2021年11月8日月曜日

AUKUSを読む上で重要な地政学的視点―【私の論評】同盟は異なった思惑の集合体であり必ず離合集散する。AUKUS、QUAD、CPTPPも例外ではない!我々は序章を見ているに過ぎない(゚д゚)!

AUKUSを読む上で重要な地政学的視点

岡崎研究所

 10月16日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、同紙コラムニストのジャナン・ガネッシュが、9 月の米英豪の原子力潜水艦などの安全保障に関する協力合意(AUKUS)がなされた後「英語圏」とは何なのかということが問われているが、「ファイブ・アイズ」の英語圏(英米加豪NZ)を結びつけるものは、文化というよりも地理的幸運であるなどと述べている。


 ガネッシュの主張は、①9月のAUKUS原潜合意の後「英語圏」の国々を結びつけるものは何かと考えてきたが、それは言語ではなく、海洋に囲まれ、隣に大国がいないという地理的幸運だと感じるようになった、②英語圏の国々が他の世界と相違するのは、偶然の地理的独立(地理的に離れていること)であるが、それが他国に対してこれらの国を無理解にしているということであろう。英語圏の国々は、欧州大陸の国々や恐らく中国、ロシア、アジアの地理的幸運に恵まれない国の状況を理解する必要があると言う。

 ガネッシュが9月のAUKUS結成を英語圏同盟(アングロサクソン同盟と言っても良いだろう)と見て、それを結びつけるのは言語ではなく、地理的幸運だとするのは興味深い。しかし、それは意図したというよりも結果論であろう。偶々関係三国の利害が一致したと理解すべきであろう。

 英国はグローバル・ブリテンを早く具現したい、今後ますますコストのかかる原潜維持負担をできれば英豪合体化で合理化したい、豪州はフランスによる通常推進潜水艦の建造がうまく進まない問題を早急に解決したい、米国は対中戦略上、米英豪の原潜能力を強化したい、経済上のメリットもありうるなどの動機を持っていたと考えられる。

 だからと言って、AUKUS結成に地政学が全く無関係だったとは言えない。広い意味で中国に対する地政学上の配慮は強くあったし、民主的国際秩序の保護という利益の配慮も強くあった。ガネッシュの考えは面白いが、狭くなった今日の世界では「地理的幸運」に安閑としているわけにはいかず、国際政治は依然として「地理」と「利益」で動くということではないだろうか。

AUKUS運用への数々の課題

 AUKUS合意を受けて、関係三国は事務レベルでプロジェクトの詳細の検討に入っているものと思われる。今後莫大な難しい問題を解決していく必要がある。これから種々紆余曲折があるように思える。問題を幾つか挙げれば次の通りである。

(1)如何なる原潜を誰が建造するのか。母港整備を含むインフラをどこに建設し、保守など高度な原子力人材を如何に確保し、維持するのか。

(2)コストの配分はどうするか。豪州にとっては通常潜水艦より高額の資金が必要になるだろう。リース方式を検討するのか。

(3)豪州の現有コリンズ型潜水艦の退役(退役は2026年頃からと言われていた)と新艦就航(2030年代後半以降予定)の時間的ギャップをどうするか。コリンズ型の延命措置も検討されているようで、その場合は遅いもので2050年代まで就役することになるという。

(4)NPTとの関係、IAEAとの関係も問題となる。非核保有国による原潜保有の初めての事例になる。IAEAは既に実体的、法的検討を開始している。原潜建造に関心を持つイランなどが注目しているようだ。イランの他、カナダ、韓国(先年韓国は米国に協力を求めたが米国は拒否したと言われる)、ブラジルが原潜建造に関心を持っている。IAEAのグロシ事務局長によると、セーフガード措置から外した核燃料の核兵器転用阻止を如何に確保するかが最大の問題になる。

(5)米国内の反対論を抑えられるか。米海軍は技術移転に当初慎重だったという。既に専門家などがバイデンに反対の書簡を送付した。

 日本は、豪州の潜水艦受注に関して、かつてフランスやドイツと争い、結局受注がフランスに決まったという経緯がある。今回、AUKUSには入っていないが、自由で開かれたインド太平洋戦略の中で、何らかの形で連携ができたら良いだろう。

【私の論評】同盟は異なった思惑の集合体であり必ず離合集散する。AUKUS、QUAD、CPTPPも例外ではない!我々は序章を見ているに過ぎない(゚д゚)!

AUKUSが結成された背景には何があったのでしょうか。米誌FORBES(2021/9/19)は「フランス製の最新式の原子力潜水艦を通常動力に変更して12隻建造するという豪州との取り決めは、中国が小規模だった原子力潜水艦艦隊を急拡大する兆しを見せたため、貧弱に見え始めた」と分析しています。

中国は現在、米国、ロシアに次ぐ、約60隻の潜水艦保有国で、攻撃型原子力潜水艦は少なくとも6隻は保有しているとみられます。中国は軍事拠点化を進める南シナ海に戦略ミサイル原潜を遊弋(ゆうよく)させています。

中国海軍が21年現在、6隻保有する094型晋級戦略ミサイル原潜には、最大射程7400キロ以上、核弾頭を最大4個装備可能なJL-2核弾頭ミサイルが搭載され、海中から発射できる態勢が整っています。

弾道ミサイル搭載型潜水艦094型(晋級)

ちなみに、物理的には南シナ海中央から約7400キロ圏内に豪州と日本の全域が入ります。そして中国が2020年代中の就役を目指して開発中の096型戦略ミサイル原潜が将来は、射程1万2000~1万5000キロのJL-3ミサイルを搭載して南シナ海に潜む可能性もあります。これだけの射程になれば、南シナ海の海中から米本土だけでなく、英仏も物理的には射程内に収まるようになります。

AUKUS署名後、モリソン豪首相は記者会見で同国海軍のホバート級イージス駆逐艦にトマホーク巡航ミサイル(射程1600キロ以上)を装備することを言明。さらに今後、延命工事が行われるコリンズ級潜水艦にも、トマホーク巡航ミサイルを装備する可能性を示唆した。

AUKUS署名で仏企業は、650億ドル規模のビジネスをキャンセルされ、仏政府は駐米、駐豪仏大使を一時帰国させましたが、9月22日にマクロン仏大統領とバイデン米大統領の電話会談の後、駐米、駐豪の仏大使は任地に帰還しまし。

10月29日、米大統領はローマで開かれる20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を前に、マクロン仏大統領と会談。米側の不手際を認め、「米国はインド太平洋地域のフランスの役割を歓迎する。フランスは地域全体に拠点を置く軍事力により、自由で開かれたインド太平洋への安全保障への貢献、提供者となっている」などを内容とする米仏首脳共同声明を発出しました。

この中では、AUKUSについては一言もなかったのですが、「米仏防衛貿易戦略対話を開始する」との文言がありました。その同じ日、在豪英国大使館は豪西部のパースに入港した英国海軍のアスチュート級攻撃型原潜の画像をツイートしました。

これは対中国という観点からか、「AUKUSを補強する」ため、というのです。

中国の094型、そして、近い将来の096型弾道ミサイル原潜をけん制するために、豪海軍の水上艦(ホバート級駆逐艦)と攻撃型潜水艦にトマホーク巡航ミサイルを装備することがAUKUSの目標と思われます。

前述のFORBES誌(2021/9/20)は「米海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦28隻のほとんどは退役する予定だが、同級原潜を豪州に貸与すれば、豪州は“米国外”でありながら、この地域のさまざまな米国の需要を支援するために利用可能」になるといいます。

米海軍で最も製造隻数の多いロサンゼルス級原潜 クリックすると拡大します

具体的には「米英は原潜用の埠頭(ふとう)、ドライドック(船体の検査や修理などのために水を抜くことができるドック)、その他の特殊施設の設計要件を豪州に伝え、豪州は米英の攻撃型潜水艦を支援するのに必要なインフラの構築を開始できる」としています。

「その他の特殊施設」については、具体的な指摘はないですが、例えば将来、豪州の軍艦や潜水艦に搭載されるトマホーク巡航ミサイルの貯蔵施設が豪国内に建設されれば、米英も利用でき、その戦略的意味は大きくなります。

豪州の将来の原潜が米国のバージニア級や英国のアスチュート級原潜とどのような関係になるかは不明ですが、どちらも、トマホーク巡航ミサイル搭載艦という共通点があります。かくして「豪州の潜水艦契約破棄事件」は、AUKUS結成に伴い豪州の潜水艦建造にまで本格介入する米英、ことにバイデン政権の「中国包囲網」構築の本気度を示しているのかもしれないです。

潜水艦から発射されたトマホーク

AUKUSの創設の背景に米国の潜水艦戦略があることを見落としてはならないです。

中国の海洋進出に対する米国の抑止力の中心は潜水艦です。特に原潜は長距離を速い速度で移動することができ、長期間潜航したまま隠密活動ができます。

そのため、米国は現在保有している51隻の攻撃型原潜のうち、60パーセントを太平洋に配備しています。また、日本の海上自衛隊の潜水艦部隊とも連携することによって、潜水艦戦力では中国を圧倒的に凌駕しています。

しかし、その米国の潜水艦戦力も旧型原潜の退役が近い上に、新造艦の建造スペースが遅いこともあって、2020年代の後半から10年程度は、米国の攻撃型原潜の数は42隻にまで落ち込むことが試算されています。実は、米国はその穴埋めとしてオーストラリアの原潜に期待を寄せているのです。

英国政府筋によれば、オーストラリアが現在の通常型潜水艦を南シナ海へ派遣した場合、現地に留まることができる期間はわずか10日間程度であるのに対して、原潜ならほぼ無期限で活動できます。また、日本の沖縄周辺からインド洋までの全域で中国海軍の活動を監視することが可能になります。

インド太平洋には、もう一つ、QUAD(クアッド)という対話の枠組みがあります。日本が主導して始めたもので、米国、オーストラリア、インドが加盟しており、9月には初めての対面形式の首脳会議がホワイトハウスで開催されました。首脳会議は今後、毎年開催される予定です。

AUKUSが今後、発展していくにつれて、QUADとどのように連携していくのかが、大きなテーマになるでしょう。

英国はCPTPPへの加盟を検討していますし、日本も将来、AUKUSへの加盟を検討しなくてはならない時期が来るでしょう。やがて、インド太平洋では、政治はQUAD、安全保障はAUKUS、経済はCPTPPという役割分担が成立するかもしれないです。

歴史を見ればわかるように、同盟は異なった思惑の集合体ですから、必ず離合集散します。これらの枠組みもいつかは統合し、分裂し、さらにNATOや日米同盟もこれらに吸収されることになるかもしれないです。

AUKUS、QUAD、CPTPP、それらはやがて一つにまとまり、作り替えられて、将来、インド太平洋同盟として花開く可能性を秘めています。

今、われわれが目にしているのはその始まりにすぎないのです。

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