2024年1月21日日曜日

能登半島地震、自衛隊への「誤った論評」に注意 他国の侵攻を防ぐ国防が任務、初動1000人の妥当性、ヘリから物資輸送―【私の論評】自衛隊批判の背後にある、補給の限界と兵站の重要性への認識不足

能登半島地震、自衛隊への「誤った論評」に注意 他国の侵攻を防ぐ国防が任務、初動1000人の妥当性、ヘリから物資輸送

まとめ
  • 自衛隊の初動は遅かったという批判は誤りである。発災から約20分で偵察機が離陸し、約1時間後には陸自部隊が前進を開始した。
  • 初動1000人という人数も批判されているが、これまでの経験から妥当な判断である。
  • 戦力の逐次投入も、道路が寸断されて近づくことができないため、最善の判断である。
  • 空から物資投下は、ヘリが下りられない場所に行うことは危険である。
  • 自衛隊は、国防の組織であり、災害派遣はあくまでも自治体機能の回復までの一時的措置である。
石川県輪島市の輪島朝市のあった場所での航空自衛隊によるドローンによる捜索活動

 能登半島地震に関するデマや偽情報、そして「自衛隊が遅い」などの論評が出回っている。これらの論評は、自衛隊に対する理解不足や誤解に基づいている。

 自衛隊は国防の組織であり、災害派遣は第2の任務である。災害対処の責任は地元自治体にある。自衛隊は自治体機能が回復するまでの一時的措置として派遣される。

 今回の能登半島地震では、自衛隊は発災から約20分で偵察機を飛ばし、約1時間後に地上部隊を派遣した。これは過去の災害と比較して迅速な対応である。

 初動1000人という規模も、これまでの経験から妥当な判断である。戦力の逐次投入も、道路が寸断されて近づけない場合や、状況が把握できていない場合には、最も合理的な方法である。

 空からの物資投下は、可能な場所では実施されている。ヘリの飛行可能時間ギリギリまで任務を行っている。ヘリが下りられない場所に上から物を落とすことは、地上の人にとって危険である。

 被災地にパラシュートで降下するというのは、現実的ではない。

 災害時こそ、国の防衛意識を高める必要がある。日本海側は北朝鮮による拉致の現場でもある。能登半島地震は、自衛隊の役割と重要性を改めて認識する機会となった。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】自衛隊批判の背後にある、補給の限界と兵站の重要性への認識不足

まとめ
  • 能登半島地震に関するデマや「自衛隊が遅い」批判は、自衛隊に対する理解不足から生まれている。
  • 平和な状況への慣れが、災害時の自衛隊の対応に関する理解不足や誤解を招いている可能性がある。
  • 戦争では兵站が勝敗を左右し、兵站の成否が戦局を決定づける。兵站が戦争の形を規定してきた歴史的事実がある。
  • 能登半島の急峻な地形が救援活動を難しくし、他の地域と比べても道路が寸断されやすいなどの障害がある。
  • 救援活動の難しさがあるからこそ、自衛隊派遣の要請があり派遣されている。今回の震災を期に、補給の限界と兵站の重要性が認識されるべき。
桜林さんの"能登半島地震に関するデマや偽情報、そして「自衛隊が遅い」などの論評が出回っている。これらの論評は、自衛隊に対する理解不足や誤解に基づいている"という指摘は正しいです。

なぜ、このような理解不足や誤解が起こるのかといえば、日本人があまりに平和の"お花畑"に浸かってきたためかもしれません。

実際に戦争になった場合に、特定の地域に軍隊を派遣したり、そこで作戦を実行するためには何をどうすべきかについてまともに考えたこともない人が増えた結果、「自衛隊が遅い」等という議論が平気でされるような雰囲気が醸し出されてきたのではないでしょうか。

実際に戦争になった場合、何が勝敗を分けるかといえば、兵站(ロジスティックス)です。この重要性については何度か、このブログにも掲載したことがあります。その内容を以下に再掲します。

戦史家のマーチン・ファン・クレフェルトは、その著作『補給戦――何が勝敗を決定するのか』(中央公論新社)の中で、「戦争という仕事の10分の9までは兵站だ」と言い切っています。

マーチン・ファン・クレフェルト

実は第2次世界大戦よりもはるか昔から、戦争のあり方を規定し、その勝敗を分けてきたのは、戦略よりもむしろ兵站だったのです。極言すれば兵士1人当たり1日3000kcalの食糧をどれだけ前線に送り込めるかという補給の限界が、戦争の形を規定してきました。そう同著は伝えています。

エリート中のエリートたちがその優秀な頭脳を使って立案した壮大な作戦計画も、多くは机上の空論に過ぎません。

現実の戦いは常に不確実であり、作戦計画通りになど行きません。計画の実行を阻む予測不可能な障害や過失、偶発的出来事に充ち満ちているのです。

史上最高の戦略家とされるカール・フォン・クラウゼビッツはそれを「摩擦」と呼び、その対応いかんによって最終的な勝敗まで逆転することもあると指摘しています。

そのことを身を持って知る軍人や戦史家たちの多くは、「戦争のプロは兵站を語り、素人は戦略を語る」と口にします。
戦争と地震による震災は根本的に異なると考える人もいるかもしれませんが、戦闘による被害と、地震や津波による被害という違いはありますが、甚大な被害を受けているということでは同じです。

今回の自衛隊による能登半島地震における救援活動は、戦闘は含まないものの、軍隊による戦争被害を受けた住民や部隊の救援活動と似ているところがあります。

だからこそ、自衛隊の派遣が要請されるのです。そうして、補給の限界が、戦争の形を規定するように、補給の限界が、救援活動の形を規定するのです。補給の限界があるところに、物資や人員を過剰に送り込んでも、意味はなく、現場が混乱するだけなのです。

特に、能登半島の地形が、救援活動の形を規定するのです。このことが多くの人にはピンときていないのかもしれません。これについては、以前ツイッターで述べたことがあります。その内容を以下に掲載します。

このツイートは、1月6日のものです。
https://twitter.com/yutakarlson/status/1743598352812712272
なぜ、ボランティア活動などを今の段階で、募集しないのかには、それなりの理由があります。能登半島の地形は、他とは著しく異なるからです。

石川県の能登半島と、台湾とでは、地形にいくつかの共通点があります。海岸から急峻な山がそびえ立つことや、山岳地帯が多いという点で共通しています。

これが、中国が台湾に侵攻することを著しく難しくしている一方で、能登半島の自衛隊による救援活動を著しく難しくしています。

能登半島の東側には、標高2,702mの白山をはじめとする日本海側の最高峰が連なっています。これらの山々は、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートの衝突によって形成された、活断層帯に沿って位置しています。そのため、海岸から急峻な山々がそびえ立つ地形となっています。

台湾の中央部には、標高3,952mの玉山(富士山より高い)をはじめとする中央山脈が連なっています。これらの山々も、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートの衝突によって形成された、活断層帯に沿って位置しています。そのため、能登半島と同様に、海岸から急峻な山々がそびえ立つ地形となっています。

このような地形であるからこそ、能登半島の救援活動は思いの他難しいのです。このような地形では、地震や地滑りにより、他の地域よりはるかに、道路が寸断されやすいです。船で、物資を運ぶにしても、揚陸できる場所は限られています。

このことを日本への救援隊を派遣しようとした、台湾もすぐに納得したでしょう。一方、米軍は日本に基地を設置し、自衛隊とも頻繁に共同訓練をし、石川県でも共同訓練をしていて、日本の地理を知り抜いていますから、日本政府も米軍の支援を早々と受け付ける決定をしたのでしょう。

現在能登半島にボランティア活動に押しかけている人たちは、そのようなことも熟知せず、軍隊であれば、素人が難攻不落の要塞に挑むようなものであり、自分たちの無謀さを思い知り、なぜ石川県が現在の段階で、ボランティアを募集しなかったか、その理由思い知ることになるでしょう。

彼らは、早々に音を上げると思います。地理や地政学を知らないことの、典型的な見本だと思います。写真は、左は、台湾東部の海岸です。右は、能登半島の堂ヶ崎の写真です。

 こうした、補給の限界が、戦争の形を規定するように、補給の限界が、救援活動の形を規定するのです。このツイートをした時点で、ボランティア活動をした人たちもいるようですが、実際には、切実に助けを必要とした人達に対して救援活動ができていたのは、自衛隊のみでしょう。

兵站に関して上で述べた事例では、食料を例としましたが、戦争ならこの他に武器弾薬を運ばなければなりません。武器のうち、大砲や戦車、航空機ななどは頻繁にメンテナンスが必要ですから、メンテナンス機材や要員の輸送も考えなければなりません。これを怠れば、戦闘の継続は難しくなります。

救援活動などでは、まず救援活動をする自衛隊員の食料の輸送を考えなければなりません。自衛隊員は機械やロボットではありませんから、救援活動をするためにも1日あたり3千カロリーが必要ですし、武器弾薬は必要ないものの、支援対象の人々への物資を運ばなければなりません。また、長時間働いた隊員には休養も必要です。

桜林さんは、被災地にパラシュートで降下というのは現実的ではないとしていますが、まさにそうです。パラシュートで降下した自衛隊の空挺部隊は、当面の物資を運ぶことはできますが、自らの活動のための食料などの物資も同時に運ばなければならないですから、運べる物資の量は限られています。

食料がなくなった空挺部隊は、現地で食料を調達するしかなくなります。それは、被災者の食料を奪うことになります。そんなことは、とてもできないでしよう。そうなると、空挺部隊の要員は飢に苦しむことになります。

そもそも、空挺部隊は、いずれ後続部隊が来ることを前提として、敵地に投入されるものです。後続部隊がしばらく来なくても、もちろん、空挺部隊は、できるだけ長く生き延びて、敵の戦力を撹乱したり、情報を収集したりすることができます。しかし、その場合でも、後続部隊が来なければ、空挺部隊の活動意義は、大きく制限されることになります。

ウクライナ戦争初戦で、キーウ近くのアントノフ国際空港に投入されたロシアの空挺部隊は、結局後続部隊が来なかったため、ほぼ全滅しました。

破壊されたアントノフ国際空港

中国による台湾侵攻も、補給の限界から、実は難しいです。無論、ただ破壊するだけというなら、ミサイルを発射すれば良いですから、難しいことはありませんが、実際侵攻するということになれば、多くの兵員、武器弾薬、食料など物資を運ばなければなりません。しかも、台湾の急峻な地形を考えると、実際に戦闘になるであろう地区まで必要十分な物資を到達させることは、至難の技ですす。

これは、現在進行中のウクライナ戦争において、ロシアはウクライナの都市をいくつも破壊したものの、未だに多くの地域を制圧できていないことを思い浮かべていただくとご理解いただけるものとと思います。

破壊=占拠ではないです。侵攻とは、戦闘で相手を打ち負かした上に、それらの地域を占拠し、その地域を統治することまで含まれるので、破壊だけと比べると、難易度はかなりあがるのです。簡単なことではないのです。テロリストのように、破壊することが目的で、破壊だけするというのとは全く次元が異なるとうのが、侵攻するということの本当の意味です。

しかし、中国による台湾侵攻が簡単にできると思い込んでいる人も多いです。そういう人は、残念ながら能登の自衛隊による救援活動も簡単だと思ってしまうのでしょう。本当に困ったものだと思います。能登半島地震をきっかけに補給の限界、兵站の重要性が認識されると良いと切に願います。

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