まとめ
- 米国は核心問題が未解決のまま承認すれば和平交渉が崩壊すると判断し、パレスチナを国家承認していない。
- トランプは2025年、他国の承認を強く批判し、ガザを米国が管理する独自案を提示するなど承認そのものに反対の立場を鮮明にした。
- 第一次政権期(2017~2021年)のトランプは承認問題を避け、エルサレム首都承認やアブラハム合意でイスラエルの地位強化に専念した。
- サウジは「二国家解決」を掲げながら実務ではイスラエル接近を進め、米国の戦略を支えつつ地域秩序を複雑化させている。
- 現状のパレスチナ自治政府は軍事力も統治能力も脆弱で、過激派の影響を受けやすい。このまま承認すれば中東は不安定化する。英仏や国連の承認は無責任であり、我が国が承認しない判断は正しい。
米国がパレスチナを国家として承認しないのは、外交と安全保障の冷徹な計算に基づくものだ。1988年にパレスチナ解放機構(PLO)が独立を宣言すると、多くの国が承認に動いた。しかし米国は追随しなかった。理由は単純である。国境、エルサレムの帰属、難民問題など未解決の核心課題を棚上げにしたまま承認すれば、和平交渉そのものが瓦解しかねないからだ。
PLOのアラファト議長(当時) |
2012年の国連総会でパレスチナは「非加盟オブザーバー国家」として認められた。だが米国はこれにも賛同せず、安全保障理事会では拒否権を行使して加盟を阻止してきた。背景にあるのは、イスラエルとの同盟と、パレスチナ内部の分裂や武装組織の存在に対する警戒である。承認を与えないことは、交渉の場に引き戻すための圧力でもあるのだ。
2️⃣トランプの政策と米国の位置づけの変化
トランプ大統領は、この従来路線をさらに鮮烈に打ち出している。2025年9月、イギリスのスターマー首相がパレスチナ承認を決定すると、トランプは強く批判した。同年7月、フランスのマクロン大統領が承認の意向を示したときも「意味がない」と一蹴している。カナダやオーストラリア、ポルトガルの承認にも追随せず、断固として拒否の姿勢を崩さなかった。さらに「ガザ地区を米国が管理する」という独自案まで示し、従来の二国家解決論とは一線を画した。
第一次政権期(2017~2021年)のトランプは承認問題に触れず、イスラエルの地位強化に徹した。大使館をエルサレムに移転し、首都承認を断行。さらに「アブラハム合意」でイスラエルとアラブ首長国連邦、バーレーンなどの国交正常化を仲介した。パレスチナ問題を国際舞台の主役から外すことに成功したのである。
一方で2025年のトランプは、承認に「明確な反対」を突きつけ、他国の決定を公然と批判し、自らの構想を提示する段階にまで踏み込んだ。過去が「棚上げ外交」だったのに対し、今は「反対外交」へと変わったのである。
冷戦期からオバマ政権期まで、米国は調停者としての顔を装い、イスラエルとアラブ双方に目配せをしてきた。しかしトランプはその均衡を破り、イスラエル寄りを鮮明にしたうえで、アブラハム合意を通じアラブ諸国との関係も強化した。いまや米国は「仲介者」ではなく、「イスラエルを起点に中東秩序を再編する推進者」として振る舞っているのだ。
3️⃣サウジの二重戦略とパレスチナ承認の危険性
サウジアラビアの動きも決定的である。表向きは「二国家解決」を唱えつつ、実務ではイスラエル接近を容認する。イランとの対抗、経済利益、安全保障の必要からだ。国内世論を意識して原則を掲げながら、裏ではイスラエルとの接触を進めるという二重戦略を採っている。これにより米国はイスラエル寄りの姿勢を取りながらも、アラブ諸国の支持を確保できる基盤を築いた。
しかし根本の問題は、パレスチナ自治政府そのものが脆弱であることだ。自前の軍隊はなく、財政はイスラエルの税収移転や国際援助に依存する。ガザと西岸は分裂したまま、統治の正統性は揺らぎ、汚職も蔓延している。過激派の影響をまともに受ける組織を、このまま「国家」として承認すれば、安定どころか大混乱が待ち受けている。
パレスチナ自治政府のマフムード・アッバース議長 |
真に国家として機能させるには、安全保障の強化、財政自立、統一選挙、司法独立といった改革のロードマップを実行しなければならない。だが現状、その実現は遠く、承認を先行させれば混乱を加速させるだけである。
それにもかかわらず、イギリスやフランスが承認に踏み切ったのは無責任であり、国連がこれを後押しする姿勢はさらに無責任の極みだ。トランプが独自の中東政策を打ち出しているが、トランプに限らず誰かがパレスチナを本物の国家に育てない限り、平和は訪れない。
だからこそ、我が国が現時点でパレスチナを国家として承認しないという判断は正しいのである。中途半端な介入はかえって混乱を招くだけであることは歴史が証明している。これを誤れば、中東は火薬庫として爆(は)ぜ続けるだろう。
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