中国の軍事脅威を再びけん制したベトナム国防白書□岡崎研究所 11月25日、ベトナムの国防省は「2019年ベトナム国防白書」を公表した。ベトナムの国防白書の発表は、2009年以来、10年振りになる。これにより、ベトナムの国防政策の透明化が図られた。軍事予算も公表され、2018年のベトナムの国防費は58億ドル(約6300億円)とされ、これは国内総生産(GDP)比では2.36%にあたる。
今回公表されたベトナムの国防白書に記述された南シナ海に関するベトナムの立場、考え方には、全体として特に目新しいことはない。ただ、10年ぶりに国防白書を公表し、その中で南シナ海問題を詳細に論じることにより、ベトナムの基本的考えを改めて強調し、世界にアピールすることが目的であったと言えよう。それは、この問題についてのベトナムの危機感を表すものである。アピール先の世界とは、第一に、ベトナムの立場を理解する米国、日本などの西側諸国である。第二には、紛争相手国の中国である。第三は、本来はベトナムの仲間ながら、カンボジアのように中国の代弁者のような国もいて、なかなかベトナム支持でまとまってくれない ASEAN(東南アジア諸国連合)であろう。
南シナ海におけるベトナムと中国の紛争の歴史は古い。例えば、西沙諸島(別名パラセル諸島)では以前より中越間の武力衝突があり、1974年には中国が最後のベトナム軍を追放し、中国軍の駐屯地を設営している。一方、ベトナムは、2018年に総工費180万ドル(約1億9000万円)をかけてパラセル博物館を建設し、パラセルがベトナム領であることをアピールしている。
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中国・ベトナム間で衝突が起こった西沙諸島(別名パラセル諸島) |
2007年には、中国艦船がベトナム漁船を銃撃する事件が起きた。2017年には、ベトナムがスペインの石油大手レプソルに南シナ海での石油開発権を与えたが、中国の圧力で開発を断念している。本年2019年7月、中国の海洋調査船が海警局の艦船を引き連れてベトナムのEEZ(排他的経済水域)に入り、ベトナムが抗議したところ、10月に作業が終了したとして退去した。
南シナ海の紛争に対処するため、ASEANと中国はかねてより南シナ海の行動規範を作るべく話し合いを行い、本年11月の首脳会議で行動規範の今後2年以内の策定を目指す方針で一致した。ただしASEANが国際海洋条約に基づいた規範を求めているのに対し、中国は法的規制のないものを目指しているなど、両者の見解がどこまで一致しているかは定かでなく、行動規範が合意されるとしても同床異夢的なものになる恐れがある。
ベトナムは、南シナ海をはじめとして中国の軍事的脅威を受けている。国防白書が「ベトナムは海軍、沿岸警備隊、国境警備隊、国際機関の艦船がベトナムの港を訪問したり、修繕、必要物資の調達のためベトナムの港に立ち寄ったりすることを歓迎する」と述べているのは、中国の脅威に対する一つの牽制とみてよいだろう。
日本にとってベトナムは国際海洋の法的原則の遵守で利害を同じくするなど、東南アジアで重要な友邦国であり、ベトナムとの戦略的関係の強化は必要であろう。本コラムの2018年6月15日付「
中国と粘り強く戦うベトナム、日本ができること」でも触れたが、日本とベトナムは共に「自由で開かれたインド太平洋地域」を推進する海洋国家である。既に日本は、ベトナムに対して海上保安庁やJICA等様々な機関を通じて、海洋の安全保障に関する国際協力を行なってきた。能力構築支援等、中長期的に継続することによって成果があがるものもある。今後もこれらの支援を維持、発展させることが、インド太平洋地域の平和と繁栄につながるだろう。
【私の論評】これからの伸びしろが大きいベトナムに日本は貢献できる(゚д゚)!
米中貿易対立の行方には世界が注目しています。5Gに代表されるように、中国ファーウェイの進める技術覇権戦略に対し、トランプ政権は全面戦争もいとわない姿勢を見せています。そのような米中対立の激化から「漁夫の利」を得ようとしているのがベトナムです。
ベトナム人の耐久力の強さは歴史が証明しています。フランスの植民地から脱却し、中国との国境戦争にも負けず、ベトナム戦争では「世界最強」とうたわれた米軍を追い出し、独立を勝ち取ったことは記憶に新しいです。
米中貿易戦争の煽りで、米国から中国製品が締め出される恐れが日に日に大きくなっているため、中国に進出していた外国企業や米国市場で大儲けしていた中国や香港の企業が相次いでベトナムに製造拠点を移し始めています。
サプライチェーンが大きく変動するなかで、「チャイナ・プラス・ワン」の代名詞ともなったベトナムの占める役割は拡大の一途をたどっています。
ベトナムの強みは政権の安定と経済成長路線にほかありません。2019年のGDP予測は6.7%と高く、インフレ率も失業率も4%を下回っています。しかも、地方の少数民族の貧困は問題はありますが、国全体で見れば貧困率は1.5%にすぎず、周辺の東南アジア諸国とは大違いです。
特に注目株といわれるのがビン・グループです。ベトナム最大手の不動産開発やショッピングモール、病院、学校経営で知られる企業ですが、昨年、ベトナム初の国産自動車製造会社ビン・ファストを立ち上げ、2019年から販売を開始しました。また、同社はスマホ製造も開始し、韓国のサムスンへの最大の供給メーカーの座を獲得し、自前のブランドで国際市場へ打って出る準備を着々と進めています。
そんな活気溢れる若い国に魅せられ、米国のトランプ大統領はすでに2度も足を運んでいます。 日本は昨年、ベトナムとの国交樹立45周年を祝ったばかりで、安倍首相も「トランプ大統領に負けてはならぬ」と2度の訪問を実現させています。
また、年明け早々茂木外務大臣はASEAN=東南アジア諸国連合の議長国、ベトナムを訪問してミン外相と会談し、中国が南シナ海で海洋進出を強めていることへの懸念を共有し、海洋安全保障で緊密に連携していくことで一致しました。
ことし最初の外国訪問として東南アジア4か国を歴訪している茂木外務大臣は日本時間の6日午後、ベトナムの首都ハノイでミン外相と会談しました。
会談で茂木大臣がことしベトナムがASEANの議長国と国連安全保障理事会の非常任理事国であることから「国際的なパートナーとして特に重要視している」と述べたのに対し、ミン外相は「日本の主導的で積極的な役割を歓迎する」と応じました。
そして両外相は中国が南シナ海で海洋進出を強めていることへの懸念を共有したうえで、海洋安全保障の分野で緊密に連携していくことで一致しました。
また北朝鮮が弾道ミサイルの発射を繰り返していることを踏まえ、完全な非核化に向けた連携を確認しました。
さらにベトナムも参加するTPP=環太平洋パートナーシップ協定の参加国拡大や、両国のほか、インドや中国など合わせて16か国によるRCEP=東アジア地域包括的経済連携の早期妥結に向けた協力も確認しました。
日本ではあまり知られていませんが、ベトナムの外交手腕はしたたかというか、小国の常として、そうせざるを得ない部分があります。日本にとっては拉致問題が未解決のために国交正常化交渉が進まない北朝鮮とも、親密な関係を構築しています。
金正恩労働党委員長自らが「ベトナムに学べ」と大号令をかけているほど、北朝鮮におけるベトナムの存在は大きくなる一方です。昨年2月に開催された2度目の米朝首脳会談も、ベトナムのハノイが舞台となりました。
要は、米国とも、中国、北朝鮮とも、はたまたロシアや日本ともがっちりと手を握っています。それが未来の大国ベトナムの真骨頂でもあり、欠点でもあるところです。
そのようなベトナムが今、もっとも力を注いでいるのがIT産業の育成です。2012年に「科学技術に関する国家戦略」を策定したベトナム。そこで掲げられた目標は「2020年までにGDPの45%をハイテク産業で生み出す」という野心的なものです。この方針の下、情報技術省が中心となり、国内のIT関連企業の育成が始まりました。
もともと「新しいもの好き」の国民性で知られるベトナム人です。国内6000万人のネット利用者の大半にとって、フェイスブックとユーチューブが欠かせません。特にフェイスブックの利用者は急速に伸びており、5800万人に達し、世界では7番目となったといいます。
また、メッセージ送信アプリのザロはベトナムでは3500万人が利用しており、中国のテンセントの傘下にあるWeChatやフェイスブックが運用するWhatsAppより人気が高いです。
そうした外国のアプリに依存するのではなく、ベトナム独自のソーシャルメディアを広める方向をベトナム政府は打ち出しました。「2022年を目標に国産のIT技術でソーシャルメディア市場の70%を押さえる」ことが決定されました。
今後ビジネスの主流に躍り出るに違いないネット販売の分野でも、自国企業を支援する考えを鮮明に打ち出しています。そのため、この分野では圧倒的なシェアを誇る中国のJD.comが、ベトナムのローカル企業のティキへの投資を決めたほどです。
そうしたなか、ベトナム最大の民営企業であるビン・グループも新たな動きを見せ始めました。人工知能(AI)とソフトウェア開発を専門にする新会社を立ち上げるというのです。
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ビン・グループ会長 ファム・ニャット・ブオン氏 |
その名は「ビンテック」。米国のシリコンバレーのベトナム版を目指すという触れ込みです。ビッグデータの活用を主眼とし、関連するハイテク分野を先導するとの方針が発表されました。
こうした動きは明らかにベトナム政府の標榜する「2020年国家戦略」に沿ったものです。実は、こうした国家戦略を立案、推進する要役を果たすのが情報技術省であり、そのトップに就任したのが元ビエッテルの社長のフン氏。ビエッテルといえばベトナム最大のテレコム会社で、その影響力はミャンマーなど周辺の途上国に広く及んでいます。
彼らの意図する戦略はグーグルやフェイスブックに流れている莫大な広告収入を、ベトナム企業に引っ張ろうとするものです。SNSが急速に拡大するベトナムでは毎年、3億7000万ドルの広告収入が発生しています。しかし、現状では、これらの収入はすべ米て国企業に流れているため、なんとしてもその流れを変えたいということです。
とはいいながら、これはベトナムが国家を挙げて推進するIT革命の一端にすぎません。まだまだ新たな新規事業が目白押しです。医療や教育の分野もしかり、農業や観光の分野もしかりです。そんな実験国家でもあるベトナム。どこまで未来への夢が実現できるのでしょうか。また、そのなかで日本がどのような役割を担えるのでしょうか。
日本はベトナム産の農産物の輸出拡大に欠かせない検疫や食の安全検査を改善するために、12億円の資金援助も約束しました。それでなくとも、経済的に豊かになったベトナムでは消費者の健康志向が強まっています。
農薬や化学肥料を使わない日本式の無農薬、有機栽培の食材への関心と需要は今後、大きく伸びるに違いありません。安全安心を売り物とする日本の食材は現地消費者の間では高い評価を得ています。
ベトナムでは一昨年末に実施された世論調査で、消費者の82%が「2018年は個人所得が増えた」と回答し、63%が「2019年はお金を使うには良い時期だ」と述べていました。それだけ、懐具合に自信を抱いているというわけです。
もっともお金を使う予定の品目は何かと聞くと、40%の回答は「健康増進に役立つもの」といいます。ベトナムでも日本人の健康長寿ぶりはよく知れ渡っています。日本製の健康食材や健康グッズは化粧品と並んで売れ筋です。この分野での日本ブランドは圧倒的な強みを発揮し続けるでしょう。
日本への熱い期待と信頼を寄せるベトナム。2018年には新規株式上場による資金調達額でシンガポールを抜くという快挙を達成しました。この「未来の大国」との関係をより深化させることが、日本の未来を大きく左右するに違いありません。ベトナム航空では日本路線にボーイングの最新鋭大型機を投入し、人的・経済的結びつきを強める上で一役買っています。
機を見るに敏なベトナム人。日本と共に「第4次産業革命」を進める計画も明らかにしました。頼もしいパートナーといえます。急成長を遂げるアジア市場のダイナミズムを取り入れる上でも親日国ベトナムとの連携は欠かせないです。
日本は、自由で開かれ、国際法秩序に基づく海洋を維持するという普遍的価値を米豪英仏等と共有している。そして今、この価値観とヴィジョンを、ベトナムとも共有する。
南シナ海で中国と領有権を争っているベトナムであるが、中国は一方的に人工島を建設し、そこを「防衛」という名目で軍事化している。中国を刺激しないように、「中国」という固有名詞こそ上げないが、中国を意識して、日本がベトナムを支援し、ベトナムも日本に感謝していることは、明らかです。
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ベトナム・中国国境 |
ベトナムは海洋のみならず、陸でも中国と国境を接しています。かつて中越国境紛争もありました。山にある中越国境線上に「平和の門」が設置されています。これは1998年頃の話ですが、中国とベトナムそれぞれの兵士が監視していたのですが、中国は、毎日、その「平和の門」を少しずつベトナム側に移動させたそうです。
すなわち、中国は、徐々に徐々に自国の領土を広げてきたのです。ベトナム側は、負けじと毎日、その「平和の門」を元の位置に戻したと言います。ベトナム人は辛抱強いのでしょう。そして、おそらく、ベトナム戦争で大国の米国を「名誉の撤退」に追いやったように、大国に対しても毅然と戦う粘り強さを持ち合わせているのでしょう。
日本は、そのベトナムを様々な角度から支援しています。特に、南シナ海をめぐる海洋安全保障の分野では、すぐに軍事衝突にならないように、海上保安庁の役割が大きくなっています。
以前、ベトナムの海上警察はベトナム海軍に入っていましたが、それを別組織にして海上保安庁のような組織を創設することは、日本が知見を与えたものです。巡視艇供与はハード面の支援ですが、こういうアイデアを出すというのは、目に見えにくい日本のソフト・パワーでしょう。
今後も、日本の海洋大国としての知見や経験は、インド太平洋地域の中小諸国に、多々役立つでしょう。そうすることで、国際社会が求める「自由で開かれた海洋」が保たれることになるのでしょう。日本は経済だけではなく、安全保証の面でも、これからの伸びしろの大きいベトナムに貢献することができます。
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