2025年9月3日水曜日

歴史をも武器にする全体主義──中国・ロシア・北朝鮮の記憶統制を暴く


20159月に行われた「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の軍事パレード=北京の天安門前

まとめ

  • 中国共産党の抗日戦勝利叙述は1937年の洛川会議で始まり、1994年の愛国主義教育綱要や2014年の記念日法定化で国家的に固定された。
  • 米国の研究者やシンクタンクは、中国共産党の戦功を「虚構」と批判し、実際の主力は国民党軍であったと指摘している。
  • 毛沢東は1972年の田中角栄との会談を含む複数の場で「日本の侵略が共産党の台頭を促した」と語り、公式叙述と現実の間に矛盾がある。
  • 中国の歴史統制はロシアや北朝鮮の記憶統治と共通し、法制度・教育・演出で国家に都合の良い歴史を作り上げている。
  • 1937年から2025年までの年表や比較表から、中国・ロシア・北朝鮮の三国が歴史を政治的正統性のために制度化・固定化してきた流れが見える。
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🔳「抗日勝利」の物語はどこから始まり、いま何に使われているのか
 

中国共産党は9月3日に「抗日戦争勝利記念」の式典を大々的に行い、自党こそが日本軍を打ち負かした主役だと強調する。終戦80年となる今年は、プーチンや金正恩らの来訪も報じられ、内外へアピールする色合いが濃い。こうした戦時ナラティブの再強化は近年の既定路線であり、習近平体制は第二次大戦の記憶を国内統合と対外メッセージの両方に使っていると米主要紙は指摘する。ウォール・ストリート・ジャーナルは、共産党が自らの役割を前面に出して戦後秩序の「共同の担い手」を装い、台湾問題など当代の政治課題へ結びつけていると報じた。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

この種の国家的演出は国際メディアでも広く取り上げられ、ガーディアンやAPは、軍事パレードを含む大規模行事が「大国間対立の文脈での歴史動員」であることを描いている。(ガーディアン, AP News)

「共産党軍が抗日戦の正統な主体」という自己規定は、日中戦争開戦直後の1937年8月、陝西省で開かれた洛川会議に遡る。ここで中共中央は「抗日救国十大綱領」を採択し、紅軍を八路軍として“抗日の主力”に位置付けた。中国政府系の公的解説でも、洛川会議が対日抵抗路線と八路軍の役割を明確化した節目だったことが記されている。(china.org.cn)

もっとも、戦後しばらくは記念日の体系が整っていなかった。現在の記念日制度は2014年に全人代常務委が9月3日を「中国人民抗日戦争勝利記念日」、12月13日を「南京大虐殺国家追悼日」として法定化したことに端を発する。政府・公的資料で決定過程が確認できる。(us.china-embassy.gov.cn, 中国法翻訳, ウィキペディア)

🔳「虚構」批判と、毛沢東の“感謝”発言という矛盾
 
この党史叙述に対しては、米国の研究者・メディアから一貫した反論がある。ハドソン研究所のマイルズ・ユーは2025年の論考で、共産党の対日戦「武勲」は誇張であり、戦時の主力は蒋介石の国民党軍で、共産党は戦力温存に努めたと断じた。(hudson.org, Hoover Institution)
同趣旨の指摘は2014年の『ザ・ディプロマット』にも見られ、国民党軍が正面戦で主に戦い、共産党は内戦を見据え勢力を伸ばしたという構図が示されている。(The Diplomat)
戦後記憶の再編については、WSJが習政権の「歴史書き換え」を分析し、ラナ・ミッターら歴史家の見解として、国民党・台湾・米国の貢献が矮小化されている事実を伝えている。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

毛沢東

決定的なのは毛沢東自身の言葉だ。毛は建国(1949年10月1日)後、複数の場で「日本の侵略がなければ、国共合作も、最終的な権力獲得もなかった」と趣旨の発言をしている。とりわけ1972年9月27日の田中角栄との会談に関連し、「日本には感謝せねばならぬ」との言辞が出たと記録され、出典付きで“毛沢東の対日発言”論争として整理されている。一次資料の完全な逐語録は限定的だが、史料化された公的アーカイブや研究史で「侵略が共産党の台頭を促した」という毛の認識自体は確かめられる。(ウィキペディア)

すなわち、毛は日本軍と主に戦ったのは国民党軍である現実を踏まえつつ、その侵攻が結果として共産党の伸長を促したと評価した。一方で党は1937年の洛川会議で「共産党こそ抗日の主体」と公式化し、戦後は国民党の戦功を自党の物語に吸収していった。ここに「発言」と「公式叙述」のズレが生じる。

この矛盾は中国に限らない。ロシアでは2020年の憲法改正で「歴史的真実の保護」を明記し、記憶を法と憲法で固定化した。学術レビューは、憲法67.1条2項が“歴史の武器化”に使われていると分析する。さらに2014年導入の刑法354.1条(“ナチズムの賛美・正当化”)は、第二次大戦史の異説を萎縮させる道具として運用されてきたと法学者は指摘する。(スプリンガーリンク, PONARS Eurasia, Verfassungsblog)
北朝鮮も建国以来、金日成の「抗日パルチザン」神話を国家正統性の核に据え、党史・教材・記念施設で徹底的に再生産してきたことが、比較政治・朝鮮研究の蓄積から知られている(ここは学界一般知として要点のみ挙げる)。

以上を踏まえると、全体主義・権威主義体制の本質は「事実より政治」を優先し、国家目的に適合する形で歴史を設計・固定することだと言える。中国の対日戦叙述はその典型であり、ロシアや北朝鮮の“記憶統治”とも共通の手口を示す。

🔳年表と比較で見る「記憶の制度化」

簡易年表(1937→1949→1994→2014→2015→2021→2025)

  • 1937年:洛川会議。「抗日救国十大綱領」を採択、八路軍を抗日主体に位置付け。(china.org.cn)

  • 1949年:中華人民共和国成立(10月1日)。

  • 1994年:愛国主義教育綱要が発表され、学校・博物館・メディアで対日戦記憶の定着が加速(政府方針・教化政策として制度化)。

  • 2014年:全人代常務委が9月3日を「抗日戦争勝利記念日」、12月13日を「南京大虐殺国家追悼日」に法定化。(us.china-embassy.gov.cn, 中国法翻訳, ウィキペディア)

  • 2015年:戦後70年の大規模軍事パレードを実施。

  • 2021年:共産党「歴史決議」を採択。習近平を“百年史の中心”に位置づけ、歴史解釈を公式に固定。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

  • 2025年:終戦80年の一連行事。海外主要紙は、戦時記憶の再動員と対外戦略の接続を指摘。(ウォール・ストリート・ジャーナル, ガーディアン, AP News)

中国・ロシア・北朝鮮の「制度化・法制化・演出」比較

区分 中国 ロシア 北朝鮮
制度化 記念日法定化(2014年)と愛国主義教育の全国展開(1990年代以降) 「歴史歪曲対策」機関設置(2009年)など記憶行政の拡充 党史・教材・記念施設で指導者神話を恒常再生産
法制化 記念日決定の法令化、歴史決議(2021年)による正史固定化 憲法67.1条に「歴史的真実」条項、刑法354.1条の運用拡大 「唯一思想体系」関連規範で歴史叙述を統制
演出 軍事パレード、映画・連ドラ・博物館の演出強化 戦勝記念パレード、記念碑・博物館群の国家演出 映像・文学・記念日動員による英雄譚の上塗り

(ロシア憲法・刑法の位置付けは法学レビュー・憲法学ブログが詳しい。(スプリンガーリンク, PONARS Eurasia, Verfassungsblog))

中国では南京事件を題材とした中国映画「南京写真館」が好調

結語

洛川会議で掲げられた「共産党こそ抗日の主体」という旗印は、戦後の記憶政治で法と制度にまで昇華された。だが、戦時の主力は国民党軍であったという実態、そして毛沢東自身が“日本の侵略が共産党の伸長を結果として促した”と語った事実は、党の公式物語と噛み合わない。ここにこそ、全体主義が繰り返す「事実より政治」の本性が露出する。2025年の記念行事まで連なる長い軌跡は、その証拠である。(hudson.org, The Diplomat, ウォール・ストリート・ジャーナル, ウィキペディア)

※注:毛沢東の「感謝」発言は1972年会談を含む複数の場面で伝えられており、研究的整理の出典として参照しやすいのは英語版の概説記事である(当該項目は出典リンクを多数付す)。逐語の一次史料は限定的だが、趣旨の把握には足りると判断した。(ウィキペディア)

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