ロシアが2月の北京冬季五輪閉幕後にウクライナ侵攻を始めた際、「平和の祭典時に何ごとか」という声の一方、ロシア擁護派からはパラリンピックまで「あと2週間ある」という意見があった。今思えば、これは五輪とパラリンピックまでの2週間で終わらせるという意味だったのだろうか。実際、公開情報からそうしたもくろみを示すものもあるので、あながち的外れではないのかもしれない。
ベラルーシから首都キーウ(キエフ)を陥落させ、ゼレンスキー政権を転覆させるという見方もあったが、2週間でこれを行う計画だったのだろう。しかし、現在、ロシアはウクライナの東部、南部地方に勢力を再配置しており、明らかに短期間での首都陥落とゼレンスキー政権の転覆は失敗したといえる。
プーチン氏は、ユーラシア大陸の覇権を握り、かつてのロシア帝国を復活させるという野望があると解説する研究者もいる。そのために「NATOの東方拡大は許せない」と言い、NATO加盟を意図しているウクライナに侵攻したという説が多い。しかし、今回のロシアの蛮行は、結果として中立またはロシア擁護だった欧州諸国の行動を変えてしまった。
フィンランドのマリン首相は、ウクライナ侵攻で全てが変わったとして、NATOに加盟する意向だ。スウェーデンも与党の社会民主党は長年NATO加盟に反対の立場だったが、アンデション首相は、スウェーデンの安全保障の立場は根本的に変わったとして、やはりNATO加盟に前向きだ。
スイスは永世中立国として有名で、これまでは欧米の経済制裁には加わらないとのスタンスだった。しかし、今回、欧州連合(EU)の対露制裁措置をスイス国内でも同様に実施することとした。今回はロシア政府関係者のEU域内の資産凍結をスイスでも行うので、プーチン氏らの関係者まで資産凍結された。永世中立国かつEU非加盟国であるスイスは中立的立場を重要視しており、2014年のクリミア危機の際にも対露制裁を実施しなかったが、今回は異例の措置だという。
プーチン氏は、ドイツをも覚醒させた。左派政権のドイツは安全保障政策を180度転換し、国防費を国内総生産(GDP)比2%まで高める方針を打ち出した。
プーチン氏の失敗は、欧州だけではなく、米国にも指導力を発揮させてしまったことにもある。米国はイラク戦争で誤った情報を出し、バイデン政権は昨年8月にアフガニスタン撤退で失敗を犯した。今回、バイデン政権は一貫して軍事介入しない意向を示すが、それ以外ではロシアの動きを正確に予測し、アジアを巻き込んだ対露包囲網の形成に大きく寄与した。
背景にあるのはプーチン氏が独裁者だということだ。いかなる抑止力も、核を持った独裁者を抑止することは難しい。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)
【私の論評】西側から部品の供給を絶たれ、まもなく軍事用装備の製造も修理も完璧にできなくなるロシア(゚д゚)!
ロシア誤算は他にもあります。それは、ロシアの軍事用航空機産業の崩壊です。
ウクライナ、ロシアの両国の戦争がどのような形で決着するのかはわかりませんが、最大の敗者がロシアとなるであろうことはほぼ確定的だといえます。 ロシア経済はほぼ資源の輸出によって成立しており、世界と対等の競争力を持つ産業はほかにほとんどなく、その数少ない例外のひとつに戦闘機産業があります。
世界の大国としての地位をほぼ軍事力だけに依存していたといってよいロシアにとって、戦闘機は産業の規模としては極めて小さいながら重要な地位を担っています。
ソ連時代より有名な戦闘機メーカー「ミグ」と「スホーイ」は2022年現在、ユナイテッド・エアクラフト社傘下の戦闘機部門として名目上は存続していますが、2022年1月にはミグとスホーイともにブランド名としてのみ残り解散、ユナイテッド・エアクラフト社へ完全に統合することが決定し、ユナイテッド・エアクラフトはロシア唯一の戦闘機メーカーとして世界シェアを伸ばす計画でした。
ユナイテッド・エアクラフトの最新型戦闘機 |
しかしロシア自身が戦争を決断したことにより、その見通しは困難なものとなりつつあります。 米国、EU、日本など先進国のほとんどは、戦争勃発と同時にロシアへ対する前例のない厳しい経済制裁に踏み切り、ロシア経済はウクライナ侵攻開始1か月にして、早くも崩壊の兆しを見せつつあります。
ロシアは広大な国土から産出される資源こそ豊富ですが、ロシア国内にある工業製品のほとんど全ては海外から輸入したものです。今後それらを輸入することが困難となってしまいましたから、「戦闘機をつくるための工作機械」や「戦闘機の部品」さえ手に入らなくなりつつあります。
ロシアにとって最も致命的であろう制裁のひとつに、「半導体」の禁輸があります。電子部品の一種である半導体は、CPU、メモリー、液晶ディスプレイ、照明などなど、何かしら電気機器を手にすればその中にはほぼ確実に使われている、現代文明になくてはならないものです。
その重要な半導体を製造できる国は、実はあまりありません。米国、韓国、台湾、EU、日本で世界シェアの95%を占めており、これらの国が一斉にロシアへ対する禁輸に踏み切りました。
残る5%を占める中国だけはロシアへ輸出を続けていますが、米国は中国に対して制裁を行うよう強い圧力をかけています。
戦闘機やミサイルなどの搭載電子機器に使われている半導体も当然、輸入頼りですから、ロシアは何十年かかけて半導体産業を育成するにしても、当座は低い歩留まりと超高コストとなることを承知で量産するか、密輸するか、中国に頭を下げるかを選ばなくてはならないです。
それでも兵器に使われるコンピューターなどは、意外にも大した性能は求められないので、なんとかなるかもしれません。しかし、レーダーや電子妨害装置など電波を送受信する機器に使われる「ガリウムヒ素(ヒ化ガリウム)」を材料とする半導体は別です。
ガリウムヒ素を材料とする半導体は、現代戦闘機において欠かすことのできない「AESAレーダー」と呼ばれる装置に大量に使われます。通常、ガリウムヒ素でできた小さい「TRモジュール」を1000個から2000個程度、搭載しており、AESAレーダーの性能は使用したガリウムヒ素の量で決まるといわれています。
ロシアのAESAレーダ「ベルカ」の2009年の試作品 |
さらに次世代戦闘機では、機体のほぼ全体をガリウムヒ素で覆う「スマートスキン」になるともいわれます。そして、よりにもよってロシアの最新鋭戦闘機Su-57は、このスマートスキンの考え方を部分的に取り入れており、全方向レーダー索敵能力を有し、同時に電子妨害なども行う、F-35やF-22さえできない野心的な設計を取り入れています。
Su-57用レーダーに使用されている、韓国のソウルセミコンダクター社製ガリウムヒ素はすでに禁輸となっており、Su-57の開発に悪影響を与える可能性は極めて大きいです。Su-57だけではなく、2021年に初めてモックアップが公開されたばかりの「チェックメイト」と呼ばれる軽量戦闘機コンセプトや、MiG-41ともいわれる次世代迎撃戦闘機、そしてPAK-DA次世代爆撃機にもこの問題は及ぶでしょう。
新型機ばかりではありません。すでに配備されているロシア機にも影響します。AESAレーダーの搭載は、戦闘機の性能向上において必ずといっていいほど行われる改修ですが、それも難しくなります。さらにこれまで実施されていた、ロシア製戦闘機やヘリコプターに対しヨーロッパ製の既成電子機器を搭載することも、いまでは難しくなっています。
2022年3月2日の国連総会緊急特別会合では、ロシアを非難しウクライナからの即時撤退などを求める決議案が賛成141か国、棄権35か国、反対5か国という賛成多数で採択されました。
2022年3月2日の国連総会緊急特別会合では、ロシアを非難しウクライナからの即時撤退などを求める決議案が賛成141か国、棄権35か国、反対5か国という賛成多数で採択されました。
棄権した国の多くは、ロシアから戦闘機など同国製兵器の供与を受けていました。しかしそれらの国も、もはやロシアから部品の調達さえままならないとなれば、ロシア製兵器を維持することは困難になります。また「世界の敵」となってしまったロシアからの新規調達をためらう国も出てくることでしょう。
最悪、ミグやスホーイは過去のものとなってしまうかもしれません。そのトリガーを引く可能性があるとすれば、恐らく中国です。これまで中国製戦闘機はおもにエンジンの信頼性に問題があり、ロシアの支援が不可欠だったものの、それも改善されつつあります。また中国は、ガリウムヒ素の次世代を担う「窒化ガリウム」半導体の生産技術を有しており、自国で生産を完結できる態勢を目指しています。
ロシア製戦闘機は中国の支援なくして成り立たなくなり、中国とロシアの立場は逆転するかもしれません。そうなれば世界の戦闘機市場でロシアが持っていたパイは、すっかり中国に奪われてしまうことでしょう。
料理に例えるならば、ロシアは有名店、ユナイテッド・エアクラフトはそこで働くシェフです。彼らの手がけたミグやスホーイといったロシア料理は世界中で愛されていました。しかしそれは食材を売ってくれる相手とお客がいるから成り立っていたということを、彼らは忘れてしまいました。
ウラルヴァゴンザヴォートの工場を訪問したプーチン大統領 |
ロシアのバイカル・エレクトロニクスは偵察機器や通信機器に使う集積回路を入手できなくなったとしました。 台湾積体電路製造(TSMC)の撤退で、MCSTは軍事・情報システムで広く使用する半導体の調達を断たれたとも指摘。 また、仏ルノー傘下アフトワズの「ラダ」ブランドが部材不足で自動車生産を停止したと述べました。
現状では、産業の崩壊がどうのこうのというどころか、ロシア軍は、航空機や戦車を新しく製造することもできず、故障しても修理できず、いずれ活動を停止せざるを得なくなるでしょう。
1〜2ヶ月後には、軍事力で、ウクライナのほうがロシアよりも圧倒的に有利という事態になるかもしれません。
ロシア軍の武器はAK47自動小銃と、核兵器と化学兵器のみということになるかもしれません。そこで、核や化学兵器を用いれば、さらに制裁は厳しくなるでしょう。
いずれ、訪れるであろう2度目の「ソ連崩壊」は、前回よりも厳しいことが予想されます。
いずれ、訪れるであろう2度目の「ソ連崩壊」は、前回よりも厳しいことが予想されます。
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