2024年6月6日木曜日

GX投資、北海道に/政府が特区指定、「金融センター」高まる期待―【私の論評】北海道は原子力活用で世界のエネルギー先進地を目指せ

 GX投資、北海道に/政府が特区指定、「金融センター」高まる期待

まとめ

  • 政府が北海道・札幌市など4地域を「金融・資産運用特区」に指定し、GX投資拡大を目指す。
  • 北海道全域が初の国家戦略特区となり、今後10年で40兆円のGX投資を呼び込む計画。

「金融・資産運用特区」に指定された四地域

 政府は国内外の資産運用会社の参入や業容拡大を後押しする「金融・資産運用特区」に、脱炭素化に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)投資の拡大を目指す北海道・札幌市など全国4地域が提案した特区を指定した。北海道全域を初めて国家戦略特区に指定することも決め、銀行によるGX事業への出資緩和など各種の規制緩和を進める。特区への指定を受け、北海道・札幌市は今後10年で40兆円のGX投資を呼び込む国際金融センターとなるための取り組みを加速する。

【私の論評】北海道は原子力活用で世界のエネルギー先進地を目指せ

まとめ
  • 北海道のGXでは、まず泊原発の再稼働、将来的には小型モジュール炉(SMR)、核融合技術の導入をすべき。
  • それまでのつなぎとして、現実的な選択肢として、天然ガスの効率的利用をし、安定した電力供給とCO2排出削減を両立させるべき
  • 北海道のGXは、自然環境への影響を最小限に抑えつつ、高度技術産業の誘致によって産業構造の高度化を図るべき。
  • 北海道のGXは、将来の理想と現実のバランスを取りながら進めるべき。
  • 北海道は、せっかく巡ってきたチャンスを大いに活用すべきであり、本当の意味でのエネルギー利用・活用の世界のフロンティアになることを目指すべき。
GX(グリーントランスフォーメーション)とは、「Green Transformation」の略で、経済社会システム全体を脱炭素化に向けて転換していく取り組みを指します。

主な内容は以下の2点です:
  • 産業構造の転換:CO2排出量の多い産業構造から、再生可能エネルギーや水素、アンモニアなどのクリーンエネルギーを中心とした低炭素型の産業構造へ転換すること。
  • 社会システムの変革:エネルギー供給だけでなく、交通、住宅、ライフスタイルなど、社会システム全体を環境に配慮した持続可能な形に変えていくこと。
GXは単なる技術革新だけでなく、企業の事業モデルや個人の生活様式まで含めた、広範かつ根本的な変革を意味します。日本政府は2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、このGXを国家戦略の中核に位置付けています。

「グリーントランスフォーメーション(GX)金融・資産運用特区」は、日本政府が推進する脱炭素化戦略の一環として設立されました。この特区の主な目的は以下の2点です:
  • GX投資の拡大:脱炭素化技術や事業への投資を大幅に増やすことを目指しています。特に北海道・札幌市は、今後10年間で40兆円というかなり大規模なGX投資を呼び込むことを目標としています。
  • 金融・資産運用業界の活性化:国内外の資産運用会社が日本市場、特にGX関連分野に参入しやすくするため、規制を緩和します。例えば、銀行がGX事業に直接出資できる範囲を広げるなど、金融機関の投資活動の自由度を高めます。
さらに、北海道全域が初めて国家戦略特区に指定されたことで、地域全体でGX投資を促進する環境が整備されます。これにより、札幌市を中心に北海道が国際的なGX金融センターとなることを目指しています。

私自身は、GXについては反対です。反対理由を以下に述べます。

GXの中核である「2050年カーボンニュートラル」という目標設定自体に問題があります。この目標は科学的根拠や経済的実現可能性の検討が不十分なまま政治的に決定されたものです。パリ協定の2℃目標でさえ、その科学的基盤には不確実性が高いことが指摘されています。にもかかわらず、日本はより厳しい目標を掲げ、GXという大規模な社会変革を急いでいます。

次に、エネルギー政策の観点から見ると、GXは日本のエネルギー安全保障を危うくします。再エネは気象条件に左右され、安定供給が困難です。一方、原子力発電は安定した低炭素電源ですが、GXの議論では軽視されがちです。また、水素やアンモニアの大量調達は新たな対外依存を生み、地政学的リスクを高めます。エネルギーミックスの柔軟性を失うことは、日本の国家安全保障上の重大な脅威となります。

さらに、GXは技術的な過大評価に陥っている面があります。例えば、CO2回収・貯留(CCS)技術は、GXの重要な柱の一つとされていますが、大規模展開には地質学的制約や住民の同意など、多くの障害があります。同様に、水素社会の実現にも、インフラ整備から安全基準の策定まで、膨大な課題が山積しています。技術の可能性を過大評価し、その困難を軽視することは、無責任な政策立案と言わざるを得ません。

加えて、GXの経済的影響は日本の社会構造に深刻な歪みをもたらします。高コストのGX投資は企業の収益を圧迫し、賃金上昇や設備投資を抑制します。その結果、経済の停滞と格差の拡大が予想されます。特に、中小企業や地方の製造業は、高コストに耐えられず、廃業や海外移転を余儀なくされるでしょう。これは、地域社会の崩壊や技術の海外流出につながります。

最後に、GXの国際的な視点も欠けています。気候変動は地球規模の課題であり、新興国や途上国の協力なしには解決できません。しかし、高コストのGXモデルは、これらの国々には適用困難です。日本は、自国の取り組みに固執するのではなく、世界各国の事情に適した多様な脱炭素化路線を支援すべきです。例えば、低コストで信頼性の高い原子力技術の輸出や、各国の産業構造に合わせたCO2削減技術の共同開発などが考えられます。

要するに、GXは環境保護という崇高な理念に基づいていますが、その実行計画は科学的、経済的、社会的、国際的な観点から多くの問題を抱えています。イデオロギーや政治的な思惑に左右されることなく、冷静かつ現実的な分析に基づいた政策立案が急務です。日本は、GXを見直し、国益と地球益の双方に資する、より賢明なエネルギー政策を構築する必要があります。

北海道・札幌市が「GX金融・資産運用特区」に指定されたことで、地域に予期せぬ影響が生じる可能性があります。40兆円という巨額の投資目標は、投機的な資金を引き寄せ、短期的な経済活性化をもたらすかもしれません。しかし、それが一時的なバブルに終わるリスクも否定できません。また、GX関連企業への優遇措置が、農業や観光業など北海道の主要産業を相対的に不利にし、地域経済の不均衡を生む可能性も考慮すべきです。

さらに、注目すべき点は、北海道が「エネルギー資源の外部依存」の状態に陥るリスクです。GX特区により、道内に大規模な風力・太陽光発電所が建設されますが、その多くは道外や海外の大企業によって所有・運営される可能性があります。彼らは北海道の豊かな自然を利用してクリーンエネルギーを生産し、そのほとんどを本州に送電するかもしれません。この場合、北海道は一時的な経済効果は得られても、長期的な利益の大部分が道外に流出する事態が懸念されます。

この問題は、小樽市の事例に象徴されています。小樽市は2023年、市有地約600ヘクタールでのメガソーラー建設計画を事実上拒否しました。この決定は、数カ月にわたる慎重な検討と、市民の意見を反映した結果でした。小樽市は、自然環境の破壊、災害リスクの増大、水源への影響、景観の悪化、そして地域経済への貢献度の低さを理由に挙げました。特に「利益の大部分が市外に流出する」という懸念は、北海道全体にも当てはまる問題です。

加えて、急速なGX施設の建設は、北海道の自然環境に影響を与える可能性があります。適切な環境アセスメントなしに開発が進むと、小樽市が危惧したような生態系や景観の変化が生じ、北海道の住民の伝統的な生活様式に影響を及ぼすかもしれません。実際にそのようなことが釧路湿原ですでに起こっています。さらに、道外からの投資や企業の増加により、地域住民の意思決定プロセスへの参加が相対的に弱まる懸念もあります。

小樽市の夜景

一方で、GX特区がもたらす新しい産業は、地元の若者に魅力的な雇用機会を提供する可能性もあります。しかし、高度な専門性が要求される場合、道外からの人材流入が主となり、地元の若者の活躍の場が限られる可能性も考えられます。

これらの点を十分に認識し、住民の権利と地域の持続可能性を中心に据えた慎重な計画を立てることが重要です。小樽市の事例は、開発の規模や場所、地元への利益還元など、GX特区が検討すべき重要な課題を提示しています。北海道全体がこの教訓を生かし、地域にとって真に有益な方向にGX特区を導くことが、行政と住民に求められています。

以上は、GXにおいて再エネを多様することを前提として、そのマイナス面を論じました。しかし、原発の役割を再評価することで異なるシナリオを描くことができます。

岸田文雄首相は2022年8月24日、原子力の活用や原発の新増設について検討を進める考えを示しています。脱炭素の実現について議論するGX実行会議で表明しました。これは、GXには原子力の利用も含まれていることを示しています。

GX(グリーントランスフォーメーション)における原子力発電の役割は、しばしば軽視されがちですが、北海道の文脈でこれに着目すると、GXの様相は大きく変わります。

まず、泊原発の早期再稼働を目指すべきです。泊原発は現在、3基すべてが停止中ですが、設備容量は合計207万kWにも及びます。これは、北海道全域の電力需要の約3分の1を賄える規模です。泊原発を再稼働させることで、北海道は短期間で大規模な低炭素電源を確保できます。障害となっている安全審査や地元同意の問題には、国と道が連携して取り組むべきです。例えば、安全対策の徹底実施や、泊村をはじめとする地元への経済的支援の拡充などが考えられます。

北海道の特性を考えると、泊原発の再稼働はGXにおいて極めて合理的です。広大で寒冷な北海道では、太陽光発電の効率が低く、大規模な風力発電は自然環境への影響が懸念されます。小樽市の事例が示すように、大規模再エネ開発に対する地元の反対も根強いのです。一方、原子力発電は気候条件に左右されず、少ない敷地で大きな電力を生み出せます。また、泊原発の立地する積丹半島は人口密度が低く、冷却水も豊富です。

泊原発

次の展開として、小型モジュール炉(SMR)の北海道への導入を提案します。SMRは出力が数十MW〜数百MWで、製造期間が短く、立地の自由度も高いのが特徴です。従来の原発のような現地で大部分を組み立てるのではなく、工場でSMRを製造し、現場に設置するという方式です。

小型であるがゆえに、冷却水の問題もなく、従来の原発よりは安全で、柔軟に電力需要に対応することができます。小型で各地に設定できるので、大規模な送電網なども必要ありません。

北海道の各地域に分散配置すれば、送電ロスを減らし、地域ごとの電力自給も可能になります。例えば、十勝や根釧などの農業地帯にSMRを設置すれば、寒冷地農業に必要な大量の電力を現地で供給できます。また、SMRの排熱を利用した植物工場や、データセンターの誘致も考えられます。

さらに、将来的には北海道を核融合研究の拠点にすることを提案します。核融合は放射性廃棄物が少なく、燃料も豊富です。北海道には、核融合炉の開発に適した条件がそろっています。広大な土地、豊富な水資源、そして高度な技術者を惹きつける自然環境です。例えば、稚内や利尻島などの北部地域に国際的な研究施設を設置すれば、寒冷地技術と融合した独自の核融合技術を生み出せるでしょう。これは、北海道を世界の科学技術のフロンティアにするチャンスです。

さらに、最終的には小型核融合炉の開発を目指すべきです。小型核融合炉は、立地や経済面で設置しやすく、核融合を競争力のある技術にする上で大きな利点があります。核融合炉を小型化するには、高温超電導コイルや高温に耐えられる材料などの技術開発が重要です。北海道をこの開発拠点とすべきです。

このように、北海道のGXを原子力発電を軸に展開することで、いくつかの利点があります。第一に、大規模再エネ開発に比べ、自然環境への影響を最小限に抑えられます。第二に、気候に左右されない安定した電力供給が可能になります。第三に、高度技術産業の誘致により、北海道の産業構造を高度化できます。

原子力発電には、安全性や廃棄物の問題など、慎重に検討すべき課題もあります。しかし、科学的な議論と透明性の高い政策立案によって、これらの課題に対処することは可能です。北海道は、原子力を基軸としたGXで、環境保全と経済発展を両立させる新たなモデルを世界に示すことができるのです。

たたし小型原発や核融合は北海道の魅力的な将来像を描き出しますが、それらの実現には相当の時間を要します。現在を生きる私たちのためのエネルギー政策を、今すぐに実行に移す必要があります。

その手段として、化石燃料、特に天然ガスの環境に適合した効率的な利用を模索すべきです。確かに、GX(グリーントランスフォーメーション)の文脈では化石燃料は忌避される傾向にありますが、現実的に見れば、天然ガスは「トランジション(移行期)」における重要な橋渡しの役割を果たします。

石狩LGN基地

北海道には、2019年に稼働を開始した石狩LNG基地があります。これは、年間約230万トンのLNGを受け入れ可能な、道内最大級の設備です。さらに、同基地には天然ガス火力発電所が併設されており、高効率のコンバインドサイクル方式を採用しています。この方式は、ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせることで、発電効率を最大62%まで高められます。これは、従来の石炭火力発電の約1.5倍の効率性です。

このシステムを活用することで、北海道は以下のような利点を享受できます:
  • 安定供給の確保:泊原発の再稼働には技術的な問題というよりは、地元の同意など政治的な障害があり時間がかかり、再生可能エネルギーは気候に左右されます。天然ガスは安定した電力供給を可能にし、北海道の産業を支えます。
  • CO2排出量の削減:天然ガスは石炭に比べてCO2排出量が約半分です。高効率発電と組み合わせれば、さらに排出量を減らせます。
  •  熱利用の可能性:LNG基地や発電所からの排熱を、近隣の工業団地や農業施設に供給できます。これは北海道の冬季暖房需要にも貢献します。
  • 水素社会への布石:将来的に、この設備を水素やアンモニアの受入・発電にも転用できます。つまり、インフラ投資を無駄にせず、次世代エネルギーへの移行を図れます。
  • 経済効果:LNG基地と発電所の運営は、安定した雇用を生み出します。さらに、エネルギーコストの安定化は、北海道への企業誘致にも寄与します。
このように、天然ガスの効率的利用は、北海道のGXを加速させる現実的な選択肢です。もちろん、天然ガスも化石燃料であり、最終的には縮小すべきです。しかし、原子力発電の再稼働や再生可能エネルギーの大規模展開には時間がかかります。その過渡期において、天然ガスは北海道の産業と生活を支えつつ、CO2排出量を徐々に減らしていく役割を果たすのです。

さらに、この戦略は北海道・札幌市の「GX金融・資産運用特区」構想とも整合性があります。つまり、GX投資の対象を再エネだけでなく、高効率ガス発電や将来の水素インフラなど、幅広い脱炭素技術に広げることができます。これにより、投資家に多様な選択肢を提供でき、40兆円という大規模な投資目標の達成可能性も高まります。

そうして、私は再エネを電力供給源として使うことには反対ですが、再エネの実験をすること自体は継続しても良いと思います。現状では、再エネを現実社会において、電力源とすることにはとても賛成できるものではありませんが、あくまで科学・社会実験として小規模に継続することには、問題はないと思います。

なぜなら、現在の科学技術水準で考えると再エネは様々な問題がありますが、実験を継続するうちに突破口がみつかるかもしれないからです。再エネを現在の技術水準だけで推し量り、未来永劫にわたって否定し続ける必要はないでしょう。ただ、不安定で、発電コストが低い限りにおいては、これを現実社会の基盤とするべきではないです。

重要なのは、これらの選択が移行のためであることを明確に示すことです。天然ガスへの投資は、あくまで原子力への移行を円滑にするためのものであり、決して化石燃料への回帰ではありません。GXの文脈でこの点を明確にすることで、投資家や市民の理解を得やすくなるでしょう。

北海道のGXは、将来の理想と現実のバランスを取りながら進めるべきです。小型原発や核融合などの先進技術への投資は、北海道の長期的な魅力を高めます。一方、効率的な天然ガス利用は、足元の経済と環境のニーズに応えます。この二つのアプローチを組み合わせることで、北海道は持続可能な発展のモデルケースになり得るのです。

北海道は、せっかく巡ってきたチャンスを大いに活用すべきです。これを正しく活用せず、単なる太陽光パネルや風力発電風車の墓場とすることなく、本当の意味でのエネルギー利用・活用の世界のフロンティアになることを目指すべきです。

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2024年6月5日水曜日

【速報】「実質賃金」25か月連続の減少で過去最長 今年4月は前年同月比0.7%減―【私の論評】実質賃金25か月連続下落の真相、同じく低下した安倍政権初期との違いと対策

【速報】「実質賃金」25か月連続の減少で過去最長 今年4月は前年同月比0.7%減

まとめ
  • 日本の働く人々の「実質賃金」が25か月連続で減少し、1991年以来の最長記録を更新。物価高騰の中、生活苦は深刻化の一途を辿るのでしょうか。
  • 名目賃金は28か月連続で上昇も、物価上昇に追いつかず。春闘での高水準な賃上げは、この窮地を救う転機となるのでしょうか。
  • 実質賃金の下げ幅に改善の兆し。厚労省は「プラス転換」の可能性に言及。果たして、この希望の光は、暗闇を照らすのに十分なのでしょうか。
四半期別実質賃金指数(概算)の推移
四半期実質賃金指数(前年同月比)
2020年1-3月-0.80%
4-6月-1.40%
7-9月-0.90%
10-12月-1.90%
2021年1-3月0.20%
4-6月-0.40%
7-9月-0.20%
10-12月-1.20%
2022年1-3月-2.30%
4-6月-3.50%
7-9月-3.00%
10-12月-4.20%
2023年1-3月-2.50%
4-6月-2.20%
7-9月-1.90%
10-12月-1.80%
2024年1-3月-1.80%
4-6月-0.70%

情報提供元


物価の変動を反映した働く人1人当たりの「実質賃金」が過去最長の25か月連続で減少したことが分かりました。

厚生労働省によりますと、基本給や残業代、ボーナスなどを合わせた働く人1人あたりの今年4月の現金給与の総額は29万6884円でした。前の年の同じ月から2.1パーセント増え、28か月連続の上昇となりました。

一方、物価の変動を反映した「実質賃金」は、前の年の同じ月と比べて0.7パーセント減り、25か月連続の減少となりました。統計が比較できる1991年以降、最も長い期間連続で減少していて、依然として物価の上昇に賃金が追い付いていない状況が続いています。

ただ、実質賃金の下げ幅は、前の月と比べて1.4ポイント改善しています。

厚労省はその理由について、「今年の春闘で高い水準で賃上げの動きが広がった影響などが考えられる」としたうえで、「実質賃金が今後いつプラスに転じるか注視したい」としています。

【私の論評】実質賃金25か月連続下落の真相、同じく低下した安倍政権初期との違いと対策

まとめ
  • 実質賃金が25か月連続で低下し、1991年以降で最長の記録を更新。4月は前年同月比0.7%減で、国民の生活を圧迫。
  • 名目賃金は2.1%増と28か月連続で上昇しているが、5%を超えるインフレ率に追いつかず、購買力が低下。
  • 安倍政権初期(2013-2015年)も実質賃金が低下したが、その背景は異なる。デフレ脱却への過程であり、雇用の大幅な改善を伴っていた。
  • 岸田政権下のインフレは、ウクライナ戦争や中国のロックダウンなどによる供給ショックが主因。円安も輸入物価を押し上げ、問題を悪化。
  • 解決には即効性のある対策が必要。消費税を10%から0%に引き下げ、物価低下と消費拡大を図るなど、大胆な政策を実施すべきである。
実質賃金の低下というと、安倍政権の初期にもいわれていました。マスコミや野党など一斉に「実質賃金がー」と叫んでいました。立憲民主党などは、実質賃金は民主党政権時代のほうがよかった、アベノミックスは間違いだと喧伝しまくっていました。

さて、岸田政権と安倍政権初期の実質賃金の低下は、確かに数値上は似た現象に見えますが、その経済的な背景と影響は大きく異なります。これを以下に説明します。

安倍政権初期には、実質賃金が低下

安倍政権初期(2013-2015年頃)の実質賃金低下には、以下の要因が複合的に影響しています。

1. リフレ政策による一時的な物価上昇:
異次元の金融緩和により円安が進行し、輸入物価が上昇。これにより一時的にCPI(消費者物価指数)が上昇し、実質賃金が低下したように見えました。しかし、これはデフレ脱却への過程であり、名目賃金は実際に上昇していました。

2. 雇用構造の劇的な改善と変化:
最も重要な点は、安倍政権の政策により雇用が劇的に改善したことです。失業率は2012年の4.3%から2015年には3.4%へと大幅に低下しました。しかし、マクロ経済学の基本原理として、雇用回復の初期段階では、まず非正規雇用と若年層の雇用が増加することが知られています。

実際、この時期の雇用者数の増加を見ると、非正規雇用が大きく伸びています。厚労省の統計によれば、2013年から2015年にかけて、非正規雇用者数は約100万人増加しました。同時に、若年層(15-24歳)の失業率も、2012年の8.0%から2015年の5.6%へと大きく改善しています。

しかし、これが実質賃金を押し下げることになりました。非正規雇用と若年層の賃金水準は、正規雇用や中高年層に比べて低いのが一般的です。つまり、雇用者数全体に占める「低賃金層」の割合が一時的に高まり、結果として平均的な実質賃金が下がるのです。これは、失業状態から低賃金であっても雇用された状態への移行を反映しています。

3. 消費増税の影響:
2014年4月の消費税増税(5%から8%へ)も、物価上昇に寄与し、実質賃金を押し下げました。

4. 経済の好循環への移行:
株価の上昇、企業業績の改善、設備投資の増加など、経済の好循環が始まっていました。こうした中で、企業は利益を蓄積し、後の賃金上昇や正規雇用化の原資を形成しました。

この雇用構造の変化は、実質賃金の統計を一時的に押し下げますが、経済学的には極めてポジティブな現象です。失業状態の人々が、たとえ低賃金であっても職を得ることで、労働市場に再参入し、スキルを磨き、将来のより良い雇用への足がかりを得るのです。

実際、この「痛みを伴う構造改革」の成果は、その後の統計に現れています。2016年以降、想定通りに実質賃金は回復傾向に転じ、2018年から2019年にかけては明確に上昇しました。さらに、2017年以降は非正規雇用者の正規雇用化も進み、より安定した高賃金の雇用へのシフトが見られました。

安倍首相

これに対し、岸田政権下の実質賃金低下は全く性質が異なります。「供給ショックによるコストプッシュ・インフレ」(Cost-Push Inflation Driven by Supply Shocks)主因であり、雇用の質的向上を伴っていません。賃金上昇が物価上昇に追いつかず、円安も重なって、国民の購買力が実質的に低下しているのです。

つまり、安倍政権初期の実質賃金低下は、雇用の劇的な改善とその構造変化を反映した「前向きな痛み」でした。一方、岸田政権下の低下は、生活水準の実質的な悪化を示す「後ろ向きな痛み」なのです。この違いを理解せずに、単に「実質賃金が下がった」と報じるのは、まさに小鳥脳のマスコミや、マクロ経済の本質を理解していない官僚の姿勢そのものです。

結論として、安倍政権初期の実質賃金低下はデフレ脱却への過程であり、経済の好循環を伴っていました。一方、岸田政権下の実質賃金低下は、供給ショックによるインフレの結果であり、経済の停滞を伴っています。両者は数値上は似ていても、その経済的な意味合いは全く異なるのです。岸田政権は、単なる金融緩和ではなく、供給側の改革や生産性向上策など、より包括的な経済政策が必要とされています。

岸田政権が直面している最大の課題は、「供給ショックと円安による輸入物価上昇」に起因するコストプッシュ・インフレです。この問題は国民の生活を直撃しており、実質賃金の25か月連続減少という事態を招いています。従って、岸田政権はまずは即効性のある対策に集中すべきです。

岸田首相

最優先で実施すべきは、エネルギー政策の緊急転換です。原油や天然ガスの高騰は、今回のインフレの主因であり、その影響は電気代や食品価格の上昇となって家計を圧迫しています。日本のエネルギー自給率はわずか12.1%(2020年度)と、先進国の中で最低水準にあります。この脆弱性が、国際的な供給ショックへの過剰な感応を生んでいるのです。

具体的には、安全性が確認された原子力発電所の速やかな再稼働を進めるべきです。事故後の厳格な審査を経た原発は、技術的にも管理体制の面でも、以前より安全性が高まっています。原発再稼働により、短期的にエネルギーコストを大幅に低減できます。

さらに消費税を即座に10%から0%に引き下げるべきです。現在の日本が直面する供給ショック型インフレは国家的危機であり、非常時には非常時の政策が必要です。自国通貨発行国で世界最大の債権国である日本に、財源の懸念など全くありません。

消費税0%への移行は、物価の即時低下、実質賃金の上昇、消費の爆発的増加、中小企業の負担軽減など、三位一体の効果を持つ特効薬です。現在の25か月連続の実質賃金低下を、一気に反転させる力を持っています。財務省の「借金論」は財務真理教の教義に基づく虚構であり、財政再建など今は考える必要はありません。むしろ、クルーグマンの言う「クレイジーに見えるほどの大規模な財政出動」が、今の日本には求められているのです。

岸田政権は、財務官僚とその追随者たちの前時代的な教義に惑わされず、今こそ大胆な政策転換を行うべきです。消費税0%への移行は、デフレ脱却と経済の好循環をもたらす、まさに日本経済復活の切り札なのです。

これらの即効性のある対策を組み合わせることで、コストプッシュ・インフレの悪影響を緩和し、実質賃金の低下に歯止めをかけることができます。エネルギー自給の向上、為替の安定化、低所得者支援、そして賃金の持続的上昇—これらは全て、数か月から1〜2年のスパンで効果を発揮し始める施策です。

岸田政権は、目先の人気取りや長期的なビジョンの提示に終始するのではなく、具体的かつ即効性のある対策を矢継ぎ早に打ち出すべきです。国民が「変化」を実感できなければ、政権への信頼も、経済の好転も望めないのです。

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アジアでの米軍の弱点とは

まとめ
  • アメリカ国政の場では、「米中、戦わば」という討論が真剣に展開される。
  • アメリカでは中国との軍事衝突の具体的な予測が公開の場で提起されている。
  • 中国との戦争を現実の可能性とみる脅威認識は米議会では民主党議員の多くも共有する。
フィリピン沖で共同訓練する米国・豪州・日本の艦隊と戦闘機編隊

 ワシントンの政治の場で、米中の軍事衝突の可能性が真剣に議論されている。この議論の背景には、戦争を防ぐためには具体的な想定をして抑止力を機能させる必要があるという戦略思考がある。同時に、インド太平洋地域のアメリカ軍航空基地の防衛が弱体だとの警告も議会から発せられた。

 この状況は、中国の無法行動への対応において、アメリカと日本の間に顕著な温度差があることを示している。アメリカ側は中国の軍事行動に注意を払い、具体的な軍事措置を検討しているのに対し、日本側は尖閣諸島海域への中国軍艦艇の侵入に対して言葉による遺憾表明のみを行っている。

 米中経済安保調査委員会の公聴会では、中国の「介入阻止」能力と、それが米国とその同盟国に与える影響が討論された。ここでは、中国が台湾や東シナ海で攻撃を開始した場合の米軍の介入阻止能力が詳細に分析された。具体的には、中国軍による巡航ミサイル攻撃、海洋攻撃、ロケット軍のミサイル攻撃、さらには宇宙兵器や電子戦争能力を使った情報空間の制圧などが予測された。

 この公聴会は、アメリカ側が中国との軍事衝突の具体的なシナリオを公開の場で提起していることを示している。背景には、中国との全面戦争でも勝つ態勢を整えることが戦争の抑止になるという、皮肉にも響く戦略がある。

 一方、議会の共和党議員たちは、インド太平洋地域の米軍航空基地の防衛が弱いと警告し、格納庫の強化など防衛増強を要請した。彼らは、中国軍が自国の軍用機防衛を進めているのに対し、米軍の多くの基地で格納庫の堅固化や地下壕の建設がなされていないと指摘。最近の模擬演習では、米軍機の90%が中国の攻撃で地上で破壊されるという結果も出ている。

 この要請は、議会で中国への警戒がさらに高まり、軍事衝突への備えの必要性が語られるようになった現実を示している。また、日本国内の米軍基地の対空防衛増強も含まれており、日本の防衛にも影響を及ぼす。

 注目すべきは、中国との戦争を現実の可能性とみるこの種の切迫した脅威認識が、議会の民主党議員の多くも共有していることだ。この超党派的な認識は、前述の公聴会にも表れている。そして何よりも、このような米中軍事衝突は日本への波及も不可避であることを、改めて認識すべきだと指摘されている。


 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。「まとめ」は元記事の要点をまとめて箇条書きにしたものです。

【私の論評】米国のシミュレーション戦略vs中国の弾圧政策を理解し、日本の安保に活かせ

まとめ
  • 米国の軍事シミュレーションは、弱点を明らかにして改善・改革し、予算を獲得するためのもので、決して米国が中国に負けるということを意味しない。
  • 公聴会で公表される内容は、公表しても良いもの、または早急に対処すべきものに限られ、本当に機密性の高い情報は一部の人にのみ伝えられる。
  • 最悪のシナリオ(例:米軍機の90%が破壊される)を示すのは、実際の戦争に備えて弱点を補強し、計画を立て、予算を配分するため。
  • 米国のこのようなアプローチは、軍隊を強化するための戦略的な手法であり、単なる弱点の露呈ではない。
  • 米国は弱点を改善・改革の機会と捉え、中国は指摘者を処罰する。この違いは両国の政治体制と軍事力強化の姿勢を反映している。日本は、両者の違いを理解し、軍事的にも外交的にも新たな力を発揮すべき



上の記事にもあるように、米国では中国との軍事衝突の具体的な予測が公開の場で提起されています。これは、米国の脆弱な部分を明らかにするため、これをもって日米等のメディアは米軍は中国に負けてしまうとも受け取られるような報道をします。

しかし、これは全く違います。なぜ米国でこのようなことを明確にして、議論するかといえば、無論議会側からすれば米国の不備を補ったり改革するためにしていますし、米軍としては、もっと具体的に予算を獲得するためにも、具体的に脆弱な部分を報告しているのです。

ただし、中国軍に知られてはまずいような内容は、公には明らかにされていないでしょう。それは、米中経済安保調査委員会の公聴会などでは報告されず、委員会や政府の一部の人にだけ伝えられているというように配慮されているものと思います。

となると、公聴会で公表される部分は公表されても良いもの、あるいは、公表して早急に対処すべきものに限られていると考えるべきです。

たとえば上の記事で「最近の模擬演習では、米軍機の90%が中国の攻撃で地上で破壊される」としていますが、これは無論最悪の場合を示しているのであって、実際戦争になれば、米軍はミサイルなどで応戦するでしょうから、ここまで酷くはならないと考えられます。ただ、実際の戦争に備えて、これを補強しなければならないのは事実で、そのための計画作成や計画に基づいた予算配分がなされることになるのでしょう。

これについては、以前もこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
「執行猶予付き死刑判決」を受けた劉亜洲将軍―【私の論評】「台湾有事」への指摘でそれを改善・改革する米国と、それとあまりに対照的な中国(゚д゚)! 2023年4月4日

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に元記事の要約を掲載します。
 中国の劉亜洲上将が執行猶予付き死刑判決を受けたと香港メディアが報じ、その後確認された。劉亜洲は李先念元国家主席の娘婿で、高位の軍人であり、知識人界では「国と人民を憂う」人物として好感を持たれていた。しかし、2021年12月以降、重大な金融腐敗に関与した疑いで姿を消していた。

 実際には、劉亜洲への処罰は政治的動機があると示唆されている。習近平主席が彼に激怒した理由は、「金門戦役の検討」という論文だ。この論文で劉亜洲は、台湾の険しい地形、強力な空軍、「国民皆兵制」、先進的防衛兵器、さらに米日韓との同盟関係を挙げ、台湾侵攻が極めて困難で、中国軍が勝利できない可能性が高いと主張した。この見解が、台湾武力侵攻を計画する習近平の逆鱗に触れ、汚職疑惑を口実に処罰されたと考えられている。

劉亜洲上将の語ることは、間違いとはいえません。このブログで何度か述べているように台湾は、第二次世界大戦中の末期において、米軍は上陸作戦を実施しなかったことでも理解できるように、天然の要塞といえるほどの地形を有していましす、さらに台湾軍は、各種短・中・長距離ミサイルを大量に備えていますし、特に最近では潜水艦を自主開発しています。

これからすると、台湾侵攻はかなり難しいということは事実です。

 この記事の【私の論評】において述べたことを要約して以下に掲載します。

劉亜洲は「台湾侵攻の難しさ」を詳細に分析し、公表しました。その内容は、台湾の険しい地形や強固な要塞、高度な訓練を受けた空軍、国民皆兵制による200万人以上の予備役など、台湾の強固な防衛体制を指摘するものでした。しかし、この現実的な分析は、習近平の逆鱗に触れ、劉亜洲は執行猶予付き死刑判決を受けることになりました。

一方、米国軍は、中国軍に局所的に負ける可能性を想定したシミュレーションを頻繁に行っています。例えば、台湾有事のシミュレーションでは、当初、攻撃型原潜を登場させず、最悪のシナリオを検討しました。その結果、それでも日米が大損害を受けるものの、中国は台湾に侵攻できないという結論に至りました。

米軍は、十分に強力な軍備を持っていても、弱点を突かれれば大損害を被る可能性を認識しています。そこで、様々な状況を想定し、弱点を見つけ出して政府に報告し、予算を得て改善を図っています。

例えば、哨戒機P-8Aと無人航空機MQ-4C「トライトン」の組み合わせは、こうしたシミュレーションの結果生まれたアイデアでしょう。長時間の洋上監視が可能な「トライトン」と、急行して対処するP-8Aの組み合わせは、原潜不在時の海洋監視能力を高めます。

両者のアプローチは対照的です。米国は、弱点を指摘されてもそれを改善・改革の機会と捉え、軍隊を強化しています。一方、中国は、その指摘をした人物を処罰しました。これは中国に弱点を克服する余裕がないからではないかと推測できます。中国は弱点を指摘されても、すぐには解決策を見出せない可能性があり、だからこそ習近平は劉亜洲の分析に激怒したのではないかと考えられます。

この対比は、両国の軍事力強化に対する根本的な姿勢の違いを示しています。米国は自己の弱点を直視し、それを克服することで力を高めていく。一方、中国は弱点の指摘を否定し、その指摘者を罰することで、実際の問題解決を避けている。この違いは、長期的には両国の軍事力の質的な差となって現れる可能性があります。
劉亜洲の論文は、中国内部の政治的緊張を露呈させるだけでなく、台湾海峡の軍事バランスに関する国際的な議論にも影響を与えています。それは、軍事的洞察と政治的勇気を備えた一人の将軍が、権力者の怒りを恐れず真実を語った結果といえます。

米国と中国の軍事的アプローチの違いは、両国の政治体制を鮮明に反映しています。米国では、弱点を率直に認め、それを改善する過程を通じて組織的な学習と革新を促進します。一方、権威主義的な中国では、弱点の指摘は体制への挑戦と見なされ、その指摘者は罰せられます。劉亜洲将軍の事例は、この対照的な姿勢を象徴的に示しています。

この状況下で、日本はどのように対応すべきでしょうか。まず、日本は米国式の自己批判的アプローチを採用すべきです。自衛隊の弱点を率直に議論し、それを改善の機会とする文化を醸成することが重要です。日米共同訓練・演習等の厳しい結果を公開して議論することは、その好例となるでしょう。


同時に、日本は劉亜洲のような中国内部の声に耳を傾け、彼らの分析を日本の防衛戦略に活かすことが有効です。台湾の地形的利点を南西諸島の防衛に応用したり、国民皆兵制の考えを予備自衛官制度の拡充につなげたりすることができます。さらに、米国との情報共有と共同分析を強化し、日本の視点を加えることで、より現実的な想定が可能になります。

また、日本は自国の弱点をある程度公開することで、逆説的に抑止力を高められます。弱点を明らかにすることにより、それに対する備えをすすめることができます。弱点をそのまま放置しない体制を築くべきです。

たとえば、最近であれば横須賀基地の「いずも」がドローン撮影され、ネットで公開されたことがあります。あるいは、原子力発電所の警備を民間会社が行っていることなど、陸自の弾薬使用量が、米国の軍楽隊並であること、自衛隊の哨戒機p1が韓国の艦艇からレーダー照射を受けた問題などがあります。さらには、スパイ防止法がないことから、軍事機密が漏洩し易いこと等などがあります。

これらの問題はまだまだあります。広範で、奥行きも深いです。これらを、なおざりにせず、明るみに出して、議論を通じて改めていくべきです。そうして、なによりも重要なのは憲法改正です。いつまでも、自衛隊を違憲状態にしておくのは、いくら日本に特殊事情があるからとはいっても異常です。

加えて、国連人権理事会などの場で中国の言論弾圧を批判し、おそらく中国当局によって拘束されているとみられる劉亜洲のような人物の解放を求める外交は、単なる人道的行為を超えて、中国の内部改革を促すきっかけにもなり得ます。

このアプローチは、日本の文化的特性とも合致します。日本の「和を以て貴しとなす」精神は、表面的な一致ではなく、建設的な批判を通じた調和を意味します。この特性を活かし、自己批判的な姿勢を通じて国防を強化することは、日本の文化的伝統にも沿うものです。

将来を見据えれば、教育を通じてこの姿勢を国民に浸透させることも重要です。学校教育や防衛大学校で自国の弱点を率直に議論する文化を育てることは、長期的に日本の防衛力を強化する土壌となります。

現在の国際情勢は緊張に満ちていますが、それはまた日本が自国の特性を活かして独自の道を歩む機会でもあります。自己批判と建設的な議論を通じて防衛力を高め、同時に中国内部の批判的な声に耳を傾け、それを活かすことで、日本は軍事的にも外交的にも新たな力を発揮できるのです。

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2024年6月3日月曜日

米、中国企業・銀行に措置も ロシアの戦争支援巡り=国務副長官―【私の論評】中国経済の窮地がロシア支援を左右、財布と面子を両天秤にかける中国

米、中国企業・銀行に措置も ロシアの戦争支援巡り=国務副長官

まとめ
  • キャンベル米国務副長官が、ロシア支援の中国企業・金融機関への制裁を示唆
  • 米国だけでなく、他国も中国のロシア支援に対して措置を取る可能性
  • 欧州とNATO諸国に、中国への共同懸念表明を要請
  • 日米韓外務次官協議で、中国のロシア支援を非難
  • 年内の日米韓首脳会談に向けた準備として、3カ国協議を位置付け

キャンベル米国国務副長官

 キャンベル米国務副長官は、ロシアの戦争を支援する中国企業や金融機関に対する制裁措置を検討していることを明らかにしました。

 この発言は、日米韓3カ国の外務次官協議で行われました。キャンベル氏は、米国だけでなく他の国々も中国のロシア支援に対して措置を取る可能性があると述べ、欧州とNATO諸国に中国への懸念表明を求めました。

 また、年内に予定される日米韓首脳会談の準備として、この3カ国協議を位置付けました。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。「まとめ」は元記事を箇条書きにしたものです。

【私の論評】中国経済の窮地がロシア支援を左右、財布と面子を両天秤にかける中国

まとめ
  • 中国は、ロシアに対して軍事関連物資、半導体、エネルギー設備、金融支援など、ロシアの軍事・経済力維持に不可欠な物資を提供。
  • 中国経済は、不動産バブル崩壊と西側諸国からの経済制裁により、経済成長率が低下し、失業率が高騰。
  • 中国のロシア支援は、戦略的パートナーシップよりも、経済的窮地からの脱却が主な目的。
  • 最近の中露のガスパイプライン交渉の行き詰まりは、中国の強硬な価格・購入量要求によるものであり、中国が経済的利益を最優先にしている証拠。
  • 米国の制裁により、中国はロシア支援を取りやめる可能性が高いが、国のプライドや政治的思惑も影響する。

中国によるロシアへの支援は、軍事関連物資、半導体や電子部品、エネルギー関連設備、金融支援など、多岐にわたっています。具体的には、ドローンや車両部品といった軍事利用可能な物資、制裁対象となっている高度な半導体技術製品、さらには石油・ガスの採掘・精製設備など、ロシアの軍事力と経済力を維持するのに不可欠な物資が提供されています。

金融面では、中国企業がロシア企業への投資を増やし、ルーブル建ての取引を拡大することで、国際的な金融システムから孤立したロシアを支援しています。

プーチンと習近平

しかし、この支援の背景には、戦略的パートナーシップ以上の、中国自身の経済的窮地を脱する狙いがあります。

中国経済は現在、二つの大きな問題に直面しています。一つは不動産バブルの崩壊です。中国は長年、不動産部門に依存した経済成長モデルを採用してきました。建設ラッシュと地価の高騰が経済を牽引し、地方政府は土地売却収入に依存していました。

しかし、この不動産バブルが崩壊し始め、大手デベロッパーの経営破綻や建設プロジェクトの停滞など、経済全体に深刻な影響を及ぼしています。

もう一つの問題は、西側諸国、特に米国からの経済制裁です。米中貿易戦争は関税引き上げによる輸出入の減少をもたらし、さらに米国は中国の技術発展を抑制するために、半導体など先端技術分野での制裁を強化しています。これらの制裁は、中国の産業界、特にハイテク産業に大きな打撃を与えています。

これらの要因により、中国の経済成長率は著しく低下し、一時は30年ぶりの低水準に落ち込みました。特に若年層の失業率が高騰し、大学卒業生の約5人に1人が職を見つけられない状況です。消費者信頼感は低下し、内需も伸び悩んでいます。


昨年3月31日、中国の鄭州大学で開催された合同企業説明会には就職先を求める学生が殺到

このような経済的窮地を脱するために、中国はロシアへの輸出拡大を重要な戦略と位置付けています。西側諸国の制裁によって孤立したロシアは、中国にとって格好の市場となっています。ロシアは制裁によって多くの国々から製品を輸入できなくなり、代替供給元を必要としています。一方の中国は、自国製品の新たな販路を求めています。

例えば、ロシア市場での中国車の販売は急増しており、ロシアの自動車市場における中国ブランドのシェアは、2022年に約5%だったものが2023年には約40%にまで拡大しました。同様の傾向は他の産業分野でも見られ、家電製品、建設機械、通信機器など、幅広い中国製品がロシア市場に流入しています。

つまり、中国のロシア支援は、単なる戦略的パートナーシップの表れというより、自国の経済的な苦境を乗り越えるための打開策としての側面が強いのです。ロシアへの軍事関連物資の提供は、確かに両国の戦略的な結びつきを示していますが、それ以上に、制裁下のロシアへの輸出拡大を通じて、中国は自国経済の回復と成長を図ろうとしているのです。

また、中国が明確に軍事目的の物資をロシアに提供しているとの証拠はまだ限定的です。「軍事利用可能な」物資という表現は適切ですが、直接的な武器供与の証拠は少ないのが現状です。パートナーシップ、特に軍事的なそれを重視するなら、直接的な武器・弾薬等の供与を重視するはずです。

以上ので述べたように、経済的動機が、中国のロシア支援を促進する主要な要因となっています。

このようなことを裏付けるようなことも発生しています。

中国との大型ガスパイプライン契約をまとめようとするロシアの取り組みが暗礁に乗り上げているというのです。ロシア政府は、ガスの取引価格と供給水準に関する中国政府の無理な要求が足かせになっていると見ています。

英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が2日、関係者3人の発言を引用して伝えました。 中国はガスの取引価格を、大幅な補助金が付いているロシアの国内価格に近づけるよう要請していました。

その半面、中国が表明している購入量は、建設を計画しているパイプラインの輸送能力の一部にとどまるというのです。 ロシアは同国産天然ガスを北部ヤマル半島からモンゴル経由で中国に輸送するパイプライン「シベリアの力2」(年間輸送能力500億立方メートル)の建設について何年も協議してきました。

ロシアのノバク副首相は先月、同パイプラインに関して同国と中国が「近い将来」契約を締結する見通しだと発言しました。


中国とロシアのガスパイプライン交渉の行き詰まりは、中国のロシア支援が経済的打開策としての側面が強いことを裏付けています。中国はロシアの国内価格に近い大幅な値引きを求め、さらにパイプライン能力の一部しか使用しない意向を示しています。

この強硬な姿勢の背景には、不動産バブル崩壊と西側諸国の制裁による中国経済の悪化があります。中国は、エネルギーコストを引き下げることで、製造業の競争力維持と消費の刺激を図ろうとしています。

この交渉は、中国がロシアの孤立を利用して、自国の経済的利益を最大化しようとしていることを象徴しています。中国のロシア支援は、戦略的パートナーシップというより、自国の経済的窮地を脱する手段としての性格が強いのです。

ちなみに北朝鮮のロシア支援も、中国と同様に、自国の経済的窮地を脱する手段としての性格が極めて強いと言えます。

長年の経済制裁、非効率な経済体制、コロナ禍による国境封鎖で、北朝鮮の経済は壊滅的状態です。この危機を乗り越えるため、北朝鮮はロシアに大量の弾薬を供給しています。見返りに、北朝鮮は食料、エネルギー、外貨、技術、インフラ支援など、生存に不可欠な資源をロシアから得ています。

金正恩総書記のロシア訪問も、この文脈で理解できます。北朝鮮は自国の軍事資産を、経済再建に必要な資源と交換しているのです。表面上は戦略的協力に見えますが、その本質は極めて切迫した経済的動機に基づいています。中国が経済回復と成長を目指すのに対し、北朝鮮は文字通りの経済的生存を賭けているのです。

米国が中国企業や銀行を制裁したら、中国はロシア支援をやめるでしょうか?可能性は高いです。

今、中国経済は不動産問題などで苦しい上、制裁が加われば更に悪化します。経済的に苦しい時、国のプライドより財布の心配が先に立つからです。

ただ、簡単には決められません。米国に屈するのは面子が立たず、長期的にはロシアとの関係も大事だと考えるかもしれません。また、制裁範囲次第で支援継続の余地もあります。

結局、中国は経済重視でロシア支援をやめたい、でも国のプライドや政治的思惑もあり、財布と面子、どちらを取るか最後まで悩むでしょう。米国としては、様子を見ながら、さらに制裁を強化するかどうか検討するでしょう。

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ウクライナ、対ロシア逆襲へ転換点か 米国、供与した兵器でロシア領内の軍事拠点への限定攻撃を容認―【私の論評】経済が弱ければ、安保でも自国路線を貫けない 2024年6月2日


2024年6月2日日曜日

ウクライナ、対ロシア逆襲へ転換点か 米国、供与した兵器でロシア領内の軍事拠点への限定攻撃を容認―【私の論評】経済が弱ければ、安保でも自国路線を貫けない

ウクライナ、対ロシア逆襲へ転換点か 米国、供与した兵器でロシア領内の軍事拠点への限定攻撃を容認

まとめ
  • 米国の方針転換:バイデン大統領が、ウクライナによる米国製兵器を使ったロシア国境付近の軍事拠点への限定攻撃を容認。これまでの「レッドライン」方針からの大きな転換。
  • 攻撃対象と制限:ハリコフ州周辺のロシア領内で、出撃準備中の部隊や司令部、武器庫などが対象。民間施設や遠方の軍事拠点は除外。
  • ウクライナと欧州の反応:ウクライナは歓迎し、民間人保護の手段と評価。英国、フランス、ドイツなど欧州諸国も支持を表明。
  • 軍事的・政治的な意義:ウクライナ東部での劣勢挽回と民間人保護が狙い。ロシアの勝利は「独裁国家連合」形成につながると警告。
  • 今後の焦点:ウクライナはF16戦闘機の早期配備を要求。米国の決定が戦局や国際関係に与える影響に注目。
 バイデン米大統領は、ウクライナが米国から供与された兵器を使ってロシア国境付近の軍事拠点を限定的に攻撃することを容認した。これは、戦術核兵器による威嚇を繰り返すロシアへの刺激を避けるために、これまでロシア領内への攻撃を「レッドライン」としていた方針からの大きな転換点となる可能性がある。

ウクライナ東部方面に展開する、ロシア軍兵士

 この決定は、ウクライナ東部ハリコフでのロシア軍の攻勢継続や、英国のキャメロン外相やフランスのマクロン大統領など欧州同盟国からの圧力を受けたものだ。攻撃対象はハリコフ州周辺のロシア領内で、ウクライナ領への出撃やその準備を進める部隊や司令部、武器庫などに限定され、大砲やハイマースで攻撃する。一方、民間施設や国境から離れた軍事拠点は対象外とされる。

 ウクライナのレズニコフ前国防相はこの判断を歓迎し、ロシア側の軍事拠点を攻撃できれば民間人の犠牲を減らす有効な手段になると強調した。また、ロシア軍の制空権に対抗するためF16戦闘機の早期配備を求めた。さらに、ロシアの勝利を許せば「独裁国家連合」が世界中で形成されると警告し、ウクライナ支援の重要性を訴えた。

 ドイツ政府も同様に、供与した兵器でのロシア領内攻撃をウクライナに許可し、「ウクライナには自衛権がある」と表明した。NATOのストルテンベルグ事務総長も、この立場を支持している。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をごらん下さい。なお、「まとめ」は、元記事を箇条書きにまとめたものてす。

【私の論評】経済が弱ければ、安保でも自国路線を貫けない

まとめ
  • 2022年ウクライナは長距離ドローンでロシア国内の空軍基地を攻撃し、ロシアの防空網の脆弱さを露呈させた。
  • ウクライナは国連憲章第51条に基づく自衛権や国際法を根拠に、ロシア領内の軍事施設を攻撃できる。
  • しかし、その攻撃がロシアの核使用を誘発する可能性を懸念し、西側諸国はウクライナにロシア領内への攻撃を控えるよう促してきた。特に西側諸国の武器を用いてこれを実行することを制限してきた。
  • ロシア軍は弾薬庫や補給拠点をロシア領内に配置し、重要な物資を安全に保ちながら効率的な補給を行うようになった。そのため西側諸国は、制限を緩和しつつある。
  • ウクライナは高い技術力を持つが、経済的には脆弱で西側諸国の援助がなければ戦争を継続できず、その制限に従わざるを得ない。そのような制限ない台湾とは対照的である。
ウクライナは、自前の兵器でロシア領内、それもかなりの奥地まで攻撃したこともあります。それについては、このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
プーチン大統領に〝逃げ場なし〟ウクライナの最新ドローンがモスクワを急襲も 「ロシア側は対抗できない」元陸上自衛隊・渡部悦和氏―【私の論評】ウクライナが、今回の攻撃を実施してもほとんどの国が反対しない理由とは(゚д゚)! 2022年12月11日
ロシア領内を攻撃するために持ちられた可能性のあるソ連製の偵察用無人機「ツポレフ141」

この記事の元記事の内容を要約して以下に掲載します。

ウクライナの長距離ドローンがロシア国内の重要な空軍基地2カ所を攻撃し、戦争は新局面を迎えた。攻撃には旧ソ連時代の無人機かウクライナ製の最新兵器が使われた可能性がある。

この事件はロシアの防空網の脆弱さを露呈させ、ウクライナは航続距離1000kmの新型ドローンでロシア国内のあらゆる標的を攻撃できると示唆。「ロシアに安全地帯はなくなる」と警告している。モスクワも攻撃圏内だが、専門家は戦術核使用を避けるため軍事目標のみを攻撃すべきだと助言。米国はこの攻撃を国際法に合致するものとして是認している。 

この記事を元記事とした【私の論評】の内容の要約を以下に掲載します。 

ウクライナのクレバ外相とドイツのホフマン第一副報道官は、国連憲章第51条に基づく自衛権を根拠に、ウクライナがロシア領内の軍事施設を攻撃する権利があると主張しています。国際法は戦争を禁止していますが、侵略を受けた国家には自衛権が認められています。しかし、国連の集団安全保障体制はロシアの拒否権により機能不全に陥っており、国際司法の手続きも関係国の同意に左右されるため、国際機関を通じた解決は困難です。

その中で、軍事力で劣るはずのウクライナがロシア領内の軍事目標に大々的な攻撃を行い、成功を収めたことが注目されています。実は、ウクライナはソ連時代から高い技術水準を持ち、兵器開発や宇宙開発に貢献し、中国の軍事技術の基礎も築いた実績があります。その技術力を駆使して個別的自衛権を行使することは、ある意味必然だったのです。

さらに、この攻撃はロシアによる核攻撃や生物化学兵器の使用を未然に阻止する意味合いもあると考えられます。ウクライナは、元々腐敗と混乱の中にありましたが、皮肉にもロシアの侵略によって、今や技術力を最大限に生かしてロシア国内を攻撃する強敵に変貌したのです。
ウクライナの攻撃で破壊されたロシアの戦略爆撃機の尾部

上の記事にもあるように、国際法は戦争を禁止していますが、侵略を受けた国家には自衛権が認められています。ウクライナがロシア領内の軍事目標などを攻撃することは、国際法上なんの問題もありません。

ただ、こうした攻撃がその後行われていないですが、それには以下のような理由があると考えられます。

このときロシア領内の攻撃は、核兵器搭載可能な戦略爆撃機が配備されている基地を狙ったものでした。これは、ロシアの核戦力を弱めるとともに、核使用の意図があればそれを思いとどまらせる強い警告を発する意図があったと考えられます。この点で、攻撃は一定の効果を上げたと見られます。

しかし、このような攻撃を継続すれば、プーチン大統領を追い詰め、逆にロシアの核使用を誘発する危険性があります。西側諸国は、ロシアを窮地に追い込みすぎることは危険と考えたのでしょう。

そのため、西側諸国はウクライナに対し、ロシア領内への攻撃の継続を控えるよう働きかけていたのです。あくまで、核使用を未然に阻止する抑止の手段としてのみ、このような攻撃を容認したのでしょう。ウクライナも、国際社会からの継続的な支援を得るには、西側諸国のこの懸念に配慮せざるを得なかったのでしょう。

もう一つの可能性としては、やはり資源の問題があると考えられます。

ロシアとの長期戦の中で、ウクライナの産業基盤は大きな打撃を受けていると考えられます。加えて、彼らは現在「ロシア軍の攻勢に苦戦」しており、限られた資源の多くを防衛に振り向けなければならない状況です。

このような精密な長距離攻撃には、高度な技術と大量の資源が必要です。ロシア領内の軍事拠点を正確に特定し、長距離飛行能力と高い誘導精度を持つドローンを多数製造する必要があります。

さらに、攻撃が成功したとしても、ロシアの戦略爆撃機のような高価値目標を一機破壊するのに、多数のドローンを失う可能性があります。そうなると、費用対効果の面で「割に合わない」ということになります。

ウクライナにとって、このようなハイリスク・ハイリターンの作戦を大々的に継続することは、技術的にも物質的にも現実的ではないでしょう。むしろ、この種の攻撃を戦略的に重要な場面に限定し、主力は防衛と反撃に注ぐことが賢明な選択だと考えられます。

こうしたことが相まって、ウクライナはロシア領内深くにまで、攻撃の範囲を広めることはやめたと考えれます。

ただロシア領内の比較的国境に近いウクライナ戦争のためのロシアの兵站基地、軍事拠点などの重要施設などを西側の長距離攻撃可能な武器で攻撃したいというのは当然の要求であり、これまで禁止すれば、当然のことながら、ロシア側はこれを利用して有利な展開ができます。

これに関してロシア側の軍事行動は「ちぐはぐ」であり、この有利さを認識していたとはとても思えません。ロシア軍の最も顕著な「ちぐはぐ」な軍事行動は、開戦初期のキーウ攻略作戦の失敗です。

電撃戦で首都を早期に陥落させる計画でしたが、兵站の確保が不十分で、前線の部隊は物資不足に陥りました。さらに、ウクライナ国民を解放者として歓迎すると思い込んでいるふしがありましたが、実際には強い抵抗に遭いました。

結果、ロシア軍は戦術を180度転換し、ドンバスへの戦線縮小を余儀なくされました。現場の実態を正しく把握せず、誤った前提で作戦を展開した典型例と言えるでしょう。

しかし、このロシア軍も戦争を継続するうちに、経験知がついてきたようで「ちぐはぐ」さ自体は今でもあまり変わってはいないようですが、少なくともウクライナ側がロシア領内を攻撃しないということを逆手に取ることはできるようになったようです。

具体的には、弾薬庫や補給拠点をロシア領内に配置しています。これにより、重要な物資を安全に保ちながら、前線への効率的な補給を行うことが可能になっています。ロシア軍は、ウクライナの攻撃範囲外にこれらの拠点を設置することで、物資の破壊リスクを減らし、迅速な供給を実現しています。この戦略は、ロシア軍にとって安全性と補給効率を高め、国際的な反発を避ける利点があります。

だからこそ、これに対する攻撃は、西側諸国も容認すべきと考えるに至ったのでしょう。

ウクライナは、技術力がありながらも、その実体は発展途上国といって良い状況であり、西側諸国からの援助がないと戦争を継続できません。西側諸国が、兵器使用の制限を設ければ、それに従わざるを得ません。しかし、その制限が緩んできたため、これからはウクライナにとって有利な展開も期待できます。

台湾の自主開発による長距離ミサイル

しかし、世界には似た境遇にありながらウクライナよりははるかに資源の制約が少なく、西側諸国の兵器使用の制限(特にミサイル)のない国もあります。それがまさしく台湾です。台湾は、知陽距離ミサイルの他、潜水艦も自主開発しています。これについては、昨日のブログに掲載したばかりです。興味のあるかたは、是非こちらの記事もご覧になって下さい。

台湾の一人当たりGDPは約33,000ドル、ウクライナの一人当たりGDPは約4,000ドルです。桁が違います。一方人口は、最新の人口データによると台湾は 約2,350万人、ウクライナは約3,700万人(戦争による影響で変動があります)これらの数字は2023年時点の推定値です。

この違いをみていると、安保には技術力、軍事力だけではなく、経済も大きな要素であることが理解できます。いかなる国も経済をおろそかにしていれば、安保にも悪影響があることを理解すべきであり、それは日本も例外ではありません。

財務省のいいなりで、防衛費を増税で賄うような馬鹿真似をすれば、いずれ経済が弱り、その結果としてウクライナのような運命をたどることになるかもしれないです。いまはまさにその瀬戸際なのかもしれません。

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2024年6月1日土曜日

中国軍による台湾包囲演習はこけおどし、実戦なら台湾のミサイルの好餌―【私の論評】中国による一方的な情報、プロパガンダに基づく見解には慎重であるべき

中国軍による台湾包囲演習はこけおどし、実戦なら台湾のミサイルの好餌

まとめ
  • 中国の台湾包囲演習は、軍事的現実性よりも情報戦(認知戦)の色彩が強い。
  • 台湾軍の強力な対艦・防空ミサイルにより、有事に中国軍が示された海域で活動することは不可能。
  • 中国の狙いは、海上封鎖のイメージを植え付けて台湾の独立主張を思いとどまらせること。
  • 機雷散布や対潜水艦作戦など、他の封鎖手段も台湾軍の能力を考えると今回の演習をそのまま作戦として実行するのは困難。
  • メディアは中国の情報をそのまま報道せず、軍事的現実性を踏まえるべき。
「連合利剣2024A」軍事演習が行われた区域

 2024年5月、台湾で頼清徳総統の就任式が行われた後、中国は「連合利剣2024A」軍事演習を実施した。中国は台湾を包囲し海上封鎖するかのような演習海域を設定し、その図を広くメディアに公表した。これは台湾の独立主張を牽制し、国際社会に強い姿勢を示すためと見られる。

 しかし、この演習は平時には可能でも、実際の有事には非現実的だ。台湾軍は射程120~400キロの対艦ミサイルや、約160キロの射程を持つパトリオットミサイルを保有しており、中国軍の艦船や航空機はこれらの射程内に入れば容易に撃破される。機雷散布や潜水艦作戦、台湾周回飛行による攻撃も、台湾軍の能力を考えると実行は困難だ。

 この「台湾包囲図」の公表は、軍事的な現実性よりも情報戦(認知戦)としての色彩が強い。中国の狙いは、台湾や日本の人々に海上封鎖のイメージを植え付け、台湾の独立主張を思いとどまらせることにある。実際には、有事において中国軍がこのような形で台湾を封鎖することは戦術的に不可能である。

 中国国営通信の情報をそのまま、あるいは「中国軍、台湾封鎖誇示」などの表現を使って報道することは、中国の情報戦に加担することになりかねない。メディアは軍事的な現実性を踏まえて報道すべきであり、そうしなければ中国の情報戦の罠にかかることになる。軍事演習の表面的な報道を超えて、その裏にある戦略的意図と軍事的現実性を鋭く見極めるべきである。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】中国による一方的な情報、プロパガンダに基づく見解には慎重であるべき

まとめ
  • 米国防総省のロイド・オースティン国防長官は、中国軍が台湾を包囲する形で実施した軍事演習と同様な作成では台湾に侵攻することは難しいことを示唆した。
  • 台湾は地理的に防御が容易な地形を有しており、急峻な山岳地帯や複雑な海岸線が特徴であるため、大規模な軍隊の上陸が困難。
  • 台湾軍は対艦ミサイルやパトリオットミサイルを含む現代的な兵器を保有し、長距離ミサイルや潜水艦も自主開発していることで、中国軍の侵攻を阻止する能力がある。
  • 米国がウクライナによるロシア領内攻撃を容認する姿勢を示したことは、台湾が中国本土を攻撃する可能性を示唆し、中国の台湾侵攻の難易度を高めている。
  • 中国軍の台湾侵攻計画は、地政学的な要因や国際的な同盟関係、軍事バランスにより実現が非常に困難であり中国による一方的な情報やプロパガンダに基づく見解には慎重であるべき

上の記事と似たようなことは、すでに米オースティン国防長官が語っていました。これについては、このブログでも解説しました。その記事のリンクを以下に掲載します。
西側兵器使ったウクライナのロシア領内攻撃、NATO事務総長が支持―【私の論評】ロシア領攻撃能力解禁の波紋、中国の台湾侵攻への難易度がさらにあがる可能性
オースティン米国防長官

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下にこの記事より、オースティン国防長官の発言を引用します。
米国防総省のロイド・オースティン国防長官は5月25日に、中国軍が台湾を包囲する形で実施した軍事演習について声明を発表しました。この声明の中で、オースティン長官は中国軍が実施したような作戦を成功させることの難しさを示しました。

また、こうした演習が行われるたびに、米軍は中国軍の運用方法についてさらに深い洞察を得ることができると説明しました。これにより、米軍が中国軍の演習動向を分析し、適切な対応策を練っていることを示唆しました​ (Defense.gov)​​ (Military Times)​。

この発言は、オースティン長官がシンガポールで開催されたシャングリラ・ダイアログの場で行ったもので、アジア太平洋地域の安全保障に関する米国の立場を強調するものです​ (New York Post)​。この声明は、中国と台湾の緊張が高まる中で、米国が地域の安定を維持するための取り組みを続けていることを示しています​ (Voice of America)​。
中国軍が今回台湾で実施したような作戦を実際に成功させる見込みはほとんどないでしょう。これについては、この記事でも述べました。

その根拠として、上の記事には指摘されていませんが、そもそも台湾は第二次世界大戦中には日本の領土でしたが、戦争末期に米軍は台湾上陸作戦は実施せずに沖縄上陸作戦をしたことの背景にもなったとみられるように、台湾は天然の要塞といっても良いような地理的条件を備えていることがあげられます。

簡単にいうと、台湾は日本の本州より小さい島でもあるにもかかわらず、玉山という富士山よりも高い山があることに象徴されるように、国土の大半が急峻な山岳地帯なのです。

そのため東側は海岸からすぐに急峻な山が連なっており、西側は平地は存在するものの、複雑に湾や河川が入り組んでおり、大きな軍隊が上陸できる地点は限られています。

こうした地理的条件の他、現代的な台湾軍の存在があります。その一部は、上の記事にも掲載されています。
台湾軍は射程120~400キロの対艦ミサイルや、約160キロの射程を持つパトリオットミサイルを保有しており、中国軍の艦船や航空機はこれらの射程内に入れば容易に撃破される。機雷散布や潜水艦作戦、台湾周回飛行による攻撃も、台湾軍の能力を考えると実行は困難だ。
先のブログ記事にもあげたように、さらに台湾は自前で開発した長距離ミサイルと、潜水艦も保有しています。

台湾が保有する他の重要な長距離ミサイルとして雄風2Eと雄風3E(拡張型)があります。

雄風2Eは、対艦ミサイルの雄風2を基に開発された地対地巡航ミサイルで、射程は約1,000キロ以上と推定されています。このミサイルは、台湾海峡を越えて中国本土の軍事施設や港湾を攻撃する能力を持っています。

雄風3

一方、雄風3Eは雄風3の射程を大幅に延長したもので、射程は約1,500キロ以上と見られています。これにより、台湾は中国東部沿岸の主要都市や軍事基地を射程に収めることができます。両ミサイルとも、有事の際に中国本土にある軍事資産を攻撃し、台湾への侵攻を阻止する「反攻」能力を台湾に与えるものです。

これらのミサイルの存在は、台湾が単に防御的な態勢だけでなく、抑止力としての攻撃的な能力も保有していることを示しています。

そうして、米国がウクライナがロシア領内を攻撃することを容認する発言をしたことは、台湾が中国本土を攻撃する可能性も示唆していることになり、このブログ記事では、中国の台湾侵攻への難易度がさらにあがったかもしれないことを指摘したのです。

さらに台湾は潜水艦を自主開発しました。これは、対潜哨戒能力が低いため、対潜水艦戦(ASW:Anti Submarine Warefare)能力が低い中国にとって脅威です。

これを裏付ける事実として、ペロシ訪台のときの中国軍の演習があげられます。  
ペロシ訪台の陰で“敗北”した人民解放軍―【私の論評】海中の戦いでも負けていたとみられる中国海軍(゚д゚)!

この記事の元記事では、ペロシ氏が台湾訪問を終えた後に中国軍が演習を行っており、これは、あくまでも習政権が“面子”を保つための行動だろうとしています。

そうして、【私の論評】では、中国軍は海中の戦いでも負けていたことを主張しました。この記事から、その部分を以下に引用します。
ペロシ訪台中に米軍は当然のことながら、攻撃型原潜を台湾海峡のいずれかに潜ませていたでしょうが、中国としては中国軍が目立った動きをすれば、米国側を刺激することになりかねず、ペロシが台湾を去ってから数日後の8日になって、しかも予定では7日で終わるはずたったものを8日になってようやっと海空統合で、対潜訓練などを重点的に行ったのです。

これは、米国を刺激したくないか、あるいは米国側に中国のASWが未だに弱いことを再確認されたくないという考えの現れであるとも解釈できます。もし、中国側がASWに自信があるといのなら、もっと早い時点で実施して、米側にこれみよがしに見せつけたと考えられます。
以上のことから、台湾周辺での中国軍の軍事演習は、この演習の類似の作戦では台湾を侵攻することは不可能と結論が出せると思います。

では、なぜこのような演習をするのかといえば、上の記事にもあるように、軍事的な現実性よりも情報戦(認知戦)としての色彩が強いのでしょう。中国の狙いは、台湾や日本の人々に海上封鎖のイメージを植え付け、台湾の独立主張を思いとどまらせることにあるのでしょう。

中国軍による台湾侵攻が簡単にできるという思い込みがあるとすれば、その思い込みにとらわれている人は、中国側のプロパガンダに影響されている可能性があります。中国政府は、自国の軍事力を誇示し、国民や国際社会に強力なイメージを持たせるために、メディアや公式発表を通じて様々な情報を発信しています。こうした情報操作は、台湾だけでなく、世界中の人々の認識に影響を与えかねません。

また、中国は台湾問題において、「一つの中国」原則を強調し、台湾を自国の一部と見なしています。このため、台湾に対する軍事的な圧力を加えることで、統一を促進しようとする姿勢を見せることがあります。しかし、台湾海峡は複雑な地政学的な要因や、国際的な同盟関係、軍事バランスなどにより、実際には侵攻が「簡単」には行えない非常に困難な状況であることを理解することが重要です。

さらに、台湾自身も自衛能力を高めるために、軍備を強化し、国際社会との関係を深めています。このように、台湾侵攻をめぐる状況は、単純な軍事力の問題ではなく、より広い国際関係や政治的な戦略、地理的・地政学的なバランス等が絡み合っています。したがって、一方的な情報やプロパガンダに基づく見解には慎重である必要があります。 

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