットの世界でも同じ事なのだと思います。結局匿名では、以前にこのブログでも書いたような、個々の人々の身の丈に合った情報など入ってくるようなことはなく、単なる時間つぶし、暇つぶしだけに終始してしまうのだと思います。

ここで、以前このブログにも書いた、「身の丈にあった情報」の内容を下にコピペしておきます。
私自身は、極度の匿名性のネット社会は、ただの時間つぶしであり、ほとんど益もないと思っています。しいて、あげれば、誰でも手に入るような情報を得ることと、時間つぶしです。ソーシャル・メディア以外のメディアだけで有益な情報やましてや知識が入ってくることはまずありません。 
本当に有益な情報や、知識は、人を介して入ってくるものです。ソーシャルな機能を排除した、ネットから入ってくるのは、情報でも、知識でもなく、単なるデータにすぎないと思います。これをただ眺めている限りは何もおきません。 
ちなみに、ここでいう知識とは、仕事に適用できる情報という意味です。從來、知識という言葉は、情報と同じように受け取られていた時期があります。しかし、現在では知識の意味が変わってきました。現在では、知識は、実務的に仕事に適用できる情報という意味に変わってきています。從來の、本に書かれてあるような内容は、情報といいます。いわゆる、物知りの物の意味です。 
データに関しては、いくら集まっても、結局は、それを分析・整理・統合しなければ、情報や知識とは成り得ません。これから、ネットの世界で、匿名を頑なに守り続ける人にとっては、有益な情報や知識を自分の身の丈に入ってくるチャンスをみすみす、逸することになります。 
この身の丈というところが重要です。たとえば、大学院レベルの生物学を学ばなかった人にとって、生物学のテキストそのものは何の意味ももたないかもしれませんが、特定の生物の分野の持つ意味が、特定の人にとっての意味などは、ソーシャル・メディアなどからもたらされる情報から入ってくる可能性は高いです。そうして、その持つ意味が、あなたの仕事に決定的な大きな影響を及ぼす可能性もあります。 
いまや、いわゆる業界の知識は、業界内からもたらされるのではなく、他の分野からもたらされることがほとんどです。たとえば、ITの世界でも、IBMは、DNAの自己増殖機能を活用した、電子回路の開発を手がけていますが、これは、従来の電子工学などの分野からではなく、生物学の分野からもたらされた、知見にもとづき、開発しています。現在では、このようなことは当たり前のことになっています。自分の属している業界の情報や、知識だけでは、もはや、新たな展開は期待できないのです。
こんなときに、実名でのコメントを旨とする、facebookのようなソーシャル・メディアはかなり威力を発揮すると思います。私自身も、ITなどに関する難しい理論など、自分の業界においては、どのような意味を持つのかなど、ソーシャルメディアから入ってくる確率はかなり高いです。自分も、様々な情報を提供するようにすれば、その率はさらに高まります。たとえば、私も、従来のように、自分のブログを持っていなかった場合と、現在を比較すると、今のほうが、はるかに「身の丈にあった情報」が入ってくる率が高くなったと思います。

このような背景から、メディアの中でも、特にソーシャル・メディアは、今のままの匿名のものは、これから、衰退していくような気がします。そうして、facebookのように最初から、実名を旨とするか、そこまでいかなくても、ある程度親しくなったら、自然と実名が明かされるような仕組みを持った、ソーシャル・メデイアの方が、これからは、伸びていくような気がします。今回の、mixiiの上記の措置は、いずれ、mixiも、facebookのように実名を旨とするものに変えることを前提として、一足飛びにそうしては、多くの人が使わなくなる可能性が高いので、それを目指した布石という意味があるのかもしれません。さて、皆さんは、どう思われますか?


【関連記事】

グーグルの「+1」ボタン、ウェブサイトで実装可能に--ソーシャルに対する新たな試み―【私の論評】Googleは、ソーシャルも制するか?

『Googleソーシャル検索』ついに上陸! 友人のブログやツイートを結果に表示―【私の論評】ソーシャル・メディアはマネジメントを変えるか?

2011年6月30日木曜日

被災地の自衛隊、10万人態勢解除へ 政権方針―【私の論評】自衛隊、米軍、レスキュー隊、警察の皆さん、他の多くの皆々様も本当にお疲れさま、そうして本当に有難うございます!!

被災地の自衛隊、10万人態勢解除へ 政権方針



菅政権は東日本大震災の被災地支援のため、陸海空3自衛隊を動員する「10万人態勢」を近く解除する方針を固めた。特別編成された統合任務部隊は7月初旬にも解散し、それぞれの駐屯地などへ戻る。

自衛隊10万人態勢は震災直後の3月12日、菅直人首相が北沢俊美防衛相に指示し、14日には3自衛隊から統合任務部隊が編成されて陸自仙台駐屯地に司令部を設置した。君塚栄治・陸自東北方面総監が活動を一元的に指揮してきた。

3自衛隊から最大約10万7千人、ヘリ約200機、固定翼機約300機、艦艇約50隻を投入し、行方不明者の捜索や被災者の生活支援、東京電力福島第一原発での放水活動などにあたってきた。10万人という編成規模は自衛隊史上最大だ。

【私の論評】自衛隊、米軍、レスキュー隊、警察の皆さん、他の多くの皆々様も本当にお疲れさま、そうして本当に有難うございます!!
自衛隊の皆さん、3月から今まで、本当にご苦労様でした。思い起こせば、3ヶ月を超える長丁場、10万人以上の方々が参加され、震災直後の救援活動から、行方不明者の捜索から、様々な被災者の支援活動まで、幅広い活動をされました。

自衛隊の活動なしに、今回の被災地支援は、このようにスムーズにはいかなかったでしょう。思い起こせば、阪神淡路のときには、自衛隊の出動がいろいろな法律などの壁に阻まれ遅れましたが、今回は、そのようなこともなく、すぐに出動することができ、まさに、自衛隊の皆様は、この期待に応えてくれました。それに、米軍の皆様、レスキュー隊、警察の皆様ご苦労さまです。それに、報道されなかった無数の善意の人々・・・・・。自分の命を犠牲にしても、多くの人の命を救った方々・・・・・。

このブログでも、震災の直後に自衛隊の方々の活動を掲載しました。特に、私のブログでは、言葉では語り尽くせないので、百聞は一見に如かずという、格言の通多数の画像を掲載させていただきました。これに関しては、以下のURLを御覧ください。

Portraits of SDF―【私の論評】マスコミも報道せず、政府も発表しない自衛隊の真実!!


先回は、画像を多数紹介しましたので、本日は、動画特集で行きたいと思います。

今回の自衛隊の緊急的かつ速やかな出動に被災地の皆さんも感謝しています。下の動画は、自衛隊の応援歌です。自衛隊の方になりかわって、気持ちを代弁しています。




















先日のNHKのクローズアップ現代は、余生を日本で過ごすことに決めたドナルド・キーンの特集をしていました。ドナルド・キーン氏は、米国コロンビア大学の日本文学の教授で、無論米国人です。ドナルド・キーン氏は、今回の東日本大震災により、日本で余生を過ごすことに決めたそうです。それも、日本国籍を取得して、日本に住むことを決めたそうです。

NHKクローズアッフでドナルド・キーンが日本人に魅せられた経緯について説明がありました。

それは戦時中に書かれた日本人捕虜の日記や、文筆家たちの日記でした。キーン氏は、無名の捕虜たちの日記にも心打たれたそうですが、作家のものにも心を打たれ、その中の一つの例として、高見順のものをあげていました。

次の文は、東京大空襲で焼け野原となった東京から母を疎開させるため、上野駅にいった作家高見順が、そこで見た秩序正しく、我慢強、列車の順番を待っている無数の人々の姿について書いたものです。

「私の眼に、いつか涙が沸いていた。いとしさ、愛情で胸がいっぱいだった。私はこうした人々と共に生き、共に死にたいと思った。否、私も、-私は今は罹災民ではないが、こうした人々の内のひとりなのだ。怒声を発し得る権力を与えられていない、何の頼るべき権力もそうして財力も持たない、黙々と我慢している、そして心から日本を愛し信じている庶民の、私もひとりだった」。

この度の東日本大震災で、世界的に話題となった日本人の秩序正しき姿は、戦前から変わることなく受け継がれていたのです。

そうして、高見順の語った、こうした人々と共に生き、共に死にたいと思った人々の心は、被災地の人々の中に生き続けています。そうして、自衛隊の方々にも、そうして、私たちの中にも息づいています。

私も、こうした人々と共に生き、共に死にたいです。被災地の人々や自衛隊の人々のことを見ていて、高見順の気持ちが良くわかりました。また、この高見順の中にある日本人の心に、打たれた、ドナルド・キーンさんの気持ちも本当に良く理解できます。

こうした日本人の心持ちからすれば、現在の政権など、歴史の悠久の流れの中に咲いた一時の徒花に過ぎません。1,000年に一度の震災も、悠久の歴史を持つ我が国の歴史からみれば、ほんの一時のことに過ぎません。天皇制をはじめとする私たち日本人の日本の伝統文化、それに勤勉で実直な国民性は、古から今に至るまで、継承されてきました。

今回の大震災の被害甚大なものでしたが、これによっても、私たち日本の心は、うちひしがれることなく、これからも悠久の歴史の中に燦然として輝き続けるどころか、さらに輝きを増すことでしょう。そうして、こうした勤勉と実直さを強く継承してきた東日本の人々も近いうちに、復興をなしとげ、悠久の歴史の中で共に燦然と輝くことになることでしょう。

【関連記事】

Portraits of SDF―【私の論評】マスコミも報道せず、政府も発表しない自衛隊の真実!!


自衛隊「最新装備」実は世界最高レベルで中国軍丸裸にできる―【私の論評】いろいろな意味で中国幻想は捨て去ろう!!

2011年6月29日水曜日

グーグル「Google+」発表、ソーシャルネットワークへの挑戦再び―【私の論評】コミュニティーの特性を活かしたサービスで巻き返しなるか?

グーグル「Google+」発表、ソーシャルネットワークへの挑戦再び

http://journal.mycom.co.jp/news/2011/06/29/026/index.html


【私の論評】コミュニティーの特性を活かしたサービスで巻き返しなるか?
私自身は、結構長い間、SNSを使用しているのですが、結局のところ使いこなせていないと思います。その理由はいろいろあるのですが、やはり、SNSが現実のコミュニティーに対応していないというのが原因だと思います。

現在の都市部のコミュニティーは、一昔まえのたとえば、農村のコミュニティーとは、随分様相が異なります。一昔前の農村のコミュニティーとは、強制的なものであり、生活に密着しており、土着的であり、生きていくために必要不可欠なものでした。

昔は機械なども、なかったため、農作業といえば、ほとんどが肉体労働であり、田植えも、稲刈りも人力で行っていました。自分の家の田んぼの田植えをするにしても、それが、家族を支えてのに十分なほど広いものであれば、家族総出で作業をするのは無論のこと、他の大勢の人々の力も必要としました。

だから、必然的にコミュニティーができあがり、平等性を確保するため、厳しい掟などもあったわけです。この禁を破れば、村八分となり、生きていけなくなるか、都市部に逃げるくらいしか道はありませでした。また、農村部の閉塞的なコミュニティーを嫌って都市部に移り住んだ人々も大勢いました。ただし、今日では、農村でも從來のようなコミュニティーは姿を消しています。

都市部のコミュニティーは、かつての農村などのコミュニティーとは全く異なります。都市のそれは、地域に限定されるというものではなく、もっと広い地域に分散する人々によって構築されるものです。それに、生活に密着したものから、全く関係のないものなど、様々です。

たいていの人は、複数のコミュニティーに属しているのが普通です。かつての農村のように、地域で限定された一つのコミュニティーというわけではなく、多くの人が職場や、学校でのコミュニティー、趣味の世界のコミュニティー、職業上のコミュニティー、その他の市民活動におけるコミュニティーに属しています。

最近では、SNSなども興隆してきたため、さらに、広範な人々と様々なコミュニティーを構築できる機運が高まってます。しかし、このSNSが、今までのものは使い勝手が悪かったと思います。

SNSにも様々なものがあって、たとえば、facebookなどは、実名を用い、現実世界のコミュニティーと同様であるといわていますが、私自身は、そうではないと思います。なぜなら、やはり、都市部の人は、複数のコミュニティーに属しているのが普通であるということに十分な対応ができいないからです。

確かに、mixiなどであれば、コミュニティーをつくることができるとか、facebookでも、公開グループなどつくることはできますが、それにしても、複数のコミュニティーを使いこなす人にとっては、十分な対応をしているとは思えません。現在のソーシャル・メディアは、コミュニケーション・ツールのみを提供しており、中身についてはほとんど何の縛りもないというのがほとんどです。

私自身は、経済のことについては、素人なのですが、それでも、ある程度マクロ経済は知っているので、それを前提にして、twitterなどに書き込みをすることがあるのですが、それに対して、メッセージを送ってくる人がいて、それが、全くマクロ経済について理解していないので、そもそも、互いに話が全く通じません。全く、土俵が異なるといういった感じです。

そもそも、マクロ経済とは、単なる経済の見方にすぎないのですが、それにしても、それを全く理解していない人と話をするのは、困難を極めます。現在のソーシャルメディアは、常にこのようなことがつきまといます。

最近では、こうしたことを補完する意味もあるのでしょうか、シリコンバレーなどの専門知識を持っている人々の間で使われる、ビジネスに特化した「Linkedin」などというSNSもあります。これは、これで、使っている人には非常に便利なので、それなりに発展しているのだと思います。

では、いくつものSNSをつくれば良いではないかとということになりますが、そのようなものを作ったとしても、最初は特徴があっても、人数が増えてくるにしたがって、特徴が薄れていくというのが実体だったと思います。実際は、どこのSNSも特に特徴がなく、似たようなものになっていたり、なっていくというのが実体なのだと思います。

既存のソーシャルサービスは、すべての人間関係を「友だち」で一括りにし、その全体との情報共有から始まるものが多いですが、実生活におけるコミュニティーは、家族、親しい友だち、親友、会社の上司、職業関係のコミュニティーというように細分化されており、それぞれにコミュニケーションの内容や共有する情報が異なります。上記の文章にもでているように、Google+ではまず、共有したい人を選び、「サークル」というグループに分類します。

私は、そもそもSNSにおける「友だち」という表現が気になります。もともと、日本語で「友だち」とか「友人」と言った場合、単なる、「知り合い」「顔見知り」などとは異なり、もっと深い関係だと思います。そもそも知り合いは沢山いても、友人などそんなに人数が多いわけはありません。誰でも、友達という分類にはそもそも、抵抗があります。

Google+は複数のコミュニティー内の発言や情報共有の違いに合わせたグループ作りから始めることで、適切な人との適切な共有を可能にします。これは、従来のものとの大きな違いです。この機能は、かなり便利だと思います。たとえは、このサークルなど、最初は広くとっておいて、たとえば、何人かの人が経済について詳しいということがわかった場合、経済と命名したサークルの中にいれおけば良いのではないかと思います。

そうすれば、この人たちとは、もっぱら経済の話をすれば良いわけです、相手も、経済以外の話をしても、面白くはないでしょうから、それで、相手側も不満を持つことはなく、かえって、従来よりも、突っ込んだ話ができるようになって、互いにとって大きな益があるものと思います。

こういう人々とも、経済でいろいろ話を重ねていくうちに親しくなれば、他のサークルにも分類するということにすれば、さらに親しくなれると思います。そうして、いままでの、ソーシャル・メディアでは、親友とともにソーシャル・メディアをつかうとか、SNSを使っている人と何回か会っているうち、親友同士になるということはあっても、ソーシャル・メディアを使うだけで親友などできなったと思います。しかし、今回のGoogle+では、そのような可能性も高まるのではないかと思います。

このようなことから、うまくいけば、Googleでは立ち遅れていた、ソーシャルでも、巻き返しを図れるかもしれません。さて、このサービスこれから、どのようになっていくのか、楽しみです。私も、さっそく、登録しました。実際、使えるようになったら、また、レポートしたいと思います。

【関連記事】

『Googleソーシャル検索』ついに上陸! 友人のブログやツイートを結果に表示―【私の論評】ソーシャル・メディアはマネジメントを変えるか?

2011年6月28日火曜日

【コラム】米国の経済回復、日本の生産増加がカギ―【私の論評】米国の野心を満足させるためには不可欠の日本の景気回復が遅れた場合に備えた下準備か?

【コラム】米国の経済回復、日本の生産増加がカギ

本日、ウォール・ストリート・ジャーナルが興味深い記事を掲載していましたので、本日はその要約を以下に掲載します。
  米国の経済成長率見通しがドミノのように崩れている。第3四半期の見通しもこれに追随するのだろうか? 
四半期の実質米GDP伸び率。灰色が2月時点予想、青が実績、緑が6月時点予想

近年の歴史が指針になるとすれば、答えは「イエス」だ。エコノミストらは今年、あまりにバラ色の予測に繰り返しとらわれてきた。例えば2月になっても、ウォール・ストリート・ジャーナルの調査では今年第1四半期の実質成長率の予想伸び率平均は年率換算で3.6%となっていた。実際には、同四半期の成長率はわずか1.9%だった。第2四半期の見通しも、今となっては同様に空想的だったかにみえる。同四半期の成長率見通しは、ひところ3.5%近くと予想されていたが、現在では一部で2%を下回るとの予想が出ている。 
にもかかわらず、第3四半期には成長が盛り返すとの見方がエコノミストの間で依然としてコンセンサスになっている。今週発表される2、3の主要統計によって、こうした予測が再び誤りと判明するかどうか若干の材料が与えられるだろう。 
29日(ニューヨーク時間で28日夜)には日本の5月の鉱工業生産統計が発表される。3月は大地震と津波で同生産は15.5%減少し、4月にはわずか1.6%回復しただけだった。ただし製造業部門は向こう数カ月間、生産が上向くと予想されている。日本は世界の自動車メーカー向けに不可欠な部品を製造している。このため、日本の生産回復を受けて米国の自動車業界は喪失した生産を今後数カ月間で取り戻すはずだ。 
それは米国のGDP伸び率をかなり大幅に加速させることを意味するかもしれない。自動車生産が夏季の機器入れ替えで一時閉鎖されるのが通常だから、なおさらだ。自動車部門はGDPのわずか2.5%しか占めていないが、不振だった第2四半期のあと予想される自動車生産の回復は、第3四半期のGDPの伸びに1%ポイント以上寄与するはずだ、と調査機関マクロエコノミック・アドバイザースは予想している。実際、モルガン・スタンレー自身の第3四半期成長率推定は3.9%で、このうち自動車関連の押し上げ要因が1.5%盛り込まれている。 
しかし、日本の鉱工業部門のV字型の回復が実現しなければ、こうした米成長予測も覆される恐れがある。既に、JPモルガンは日本の5月の生産見通しをそれまでの7%から5.5%に下方修正した。輸出統計が予想に達しなかったためだ。ハイ・フリークエンシー・エコノミクス社の主任エコノミスト、カール・ワインバーグ氏に至っては、5月の生産は実際には2%減少すると予想している。同氏は「日本が急回復していることを示す材料が全くない」と述べている。 
今後の見通しは米国の自動車メーカー次第だ。30日には自動車各社は6月の米販売台数を発表するが、それは生産見通しをアップデートする機会にもなる。結局のところ、自動車が下半期の米景気反発の推進力になるとみられている。その反発がなければ、現在の強い成長予測はそのまま維持できないだろう。
【私の論評】米国の野心を満足させるためには不可欠の日本の景気回復が遅れた場合に備えた下準備か?
さて、本日は、上記の記事の背後にどのような意図があるのか深読みしてみようと思います。まずは、上記の記事の内容、日本の自動車部品製造業が、復興することにより、アメリカの自動車産業も増産することができ、アメリカのGDPの第三、第四四半期のGDPが伸びることが予想されることを述べています。

これは、一見アメリカの国内のことについての記事のように見えますが、私はそうではないと思います。もともと、アメリカの経済は完璧な内需主導であり、GDPの中に占める輸出の割合は数パーセントにすぎません。日本は、16%で、これだけ、この比率が低いのは、世界広しといえども、アメリカだけです。さらに、さらにその中で車両の輸出など、全体からすればほんの微々たるものにすぎません。

無論、米国の自動車のかなりの部分が、国内消費にまわされるものであり、輸出など微々たるものです。確かに、日本の自動車部品メーカーの輸出が滞れば、アメリカの自動車メーカーの生産も伸びはしません。しかし、それが、アメリカの経済にどれほどの影響を与えるかといえば、微々たるものです。

私自身は、たとえ、第三四半期、第四四半期のGDPの成長率が1%台になったからといって、それがが、アメリカの自動車の輸出が伸びないからという上記に説には、かなり違和感を感じます。

そこで、これは、本当は何を意味するのかを考えてみました。これを考える前提条件としてまずは、アメリカなどの新聞、特に大手新聞などは、日本などとは全く異なり、国益のために記事を掲載しています。立場や、考え方など新聞社によって独自のものがあり、共和党よりとか、民主党寄りなどはありますが、大原則としてアメリカの国益にあった記事を掲載します。

そこから考えると、最近のアメリカのデフォルト騒ぎが想起されます。私は、このブログで、最近、アメリカのデフォルト騒ぎは、演出であることを掲載しました。

【NewsBrief】米大統領が財政協議に関与、デフォルト回避に向け与野党幹部と会談へ―【私の論評】アメリカのデフォルト演出は何を意味するのか?日本に強い関わりがあるその意味!!


詳細につきましては、上記の記事を読んでいただくものとして、この記事の要点は、「私が、類推するに、アメリカ側がデフォルト騒ぎを演出するのは、ドルを一時でも、相対的に安くし、アメリカの貿易の振興を図り、一時的に外需主導で、アメリカの景気を良くしようという企てがあるのだと思います」ということでした。日本が、円高傾向、アメリカがドル安傾向になれば、アメリカの輸出は好調となり、それにもともない、自動車の輸出も増えることでしょう。アメリカの隠れた意図はこれなのです。

そうして、この記事の中では、こんなことをする意図として、アメリカは最早経済の復元力がないため、ここ数年は、内需主導型の景気回復はできないことが見えているため、外需による景気浮揚をこころみているのであり、特にこれから、米国と逆に経済の復元力からいって、内需拡大型の景気浮揚が期待される日本に注目しているのだということを掲載しました。

そうして、もし、日本の景気の回復がもたつけば、おそらく、アメリカの外需が伸びる余地がなくなるため、日本にいろいろな外圧をかけてくることが予想される旨も掲載しました。

ここまで書けば、聡明な皆さんのことです。私が言いたいことは、もうほとんどお分かりになったと思います。

そうです。上記の記事、結局は、日本の自動車部品製造業のすばやい復興を促しているのです。復興しなければ、アメリカの輸出が伸びなくなるとして、暗に日本に対して、復興ならびに、景気回復を遠まわしに促しているとみるべきです。

そうして、このような一見些細なことをわざわざ記事に掲載するということは、これから、日本の復興、景気の回復が足踏みした場合に、突然降って湧いたように、圧をかけるのではなく、堀を固めるように、すこしずつ埋めていき、ここぞというときに、徹底的に叩き、かなり強い圧力をかけるための下準備とみるべきです。

アメリカ側は、今後、このような下準備などをしておき、日本の民主党政権が直近で増税するなどの馬鹿真似をしたり、いつまでも、重い腰をあげずに、復興も滞り、景気回復も遠のくことがあれば、徹底的に圧をかけてくることでしょう。

もし、そのようなことになった場合、民主党政権は、言われていることの意味を判断しかねて、右往左往することでしょうが、結局は、アメリカの圧に屈することでしょう。

このこと、アメリカの意図を成就すること、すなわち、アメリカの外需主導の景気回復を成就するために行うことですが、日本経済にとっては、悪くないことです。

このままでは、民主党政権が、とんでもない復興対策案を実施したり、増税などして、さらに、日本のデフレを助長するすることになりそうでしたが、今回ばかりは、それをすれば、アメリカの意図がくじかれるわけですから、そんなことにはなる確率が相当減ったと思います。というところで、私自身は、胸をなでおろしています。

それしても、ハイパーマクロ経済大音痴である、民主党もうダメですね。全く、日本国内、世界もみえていません。困ったものです。しかし、今年の末から来年にかけては、民主党がバカ真似をしかけても、アメリカが圧を加えることでしょうから、そんなことはなくなるでしょう。私たちも、確かに震災、原発で、あまり良い話などありませんが、今後の景気の浮揚には、期待しても良いと思います。

それにしても、民主党の経済音痴には困ったものです。彼らは、本当に経済が判っていないようです。復興に関しても、財源がないなどと大騒ぎしているようですが、マクロ経済の原則である、「カネは天下のまわりもの」という原則も理解していないようです。

本当に、家庭の主婦のカマドを守る感覚です。家庭であれば、旦那の給料は限られており、給料から何かを支払えばそれでお金は消えてなくなるだけです。しかし、復興などにお金をつぎ込むことはそれとは全く異なります。

家もない、収入もない人々が大勢存在していて、ほんど経済活動らしきことをしていないわけですから、そこにお金をつぎこめば、経済活動をしていない人々が自立して、経済活動をして、富を生み出すわけです。そうすれば、そこに新たな税収がうまれくるわけです。デフレだって同じことです。政府が思い切った財政出動を行えば、それか、きっかけとなって、景気が浮揚すれば、大勢の人々の経済活動が始まるわけですから、税収も増えてくるはずです。

お金をだすにも、いろいろあって、子供手当てなどの社会保障などに一度、お金を使うことを決めた場合、一度で終わることなく、原則として毎年拠出しなければならなくなります。しかし、震災の復興や、デフレの克服などは、一時お金をつぎ込んでしまえば、後は、継続してつぎ込み続ける必要などありません。多くの人が、自立したり、以前よりも経済活動を活発化ざせるので、そうなれば、お金をつぎ込む必要はなくなるわけです。

この理屈が何故わからないのでしょうか?彼らの感覚からすれば、復興などに巨額のお金を拠出することは、それは、火のなかにお札を投げ入れるのと同じで、もうそれでお金はこの世の中から消えると思っているのではなかろうか疑ってしまいたくなります。いや、やはりそうなんでしょうね。だから、財源、財源と騒ぐのだと思います。

しかし、そんな考え方では、経済の舵取りなど全く不可能です。こんな連中が政権をになっていてはどうしようもありません。これは、自民党の少なくとも、谷垣総裁も同じようなものです。困ったものです。

そんなことを言ってばかりいても、しょうがないです。あてにならないものは、あてにすべきではないです。私たち、企業経営に関わるものは、直近の景気浮揚を最大限に活用して、徹底的に企業の財務体質などを改善・改革し、次世代の企業として脱皮する道を選択すべきです。そうして、特に経済面では今までもそうだったように、財務省のいいなりになり、掌で弄ばれている大馬鹿政府を支えていく意外に打開策はないと思います。

【関連記事】

【NewsBrief】米大統領が財政協議に関与、デフォルト回避に向け与野党幹部と会談へ―【私の論評】アメリカのデフォルト演出は何を意味するのか?日本に強い関わりがあるその意味!!

建国以来はじめて公務員の数を数えた「公務員天国」ギリシャはメルトダウン寸前―【私の論評】愚民国家ギリシャと日本を並列に並べて論じた愚鈍マスコミ、終了しました!!

財政改善へ「与野党の検討会議を」 菅首相が所信表明―江戸時代と同レベルの日本の経済対策?

来年度の国債発行「44.3兆円超えないよう全力」と菅財務大臣が発表―これでは経済はダメになるばかり!!政治家がマスターすべきマクロ経済の鉄則!!

2011年6月27日月曜日

ドラマ『JIN』最終回はシリーズ最高視聴率26.1%で幕〜瞬間最高は31.7%―【私の論評】私たちは、過去の歴史から、未来まで連綿としてつながってる!!

ドラマ『JIN』最終回はシリーズ最高視聴率26.1%で幕〜瞬間最高は31.7%


俳優・大沢たかお主演の人気ドラマ『日曜劇場 JIN-仁-』(後9:00〜 TBS系)が26日に最終回を迎え平均視聴率26.1%、瞬間最高視聴率は31.7%を記録した(ビデオリサーチ・関東調べ)。2009年に前作が放送され同じく最終話でクール最高の25.3%を記録し、同年の「ドラマ年間視聴率TOP10」で2位を獲得した人気作。完結編となった今回の最終話で全シリーズを通じて最高平均視聴率をたたき出し、盤石の強さを見せつけた。

原作はシリーズ累計680万部を超えた村上もとか氏の同名タイトル漫画。天才外科医として現代を生きてきた主人公・南方仁が江戸時代へタイムスリップし、医療器具もままならない時代のなかで“命”の尊さと向き合って行く物語。医術を通して幕末の英雄・坂本龍馬(内野聖陽)らと出会い、自身も激動の歴史の渦に飲み込まれていく仁先生の姿は原作にもひけをとらない、大反響を呼んだ。

続編となった今回は、前作での全ての謎が解き明かされるとあって、放送前から注目度はダントツ。今年3月に発表した「春ドラマ期待度ランキング」(オリコン調べ)で圧倒的な支持率でトップとなり、初回放送も平均視聴率23.7%と期待値に応えるべく好スタートを切り、堅調な数値をキープしてきた。

プレッシャーは主演の大沢はもちろん、スタッフ陣も感じてきたことはいうまでもないが、関東では全編平均視聴率が20%を超え、関西地区では初回から最終話まですべての回で20%を上回る好成績。今年は“ドラマ氷河期”ともいわれ、各局では最高視聴率でも20%を超えるヒット作は数えるほどしかないなか、期待に応え有終の美を飾った。

【私の論評】私たちは、過去の歴史から、未来まで連綿としてつながってる!!
このドラマの筋書きなどに関しては、このドラマ自体をご覧になった方もいるだろうし、原作のアニメを読まれた方、さらには、他のサイトなどでも十分紹介されていますので、皆さんは、それを十分ご存じであるものとして、ここでは、このテレビドラマがなぜ、かくも高視聴率になったのかを考えてみたいです。

比較的最近で、ここれに匹敵するほどの視聴率を稼いだ、ドラマは、あのNHKの『篤姫』でした。このドラマも、時代劇であり、幕末であるということでは、『仁』と共通しています。


私のブログでは、この『篤姫』について、高視聴率であった理由を分析しました。まずは、その核心部分を以下に掲載します。
なぜ、篤姫が高視聴率なのか、脚本がどうのとか、キャストがどうのという話は抜きにして、やはり世相を反映しているだろうと思います。
最 近の日本、どこをみても閉塞感ばかりです。これは、明治維新の前の日本の社会も同様だったと思います。徳川の幕藩体制が長く続き、徳川幕府の力も衰え、人 々の間に閉塞感が鬱積していたのだと思います。この閉塞感を打ち破ったのが明治維新です。そうして、これは大きな社会改革でもありました。
私 は以前このブログで、金融危機後には社会の変革や、すでに変わってしまっている社会に追いついていないインフラや、システムに関して、改革していくことが 重要であるということを掲載しました。今の時代には消費者ニーズの深耕はやめよなどという大胆なことも書きました。その現象を端的に示すのが、「大草原の 小さな家」のDVDシリーズの販売であったり、演歌の興隆であることを書きました。 
幕末でも、同じことです。閉塞感はあるものの、あくま で閉塞感であり、一般の人々は何をどうしたら良いのか分からなかったと思います。この時代に人々からアンケートをとったり、人々のニーズを一生懸命汲み 取ったとしても明治維新は成し遂げられなかったでしょう。なぜなら、明治維新後の社会はそれまで日本の歴史がみたことのない未来だったからです。まさに、 「歴史がみたことのない未来」が始まったのです。 
さて、私たちの今の時代も、こうした今だ「歴史がみたことのない未来」が始まりかけてい るのでしないでしょうか。明治維新は、それまでとは全く違った社会から、今日私たちが住む社会への移行の時期だったと思います。移行の時期だった ということでは現代と同じなのだと思います。多くの人の中に、無意識であれ、明治維新のような変革への期待があるのだと思います。 
明治維新は多くの人々の自己犠牲 による、世界にまれに見る無血革命でもありました。そうして、これらの基礎を築いたのが、篤姫や当時の幕末の志士だったのです。また、篤姫は、維新に大きな役割を果たした薩摩藩の出身でありながら、後に徳川幕府側の人間として維新をむかえる立場になりました。こういった立場から物語をつくることにより、ぐっと大きな背景を持つ番組になることができたのだと思います。だから、こそ篤姫の視聴率があがっているのではないでしょうか?
さて、この『篤姫』の高視聴率の分析、一言でまとめてしまえば、時代の閉塞感から、日本とって大変革である明治維新の原動力となった人々の物語ということで、高視聴率となったということです。この『篤姫』が放映された時代は、まだ、日本は自民党政権下にあり、多くの人々が自民党に幻滅して、閉塞感をいだいていた時にあたります。

多くの人々が、とにかく、何か変わらなければならないと思いつつ、何も変わらない閉塞感が蔓延していたと思います。こうした閉塞感から、政治の世界でも何か変化が欲しいという多くの人々ののぞみが、自民党さえ政権の座からおりて、全く異なる人々の手による新たな政権である、民主党が政権の座につけば、それだけで世の中は大きく変わるだろうという期待感があったと思います。だからこそ、翌年の選挙の政権交代につながったのだと思います。

さて、それから、1年以上を経過し、明らかになってきたのは、民主党が政権の座についても、結局は、何も変らないという現実でした。結局民主党も、自民党の焼き直しの政党にすぎず、両方共、選挙互助会の役割しか果たしていないことが、白日のもとに晒されたのです。人さえ、変われば、政治も良い方向につながると考えていた人々は、閉塞感をとおりこして、ある一種の虚無感にすら取らわているのだと思います。

『篤姫』では、登場するのが、すべて歴史上に名を残した有名人物でした。これに比較すると、仁の主人公は、現代の普通の人です。ただし、過去の世界にはなかった、先進的な医術を持った医師でした。

主人公の南方仁は、医師であるという点をのぞけば、ごく普通の人であり、何もなければ、おそらく、歴史に名を残すこともなく、平凡な人生を終える人物です。その平凡な人間が、過去にさかのぼり、大きな歴史の流れはともかくとして、坂本龍馬などの人物と交流して、わずかではあるものの、世の中を変えてしまうという設定が、多くの人に魅力的だったのだと思います。

ただし、それだけでは、『篤姫』を超える視聴率になったことの説明はつかないと思います。私は、平凡な人物が、過去にさかのぼり、過去の人と交流し、戸惑いながらも、その時代の人々のために努力し、わけもわからないまま、その間一生懸命に生きたことが、微力でありながも、世の中(ドラマの中ではパラレルワールドとなっている)を良い方向に変えてしまったという事実が、そうして、それが、現在まで、連綿と繋がっているというストーリーが、多くの人々の共感を生んだのだと思います。

さらに、坂本龍馬という両方のドラマに共通のキャラクターについても、忘れてはならないと思います。坂本龍馬についても、このブログに掲載したことがあります。それを以下にコピペします。
当時大活躍した、坂本龍馬も、他の志士たちも、幕臣も、それに学者や、公家たちも、当時、外国からの脅威をかわすために、日本としていろいろ実施しなければならないことがあり、その順番や、方法などについては意見がわかれて、いろいろ考え方があったにしても、根底では日本人、日本国という考え方では共通していたと思います。天皇を頂点とする国民国家であること、そうして、幕府によらない、新たな国民国家をつくらなれればならないということでは一致していたのではないかと思います。 
どんなに意見が異なっても、天皇制を頂点とする日の本の国の人間として、気脈を通じることができたのではないかと思います。だからこそ、坂本龍馬のなしえた、大偉業でもある、薩長同盟を成立させることができたのではないですか?明治維新はあのように急速に実施することができたし、結果としては、同規模の他の世界の革命が流血革命だったにもかかわらず、ほとんど流血や内乱などがなかったのだと思います。 
もし天皇制が日本に存在していなかったら、他国と同じように、幕府という為政者とそれに対抗する為政者を目指す新たな勢力とのまともなぶつかりあいとなり、他国と変わらぬ、流血革命となり、被害も甚大だったに違いありません。いや、そのようにして、互いに争っているうちに、当時の中国(清国)のように、欧米列強の植民地になっていたかもしれません。
現在は、前後66年を経て、日本は、安全保障など、アメリカに委任しているという不可思議な状況が続き、国民国家意識がかなり薄れています。さらに、現在は、民主党が政権の座につき、彼らは、日本国解体を目論んでいます。これに関しては、日本の左よりの、新聞ですら、「日本国解体法案」などという表記をしています。民主党は、国民国家の消滅を隠れ党是とし、何かこれが新しい動きであるかのように思い込んでいます。

しかし、それは、全くの錯誤です。すでに産業革命の時代の初期から、国家間の経済的な相互依存性は国民国家主義的な情熱よりも強く作用するするはずであると説かれてきました。要するに、国家間の経済的な相互依存性によって、いずれは、国民国家は消滅するであろとうという考えです。最初にこれを言ったのはドイツの哲学者、イマニュエル・カントでした。「国家の死滅」を現したカール・マルクスも、1950年代、60年代のバードランド・ラッセルなどの最高頭脳が、国民国家の死を予告してきましたが、結局はその通りにはなりませんでした。事実は逆でした。

旧ソ連邦の最期の大統領ミハエル・ゴルバチョフ氏も、国民国家よりも、経済的な結びつきの方が強いだろうと考えていたのが、旧ソビエトの解体でそうではなかったことがはっきりしました。その後のドイツの統一、それに続く東欧諸国の政変により、この時期にフランシス・フクヤマが「歴史の終わり」を書いたにもかかわず、国民国家の新たな歴史が始まったといっても過言ではありません。

少なくとも、今の時点でも、政治的な情熱と国民国家が、経済的な合理性と衝突したときには、必ず国民国家のほうが勝利してきています。一時、後退したようにみえても、必ず後では勝利をおさめています。これに関しては、最近のジャスミン革命も同じ流れにあると思います。

これらのドラマ、どちらも、日本が西洋列強に負けまいとして、もともと、国民意識が芽生えていた、日本に、強力な国民国家を設立するための、革命ともいうべき明治維新を扱っているという共通点かあります。

やはり、人々の根底には、強力な国民固化の再興という意識があるに違いありません。

さらに、『仁』においては、最近の震災の後に最終回が放送されたということもあり、戦後の誤った安っぽい個人主義など、本当に虚しいし、そんな個人主義が跋扈する世の中は、生きるに値しないということを人々に思い起こさせたにのではないかと思います。あの震災によって、地域が分断され、家族が分断され、親子が分断され、親子が分断され、友人が分断され、今、被災地の人たちは、それを取り戻そうと必死です。こんな、状況において、個人主義を標榜してみても、被災地の人々には何の慰めにもなりません。

無論、人間として個を確立しなければ、社会人としてやっていけませんが、それにしても、過度の個人主義は、社会を破壊します。そのことが、多くの人々の中に、テレビドラマ『仁』によって想起されたか、あるいは、少なくとも潜在意識に訴えたのだと思います。

個人主義は虚しいです。個人主義では、すべてが自己で完結します。多数の人々と、努力したり、苦労をわかちあったり、あるいは、喜びをわかちあったりはしません。それは、地理的な分断だけではなく、歴史的な分断をも意味します。個人主義を強く意識する人は、まわりの人は、過去の人々とも、未来の人々とのつながりが全くありません。死んだら、それでおしまいです。後には、何も残りません。

「仁」は、あのようなSFのような筋立てではありましたが、パラレルワールドであろうが、なんであろうが、私たちは、過去から連綿と繋がっているのだということを思い起こさせたと思います。そうです。私たちは、この日本という国の中で、共通の伝統文化を持ち、空間的にも、歴史的にもつながっており、さらには、未来にわたっても、つながっていく存在であり、そのなかで、多くの人とつながりをもつ、個人が、何かを成せば、たとえ微力であったとしても、確実に世の中が変わることを、私たちに思い起こさせたということで、私たちに強く訴えかけたのだと思います。だからこそ、あのような高視聴率番組になったのだと思います。

このような番組が高視聴率を得る日本。素晴らしいではありませんか。世の中は、移り変わり、仁のように、ドラマの表現方式も昔とは変わっていますが、それにしても、今の日本には、日本人の精神が生き残っている査証だと思います。

現在の政権など、歴史の悠久の流れの中に咲いた一時の徒花に過ぎません。1,000年に一度の震災も、悠久の歴史を持つ我が国の歴史からみれば、ほんの一時のことに過ぎません。天皇制をはじめとする私たち日本人の日本の伝統文化、それに勤勉で実直な国民性は、古から今に至るまで、継承されてきましたが、これからも悠久の歴史の中に燦然として輝き続けるどころか、さらに輝きを増すことでしょう。そうして、こうした勤勉と実直さを強く継承してきた東日本の人々も近いうちに、復興をなしとげ、悠久の歴史の中で共に燦然と輝くことになることでしょう。

【関連記事】

【主張】外国人参政権 争点隠しはフェアでない―本当の意味で過去の歴史を見直すべきとき!!


中国の「麻薬犯罪」を暴露した米下院報告書がヤバすぎる…!ついに明らかとなる「21世紀版アヘン戦争」の非道な中身―【私の論評】非対称戦の可能性、日本も対岸の火事ではない

中国の「麻薬犯罪」を暴露した米下院報告書がヤバすぎる…!ついに明らかとなる「21世紀版アヘン戦争」の非道な中身 藤 和彦 経済産業研究所コンサルティングフェロー まとめ ブリンケン米国務長官の中国訪問後、米中関係が悪化する新たな火種となるリスクが浮上した。 米下院委員会が、中国政...