財務省資料「防衛」を読んでみた:コスパだけで防衛を語る愚かしさ
財務省の配布資料「
防衛」(「歳出改革部会(令和4年4月20日開催)資料3」)が防衛関係者の反発を招いている。ちなみに、上記部会の委員名簿には、著名なエコノミストの名前が並ぶものの、防衛の専門家は一人も見当たらない。
資料は冒頭、
政府として、新たな国家安全保障戦略、防衛⼤綱、中期防衛⼒整備計画の「三⽂書」を策定しているところ。新たな「三⽂書」は、防衛・外交等に関するものであるが、この中で5か年間の防衛費の総額を⽰し、これに基づき各年度の予算を精査・計上することになるため、「予算」の⾯からも極めて重要な位置付け
と宣言。素人集団ながら、「新たな国家安全保障戦略」に物申しつつ、こう宣う。
防衛⼒は、国⺠⽣活・経済・⾦融などの安定が必須であり、財政の在り⽅も重要な要素。特に、三⽂書の⾒直しは、(中略)我が国財政(予算)全体への影響も⾮常に⼤きい。それゆえ、国⺠の「合意」と「納得」を得られるよう、議論を進めければならない。(中略)このような前提に⽴った上で、(中略)根本的な論点について、正⾯から議論をしていくべきではないか
防衛関係費について国⺠の合意と納得を得られるよう、真正面から議論すべきことに異論はない。だが、あまりに身勝手な「前提」ではないだろうか。なるほど「防衛⼒は、国⺠⽣活・経済・⾦融などの安定が必須であり、財政の在り⽅も重要な要素」ではあろう。
だが、こうも言えよう。国⺠⽣活はもとより、経済・⾦融、財政いずれの分野においても、平和と安定が必須である。平和を守り、安定を維持するための防衛力こそ必要不可欠であると。万が一、わが国が外国に侵略されれば、どうなるのか。ウクライナの現状を見るまでもあるまい。経済や⾦融、財政などを名目に、防衛分野の歳出を「改革」するなど本末転倒ではないのか。
資料は「我が国のような海洋に⾯した国においては、相⼿国軍の上陸・占領の阻⽌を重視した防衛態勢を構築することが重要」と謳ったうえで、「イギリスの防衛戦略」として「近年陸軍を削減しており、更なる削減⽅針を公表=⾃国の採る戦略・戦術に即した防衛態勢の⾃⼰改⾰を実施」とも書く。要は、陸上自衛隊の削減と防衛省の自己改革を促したに等しい。
「防衛装備の必要性に関する説明責任」と題した次のページも問題だ。
「⼀部の防衛装備に関して、環境変化への対応や費⽤対効果の⾯をはじめとして様々な課題を指摘する声もある。こうした課題を抱える装備品に引き続き依存することが最適と⾔えるのか、また⼤きなコストを投下しなければならないのか、防衛⼒を強化していく上で、その必要性について改めて国⺠に説明を尽くす必要があるのではないか」とのリード文を掲げ、「イージス・アショアの洋上化等(迎撃ミサイル)」と「陸上戦⾞・機動戦闘⾞(地上戦闘)」を取り上げている。
前者のアショア洋上化について【説明を求める声】を、①能力、②運用、③コストのそれぞれの面から並べ立てたうえで、「コスト面から見た非対称性」と題して、「弾道ミサイル防衛に係る経費」約2兆7,829億円注1)に加えて「アショア及び洋上化に係る経費」1,842億円以上注2)を明示したうえで、「弾道ミサイル(北朝鮮)3億円~10億円程度/1発(短距離~中距離)」と比較している。
要するに、弾道ミサイル防衛はコスパが悪いと言いたいわけだ。素人の皮算用にも程がある。北朝鮮の核ミサイルを迎撃するための装備品なのだ。コスパを語るほうが、どうかしている。そもそも経済合理性で軍事を語ること自体おかしい。しかも後者の北ミサイルは「(出所)報道情報による(注)⾦額は推定」ときた。バカも休みやすみ言え。
後者の「陸上戦⾞・機動戦闘⾞(地上戦闘)」も同様である。
「物量で勝るロシア軍に対し、ウクライナは⽶国製の携帯型対戦⾞ミサイル「ジャベリン」等を使⽤して激しく応戦。多くの戦⾞・装甲⾞の破壊に成功。戦⾞や機動戦闘⾞と⽐較して、ジャベリンは安価な装備品であり、コスト⾯において、両者はコスト⾮対称。物量で勝る敵⽅に対抗するために、対戦⾞ミサイル等を活⽤することはコストパフォーマンスを⾼める可能性」と明記。ここでも「コスト⾯から⾒た⾮対称性」と題し、陸上自衛隊の「戦⾞・機動戦闘⾞(R4予算)10式戦⾞:約14億円 / 1両」、「16式機動戦闘⾞:約7億円 / 1両」を、「ジャベリン(⽶国製)」の「ミサイル:2300万円程度 / 1発」「発射ユニット:2億7000万円程度 / 1機」と比較している。
要するに、陸自の戦車はコスパが悪いと言いたいわけだ。百歩譲って、そうだとしても、かつて「51大綱」で約1200両(定数)だった陸自の戦車が現大綱で300両まで減っている。上記はさらに減らすべき理由になっているだろうか。さらに言えば、各国がウクライナに戦車を提供している現状が、エコノミストらの眼には入らないようである。
続く「新たな装備品・運⽤法導⼊に当たって」と題したページでも、「特に、⻑期間に渡って、多額の開発・運⽤コストが⽣じかねない」として「次期戦闘機」と「敵基地攻撃能⼒」を指弾し、「被我のコスト負担のバランスはどうあるべきなのかといった点を含めて多⾯的に検証し(中略)説明責任を果たすべきではないか」と訴えている。
わが国は核保有国に囲まれている。すでに四桁の核ミサイルの射程下にある。軍事・防衛は国家の主権と、軍人(自衛官)を含む国民の生命にかかわるプライスレスな世界だ。なんでもかんでも「被我のコスト負担のバランス」で測れると思ったら、大間違いである。
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注1)(直近3年度の予算(※))※ミサイル取得費⽤に加え、防衛に必要となる整備費⽤や訓練経費等を含む。弾道ミサイル関係の予算は、H16〜R4の総額で約2兆7,829億円
注2)「イージス・アショアの契約額:1,784億円」。「レーダーの洋上化経費:58億円(R4年度予算) -艦船建造や発射試験等のため今後も多額の費⽤が⽣じる可能性」
【私の論評】財政の専門家集団ではなく、省益を追求する政治集団に成り果てたポンコツ財務省(゚д゚)!
この資料「防衛」はネット上で公開された直後はマスコミも含めて見向きもされていなかったのですが、突然脚光を浴びました。そのきっかけは、ヤフーニュースで軍事解説をしているライターのJSF氏による1日未明のツイッター投稿で拡散されたことでした。JSF氏のその後のツイートによると、別の人物が提起した内容を拡散したものだそうです。
ただ、JSF氏がツイートしなければ、これほど拡散はされなかったかもしれません。
ネット上に公開している資料を引き合いにして「日本の財務省は防衛費を抑制しようと、当のウクライナが「戦車を寄越せ」と要求していることを意図的に無視して、自衛隊も対戦車ミサイルで戦えと言い出した」と投稿しました。
この投稿は1日でリツイート数が1万件を超えるなどの反響を呼び、瞬く間にネット上で拡散しました。
一連の騒ぎには、昨今のウクライナ情勢で活躍中の専門家らも反応しました。日米の安全保障が専門の小谷哲男・明海大教授は「戦車は高いのでジャベリンの方が費用対効果が高いとか、北朝鮮の弾道ミサイルの迎撃は核搭載の可能性は無視して費用対効果が低いとか、論点満載」とツイートしました。
防衛副大臣を経験している自民党の長島昭久衆院議員は小谷氏の投稿に反応し、「この財務省文書を完膚なきまでに論破する必要がある」と怒り心頭のツイートをしています。
自民党の細野豪志衆院議員は「財務省の資料のジャベリンが話題になっているが、彼らの仕事は予算を枠内に収めること。国家的な危機における判断基準は全く次元が異なり、その判断こそが政治家の仕事だ。ここで政治が財務省に負けるようでは話にならない」と、政治判断の重要性を指摘しました。
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ウクライナ戦争で有名になったジャベリンン |
財務省は「一定の知識を持つ専門家集団」というイメージがありますが、それがまるで政治集団のようになってきています。
上記の「防衛」に関することもそのようですが、財政再建にしても、そのような傾向が目立ちます。
財務省は従来から、「緊縮財政」や「消費増税」の必要性を訴えていますが、具体的になぜ必要なのか理路整然とした説明をしていません。「しない」というより「出来ない」と言った方が正確なのかもしれないです。
数量政策学者でもある、高橋洋一氏が財務省で働いていた頃、財政がどのように大変なのかをきちんと説明しようと独力でバランスシートを作ったそうです。
当初、それは上層部の圧力により外部には出せなかったのですが、内部資料として小泉総理大臣(当時)にそれを見せたところ「そういうのがあるのならば出せばいい。」という一言を頂いたそうです。
そしてそのバランス・シートは現在でも財務省内で毎年使われています。そもそも財務諸表がなくて財政が語れる訳がないのです。
日本銀行も入れて政府と日銀の連結(統合政府)ベースでは、高橋洋一氏が独自に作ったバランスシートを見れば債務超過などないことは明らかであり、財政の危機や国債の暴落などあり得ません。
高橋洋一氏は30年前から財務省の中でバランスシートの重要性を語っていたのですが、「確かにそうかもしれないが、そんなこと言える訳ないだろう」ということばで終わったそうです。
都合の良いことも悪いことも財務諸表規則に基づいて開示するということが基本であるにもかかわらず、財務省にはそういう考えがないのです。現在の財政状況を具体的に言うと、日銀と政府の連結で、資産1500兆円、負債は国債1500兆円と銀行券500兆円です。
銀行券が無利子無徴税権が簿外資産にカウントされているという事と、無利子無償還の日銀券を負債とし、国債を資産とする日本銀行のバランスシートを組み込むと、500兆円の資産超過になります。実際にマーケットもそれを反映していて、いくら財務省が財政危機と煽っても金利は上がらないし、円の大暴落もしないのです。
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矢野財務次官 |
にもかかわらず、財務省は財政危機を煽り、機会さえあれば消費税増税を煽るわけです。合理的説明なしにこれを言うのですから、これは専門家的立場から言っているのではなく、政治的言動であるとしか受け取りようががありません。では、何のために政治的な発言をするかといえば、それは省益のためでしょう。
しかし、財務省は本来政府の下部機関にすぎないわけですから、このような政治的発言はできないはずです。政治的発言ができるのは、本来政治家であるはずです。なぜなら、政治家は選挙で国民から選ばれていますが、財務官僚はそうではありません。
さらに、政府が国家安全保障戦略、防衛⼤綱、中期防衛⼒整備計画の「三⽂書」を作成しているわけですから、財務省とししてはこの三文書をもとに専門家的立場から、防衛予算をりつあんするのが仕事です。
無論、政府に対して助言などはできますが、財務省の配布資料「
防衛」を作成し、しかもそれをサイトで一般公開したり、その資料を持参して各方面で説明をして歩くというような政治活動をするということは、本来ならば越権行為ともいえるでしょう。
なぜなら、財務省は政府の財務方針に従い、専門家的立場からどのような財務的手段を選ぶのかに責任を負うのであって、防衛に関しては全く責任を負う立場にはないからです。
特に、財務省が財政に関してさえも、越権行為をしているのに、防衛分野にまでこのようなことを許せば日本はとんでもないことになります。これが批判されずに放置されれば、エネルギー・食糧・その他の重要な分野に踏み入って政治的発言をすることを許すことになりますが、それはもう実はすでに行われていることです。
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矢野康治事務次官と、国会で談笑する麻生太郎財務相(当時)。(2021年2月) |
多くの国民があまり知らないだけで、それはすでに行われています。今回、防衛分野でそれがたまたま表にでてきたというだけです。
ただ、こういうことは外国でもある程度はありますし、日本の他の省庁でもそのようなことはありますが、日本の財務省はその度合がきつすぎるといえます。
この問題を自分の働く会社などの組織にあてはめて考えてみてください。財務部や経理部が会社全体ではなく、コストの観点からだけものを考えて会社の様々なことに口を出したらどうなるでしょうか。
会社には社長をはじめ、取締役もいますが、それらの人々を差し置いて、財務部長等が権力を持ち、社内のあらゆる部分に影響力を行使した場合、それもコストの面からのみ行使した場合、会社はどうなるでしょうか。おそらく崩壊します。なぜなら、コストだけを考えたら、新人採用も、設備投資もしないほうがよいことになるからです。
ただ、政府の場合は、各省庁の職員の給料など税収などで賄われているので、倒産しないだけです。しかし、この状況はいずれ是正されなければなりません。
そのためにも、財務省のこのような政治的な振る舞いに関しては、私達も絶対に許さないという構えで世論を形成していく必要があると思います。
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