2025年8月16日土曜日

米露会談の裏に潜む『力の空白』—インド太平洋を揺るがす静かな地政学リスク

 まとめ

  • トランプ・プーチン会談は、米露関係改善の可能性を示す一方で、背後には米国がロシアを対中戦略の一部に取り込もうとする思惑がある。
  • ロシアは経済制裁や戦線維持の負担から、完全に中国に依存し続けたとしても余裕がなく、交渉に応じざるを得ない可能性が高い。
  • 中露関係は表面的には堅固に見えるが、歴史的には「氷の微笑」に過ぎず、根底では利害が完全一致していない。
  • 米露接近が進めば、東欧戦線や黒海周辺で抑止構造が一時的に緩む「力の空白」が生じ、第三国や非国家主体が介入を試みるリスクが高まる。
  • 日本はこの「力の空白」がインド太平洋地域にも波及し、台湾有事や北方領土問題で安全保障環境が急変する危険性を見落としてはならない。

ドナルド・トランプ前米大統領とウラジーミル・プーチン露大統領の会談は、単なる米露接触ではない。そこには米中露三角関係を揺るがす可能性と、「力の空白」をめぐる地政学的な駆け引きが潜んでいる。日本のマスコミは、この会談を「米露接近=中国有利」と短絡的に片付ける傾向がある。しかし現実はもっと複雑で、場合によっては米国がロシアを対中包囲網に引き込む布石にもなり得る。その含意を理解せずに未来を語ることは、国益を危うくする。
 
米露会談の真の背景
 
米露会談の共同声明

今回の会談の背景には、ウクライナ戦争の長期化、経済制裁によるロシア経済の疲弊、そして米中対立の激化がある。バイデン政権下で冷え切った米露関係だが、トランプは「ディール型外交」で条件次第の手打ちを否定しない人物だ。

米国にとって中国は、経済・軍事・技術の全てで長期的かつ包括的な脅威であり、冷戦期のソ連以上に手強い存在だ。ゆえに、米露対立を緩和し、ロシアを部分的にでも中国から引き離す戦略的価値は大きい。

もっとも、現状の中露関係は密接に見える。だがエドワード・ルトワックが評したように、それは「氷の微笑」に過ぎず、長期的信頼関係ではない。歴史的に両国は国境をめぐって何度も衝突してきた。米国はその構造的不信を利用しようとしている。
 
手打ち条件と「力の空白」
 
ロシアは中国陣営に残るのか?

米国がロシアとの条件交渉に臨む場合、ウクライナ戦線や対中関係が重要な取引材料となる可能性がある。特に「中国陣営に残るか否か」が手打ちの条件に含まれることは十分考えられる。

プーチン政権がこれを受け入れるかは別問題だが、ロシアは経済制裁と戦争の負担で余裕を失いつつある。条件次第では、戦略的譲歩を迫られる局面も出てくるだろう。

この時、東欧戦線や黒海周辺では抑止構造が一時的に緩む「力の空白」が発生する。これは単なる軍事的隙ではなく、第三国や非国家主体(民兵組織、テロ組織、海賊集団など)が行動を開始する契機となる。歴史的に、このような空白は必ず地域の不安定化を招く。
 
日本への波及と今後の展望

インド太平洋地域

「力の空白」は地理的に遠くても日本に無関係ではない。黒海や東欧での抑止低下は、国際秩序全体のバランスを崩し、中国や北朝鮮といった勢力が太平洋での冒険主義を加速させる口実となる。特に南西諸島や台湾周辺の安全保障環境は、欧州情勢の影響を受けやすい。

さらに、米国が対中戦略を優先してロシアとの対立を緩和すれば、米国のアジア太平洋への軍事資源配分が増える半面、米国の中国への圧力はさらに強まり、日本は「最前線の同盟国」としてより強力な役割を求められる可能性も高い。

今後の展望として、米露接触は短期的には東欧情勢を流動化させるが、長期的には米中対立の主戦場をアジアに集中させる力学を強めるだろう。日本はその渦中に置かれ、「他人事」で済ませられる余地はない。

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2025年8月15日金曜日

力の空白は必ず埋められる―米比の失敗が招いた現実、日本は同じ轍を踏むな

まとめ

  • 2025年8月11日、南シナ海スカボロー礁で中国のミサイル駆逐艦と海警船が衝突。現場はルソン島から120カイリでフィリピンEEZ内にあり、2016年の仲裁裁判所判断にも反し中国は威圧的行動を継続している。
  • 衝突はフィリピン船を追尾していた中国駆逐艦に海警船が接触したもので、海警船は艦首を損傷。救助の申し出に中国側は応答せず、国際法に反する危険な行為とされる。
  • 翌12日、米海軍が駆逐艦「USS Higgins」と沿岸戦闘艦「USS Cincinnati」を派遣し、スカボロー礁近海で航行の自由作戦を実施。2019年以来の展開で米比同盟と国際法秩序の擁護を示した。
  • 背景には1991〜1992年の米軍フィリピン撤退があり、これが力の空白を生み中国の南シナ海進出を許した。その後EDCA締結や中距離・対艦ミサイル配備で米比は抑止力回復を進めている。
  • 日本も防衛力や同盟基盤を弱めれば中国・ロシア・北朝鮮に利用される恐れがあり、米比の過ちを繰り返さず、理念を支える現実の力による抑止を維持・強化すべきだ。
🔳南シナ海で再燃する緊張
 
スカボロー礁近海で、中国人民解放軍のミサイル駆逐艦と中国海警局の巡視船が衝突

2025年8月11日、南シナ海のスカボロー礁近海で、中国人民解放軍のミサイル駆逐艦と中国海警局の巡視船が衝突する異常事態が発生した。現場はルソン島からわずか120カイリ、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内に位置する。2016年の常設仲裁裁判所は、中国が主張する「九段線」を退け、同礁におけるフィリピンの伝統的漁業権を認めたにもかかわらず、中国公船はフィリピン船に対する威圧的な追尾や遮断を繰り返してきた。今回もフィリピン船を追尾していた中国駆逐艦に中国海警船が衝突し、海警船は艦首を大きく損傷。フィリピン側の救助申し出に対し、中国側から応答は確認されていない。このような力による現状変更は国際法の枠組みと相容れず、極めて危険で容認できない行為である。衝突の瞬間は、公開映像の37秒付近で確認できる(映像リンク)。

翌12日、米海軍はアーレイ・バーク級駆逐艦「USS Higgins」と沿岸戦闘艦「USS Cincinnati」を派遣。スカボロー礁から約30海里(約55キロ)の海域で「航行の自由作戦(FONOP)」を実施した。スカボロー礁近海での米艦行動は2019年以来とみられ、米比同盟の結束と国際法秩序を守る強い意志を示した。

中国人民解放軍南部戦区は「米艦が中国の許可なく侵入した」と非難し、「追い払った」と発表した。しかし米第7艦隊はこれを真っ向から否定し、「国際法に基づく正当な航行権の行使だ」と主張。USS Higginsは任務を終え、自発的に離脱したと説明した。両国の発表は真っ二つに割れたままである。スカボロー礁は、仲裁裁判所の判断にもかかわらず、中国の実効支配が進んだ象徴的な地点だ。
 
🔳米比の過去の誤算とその代償
 
中国が南シナ海を自国の「歴史的権利のある海域」として主張するために地図上に引いた九段線

この事態の根には、1991〜1992年の米軍撤退という歴史的な判断がある。当時、フィリピン上院は米軍基地延長条約をわずか1票差(11対12)で否決し、コラソン・アキノ大統領は議会の意思を覆せず、撤退を受け入れた。その結果、クラーク空軍基地は1991年に、スービック海軍基地は1992年に閉鎖・返還され、米軍はフィリピンから完全撤退した。米国側も賃料や核兵器の持ち込みを巡って譲歩を渋り、交渉は決裂。フィリピンにとっては「主権回復」の象徴であったが、戦略的には力の空白を生み、その空白を中国が突いて南シナ海での影響力を急速に拡大した。2012年のスカボロー礁対峙でフィリピンが後退し、中国の支配が既成事実化したのは、その延長線上にある。

その後、米比両国は失われた均衡を回復するため動いた。2014年の防衛協力強化協定(EDCA)によって米軍はフィリピン国内の指定施設にアクセスできるようになり、2023〜2024年にはEDCA対象拠点の拡大とともに、タイフォンやNMESISなどの中距離・対艦ミサイルを段階的に配備した。今回のFONOPも、その戦略の延長線上にある。単なる示威行動ではなく、国際法秩序を現実の力で裏付ける是正措置だ。
 
🔳日本への警鐘
 
中国、ロシア、北朝鮮に隣接する日本

この歴史は明確な教訓を突きつけている。米比が1990年代初頭に犯した最大の過ちは、抑止力の基盤を軽視し、政治的感情と短期的な交渉不調で長期的な安全保障を損なったことだ。その空白は中国によって埋められ、地域のパワーバランスを根底から変えた。米比が今進める再軍備と同盟強化は、単なる失地回復ではなく、過去の戦略的失敗を正す試みである。

そして、この教訓は日本にとっても他人事ではない。我が国が防衛力や同盟基盤を弱めれば、その隙は必ず中国、ロシア、北朝鮮に利用される。彼らは既成事実化や軍事的圧力で勢力を拡大してきた実績を持つ。外交辞令や国際法の条文だけでは、こうした現実を押し返すことはできない。米比のように抑止力の空白を許す愚を繰り返してはならない。守るべきは、理念だけではなく、それを支える確かな力である。これを怠れば、我が国の安全と主権は一気に脅かされるだろう。

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「力の空白は侵略を招く」――NATOの東方戦略が示す、日本の生存戦略 2025年8月14日
NATOの東方展開を横目に、「力の空白が攻勢を招く」という安全保障の本質を鋭くえぐる記事です。日本への示唆も豊富で、今回の南シナ海論考との接続が自然です。

中国が「すずつき」に警告射撃──本当に守りたかったのは領海か、それとも軍事機密か 2025年8月11日
中国の軍事挑発に対して、意図や論理的背景を読み解こうとする鋭い視点の記事。南シナ海での中国行動の実態を理解する上でも参考になります。

サイバー戦は第四の戦場──G7広島から最新DDoS攻撃まで、日本を狙う地政学的脅威 2025年8月9日
サイバー領域からも逼迫する安全保障リスクを描写。現代の複合戦場に対する理解を深め、海洋・軍事だけでなく「多次元的な抑止」の視野を広げる内容です。

日印が結んだE10系高速鉄道の同盟効果──中国「一帯一路」に対抗する新たな戦略軸 2025年8月13日
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制度の穴を突かれた日本──衝撃!名古屋が国際麻薬ネットワークの司令塔だった 2025年8月10日
国際秩序の“穴”が国益を蝕む実例として重く響く記事。制度的空白がどれだけ国の脆弱性を引き出すか、という点で本記事にも通底する警鐘となります。

2025年8月14日木曜日

「力の空白は侵略を招く」――NATOの東方戦略が示す、日本の生存戦略


 まとめ

  • NATOはロシア・イラン・中国への対抗のため、防衛ラインをバルト海から黒海、東地中海へと拡大し、力の空白が生じれば敵が必ず攻勢に出るという現実を踏まえて行動している。
  • バルト三国やポーランドへの強化前方配備(eFP)、黒海沿岸での海上プレゼンス、東地中海での監視・抑止体制など、兵力配置とインフラ整備を伴う実戦的な包囲網を形成している。
  • ドイツはリトアニアに第45装甲旅団を恒久配備し、Leopard 2A8戦車44両とPuma歩兵戦闘車44両を含む部隊を展開予定。オランダ・ノルウェーはF-35をポーランド上空に配備し、ポーランドは「東の盾」構想で国境防衛網を強化している。
  • NATOは欧州防衛にとどまらず、極東からの日米の牽制やインド太平洋・中東との安全保障連携も重視し、イランの核脅威や弾道ミサイルへのBMD体制強化にも取り組んでいる。
  • 日本もロシア・中国・北朝鮮の三正面の脅威に直面しており、NATOのように防衛戦略を地域限定からグローバル視野へ拡張し、多域での安全保障ネットワークを構築する必要がある
🔳力の空白とNATO東方防衛ラインの現実

2008年のグルジア侵攻を皮切りに、2014年のクリミア併合が追い打ちとなり、バルト海から黒海、さらには東地中海へ――安全保障の包囲網が現実のものとなった。ここで見逃せないのは、力の空白が生まれれば、必ず敵が押し込んでくるという冷徹な現実である。クリミア併合も、2022年のウクライナ全面侵攻も、その典型だ。抑止力が弱まり、国際社会の対応が鈍った瞬間、ロシアは迷いなく領土拡張に動いた。


上の地図では、NATOが築き上げた東方防衛ラインの全貌が一目で分かる。バルト三国やポーランドに展開する強化前方配備(eFP)、黒海沿岸諸国での海上プレゼンス、東地中海における監視・抑止体制、さらにリトアニアに恒久配備されたドイツ第45装甲旅団の位置まで、視覚的に把握できる構成になっている。地図を見れば、NATOの包囲線が単なる抽象的戦略ではなく、実際の兵力配置とインフラ整備によって現実に存在することが理解できるだろう。
 
🔳 強化される兵力配置と軍事インフラ

軍事インフラと機動力も飛躍的に向上した。バルト海から黒海に至る兵站ルートは、高速道路や鉄道の軍事利用に対応し、部隊の迅速展開を可能にした。2025年4月には、ドイツがリトアニアに第45装甲旅団(Panzerbrigade 45)を恒久配備。将来的には約4,800人の兵士と200人の文民スタッフを擁し、203装甲大隊にはLeopard 2A8戦車44両、122歩兵戦闘大隊にはPuma歩兵戦闘車44両を配備する予定だ(theguardian.com, de.wikipedia.org)。この旅団は2027年に完全戦力化を目指す。


同時に、オランダとノルウェーはF-35戦闘機をポーランド上空に配備し、24時間体制の警戒を構築中だ。2024年には「Steadfast Defender 2024」と称する約9万人規模の大演習が行われ、早期展開能力と多ドメイン戦闘力が一段と高まった。ポーランドでは「East Shield(東の盾)」構想の下、ロシア・ベラルーシ国境に電子監視、物理的障壁、AIセンシングを組み込んだ防衛網を整備している。
 
🔳欧州を超えたグローバル抑止と日本への教訓

NATOは欧州だけを見ているわけではない。極東からの日米による牽制も望んでいる。日本はNATOのパートナー国として首脳会議に出席し、共同訓練やサイバー・宇宙分野でも協力を進めている。在日米軍と自衛隊のプレゼンスは、ロシア極東への戦略的抑止力だ。

中国との対峙でも役割を果たす。イランの核脅威や弾道ミサイル、さらに中東の不安定化は、NATOのBMD(弾道ミサイル防衛)導入を促す契機となった。2016年ワルシャワ首脳会議ではBMDの初期運用能力が宣言され、2025年にはイランの核兵器開発阻止が議題となった。ホルムズ海峡封鎖などが現実となれば、欧州経済にも直撃するため、軽視できない脅威である。

EUはNATO首脳会議に毎回招待され、参加。 (2016年7月8日、ワルシャワで開催されたNATO首脳会議)

これらすべては、多方面からロシアと中国を消耗させる「現代版・二正面作戦」の構図である。欧州防衛だけでなく、インド太平洋、中東まで視野に入れたグローバルな抑止構造だ。そして、この戦略の根底にあるのは「力の空白を作らない」という鉄則である。空白は、必ず敵の侵略を招く。

この教訓は我が国にも突き刺さる。日本もロシア、中国、北朝鮮という三正面の脅威に直面している。だからこそ、NATOのように防衛戦略を地域限定からグローバル視野へと拡張すべきだ。同盟国との多域連携を強化し、経済、サイバー、宇宙、海洋といった全方位の安全保障ネットワークを築くことこそ、未来の抑止力と国益を守る道である。

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2025年8月13日水曜日

日印が結んだE10系高速鉄道の同盟効果──中国『一帯一路』に対抗する新たな戦略軸


まとめ
  • インド高速鉄道計画に日本の新幹線E10系導入が決定し、日本とほぼ同時期に運行開始予定。
  • E10系はALFA-X技術を継承した最新型で、安全性・省エネ性能・快適性を大幅に向上。
  • 日印鉄道協力は2015年に始まり、今回の採用はインドの全国高速鉄道網整備の起点となる。
  • 導入は中国「一帯一路」への対抗や安全保障強化に直結し、軍需・災害対応にも有用。
  • 高速鉄道以外にも防衛、経済、エネルギー、科学技術で協力が拡大し、日印の戦略的関係が深化。
 
🔳インド高速鉄道にE10系導入決定
 

インドで建設中の高速鉄道に、日本の新幹線E10系が導入される方針が固まった。導入時期は日本国内での営業運転開始とほぼ同じになる見通しだ。モディ首相は8月下旬に訪日し、契約内容や導入台数、技術移転の枠組みなど最終的な詰めに入る。

E10系はJR東日本が開発中の次世代新幹線で、2030年度の営業運転開始を目標としている。実験車両ALFA-Xで培った最新の安全技術と省エネ性能を継承し、さらに進化させた。地震対策のL字ガイドや揺れ防止ダンパー、非常時の停止距離短縮機能、高効率のシリコンカーバイド素子インバータ、冷却不要の誘導モーターなどを搭載。安全性と省エネ性を高い水準で両立させている。客室は2+2の座席配列で全席にUSBポートと電源を備え、グランクラスを廃止してビジネス向けの「Train Desk」スペースを新設。Wi-Fiルーターや大型折りたたみデスク、荷物輸送用ラゲッジドアも導入し、長距離移動の快適性と利便性を大きく向上させている。

🔳日印鉄道協力の経緯と戦略的意義
 
新幹線に試乗する前に安倍首相(当時)と握手するモディ首相

日印の鉄道協力は2015年、安倍晋三首相(当時)とモディ首相が合意したムンバイ–アーメダバード間の高速鉄道計画に端を発する。日本は円借款による低利融資や技術協力、現地人材の研修支援を行い、計画を後押ししてきた。当初はE5系の導入が検討されたが、コストや納期の課題から見直しとなり、今回のE10系採用に至った。インドは今後、デリー–コルカタ、チェンナイ–バンガロールなど全国規模で高速鉄道網を整備する計画を持ち、今回の決定は他路線への波及効果が期待される。

今回の合意は、日印の技術協力と経済関係を象徴するものだ。両国で同時期にE10系を導入することで、信頼性の高い鉄道技術を共有し、規模の経済も生まれる。また、中国が推進する「一帯一路」に対抗するインフラ外交の一環としても重要である。インドは中国製インフラへの警戒を強めており、日本の高速鉄道導入は安全保障の面でも大きな意味を持つ。高速鉄道は平時の交通インフラにとどまらず、災害や軍事的緊張の際には戦略物資や人員を迅速に輸送できる。特に西部から首都圏を結ぶルートはパキスタン国境やインド洋シーレーンに近く、軍需輸送や避難経路としての価値が高い。日本の技術採用は、通信・制御や保守管理で中国依存を避け、サイバーセキュリティや機密保護の面でも優位性をもたらす。

🔳高速鉄道以外の協力と両国関係の深化

安倍首相(当時)と印モディ首相は2018年10月29日に会談し、デジタル分野で新しいパートナーシップ協定を結ぶ方針で一致

高速鉄道だけではない。日印は防衛、経済、エネルギー、科学技術など幅広い分野で協力を拡大している。防衛では共同訓練「ジムエックス」や「マラバール」を通じ、海洋安全保障や対潜水艦戦能力を強化。経済では日本企業の製造業投資が拡大し、「メイク・イン・インディア」政策を後押ししている。エネルギーでは原子力協定や再生可能エネルギー開発、港湾整備が進み、インド洋の経済回廊構築に寄与。科学技術では宇宙開発協力が進み、衛星打ち上げや月探査計画でも連携が見られる。

地政学的にも、この合意は日印戦略的パートナーシップを一段と強化し、「自由で開かれたインド太平洋」構想を現実のものにする。インドの日本技術採用は、中国の経済圏拡大に対する防波堤となり、米国や豪州を含むクアッドの結束を固める。また、日本にとってインドは中東やアフリカへの陸海ルート上の要衝であり、この協力は長期的な安全保障基盤の確立に直結する。多方面にわたる協力の広がりは、両国の絆をさらに深め、数十年先を見据えた戦略的関係の土台となるだろう。

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日米が極秘協議──日本が“核使用シナリオ”に踏み込んだ歴史的転換点 2025年7月27日
安全保障や崩れゆく戦後秩序に関する日本の現実主義的対応を描写。鉄道を含めたインフラ外交の「抑止力」側面を補完。

インドとパキスタンが即時停戦で合意…トランプ大統領はSNSで「米国が仲介」と表明 2025年5月11日
南アジアにおけるインドの地政学的重要性を示す出来事。高速鉄道導入との関連で、安全保障や地域安定の文脈を強調できる。

海自の護衛艦が台湾海峡を通過 単独での通過は初 中国をけん制か 2025年3月3日
日印のみならず日米印を含む「自由で開かれたインド太平洋」戦略を象徴する動き。高速鉄道の地政学的価値を補完。

世界の生産拠点として台頭するインド 各国が「脱中国」目指す中 2024年3月10日
インドが製造業で急成長し、世界的な「チャイナプラスワン」戦略の中心となる動きを分析。E10系導入と経済外交の流れを補強する内容。

安倍首相 インド首相を別荘招待で関係強化へ 2018年10月28日
日印間で築かれてきた個人的信頼と外交関係の深化を象徴する一幕。今回のE10導入が積み重ねられた歴史の延長であることを示す。

2025年8月12日火曜日

景気を殺して国が守れるか──日銀の愚策を許すな


まとめ

  • 斎藤経済政策担当副委員長の「性急な利上げ回避」発言は国際標準のマクロ経済学的にみても妥当であり、政治介入ではない。
  • 白川総裁時代までの日銀は教条的に利上げを繰り返しデフレを長期化させ、黒川総裁時代は一時改善されたものの、昨年(2024年)も短期金利・長期金利上限を引き上げる政策ミスを犯した。
  • コアコアCPIは2%前後で、その多くが外的要因によるため、インフレ率2%での即利上げは不要。高圧経済の観点からは4%程度までは容認し、雇用や賃金動向を見極めるべきである。
  • 条件付きの追加緩和で労働市場を加熱させ、デフレマインドを完全に払拭することが経済安定に不可欠である。
  • 米中対立や台湾有事リスクなど地政学的リスク下で景気を冷やせば防衛力・経済安全保障が弱体化するため、金融政策は国際情勢も踏まえて運営すべきである。
最近、金融政策を巡る論争が政界・日銀双方で再び熱を帯びている。米国の関税政策や世界的なインフレの動きが日本経済に波及する中、利上げの是非をめぐる意見が交錯している。しかし、この議論には本質的な視点が欠けている。それは、我が国の金融政策が過去に何度も犯してきた「教条的で理由なき利上げ」の誤りを繰り返してはならないという一点だ。本稿では、国際標準のマクロ経済学の立場から、なぜ今の日本が利上げをすべき局面ではないのかを、経済と地政学の両面から論じる。
 
🔳教条的利上げの歴史と昨年の誤り
 
斎藤経済政策担当副委員長

自民党の斎藤経済政策担当副委員長は、ロイターへのインタビュー(2025年8月6日配信)で「米国の関税が日本経済に与える影響を踏まえ、性急な利上げは避けるべきだ」と明言した。このような発言を「政治介入」と批判する声もあるが、国際標準のマクロ経済学的観点から見れば、むしろ極めて正当な見解である。

本来、矛先を向けるべきはこうした慎重論ではなく、日銀が歴史的に繰り返してきた教条的で理由なき利上げの姿勢だ。白川総裁時代までは景気や雇用の実態を顧みず、引き締めを優先した結果、デフレを長期化させた。黒田総裁による異次元緩和でようやく正常な政策が導入されたが、現植田日銀総裁は、昨年(2024年)には短期金利をマイナス0.1%からゼロ%へ、長期金利の上限も0.5%から1%へと引き上げた。これは供給ショックによる一時的な物価上昇を景気過熱と誤認したものであり、明らかな政策ミスである。

🔳 利上げ不要の経済的根拠と高圧経済の必要性
 
植田日銀総裁

足元のコアコアCPI(生鮮食品・エネルギー除く)は前年比でおおむね2%前後を推移している。その大半は輸入エネルギーや食料品の価格上昇といった外的要因に起因し、国内需要の過熱とは性質が異なる。こうした供給サイド要因に対しては、金利引き上げではなく財政出動や規制緩和で対応するのが筋である。

米FRBのブレナード元副議長は、供給ショックによる一時的インフレに過剰反応せず、雇用と成長を優先すべきだと繰り返し説いた。日銀の昨年の利上げは、この教訓を無視した拙速な判断だった。

さらに、高圧経済の観点から言えば、インフレ率が2%に達したからといって即座に引き締めるべきではない。4%程度まで容認し、雇用統計や賃金上昇の持続性を見極めながら利上げ時期を判断すべきである。この間に条件付きの追加緩和を実施し、労働市場を加熱させて長年染み付いたデフレマインドを完全に払拭する必要がある。
 
🔳地政学的リスクと金融政策の戦略的運営
 
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世界は今、米中対立、台湾有事の危機、ウクライナ戦争、中東情勢の不安定化など、多重の地政学的リスクに覆われている。これらは日本のエネルギー供給や貿易を直撃し、経済・安全保障両面の脆弱性を高める。こうした状況で国内経済を冷やす利上げを行えば、税収基盤は縮小し、防衛力強化や経済安全保障政策の遂行が困難になる。

経済力は国防力の基礎である。景気をいたずらに冷やせば、我が国は国際競争力と安全保障の両方を失いかねない。金融政策は物価や金利だけでなく、国際情勢と実体経済を総合的に踏まえて運営されるべきだ。

現在の日本は、利上げが不要どころか、条件付きの追加緩和を検討すべき局面にある。供給ショック(原油高や食料価格高騰など、供給側の制約で物価が上がる現象)は、金利を上げても解決しない。むしろ利上げで景気を冷やすだけで、副作用が大きい。こうした場合は、政府が財政出動(補助金や減税)や規制緩和で直接コストを下げる政策を行うべきだ。また、為替の急変動は金融政策ではなく、為替介入や通貨スワップなど財務省の権限で対処すべき領域である。

供給ショックや為替変動を理由に日銀が利上げに動くのは、本来の役割を逸脱した誤りだ。日銀は、過去の教条的誤りを繰り返すのではなく、経済成長と防衛力強化を同時に実現する戦略的金融運営へ舵を切らなければならない。それが、我が国の未来を守る唯一の道である。

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2025年8月11日月曜日

中国が「すずつき」に警告射撃──本当に守りたかったのは領海か、それとも軍事機密か

 

まとめ

  • 2024年7月4日、海自護衛艦「すずつき」が中国領海に一時侵入し、中国海軍が二発の警告射撃を実施。日本政府は電子海図設定ミスによる偶発的侵入と説明。
  • 中国が低リスク手段ではなく警告射撃を選んだ背景には、主権アピールや日本への圧力、国際社会への強硬姿勢発信のほか、探知能力や即応態勢の欠陥、高価値軍事施設への接近など“触れられたくない事情”を隠した可能性がある。
  • 公表が遅れたのは、事実確認や外交調整に時間を要し、国会や国際会議など重要日程を避けたため。発表は「複数の日中関係筋」による匿名リークで行われた。
  • 過去にも類似の事例はあり(2013年レーダー照射事件、2017年潜水艦侵入など)、ただし今回は日本が「侵入した当事者」とされるため説明は格段に難しい。
  • 領海境界付近での接触や小規模な牽制は日常的に発生しており、今回の事案は偶発的とされるものの、日本が将来同様の警告射撃を行う正当化材料となる可能性がある。
 
🔳護衛艦「すずつき」侵入と中国の警告射撃

 

2024年7月4日早朝、海上自衛隊の護衛艦「すずつき」が中国・浙江省沖で一時的に中国領海へ侵入し、中国海軍から警告射撃を受けた。発射された二発の砲弾は命中せず、艦にも乗員にも被害はなかった。日本政府は「航行用電子海図の設定ミスによる偶発的なもの」と説明している。電子海図には、公海と他国領海の境界線を表示する機能があるが、これがオフになっており、乗員が位置を誤認した可能性が高い。また、日中間には防衛当局間の「海空連絡メカニズム」があるが、この時は使われなかった。

現時点で、侵入が意図的であった証拠はない。ただし軍事的な視点に立てば、航行の自由を確認するため、相手の対応力を探るため、あるいは外交交渉のカードとするため——そうした意図を持った行動であった可能性は残る。しかし、警告射撃は偶発衝突や死傷事故の危険を伴うため、通常は計画的に仕掛けるとは考えにくい。
 
🔳強硬対応の裏に潜む“まずい事情”
 
浙江省の潜水艦基地の衛星画像
 
中国には本来、警告通信や進路遮断、近距離での示威航行、ヘリの発進など、より低リスクな手段があった。それにもかかわらず警告射撃を選んだ背景には、国内向けに「領海主権を断固守る」という姿勢を示す政治的意図、日本側への心理的圧力、国際社会への強硬姿勢の発信といった狙いがあったと見られる。中国は東シナ海や南シナ海で、こうした既成事実化を積み重ねてきた。今回もその延長線上にある。

だが、これだけではない。警告射撃には、中国側の“触れられたくない事情”を覆い隠す目的があった可能性がある。もし「すずつき」が中国の監視網の死角を突き、領海内に接近したのだとすれば、それが故意であろとなかろうと、それは中国海軍や海警の探知・追尾能力に欠陥があることを意味する。浙江省沿岸には潜水艦基地、造船所、ミサイル試験関連施設など、戦略上重要な拠点が存在する。航路がこれらに接近していたなら、探知が遅れた事実は中国軍にとって致命的だ。強硬対応は、この失態を「完全掌握の下で対応した」という形に塗り替えるための演出だった可能性がある。現場の探知・対応不備は内部での責任追及を招くため、早急に「撃退成功」という成果報告に置き換える必要があったとも考えられる。

🔳公表の遅れと今後の影響
 
事件の公表が遅れたのは、防衛と外交の両面での事情がある。直後に発表すれば日中間の緊張を高め、交渉や危機管理の余地を狭めかねない。電子海図の記録や航行データの解析、関係者の聴取など、事実確認にも時間を要しただろう。加えて、公表時期は国会や国際会議、防衛相会談などの重要日程を避け、慎重に選ばれた可能性が高い。こうした調整には、防衛省や外務省、内閣官房、与党幹部らの合意形成が不可欠だ。

報道では、この件について「複数の日中関係筋が10日、明らかにした」とされる。この「日中関係筋」とは、日中間の外交・安全保障ルートに通じた人物や組織を指すが、実名や所属は明らかにされない。外務省や防衛省の幹部、首相官邸関係者、中国外交部や人民解放軍関係者などが含まれる可能性が高い。公式発表が困難な場合、匿名の「関係筋」を通じて情報を出すのは外交報道でよく使われる手法である。

過去にも類似の事例はある。2013年1月、中国艦による海自艦への火器管制レーダー照射事件は発生から約1週間後に公表された。2017年1月には中国原子力潜水艦が尖閣周辺の領海に侵入し、確認後に発表された。ただし、これらはいずれも日本が被害者の立場だったため公表は比較的容易だった。今回は日本が「領海侵入した当事者」とされるため、説明は格段に難しい。


さらに、こうした事案は報道されるよりも頻繁に起きている可能性が高い。海上自衛隊や中国海軍、中国海警局の艦艇は東シナ海や南西諸島周辺で日常的に接触しており、公海上での接近航行や警告通信は珍しくない。測位誤差や航路設定ミスで境界に接近することもあり、現場で通信で解決すれば公表されない。公表されるのは、外交的メッセージとして利用する場合や、国内世論への対応が必要な場合、偶発的衝突寸前の重大事案に限られる。

今回の事案は偶発的とされるが、中国が警告射撃を行ったという既成事実は、日本が将来同様の措置を取る際の正当化材料となる。国際関係では相互主義が働き、相手の行動を自国が繰り返すことは正当化されやすい。国内世論も「日本も同じ対応をすべきだ」との声を強めるだろう。ただし、日本が警告射撃に踏み切るには、国際法上の段階的措置義務や外交的影響、自衛隊の厳格な交戦規則といった高い壁がある。当面は慎重姿勢が続くだろうが、中国の領海侵犯や接近行動が常態化し、情勢が後押しすれば、中長期的には日本が警告射撃を行う可能性は高まる。

表に出ないだけで、現場では小規模な衝突や牽制が日常的に繰り返されている。今回のように顕在化した事案は、将来の行動方針を左右する前例になり得る。安全保障の現場では、一つの前例が戦略を変えることがある。この出来事もその典型になるかもしれない。

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#安全保障 #国防 #地政学 #日中関係 #防衛政策 #国際情勢 #海上自衛隊 #中国海軍 #領海問題 #軍事分析 #外交戦略

2025年8月10日日曜日

制度の穴を突かれた日本──衝撃!名古屋が国際麻薬ネットワークの司令塔だった


 まとめ

  • ベリングキャットは2025年8月7日、武漢の化学企業Hubei Amarvel Biotechと名古屋法人「Firsky」が同一密輸ネットワークとして機能していたと公表した。
  • Firskyは単なる経由地ではなく密輸網の中枢拠点であり、法人記録やWHOIS情報、画像の使い回しなどOSINTで両者の結びつきが裏付けられた。
  • 米国ではAmarvelBio幹部2名がフェンタニル前駆体の密輸で有罪となり、日本拠点の責任者も米訴訟で「日本のボス」とされている。
  • 日本の法人設立制度や化学物質規制の不備が密輸網に悪用され、国際捜査共助や前駆体規制の遅れが深刻な弱点となっている。
  • この事例は、OSINTによる市民参加型調査が国際犯罪の解明に有効であることを示し、制度改革と国際連携の必要性を浮き彫りにした。

🔳名古屋に置かれた密輸網の中枢
 
欧州の調査報道サイト「ベリングキャット(Bellingcat)」は、2025年8月7日付で自社ウェブサイトに掲載した記事、"A Chinese Fentanyl Smuggling Network’s Footprints in Japan"において、中国湖北省武漢の化学企業 Hubei Amarvel Biotech(AmarvelBio)が関与するフェンタニル前駆体の国際密輸で、日本・名古屋に設立された法人「Firsky」が実質的に同一ネットワークとして機能していたことを明らかにした。

名古屋の拠点は単なる経由地ではなく、組織運営の中枢として活用されていた疑いが濃いとされたが。これは日経との共同調査で、ベリングキャットは公開情報を縦横に組み合わせ、両者が実質的に一体であることを論証した。

米ニューヨーク南地区連邦地裁の裁判記録によれば、2025年2月、AmarvelBioの王慶州(Qingzhou “Bruce” Wang)と陳依依(Yiyi “Chiron” Chen)が有罪評決を受けた。米司法省の発表では、両者が中国から米国へ200キロ超のフェンタニル前駆体を輸送しており、その量は致死量換算で約2,500万回分に相当するとされる。この事件は、米国司法当局が中国企業幹部をフェンタニル原料密売で起訴した初の事例であり、国際法執行における歴史的節目と位置づけられる。

FIRSKY株式会社が入っていた住居兼ビル

名古屋の Firsky は2024年7月に清算されているが、法人記録では夏峰志(Xia Fengzhi)が責任者として記載され、米訴訟記録で「日本のボス」とされた人物と一致する。ベリングキャットの国際的なオープンソース情報調査(OSINT)により、陳依依がAmarvelBioのみならずFirsky(中国版・日本版)や関連会社 Wingroup のドメインも登録していたことが判明。さらに、ダークネット市場「Breaking Bad」の広告やECサイト上の出品に、両社で同一の透かし入り画像・工場写真・連絡先が使い回されている事実が確認された。

輸出荷は「ドッグフード」「ナッツ」「モーターオイル」などと偽装され、ステルス梱包で米国に送られていた。証明書や写真の再利用、社名の表記ゆれ(例:“Amarbel”)なども複数確認され、同一ネットワークである証拠は数多い。日本が選ばれた背景には、会社設立の容易さ、規制の緩さ、フェンタニル前駆体の輸送ルートとして目立たない地理的条件があったと記事は指摘している。Firskyは清算されたが、ネットワークは中国側で活動を継続中とされる。

🔳浮き彫りになった日本の制度的弱点
 
この事件は、日本の法人設立制度の脆弱性を突きつける。日本では、実質的支配者情報リスト制度(令和4年1月31日運用開始)が創設されたが、これはFATF(金融活動作業部会)の勧告に基づき、マネーロンダリングやテロ資金供与防止を含む国際的な金融犯罪対策を目的としている。しかし現行制度では、実質的支配者情報は登記簿に記載されず一般には非公開で、登録内容の正確性確認も限定的であるため、反社会勢力以外の実質的支配者や事業目的の実態について十分な審査が行われていないのが実情だ。また、日本では資本金1円でも短期間で会社設立登記が可能であり、この容易さが不正利用の温床となる懸念がある。

フェンタニルは麻薬取締法で規制されるが、前駆体化学物質は合法化学品として取引可能な場合が多く、輸出入チェックは不十分だ。化学物質規制法や輸出入貿易管理令はこうした抜け道への対応が遅れ、国際的な犯罪組織に利用されやすい。さらに、日本は国際的な麻薬捜査共助の実績が乏しく、海外での違法行為に関与した国内法人への直接制裁も難しい現状にある。

米国ではフェンタニルによる薬物危機が深刻化し、年間7万人以上が過剰摂取で死亡している。米政府は中国企業やメキシコのカルテルを主要供給源と断定し、経済制裁を発動している。国連麻薬委員会は前駆体化学物質の国際規制を強化しているが、各国の法整備や施行速度には差があり、規制逃れのために分子構造を変えた新物質が次々登場する“ケミカル・ウィスパリング”が横行している。日本は「需要国ではない」という油断から対策が遅れ、国際捜査機関とのリアルタイム情報共有も不十分だ。今回のベリングキャットの報告は、日本が密輸網で果たした役割を世界に示し、対策の優先順位を引き上げる契機となり得る。

🔳OSINTが切り開く社会全体の監視力
 
べリングキャットのロゴ

私の過去のブログ記事でも触れたように、ベリングキャットは一般の調査者による情報検証の力を象徴する存在である。新型コロナウイルスの起源調査で脚光を浴びた、米国のドラスティックや他の世界各地の独立系調査グループの活動に見られるように、政府や大手メディアが追及しきれない事実も、公開情報を駆使すれば解明できる。今回の事件も、商業登記や法人データベースによる関係者特定、WHOISによるドメイン追跡、衛星画像解析、SNSや写真のメタデータ分析、貿易データの経路解析といったOSINT手法の組み合わせで、名古屋法人と中国本社の結びつきが明確になった。

必要な制度改革は明白だ。法人設立時の実質的支配者情報の義務登録と公開、前駆体化学物質の包括規制、税務・通関データのリアルタイム共有、DEAやユーロポールとの常設合同タスクフォース設置、輸出入業者や化学品取扱業者のライセンス厳格化、疑わしい取引の報告義務強化が不可欠である。

そして、この公表は「社会全体が参加できる調査と情報発信の可能性」を示した点でも意義が大きい。国際犯罪の解明は当局だけの仕事ではない。公開情報を分析すれば、個人や独立組織でも世界規模の不正を暴けることを証明した。この能力は今後AIを駆使することにより、さらに向上するだろう。これは政府やメディアに依存しない情報監視の必要性を示し、監視と検証の文化を社会に根付かせることが、安全保障と透明性を守る確かな道であることを教えている。

この事件は、日本の制度改革と国際連携の必要性を突きつけると同時に、調査と発信を社会全体で担える現実的可能性を証明した。法人設立制度の抜本見直し、前駆体化学物質の輸出入規制強化、国際共助体制の拡充、そして透明な情報環境の整備こそが、この国際的脅威に立ち向かうために不可欠である。

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中国資本が狙う“国土の急所”──アメリカで進む対中土地規制の全貌と日本への警告 2025年7月28日
米国の対中土地規制トレンドを通じ、日本の無防備な土地利用政策や制度的脆弱性が国家主権にどのように影響するかを警告的に分析しています。制度脆弱性の別角度の示唆として有用です。

中国フェンタニル問題:米国を襲う危機と日本の脅威 2025年7月1日
米国で深刻化するフェンタニル過剰摂取問題を背景に、中国が原料供給源として関与し、日本・名古屋が物流や制度の隙間を悪用されている可能性を指摘。国際麻薬網と日本の脆弱性を併せて浮き彫りにする内容です。

財務省職員の飲酒後文書紛失が突きつけた危機 2025年6月27日
名古屋での密輸網に関する資料を含む可能性がある機密文書の紛失事件を通じて、日本の情報管理体制の甘さが国際捜査にも影響する恐れを描いています。制度の弱点との親和性が高い記事です。

OSINTを活かす市民発・安全保障機関「DEEP DIVE」設立の意義 2025年4月
ベリングキャットに着想を得た、日本独自の非営利OSINT機関「DEEP DIVE」が設立され、公開情報を駆使した安全保障分析の可能性を提示しています。制度改革ともつながる記事です。

中国の「麻薬犯罪」を暴露した米下院報告書がヤバすぎる 2024年5月
中国がフェンタニル問題を巡ってアヘン戦争に匹敵するような戦略的犯罪に関与している可能性を米下院報告書で明らかに。背景の趨勢把握に有効です。

2025年8月9日土曜日

サイバー戦は第四の戦場──G7広島から最新DDoS攻撃まで、日本を狙う地政学的脅威


まとめ

  • 2025年版IPA「情報セキュリティ10大脅威」に初めて「地政学的リスクに起因するサイバー攻撃」が明記され、国家や準国家組織が日本を狙う時代に突入したことが明らかに。
  • 攻撃は政策転換、国際的地位の弱体化、国民分断を狙い、官公庁や金融、エネルギー、交通など国家中枢を標的に、情報操作や世論誘導と並行して行われる。
  • 具体例として、2023年G7広島サミットでの広島市公式サイトへのDDoS攻撃、2024年10月の日米防衛協力強化発表直後の協調型DDoS攻撃があり、いずれも親ロシア系ハクティビストによるもの。
  • 日本は外交イベントや制裁発表前後を「高警戒日」として防御態勢を強化し、犯行予告の即時共有、重要インフラの冗長化、国際的な脅威情報共有体制の構築が必要。
  • 専門家はサイバー攻撃を「破壊・諜報・工作の進化形」かつ「戦争の第四の領域」と位置付け、日本は外交・防衛・法制度・民間を総動員した総合戦略で対抗すべき。
 
 🔳国家戦略としてのサイバー攻撃の現実

 
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近年、日本は地政学的背景を持つサイバー攻撃の新たな波に直面している。2025年版のIPA「情報セキュリティ10大脅威」では、初めて「地政学的リスクに起因するサイバー攻撃」が明記された。(上の表の7位)

これは、国家や準国家組織が外交や軍事の文脈で日本を狙う時代が現実化したことを意味する。従来の金銭目的や愉快犯型とは異なり、狙いは政策転換、国際的地位の弱体化、国民分断と混乱の誘発だ。攻撃主体は国家やその傘下組織、あるいは「ハクティビスト」を装う国家支援集団など多様で、情報操作や世論誘導と並行して攻撃を行う。

重要法案の審議、防衛政策の発表、国際会議の開催といった政治的に意味を持つ瞬間に、官公庁、メディア、金融、エネルギー、交通など国家中枢が標的となる。特にロシアの侵攻以降、親ロシア系ハクティビストの活動が目立ち、NoName057(16)などがTelegramで攻撃予告を行い、その直後にDDoSを実行する手口を繰り返している。
 
🔳日本を揺るがした具体的事例
 

象徴的なのが2023年G7広島サミットでの攻撃だ。広島市や関連機関の公式サイトが親ロシア系ハクティビストによる大規模DDoS攻撃を受け、一時的に閲覧不能となった。世界中の感染端末からのアクセス集中でサーバーを麻痺させ、日本のウクライナ支援とG7の結束に冷や水を浴びせる狙いがあった。

さらに2024年10月、日米防衛協力強化の発表直後にも協調型DDoS攻撃が発生。複数の親ロシア系グループが同時に犯行声明を出し、政府機関や大手金融機関、通信事業者のポータルが断続的に停止。攻撃は数時間から半日続き、日米同盟強化への露骨な報復だった。被害は短期間にとどまったが、日本の重要インフラが政治的メッセージの標的となる現実を突きつけた。
 
🔳日本が取るべき戦略と専門家の警鐘

自衛隊のサイバー対応の中核部隊に初めてテレビカメラ

日本は外交イベントや制裁発表の前後を「高警戒日」として防御態勢を強化し、犯行予告を即座に脅威情報として共有する体制を構築すべきだ。重要インフラは攻撃を前提に冗長化や縮退運用を備え、被害を最小限に抑える。政府はサイバー安全保障を防衛戦略の柱に据え、NISC、防衛省、警察庁の常設連携を実現し、国家関与が疑われる場合は迅速に公表と制裁を行う必要がある。国際協力も強化し、米国や英国、豪州とAPTやハクティビストの動向をリアルタイムで共有する枠組みを整備すべきだ。

ジョンズ・ホプキンス大学SAIS教授のトーマス・リードは、サイバー戦争を「戦争ではなく、破壊・諜報・工作の進化形」と位置付け、物理的被害以上に政治や社会の認識を揺さぶる行為だと指摘する。

また、大西洋評議会Cyber Statecraft Initiative創設ディレクターで現コロンビア大学SIPA研究学者のジェイソン・ヒーリーは、サイバー紛争を「戦争の第四の領域」とし、外交・防衛戦略に組み込む必要を訴えている。

地政学的リスクに起因するサイバー攻撃は、技術だけの問題ではない。これは国家の意思と国民の心を狙う戦いである。日本は外交、防衛、法制度、民間の力を総動員し、総合戦略で立ち向かわねばならない。

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【報道されぬ衝撃事実】日米が“核使用協議”を極秘に実施 … 2025年7月22日
日本国内ではほとんど報道されない日米間で行われた核使用協議の存在を取り上げた記事である。

日本の防衛費増額とNATOの新戦略:米国圧力下での未来の安全保障 2025年7月12日
防衛費増額やNATOの新戦略を踏まえ、日本の安全保障体制の強化を分析している。

能動的サイバー防御、台湾有事も念頭に「官民連携」など3本柱 首相 … 2025年2月
国家サイバー防衛の強化策を解説した記事である。官民連携や国家サイバー統括体制の新設など、地政学的リスク型サイバー攻撃への政策的対応を論じている。

日米2+2「在日米軍に統合軍司令部」の発表に反発する中国 … 2024年8月
日米同盟強化の一環として在日米軍に統合司令部を設置する決定と、それに対する中国の反発を解説している。地政学的対立を読み解く材料となる。

<主張>日比2プラス2 新協定で対中抑止強化を―【私の論評】日比円滑化協定(RAA)の画期的意義(2024年7月)
日比間のRAA締結を通じた対中抑止の強化について論じている。

2025年8月8日金曜日

【日米関税交渉】親中の末路は韓国の二の舞──石破政権の保守派排除が招く交渉崩壊


 まとめ

  • 日米合意の自動車関税引き下げには「重畳課税」などの抜け穴が残され、米国の裁量で事実上引き上げ可能な危険がある。
  • 2018年の232条関税や米韓FTA改定の事例のように、米国は対中姿勢が弱い同盟国に対して通商面で強硬姿勢を取る傾向がある。
  • 石破政権は経済安全保障や通商の専門性に乏しい人物を重用し、交渉力の低下を招いている。
  • 岩屋毅外相は防衛畑出身で親中派とされ、500ドットコム事件でも米国から警戒される要因を抱えている。
  • 日本が危機を脱するには石破政権を退陣させ、自民党内保守派が実権を回復して米国と足並みをそろえることが不可欠である。
米相互関税の負担軽減措置をめぐり、赤沢亮正経済財政・再生相は7日、米政府が大統領令を修正し、日本を対象に加えると約束したと発表した。徴収し過ぎた関税は7日にさかのぼって還付されるという。さらに米国は、自動車関税引き下げの大統領令も同時期に出す方針を示した。表向きは日米関係の前進に見えるが、実態はそう単純ではない。協定文には重大な抜け穴があり、日本が将来、米国の意向ひとつで不利な立場に追い込まれる危険が潜んでいる。以下、その核心を明らかにする。
 
🔳協定に仕掛けられた“罠”
 
今回の日米合意は、米国が日本から輸入する乗用車の関税を27.5%から15%に下げるという内容だ。日本の自動車産業にとっては、米市場での競争力を高める朗報に見える。だが、その裏には看過できない問題がある。

米国が日本から輸入する乗用車の関税を27.5%から15%に下げることになったが・・・・

最大の懸念は「重畳課税」だ。本来15%に下がるはずの関税に、別の法律や安全保障条項を根拠とした追加課税を上乗せすることが可能な構造が残っている。協定にはこれを禁じる文言がない。つまり、数字だけを見れば譲歩を得たように見えても、米国はいつでも関税を事実上引き上げられるのだ。

さらに、発効時期が曖昧である。日本は即時実施を求めたが、協定には日付も条件も明記されていない。米国は政治状況や経済事情を理由に、発効を先送りできる余地を持つ。しかも協定そのものの拘束力が弱く、米国内の政権交代や議会の圧力で簡単に運用を変えられる。これは同盟国間の信頼を揺るがすだけでなく、日本経済の柱である自動車産業に深刻な打撃を与えかねない。
 
🔳米国の“圧力外交”の前例と対中姿勢の影響
 
この構図は、トランプ政権下での232条関税を思い起こさせる。2018年、米国は鉄鋼に25%、アルミに10%の追加関税を課した。当初、EUやカナダ、メキシコには一時的な適用除外が与えられたが、日本は同盟国でありながら対象から外されなかった。その後、除外措置は短期間で解除され、EUも最終的には対象となった。ただしEUはWTO提訴や報復関税で対抗し、条件付き譲歩を引き出す交渉を展開した。一方、日本は有効な反撃策を取れず、事実上、米国の条件を受け入れた形だ。安倍政権を持ってしてもこれに対処する術はなかったのだ。

親中、親北だった当時の文在寅韓国大統領

米韓FTA改定でも同じ構図が見られる。2018年、米国は韓国に対し、米国製自動車の輸入規制緩和や関税維持を一方的に認めさせた。当時の文在寅政権が親中的かつ北朝鮮に融和的だったことが、米国の強硬姿勢を後押ししたとされる。米国は安全保障と通商を一体で捉える。対中政策で足並みをそろえない同盟国には、経済面での圧力を加えることをためらわない。

この視点で見ると、石破政権の対中姿勢は危険だ。発足以来、中国との関係改善を打ち出し、経済交流や首脳往来を積極的に進めてきた。この動きが米国に「対中で中立に傾く政権」と受け取られれば、通商交渉で一層厳しい条件を押し付けられる恐れがある。
 
🔳石破政権の人事が招く交渉力の空洞化
 
日本がこうした不利な条件を受け入れてしまう背景には、石破政権の人事がある。経済安全保障や通商戦略に精通した保守系の実務派を外し、代わりに専門性に乏しい人物を重用したのだ。
石破政権発足時の閣僚 クリックすると拡大します

経済安全保障担当の赤澤亮正氏は、国際経済交渉の豊富な経験よりも首相との近さで選ばれたとされる。外務大臣の岩屋毅氏は、防衛・外交畑の経歴はあるが通商や経済安全保障の専門性はなく、加えて親中派と見られている。さらに、中国系オンラインギャンブル企業「500ドットコム」を巡る2019年のIR汚職事件で名前が取り沙汰され、東京地検特捜部の捜査対象にもなった。この件は起訴には至らなかったが、米国側から「対中資本と近しい人物」として警戒される要因となった。こうした人物が外相に就任すれば、米国からの信頼度が下がり、通商や安全保障交渉で不利に働くのは避けられない。

こうした布陣では、防御的な条文を協定に盛り込み、相手国の裁量を封じる発想は生まれにくい。結果として、米国の政治判断ひとつで合意の実質が変えられるような危うい協定が結ばれたのである。
 
🔳危機を脱する唯一の道
 
日本がこの危機を脱するには、政権の交代が不可欠だ。石破政権は発足当初から保守派排除の報復人事を繰り返し、保守系の有能な人材を重要ポストから外してきた。組閣に柔軟性はなく、党内融和よりも自らの支持基盤固めを優先している。実際、経済安全保障や外交の要職には、党内保守派や経済交渉の実務派はほぼ起用されていない。こうした人事の偏りが交渉力の低下を招き、今回のような不利な合意を許したことは明白だ。

もちろん、連立政権による再編や保守系新党の躍進というシナリオもあり得る。しかし、当面の課題はトランプ政権との交渉であり、ここで日本側が主導権を握るには、石破首相を退陣させ、自民党内の保守派が再び実権を取り戻すことが望ましい。米国は過去の文在寅政権への対応でも示したように、対中姿勢や安全保障の立場を重視して通商条件を決める。したがって、対中で明確に米国と足並みをそろえる保守派政権こそが、今の日本に必要であり、国益を守るための唯一の現実的な道である。トランプ政権もそれを期待しているからこそ、日本に圧力をかけている可能性も高い。

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2025年8月7日木曜日

【日米関税交渉】日本だけ「優遇措置」が文書に書かれなかった──EUとの差を生んだ“書かせる力”の喪失


まとめ

  • 日本への新関税15%は、日米で説明が食い違い、米国側文書には日本に関する軽減措置が一切明記されていない。
  • EUは防衛費GDP比5%への増額を制度として明記し、米国との協力を「文書化」することで関税軽減を勝ち取ったが、日本は口頭レベルの曖昧な合意にとどまった。
  • 石破政権は中国寄りの姿勢と保守派排除によって、外交・通商・安全保障の専門性を喪失し、米国との交渉力も著しく低下している。
  • 安倍政権は日米同盟や貿易協定で米国に明文化させる「書かせる力」を発揮しており、その外交スタイルと胆力の違いが際立つ。
  • 「書かせる力」を失った今の日本外交では、国民や企業が代償を負う構造が続く。国家の信頼を守るには、再び文書化させる胆力と構想力が必要である。
2025年8月7日、トランプ政権は日本からの輸入品に最大15%の関税を正式に発動した。対象は電子部品、自動車部品、農産品など。再選を果たしたトランプ大統領の「アメリカ第一主義」が、同盟国とされる日本にまで容赦なく牙を剥いた。

日本政府は日米合意の直後、関税の運用方針として「15%未満の関税は15%に引き上げ、15%以上の関税は据え置き」と説明していた。自動車関税についても、現在の27.5%から15%に引き下げられるとアナウンスされた。

しかし、問題はその“合意”の中身にある。米国側の大統領令や通商当局の文書には、日本に対する軽減措置が一切記載されていなかったのだ。EUについては関税緩和の明記があったにもかかわらず、日本だけが書かれていない。「書かれなかった約束」こそが、日本外交の最大の落とし穴であった。
 
🔳「書かせる交渉力」の欠如が明暗を分けた
 
この不平等の根底には、日本の外交姿勢の問題がある。日本は長年、アメリカに対して過剰なまでに低姿勢を貫いてきた。安全保障で依存し、経済でも譲歩を繰り返す。米国にとって、日本は「押せば引く」都合の良い交渉相手と化している。


対照的に、EUは自らの立場を制度で明示した。イランの核開発に対し、アメリカが軍事的に行動したことを受け、NATO加盟国は防衛費をGDP比5%まで引き上げると明文化した。これは単なる数字の約束ではない。「米国と運命を共にする」という政治的意思を制度で示した結果、EUには関税の緩和措置が文書として確保された。

一方の日本は、防衛費の2%目標すら「将来的に目指す」という曖昧な表現にとどまり、具体的な制度設計も示さなかった。これでは信頼も得られなければ、譲歩も勝ち取れない。

さらに石破政権の問題も大きい。政権発足以来、中国との融和姿勢を強め、保守派を冷遇。外交・通商・安全保障の専門家たちが次々と排除された。その結果、交渉の現場には理念も経験も乏しい人物ばかりが並ぶこととなった。これでは「書かせる」どころか、「聞き返す」ことすらままならない。
 
🔳安倍政権が体現した「書かせる力」とは何だったか
 

今の外交がここまで無力化したのは、かつて存在していた交渉力を失ったからだ。安倍晋三政権こそ、「書かせる外交力」を体現した時代である。

2017年、安倍政権はトランプとの首脳会談で「日米同盟は地域の平和と安定の礎である」とする文言を、共同声明に書かせた。2019年の日米貿易協定では、農産品の関税水準が「TPP以上にはならない」との条項を文書に明記させた。これにより国内の農業団体の反発を抑え、外交成果として堂々と発表することができた。

ここにあるのは、「言った言わない」では済まされない世界で戦うための力である。発言を紙に書かせ、署名させ、国際社会に示す。これこそが国家の信頼であり、外交交渉における本当の成果だ。
 
🔳書かせる力を失った国に、未来はない

今回の「書かれなかった約束」は、日本がもはや交渉の場で尊重されていないという厳しい現実を突きつけた。制度で示す意思もなく、言葉を文書に落とす力もない。その代償を払わされているのは、日本の企業であり、国民である。

「交渉力」とは、声を荒らげることではない。紙に書かせる力こそが、国家の尊厳を守るのだ。かつてそれができた日本に、いま必要なのは、再び世界に対して書かせるだけの胆力と構想力である。書かせる力を持たない国に、未来はない。

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2025年8月6日水曜日

石破茂「戦後80年見解」は、ドン・キホーテの夢──世界が望む“強い日本”と真逆を行く愚策

まとめ

  • 石破茂首相の「戦後80年見解」は、保守派排除の成果を誇示する政治的パフォーマンスに過ぎず、政権の求心力は失われつつある。
  • この見解は制度批判と過去の自己否定に偏り、国民からの共感を得られず、冷笑の対象となっている。
  • 親中的な姿勢は、日米同盟やフィリピン・インドなどが求める「強い日本」という国際潮流に逆行しており、時代錯誤の印象が強い。
  • 国際社会ではリベラル親中の価値観が退潮しており、石破氏の主張は孤立無援のドン・キホーテのようだ。
  • 安倍晋三元首相の戦後70年談話は今なお生き続け、日本の外交と安全保障政策の中核として国内外に広く受け入れられている。
2025年、石破茂首相が構想する「戦後80年見解」をめぐって、政界・世論ともに緊張が走っている。安倍晋三元首相が遺した「戦後70年談話」との違いは明白であり、国の方向性を決定づける思想的分岐点として、大きな注目を集めている。以下に、石破見解の政治的意味とその限界、そして安倍談話が今なお持つ影響力について論じたい。

🔳石破見解の政治的背景と限界
 
石破茂首相が打ち出そうとしている戦後80年見解は、リベラル左派的かつ親中的スタンスを明確に打ち出したものであり、政権内の統治危機を覆い隠すための政治的パフォーマンスと見るべきだ。安倍派や高市グループなど保守系勢力を排除し、短期的には政権を掌握したものの、その代償はあまりに大きい。政権運営に不可欠な専門性と統治能力、党内求心力を同時に失い、2025年7月の参院選では、自民党は改選議席の約3割を失う歴史的惨敗を喫した。


連立与党との協力関係も破綻寸前であり、石破政権の足元は揺らいでいる。保守系メディアや知識人は、石破氏の「戦争検証」見解を、歴史総括を装った左派的な自己正当化、あるいは中国への宥和メッセージと受け取り、厳しく批判している。世論の支持も広がらず、むしろ政権への不信感を強める材料となっている。

🔳世界の潮流と石破氏の逆行
 
 石破氏は「制度的・構造的検証」を通じて、過去の日本の体制を見直すべきだと主張しているが、これは安倍晋三元首相が唱えた「戦後レジームからの脱却」、つまり国家の誇りと自立の回復とは真っ向から対立するものだ。2015年の安倍談話は、必要な反省と謝罪を含みながらも、未来の世代にまで謝罪を続けさせるべきではないと明言し、保守層だけでなく中道層からも幅広い支持を得た。

それに対し、石破見解は制度批判と過去の自己否定を全面に押し出し、「また謝罪か」「今さら何を」という冷ややかな反応を引き起こしている。国民の関心を引き寄せるどころか、ますます遠ざけているのが現実だ。

 日本周辺で中国・ロシアが行う不審な活動を示す地図 クリックすると拡大します

さらに致命的なのは、石破氏の親中的スタンスが、現在の国際情勢と完全に逆行している点である。アメリカは2010年代半ば、特に2014年から2015年にかけての憲法解釈変更や安保法制の成立以降、日本の再軍備や積極的役割を明確に支持する立場を打ち出してきた。日米同盟の深化には「強い日本」が不可欠だという認識は、もはや超党派的な常識となっている。

また、フィリピン、インド、オーストラリアなども同様に、日本に対して地域安保の中核的役割を期待している。2024年のフィリピンとの相互アクセス協定(RAA)締結や、NATO・EUとの連携強化がその象徴である。つまり、日本が国際社会で責任ある大国としての立場を果たすことは、アメリカだけでなく多くの民主主義国家が求めている共通の要請なのだ。

一方で、いわゆる「リベラル親中的価値観」は、国際的にも明らかに退潮している。Pew Research Centerなどの調査では、過去10年で先進諸国における中国への好感度は大きく低下し、「自由主義」対「権威主義」という価値観の対立が顕在化している。石破氏のように、日本の行動を一方的に自制し、中国に配慮する姿勢は、時代錯誤の極みといえる。

その意味で、石破氏の政治姿勢は、風車に突撃するドン・キホーテのように滑稽である。ただし違いは明白だ。ドン・キホーテは人々に愛されたが、石破氏にはそうした情熱や純粋さはない。あるのは過去への執着と責任回避の演出だけであり、国民の共感どころか失笑を買っているのが実情だ。

🔳今なお生きる安倍談話 
 

一方、安倍談話は今も生き続けている。2015年の戦後70年談話は、「侵略」「植民地支配」「反省」「おわび」といった要素を含みつつ、未来志向の文脈で語られた。これが国内外で高く評価され、その後の菅・岸田政権にも継承されてきた。岸田首相の「新しい資本主義」や外交戦略も、安倍政権が築いた自由で開かれたインド太平洋構想や安全保障路線をそのまま踏襲しており、方向性は一貫している。

安倍談話の基本理念は、すでに日本の国家方針に深く根付いており、単なる「過去の声明」ではない。それは日本の外交・安全保障の土台であり、国際社会が日本に期待する「強い民主主義国家」としての姿そのものなのである。

このように見ていけば、石破見解はたとえ発表されたとしても、総理大臣による歴史的文書として記録されるかもしれないが、現実政治において意味を持つことはない。中国・ロシアや北朝鮮や韓国は、これを利用しようするだろうが、これらの国々は例外的でありしかも少数派であり、仮に石破政権が続いたとしても、これらの国々以外の他の国々との絆を断つことはできない。

昨日も三菱重工業が、オーストラリア海軍の新型護衛艦11隻の建造契約を獲得したことを伝えたばかりである。この動きは、今後ますます強化されるだろう。国民の大多数も石破見解を支持しない。石破見解は「時代錯誤の独白」として、風化し、忘れ去られていくだけであろう。であれば、石破はこのような見解を出すべきではないのはわかりきっている。それに、石破見解を出してしまえば、その時点で自民からさらに離れる有権者も多いだろう。

もし石破見解を出したとして、仮に次の自民党政権がそれを明確に打ち消さなければ、自民党は瓦解するだろう。トランプ政権が、明らかに有害と見られるリベラル左派的価値観に関して、今でも明確に否定するだけではなく、現実に崩壊させつつある現実を直視すべきだろう。石破見解でうろたえ、中露北韓の意向どうりに動く政権に対しては、その政権がどのような政権であったとしても、同盟国や準同盟国などの信頼を失うことになり、それ以前に多くの国民は明確にノーを突きつけるだろう。もう、石破がどうのこうの、党内リベラル親中派がどうのこうのという、自民党保守派の言い訳も効かなくなるなるだろう。

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