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2020年8月17日月曜日

イスラエル・UAE和平合意はトランプの中東政策が有効な証拠―【私の論評】この和平は世界とって良いこと、トランプ氏の大統領選の一環などと矮小化すべきではない(゚д゚)!


イスラエル ネタ二アフ首相(左)とUAE の支配者とされるムハンマド・ビン・ザーイド氏(右)

<引用元:デイリー・シグナル 2020.8.14>ジェームズ・カラファノ氏による論説

13日のイスラエルとアラブ首長国連邦(UEA)の間の「歴史的な和平合意」―米国が四半世紀かけて仲介してきたイスラエルとアラブ国家の間の最初の関係正常化への合意―の発表は、ドナルド・トランプ大統領が長年の間で米国・中東政策を間違わずに正しく行った最初の大統領であることをさらに示す証拠だ。

合意の下で、イスラエルとUEAは「完全な関係の正常化」を達成することとなり、それには大使館、貿易、観光旅行、直行便の開設や他の合意も含まれる。アラブ国家でそれ以外にイスラエルと外交関係を持つのはエジプトとヨルダンの2カ国のみだ。

トランプ、ベンヤミン・ネタニヤフ首相、そしてUEA指導者が出した共同声明によると、大幅な譲歩としてイスラエルは、同国のネタニヤフ首相が併合を計画していたウェストバンク(ヨルダン川西岸)の一部に対する「統治権の宣言を停止」して、今後はアラブ・イスラム世界の他の国々との関係を拡大する努力に集中する。

21世紀のこれまでの米国の中東政策の歴史は次の通りだ。

ジョージ・W・ブッシュ大統領:全てを修復しようと熱心に取り組み始める。結果:失敗。

バラク・オバマ大統領:できるだけ速く逃げ、全てを無視しようと努める。結果:大失敗。

トランプ大統領:固執し、火を消し、友人の友人となる―が、彼らが自分達の近辺を安全にするために公平な負担を負うことを主張。結果:成功。

外交的躍進を宣言した共同声明は、それが「トランプ大統領の要求」で実現されたものだとしている。これはまさに、トランプがイスラエルと隣国との間の和平がうまく収まるように計画しているということを示す最新の証しだ。

率直な話をしよう。トランプ政権はダウのついてない日よりも速く崩れ落ちていたオバマ政権の中東政策を引き継いだ。

イランは核合意後にさらに好戦的になり、その代理人は所かまわず行進していた。ISISはシリアとイラクの一部で残忍なカリフの支配権を握っていた。シリアは内戦で崩壊した。イラクは瀬戸際だった。イスラエルは国際的な孤立が高まろうとしていた。

だがトランプは即座に、こうした米国の政策による失敗からことごとく脱した。

その後トランプ政権は、米国の不可欠な利益を守っていた中東での持続可能な存在を発展させるためのキャンペーンを開始した。

特にトランプ政権は、イスラエル・パレスチナ和平交渉の進展のためにイスラエルに対する支持を制限することを止めた。パレスチナが交渉を拒否していたために暗礁に乗り上げたためだ。

さらにトランプ政権は、エジプト、トルコ、サウジアラビアといった戦略パートナーとの関係を維持した―彼らが悪戦苦闘し、つまずき、時には互いに、地域の他国と、そしてワシントンと衝突することがあったとしても。

それからトランプ政権は、中東戦略的同盟のビジョンを追加した。同盟は最終的にイスラエルとアラブ国家を、地域の安定と繁栄のための勢力となる共同体制へと団結させるよう意図されていた。

同盟は中東のNATOとはならない。それは米国の支持と関与を受けた集団となり、イランを追い詰め、イスラム主義の多国籍テロと戦い、地域紛争と人道上の危機を未然に食い止め、経済的統合を推進するものだ。

トランプはそのとても野心的な目標を達成していない―全くもって。だが13日に発表されたUEAとイスラエル間の合意は、トランプが持続可能な安全保障体制のためのブロックの整備を進展させていることを裏付けている。

UEA・イスラエル合意は、トランプが中東で必要とされることについて正しかったことを示している。アラブのリーダーは、パレスチナ政権が要求してるように関係改善のための外交努力をボイコットするのではなく、イスラエルに外交的に関与したほうが、より多くの事を達成できる。

トランプの仕事は終わっていない。他のアラブ国家は先行するUEAに倣い、イスラエルとの関係正常化合意を結ぶだろう。米国はすでに、ペルシャ湾岸の他の国の高官から個人的に肯定的な反応を受けている。実際にバーレーンが次にイスラエルとの恒久的和平を結ぶ可能性がある。

トランプ政権は、後戻りができないほどに米国の未来の政策を計画する上での転換点を越えた可能性がある。11月の大統領選でトランプが再選を果たしても、ジョー・バイデン元副大統領が勝ったとしても。

この証拠として、バイデンはあらゆる点でトランプを即座に批判しているのに、この民主党指名確実候補者はイスラエル・UAE合意を称賛する声明を出した。

「今日、イスラエルとアラブ首長国連邦は中東の大きな分断に橋渡しをする歴史的な一歩を踏み出した。UAEがイスラエルの国を公式に認定すると申し出たことは、歓迎すべき、勇敢で、大いに必要とされる政治的手腕の行為だ。またイスラエルが中東の活気に満ちた欠くことのできない、生活に浸透した一部であるというのは重要な認識だ。イスラエルは、歓迎する全てにとって貴重な戦略的・経済的パートナーとなる可能性があり、そうなっていくだろう」とバイデンは、声明の中で述べた。

バイデン氏

つまり、米国が1月にトランプ大統領、またはバイデン大統領のどちらに主導されたとしても、イラン合意の復帰はないだろう。その上、ワシントンの多くの人はある範囲の、現実・想像上の懸念をめぐって、イスラエル、トルコ、サウジアラビア、そしてエジプトに対して喜んで断固たる行動を取るだろうが、実際には米国は地域の権力者に反対するよりも協力したほうが得るものが大きい。

トランプは冷戦の終結以来で、もっとすばらしい中東への肯定的な道を築くのに最高の可能性をもたらした。選挙の競争でトランプが勝つにせよ、バイデンが勝つにせよ、次期政権がこの約4年の進展を最後までやり通す以外の道を取ることは、自己破滅となるだろう。

またトランプの下での米国の政治手腕の業績を認めないとすれば、それは間違いで、気難しく、党派心に偏ったことだ。

ジェームズ・ジェイ・カラファノは、ヘリテージ財団外交防衛政策研究所の副所長

【私の論評】この和平は世界とって良いこと、トランプ氏の大統領選の一環などと矮小化すべきではない(゚д゚)!

イスラエル(左)とUAE(右)[の国旗

UAEは、イスラエルと国交を持つアラブ諸国として1979年のエジプト、1994年のヨルダンに次ぐ3例目となります。

イスラエルとUAEの国交正常化を国際社会が歓迎する中、「裏切り者!」とUAEを非難したのはやはりイランとトルコでした。パレスチナ人はMBZ( UAE の支配者とされるムハンマド・ビン・ザーイドの写真)に靴をぶつけたり、燃やしたりしています。イスラム教を政治に持ち込み続ける限り、紛争も殺戮も憎悪も終わり尽きることはありません。

中東地域で孤立するイスラエルは以前からアラブ諸国との国交正常化に前向きで、特にUAEとは最近、COVID-19対策(共同でのワクチン開発)やIT分野で協力関係を築くことで合意し、官民双方で関係強化が進んでいました。

この点、イスラエル・UAEの国交正常化は寝耳に水の話題ではありません。もっとも、米国が仲介役をアピールするように、本合意はイスラエル・UAEの二国間関係のみで成り立ったわけではなく、既に進展していた非公式な関係深化が今のタイミングで公式化したことにも相応の事情が考えられます。

対イラン関係

イスラエル・UAE・米国は、イランを中東の安全保障上における脅威と捉え、その軍事的影響力を削減するという目標を共有しています。この点で本合意は「イラン包囲網」としての意味を持ち得ます。一方、「包囲」を経た対イラン関係については、3国間で異なる青写真を用意していると考えられます。

少なくともUAEは、地理的に極めて近いイランが政治的にも経済的にも一定程度の安定性を保ち、この上でサウジやバハレーンといったUAEの友好国とイランとの間の緊張が緩和されるのが理想でしょう。

 西岸併合

西岸併合については「一部」「延期」「停止」等、様々な表現が用いられており、国交正常化と引き換えに西岸併合を取りやめると考えるのは早計かもしれません。実際、イスラエルのネタニヤフ首相は国内向けの会見で、一部西岸地域への主権適用の計画は進めると発言しました。

本合意は、あくまで現時点でイスラエル・UAEは経済的実利を優先した結果と考えられます。あるいは、西岸併合を必ずしもバーターとしない国交正常化に合意したUAEは、西岸併合を暗黙裡に了解したとも言えます。

イスラエルの思惑

西岸併合は現内閣のマニフェストとして注目されてきました。しかし外相・国防相等の側近から慎重論が出ている他、COVID-19対策に予算・労力を割くべき中で、西岸併合は次第に非現実的な様相を帯び始めました。

こうして、一時的とはいえ西岸併合を持て余している状況下、これを引き換え(に見える形)としたUAEとの国交正常化は、現内閣の安定性を維持しつつ、経済外交を進展させ、さらに有言不実行(マニフェストの不履行)との誹りを免れるという、イスラエル政府にとって好都合なタイミングと言えます。

さらにこれによって、中東地域での孤立を解消し、パレスチナ問題でイスラエル側の主張を支持するアラブ諸国を増やすことで西岸地区での主権維持が見込め、これが中長期的には国内右派・極右勢力の支持を維持することにもつながります。以上を考慮すれば、本合意はイスラエルにとって「コストなきディール」だと言えます。

UAEの思惑

世界有数のハイテク産業を有するイスラエルと経済・技術協力を推進できる点で、UAEにとって本合意の経済的利点は疑いがありません。一方、イスラエルとの国交正常化には、パレスチナやこれを支持する勢力から「裏切り者」との非難を浴び、アラブ諸国としての体面を保つ上で不都合だという事情もありました。

このため、西岸併合をイスラエルに放棄させたという物語の筋を強調することで、UAEは本合意を「裏切り」には該当しない、むしろパレスチナを支持する行動としてアピールする向きが見られます。もっとも、こうした評価をパレスチナ側から得ていないは既述の通りてすが、そもそもUAEに限らず、多くのアラブ諸国が「パレスチナ支援」を自国のプレゼンスを示すアジェンダとして(のみ)利用している現状は暗黙の事実であり、パレスチナ側の批判をUAEが考慮する可能性は低いです。

米国の思惑

11月に大統領選挙を控える状況下、トランプ大統領には今のタイミングでなされた本合意を「歴史的な平和貢献」と表現し、これを自身の業績としてアピールする狙いが見て取れます。逆に言えば、大統領選挙後を見据えたパレスチナ問題への政策が用意されているかどうかは未知数です。

それは、さておき、米国としては中東が平和になれば、現在継続中の中国との対峙に専念できるわけで、これは米国にとってもかなり良いことです。無論日本にとっても良いことです。

中国と本格的に対峙しているときに、中東で問題が起これば、米国としてもこれを放置できず、軍隊などを派遣すれば、二正面作戦になってしまうおそれもあります。このブログにも以前述べたように、米軍でさえ二正面作戦は負担が大きいです。

      13日、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の国交正常化を
      発表するトランプ米大統領=ホワイトハウス

イスラエル・パレスチナ関係への影響


通常、国際社会で国交正常化が批判されることはないとの考えに立てば、イスラエル・UAEの国交正常化によって中東地域で孤立するのは、皮肉にもパレスチナの側となります。西岸併合計画への抵抗で協力を発表したパレスチナ自治政府(PA)とハマースは、本合意を受けてさらなる協力体制を構築するかもしれません。

しかしながら、パレスチナは外国からの政治的支援なくして独立を実現できません。パレスチナ諸派を蚊帳の外にした「歴史的成果」は、彼らを着実に八方塞がりな状況に追い込んでいくことになります。

さらに、これまで水面下で進んでいたアラブ諸国とイスラエルとの関係が、本合意をきっかけに地域レベルで立て続けに公式化する可能性もあります。こうなると、二国家解決の実現可能性はますます低くなり、逆に一国家解決の実現可能性が高まることになります。

今回の和平合意は、メディアによっては、トランプ大統領の再戦に向けたパフォーマンスとして矮小化するものもありますが、間違いなく世界にとって良いことです。

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2020年2月22日土曜日

中国人が世界知的所有権機関のトップに?―【私の論評】日米とその同盟国は、火事場泥棒に意図的かつ慎重に圧力をかけよ(゚д゚)!


岡崎研究所

 2020年3月5日~6日、スイスのジュネーブでは、世界知的所有権機関(WIPO)のトップである事務局長を決定する選挙が行われる。


 WIPOは、国連の専門機関の1つで、192か国が加盟する。知的財産権に関する国際的ルールの策定や国際特許の運用・管理、さらに知的財産保護に関する新興国・途上国の支援等を行う国際機関である。任期6年のWIPO事務局長の選出は、加盟国のうち83か国で構成されるWIPO調整委員会における投票で決定される。今回3月に行われるWIPO事務局長の選挙で、日本政府は、WIPO特許協力条約(PCT)法務・国際局上級部長である夏目健一郎氏を次期事務局長候補として擁立したが、中国も候補を擁立していて、それが米国で波紋を呼んでいる。

 米中間では、1月15日、米中貿易戦争の休戦協定ともいえる「第一段階の米中貿易合意」が署名された。この米中間の貿易合意が達成されるまでの交渉では、様々な課題が論議されたが、その中の1つが、知的財産権の保護の問題だった。中国側の産業スパイ、サイバー攻撃等による米国企業の秘密情報の窃取、中国に資本進出する米国企業に対する強制的技術移転等、中国のやり方に米国側は抗議し、中国共産党政府がより強力に米国の知的財産権を保護するよう協力を要請した。報道によると、中国は、知的財産権のより強力な保護を約束し、「第一段階の米中貿易合意」がとりあえず達成されたという。

 このような中、世界の知的財産権を取り扱う国際機関WIPOのトップに中国人が就任するのは如何なものかと疑問を呈する声が米国内では起きている。1月31日付で、米ワシントン・ポスト紙のコラムニストであるロウギンは、WIPO事務局長に中国人が就任することは、銀行強盗が頭取になるようなもので、知的財産権の保護に害をもたらすと論じた。

 また、2019年12月14日付のトランプ大統領宛の書簡で、超党派上下両院4名の議員(アーカーソン州選出のトム・コットン共和党上院議員、ニューヨーク州選出のチャック・シューマー民主党上院議員、カリフォルニア州選出ジミー・パネッタ民主党下院議員及びウィスコンシン州選出マイク・ギャラガー共和党下院議員)が連名で、中国が指導するWIPOは米国の経済安全保障を危険に晒し、知的財産権や世界的標準ルールへの脅威になりかねないと警告した。

 ロウギンは論説の中で、もし中国がWIPOを支配するようになれば、知的財産に関するすべての基本的情報が直接、中国政府の手に行くことになり、国際的特許システムへの基本的な信頼を切り崩すことになる、と警告する。ロウギンによれば、中国は国際機関を世界のためではなく、自国の利益ないし中国の世界制覇のために利用する。過去の具体例を幾つか見れば明らかだとするが、ここでは一つのみ挙げておく。

 例えば、2015年、中国は国際電気通信連合(ITU)のトップの座を射止めた。その後、ITU は中国の「一帯一路」構想を推進し、中国の電気通信の巨人ファーウェイを守るなど、北京との協力を急激に増やした。また、国連の経済社会局の局長は中国の高官だが、この局は「一帯一路」構想を推進して、中国政府と連携して中国内に「ビッグデータ研究所」を作っている。

 中国が国際機関の事務局長を多く取ろうとしていること、そして取った後、そのポストを中国の利益のために利用していることを、日本は理解しなければならない。

 通常、国際公務員は、その所属する国際機関の利益のために働く存在であり、出身国の利益拡大のために努めることは差し控えることが求められる。そういう中立性が必要である。

 中国も自国民で国際公務員になる人にはそう求めるべきであり、自国の利益の増進をするように求めることはやめるべきであろう。中国にそういうことを明確に要求してもよいのではないかと思われる。

 この問題は、米国、欧州諸国、日本が問題を認識し、対応ぶりを協議する良い材料のように思われる。とりあえずは、WIPOについて日米欧が協力を強化し、中国に対抗するのが良いと思われる。日本は夏目氏を擁立しているが、ワシントン・ポスト紙の報道では、米国はシンガポールの候補を推しているようである。日米両国で協力し、どこかで折り合いをなし、上手く中国候補のWIPO事務局長就任を阻止できれば良いのだが。

【私の論評】日米とその同盟国は、中国に意図的かつ慎重に圧力をかけよ(゚д゚)!

中国の王毅外相が昨年11月、王彬穎氏の擁立を発表すると、「中国は欧米企業から知的財産を盗む国として知られている。その国の出身者がWIPO事務局長に就任するなんて、悪い冗談だろう」という声が聞かれたほどです。もっとはっきり言ってしまえば、中国人をWIPOのトップに据えるということは、火事場泥棒に火消しを依頼するようなものです。

王彬穎氏はWIPOに勤務する前は中国国家工商行政管理総局に勤めていましたから、中国共産党の主要メンバーの一人と見てほぼ間違いないです。

王彬穎氏

国連のシステムの内で、中国の影響力が日増しに増大しています。屈冬玉(Qu Dongyu)が昨年8月、国連食糧農業機関(FAO)の事務局長に就任し、国連専門機関のトップを務める中国人が4人に増えました。

国連の専門機関のトップに就いた最初の中国人は、2007年に世界保健機関(WHO)の指揮を執ったマーガレット・チャンでした。 6年後、李勇(Li Yong )が国連産業開発機構(UNIDO)の局長に就任しました。2015年に赵厚麟(Houlin Zhao)が国際電気通信連合(ITU)の事務局長に就任し、柳芳(Fang Liu)が国際民間航空機関(ICAO)の事務局長に就任しました。現在も在職中である最後の3名の就任は、オバマ大統領の政権下のことでした。

李勇

要するに、トランプが大統領に就任する以前から、国連における中国の影響力は高まっていたのです。前の政権下では注目されなかったことが、なぜ今注目されているのかとは別問題として、注目され対処されるべき問題なのである。

中国の影響力が拡大するにつれ、米国の利益と対立する政策を主張する力や、中国が厄介な問題であると見なす国連の動きを鈍化させる力も大きくなっています。

たとえば、中国が拒否権を行使して国連安全保障理事会の決議をブロックしたのは、国連が中華人民共和国を公式に政府として認めた1971年以来、12回です。さらに、これらの拒否権は、ビルマ、シリア、ベネズエラ、ジンバブエの抑圧的な政府を、その政策に対する国連の制裁と非難から保護するために投じられたものです。

ブルッキングス研究所の調査によると、中国は2013年以降、国連人権機関で積極性を増し、「国際的な規範とメカニズムの独自の解釈」を推進しています。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、中国の当局者たちが国連の規則に違反して国連スタッフを脅迫し、中国の政策に批判的な非政府組織に嫌がらせをしていると報告しています。

さらに、国際公務員は中立で独立した立場であるはずですが、中国は国際機関で働く中国人に、中国の利益と政策を有利に進めることを期待しています。 2018年10月、中国は国際刑事警察機構(ICPO)の孟宏偉(Meng Hongwei)総裁を逮捕し、権力の濫用と「党の決定に従う」ことを拒否したとして彼を告発しました。

中国政府の指示に従わないとどのような事態が待ち受けているかを知っている柳芳(Fang Liu)が、台湾が主要な航空交通ハブであるにもかかわらず、ICAO(国際民間航空機関)のトップの地位を利用して台湾のICAO会議への出席を妨げたのも不思議ではありません。

柳芳

中国が経済的および軍事的に強化されると、国連における中国の影響力や存在感も同様に成長します。政治的および財政的現状から、米国はこの流れを完全に覆すことはできません。ただし、中国の優先事項を考えると、米国や我が国も含めた志を同じくする国々は、この流れの影響を無視することはできないです。

それに、中国には「国防動員法」という恐ろしい法律があります。中国にとって危急存亡のときには、国連組織のトップであろうが、誰であろうが、海外に在留する中国人も含めてすべて中国共産党の指示通りに動かすことができます。中国人は善人・悪人にかかわらず、いざというときは、全員中共の手先として動かすことができるのです。

米国は、中国の影響を合理的に抑え、中国のリーダーシップが米国の利益を直接損なうことのない組織の部分に制限して向けられるようにするための、戦略的措置を講じるべきです。

これには、中国の利益と戦術の詳細な評価に基づく広範かつ包括的で長期的な戦略が求められます。米国および主要な国際機関で志を同じくするリーダーシップを促進し、国際機関で米国人等の雇用を促進して、米国の圧力を意図的かつ慎重に行うことが必要です。

米国は昨年の米中貿易交渉で、このブログでも解説したように、7項目の合意に至りました。知的財産権の保護などは、当然のことながら含まれていますが、最後の項目は、はやい話が米国が合意項目六項目を事実上監査するというものです。米国は、中国が知的財産保護から逸脱し続けるなら、ためらうことなく、中国に新たな制裁を課すことなるでしょう。

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2019年12月3日火曜日

政府が約160億円で「馬毛島」買収合意を発表―【私の論評】馬毛島の整備によって、日米のアジアでの存在感がさらに高まる(゚д゚)!

政府が約160億円で「馬毛島」買収合意を発表

馬毛島

 菅官房長官は12月2日、米空母艦載機の着陸訓練(FCLP)の移転候補地だった鹿児島県西之表市の馬毛島(まげしま)の地権者との間で買収合意に至ったことを会見で明らかにした。11月29日、地権者と買収価格約160億円で一定の合意に達したという。

東京商工リサーチ(TSR)は11月22日にWeb、本誌では25日号に、政府と地権者との馬毛島買収が大詰めを迎えたことをいち早く報じたが、政府が買収合意を正式に発表した。



菅官房長官は12月2日の会見で、「米空母艦載機着陸訓練、施設の確保は安全保障上の重要な課題であり、早期に恒久的な施設を整備できるよう引き続き取り組む」とコメントした。

地元の理解については、「米空母艦載機の着陸訓練施設などの確保にあたり、地元の理解と協力が極めて大事」と語り、丁寧に説明していく意向を示した。


馬毛島で滑走路工事を見る、タストン・エアポート(株)の立石会長

 馬毛島は開発会社のタストン・エアポート(株)(TSR企業コード:942045602、世田谷区)が所有し、政府との間で売却交渉が続けられていた。今年1月に仮契約を結んだが、タストン・エアポートの社長交代など社内の意見がまとまらず、5月に交渉が打ち切られていた。その後、タストン・エアポートやグループの立石建設(株)(TSR企業コード:290199727、世田谷区)の資金繰りが悪化し、早期売却に向け10月下旬から売却交渉が加速していた。

【私の論評】馬毛島の整備によって、日米のアジアでの存在感がさらに高まる(゚д゚)!

馬毛島は、鹿児島市から南へ115キロ、種子島から西へ12キロのところにあります。以前は、うっそうとした森林に覆われ、動物による豊かな世界が広がっていました。

ところが、1980年代以降、この島に対しては自衛隊が関心を抱いています。自衛隊は過去に、大出力のレーダー設備や石油製品の貯蔵施設、放射性廃棄物の保管施設を同島に配置することを提案。これらの計画が実現されることはありませんでしたが、島に向けられた関心は保たれてきました。

馬毛島は2007年までに、開発会社「タストン・エアポート」(旧・馬毛島開発)が完全に所有するようになりました。この時までのかなり以前に、地元の島民は既に島を去っていました。

同社は2006~2012年、島にあった森林170ヘクタールを伐採し(2002年の時点で、島には441ヘクタールの森林がありました)、2本の巨大な滑走路を建設しました。これらの滑走路は島を南から北へ、また西から東へ、岸から岸まで横断しています。森林は、島の南部ではほとんど完全に伐採され、北部では幅の広い林道が敷設されています。

2009年には、沖縄の普天間基地を馬毛島に移転させることが想定されました。ところが、米側は何らかの理由で満足せず、この提案を拒否しました。

今度は、島を米日共同訓練のための訓練場に変貌させるとの決定が承認されました。まず第1に念頭に置かれているのは、パラシュート降下あるいは航空機の強行着陸によって地上に部隊を展開させる空挺作戦の訓練です。沖縄におけるこのような訓練の実施は、抗議に直面するようになっているため、この目的のためには無人島の方がはるかに良いです。

馬毛島には現在、既に準備が終わった着陸場が複数あります。比較的最近の複数の衛星写真から判断すると、島にある2本の滑走路は完成しておらず、さらにコンクリートも打たれていないようです。

また、航空部隊の基地のインフラも建設が終わってません。今のところは、この島で航空部隊の基地を設営することは不可能です。しかし、このような未舗装滑走路でも、ヘリコプターや、ティルトローター機であるオスプレイの着陸用には利用可能です。

横須賀を母校とする米軍 ワスプ級強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」

鹿児島や沖縄、さらに米海軍基地が設置されている佐世保に近い位置に馬毛島があることで、海上部隊や海兵隊の参加を伴う訓練を実施していくことが可能になっています。

同島に訓練場があれば、空爆や空挺部隊の降下、海兵隊の上陸、地上に展開した部隊への航空・海上部隊による支援、島の奥深くへの攻勢の展開、兵站任務の訓練という、地上に部隊を展開させる大規模な作戦の全要素を訓練することができます。馬毛島周辺の水域では、空母が参加する大規模な海上軍事訓練を実施することも可能です。

さらには、馬毛島が数年後に航空部隊の大規模な基地になる可能性もあります。2本の滑走路は完成する可能性があり、そうなると馬毛島は、地域全体で最大規模の航空部隊基地の1つに変貌することになります。

そのような基地は、あらゆるタイプの飛行機を受け入れることができるでしょうし、数百機の飛行機が同時に拠点を置くことができ、さらに東シナ海上空における日米両国のプレゼンスを急激に強化することになります。もし、この飛行場にF35の全ての派生型が拠点を置くことになれば、それらの戦闘行動半径は上海に達することになります。

今のところ、航空部隊基地の完成に関する決定は、見たところではまだ下されていないようです。しかし、建設を完了させる根本的な可能性は残っています。建設が完成すれば、日米の緊急のときの航空機の分散配置場の一つにもなりえます。以下に、馬毛島の今後の考えうる用途をチャートにまとめたものを掲載します。





さらに、馬毛島の取得は、海上自衛隊の護衛艦「いずも」の空母化とも無縁ではないでしょう。2018年12月に閣議決定した新「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」などによって、「いずも」型の空母化と搭載機として垂直離着陸ができるF35B戦闘機を42機導入することが決まりました。

F35Bが配備される基地は未定ですが、空母化した「いずも」は南西防衛に活用することから、宮崎県の新田原(にゅうたばる)基地が有力視されています。

南西諸島に向かう空母「いずも」は海上自衛隊横須賀基地から出港し、訓練海域のある四国沖で新田原基地から飛来したF35Bを搭載。さらに南下して、馬毛島を利用した離発着訓練や対地攻撃訓練が実施されることになるでしょう。


様々な可能性を秘めている馬毛島が整備されれば、日米のアジアにおけるプレゼンスが一層高まるのは確実です。

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2019年10月9日水曜日

中国より日本のほうがマシなことに気づいたロシア―【私の論評】日米にはいずれ中露にくさびを打ち込める時が訪れる(゚д゚)!


岡崎研究所

 ロシアの独立系評論家イノゼムツェフが、4月24日付 Moskovsky Komsomolets紙掲載の論説で、ロシアにとって中国は頼りにならず日本の方がましであるとして、これまでの対中関係の見直しを提唱しています。論説の要旨は次の通りです。

イノゼムツェフ氏

 これまで、ロシアは中国との提携を重視して米国に対抗してきた。しかし、今回の米中首脳会談では、中国にとってはロシアより米国の方がはるかに重要であることが明白となった。中国は、対米経済関係を守るためなら、米国の言うことでも聞くのだ。

 中国はロシアを資源供給国と見下げ、製造業に投資しない。ロシアの企業の株を買い占めるだけである。

 カラガーノフとその一派(代表的オピニオン・リーダー。政権に近い)は中ロの蜜月は不変だと繰り返しているが、中国はロシアを支えることに対して、いつも恩着せがましく対価を要求する。

 日本はサハリンの石油ガス資源を開発してくれたし、トヨタ、日産は工場も建てた。日本は経済成長を支えている海洋諸国家への出口でもある。また「東」でありながら、西側の一部でもある。

出典:Vladislav Inozemtsev,‘Pundit sees Japan as better bet for Russia than China’(Moskovsky Komsomolets, April 24, 2017)

中ロ間に走った亀裂

 この1、2カ月、中ロ間にかすかな亀裂が走った感があります。それは、この論調が指摘するように、3月の米中首脳会談以後、中国が米国に協力的な態度を目立たせていることに起因します。国連安保理では、シリアの化学兵器、北朝鮮非難の双方で、中国が米国寄り、あるいは棄権の態度を取り、米国のイニシアチブをつぶそうとするロシアを孤立させました。

 これはおそらくプーチンの反発を呼んだのでしょう。習近平は4月26日に自らの最側近、共産党中央弁公庁主任の栗戦書に自分のメッセージを持たせて訪ロさせ、プーチンはこれと会談しています。クレムリンのホームページには、栗が「中国のロシアに対する関係には何の変化もない」ことを習近平のメッセージとして繰り返した旨、記載されています。中国は5月14、15日に北京で「シルクロード首脳会議」を開きましたが、プーチンに欠席されるようなことがあれば、面子丸つぶれになっていたところです。

 プーチンは、そのような中国を尻目に、ロシアの国際的立場維持のための措置を立て続けにとりました。5月初め、メルケル・ドイツ首相、エルドアン・トルコ大統領と相次いで会談、トランプ大統領に電話して同大統領との関係を維持、シリア情勢平定化に向けて立場をすり合わせると同時に、北朝鮮については話し合いによる解決を慫慂するなど、ロシアを世界政治の舞台にしっかりと位置付けて見せました。

 この10年余、中ロは提携を強めて米国による干渉を防ぎ、2008年金融危機以降は「米国の時代は去った。これからは多極化世界の時代だ」との宣伝を行ってきましたが、上記の経緯が示すように、最近、ものごとは再び米国を軸に動き始めた感があります。そして、中ロの間では、以前から指摘されてきた摩擦要因が頭をもたげてくる可能性があります。北朝鮮情勢で中国が陸軍の重要性を再認識し、これまで海軍・空軍に重点配布してきた国防費を陸軍に回すようになれば、中国の関心はこれまでの海洋から内陸部に向き、それはロシアとの摩擦を大きくするでしょう。

 本件論調は日本にとって歓迎するべきものではありますが、筆者のイノゼムツェフは政権側の人物ではありません。論調がどこまで政権内部の動きを反映したものかは分かりません。

【私の論評】日米にはいずれ中露にくさびを打ち込める時が訪れる(゚д゚)!
中国を支配したモンゴル帝国による13世紀のロシア支配(いわゆる「タタールのくびき」)や、19世紀のロシアによる清朝からの領土(現在の露極東沿海地方)の強引な割譲など、長大な国境線を有する両国には歴史上、侵略や領土紛争が絶えませんでした。

そうした対立は、両国が共産主義体制を敷いた現代に入っても続きました。旧ソ連時代には、共産陣営内での主導権争いや領土をめぐって大規模戦争が起きる寸前に至ったこともありました

しかし冷戦終結やソ連崩壊などを経て、互いの技術や資本を欲した両国の関係は改善。2001年には両国間で善隣友好協力条約が締結されました。その後もアムール川(中国名・黒竜江)の中州の領有権をめぐる長年の紛争が解決され、両国の国境が画定されました。

さらに現在は、両国にとって“共通の敵”である米国の存在もあり、ロシアと中国の関係は一般的に良好とされています。実際、昨今の中露両国は共同歩調が目立ちます。

習近平・中国国家主席による今年6月5~7日のロシア訪問は、5月下旬のトランプ米大統領の訪日を思わせる手厚い歓待でした。

サンクトペテルブルク大学名誉博士号を授与される習近平

中露は昨年、露極東で大規模な合同軍事演習を行うなど、軍事面でも関係を深めています。プーチン氏は首脳会談で「両国の戦略的パートナーシップは、かつてないほどの高水準に達している」と強調しました。

両首脳は、イランや北朝鮮といった問題はもちろん、第5世代(5G)移動通信システムの分野でも連携することで合意。プーチン氏は、米国が排除に動く中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)について、「前代未聞のやり方で世界市場から排除されようとしている」と中国の肩を持ちました。

中露首脳は、14日にキルギスで行われた上海協力機構(SCO)首脳会議のほか、大阪で行われた20カ国・地域(G20)首脳会議でも顔を合わせました。

中露両国についてはこれまで、米国に対抗するための「政略結婚」にすぎず、「蜜月」は長続きしない-との見方が語られてきました。

しかし、米中対立の深まりとともに、中国はロシアを自陣営に抱き込む動きを強めています。中国にとって、豊富な地下資源と軍事力を擁する隣国はありがたい存在です。ロシアも、米国の「一極支配」を打破し、国際舞台での影響力を高める上で中国と組むのが得策だと考えているようです。

ただし、ロシアには、4千キロもの国境を接する中国に対して潜在的な警戒心があります。

ロシア極東で中国と4千キロもの国境を接する

ソ連時代とは立場が逆転し、今や中国の経済規模はロシアの8倍以上もあります。対して、現在のロシアの経済は韓国並です。

広大なロシア極東部の人口が600万人にすぎないのに対し、隣接する東北3省には1億3千万人が住む。うかうかしていれば、中国の人とカネに国土を席巻されかねないのです。

だからこそロシアにとって、中国との関係は死活的に重要なのです。ウクライナ介入で米欧に対露制裁を科されている状況では、なおさら中国に依存せざるを得ないです。ロシアとしては、自国の「裏庭」と考える中央アジア諸国が、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」にのみこまれるのを抑制する必要もあります。

ロシアは、国際政治の「極」の一つでありたいと望んでおり、中国の弟分として埋没したくはないようです。将来的に、ロシアが対中関係を改める可能性は十分にあります。しかし、その機はまだ全く熟しておらず、日本が中露にくさびを打ち込めると考えるのは楽観的にすぎるでしょう。

最近、インドのモディ政権が日露両国に対し、経済を中心に3カ国で協力する枠組みを提案していることが判明しました。関係国の複数の外交筋が明かしました。


米国と中露との対立が先鋭化する中、インドはこの対立軸とは異なる新たな枠組みを持つことで両陣営の間でバランスを保ち、外交や経済活動の選択肢を広げる狙いがあります。ロシアは提案を前向きに受け止めていますが、日本は対米関係にも配慮し慎重に検討していく構えです。

以前からこのブログに掲載しているように、米国がさらに対中国冷戦を継続しつつ強化すれば、中国経済は弱体化し、そのときにはロシアの中国に対する不満が爆発し、ロシアが中国との関係を改めることは十分にありえます。

さらに、中露の対立が激化したときには、日米が中露にくさびを打ち込み、ロシアを対中国冷戦の一角に据えることも可能になるかもしれません。

さらに、中露対決が激化すれば、その時こそ日本にとつて、北方領土交渉かかなり有利なるのは間違いありません。

現在日本は、そのことも考え合わせ、対中冷戦に加担すべきなのです。来年、習近平を国賓待遇で迎えいれるなど、とんでもないです。

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2019年6月12日水曜日

米国政府、日本人拉致の解決支援を初めて公式明記―【私の論評】今後日米は拉致問題に限らず様々な局面で互いに助け合うことになる(゚д゚)!

日本支援の継続を確約、北朝鮮に対する大きな圧力に


(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

 米国政府が最新の公式政策文書で、北朝鮮による日本人拉致事件の解決への支援を明記した。トランプ政権の日本人拉致事件解決への支援はすでに広く知られてきたが、政府の公式の文書で明記されたことはこれが初めてだという。

 また同文書は同時に北朝鮮を「無法国家」と断じ、米朝間で非核化交渉を進めているにもかかわらず、同国が相変わらず日米両国にとって軍事脅威であることを強調していた。

公式文書で初めて日本への支援を明記

 米国国防総省は6月1日に「2019年インド太平洋戦略報告書」という公式政策文書を発表した。米国政府としてのインド太平洋地域の安全保障や脅威への認識と、政策、戦略を記した文書である。56ページから成るこの報告書は、インド太平洋地域で米国にとって脅威となる勢力を「挑戦(チャレンジ)」という表現でまとめ、中国、ロシア、北朝鮮の3カ国を挙げていた。

 同報告書でとくに注目されるのは、北朝鮮の扱いだ。まず冒頭で北朝鮮を "Rogue State" (無法国家)と表現している。 "Rogue" は法律や規則を守らない無法者、悪漢という意味で、国家としては国際規範を順守せず国家テロに走るような国を指す。 "Rogue State" とは、いわば「ならず者国家」である。



 同報告書は北朝鮮に関する記述のなかで、日本の拉致問題に関する米国政府の立場を以下のように明記していた。

「米国政府は、北朝鮮が日本人拉致問題を完全に解決しなければならないとする日本の立場への支援を継続する。実際に日本人拉致問題を北朝鮮当局者に対して提起してきた」

 簡潔な記述ではあるが、北朝鮮当局による日本人拉致事件を「完全に解決せよ」とする日本側の主張を米国政府は支援し続ける、という明確な政策表明だった。

 日本人拉致事件に関して、これまで米国のトランプ政権は事件の解決に向けて日本を支援する意図を表明してきた。大統領自身が国連演説でその事件の悲劇と早期の解決を求めたほか、金正恩委員長との2回の米朝首脳会談でも、合計3回にわたり日本人拉致事件に言及し、その早期の一括解決を要求したという経緯がある。

 これまで米国の歴代政権が政策表明の公式文書に日本人拉致事件解決への支援を明記することはなかった。しかし、トランプ政権は初めて明記することとなった。

 米国政府の日本人拉致問題への対応に精通している日本側の「救う会」の副会長の島田洋一氏は、「米側の支援が政府の政策文書にきちんと書かれた例は、私の知る限り初めてだ。とくに米国政権全体のアジア太平洋地域への安全保障政策の表明という重要な文書に明記されたことは、トランプ政権の東アジア政策の一部に日本人拉致事件解決を位置づけたことの熱意と真剣さを表わす指針として重視したい」と述べた。

 トランプ政権は北朝鮮に完全な非核化を求めている。そうした基本政策の一部に、日本人拉致問題の完全解決を盛り込んでいるという姿勢が明示された。北朝鮮側にとっては、日本人拉致の解決を対米交渉での議題として受け止めざるをえない状況が生まれたともいえる。

「日本支援」明記が北朝鮮へのさらなる圧力に

 なお、国防総省は今回の「インド太平洋戦略報告書」で、トランプ政権があくまで北朝鮮の完全な非核化を求める政策を継続する一方、その要求に応じない北朝鮮は米国とその同盟諸国にとって安全保障上の挑戦であり、脅威であり、さらには無法国家である、という認識を強調していた。その記述は以下のとおりである。

 「朝鮮民主主義人民共和国は、金正恩委員長が誓約した最終的かつ完全で検証可能な非核化を達成するまでは、米国、そしてグローバルな秩序、米側の同盟諸国、友好諸国にとっての安全保障上の挑戦者、かつ競合相手であり続ける」

「北朝鮮の核兵器問題を外交的に解決する平和への道が開かれてはいるが、核兵器以外の大量破壊兵器、ミサイルの脅威、そして北朝鮮がなお突きつける安全保障上の挑戦は現実であり、継続した監視体制を必要とする」

「北朝鮮はこれまでイランやシリアのような諸国に、通常兵器、核兵器技術、弾道ミサイル、化学兵器材料などを継続して拡散してきた。その歴史は、米国側の懸念をさらに深めている」

「さらに、国民に対する個人の表現の自由の禁止など、北朝鮮政府の苛酷な人権弾圧と虐待は国際社会にとって深い懸念の対象となっている」

 以上の記述は、トランプ政権が対北朝鮮政策として、なお北朝鮮にCVID(完全で検証可能、非可逆的な非核化)を求め、核兵器以外の通常兵器の開発や大量破壊兵器の国外拡散、さらには自国民に対する人権弾圧も中止させるという厳しい姿勢で対決していることを示したといえる。そのなかでの日本人拉致事件の解決支援の宣言は、北朝鮮へのさらなる圧力とも受け取れる。

【私の論評】今後日米は拉致問題に限らず様々な局面で互いに助け合うことになる(゚д゚)!

拉致被害者家族と面会し、挨拶する安倍首相=5月19日午後、東京都千代田区

「拉致問題で総理大臣になった」と言われても過言ではないほど、安倍総理は拉致問題に力を入れ、また積極的に発言をしてきました。その中から象徴的発言を8つ挙げ、今回の無条件対話提唱が決して「苦肉の策」等ではなく、北朝鮮に対する明確なメッセージであったのかを明らかにしていこうと思います。

▲「北朝鮮は重油も止められ、食糧も不足し、核問題で外交的にも孤立しているので必ず折れてくる、時は日本に味方している」

これは17年前の2002年10月、官房副長官時代の発言です。結局のところ、北朝鮮は折れず、日本が先に折れることになりましたが、今後制裁はますます強まり、17年も継続したあげく、いよいよ時は日本の味方になりつつあります。

▲「北朝鮮の善意を期待しても動かない。彼らを動かすのは圧力のみで、経済制裁法案を通したら拉致被害者5人の家族が帰ってきた」

これは15年前、安倍総理が幹事長代理(2004年)の座にあった時の発言(12月2日)です。今後の北朝鮮への日本の圧力は、過去のオバマ政権の頃とは異なり、トランプ政権の後ろ盾もあり、今後ますます北朝鮮への圧力が高まることを金正恩は覚悟しなければならなくなりました。

▲「拉致に対して北朝鮮が誠意ある対応を取らなければ日本が何か出すことは基本的にはない」

第一次安倍政権時代の2007年2月5日、総理官邸での発言です。北朝鮮は今でも拉致問題で誠意ある態度を取っていませんが、結果として日本が北朝鮮にボールを投げ、彼らが先に動かなければならなくなりました。さらに、トランプ大統領は北朝鮮が核を放棄した後の支援は直接米国が行うことはないと公表しています。それは、日本に任せようとしているようです。そうなると、北朝鮮にとっては、将来は経済支援は日本が頼みということになります。

▲「今、国会を解散して選挙がスタートしようとしている時にこういうこと(日朝交渉)を持ち掛けるのは、明らかに北朝鮮に足元を見られる以外のなにものでもない」

民主党政権下の2012年11月、野党・自民党の総裁として安倍総理は、北朝鮮に交渉を呼び掛けた野田政権を痛烈に批判していました。今回も2か月後には参議院選挙が控えています。今度は、安倍総理のほうから、金正恩にすでにボールを投げています。金正恩は、このはじめての事態にどのように対応すべきか、考えあぐねていることでしょう。下手に対応すれば、今度は米国の軍事制裁もあり得ることになってしまったのです。

▲「北朝鮮がこれまで約束を守ったことがなかったことに注目しなければならない。だから、強い圧力が交渉のために必要だ」

第二次安倍政権下の2012年12月28日、拉致被害者家族会との面談の席で、圧力の姿勢でもって、解決にあたりたいと強調していましたが、今回、金委員長との首脳会談実現に向けて「圧力」という言葉をあえて使いませんでした。これは、わざわざ「圧力」という言葉をつかわなくても、日本の拉致交渉の背後には米国が控えているということで十分すぎるほどの圧力なるからであると推察できまます。

▲「対話のための対話は意味がない。金正恩と握手するショーを見せるための会談であってはならない。結果を伴わない会談は相手を利するだけだ」

これは2年前の2017年3月夕刊紙「フジ」(13日付)とのインタビューでの発言だい。対話のための対話はやらないと繰り返し言っていましたが、今回はすっかり金正恩にボールを投げ、どう投げ返してくるかを見ることになりました。まさに、立場が逆転しました。

▲「対話による問題解決の試みは、一再ならず、無に帰した。なんの成算あって、我々は三度、同じ過ちを繰り返そうというのでしょう。北朝鮮にすべての核・弾道ミサイル計画を完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で、放棄させなくてはなりません。そのため必要なのは対話ではない。圧力なのです」

一昨年(2017年)の国連総会での演説(9月21日)で世界各国に対して対話による問題解決ではなく、圧力による解決を呼び掛けていました。金正恩は、今後の会談は対話ではなく、重大な取引になるであろうことを覚悟したことでしょう。

▲「日朝首脳会談は拉致問題の解決につながらなければならない。ただ会って1回話をすればいいということではない」

昨年5月のフジテレビの番組での発言です。日朝首脳会談は拉致問題の解決を前提にしていましたが、今回は、そうした前提を付けずに無条件対話を呼び掛けました。ここでも、金正恩はポールを投げかけられた形となり、自らが何らかの対応しなければならなくなりました。これまでとは明らかに立場が変わったのです。

持久戦と長期戦という名の「日朝の綱引き」の果に結局のところ、毅然たる外交を標榜していた安倍政権がとうとう金正恩にボールを投げ、どのように投げ返してくるのかをみて、米国と協議しながら、対応を決めることになったのです。

こうなることは、金正恩もわかっていたでしょう。それについては以前このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
ついに「在韓米軍」撤収の号砲が鳴る 米国が北朝鮮を先行攻撃できる体制は整った―【私の論評】日本はこれからは、米韓同盟が存在しないことを前提にしなければならない(゚д゚)!
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に一部をこの記事から引用します。
 トランプ大統領とその夫人は、皇居で天皇陛下やご家族と親しく交わった。横須賀では、安倍晋三首相夫妻と海上自衛隊の空母型護衛艦「かが」に乗艦。その後、大統領夫妻は米海軍の強襲揚陸艦「ワスプ(Wasp)」にヘリコプターで移動した。
天皇陛下とトランプ大統領

 太平洋戦争で空母「加賀」は真珠湾攻撃に参加し、ミッドウェー海戦で米海軍の急降下爆撃機によって沈められた。先々代の米正規空母「ワスプ」は第2次ソロモン海戦で伊19潜水艦の雷撃を受けて大火災を起こし、総員退艦後に自沈した。 
 太平洋の覇権をかけ死に物狂いで戦った2つの海洋国家が、固く結束し共通の敵に立ち向かう意思を表明したのだ。もちろん「共通の敵」の第1候補は北朝鮮である。 
 在韓米軍撤収の号砲が、日米の運命的な結束誇示の直後に始まったことも、金正恩委員長の目には、さぞ不気味に映っていることだろう。
このトランプ大統領の行動は、戦後はじめて米国の大統領により、大東亜戦争(米側では太平洋戦争)の米大統領による精算ということができると思います。そうして、それは何のためかといえば、全世界、特に北朝鮮・中国・ロシアに対する日米の結束ぶりをアピールするものです。

そうして、日米首脳会談で安倍総理とトランプ大統領は拉致問題についても話あったでしょう。そうして、トランプ大統領は、拉致問題に関して協力する旨を約束したことでしょう。その結果として最初に現れたのが、公式の文書で明記ということだったのでしょう。

今後、さらにこの協力は様々な方面でなされていくことでしょう。金正恩が感じたであろう不気味さはまさに的をいたものとなりました。

今後日米は拉致問題に限らず様々な局面で互いに助け合うことになるでしょう。

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2019年5月9日木曜日

サイバー防衛でがっちり手を結ぶ日米―【私の論評】一定限度を超えたサイバー攻撃は、軍事報復の対象にもなり得る(゚д゚)!

サイバー防衛でがっちり手を結ぶ日米

岡崎研究所 

 日米の外務・防衛担当4閣僚(河野外相、岩屋防衛相、ポンペオ国務長官、シャナハン国防長官代行)は4月19日、ワシントンで日米安全保障協議委員会(2プラス2)を開催、日米両国が協力して「自由で開かれたインド太平洋」の実現に取り組むことを柱とする共同発表を発表した。

 共同発表では、とりわけ領域横断(クロス・ドメイン)作戦のための協力の重要性が強調されたことが目を引く。具体的には、宇宙、サイバー、電磁波である。以下、共同発表の当該部分を抜粋紹介する。


 閣僚は、宇宙、サイバー及び電磁波を含む新たな領域における急速に進化する技術進歩に懸念を表明した。

 戦闘様相が変化していることを認識し、閣僚は、従来の領域と新たな領域の双方における能力向上及び更なる運用協力の重要性を強調した。閣僚は、日米同盟が領域横断作戦により良く備えるべく、宇宙、サイバー及び電磁波領域を優先分野として強調した。

 サイバー空間に係る課題に関し、閣僚は、悪意のあるサイバー活動が、日米双方の安全及び繁栄にとって、一層の脅威となっていることを認識した。この脅威に対処するために、閣僚は、抑止及び対処能力を含む、サイバーに係る課題に関する協力を強化することにコミットしたが、優先事項として、各々の国が国家のネットワーク及び重要インフラ防護のための関連能力の向上に責任を負っていることを強調した。

 閣僚は、国際法がサイバー空間に適用されるとともに、一定の場合には、サイバー攻撃が日米安保条約第5条の規定(注:各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する)の適用上武力攻撃を構成し得ることを確認した。

 閣僚はまた、いかなる場合にサイバー攻撃が第5条の下での武力攻撃を構成するかは、他の脅威の場合と同様に、日米間の緊密な協議を通じて個別具体的に判断されることを確認した。

出典:『日米安全保障協議委員会共同発表(仮訳)』(外務省、2019年4月20日)

 上記発表を一読すれば、中国(およびロシア)の宇宙空間、サイバー空間における能力、活動の活発化を念頭に置いていることは明らかである。共同発表では国名を具体的に名指ししてはいないが、共同記者会見でポンペオ国務長官は中国を、シャナハン国防長官は中ロを名指しした。

 国内の報道で最も焦点を当てられたのは、サイバー攻撃に対して日米安保条約第5条が適用され得るとされた点である。このことの意義は、日米同盟の枠組みにおいても、サイバー攻撃をその規模や態様によっては武力攻撃と同視し得る、従って自衛権の対象となり得る、と明確に位置づけた点にある。

 サイバー攻撃の国際法上の位置づけについては、2011年には米豪2プラス2で、米豪の安全保障を脅かすようなサイバー攻撃は、ANZUS条約(事実上の米豪同盟条約)の集団的自衛権行使の対象であると確認されている。

 画期となったのは、2013年にNATOの専門委員会がまとめた「タリン・マニュアル」である。同文書によれば、「動力学的武器」による攻撃と同視し得るような被害を出すようなサイバー攻撃は自衛権の対象となり得る。国際的な認識、取り組みは、そうした方向に向かいつつある。 

 2014年のNATOサミットでは「サイバー防衛は NATO 集団防衛の中核的任務の 1 つである」と明言されている。今般の2プラス2で、日米安保条約第5条の適用が明記されたのもそうした流れに沿ったものである。

 日米がサイバー防衛の協力を強化するとして、サイバー攻撃の抑止というのは技術的に困難が大きい。今後、さらなる共同研究が必要となろう。そうであっても、日米がサイバー防衛での協力強化を明言したことは、同盟の強化にも、サイバーセキュリティをめぐる国際規範の流れの強化にもつながり、意義深いと言える。

ファーウェイを排除するか否か

 ファーウェイを排除するか否かが国際的な問題となっている5G(第5世代移動通信システム)の構築は、当然、サイバーセキュリティの最大の課題の一つである。5Gについて、共同発表では触れられていないが、シャナハン国防長官代行は、共同記者会見で「情報安全保障は我々の防衛関係のまさに中核に位置している。

 日本が、政府調達から排除したり、サイバーセキュリティの基準の遵守を求めるなどして、リスクの高い5G企業を移動通信インフラから排除しようとしていることを、我々はよく認識し感謝している」と述べている。

 欧州諸国は、米国と情報を共有するファイブ・アイズ(米、英、豪、加、NZ)のリーダーの一つである英国も含め、5Gからのファーウェイの完全な排除に消極的であり、米国は神経を尖らせている。そうした中で、日本の一貫した態度は、米国にとって貴重なものと映っていることは想像に難くない。

【私の論評】一定限度を超えたサイバー攻撃は、軍事報復の対象にもなり得る(゚д゚)!

国家が関与するサイバー攻撃がますます高度化し、強力になっている中、一部の専門家は、意図的か偶然かはともかく、遅かれ早かれそうした事故で死者が発生するのではないかと恐れています。

国家によるサイバー攻撃によって別の国の国内で人命が失われた場合、何が起こるのでしょうか。

北大西洋条約機構(NATO)は2014年に方針を改定し、重大なサイバー攻撃は、条約の集団防衛に関する条項である第5条の対象になり得ると決定しました。また、冒頭の記事にもあるように日米の外務・防衛担当4閣僚は、4月19日サイバー攻撃は、米安保条約第5条の規定の適用上武力攻撃を構成し得ることを確認しています。

日米の外務・防衛担当4閣僚の共同声明の発表

法律の専門家も、重大なサイバー攻撃は武力攻撃に等しいと見なすことができると明確に述べています。しかし、実際に何が起こるかははっきりしないです。

Flashpointのアジア太平洋研究ディレクターJon Condra氏は、「政策コミュニティーの中でも、少なくとも10年以上前から、どの程度のサイバー攻撃になったときに軍による物理的な報復が必要になるかが議論になっている」と述べています。

「現在の戦争に関する法体系は古くなっており、必ずしもこの種の問題をうまく取り扱えるわけではない。サイバー空間の境界は実際の国境よりもずっと可変性があり不明確なため、どのような場合に、国家が強硬な手段で報復する道徳的、あるいは倫理的な権利が発生するかは完全には明確になっていない」(Condra氏)

攻撃の1つで大量の死者が発生し、明確に特定の国家によるものだと特定できた場合は、極めて重大な報復を行う必要がある、とCondra氏は言います。「倫理的および道徳的な要因を別にしても、被害国はおそらく、相応の対応を求める国内からの政治的圧力によって、報復を行うことを強いられるだろう」と同氏は述べています。

もっと率直な見方を示す専門家もいます。

カリフォルニア大学教授のGiovanni Vigna氏は、問題は単純だと主張します。「それは実際の戦争だ」と同氏は言います。

また、現在Illumioのサイバーセキュリティ戦略責任者を務めているJonathan Reiber氏は、「そのような事態は敵意を呼び起こす可能性が非常に高い」と述べています。

「なぜなら、それは他の領域における攻撃と同じようなものだからだ」と同氏は続けます。

サイバー戦争に関する問題の1つは、多くの場合、攻撃を実行したのが誰かを証明するのが難しいことです。どのようなレベルで活動している攻撃者も、痕跡を隠蔽し、責任を問われるのを避けるために全力を尽くしています。

Tritonの事件の場合、攻撃は国家関与のグループによるものだと指摘する研究者はいたが、公式には攻撃者は特定されなかった。

「攻撃者の特定は難しい作業だ。攻撃者の特定にはかなりの無理がある」とReschke氏は言います。

昨年開催された冬季オリンピックの最中に、韓国を標的とする攻撃に使用されたマルウェア「Olympic Destroyer」の例を見れば分かります。攻撃の発生後に各調査会社が発表したレポートに書かれていた攻撃者の正体はまちまちでした。攻撃を行った可能性がある国として、中国や北朝鮮、ロシアの名前が挙がっていました

昨年開催された平昌五輪韓国を標的とするサイバー攻撃がなされた

「攻撃者を特定することの問題は、それが極めて困難で、ほとんど当てずっぽうのようになってしまう場合があることだ」とVigna氏は言います。

「特定の犯人であることを示唆するような痕跡が見つかった場合でも、それは誰かが偽装のために残したものかもしれない。ロシア人に責任を押しつけるために、誰かがロシア語のメッセージを残した可能性もある。従って、なんらかの別のルートで事実を確認できない限り、誰が何をやったかを判断するのは非常に難しい」(Vigna氏)

しかし時には、攻撃者がミスを犯して、当局が攻撃の実行者を特定できる場合もあります。WannaCryは北朝鮮のものだと言われており、「NotPetya」はロシア軍の手によるものだとされています。サイバー攻撃で死者が発生し、実行した国が特定できた場合、被害者は報復を望む可能性が極めて高く、その報復は必ずしも別のサイバー攻撃の形を取るとは限らないです。

米国にはすでに、サイバー攻撃に関与したことに対する報復としてロシアに制裁を科した実績があり、攻撃で死者が発生すれば、より強い報復が求められるでしょう。

もっとも極端なケースでは、国土に対するサイバー攻撃への唯一の報復措置は、軍事的な報復だと判断する国が出てくるかもしれないです。そのような報復が行われるとすれば、かなりの人命が失われた場合である可能性が高いですが、複雑な国際地政学の世界では、小さな火花が前例のない反応を引き起こす可能性もあります。

「わたしには、どの時点から物事が破壊的な方向に進み、どこが分岐点になるのかは分からない。国家がこれ以上は我慢できないと判断する分岐点を知ることは、いつでも困難だ」とReschke氏は言います。

Hannigan氏は、ロンドンで開催された国際会議「Infosecurity Europe」の場で、攻撃で市民に死者が出れば、物理的な報復が行われるだろうと述べました。

「攻撃の1つで米国の患者に死者が出たり、重大な被害が出たりすれば、米国政府に物理的かつ決定的な行動を求める圧力は極めて大きなものになるだろう。これは西側諸国の政治家全般に言えることだが、特に米国では大きな圧力になると思われる」と同氏は言います。

米サイバー軍の一翼を担うコロラド州の空軍基地のサイバー部隊

幸いまだ、国家が後援するサイバー攻撃で、他国の市民に直接的に危害が及んだり、死者が出たりした例はないと見られています。これは、そのような事態が起こった場合に、どのような対応が適切かを合意する余地が残っていることを意味します。

「国際社会は、この種の行動に対してどのように対応し、攻撃者にどのような責めを負わせるべきかについて、何らかの合意を形成する必要がある」とCondra氏は言います。

Reiber氏は、事態の悪化を止めるための方法の1つは、サイバー攻撃を常に罰することで抑止力とすることだという意見を持っています。

「発生したどのようなサイバー攻撃にも、それが50ドルの盗難であるか、破壊的な攻撃か、選挙結果の操作かを問わず、何らかの懲罰的なコストを行為者に負わせる必要がある」と同氏は言います。

「もし行為者が一定の行動が許されると考えれば、いずれ想像を超えるような幅広い行動を取ってくるだろう。しかし、それらの行動すべてに代償を負わせれば、世界が攻撃者の行動に一丸となって対抗し、阻止しようとしていると示すことになる」

しかし、攻撃に対して懲罰を科すというこの議論は、国家による死者が出るような破壊的サイバー攻撃を抑止する唯一の方法である可能性が高いです。

「技術は人を殺さない。人を殺すのは人だ。ある程度は、一歩引いて国家間、あるいは国家内の人々の間の争いを、政治レベルで解決するような政治的条件を整える必要がある」とReiber氏は言います。

「そうすればいずれは、一方のグループが敵対する相手に対してサイバー空間での攻撃を使用する可能性は減るだろう。国家間の関係が平和であれば、攻撃の可能性も減ることは明らかだ」(Reiber氏)

サイバー攻撃の対処については、様々な考え方がありますが、ある一定限度を超えたサイバー攻撃は、軍事報復の対象にもなり得ることで、米国と日本は合意しているという点については記憶にとどめておく必要がありそうです。

確かに、手段は何であれ、人が大勢なくなったり、危害を受けた場合、あるいはそうなりそうな場合は軍事攻撃の対象になりうるのは当然といえば、当然だと思います。

その意味では、国際法がサイバー空間に適用されることは、当然といえば当然です。

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