「逆イールド」の意味
3月のFOMC(連邦準備理事会)で利上げが始まった。ウクライナ情勢が世界経済を失速させるなどの悲観論がとりあえずは和らいだこともあって、米国の金融市場では金利が大きく上昇している。
特に、パウエル議長が3月21日に50bps(0.5%)の利上げを行う姿勢を示した後に、政策金利引き上げが急ピッチになるとの期待で、FRB(連邦準備理事会)が操作する「FF金利」の見通しが影響する2年満期の国債金利などが大きく上昇、満期が長い国債金利が低くなる、いわゆる「逆イールド」が金融市場で観測されている。
債券市場で逆イールドが増えていることは、将来の米国の景気後退が迫っているシグナルとして意識される。1980年以降の景気後退局面(5回)の前に、10年国債と2年国債の格差でみた逆イールドが定着したケースでみると、逆イールドが始まってから平均15ヵ月後に景気後退となっている。
もっとも、逆イールドは観測され始めたばかりで、これが定着するかどうかは不確実だし、逆イールドとなってから景気後退までに至る期間は差がある。
一方、FRBは過去の分析などから、10年国債と2年国債の金利差が示す逆イールドは、景気後退のシグナルとして必ずしも適当ではない点を指摘している。FRBは、より短い年限(1年半と3ヵ月の格差)でみたイールドカーブの方が、景気後退のシグナルとして有用としている。このため、景気の先行きとイールドカーブの関係について、様々な議論が行われている。
年限別のイールドカーブのうち、どれが最も使えるのか。それぞれのイールドカーブには特徴があるので、特定のイールドカーブだけで景気判断を行うことは、難しいのではないかと筆者は考えている。
4月1日にわずかながらもマイナスとなった10年-2年国債の金利差は、長期的に経済成長率やインフレ率が鈍化する可能性を示している。ただ、これが景気後退に直結するはっきりとした理由はない。また、満期が長い米国の金利は、国債購入政策によって低く抑制されているので、従来ほどは景気後退のシグナルとしての有用ではなくなっている可能性がある。
一方、FRBが重視する短い年限のイールドカーブ(上記の「1年半と3ヵ月の格差」など)は、景気後退到来を予知するシグナルとしては有用とみられるが、将来予想のツールとして説明できる範囲は限定的になる。
すぐに景気失速することはない?
確かなことは、パウエル議長などのFRBの主流派は、逆イールドにはなっていない短い年限のイールドカーブを重視しており、長期国債の年限で観測される逆イールドを問題にはしていないことである。インフレ鎮静化とインフレ期待安定を重視するなかで、高インフレが続く限り利上げを続けるとみられる。
パウエル議長などの発言を踏まえると、当面のFOMCにおいて中立的な水準であるFF金利2%超を目指して、1回の会合での50bpsの利上げが数回行われる可能性が高い。
インフレ抑制のために2023年前半までFRBの引き締め政策が続く可能性が高いが、米国経済が早々に失速するリスクは大きくないと、筆者は現状では考えている。
ただ、2023年半ばから利上げの景気抑制効果が本格化するとみられ、米国経済のダウンサイドリスクが高まるだろう。コロナ後の回復が未だに緩慢なままの日本経済にとっては、米経済の減速、そしてウクライナ情勢への不透明感もあり、外部環境について逆風が和らぐ展開は期待しづらいのではないか。
黒田日銀の「円安容認」姿勢
一方、FRBの利上げ期待がもたらした米金利上昇をうけて、3月中旬から一時1ドル125円程度円安に振れるなど、ドル高円安が進んでいる。そんななか日銀は、現行の政策の枠組みを維持し、為替市場において円安を容認することで、事実上緩和政策を強化している。外部環境はほとんどがネガティブだが、数少ない日本経済にとっての追い風が、FRBからもたらされていると位置付けられる。
ガソリンや食料品などの価格上昇で、家計の日常生活が苦しくなる側面はある。このため、ガソリンなどの個別の価格上昇するなか、落ち着いている一般物価(経済全体のインフレ)とガソリン・食料品などの個別の物品の価格が同一視され、しかも円安が進んでいるため、日本銀行の金融緩和政策に批判的な意見も増えている。
ただ、日本は持続的なインフレには至るにまだ距離が残っているため、現行の政策対応を続けるとの姿勢を、黒田総裁らは一貫して保っている。こうした姿勢が揺るがないということが、3月後半の日銀の行動によって裏付けられた。長期金利目標レンジを維持するための大規模な国債購入発動をおこない、金融緩和を強化するアクションを取ったのである。
今後、円安があまりに急ピッチで進む場合には事態が変わる可能性があるが、日銀の現行の金融緩和政策は基本的には続くと見られる。
実際に、4月1日に発表された日銀短観においても、製造業、非製造業とも業況判断が悪化した。事前予想ほど悪化しなかったことなどややポジティブに評価できる点もあるが、海外情勢の悪化に加えて、原材料価格の上昇を販売価格に十分に転嫁できていないこと、そしてコロナ対策の営業制限の余波が残っていることが、企業の景況感を曇らせている。
業種別に景況感をみると、対個人サービス業、飲食サービスなど、営業制限を受けた個人消費関連の景況感の悪化が目立つ。ガソリンなど資源価格上昇への対応に加えて、景気停滞に対して、政策によるサポートが必要な状況と言える。
また、日本においては、労働市場の逼迫がもたらす賃金上昇は始まっていない。コロナの影響が比較的軽微だった大企業製造業の春闘において、若干のベースアップが行われる兆しが見え始めた程度である。米金利の上昇を通じて日本の金融緩和が強化されることは、家計所得を後押しして、日本経済がコロナからの復調を目指す後押しするツールと位置付けられると思われる。
日銀による金融緩和政策について、物価高などに対して批判的な世論を理由に、岸田政権から圧力がかかるリスクを筆者は懸念していた。ただ、岸田政権を支える主要政治家は、3月後半に、ガソリン高などを理由に金融緩和をやめるのは難しいと発言するなど、緩和を継続する日銀の対応をバックアップしていると思われる。
また、年金給付者への5000円給付という与党政治家から提唱された対応は、シルバー政治の象徴とも言え、様々な観点から問題が大きいと思われるが、どうやら白紙になった模様である。ガソリンなど物価高の弊害を和らげるために、2022年度予備費を財源とした2兆円規模の対策が策定されるとの観測記事もある。最終的にどうなるかは不明だが、自民党の内部からの拡張的な金融財政政策を重視する声が、岸田政権の政策にも影響し始めたのかもしれない。
日本経済を成長させる大胆な政策がでてくるとまでは期待はしづらいだろうし、「新しい資本主義」のメニューのなかで、増税政策を打ち出される可能性もある。ただ、仮に、岸田政権の対応が経済成長を重視する方向に転換されれば、株式市場において、好調だった米国株に対して日本株のリターンが負け続けた昨年までの状況は、2022年は回避されるかもしれない。
村上 尚己(アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト)
【私の論評】米国の利上げの追い風でも、酷い落ち込みならない程度で終わるかもしれない日本経済(゚д゚)!
上の記事をざっくりまとめてしまうと、債券市場で逆イールドが増えていることは、将来の米国の景気後退が迫っていることを示しているようにも見えるが、現状では米国の景気がすぐに落ち込み、それが日本にも悪影響を与えて、日本がすぐに景気が落ち込むことはないでしょうということです。
なぜそのようなことがいえるかといえば、米金利上昇をうけて、3月中旬から一時1ドル125円程度円安に振れるなど、ドル高円安が進んでいますが。日銀は、円安を容認することで、事実上緩和政策を強化しているからです。
国際的にみると、現状では日本経済にとっては、エネルギー価格の上昇や、資源価格の上昇など、日本経済にとって良いことはあまりないのですが、米国の利上げにより、円安傾向が続くことは日本の経済にとってプラス働くとみられます。
日銀・黒田東彦総裁は、「円安が経済・物価を共に押し上げ我が国経済にプラスに作用している基本的な構造は変わりはない」と語りました。
黒田総裁は日本の企業が海外であげた収益を国内に送金する際に「円建ての金額は円安によって拡大しGDPもプラスになる」と述べ、円安を容認する考えを示しました。
発言を受けて円相場は一時およそ6年1カ月ぶりの水準となる1ドル=119円台まで円安が進みました。
金融政策については原油価格の高騰などで消費者物価が「4月以降2%程度の伸びとなる可能性がある」としながらも引き締め策を取ると企業収益を悪化させ家計の負担を増やすとして「金融緩和を続ける」との考えを強調しました。
このほか物価の上昇と景気の停滞が同時に起こる「スタグフレーション」については「そういう恐れが日米欧にあるとは思っていない」と述べました。その理由として「資源価格の上昇は一時的なものでコロナ禍からの経済回復は明確だ」としました。
アメリカの「利上げ」が日本にとって、追い風になりそうなのに、単に「ひどい経済の低迷」にならない程度で終わってしまうかもしれません。
この円安容認が、まさに日本にとって吉と出ることになりそうなのです。
そもそも、為替が10%円安になるとGDPは0.2~0.5%アップすることは従来から試算で確かめられています。だから円安で輸入物価が上がっても日本経済としてはそれを上まわるメリットがあるのです。
円安と原油高、小麦粉などの資源高を分けて考えてみます。円安にはメリット、デメリットの両面があるとしても、短期的には景気に対してメリットが大きいと考えるのが一般的です。購買力を低め内需を低迷させる効果と比べ、外需を増加させる効果の方が大きいとみられるためです。
こうしたメカニズムを確認するには、マクロ計量モデルの推計結果が有用です。日本では、少なくとも数年の期間では自国通貨安(円安)は国内総生産(GDP)にプラスの影響を及ぼします。先にも述べたように、これは内閣府の短期マクロモデルでも確認できます。10%の円安によって、GDPは0.2~0.5%程度増加します。
このように自国通貨安が経済全体にプラスの影響を与えることはほとんどの先進国でみられる現象です。どの国も総じて輸出産業は世界市場で競争している優良企業群で、輸入産業は平均的な企業群です。優良企業に恩恵を与える自国通貨安は、デメリットを上回って経済全体を引き上げる力が強いとみるべきです。
例えば、経済協力開発機構(OECD)のインターリンクモデルでみても、輸出超過、輸入超過の貿易構造にかかわらず自国通貨安は短期的には景気にプラスです。その影響は貿易依存度によって異なり、依存度が高い国ほどプラス効果が大きいです。
日本は、先進国の中では内需依存で貿易依存度が低いことから、円安の効果は他の国と比べると実はそれほど大きくはありません。ただ、これは逆の方向からいえば、市場関係者らが唱える円安弊害論は、一部の産業に限られており、日本経済全体の話ではないのが実態です。
一方、原油・資源価格の上昇はどうでしょうか。これは交易条件の悪化を通じて、日本経済からの海外への所得移転になり、日本のGDPを低下させます。この意味で、原油高・資源高は日本経済にマイナスです。
2011年初から13年末頃まで、原油価格は1バレル80~100ドル程度の高値で推移しました。今後も、新型コロナからの回復に合わせてエネルギー価格が上昇したことと、ロシアに対する経済制裁で、さらに上昇する可能性はあります。ちなみに、本日は、96.9ドル↑ (22/04/08 08:41 EST)です。
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ただ、日本は原油価格が高かった11~13年でも一般物価上昇率はマイナスで、デフレのままでした。こうしたことから、原油・資源価格の上昇が限定的ならば、一般物価上昇率はそれほど上がらないでしょう。つまり悪い物価上昇でもなく、スタグフレーションまでいかないでしょう。
むしろ、原油や小麦粉などの個別価格が上がっても、ここ1年ほど消費者物価総合が前年比マイナスとなるなど一般物価上昇率がデフレ基調であることの方が問題です。個別物価、一般物価の区別もつかず、「悪い円安」だ、「悪いインフレ」だと騒ぎ回る人がいることには、本当に疑問を感じます。
「悪い円安」「悪いインフレ」とは結局スタクフレーションのことであり、これは全体の供給不足で起こる現象ですが、日本の足下では需要不足のほうが心配です。
ここ数年、老舗の廃業が時々報道されますが、これを見ていると材料費や燃料が値上がりしているのだからと、単純に「値上げすれば良いのに」と思ってしまいますが、デフレ気味の日本では、なかなか値上げができないのです。
「悪い円安」だ、「悪いインフレ」という声に乗って、金融引締をしたり緊縮財政をしてしまえば、日本はまたデフレスパイラルのどん底に沈むことになります。
いまやるべきは、目一杯の金融緩和、積極財政を行いつつ、減税などで、エネルギー価格、資源価格の上昇の悪影響を抑えることです。それ以外の政策は、日本経済を毀損するだけです。そして、それは円安を容認することでもあります。日銀は、円安を容認することを表明しましたが、政府・財務省もそれを容認すべきです。
ただ、本来は政府は大規模な補正予算組むべきですが、政府にはその気はなく、何とコロナや今般のロシア制裁による悪影響への対策に5兆円の予備費をあてようとしています。
先日も述べたように、現在では30〜40兆円の需給ギャップ がありますから、これでは全くの焼け石に水であり、これこそ、日本経済にとって大きな悪影響を与えることになります。
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